本発明は、CD11bアンタゴニストを含む劇症型急性肺炎の予防及び/又は治療用医薬組成物に関する。また、本発明は、CD11bアンタゴニストを含む肺胞内の好中球凝集抑制剤に関する。さらに本発明は、肺の好中球浸潤抑制剤に関する。加えて本発明は、CD11bアンタゴニストを含む劇症型急性肺炎の予防剤及び/又は治療剤に関する。また、本発明は、CD11bアンタゴニストを、劇症型急性肺炎を発症する可能性があると診断されている対象及び劇症型急性肺炎であると診断されている対象に、劇症型急性肺炎を予防する及び/又は治療するのに効果的な量で投与することを含む劇症型急性肺炎を予防する及び/又は治療する方法に関する。
本明細書において、用語「劇症型急性肺炎」は用語「劇症型急性呼吸促拍症候群(FARDS)」と置換可能に使用される。
「劇症型急性呼吸促拍症候群(FARDS)」は、急性呼吸促拍症候群(ARDS)と比較してより重篤な症状を示す呼吸促拍症候群をいう。ARDSは、呼吸による酸素の体内への取り込みの障害に基づく急性呼吸不全を特徴とする病態をいう。呼吸とは、空気中の酸素を体内に取り込み、体内で産生された二酸化炭素を吸気中に排出する作業をいう。酸素の体内への取り込みは、空気を口及び鼻腔から気道を通って肺胞まで届ける工程(工程1)、肺内におけるガス交換の工程、すなわち、酸素が肺胞内の空気中から肺胞上皮細胞に取り込まれ、続いて組織間質、次いで血管内皮細胞を通って血液中の赤血球が有するヘモグロビンに結合する工程(工程2)、並びに、血液循環を利用し心臓から全身へと輸送される工程(工程3)により行われる。何らかの理由でこれら工程のいずれかが障害を受け、全身に十分に酸素を運搬できない状態を呼吸不全という。ARDSは、酸素の体内への取り込み過程における主に肺内におけるガス交換の工程(上記工程2)の障害に基づき48時間以内に生じてきた急性呼吸不全を特徴とする病態をいう。
ARDSは、米国胸部疾患学会及び欧州集中治療医学会との合同検討会(American−European Consensus Conference:AECC)では、「先行する基礎疾患を持ち、急性に発症した低酸素血症で、胸部エックス線画像上では両側性の肺浸潤影を認め、かつ心原性の肺水腫が否定できるもの」と定義されている。すなわち、ARDSは特定の疾患を指すものではなく、急な発症、明らかな低酸素血症、胸部エックス線画像における全体に渡る異常な影の存在、及び非心原性肺水腫を特徴とする症状を示す症候群をいう。ARDSの病態は、活性化した好中球の肺への集積、好中球等の細胞による活性酸素やタンパク質分解酵素の産生、産生された物質による肺胞壁にある毛細血管や肺の上皮細胞の傷害、毛細血管からの液体成分の漏出及びそれによる浮腫の惹起であり、顕微鏡的には広範な肺胞領域の障害の所見が認められる。ARDS発症後の死亡率は43%を越える。先行する基礎疾患として、重症肺炎や誤嚥性肺炎等の直接障害や、敗血症等の間接障害を挙げることができる。ARDS及びALIの約80%は敗血症を伴っていると認識されている。
AECCにより1994年に示された定義(AECC定義)では、P/F比が300以下である場合は急性肺損傷(ALI)、200以下の場合はARDSと判定された。しかし、2012年に示された新しい定義(ベルリン定義)では、P/F比が300以下である場合は軽度ARDS(mild ARDS)、200以下の場合はARDS、100以下である場合は重症ARDS(severe ARDS)と判定される。用語「軽度ARDS」と用語「ALI」は本明細書において置換可能に使用される。また、用語「重症ARDS」と用語「FARDS」は本明細書において置換可能に使用される。なお、健常人のP/F比は400〜500程度である(動脈血酸素分圧(PaO2):80〜100Torr(mmHg))。
FARDSでは、ARDSと比較してより急激に症状が発生し、肺炎の進行が急激であり予後がさらに不良、すなわち重症化しやすく死亡リスクも高い。近年、鳥インフルエンザ(H7N9、H5N1等)等のインフルエンザウイルスの感染によりFARDSが引き起こされ、30〜60%に達する高い感染致死率を示していることが報告されている。FARDSにおける病状の劇症化や高い致死率は、ウイルスの増殖による直接的な影響よりもむしろ宿主側のウイルスに対する過剰な免疫応答の結果として起こることがわかってきた。肺炎等の炎症では、生体に作用する各種の傷害因子に対する全体的又は部分的な一連の生体防御反応、例えば、免疫系細胞の数の変化、該細胞の移動速度の変化、及び該細胞の活性の変化により組織的障害又は病理学的状態が生じる。生体防御反応に関わる免疫系細胞としては、例えば、T細胞、B細胞、単球若しくはマクロファージ、抗原提示細胞(APC)、樹状細胞、小膠細胞、NK細胞、NKT細胞、好中球、好酸球、肥満細胞、又は免疫に特異的に関連する他のあらゆる細胞、例えば、サイトカイン産生内皮細胞若しくはサイトカイン産生上皮細胞を挙げることができる。インフルエンザウイルス感染によるFARDSでは、具体的には、感染によって誘発されるサイトカインの過剰産生が好中球や肺胞マクロファージの肺への浸潤をさらに誘発し、その結果、浸潤を受けた肺胞上皮細胞が産生する分子によって組織傷害が引き起こされると考えられる。
本発明に係る医薬組成物及び方法は「劇症型急性肺炎」を適用対象とする。本発明の好ましい一実施態様として、インフルエンザウイルスの感染による劇症型急性肺炎、より好ましくはインフルエンザウイルスの感染によるFARDSを例示できる。当該実施態様において、劇症型急性肺炎を引き起こすインフルエンザウイルスとして、A香港型・Aソ連型・B型等の、いわゆる季節性インフルエンザや、高病原性であるトリインフルエンザウイルスを挙げることができる。トリインフルエンザウイルスとして、H5N1型及びH1N1型を好ましく例示できる。高病原性のトリインフルエンザウイルスの感染症例や、他の型のウイルスの感染後に重症化した症例では、急性呼吸障害が誘発されて短時間で劇症化することがあり、時には多臓器不全へと移行し、死に至る可能性もあることが報告されている。
「劇症型急性肺炎を予防する」とは、劇症型急性肺炎が発生する前に何らかの処置をすることにより、劇症型急性肺炎を発生させないか、及び少なくとも発生後の症状を軽減させることをいう。
「劇症型急性肺炎を治療する」とは、何らか処置をすることにより、劇症型急性肺炎の症状を消失させるか、軽減させるか、あるいはその進行を止めることをいう。
「CD11bアンタゴニスト」は、CD11b分子にCD11bのリガンドが結合することによって生じるCD11b分子を介した細胞内の情報伝達系の機能を抑制して、該リガンドによる細胞の活性発現を妨げる物質をいう。「アンタゴニスト」は、拮抗薬、括抗剤、遮断薬とも呼ばれる。
CD11bアンタゴニストは、CD11bに結合するが、CD11bに結合する生体物質であるリガンドと異なり生体反応を起こさず、またその結合によってリガンドとCD11bとの結合を阻害して、リガンドによるCD11bを介した細胞内の情報伝達系の機能を抑制して該リガンドによる細胞の活性発現を妨げる物質であり得る。このような物質として、抗CD11b抗体、CD11bアプタマー、及び低分子量医薬品等を挙げることができる。
CD11bアンタゴニストはまた、CD11b発現の減少を引き起こすことができる物質であり得る。このような物質は、CD11b遺伝子の転写及び/又は翻訳を阻害して、該遺伝子の発現を抑制するものであれば、何れの物質であってもよい。このような物質として、CD11b mRNAアンタゴニスト、CD11bアプタマー、低分子二本鎖RNA、及び低分子量医薬品等を挙げることができる。
CD11bアンタゴニストとして、抗CD11b抗体を好ましく例示できる。かかる抗CD11b抗体は、CD11bを特異的に認識して結合する抗体であることが好ましい。CD11bを特異的に認識して結合するとは、CD11bを認識して結合するが、CD11b以外のタンパク質は認識しないか、弱く認識することを意味する。CD11bアンタゴニストとして作用する抗CD11b抗体は、CD11bに結合する生体物質であるリガンドと異なり生体反応を起こさず、またその結合によってリガンドとCD11bの結合を阻害して、リガンドによるCD11bを介した細胞内の情報伝達系の機能を抑制して該リガンドによる細胞の活性発現を妨げる作用を有する抗体である。
抗CD11b抗体は、モノクローナル抗体及びポリクローナル抗体のいずれであっても良く、また、キメラ抗体、及び/又はヒト化抗体であり得る。非ヒト抗体は、抗体の製造に係る技術分野で自体公知の方法を用いてヒト化することができる。例えば、ヒト化抗体は、免疫系が部分的又は完全にヒト化されたトランスジェニック動物を用いて作製できる。本発明に係る任意の抗体又はその断片は、部分的又は完全にヒト化できる。キメラ抗体は抗体の製造に係る技術分野で自体公知の方法を用いて作製することができる。
抗CD11b抗体は、CD11bポリペプチド又はそのエピトープを含む断片ペプチドを抗原として使用し、抗体の製造に係る技術分野で自体公知の方法によって作製することができる。抗CD11b抗体の作製において、CD11bポリペプチドのアミノ酸配列の例として、アクセッション番号NP_001139280、NP_000623、XP_016878705、XP_011544153、XP_011544152、XP_006721108を有する配列、その変種(versions)、その一部又はそれらの組み合わせを挙げることができる。
抗CD11b抗体の製造において使用する抗原であるCD11bポリペプチド又はそのエピトープを含む断片ペプチドは、抗CD11b抗体を投与する対象の種に応じたものであることが好ましい。抗CD11b抗体を投与する対象がヒトである場合、抗CD11b抗体はヒトCD11bポリペプチド又はその抗原結合断片を含有する断片ポリペプチドに対する抗体であることが好ましい。この様な抗体として、各種の市販の抗体{Novus Biologicals社のNB110−89474、アブカム社のAnti−CD11b antibody、BioLegend社製のAPC anti−human CD11b (activated) Antibody等}を使用することができる。
抗体の製造は、具体的には、ポリクローナル抗体の製造の場合は、動物において、フロインドアジュバント(完全又は不完全)等のアジュバントと組み合わせた抗原の頻回皮下(sc)又は腹腔内(i.p.)注射によって抗体を生じさせることにより実施できる。免疫原性を向上させるためには、最初に標的アミノ酸配列を含有するポリペプチド又は断片を、免疫化する種において免疫原性のあるタンパク質、例えばキーホールリンペットヘモシアニン、血清アルブミン、ウシサイログロブリン又は大豆トリプシン抑制因子と、二官能性薬剤又は誘導体化剤、例えばマレイミドベンゾイルスルホスクシンイミドエステル(システイン残基を介して複合)、N−ヒドロキシスクシンイミド(リシン残基を介する)、グルタルアルデヒド、無水コハク酸、SOCl2等を用いて複合体とするのが有用である。代替的には、免疫原性複合体は、組み換え技術によって融合タンパク質として作製することができる。
モノクローナル抗体の製造は、抗体の製造に係る技術分野で自体公知の方法、例えば既報に記載のハイブリドーマ法を用いて実施することができる(非特許文献5)。ハイブリドーマ法では、マウス、ハムスター又は他の適切な宿主動物を、典型的には免疫剤を用いて免疫化して、特異的に免疫剤に結合する抗体を産生するか又は産生することが可能なリンパ球を誘導する。代替的には、リンパ球をインビトロ(in vitro)で免疫化することができる。モノクローナル抗体は、免疫化した動物から脾臓細胞を回収すること、及び細胞を従来の方式で、例えば骨髄腫細胞との融合により不死化することによって調製することができる。調製したクローンを次いで所望の抗体を発現するものについてスクリーニングする。モノクローナル抗体はCD11b以外のタンパク質と交差反応しないものであることが好ましい。所望のハイブリドーマ細胞を同定した後、クローンを限界希釈手順によってサブクローニングし、標準方法によって増殖させることができる。サブクローンによって分泌されたモノクローナル抗体を、培養培地又は腹水から、従来の免疫グロブリン精製手順、例えばプロテインA−セファロース、ヒドロキシアパタイトクロマトグラフィー、ゲル電気泳動、透析又は親和性クロマトグラフィー等によって単離又は精製することができる。
また、本発明において、抗CD11b抗体の断片(以下、抗体断片と称する)であって、抗CD11b抗体の抗原結合断片を含有する抗体断片を抗CD11b抗体と同様に使用することができる。当該抗体断片は、上記抗CD11b抗体の作用と同様の作用を有するものであれば、その構造は特に限定されない。抗体断片は、無傷抗体(intact antibody)の一部、例えば無傷抗体の抗原結合領域又は可変領域等を含む。抗体断片の例としては、Fab断片、Fab1断片、F(ab’)2断片及びFv断片;ダイアボディ;線状抗体;一本鎖抗体分子;並びに抗体断片から形成される多重特異性抗体が挙げられる。
抗体断片は、抗体の製造に係る技術分野で自体公知の方法により作製することができる。例えば、Fab断片は、抗体のパパイン処理により得られ、F(ab’)2断片はペプシン処理により得られる。また、一本鎖Fv又はsFv抗体断片は、抗体のVHドメイン及びVLドメインを含むが、この場合これらのドメインは単一のポリペプチド鎖中に存在する。FvポリペプチドはVHドメインとVLドメインとの間に、sFvが抗原結合のための所望の構造を形成するのを可能にするポリペプチドリンカーをさらに含有することができる。ダイアボディは、2つの抗原結合部位を有する小さな抗体断片であり、この断片は同じポリペプチド鎖(VH−VL)で軽鎖可変ドメイン(VL)に連結した重鎖可変ドメイン(VH)を含む。同じ鎖上の2つのドメイン間での対合を可能にするには短いリンカーを用いることで、ドメインを別の鎖の相補的ドメインと対合させ、2つの抗原結合部位を生じさせることができる。
抗体は、イムノリポソーム(Immunoliposomes)として処方することができる。抗体を含有するリポソームは、自体公知の方法により作製することができる(非特許文献6及び7)。特に有用なリポソームは、ホスファチジルコリン、コレステロール及びポリエチレングリコール誘導体化ホスファチジルエタノールアミン(PEG−PE)を含有する脂質組成物を用いた逆相蒸発法によって生成することができる。本発明に係る抗体のFab断片はリポソームと、ジスルフィド交換反応を介して複合させることができる(非特許文献8)。任意の治療薬をさらにリポソーム内に含有することができる(非特許文献9)。
CD11bアンタゴニストとして、CD11bを特異的に認識して結合し、CD11bとそのリガンドとの結合を阻害するアプタマーを例示できる。アプタマーは、核酸アプタマー及びペプチドアプタマーのいずれであってもよく、具体的には、RNA、DNA及びアミノ酸の1つ又は複数を含有し得る。アプタマーは、公知の方法を用いて取得できる(非特許文献10−12)。例えば、18ヌクレオチド〜50ヌクレオチドの範囲の長さの可変領域を有するオリゴヌクレオチドライブラリを、RNAアプタマーのランダムプールを生成するラン−オフ転写反応の鋳型として使用する。このアプタマープールを、次いで非特異的相互作用の種を除去するために非複合基質(unconjugated matrix)に曝露する。次いで、残存するプールを固定化した標的と共にインキュベーションする。このプール中のアプタマー種の大部分は標的に対して低親和性である、洗浄により、少量のより特異的な基質に結合したプールが残り得る。このプールを次いで溶出させ、沈殿させ、逆転写し、ラン−オフ転写の鋳型として使用する。このような選択を5回実施後、一定分量を取り出し、クローニング及びシークエンシングする。同様の配列が再現性良く回収されるまで選択を継続することができる。あるいは、アプタマー産生はビーズベースの選択系を用いて行うことができる。このプロセスでは、各々のビーズが天然及び修飾ヌクレオチドから構成された同一の配列を有するアプタマー集団でコーティングされた、ビーズのライブラリが生成される。1×108個を超えるユニーク配列を含有し得るこのビーズライブラリを、蛍光色素等のタグと複合させた、CD11b又はその一部、例えば細胞外ドメインに相当するペプチドと共にインキュベーションする。洗浄後、最も高い結合親和性を示すビーズを単離し、続く合成のためにアプタマー配列を決定し、所望の機能を有するアプタマーを得る。
CD11bアンタゴニストとしてまた、CD11b mRNAアンタゴニストを例示できる。mRNAアンタゴニストの例としては、少なくとも1つの低分子干渉RNA(siRNA)又は少なくとも1つのリボザイムを挙げることができる。本発明によると、CD11bアンタゴニストはsiRNA等の治療用核酸であり、CD11bヌクレオチド配列、その相補体、又はそれらの任意の組み合わせを標的とすることができる。任意の好適なCD11b配列を利用することができる。合成siRNAのCD11b標的配列は、アクセッション番号AA436312、AK057856、AK127637、AY187247、AY187248、BC096346、BC096347、BC096348、BC099660を有するヒトCD11bヌクレオチド配列、又はその任意の一部若しくは組み合わせに対して設計されているか、又はCD11b転写変異体(transcript variants)の全部若しくは一部サブセットを認識することができる。
CD11bアンタゴニストは、CD11b又はその相補体をコードする標的核酸に特異的に結合し、それに相補的な少なくとも10ヌクレオチドの長さの核酸であり得る。この場合、CD11bアンタゴニストの投与は、核酸を対象の細胞に導入することを含む。RNA干渉(RNAi)を利用することができ、CD11bアンタゴニストはsiRNAであってもよい。CD11bアンタゴニストの投与は対象の細胞に導入することを含み、この場合、細胞はCD11bを、CD11bの発現を干渉するのに十分な条件下で、有効量のsiRNA核酸として一時的に発現することが可能である。siRNA核酸は突出を含み得る。すなわち、全てのヌクレオチドが標的配列への結合を必要とするとは限らない。siRNA核酸はRNAを含有し得る。siRNA核酸はまた、DNA、すなわちデオキシリボ核酸ヌクレオチドを含有し得る。任意の種類の好適な低分子干渉RNAを利用することができる。内在性マイクロRNA(miRNA)を利用してもよい。本発明に従って使用することができる他のRNA干渉剤としては、低分子ヘアピン型RNA(shRNA)、トランス作動性siRNA(tasiRNA)、反復配列関連siRNA((repeat−associated siRNA(rasiRNA))、低分子スキャンRNA(small−scan RNA(scnRNA))及びPiwi相互作用(pi)RNA(piRNA)が挙げられる。利用されるRNA干渉核酸は、少なくとも10ヌクレオチド、少なくとも15ヌクレオチド、16ヌクレオチド、17ヌクレオチド、18ヌクレオチド、19ヌクレオチド、20ヌクレオチド、21ヌクレオチド、22ヌクレオチド、23ヌクレオチド、24ヌクレオチド、25ヌクレオチド、26ヌクレオチド、27ヌクレオチド、28ヌクレオチド、29ヌクレオチド、30ヌクレオチド、31ヌクレオチド、32ヌクレオチド、33ヌクレオチド、34ヌクレオチド、少なくとも35、及び/又は40ヌクレオチド〜50ヌクレオチドの長さであり得る。RNAi剤は1つ又は複数のデオキシリボヌクレオチドも含み得る。RNAi剤、例えばsiRNA又はshRNAは、適切なベクター系等のより大きな核酸構築物のカセットとして含まれ得る。かかるベクター系の例としては、レンチウイルスベクター系及びアデノウイルスベクター系が挙げられる。好適な系の一例は、Aagaardらの報告に記載されている(非特許文献13)。より大きな核酸構築物の一部として存在する場合、得られる核酸は含まれるRNAi核酸より長い、例えば50ヌクレオチドを超える長さであり得る。利用されるRNAi剤は標的mRNAを切断しても、又は切断しなくてもよい。
RNA干渉に加えて又はRNA干渉の代替として、他の核酸アンタゴニストを利用することができる。CD11bアンタゴニストは、CD11bをコードする遺伝子から転写されたRNA分子を特異的に切断するリボザイムであり得るが、ここでリボザイムは、標的基質結合部位、基質結合部位中の触媒配列(基質結合部位はCD11b遺伝子から転写されたRNA分子の一部に相補的である)を含有する。CD11bアンタゴニストは、CD11bをコードする核酸又はその相補体の少なくとも8ヌクレオチドに相補的であるヌクレオチド配列を含有するアンチセンス核酸であり得る。アンチセンス核酸は、アンチセンス核酸が非CD11bヌクレオチド配列と交差反応しないよう、十分な長さ及び配列含量のCD11b配列に相補的であり得る。交差反応が起こっても、実質的な有害な副作用を引き起こさない場合もある。
CD11bアンタゴニストは、低分子医薬品であり得る。例えば、CD11b無効化(disabling)小ペプチド模倣薬を利用することができる。かかる模倣薬は、標的タンパク質CD11bの二次構造的特徴に類似するように構成され得る。
CD11bアンタゴニストは、1種類を単独で、あるいは任意の種類を複数組み合わせて使用することができる。また、CD11bアンタゴニストは、劇症型急性肺炎を予防する及び/又は治療する他の薬剤と組み合わせて利用することができる。1つ又は複数のCD11bアンタゴニストを含む2つ以上の治療薬は、同時に、順次に、又は併用して投与することができる。したがって、2つ以上の治療薬を投与する場合、同時に又は同じ方法で又は同じ用量で投与する必要はない。同時に投与する場合、2つ以上の治療薬は同じ組成物中又は異なる組成物中で投与することができる。2つ以上の治療薬は、同じ投与経路又は異なる投与経路を用いて投与することができる。異なる時間で投与する場合、治療薬は互いに前後して投与され得る。2つ以上の治療薬の投与順序は代替的であり得る。1つ又は複数の治療薬のそれぞれの用量は、時間とともに変化させてもよい。1つ又は複数の治療薬の種類は、時間とともに変化させてもよい。別々の時間で投与する場合、2回以上の投与の間隔は任意の期間であってもよい。複数回投与する場合、期間の長さを変化させることができる。2つ以上の治療薬の投与の間隔は、0秒間、1秒間、5秒間、10秒間、30秒間、1分間、5分間、10分間、15分間、20分間、30分間、45分間、1時間、1.5時間、2時間、2.5時間、3時間、4時間、5時間、7.5時間、10時間、12時間、15時間、18時間、21時間、24時間、1.5日間、2日間、3日間、4日間、5日間、6日間、7日間、10日間、又はそれ以上であり得る。
本発明の実施に関してCD11bアンタゴニストを全身投与及び局所投与に好適な投与量に処方するための薬学的に許容可能な担体の使用は、本発明の範囲内である。担体の適切な選択及び実際の製造に好適となるように、本発明に関連する組成物、特に溶液として処方される組成物は、非経口的に、例えば静脈内注射によって投与することができる。化合物は、当該技術分野で既知の薬学的に許容可能な担体を用いて、経口投与に好適な投与量に容易に処方することができる。
医薬用担体は、製剤の使用形態に応じて通常使用される、充填剤、増量剤、結合剤、付湿剤、崩壊剤、滑沢剤、希釈剤及び賦形剤を例示できる。これらは得られる製剤の投与形態に応じて適宜選択して使用される。より具体的には、水、医薬的に許容される有機溶剤、コラーゲン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ペクチン、キサンタンガム、アラビアゴム、カゼイン、ゼラチン、寒天、グリセリン、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ワセリン、パラフィン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ヒト血清アルブミン、マンニトール、ソルビトール、ラクトースを例示できる。これらは、目的とする薬剤の剤形に応じて適宜1種類及び2種類以上を組み合わせて使用される。その他、安定化剤、殺菌剤、緩衝剤、等張化剤、キレート剤、界面活性剤、及びpH調整剤等を適宜使用することもできる。安定化剤は、例えばヒト血清アルブミンや通常のL−アミノ酸、糖類、セルロース誘導体を例示できる。L−アミノ酸は、特に限定はなく、例えばグリシン、システイン、グルタミン酸等のいずれでもよい。糖類も特に限定はなく、例えばグルコース、マンノース、ガラクトース、果糖等の単糖類、マンニトール、イノシトール、キシリトール等の糖アルコール、ショ糖、マルトース、乳糖等の二糖類、デキストラン、ヒドロキシプロピルスターチ、コンドロイチン硫酸、ヒアルロン酸等の多糖類等及びそれらの誘導体等のいずれでもよい。セルロース誘導体も特に限定はなく、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム等のいずれでもよい。界面活性剤も特に限定はなく、イオン性界面活性剤及び非イオン性界面活性剤のいずれも使用できる。界面活性剤には、例えばポリオキシエチレングリコールソルビタンアルキルエステル系、ポリオキシエチレンアルキルエーテル系、ソルビタンモノアシルエステル系、脂肪酸グリセリド系等が包含される。緩衝剤は、ホウ酸、リン酸、酢酸、クエン酸、ε−アミノカプロン酸、グルタミン酸及び/及びそれらに対応する塩(例えばそれらのナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ金属塩やアルカリ土類金属塩)を例示できる。等張化剤は、塩化ナトリウム、塩化カリウム、糖類、グリセリンを例示できる。キレート剤は、例えばエデト酸ナトリウム、クエン酸を例示できる。
本発明に係る医薬組成物の用量範囲は特に限定されず、投与形態、投与経路、疾患の種類、対象の性質(体重、年齢、病状及び他の医薬の使用の有無等)、及び担当医師の判断等に応じて適宜選択される。適当な用量は、当該分野においてよく知られた最適化のための一般的な常套的実験を用いて決定することができるが、一般的には例えば対象の体重1kgあたり0.01μg乃至1000mg程度、好ましくは約0.1μg乃至100mg程度の範囲である。上記投与量は1日1回乃至数回に分けて投与することができる。
本発明に係る医薬組成物や薬剤に含まれるCD11bアンタゴニストの用量は、CD11bアンタゴニストの種類によって好ましい用量が異なるが、劇症急性肺炎モデル動物等を使用して簡単な繰り返し実験を実施することにより容易に決定することができる。例えば、抗CD11b抗体の好ましい用量は、マウス劇症急性肺炎モデルにおける効果が200μg/日投与で認められている(後述する実施例4−6参照)ことを基準にし、該抗体の中和抗体価等を考慮すると、1日に0.5mg/kg乃至100mg/kg、好ましくは0.5mg/kg乃至50mg/kg、より好ましくは0.5mg/kg乃至20mg/kg、さらに好ましくは0.5mg/kg乃至10mg/kg、さらにより好ましくは0.5mg/kg乃至10mg/kg、なお好ましくは0.5mg/kg乃至2.5mg/kgである。
本発明に係る医薬組成物や薬剤に含まれる有効成分の量は、広範囲から適宜選択される。通常約0.00001−70重量%、好ましくは0.0001−5重量%程度の範囲である。
投与経路は、全身投与及び局所投与のいずれも選択することができる。この場合、疾患、症状等に応じた適当な投与経路を選択する。本発明に係る薬剤は、経口経路及び非経口経路のいずれによっても投与できる。非経口経路としては、通常の静脈内投与、動脈内投与の他、皮下、皮内、筋肉内等への投与を挙げることができる。
剤形は、特に限定されず、種々の剤形とすることができる。例えば、溶液製剤として使用できる他に、これを凍結乾燥化し保存し得る状態にした後、用時、水や生理的食塩水等を含む緩衝液等で溶解して適当な濃度に調製した後に使用することもできる。また持続性剤形及び徐放性剤形であってもよい。
具体的には、経口投与のためには、錠剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、丸剤、液剤、乳剤、懸濁液、溶液剤、酒精剤、シロップ剤、エキス剤、エリキシル剤とすることができる。非経口剤としては、例えば、皮下注射剤、静脈内注射剤、筋肉内注射剤、腹腔内注射剤等の注射剤、経皮投与及び貼付剤、軟膏及びローション、口腔内投与のための舌下剤、口腔貼付剤、ならびに経鼻投与のためのエアゾール剤、坐剤とすることができるが、これらには限定されない。これらの製剤は、製剤工程において通常用いられる公知の方法により製造することができる。
経口用固形製剤を調製する場合は、上記有効成分に賦形剤、必要に応じて結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味剤、矯臭剤等を加えた後、常法により錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤等を製造することができる。そのような添加剤としては、当該分野で一般的に使用されるものでよく、例えば、賦形剤としては、乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、微結晶セルロース、珪酸等を、結合剤としては、水、エタノール、プロパノール、単シロップ、ブドウ糖液、デンプン液、ゼラチン液、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、メチルセルロース、エチルセルロース、シェラック、リン酸カルシウム、ポリビニルピロリドン等を、崩壊剤としては乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、乳糖等を、滑沢剤としては精製タルク、ステアリン酸塩、ホウ砂、ポリエチレングリコール等を、矯味剤としては白糖、橙皮、クエン酸、酒石酸等を例示できる。
経口用液体製剤を調製する場合は、上記化合物に矯味剤、緩衝剤、安定化剤、矯臭剤等を加えて常法により内服液剤、シロップ剤、エリキシル剤等を製造することができる。この場合矯味剤としては上記に挙げられたもので良く、緩衝剤としてはクエン酸ナトリウム等が、安定化剤としてはトラガント、アラビアゴム、ゼラチン等を挙げることができる。
注射剤を調製する場合は、上記化合物にpH調節剤、緩衝剤、安定化剤、等張化剤、局所麻酔剤等を添加し、常法により皮下、筋肉内及び静脈内用注射剤を製造することができる。この場合のpH調節剤及び緩衝剤としてはクエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リン酸ナトリウム等を挙げることができる。安定化剤としてはピロ亜硫酸ナトリウム、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、チオグリコール酸、チオ乳酸等を挙げることができる。局所麻酔剤としては塩酸プロカイン、塩酸リドカイン等を挙げることができる。等張化剤としては、塩化ナトリウム、ブドウ糖等を例示できる。
CD11bアンタゴニストは、肺胞内の好中球凝集抑制剤又は肺の好中球浸潤抑制剤として提供することができる。
「肺胞内の好中球凝集抑制」とは、肺胞内で生じる好中球の凝集や集積、例えば、FARDSなどの疾患において認められる肺胞内の好中球の凝集や集積を低減することをいう。
「肺の好中球浸潤抑制」とは、肺への好中球の侵入、例えば、FARDSなどの疾患において認められる肺への好中球の侵入を阻害することをいう。
CD11bアンタゴニストはまた、CD11bアンタゴニストを含む劇症型急性肺炎の予防剤及び/又は治療剤として提供することができる。
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらに限定されない。
野生型マウスに劇症型急性肺炎を誘導して(マウスFARDSモデル)、死亡率、肺所見、及びP/F比を検討した。マウスは、野生型のC57BL/6マウスを使用した。全ての動物の飼育は山口大学のガイドラインに従って行った。
マウスFARDSモデルは、NKT細胞の活性化剤であるαGalCel(KIRIN社製)をパイロジェンフリーのリン酸緩衝生理食塩水(PBS)に溶解して調製した溶液を1μg/50μl PBS/マウスの用量で、野生型マウス(C57BL/6)に経鼻投与して感作し(Day −1)、その24時間後、リポポリサッカライド(LPS)をパイロジェンフリーのPBSに溶解して調製した溶液を50μg/50μl PBS/マウスの用量で、経鼻投与して(Day 0)、劇症型急性肺炎を誘導することにより作製した(図1A)。野生型マウスにαGalCelの投与に続いてLPSを投与することにより、劇症型急性肺炎が誘発されることは既に報告されている(非特許文献14)。
LPS投与後、12時間ごとにマウスの生死を確認し、生存率を算出した。LPS投与48時間後に個々のマウスから動脈血を採取し、動脈血酸素分圧を自動分析器(ABS555、RADIOMETER COPENHAGEN社、デンマーク)を用いて測定し、P/F比を算出した。組織学的分析については、LPS投与72時間後に個々のマウスから得た肺を4%パラホルムアルデヒド中で固定し、パラフィン包埋し、切片にし、組織学検査のためにヘマトキシリン・エオジン(H&E)染色した。標本を光学顕微鏡下で検査した。
1.マウスFARDSモデルの死亡率
8匹のマウスFARDSモデルを用いて検討を行ったところ、LPS投与後2〜3日で80%以上が死亡した(図1B)。
2.マウスFARDSモデルの肺所見
マウスFARDSモデルでは、LPS投与72時間後に、ヒトでのARDS/FARDSの病理組織像と同様に、肺組織における非常に激しい好中球浸潤が認められた(図1C)。
3.マウスFARDSモデルのP/F比
マウスFARDSモデルのP/F比は91.8±34.6であった。一方、無処理の野生型マウス(以下、定常状態の野生型マウスと称する)のP/F比は507.1±31.9であった。この結果から、定常状態の野生型マウスのP/F比はヒトと同程度乃至やや高く、一方、マウスFARDSモデルのP/F比はヒトのFARDSに相当する値であることが明らかになった(図1D)。
マウスFARDSモデルの肺への好中球及びCD4 T細胞の浸潤を、イメージング技術を用いて免疫細胞を可視化することにより定量的に測定した。
マウスFARDSモデルは、次に示すように作製した(図2A)。緑色蛍光タンパク質遺伝子を組み込んだトランスジェニックマウス(以下、GFP Tgと称する)をドナーとして使用し、その大腿骨骨髄からAutoMACSソーター(ミルテニーバイオテク(Miltenyi Biotec)社)を用いて好中球及びCD4 T細胞を精製し、それぞれ98%の純度とした。GFP Tg(C57BL/6−Tg(CAG−EGFP)C14−Y01−FM131Osb mice)は理研バイオリソースセンターより購入した。単離した200万個の好中球又はCD4 T細胞を野生型C57BL/6マウス中に静注(iv)投与した(Day −3)。そして、同系統の野生型マウスであるC57BL/6マウスをレシピエントとして使用し、前記好中球又はCD4 T細胞を静脈経由で移入した。細胞移入48時間後(Day −1)にαGalCelを1μg/50μl PBS/マウスの用量で野生型マウスに経鼻投与し、その24時間後(Day 0)にLPSを50μg/50μl PBS/マウスの用量で経鼻投与して劇症型急性肺炎を誘導した。
LPS投与6時間、12時間、24時間、及び48時間後にマウスの肺を取り出し、蛍光顕微鏡(M250FA、ニコン社製)を用いてGFP陽性の好中球を観察した。
1.マウスFARDSモデルの肺への好中球集積
αGalCel及びLPSを投与したマウスでは、LPS投与48時間後に肺組織における非常に激しいGFP陽性好中球の浸潤が認められた(図2B)。LPSのみを投与したマウスでも肺への好中球の浸潤が認められたが、αGalCel及びLPSを投与したマウスと比較して浸潤した好中球の数は少なかった。この結果から、LPSにより誘導される肺への好中球浸潤が、αGalCelの前投与により劇的に増加することが明らかになった。また、浸潤した好中球には、好中球同士が互いに接するほど凝集している状態が認められた。劇症型急性肺炎以外の肺炎では、肺胞内に好中球が散在する程度にしか含まれていない(非特許文献15−18)。肺に浸潤した好中球による凝集体の形成が、劇症型急性肺炎の特徴の1つである。なお、αGalCel及びLPSを投与したマウスでは、移入したGFP陽性好中球の他にも、レシピエントに本来存在しているGFP非標識好中球が数多く浸潤しており、好中球の集塊を形成している。この結果は、αGalCel及びLPSの投与により肺への好中球浸潤が劇的に増加し、凝集体を形成することにより、肺炎が劇症化することを示唆する。
2.LPS投与後の肺への好中球集積の経時変化
αGalCel及びLPSを投与したマウスでは、LPSの投与後6時間程度でGFP陽性好中球の肺への著しい浸潤が認められた(図2C)。
3.LPS投与後の肺へのCD4 T細胞集積の経時変化
αGalCel及びLPSを投与したマウスでは、LPSの投与後24時間位からGFP陽性CD4 T細胞の肺への集積が認められた(図2D)。CD4 T細胞の肺への集積は、好中球の肺への集積よりも遅れて認められることが判明した。
マウスFARDSモデルの肺への免疫炎症細胞の浸潤を検討した。実施例1と同じ方法で作製したマウスFARDSモデルを使用した。
LPS投与3日後に、既報に従い肺胞洗浄(BAL)を行った(非特許文献19)。全ての肺胞洗浄液を採集し、150μl分取液中の細胞を計数した。総細胞数とフローサイトメトリーによる各細胞種の百分率からマウス1匹の肺中の各細胞種の数を計算した。
マウスFARDSモデルの肺への免疫炎症細胞浸潤は、LPS投与後に劇的に増加し、特に、好中球の集積が特徴的に認められた(図3)。
実施例3の検討結果から、マウスFARDSモデルの肺への免疫炎症細胞浸潤は、LPS投与後に劇的に増加し、特に、好中球の集積が特徴的に認められた。そこで、マウスFARDSモデルにおける肺への好中球浸潤に対する抗CD11b抗体投与の効果を検討した。
実施例2と同じ方法で作製したマウスFARDSモデルを使用した。細胞移入24時間後(Day −2)に、抗CD11b mAb(BioLegend社製のラット(rat) IgGM1/70)を200μg/マウスの用量で腹腔内(i.p.)注射し、その24時間後(Day −1)にαGalCelを経鼻投与し、さらに24時間後(Day 0)にLPSを経鼻投与して劇症型急性肺炎を誘導した。LP投与24時間後にマウスの肺を取り出し、蛍光顕微鏡(M205FAA、ニコン社製)を用いてGFP陽性の好中球を観察した。
αGalCel及びLPSを投与したマウスではGFP陽性好中球の肺への著しい浸潤が認められたが、抗CD11b抗体の発症前投与により、肺への好中球浸潤が抑制された(図4)。また、肺に浸潤した好中球による凝集体の形成が、抗CD11b抗体の発症前投与により抑制された。
上記結果から、抗CD11b抗体を肺への好中球浸潤及び浸潤した好中球の凝集体形成を抑制する用途に使用できる。
FARDS発症前の抗CD11b抗体投与による劇症型急性肺炎の抑制効果を検討した。実施例1と同じ方法で作製したマウスFARDSモデルを使用した。αGalCel投与の24時間前(Day −2)に、抗CD11b mAb(BioLegend社製のrat IgGM1/70)を200μgの用量で腹腔内(i.p.)投与した(図5A)。陰性対象として、コントロール抗体(BioLegend社製のrat IgG2b,κアイソタイプコントロール抗体)を用いて同様の処理を行った。
LPS投与後、12時間ごとにマウスの生死を確認し、生存率を算出した。LPS投与48時間後に個々のマウスから動脈血を採取し、動脈血酸素分圧を自動分析器(ABS555、RADIOMETER COPENHAGEN社、デンマーク)を用いて測定し、P/F比を算出した。組織学的分析については、LPS投与72時間後に個々のマウスから得た肺を4%パラホルムアルデヒド中で固定し、パラフィン包埋し、切片にし、組織学検査のためにH&E染色した。標本を光学顕微鏡下で検査した。
1.マウスFARDSモデルの死亡率
8匹のマウスFARDSモデルを用いて検討を行ったところ、FARDS発症前の抗CD11b抗体の投与により、死亡率の著しい低下が認められた(図5B)。具体的には、80%以上のマウスの致死が回避され生存した。
2.マウスFARDSモデルの肺所見
LPSの投与72時間後の病理組織像では、コントロール抗体を投与したマウスの肺組織には激しい炎症細胞浸潤が観察されたが、抗CD11b抗体をFARDS発症前に投与したマウスの肺組織では、炎症細胞の浸潤は抑制され、炎症の程度が軽減されていた(図5C)。
3.マウスFARDSモデルのP/F比
マウスFARDSモデルのP/F比は98.4±36.2であり、PBSのみ投与の野生型マウス(以下、定常状態の野生型マウスと称する)のP/F比は575.2±32.1であった。抗CD11b抗体をFARDS発症前に投与したマウスでは、P/F比が480.8±49.5に改善された。一方、コントロール抗体を投与したマウスでは、P/F比が109.9±37.2であり、改善は認められなかった。この結果から、マウスFARDSモデルにおいて認められたP/F比の低下は、抗CD11b抗体をFARDS発症前に投与することにより、著しく改善されることが明らかになった(図5D)。
抗CD11b抗体は、FARDS誘導前に投与することにより、FARDS発症後のマウスの生存率を増加させ、炎症細胞の肺への浸潤を抑制し、P/F比を著しく改善することが明らかになった。
FARDS発症後の抗CD11b抗体投与による劇症型急性肺炎の抑制効果を検討した。実施例1と同じ方法で作製したマウスFARDSモデルを使用した。LPS投与の24時間後に、抗CD11b mAb(BioLegend社製のrat IgGM1/70)を200μgの用量で腹腔内(i.p.)投与した(図6A)。陰性対象として、コントロール抗体を用いて同様の処理を行った。
LPS投与後、12時間ごとにマウスの生死を確認し、生存率を算出した。組織学的分析については、LPS投与72時間後に個々のマウスから得た肺を4%パラホルムアルデヒド中で固定し、パラフィン包埋し、切片にし、組織学検査のためにH&E染色した。標本を光学顕微鏡下で検査した。
1.マウスFARDSモデルの死亡率
10匹のマウスFARDSモデルを用いて検討を行ったところ、FARDS発症後の抗CD11b抗体の投与により、死亡率の著しい低下が認められた(図6B)。具体的には、80%以上のマウスの致死が回避され生存した。
2.マウスFARDSモデルの肺所見
LPSの投与72時間後の病理組織像では、コントロール抗体を投与したマウスの肺組織には激しい炎症細胞浸潤が観察されたが、抗CD11b抗体をFARDS発症後に投与したマウスの肺組織では、炎症細胞の浸潤は抑制された(図6C)。抗CD11b抗体をFARDS発症前に投与したマウスの肺組織と比較して、細胞浸潤抑制の程度は少ないが、コントロール抗体投与群とは明らかに異なり、肺組織内にガス交換できる空間が残っていた。そのため、生存率が上昇した。
このように、抗CD11b抗体は、FARDS誘導後の投与でも誘導前の投与と同程度の生存率を与え、炎症細胞の肺への浸潤を抑制することが明らかになった。
上記の実施例5とは別クローンの抗CD11b抗体を用いて、FARDS発症前の抗CD11b抗体投与による劇症型急性肺炎の抑制効果を検討した。
実施例1と同じ方法で作製したマウスFARDSモデルを使用した。実施例5と同様の投与手順でαGalCel投与の24時間前(Day −2)に、抗CD11b mAb(Southern Biotech社製のratIgG 3A33)を200μgの用量で腹腔内(i.p.)投与した。陰性対象として、コントロール抗体(BioLegend社製のrat IgG2b,κアイソタイプコントロール抗体)を用いて同様の処理を行った。
なお、本実施例で用いた抗CD11b抗体3A33及び実施例5で用いた抗CD11b抗体M1/70は、いずれも蛍光標識してマウスの生細胞を直接染色するとフローサイトメーターでCD11bの発現が検出できることを確認している。生細胞の直接染色では抗体分子は細胞内には入り込めないため、フローサイトメーターでCD11bを検出できることは、用いた2種類の抗CD11b抗体が共にCD11b分子の細胞外領域を認識して結合することを意味している。
LPS投与後、12時間ごとにマウスの生死を確認し、生存率を算出した。組織学的分析については、LPS投与72時間後に個々のマウスから得た肺を4%パラホルムアルデヒド中で固定し、パラフィン包埋し、切片にし、組織学検査のためにH&E染色した。標本を光学顕微鏡下で検査した。
1.マウスFARDSモデルの死亡率
5匹のマウスFARDSモデルを用いて検討を行ったところ、FARDS発症前の抗CD11b抗体の投与により、死亡率の著しい低下が認められた(図7A)。具体的には、80%以上のマウスの致死が回避され生存した。
2.マウスFARDSモデルの肺所見
LPSの投与72時間後の病理組織像では、コントロール抗体を投与したマウスの肺組織には激しい炎症細胞浸潤が観察されたが、抗CD11b抗体をFARDS発症前に投与したマウスの肺組織では、炎症細胞の浸潤は抑制され、炎症の程度が軽減されていた(図7B)。
抗CD11b抗体は、実施例5とは別クローンの抗体においても、FARDS誘導前に投与することにより、FARDS発症後のマウスの生存率を増加させ、炎症細胞の肺への浸潤を抑制することを確認した。
FARDS発症後の抗CD11b抗体投与による劇症型急性肺炎の抑制効果を検討した。実施例1と同じ方法で作製したマウスFARDSモデルを使用した。実施例6と同様に、LPS投与の24時間後に、抗CD11b mAb(BioLegend社製のrat IgGM1/70)を200μgの用量で腹腔内(i.p.)投与した。陰性対象として、コントロール抗体を用いて同様の処理を行った。
LPS投与48時間後に個々のマウスから動脈血を採取し、実施例5と同様に、P/F比を算出した。
マウスFARDSモデルのP/F比は94.9±31.2であり、定常状態の野生型マウスのP/F比は616.6±22.2であった。抗CD11b抗体をFARDS発症後に投与したマウスでは、P/F比が269.5±44.1に改善された。一方、コントロール抗体を投与したマウスでは、P/F比が105.6±36.4であり、改善は認められなかった。この結果から、マウスFARDSモデルにおいて認められたP/F比の低下は、抗CD11b抗体をFARDS発症後に投与した場合でも、有意に改善されることが明らかになった(図8)。
(総論)
上記実施例の結果から、CD11b分子が難治性炎症疾患であるFARDSの良好な治療ターゲット分子になり得ることが示唆された。免疫炎症細胞、例えば好中球におけるCD11bの発現や機能を抑制することにより、FARDSの治療が可能になる。