以下、本発明の好適な実施形態を説明する。なお、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって本発明の実施に必要な事柄は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。本発明は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施することができる。なお、明細書において数値範囲を示す「X〜Y」との表記は、特筆しない限り「X以上Y以下」を意味するものとする。
[溶射用材料]
ここに開示される溶射用材料は、構成元素として、希土類元素(RE)、酸素(O)およびハロゲン元素(X)を含む。そして、この溶射用材料は、希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)と希土類元素ハロゲン化物(RE−X)との混晶を含むことを特徴としている。希土類元素オキシハロゲン化物と希土類元素ハロゲン化物とが混晶を形成していることで、溶射による高温環境においても互いの組成物の固溶率が変化されて安定状態を保つことができ、他の化合物(例えば、Y2O3やF2など)への酸化分解を抑制できると考えられる。
ここで混晶とは、化学組成の異なる2種以上の物質が互いに均一に混じり合って、結晶学的にほぼ均一な固相をなしているものをいう。混晶は、主に金属材料について用いられる用語「固溶体」「合金」等の概念をも包含する意味である。ここに開示される技術においては、希土類元素(RE)、酸素(O)およびハロゲン元素(X)の化合物である希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)と、希土類元素(RE)およびハロゲン元素(X)の化合物である希土類元素ハロゲン化物(RE−X)とが、混晶を形成している。このとき、混晶組成において、希土類元素オキシハロゲン化物は、希土類元素ハロゲン化物の存在に基づき、結晶相内にハロゲン元素を相対的に多く含んだ状態となり得る。例えば、希土類元素オキシハロゲン化物は、希土類元素ハロゲン化物からハロゲン元素を供給(ドープ)された状態にあると理解することができる。
また、二つまたはそれ以上の異なる化合物が混晶を形成していることで、例えば、これらの化合物を構成する元素の元素比が溶射環境により変化しても、混晶における当該化合物の混合割合(以下、「固溶率」等という。)の変化として吸収することができる。例えば、本発明者らは、希土類元素オキシハロゲン化物と、希土類元素ハロゲン化物とが、純成分を除くほぼ全組成範囲(全混合割合)において混晶を形成することを確認している。つまり、希土類元素オキシハロゲン化物と希土類元素ハロゲン化物との混晶は、全率固溶体であり得る。このことにより、ここに開示される溶射用材料は、溶射環境に晒されてハロゲン元素が揮発しても、化合物の分解等の化学反応や、結晶構造の大きな変化を生じることなく、混晶状態を維持することができる。
具体的には、例えば、イットリウムオキシフッ化物(Y5O4F7)やフッ化イットリウム(YF3)は、下式(1),(2)に基づき、単独では溶射環境で容易に酸化物まで直接的に分解されてしまう。その結果、希土類元素酸化物とハロゲンガスを生成する。
Y5O4F7+7/4O2 → 5/2Y2O3+7/2F2↑ …(1)
YF3+1/2O2 → Y2O3+3F2↑ …(2)
しかしながら、これらの化合物が混晶であることで、下式(3)に示されるように、溶射環境において酸化されてハロゲンガスが揮発した場合であっても、混晶組成が変化することにより酸化物への分解は抑制される。
(Y5O4F7−6YF3)+2O2→(2Y5O4F7−YF3)+4F2↑ …(3)
(2Y5O4F7−YF3)+2O2→3Y5O4F7+4F2↑+4F2↑ …(4)
Y5O4F7+1/2O2→3YOF+7/2F2↑ …(5)
また、上式(4)に示されるように、混晶においては、溶射用材料が純成分となるまで、酸化物へ直接的に分解されることが抑制され得る。混晶に固溶限界がある場合は、固溶限組成となるまで酸化物に直接的に分解されることが抑制される。また、混晶が酸化分解された場合であっても、分解生成物の化学組成は、混晶を構成する一の化合物(純成分)である希土類元素オキシハロゲン化物側に導くことができる。さらに、希土類元素オキシハロゲン化物がハロゲン元素の割合が高い化合物である場合、上式(5)に示されるように、よりハロゲン元素の割合が低い希土類元素オキシハロゲン化物へと変化してから、酸化物を形成する。その結果、希土類元素酸化物の生成をより一層抑制することができる。このことにより、ここに開示される溶射用材料は、希土類元素、酸素およびハロゲン元素を含むものでありながら、例えば、希土類元素ハロゲン化物の単体と比較した場合はもちろんのこと、希土類元素オキシハロゲン化物の単体やこれらの混合物と比較した場合であっても、溶射環境に晒されたときに酸化分解され難い。なお、以上の作用効果は、溶射用材料固有の特性であって、溶射方法に因らずに発揮される顕著な効果であり得る。
なお、上式中で、例えば「(Y5O4F7−6YF3)」との表記は、Y5O4F7とYF3とがモル比で1:6の割合で混合して混晶を形成していることを意味している。
ここに開示される技術において、混晶を構成する希土類元素(RE)としては特に制限されず、スカンジウム,イットリウムおよびランタノイドの元素のうちから適宜に選択することができる。具体的には、スカンジウム(Sc),イットリウム(Y),ランタン(La),セリウム(Ce),プラセオジム(Pr),ネオジム(Nd),プロメチウム(Pm),サマリウム(Sm),ユウロピウム(Eu),ガドリニウム(Gd),テルビウム(Tb),ジスプロシウム(Dy),ホルミウム(Ho),エルビウム(Er),ツリウム(Tm),イッテルビウム(Yb)およびルテチウム(Lu)である。耐プラズマエロージョン性を改善させたり、比較的低価格である等の観点から、Y,La,Gd,Tb,Eu,Yb,Dy,Ce等であることが好ましい。希土類元素は、これらのうちのいずれか1種を単独で含んでいてもよいし、2種以上を組み合わせて含んでいてもよい。
また、ハロゲン元素(X)についても特に制限されず、元素周期律表の第17族に属する元素のいずれであっても良い。具体的には、フッ素(F),塩素(Cl),臭素(Br),ヨウ素(I)およびアスタチン(At)等のハロゲン元素が挙げられる。好ましくは、F,Cl,Brとすることができる。これらはいずれか1種を単独で含んでいてもよいし、2種以上を組み合わせて含んでいてもよい。
ここで、混晶を構成する希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)としては、組成は特に限定されない。この希土類元素オキシハロゲン化物を構成する希土類元素(RE)と、ハロゲン元素(X)との組み合わせや、希土類元素(RE)、ハロゲン元素(X)および酸素(O)の割合についても特に制限されない。例えば、希土類元素オキシハロゲン化物としては、各種の希土類元素のオキシフッ化物、オキシ塩化物およびオキシ臭化物が代表的なものとして挙げられる。この希土類元素オキシハロゲン化物は、後述の希土類元素ハロゲン化物と混晶を形成することから、かかる希土類元素ハロゲン化物と共通の結晶構造を有するものであることが好ましい。そのような結晶構造とは、例えば、立方晶、正方晶、菱面体晶、六方晶、斜方晶(直方晶)、単斜晶、三斜晶等であってよい。なかでも、希土類元素オキシハロゲン化物としては、例えば、ハロゲン系プラズマに対する耐食性が比較的高いことが知られている、一般式:RE1O1−nF1+2n(一般式中のnは0≦n<1を満たす。);で表される希土類元素のオキシフッ化物の結晶構造である斜方晶および/または菱面体晶であることが好ましい。好ましくは、上記一般式中のnが0<n<1のときの結晶構造である斜方晶であってよい。
また、混晶を構成する希土類元素ハロゲン化物(RE−X)としては、組成は特に限定されない。この希土類元素ハロゲン化物を構成する希土類元素(RE)と、ハロゲン元素(X)との組み合わせやその割合についても特に制限されない。例えば、希土類元素ハロゲン化物としては、各種の希土類元素のフッ化物、塩化物および臭化物が代表的なものとして挙げられる。この希土類元素ハロゲン化物は、上述の希土類元素オキシハロゲン化物と混晶を形成することから、かかる希土類元素オキシハロゲン化物と共通の結晶構造を有することが好ましい。そのような結晶構造とは、例えば、立方晶、正方晶、菱面体晶、六方晶、斜方晶(直方晶)、単斜晶、三斜晶等であってよい。なかでも斜方晶および/または菱面体晶であることが好ましく、斜方晶であることがより好ましい。結晶構造が斜方晶の希土類元素ハロゲン化物としては、例えば、ハロゲン系プラズマに対する耐食性が比較的高いことが知られている、一般式:REF3;で表される希土類元素フッ化物であってよい。
なお、上記の希土類元素ハロゲン化物と希土類元素オキシハロゲン化物とが混晶を形成するためには、結晶格子(単位胞)の大きさが近いことが好適である。したがって、希土類元素ハロゲン化物と希土類元素オキシハロゲン化物とは、互いに共通の希土類元素を含むことができる。例えば、希土類元素オキシハロゲン化物と、希土類元素ハロゲン化物とに含まれる希土類元素は、それぞれ50モル%以上(好ましくは70モル%以上、より好ましくは80モル%以上、特に好ましくは90モル%以上、例えば、95モル%以上、実質的に100モル%)が共通する元素であってよい。
なお、上記の希土類元素オキシハロゲン化物と希土類元素ハロゲン化物とについては、希土類元素およびハロゲン元素が異なる場合も、同一あるいは類似の結晶構造をとり得る。したがって、以下に好適な一形態として、希土類元素がイットリウム(Y)を含み、ハロゲン元素がフッ素(F)を含み、希土類元素ハロゲン化物がフッ化イットリウム(YF3)を含み、希土類元素オキシハロゲン化物がイットリウムオキシフッ化物(Y−O−F)を含む場合について説明する場合がある。かかるイットリウムオキシフッ化物としては、例えば、熱力学的に安定で、イットリウムと酸素とハロゲン元素との比が5:4:7の化学組成がY5O4F7や、その他のYOF,Y6O5F8,Y7O6F9,Y17O14F23等の一般式:Y1O1−nF1+2n(一般式中、0<n<1を満たす。);で表される化合物等であってよい。とくに、フッ化イットリウムと好適な混晶を形成し得てかつ酸素に対するフッ素の割合の高いY5O4F7であってよい。なお、以下の説明においても、イットリウム(Y)の一部または全部を任意の希土類元素に、フッ素(F)の一部または全部を任意のハロゲン元素に置き換えることができる。
ここに開示される混晶において、希土類元素オキシハロゲン化物と希土類元素ハロゲン化物との割合(固溶率という場合がある。)は特に制限されない。希土類元素オキシハロゲン化物に対して少しでも希土類元素ハロゲン化物が混じって(固溶して)いることで、混晶に含まれている希土類元素に対するハロゲン元素の割合が高められ、希土類元素オキシハロゲン化物の酸化分解が抑制されるために好ましい。かかる観点から、混晶を構成する希土類元素オキシハロゲン化物と希土類元素ハロゲン化物との合計に占める希土類元素ハロゲン化物の割合は、5モル%以上であることが好ましく、20モル%以上であることがより好ましく、40モル%以上であることが特に好ましく、例えば、50モル%以上であり得る。一例として、60モル%以上や70モル%以上であってよい。しかしながら、混晶に占める希土類元素ハロゲン化物の割合が過剰となると、溶射時の高温環境においてハロゲン元素が揮発し易く、酸化抑制に寄与し難くなる虞がある。かかる観点から、混晶に占める希土類元素ハロゲン化物の割合は、95モル%以下であることが好ましく、90モル%以下がより好ましく、85モル%以下が特に好ましい。
なお、より直接的には、ここに開示される溶射用材料は、上記のとおり希土類元素オキシハロゲン化物と希土類元素ハロゲン化物との混晶を含むことから、希土類元素オキシハロゲン化物からなる溶射用材料よりもハロゲン元素の割合が高められている。かかる溶射用材料において、希土類元素,酸素,ハロゲン元素の合計に占めるハロゲン元素の割合は、好ましくは45原子%以上であり、より好ましくは50原子%以上、例えば53原子%以上である。しかしながら、溶射用材料にハロゲン元素が過剰に含まれていても、溶射中に溶射用材料からハロゲン元素が揮発しやすくなるために好ましくない。したがって、溶射用材料において、希土類元素,酸素,ハロゲン元素の合計に占めるハロゲン元素の割合は、好ましくは73原子%以下であり、より好ましくは70原子%以下、例えば65原子%以下である。
溶射用材料中に上記混晶が含まれていることの確認方法は特に限定されないが、例えば、以下の方法で実施することができる。
まず、溶射用材料の組成と結晶構造とをX線回折(X-ray Diffraction:XRD)分析によって調べる。混晶のXRD回折パターンは、例えば、混晶を構成する二つの化合物の単体についての回折パターンのそれぞれが、例えば低角側にシフトするような形態で観察され得る。したがって、先ず、溶射用材料のXRD分析により、当該溶射用材料に含まれる物質の結晶構造を特定する。このとき、混晶とは別に、希土類元素オキシハロゲン化物や、希土類元素ハロゲン化物が同定される場合は、その組成(価数、元素比)まで特定するとよい。そして、得られた回折パターンにおいて、混晶を構成する希土類元素オキシハロゲン化物および希土類元素ハロゲン化物の回折パターンが、いずれもその形状を保ったままシフトした形態の回折パターンが見られたときに、これら希土類元素オキシハロゲン化物と希土類元素ハロゲン化物との混晶が含まれていると判断することができる。
例えば、図1に、(a)〜(d)の4つの粉体のXRD回折パターンのイメージを示した。図1中の縦線は、左側から、YF3結晶相のメインピーク位置(27.881°)、YOF結晶相のメインピーク位置(28.064°)、Y5O4F7結晶相のメインピーク位置(28.114°)、Y2O3結晶相のメインピーク位置(29.157°)をそれぞれ示している。なお、31°付近のピークは、YF3に帰属されるピークである。
ここで、粉体(d)は、YF3粉とY5O4F7粉とを混合した混合粉であり、XRDパターンには、YF3結晶相に基づく回折ピークとY5O4F7結晶相に基づく回折ピークとがそれぞれ観察される。また、粉体(a)は、YF3造粒粉を焼成した焼成粉であり、主相であるYF3結晶相に基づく回折ピークに、わずかにYOF結晶相に基づく回折ピークが観察される。粉体(b)は、YF3粉とY2O3粉との造粒粉であり、YF3結晶相とY2O3結晶相とに基づく回折ピークがそれぞれ観察される。粉体(c)は、YF3粉とY5O4F7粉とを原料とした混晶からなる混晶粉である。しかしながら、粉体(c)のXRDパターンには、YF3結晶相とY2O3結晶相とに帰属される回折ピークは見られない。そして粉体(c)のXRDパターンは、YF3粉とY5O4F7粉との混合粉である化合物(d)の回折パターンを、低角側にシフトした形態に一致することがわかる。例えばこのようにして、混晶の含有を確認することができる。
なお、X線光電子分光(X-ray Photoelectron Spectroscopy:XPS)によっても、混晶の存在を確認することができる。しかしながら、粉体状の溶射用材料についてXPS分析を行うことは困難な場合があり得る。そのため、溶射用材料については、上記のXRD分析により混晶の有無を好適に確認することができる。なお、特に制限されるものではないが、後述の溶射皮膜については、例えば、XPS分析により混晶の有無を確認することができる。そして、一部の溶射用材料についても、XPS分析により混晶の有無を確認することができる。
XPS分析による混晶の確認では、まず、溶射用材料の構成元素とその電子状態をXPS分析等により測定する。溶射用材料にX線を照射することで、原子軌道の電子が励起されて、光電子として放出される。このとき放出される電子の結合エネルギーは、各元素とその酸化状態に固有の軌道エネルギーとなることから、X線光電子分光スペクトルを測定することで溶射用材料を構成する元素の種類と、その酸化状態に関する情報を得ることができる。例えば、溶射用材料物質の表面(典型的には、数ナノメートルの表面深さ)における元素分布を測定することができ、溶射用材料に含まれる希土類元素(RE)、ハロゲン元素(X)、および酸素(O)の原子比を把握することができる。
また、例えば、希土類元素(以下の例ではイットリウム)の3d軌道のXPSスペクトルは2つの構成要素を有することから、3d5/2と3d3/2とに分離される。3d5/2のピークは低エネルギー側に、3d3/2のピークは高エネルギー側に現れる。表1に、金属イットリウム(Y)、イットリウムの酸化物(Y2O3)、イットリウムのオキシフッ化物(YOF,Y5O4F7)、イットリウムのハロゲン化物(YF3,YBr3,YCl3,YI3)、およびこれらの混晶(Y2O3/Y,YOF/Y2O3,YF3/Y5O4F7)における3d5/2軌道の電子の結合エネルギーの一測定例を示した。表1に示すように、例えば、混晶の3d5/2のピークは、混晶を形成する化合物の3d5/2のピークの間に現れることがわかる。具体的には、例えばフッ化イットリウム(YF3)の3d5/2軌道のXPSピークは、およそ159.5〜160.5eVに出現する。なお、参考までに、フッ化イットリウムの3d3/2軌道のXPSピークは161.2eV近傍に出現する。また一方で、例えば、イットリウムオキシフッ化物(Y5O4F7)におけるYの3d5/2軌道のXPSピークは、おおよそ158.25〜159eVの間に出現する。そして、イットリウムオキシフッ化物とフッ化イットリウムとの混晶(YF3/Y5O4F7)における3d軌道のXPSピークは、イットリウムオキシフッ化物におけるピークと、フッ化イットリウムにおけるピークとの間(159.0〜159.5eV)に現出することとなる。しかしながら、このとき、混晶については高エネルギー側に3d3/2についてのピークが見られない。換言すると、混晶において、イットリウムの3d軌道のXPSスペクトルは、低エネルギー側の3d5/2のピークに集約され得る。この現象の詳細は明らかではないが、イットリウムの3d3/2のピークが消失するか、3d5/2の側に大きくシフトするものと考えられる。そして混晶は、すなわち、少なくとも157〜159eVのエネルギー範囲にXPSピークが1つ観測されることで、イットリウムオキシフッ化物とフッ化イットリウムとの混晶を含むことを確認することができる。後述の実施例において具体的に示しているが、例えば溶射被膜が混晶を含む場合に、イットリウムの3d軌道のXPSスペクトルは1つのみが観察され、高エネルギー側の第2のピークは観測されない。このことから、本明細書における溶射皮膜がイットリウムオキシフッ化物とフッ化イットリウムとの混晶を含むとは、当該材料についてのイットリウムの3d軌道に由来するXPSスペクトルが3d5/2軌道に近い位置に(例えばおおよそ159〜159.5eV)の範囲に1つのみ観察されることと同意であると理解できる。あるいは、高エネルギー側に3d3/2のピークが見られないことと同意であると理解できる。
なお、混晶における希土類元素オキシハロゲン化物と希土類元素ハロゲン化物とのそれぞれの割合(固溶率)は、例えば、XRD分析における希土類元素オキシハロゲン化物と希土類元素ハロゲン化物とのメインピークの比から把握することができる。より具体的には、例えば、希土類元素オキシハロゲン化物および希土類元素ハロゲン化物の固溶率を変化させた混晶のサンプルを数種類用意し、それぞれのサンプルについてXRD分析を行い、所定のピーク(例えば各相のメインピーク)のピーク高さと固溶率との関係を示す検量線を作成する。そしてこの検量線に、固溶率を測定したい溶射用材料の混晶に由来するピークの高さを当てはめることで、希土類元素オキシハロゲン化物と希土類元素ハロゲン化物との固容率(含有量)を定量することができる。なお、混晶のXPS分析におけるイットリウムの3d軌道のXPSスペクトル位置についても、検量線法を同様に採用することで固溶率を定量することができる。なお、混晶の存在の確認方法およびその固溶率の計算等は、上記の例示に限定されず、当業者であれば適切な各種の分析方法を適宜採用することができる。
また、溶射用材料の組成分析を行う場合、例えば、エネルギー分散型X線分析(Energy Dispersive X-ray spectrometry:EDX)法を採用するようにしてもよい。EDX分析を行うことで、溶射用材料の構成元素を表面から数十μm程度から数cm程度の深さまで分析することができ、バルク組成を精度よく把握することができる。
この混晶は、溶射用材料中に少しでも含まれることで、溶射中に溶射用材料が酸化分解されることを抑制することができる。つまり、形成される溶射皮膜中に、耐発塵性に劣る希土類元素の酸化物(例えば、イットリア(Y2O3))やより酸素含有率の高い希土類元素オキシフッ化物が含まれる割合を低減することができる。また、溶射用材料の酸化分解に伴う溶射皮膜の気泡の包含を抑制することができ、緻密な溶射皮膜を形成することができる。したがって、混晶の割合は、溶射用材料中に少量(例えば1質量%以上)でも含まれていればよいが、このような効果を明瞭に得るためには、例えば、混晶の割合は30質量%以上であることが好ましく、50質量%以上がより好ましく、75質量%以上がさらに好ましく、80質量%以上が特に好ましい。混晶の割合は90質量%以上であってよく、95質量%以上であってよく、98質量%以上であってよく、例えば99質量%以上であってよい。実質的には溶射用材料の100質量%が混晶であってよい。
なお、本明細書において「実質的に100質量%」が所定の化合物(例えば、混晶)であるとは、例えば、X線回折分析において、不可避的不純物を除き、当該化合物(例えば、混晶)以外の化合物が検出されないことであり得る。
また、溶射用材料は、混晶や希土類元素オキシハロゲン化物、希土類元素フッ化物に比較して、耐発塵性に劣る希土類元素酸化物(典型的には単体、例えばY2O3)の含有が抑制されていることが好ましい。希土類元素酸化物は、溶射用材料の10質量%以下であることが好ましく、5質量%以下であることが好ましく、3質量%以下であることが特に好ましい。例えば、溶射用材料は、希土類元素酸化物を実質的に含まないことがより好ましい。
同様に、溶射用材料は、混晶を構成しない希土類元素ハロゲン化物(典型的には単体、例えばYF3)の含有が抑制されていることが好ましい。希土類元素ハロゲン化物は、20質量%以下であることが好ましく、10質量%以下であることが好ましく、5質量%以下であることが特に好ましく、例えば、3質量%以下であってよい。例えば、溶射用材料は、希土類元素ハロゲン化物を実質的に含まないことがより好ましい。
さらに、溶射用材料は、混晶を構成しない希土類元素オキシハロゲン化物(典型的には単体、例えばYOFやY5O4F7)の含有が抑制されていることが好ましい。希土類元素オキシハロゲン化物は、20質量%以下であることが好ましく、10質量%以下であることが好ましく、5質量%以下であることが特に好ましく、例えば、3質量%以下であってよい。例えば、溶射用材料は、希土類元素オキシハロゲン化物を実質的に含まないことがより好ましい。
溶射用材料に含まれる希土類元素の酸化物は、溶射によって溶射皮膜中にそのまま希土類元素酸化物として含まれ得る。例えば、溶射用材料に含まれる酸化イットリウムは、溶射によって溶射皮膜中にそのまま酸化イットリウムとして存在し得る。この希土類元素酸化物(例えば酸化イットリウム)は、希土類元素オキシハロゲン化物に比べてプラズマ耐性が低い。そのため、この希土類元素酸化物が含まれた部分は極めて脆い変質層を生じやすく、変質層はハロゲン系プラズマに晒されたときに微細な粒子となって容易に脱離する。そして、この微細な粒子がパーティクルとして半導体基盤上に堆積する虞がある。したがって、ここに開示される溶射用材料においては、パーティクル源となる変質層が形成され易い希土類元素酸化物の含有を排除するようにしている。さらに、希土類元素オキシハロゲン化物は、比較的高い耐プラズマエロージョン特性を備えるものの、プラズマ環境においてハロゲンが揮発しやすく、一部が酸化分解してより酸素含有率の高い希土類元素オキシハロゲン化物や希土類元素酸化物へと分解され易い傾向にある。したがって、ここに開示される溶射用材料においては、希土類元素オキシハロゲン化物についても、ハロゲン系プラズマに晒されたときに酸化分解されにくいよう、希土類元素ハロゲン化物との混晶として含むようにしている。
なお、ここに開示される技術において、ハロゲン系プラズマとは、典型的には、ハロゲン系ガス(ハロゲン化合物ガス)を含むプラズマ発生ガスを用いて発生されるプラズマである。例えば、具体的には、半導体基板の製造に際しドライエッチング工程などで用いられる、SF6、CF4、CHF3、ClF3、HF等のフッ素系ガスや、Cl2、BCl3、HCl等の塩素系ガス、HBr等の臭素系ガスの1種を単独で、または2種以上を混合して用いて発生されるプラズマが典型的なものとして例示される。これらのガスは、アルゴン(Ar)等の不活性ガスとの混合ガスとして用いても良い。
上記の溶射用材料は、典型的には粉体の形態にて提供される。かかる粉体は、主として一次粒子の集合(凝集の形態が含まれても良い。)から構成される粉体であってもよいし、より微細な一次粒子が造粒されてなる造粒粒子で構成されていてもよい。しかしながら、溶射による溶射用材料の酸化を抑制するとの観点からは、比表面積の大きくなり得る造粒粒子ではないことが好ましい。粉体を構成する粒子は、溶射効率の観点から、例えば、平均粒子径が100μm程度以下であれば特に制限されず、平均粒子径の下限についても特に制限はない。溶射用材料の平均粒子径は、例えば、80μm以下とすることができ、好ましくは60μm以下、より好ましくは50μm以下程度、例えば40μm以下程度とすることができる。平均粒子径の下限についても特に制限はなく、かかる溶射用材料の流動性を考慮した場合に、例えば、5μm以上とすることができ、好ましくは10μm以上、より好ましくは15μm以上、例えば20μm以上とすることができる。
なお、本明細書において、溶射材料に係る「平均粒子径」とは、レーザ回折・散乱法に基づく粒度分布測定装置により測定される体積基準の粒度分布における積算値50%での粒径(積算50%粒径;D50)である。
また、溶射材料の比表面積は、溶射の際の酸化を好適に抑制するとの観点から、0.1m2/g未満であることが好ましい。比表面積は、0.098m2/g以下であることが好ましく、0.095m2/g以下であることがより好ましく、0.093m2/g以下であることが特に好ましい。このような小さい比表面積は、例えば、上記の好適平均粒子径を備える造粒粒子では実現できない値である。
溶射材料の比表面積は、BET法に基づき算出された値を採用することができる。具体的には、溶射材料について、ガス吸着法により得られる吸着等温線からBET法に基づいて単分子層のガス吸着量を求め、当該吸着ガスの分子大きさを基に比表面を算出するものである。かかる溶射材料の比表面積は、JIS Z 8830:2013(ISO9277:2010)「ガス吸着による粉体(固体)の比表面積測定方法」の規定に準じて測定することができる。例えば、溶射粒子の比表面積の測定は、マイクロメリティックス社製の表面積測定装置、商品名「FlowSorb II 2300」を用いて行うことができる。
また、同様に、溶射の際の酸化を好適に抑制し、かつ、溶射皮膜をより緻密なものとして耐プラズマエロージョン性および耐発塵性を高めるとの観点から、溶射材料を構成する溶射粒子の表面には凹凸がなく、滑らかであることが好ましい。例えば、溶射材料について、細孔半径が1μm以下の累積細孔容積は、0.1cm3/g以下とすることができる。この累積細孔容積は、0.05cm3/g以下であってよく、0.03cm3/g以下や、0.02cm3/g以下であることが好ましい。さらに、この累積細孔容積は、0.01cm3/g以下がより好ましい。また、このように、溶射材料の細孔半径1μm以下の累積細孔容積が小さいことで、緻密な溶射皮膜が形成できるために好ましい。なお、このような小さい累積細孔容積は、例えば、上記の好適平均粒子径を備える造粒粒子では実現できない値である。
溶射材料の累積細孔容積は、水銀圧入法に基づき算出することができる。水銀圧入法は、水銀の表面張力が大きいことを利用し、粉末の細孔に水銀を浸入させるために加えた圧力と圧入された水銀量との関係から、メソ領域からマクロ領域にかけての細孔分布を求める方法である。かかる水銀圧入法に基づく細孔分布測定は、例えば、JIS R1655:2003(ファインセラミックスの水銀圧入法による成形体気孔径分布試験方法)に基づいて実施することができる。例えば、溶射材料の累積細孔容積は、水銀圧入式ポロシメータ((株)島津製作所製、ポアサイザ9320)を用いて測定することができる。
また、必ずしもこれに限定されるものではないが、溶射材料中に含まれる溶射粒子は、流動性を高めるとの観点から、平面視における平均円形度が0.5以上であることが好ましい。平均円形度は、0.55以上がより好ましく、0.6以上が特に好ましい。平均円形度の上限に特に制限はないが、ここに開示される溶射材料は、均一なマトリクスから構成されていることから、典型的には、平均円形度は1未満の値となり得る。
なお、本明細書において、平均円形度は画像解析法により得られた5000個以上の溶射材料を構成する粒子の平面視における円形度の算術平均値を採用することができる。円形度は、以下のようにして測定することができる。すなわち、具体的には、まず、溶射材料を測定用分散媒に分散させて測定用試料を調製する。測定用分散媒としては、溶射材料中の溶射粒子の凝集を抑制し、溶射粒子を分散状態に調整し得るものであれば特に制限されない。本実施形態においては、測定用分散媒として、界面活性剤であるポリオキシエチレンソルビタンモノラウレートを0.1質量%の濃度で添加したイオン交換水を用いた。また、測定用試料における溶射材料の割合は30質量%以下(本実施形態では30質量%)とした。このように用意した測定用試料をガラスセル等の測定容器に流し入れることで、溶射粒子の重なりの抑制された扁平な試料流を形成する。この試料流にストロボ光を照射して撮像することにより、測定用試料中に懸濁して流動している溶射粒子の静止画像を取得する。得られた溶射粒子の静止画像を画像解析することで円形度を算出する。円形度は、次式:(円形度)=(溶射粒子画像と同じ面積をもつ円の周囲長)/(溶射粒子の周囲長);として定義される。つまり、溶射粒子1個当たりの投影面積と、周囲長とから、円形度を算出する。この円形度を、5000個以上の溶射粒子について求め、その算術平均値を、平均円形度とする。本明細書において、上記の平均円形度は、フロー式粒子画像分析装置(シスメックス(株)製、FPIA−2100)を用いて算出した値を採用している。
(溶射用材料の製造方法)
このような溶射用材料は、必ずしもこれに制限されるものではないが、例えば、以下の溶射用材料の製造方法に沿って好適に製造することができる。図2は、一実施形態としての溶射用材料の製造方法のフローチャートである。
(S1)原料の用意
すなわち、まず、溶射用材料の原料を用意する。原料としては、例えば、目的の混晶を構成する希土類元素ハロゲン化物および希土類元素酸化物の粉体を用いることができる。原料として用いる粉体の性状は特に制限されないが、均一な組成の混晶を形成するために、例えば、平均粒子径は0.1μm以上10μm程度の微細なものであることが好ましい。希土類元素ハロゲン化物の粉体と希土類元素酸化物の粉体との混合割合は、目的の混晶における混合割合(固溶率)に応じて決定することができる。例えば、所望の固溶率をそのまま原料粉末の混合割合としてもよい。希土類元素ハロゲン化物、希土類元素酸化物以外の粉体を原料として用いる場合には、化学量論組成で目的の混晶が得られるように、原料として用いる化合物とその割合とを適宜調整すればよい。
(S2)造粒
次いで、用意した原料粉体を球状に造粒して造粒粉を作製する。この造粒工程を経ることで、後の焼成工程において角張った粒子が生成するのを防ぐことができ、流動性に優れた球形の溶射用材料を好適に得ることができる。造粒の手法としては特に制限されず、公知の各種の造粒法を採用することができる。例えば、具体的には、転動造粒法、流動層造粒法、撹拌造粒法、圧縮造粒法、押出造粒法、破砕造粒法、スプレードライ法等の手法の1つ以上を採用することができる。分散媒を介して原料粉体を簡便かつ高精度に均一混合できるとの観点から、スプレードライ法を好ましく採用することができる。スプレードライに用いる分散媒の種類は特に制限されず、水、低級アルコール(例えば、メタノール、エタノール、プロパノール等の炭素数が5以下のアルコール)およびこれらの混合液等が挙げられる。また、分散媒には必要に応じてバインダを加えることができる。造粒の条件は使用する装置によるため一概には言えないが、例えば、大気中で400℃以下(例えば乾燥温度は120℃〜300℃程度)の温度範囲で造粒することが好ましい。造粒粉における造粒粒子の大きさは、原料粉体の平均粒子径と次工程の焼成工程による収縮を加味して決定すればよい。
(S3)焼成
その後、造粒した造粒粉を焼成する。焼成では、造粒した粒子に含まれる個々の原料粒子を焼結させる。かかる焼結時に原料成分が互いに拡散し、混晶を形成する。ここに開示される溶射材料においては、造粒粒子に含まれる原料粒子を十分に焼結ないしは溶融させて一体化させることが好ましい。すなわち、造粒の体がほぼ見られなくなる程度にまで一体化させることが好ましい。焼成および溶融一体化の条件は、例えば、不活性雰囲気中、900℃〜1200℃程度で焼成することが例示される。焼成時間は造粒粒子の形態にもよるため特に限定されないが、例えば、1時間以上24時間以下(例えば、8時間以上15時間以下)程度を目安とすることができる。造粒粉の焼成には、一般的なバッチ式焼成炉や、連続式焼成炉等を特に限定されることなく利用することができる。焼成雰囲気は、配合した組成が変化されないように、例えば、不活性雰囲気とすることができる。不活性雰囲気とは、例えば、アルゴン(Ar),ネオン(Ne)等の希ガス雰囲気、窒素(N2)等の非酸化性雰囲気、真空雰囲気等が挙げられる。なお、バッチ式焼成炉を用いる場合、例えば、炉内の雰囲気を不活性雰囲気とすればよい。また、連続式焼成炉を用いる場合は、例えば、焼成炉内のうちでも加熱が行われる領域(焼結が進行する領域)に希ガスや窒素等の不活性気流を導入して焼成を実施すればよい。ここに開示される溶射用材料の製造に際し、大気雰囲気や空気雰囲気は、焼結過程における原料成分の酸化が避けられないため、避けるべき態様である。なお、必須の工程ではないが、必要に応じて、焼成後に焼成物の解砕、分級等の工程を含めてもよい。これにより、ここに開示される溶射用材料を得ることができる(S4)。
なお、公知の一般的な造粒粉においては、一次粒子である微細粒子が、例えばバインダを介して単に一体的に集合(バインダによる結合)した状態であるか、これを焼結して強度を付与した形態であり得る。このような造粒粉における微細粒子の間隙には、比較的大きな気孔が介在し、造粒粒子の表面には微細粒径の形状に対応した凹凸がする。このように、一般的な造粒粉においては、比較的大きな気孔が造粒粒子間に存在することで「造粒」の意義を有している。そして、このような造粒粉については、細孔径が3μm以下の累積細孔容積が0.1cm3/gを超過し得る。
これに対し、造粒粉を十分に焼結させて溶融一体化させると、微細粒子は表面エネルギーを低下すべく物質移動し、結合部分(界面)の面積が次第に増加されて、微細粒子はより安定な球形へと丸みを帯びる。これと同時に、造粒粉の内部に存在する気孔が排出されて、緻密化が生じる。このように、ここに開示される溶射用材料は、造粒粉に比較して気孔の容量が減少していたり、気孔が消失したりし得る。そして、表面形態が滑らかな球体となり得る。なお、非酸化物材料の焼結に際しては、通常、材料の酸化が生じる。ここに開示される溶射用材料は、不活性雰囲気中での焼結により一体化されているため、上記のとおり酸化が抑制されている。これにより、従来の造粒粉には見られない混晶の形成が好適に実現される。
[溶射皮膜]
以上の溶射用材料を溶射することで、溶射皮膜を形成することができる。この溶射皮膜は、基材の表面に備えられていることで、溶射皮膜付部材等として提供される。以下、かかる溶射皮膜付部材と、溶射皮膜とについて説明する。
(基材)
ここに開示される溶射皮膜付部材において、溶射皮膜が形成される基材については特に限定されない。例えば、かかる溶射用材料の溶射に供して所望の耐性を備え得る材料からなる基材であれば、その材質や形状等は特に制限されない。かかる基材を構成する材料としては、例えば、各種の金属,半金属およびそれらの合金を含む金属材料や、各種の無機材料等が挙げられる。具体的には、金属材料としては、例えば、アルミニウム、アルミニウム合金、鉄、鉄鋼、銅、銅合金、ニッケル、ニッケル合金、金、銀、ビスマス、マンガン、亜鉛、亜鉛合金等の金属材料;シリコン(Si),ゲルマニウム(Ge)等のIV族半導体、セレン化亜鉛(ZnSe),硫化カドミウム(CdS),酸化亜鉛(ZnO)等のII-VI族化合物半導体、ガリウムヒ素(GaAs),リン化インジウム(InP),窒化ガリウム(GaN)等のIII-V族化合物半導体、炭化ケイ素(SiC)、シリコンゲルマニウム(SiGe)等のIV族化合物半導体、銅・インジウム・セレン(CuInSe2)などカルコパイライト系半導体等の半金属材料;などが例示される。無機材料としては、フッ化カルシウム(CaF),石英(SiO2)の基板材料,アルミナ(Al2O3),ジルコニア(ZrO2)等の酸化物セラミックス、窒化ケイ素(Si3N4),窒化ホウ素(BN),窒化チタン(TiN)等の窒化物セラミックス、炭化ケイ素(SiC),タングステンカーバイド(WC)等の炭化物系セラミックス等が例示される。これらの材料は、いずれか1種が基材を構成していてもよく、2種以上が複合化されて基材を構成していてもよい。なかでも、汎用されている金属材料のうち比較的熱膨張係数の大きい、各種SUS材(いわゆるステンレス鋼であり得る。)等に代表される鉄鋼、インコネル等に代表される耐熱合金、インバー,コバール等に代表される低膨張合金、ハステロイ等に代表される耐食合金、軽量構造材等として有用な1000シリーズ〜7000シリーズアルミニウム合金等に代表されるアルミニウム合金等からなる基材が好適例として挙げられる。かかる基材は、例えば、半導体デバイス製造装置を構成する部材であって、反応性の高い酸素ガスプラズマやハロゲンガスプラズマに晒される部材であってよい。なお、例えば、上述の炭化ケイ素(SiC)等は、便宜上、化合物半導体や無機材料等として異なるカテゴリーに分類され得るが、同一の材料である。
(溶射皮膜の形成方法)
なお、上記の溶射皮膜は、ここに開示される溶射用材料を公知の溶射方法に基づく溶射装置に供することで形成することができる。この溶射用材料は、溶射によって酸化され難い構成を備えているため、溶射方法は特に制限されない。そのため、例えば図3に示したように、上記溶射材料と、公知の各種の溶射方法との組み合わせを特に制限なく採用することができる。例えば、好適には、フレーム溶射法、高速フレーム溶射法、アーク溶射法、プラズマ溶射法、高速プラズマ溶射法、コールドスプレー溶射法、その他、爆発溶射法、エアロゾルデポジション法等の溶射方法を採用することが例示される。
好適な一例として、プラズマ溶射法とは、溶射材料を軟化または溶融するための溶射熱源としてプラズマ炎を利用する溶射方法である。電極間にアークを発生させ、かかるアークにより作動ガスをプラズマ化すると、かかるプラズマ流はノズルから高温高速のプラズマジェットとなって噴出する。プラズマ溶射法は、このプラズマジェットに溶射材料を投入し、加熱、加速して基材に堆積させることで溶射皮膜を得るコーティング手法一般を包含する。なお、プラズマ溶射法は、大気中で行う大気プラズマ溶射(APS:atmospheric plasma spraying)や、大気圧よりも低い気圧で溶射を行う減圧プラズマ溶射(LPS:low pressure plasma spraying)、大気圧より高い加圧容器内でプラズマ溶射を行う加圧プラズマ溶射(high pressure plasma spraying)等の態様であり得る。プラズマ溶射で使用する作動ガスは、アルゴン(Ar)等に代表される希ガスや、水素(H2)等に代表される還元性ガス、窒素(N2)等に代表される非酸化性ガスや、これらの混合ガスを用いることができる。かかるプラズマ溶射によると、例えば、一例として、溶射材料を5000℃〜10000℃程度のプラズマジェットにより溶融および加速させることで、溶射材料を300m/s〜600m/s程度の速度にて基材へ衝突させて堆積させることができる。
また、高速フレーム溶射法としては、例えば、酸素支燃型高速フレーム(HVOF)溶射法、ウォームスプレー溶射法および空気支燃型(HVAF)高速フレーム溶射法等を考慮することができる。
HVOF溶射法とは、燃料と酸素とを混合して高圧で燃焼させた燃焼炎を溶射のための熱源として利用するフレーム溶射法の一種である。燃焼室の圧力を高めることにより、連続した燃焼炎でありながらノズルから高速(超音速であり得る。)の高温ガス流を噴出させる。HVOF溶射法は、このガス流中に溶射材料を投入し、加熱、加速して基材に堆積させることで溶射皮膜を得るコーティング手法一般を包含する。HVOF溶射法によると、例えば、一例として、溶射材料を2000℃〜3000℃の超音速燃焼炎のジェットに供給することで、溶射材料を軟化または溶融させて、500m/s〜1000m/sという高速度にて基材へ衝突させて堆積させることができる。高速フレーム溶射で使用する燃料は、アセチレン、エチレン、プロパン、プロピレンなどの炭化水素のガス燃料であってもよいし、灯油やエタノールなどの液体燃料であってもよい。また、溶射材料の融点が高いほど超音速燃焼炎の温度が高い方が好ましく、この観点では、ガス燃料を用いることが好ましい。
また、上記のHVOF溶射法を応用した、いわゆるウォームスプレー溶射法と呼ばれている溶射法を採用することもできる。ウォームスプレー溶射法とは、典型的には、上記のHVOF溶射法において、燃焼炎に室温程度の温度の窒素等からなる冷却ガスを混合する等して燃焼炎の温度を低下させた状態で溶射することで、溶射皮膜を形成する手法である。溶射材料は、完全に溶融された状態に限定されず、例えば、一部が溶融された状態であったり、融点以下の軟化状態にあったりするものを溶射することができる。このウォームスプレー溶射法によると、例えば、一例として、溶射材料を1000℃〜2000℃の超音速燃焼炎のジェットに供給することで、溶射材料を軟化または溶融させて、500m/s〜1000m/sという高速度にて基材へ衝突させて堆積させることができる。
HVAF溶射法とは、上記のHVOF溶射法において、支燃ガスとしての酸素に代えて空気を用いるようにした溶射法である。HVAF溶射法によると、HVOF溶射法と比較して溶射温度を低温とすることができる。例えば、一例として、溶射材料を1600℃〜2000℃の超音速燃焼炎のジェットに供給することにより、この溶射材料を軟化または溶融させて、溶射粒子を500m/s〜1000m/sという高速度にて基材へ衝突させて堆積させることができる。
また、上記の各溶射方法において、溶射用材料は粉体の形態で供給してもよいし、スラリーの形態で供給してもよい。スラリーは、粉体状の溶射用材料を分散媒に分散させることで調製することができる。分散媒としては、水系分散媒または非水系分散媒のいずれであってもよい。水系分散媒としては、水、水と水溶性の有機溶媒との混合物(混合水溶液)が挙げられる。有機溶媒としては、水と均質に混合し得る各種の有機溶剤を使用することができ、例えば、炭素数が1〜4の低級アルコールまたは低級ケトンが例示され、より具体的にはメタノール、エタノール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコールなどの1種または2種以上が挙げられる。非水系溶媒としては、典型的には水を含まない有機溶媒が挙げられる。かかる有機溶媒としては特に制限はなく、例えば、メタノール、エタノール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコールなどのアルコール類、トルエン、ヘキサン、灯油等の有機溶媒の一種を単独で、あるいは2種以上を組み合わせて用いることが挙げられる。スラリー中の溶射用材料の含有量、すなわち固形分濃度は、10質量%以上が好ましく、20質量%以上がより好ましくは、30質量%以上がさらに好ましい。この場合、溶射用スラリーから単位時間あたりに製造される溶射皮膜の厚さ、すなわち溶射効率を向上させることが容易となる。スラリー中の溶射用材料の含有量は、70質量%以下が好ましく、60質量%以下がより好ましく、50質量%以下がさらに好ましい。この場合、溶射装置への良好な供給に適した所要の流動性を有する溶射用スラリー、すなわち溶射皮膜の形成に十分な所要の流動性を有する溶射用スラリーを得ることが容易となる。なお、このスラリーには、溶射用材料の分散性を好適に維持する等の目的で、分散剤、界面活性剤等の各種の添加剤が含まれてもよい。
なお、必須ではないものの、図3に示したように、以上の溶射法においてはシュラウド装置を併用するようにしてもよい。シュラウド装置は、溶射中の溶射用材料や、形成される溶射皮膜の酸化をより高いレベルで抑制するための円筒状の装置である。このシュラウド装置により溶射ジェットの周囲にシュラウドガスを流すことで、溶射用材料および溶射ジェットを大気からシールドして基材表面に衝突させることができる。シュラウド装置は、例えば、溶射装置の溶射ガンのバレルに設置することができる。シュラウドガスとしては、例えば、アルゴン(Ar)や窒素(N2)等に代表される不活性ガスを用いることができる。これにより、例えば、溶射用材料の過熱や酸化を抑制して、緻密で酸素含有量の低い溶射皮膜を得ることができる。
(溶射皮膜)
ここに開示される溶射皮膜は、上記の溶射用材料が、例えば任意の基材の表面に溶射されることにより形成される。したがって、かかる溶射皮膜は、例えば、構成元素として希土類元素(RE)、酸素(O)およびハロゲン元素(X)を含む。また、ここに開示される溶射材料は、上記のように希土類元素のオキシハロゲン化物と希土類元素のハロゲン化物との混晶を含み得る。なお、上記の溶射材料の好ましい一態様では、表面が滑らかな粒子からなる粉体でありこのような溶射材料は、溶射に供された場合でも酸化され難く、酸化分解に伴うハロゲン元素の揮発が抑制されている。その結果、この溶射材料を溶射して得られる溶射皮膜は、緻密な組織を備えたものとなり得る。例えば、従来の混晶を含まない希土類元素オキシハロゲン化物からなる溶射用材料を用いて得られる溶射皮膜の気孔率が5.5%を超過する(例えば5.8%以上である)のに対し、ここに開示される溶射皮膜は、気孔率が例えば5.5%以下に低減されている。溶射皮膜の気孔率は、例えば、5%以下とすることができ、好ましくは4.5%以下であり、より好ましくは4%以下であり、特に好ましくは3.5%以下であり、例えば3%以下であってよい。これにより、ハロゲン系プラズマに晒された場合であっても、微細なパーティクルの発生が抑制された溶射皮膜が実現される。
なお、ここに開示される溶射皮膜は、上記のとおり溶射用材料からハロゲン元素の揮発が抑制されて、希土類元素,酸素,ハロゲン元素の組成比が概ね維持された状態で形成され得る。したがって、従来の希土類元素オキシハロゲン化物からなる溶射用材料から得られる溶射皮膜と比較して、ハロゲン元素の含有量が高められている。溶射皮膜における、希土類元素,酸素,ハロゲン元素の合計に占めるハロゲン元素の割合は、好ましくは30原子%以上であり、より好ましくは35原子%以上である。しかしながら、溶射皮膜にハロゲン元素が過剰に含まれると、溶射皮膜の組成が希土類元素オキシハロゲン化物よりも希土類元素ハロゲン化物に近くなり、耐発塵性が低下し得るために好ましくない。したがって、溶射皮膜における希土類元素,酸素,ハロゲン元素の合計に占めるハロゲン元素の割合は、好ましくは55原子%以下であり、より好ましくは50原子%以下、例えば45原子%以下である。
また、このようにして得られる溶射皮膜は、溶射による溶射用材料の酸化が十分に抑制されている。そのため、上記の希土類元素(RE)、酸素(O)およびハロゲン元素(X)は、希土類元素オキシハロゲン化物として存在し得る。例えば、溶射皮膜は、希土類元素オキシハロゲン化物(RE−O−X)を主成分とする皮膜として構成される。
ここで「主成分」とは、溶射皮膜を構成する構成成分のうち、最も含有量が多い成分であることを意味している。具体的には、例えば、当該成分が溶射皮膜全体の50質量%以上を占めることを意味し、好ましくは75質量%以上、例えば80質量%以上を占めるものであってよい。かかる希土類元素オキシハロゲン化物については、上記の溶射用材料におけるのと同様であるため詳細な説明は省略する。
詳細な機構は明らかではないが、希土類元素オキシハロゲン化物は、耐発塵性および耐プラズマエロージョン性、特にハロゲン系プラズマに対する耐発塵性に優れる。したがって、希土類元素オキシハロゲン化物を主成分とする溶射皮膜は、極めて耐発塵性に優れたものであり得る。
さらに好ましい一態様では、ここに開示される溶射皮膜は、希土類元素オキシハロゲン化物と希土類元素ハロゲン化物との混晶を含み得る。すなわち、溶射用材料における混晶が、希土類元素ハロゲン化物の固溶率が低下される可能性があるものの、混晶としての含有が維持される。混晶の組成および被膜中の割合は特に制限されない。例えば、溶射皮膜に占める混晶の割合は、例えば、5質量%以上とすることができ、10質量%以上であってよく、15質量%以上が好ましく、例えば20質量%以上とすることができる。このことにより、より一層緻密で、耐プラズマエロージョン性および耐発塵性に優れた溶射皮膜が提供される。
また、ここに開示される溶射皮膜は、希土類元素ハロゲン化物を実質的に含まないものとして実現され得る。希土類元素のハロゲン化物が溶射皮膜に含まれると、かかる溶射皮膜が例えば酸素プラズマ等に晒されたときに、希土類元素ハロゲン化物の存在する部分が酸化され易い。希土類元素ハロゲン化物の酸化により希土類元素酸化物が生成すると、この希土類元素酸化物は部分的な変質層を形成し得る。変質層部分(希土類元素酸化物)は比較的硬質であるものの脆いため、ドライエッチング等によりプラズマ環境に晒されると、この変質層部分が剥がれて微細なパーティクルが発生(発塵)し得る。
これに対して、ここに開示される溶射皮膜は、希土類元素ハロゲン化物を実質的に含有しない。したがって、プラズマに晒された場合の微細なパーティクルの発生が抑制され、耐プラズマエロージョン性および耐発塵性に極めて優れたものとなり得る。
なお、溶射皮膜がハロゲン系プラズマに晒されることにより形成される変質層について説明する。例えば、図4は、溶射皮膜(例えばY2O3溶射皮膜)のフッ素プラズマに晒される(A1)前と(B1)後の断面のTEM像である。図から明らかなように、フッ素プラズマに晒された後の溶射皮膜は、表面近傍(表面から約50nmの領域)において、結晶組織に明らかな変調が認められる。このような変質層の形成は、溶射皮膜の組成が希土類元素酸化物の場合に顕著にみられる。この現象は、以下の理由によるものと考えられる。すなわち、例えば、(A2)Y2O3は1モルあたりの体積が22.7cm3/molであり、反応性の高いフッ素プラズマに晒されることで、フッ化物(YF3)が形成される。(B2)このYF3の1モルあたりの体積は37.0cm3/molであり、Y2O3の場合の1.62倍である。つまり、ハロゲン系プラズマ照射による体積膨張の結果、溶射皮膜は被膜組織が結晶レベルで破壊されてポーラスとなり、その後の更なるプラズマの照射により容易に微細なパーティクルを発生するものと考えられる。
また、この溶射皮膜は、より好ましい態様として、上記の希土類元素の酸化物を実質的に含まないものとしても提供される。希土類の酸化物は、上記のとおり、比較的硬質であるものの脆いため、次のドライエッチング等によりプラズマ環境に晒された場合に微細なパーティクルを発生し得る。したがって、ここに開示される溶射皮膜は、この希土類元素酸化物も実質的に含まないことから、耐発塵性に極めて優れたものとなり得る。
なお、半導体デバイスの製造のためのドライエッチング装置においては、低パーティクル化が要求されている。このパーティクル発生要因としては、真空チャンバー内に付着した反応生成物の剥がれのほか、ハロゲンガスプラズマや酸素ガスプラズマを用いることによるチャンバーおよびその保護皮膜(溶射皮膜であり得る。)の劣化が挙げられる。そのため、従来の半導体デバイス製造装置は、プラズマに晒される部位をその耐プラズマエロージョン特性に応じて定められる所定の運転時間(プラズマ暴露時間)ごとに交換するようにしている。
溶射皮膜の耐プラズマエロージョン特性は、従来より、プラズマ照射による溶射皮膜の消耗量(例えば、エッチング量、エッチング速度等)により評価されてきた。なお、一例として、以下の4つの組成の溶射用材料から得られる溶射皮膜のフッ素系プラズマによる消耗量は、一般的には以下の順に多くなり、アルミナ(Al2O3)の溶射皮膜がプラズマに最も侵食されやすく、Y2O3溶射皮膜がプラズマにより最も侵食されにくいと評価されている。アルミナは、酸化物の中では最も硬質であることが知られており、Y2O3,YOF,YF3の溶射用材料から形成される溶射皮膜は、いずれもアルミナ溶射皮膜よりも高い耐プラズマエロージョン特性を備えているといえる。
Y2O3<YOF<YF3<<Al2O3
その一方で、パーティクルは粒径が大きいほど問題となり得るが、加工精度が精密化した近年では、粒径が0.2μm以下(0.2μm未満、例えば0.1μm以下)のパーティクルの発生も厳しく制限する必要が生じている。ここで0.2μm以下のパーティクルは、一粒の体積自体は小さいが、数が容易に増大し得るという特徴がある。そのため、0.2μm以下のパーティクルの発生は、「発塵」として、従来の比較的大きなパーティクルとは区別して考えることができる。本発明者らの検討によると、溶射皮膜から発塵するパーティクルの数や大きさは、半導体デバイス製造装置の運転時間(プラズマ暴露時間)ではなく、溶射皮膜の組成や組織、とりわけ組成に大きく影響されることが判明している。つまり、溶射皮膜がハロゲンガスプラズマや酸素ガスプラズマに晒されると、溶射皮膜の組成自体が変化(変質)し、また皮膜組織も変化されて、より微細なパーティクルの発生(すなわち発塵)を誘起し易くなると考えられる。このような溶射皮膜の発塵性は、一般的には、一例として溶射皮膜の組成によって以下の順に高くなることが確認されている。つまり、Y2O3から形成される溶射皮膜は0.2μm以下のパーティクルを発生し易く、耐発塵性については劣ると評価される。
YOF<YF3<Y2O3
これに対し、ここに開示される溶射用材料は、希土類元素ハロゲン化物(例えばYF3)と希土類元素オキシハロゲン化物(例えばY5O4F7)との混晶を含むことから、YF3からなる溶射用材料や、YOFからなる溶射用材料よりも、溶射により酸化され難い。その結果、ここに開示される溶射用材料から形成される溶射皮膜は、希土類元素ハロゲン化物(例えばYF3)や希土類元素オキシハロゲン化物(例えばY5O4F7)といった耐発塵性の高い組成を備え得る。したがって、ここに開示される溶射用材料を用いることで、プラズマエロージョン特性と耐発塵性との両方に極めて優れた溶射皮膜を形成することが可能となる。従来の溶射皮膜によると、0.2μm以上のパーティクルが発生し得たが、ここに開示される溶射用材料を用いて溶射を行うことで、例えば、現在のドライエッチング環境下で、約0.2μm以上の粗大なパーティクルの発生要因となる変質層の形成が抑制される。ここに開示される溶射皮膜がドライエッチング環境下で腐食される場合、発生するパーティクルは、主として、約0.2μm以下(典型的には0.1μm以下)の大きさの粒子状の変質層により構成され、その数も抑制されるからである。したがって、ここに開示される溶射皮膜は、例えば、約0.2μm以下(例えば0.1μm以下、典型的には0.06μm以下、好ましくは19nm以下、さらに好ましくは5nm以下、最も好ましくは1nm以下)のパーティクルの発生が抑制されている。例えば、これらのパーティクルの発生数が実質的にゼロに抑えられている。
なお、このような溶射皮膜の耐発塵性は、例えば、この溶射皮膜を所定のプラズマ環境に晒した場合に発生するパーティクルの数により評価することができる。一般的なドライエッチングにおいては、真空容器(チャンバー)内にエッチングガスを導入し、このエッチングガスを高周波やマイクロ波等により励起してプラズマを発生させ、ラジカルおよびイオンを生成する。このプラズマにより生成されたラジカル、イオンと、被エッチング物(典型的には、シリコンウェハ)とを反応させ、反応生成物を揮発性ガスとして真空排気系により外部に排気することにより、被エッチング物に対して微細加工を行うことができる。例えば、実際の平行平板型RIE(反応性イオンエッチング)装置においては、エッチング室(チャンバー)に一対の平行平板な電極を設置する。そして一方の電極に高周波を印加してプラズマを発生させ、この電極上にウェハを置いてエッチングを行う。プラズマは、10mTorr以上200mTorr以下程度の圧力帯域で発生される。エッチングガスとしては、上記のとおり、各種のハロゲンガスや酸素ガス、不活性ガスを考慮することができる。溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性を評価する場合は、ハロゲンガスと酸素ガスとを含む混合ガス(例えば、アルゴンと四フッ化炭素と酸素とを所定の体積比で含む混合ガス)をエッチングガスとすることが好適である。エッチングガスの流量は、例えば、0.1L/分以上2L/分以下程度とすることが好ましい。
そしてこのようなプラズマ環境下に溶射皮膜を所定時間(例えば、半導体基板(シリコンウェハ等)を2000枚処理する時間)置いたのちに発生するパーティクルの数を計測することで、溶射皮膜の耐プラズマエロージョン性を好適に評価することができる。ここでパーティクルは、高度な品質管理を実現するために、例えば、直径0.06μm以上のものを計測の対象とすることができるが、要求される品質に応じて適宜変更することも可能である。そして例えば、このような大きさのパーティクルが、半導体基板の単位面積当たりにいくつ堆積したかを算出し、パーティクル発生数(個/cm2)を求めること等で、耐プラズマエロージョン性を評価することができる。
ここに開示される溶射皮膜の好ましい一態様については、かかるパーティクル発生数が、15個/cm2以下程度に抑えられるものとして認識することができる。例えば、下記で規定される条件により発生されるパーティクル発生数を15個/cm2以下とすることができる。このような構成により、耐プラズマエロージョン性が確実に向上された溶射皮膜が実現されるために好ましい。
[パーティクル発生数カウント条件]
平行平板型プラズマエッチング装置の、上部電極に70mm×50mmの溶射皮膜を設置する。また、ステージに直径300mmのプラズマ処理対象の基板を設置する。そして、まず、溶射皮膜の長期使用後の状態を模すために、2000枚の基板(シリコンウェハ)に対してプラズマドライエッチング処理を施す、延べ100時間のダミーランを行う。プラズマ発生条件は、圧力:13.3Pa(100mTorr),エッチングガス:アルゴン,四フッ化炭素および酸素の混合ガス、印加電圧:13.56MHz,4000Wとする。その後、ステージに計測モニター用の基板(シリコンウェハ)を設置し、上記と同じ条件で30秒間プラズマを発生させる。そして、上記のプラズマ処理前後で、計測モニター用の基板の上に堆積した直径0.06μm以上のパーティクルの数をカウントする。このとき、カウントしたパーティクルの数を基板の面積で除した値をパーティクル発生数(個/cm2)として評価に用いてもよい。なお、このとき、エッチングガスはアルゴンと四フッ化炭素と酸素とを含む混合ガスとする。また、エッチングガスの流量は、例えば、1L/分とする。
以下、本発明に関するいくつかの実施例を説明するが、本発明をかかる実施例に示すものに限定することを意図したものではない。
[実施形態1]
[溶射用材料]
(参考例)
特許文献1(国際公開2014/002580号公報)の段落0045〜0051の実施例10の開示に従って参考例の溶射用材料を得た。具体的には、まず、湿式合成したフッ化イットリウムを大気雰囲気中、1125℃で12時間焼成したのち、スプレードライヤーを用いることで造粒・乾燥し、造粒物を得た。次いで、得られた造粒物をアルミナ製の容器に入れ、大気雰囲気中、電気炉中600℃で12時間焼成することで、造粒顆粒の形態の参考例の溶射用材料を得た。
(例1〜2)
溶射用材料として、半導体デバイス製造装置内の部材の保護皮膜として一般に用いられている酸化イットリウム(Y2O3)およびフッ化イットリウム(YF3)の顆粒状の粉体を用意し、それぞれ例1〜2の溶射用材料とした。これらの材料は、平均粒子径が約3μmのY2O3またはYF3の粉体を原料として用い、樹脂バインダとともに分散媒に固形分濃度50質量%で分散させたのち、回転ディスク型の噴霧乾燥造粒機を用いて造粒し、非酸化性雰囲気中、1000℃で焼結させることで用意した。
(例3〜4)
YOF(Y1O1F1である。)およびY5O4F7の組成を有するイットリウムオキシフッ化物の顆粒状の粉体を用意し、それぞれ例3〜4の溶射用材料とした。これらの溶射用材料は、平均粒子径が約3μmのY2O3およびYF3の粉体を原料として用い、これらをYF3が約40mol%および約50mol%の割合となるようにそれぞれ配合したのち、上記例1〜2と同様の条件で造粒し、焼結することで用意した。
(例5)
Y5O4F7の組成を有するイットリウムオキシフッ化物の粉体(顆粒状ではない。)を用意し、例5の溶射用材料とした。この溶射用材料は以下の手順で作製した。すなわち、まず、平均粒子径が約3μmのY2O3およびYF3の粉体を原料として用い、これらをYF3が約50mol%の割合となるように配合し、樹脂バインダとともに分散媒に分散させてスラリーを調製した。次いで、このスラリーを超音波噴霧器を用いたスプレードライ法により造粒したのち、非酸化性雰囲気中、1000℃で十分に溶融ないしは焼結させることで用意した。
(例6〜8)
次に、固溶率の異なる組成を有するY5O4F7とYF3との混晶からなる粉体(顆粒状ではない。)を用意し、それぞれ例6〜8の溶射用材料とした。これらの溶射用材料は、平均粒子径が約3μmのY2O3およびYF3の粉体を原料として用い、これらをYF3が約60mol%以上の所定の割合となるように配合し、樹脂バインダとともに分散媒に分散させてスラリーを調製した。その後は、上記例5と同様の条件で造粒し、溶融ないしは焼結させることで用意した。
(例6*〜8*)
なお、参考のため、上記例6〜8における造粒粉末の焼成を、非酸化性雰囲気中、1000℃で、造粒粒子の焼結が起こる程度で留めることで、造粒粉の形態の溶射用材料を用意した。
これらの溶射用材料の物性を調べ、下記の表2に示した。
表2中の「溶射用材料」の「組成」の欄には、各溶射用材料について粉末X線回折分析をした結果、検出された結晶相または推定される大まかな組成を示した。同欄中、“Y2O3”は酸化イットリウムからなる相が、“YF3”はフッ化イットリウムからなる相が、“Y5O4F7”は化学組成がY5O4F7で表されるイットリウムオキシフッ化物からなる相が検出されたことを示している。また、“Y5O4F7/YF3”は、イットリウムオキシフッ化物とフッ化イットリウムとの混晶が得られたことを示している。なお、参考までに、図1の粉末(c)のXRDパターンには、例8の溶射用材料についてXRD分析をした結果を採用している。
なお、かかる分析には、X線回折分析装置(RIGAKU社製,Ultima IV)を用い、X線源としてCuKα線(電圧20kV、電流10mA)を用い、走査範囲を2θ=10°〜70°、スキャンスピード10°/min、サンプリング幅0.01°として測定を行った。なお、発散スリットは1°、発散縦制限スリットは10mm、散乱スリットは1/6°、受光スリットは0.15mm、オフセット角度は0°に調整した。
「元素比」の欄には、各溶射用材料中のイットリウム(Y)、酸素(O)、フッ素(F)の濃度(原子(%))を、EDX分析装置(株式会社堀場製作所製,EX−250SE)を用いて測定した結果を示した。
「モル比/固溶率」の欄には、各溶射用材料に含まれるY5O4F7相、YOF相、YF3相およびY2O3相の割合を、全体の合計が100mol%となるように示した。各相の割合は、X線回折パターンにおける各結晶相の最大ピークのピーク高さの比から算出した。なお、例6〜8の溶射用材料については、混晶におけるY5O4F7相とYF3相との固溶率を、両者の合計が100mol%算出して示した。
「粒度分布」の欄には、レーザ回折/散乱式粒子径分布測定装置(HORIBA製,LA−300)を用いて測定される、各溶射用材料の体積基準の粒度分布測定の結果を示した。「<20」の欄には、粒子径が20μm以下の粒子の体積割合(%)を示し、
「D10」、「D50」、「D90」の欄には、得られた粒度分布に基づく累積10%粒径、累積50%粒径(平均粒子径)、累積90%粒径をそれぞれ示した。
「累積細孔容積」の欄には、各溶射材料について細孔分布特性を測定し、その結果から算出した、細孔半径が1μm以下の細孔の累積細孔容積を、水銀圧入式ポロシメータ((株)島津製作所製、ポアサイザ9320)を用いて測定した結果を示した。
「粉末タイプ」の欄には、各溶射用材料が顆粒である場合に「顆粒」、造粒したのち焼結し溶融一体化させた場合に「溶融」と示した。
(溶射皮膜の形成)
また、No.1〜9の溶射用材料を用い、表2に示したプラズマ溶射機を用いて溶射することで、No.1〜9−2の溶射皮膜を備える溶射皮膜付部材を作製した。溶射条件は、以下の通りとした。
すなわち、まず、被溶射材である基材としては、アルミニウム合金(Al6061)からなる板材(70mm×50mm×2.3mm)を用意し、褐色アルミナ研削材(A#40)によるブラスト処理を施して用いた。プラズマ溶射には、市販のプラズマ溶射装置「SG−100」(Praxair Surface Technologies社製)を用いて行った。SG−100を用いた溶射におけるプラズマ発生条件は、溶射ガス(プラズマ作動ガス)としてアルゴンガス50psi(0.34MPa)とヘリウムガス50psi(0.34MPa)とを用い、電圧37.0V,電流900Aの条件でプラズマを発生させた。なお、溶射装置への溶射用材料の供給には、粉体供給機(Praxair Surface Technologies社製,Model1264型)を用い、溶射用材料を溶射装置に20g/minの速度で供給し、厚さ200μmの溶射皮膜を形成した。なお、溶射ガンの移動速度は24m/min、溶射距離は90mmとした。
(溶射皮膜)
このようにして得られた溶射皮膜との特性を調べ、表2に併せて示した。
なお、表2中の「気孔率」の欄には、各溶射皮膜の気孔率の測定結果を示した。気孔率の測定は以下のようにして行った。すなわち、溶射皮膜を基材の表面に直交する面で切断し、得られた断面を樹脂埋め研磨した後、デジタルマイクロスコープ(オムロン株式会社製、VC−7700)を用いてその断面画像を撮影した。そして、この画像を、画像解析ソフト(株式会社日本ローパー製、Image Pro)を用いて解析することにより、断面画像中の気孔部分の面積を特定し、かかる気孔部分の面積が全断面に占める割合を算出することにより求めた。なお、参考のために、例5および例8の溶射用材料を溶射して得られた溶射皮膜の断面をSEMにより観察した結果を図5および6にそれぞれ示した。
「未溶融粒の有無」の欄には、溶射皮膜を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察し、溶射皮膜中に溶射用材料が未溶融状態で残存しているか否かを観察した結果を示した。「有」は溶射皮膜中に未溶融粒子が確認されたことを示し、「無」は溶射皮膜中に未溶融粒子が確認されなかったことを示す。なお、参考のために、参考例の溶射用材料を溶射して得られた溶射皮膜を観察した結果を図7に示した。
「元素比」の欄には、各溶射皮膜中のイットリウム(Y)、酸素(O)、フッ素(F)の濃度(原子(%))を上記と同じEDX分析装置を用いて測定した結果を示した。
「XRD強度比」の欄には、各溶射皮膜について粉末X線回折分析の結果得られた回折パターンにおいて、検出された各結晶相のメインピークの強度を、最も高いメインピーク強度を100とした相対値として示した。なお、参考までに、各結晶相のメインピークは、Y2O3について29.157°に,YF3について27.881°に,YOFについては28.064°に、Y5O4F7について28.114°に検出される。なお、「YOF系」とは、YOFやY5O4F7と同様の結晶構造を有するが、具体的な組成の不明な化合物(すなわち、Y,O,Fの元素比を特定できない化合物)のパターンのメインピークについてその強度比を示したものである。
「Y3d軌道」の欄は、各溶射皮膜における元素Yの3d軌道の結合エネルギーを、上記と同じXPS分析装置を用いて測定した結果を示した。
「耐プラ性」の欄には、各溶射膜に対して耐プラズマエロージョン特性評価を行った結果を示した。具体的には、溶射皮膜をハロゲン系プラズマに10時間晒したときの溶射皮膜の膜厚の減少量(エッチング量)を測定した結果を示した。すなわち、まず、上記で作製した溶射皮膜付部材の溶射皮膜の表面を平均粒子径0.06μmのコロイダルシリカを用いて鏡面研磨した。そしてこの溶射皮膜付部材を、平行平板型の半導体デバイス製造装置のチャンバー内の上部電極にあたる部材に、研磨面が露出するように設置した。そして、チャンバー内のステージに直径300mmのシリコンウェハを設置し、2000枚のシリコンウェハに対してプラズマドライエッチングを施すダミーランを100時間実施した。エッチング処理におけるプラズマは、チャンバー内の圧力を13.3Paに保ち、アルゴン(Ar)と四フッ化炭素(CF4)と酸素(O)とを所定の割合で含むエッチングガスを1L/分の流量で供給しながら、13.56MHzで1500Wの高周波電力を印加することで発生させた。その後、チャンバー内のステージに、パーティクルカウント用の直径300mmのシリコンウェハを設置し、上記と同様の条件でプラズマを10時間発生させたときの、溶射皮膜の膜厚の減少量をμm単位で示した。
「発塵性」の欄には、溶射皮膜をハロゲン系プラズマに1時間晒したとき、溶射皮膜から発生したパーティクルの数を評価した結果を示した。各溶射皮膜に対し、上記と同じ条件でプラズマエッチングを行ったときのパーティクル発生数を、KLA−Tencor製のウェーハ表面検査装置、Surfscan SP2に換えて、Surfscan SP5を用いて測定したときの評価結果を示している。Surfscan SP5は、直径19nm以上のパーティクルの検出が可能であり、パーティクル数〔2〕は、シリコンウェハ上に堆積しているより微細なパーティクルまでを計測対象としたときの結果を示している。なお、パーティクルの発生数は、プラズマ暴露後、約30分後には概ね飽和することが確認されているが、本例ではばらつきを排除するために暴露時間を1時間としている。パーティクル総数のカウントに際しては、30秒間のプラズマエッチングの前後でシリコンウェハ上のパーティクル数をカウントし、その差を、プラズマ照射後の溶射皮膜から発生してシリコンウェハ上に堆積したパーティクル数(総数)とした。
パーティクル数〔2〕の欄内に記載された、
「A*」は、パーティクル数(相対値)が1以下の場合を示し、
「A」は、該パーティクル数が1超過5以下の場合を示し、
「B」は該パーティクル数が5超過15以下の場合を示し、
「C」は該パーティクルの数が15超過100以下の場合を示し、
「D」は該パーティクルの数が100超過の場合を示している。
「変質層」の欄には、各溶射膜に対して上記のプラズマを照射したときに、溶射皮膜の表面に変質層が形成されたかどうかを確認した結果を示した。変質層の形成の確認は、溶射膜の断面を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察することで行った。TEM観察において、溶射皮膜断面の表面近傍において、コントラストが明らかに周囲と異なり緻密性を欠いている部分を変質層とした。変質層が形成された場合は、変質層のTEM画像において変質層の厚さ(寸法)を5点で測定したときの平均値を当該変質層の平均厚さとし、その結果を表2の「変質層」の欄に記入した。
(評価)
表2の参考例から明らかなように、大気中で焼成して作製した顆粒状の溶射用材料は、過剰な酸化を避けるために焼成温度を900℃程度と低くしたため、組成が出発原料のYF3のままでYOFは僅かにしか含まれないことがわかった。なお、図7は、参考例の溶射用材料を溶射して得られた溶射皮膜の表面状態の一部を示す観察像である。この図7に示されるように、顆粒状の溶射用材料は溶射フレーム中で十分に溶融されず、未溶融の状態で溶射皮膜を形成していることが確認された。また参考例の溶射皮膜は気孔率が13%と全例中で最も高くなることがわかった。これは、この溶射用材料はフッ素を多く含む顆粒のため、溶射中にフッ素が多く揮発し、緻密な溶射皮膜の形成を阻害したものと考えられる。また、溶射用材料が顆粒であることから溶射中に造粒粒子の内部まで十分に熱が伝わらず、中心部が顆粒のまま皮膜を形成してしまったことによるものと考えられる。したがって、参考例に溶射皮膜におけるフッ素の含有量は比較的高めではあるものの、YF3の酸化に伴い多量のY2O3が形成されており、溶射皮膜がY2O3を15%も含むことがわかった。その結果、参考例の溶射皮膜は、気孔率の高さに由来して耐プラズマエロージョン特性が低く、プラズマに晒されることでエッチングされ易いことがわかった。また同時に、参考例の溶射皮膜はY2O3を多く含むことからプラズマに晒されることで変質層が形成され、発塵性も高くなることがわかった。
他方で例1の結果から明らかなように、Y2O3(酸化イットリウム)のみからなる溶射用材料を溶射して形成される溶射膜は、本質的にY2O3のみから構成され、溶射においてY2O3の更なる酸化分解等は見られないことがわかった。つまり例1の溶射皮膜はY2O3相のみから構成されることがわかった。例1の溶射皮膜は、気孔率が4%と比較的低い値であったが、顆粒の形態の溶射用材料が溶射により完全に溶融されず、溶射皮膜の一部に顆粒状態の組織が見られることがわかった。これは、溶射時に顆粒の表面のみが溶融して基材に付着したものの、顆粒の内部は溶融せずにそのまま顆粒を構成する微粒子が被膜に残存したものと考えられる。
例1の溶射皮膜は、プラズマに10時間晒したときのエッチング量が全例中で最も少なく、耐プラズマエロージョン特性に優れていることがわかった。しかしながら、プラズマに1時間晒したときの直径19nm以上のパーティクルの発生量は、全例中で最も多かった。また、例1の溶射皮膜は、プラズマに1時間晒すことにより表面が大きく変質されて、50nm程度の変質層が複数形成されることがわかった。この変質層の寸法は全例の中でも著しく大きく、パーティクル発生量との間に相関がみられる。このことから、Y2O3組成の溶射皮膜は耐発塵性の点では全例中で最も劣ることが確認された。
また、例2の結果から、フッ化イットリウム(YF3)を含む溶射用材料は、溶射により一部が酸化されて、溶射皮膜中にフッ化イットリウムとイットリウムオキシフッ化物とを形成することがわかった。しかしながら、このフッ化イットリウムおよびイットリウムオキシフッ化物は、XPS分析の結果からYの3d軌道の結合エネルギーが160eVよりも高い位置に見られ、溶射皮膜中に混晶は形成されていないことがわかった。
例2の溶射皮膜は、気孔率が3%と比較的低い値であったが、溶射皮膜の一部に顆粒状態の未溶融の溶射用材料からなる組織が見られることがわかった。例2の溶射皮膜は、耐プラズマエロージョン特性については全例中で最も劣ることがわかった。また、例2の溶射皮膜は、プラズマに1時間晒すことにより表面が変質されて、10nm程度の変質層を形成することがわかった。この変質層の寸法は例1に次いで2番目に大きく、その結果、YF3組成の溶射皮膜はやや耐発塵性に劣ることが確認された。
例3の溶射用材料は、組成がYOFで示されるイットリウムオキシフッ化物を含む顆粒である。この溶射用材料は、溶射により溶射皮膜中に酸化イットリウムを50%以上の高い割合で生成することが確認された。また、この溶射用材料は、溶射によりオキシフッ化物中のフッ素が揮発して、得られる溶射皮膜の気孔率が9%と極めて高い値となってしまうことが確認された。このような傾向は、溶射用材料が顆粒で比表面積が高く、溶射中に酸化され易い形態であることによって促進されるものと考えられる。また、例3の溶射皮膜の耐プラズマエロージョン特性は、例1よりは劣るものの、例2よりは優れていることがわかった。また、例3の溶射皮膜は、耐発塵性に優れるYOFを含んでいるにもかかわらず、気孔率が高いため、変質層の形成の様子や耐発塵性は、例2と同程度となることがわかった。
例4の溶射用材料は、組成がY5O4F7で示されるイットリウムオキシフッ化物を含む顆粒である。例4の溶射用材料は顆粒状であるため、溶射フレーム中で加熱されても溶射皮膜中に未溶融の状態で残存し得ることが確認された。このことは、組成によることなく、上述の参考例および例1〜3の溶射用材料から得られた溶射皮膜についても同様であった。この溶射用材料は、溶射により溶射皮膜中にY5O4F7が残存するものの、大部分がYOFに、一部がY2O3に酸化されることが確認された。さらに、溶射用材料自体が高い割合でフッ素を含み、溶射中に揮発されていることから、得られる溶射皮膜の気孔率が10%と例3よりも高い値となってしまうことが確認された。例4の溶射皮膜は、YF3相を含まないことから、耐プラズマエロージョン特性については例3と同程度であった。しかしながら、例3と比較して、YOFやY5O4F7の割合が多いことから、変質層は5nmと小さいものしか観察されず、プラズマにより変質されにくいことがわかった。しかしながら、例4の溶射皮膜は、気孔率が10%と高いためか、耐発塵性についてはCと、例2〜3と同程度であった。
例5の溶射用材料は、組成がY5O4F7で示されるイットリウムオキシフッ化物の粉体である。この溶射用材料はY5O4F7の単相からなり、混晶は形成していないが、原料粉末が溶融一体化されているため累積細孔容積が著しく低いことが確認できた。その結果、Y5O4F7相およびYOF相を高い割合で含む溶射皮膜を形成できることがわかった。また、溶射用材料の組成は例4と同じであるにもかかわらず、溶射皮膜中に形成されるYOFの量が増大され、Y2O3に酸化される割合が減少することが確認された。また、溶射皮膜の気孔率も8%と若干低減されることがわかった(図5参照)。この例5の溶射皮膜は、耐プラズマエロージョン特性は例2と同程度まで大きくなったものの、変質層の大きさは5nmと小さく、耐発塵性についてはBと低く抑えられることがわかった。
例6の溶射用材料は、イットリウムオキシフッ化物の粉体である。この溶射用材料は原料粉末が溶融一体化されているため累積細孔容積が著しく低いことが確認できた。また、XRD分析の結果、例6の溶射用材料は、Y5O4F7とYF3との混晶を含むことがわかった。混晶におけるY5O4F7とYF3との固溶率は、80:20であることが確認された。この例6の溶射用材料は、溶射皮膜の大部分がY5O4F7により形成されることがわかった。また、溶射皮膜中にY2O3が少量含まれるものの、その他はYOFであり、概ねイットリウムオキシフッ化物から構成されることが確認された。また、XPS分析の結果、例6の溶射皮膜自体にも混晶が含まれることがわかった。この溶射皮膜は、例4および5に比べて溶射によるフッ素の揮発が抑制されているため、気孔率が5%と大幅に低く緻密な溶射皮膜が形成されたことがわかった。これは、例6の溶射用材料が混晶を含み、Y2O3への酸化分解が抑制されたことによるものと考えられる。なお、例6の溶射皮膜は、耐プラズマエロージョン特性については例3〜4と同程度であったが、プラズマを照射しても変質層の形成は認められず、耐発塵性がAと微小なパーティクルの発生量が極めて低く抑えられることがわかった。
例7および例8の溶射用材料は、イットリウムオキシフッ化物の粉体である。これらの溶射用材料も、原料粉末が溶融一体化されているために累積細孔容積が著しく低い。XRD分析の結果、これらの溶射用材料は、Y5O4F7とYF3との混晶を含み、混晶におけるY5O4F7とYF3との固溶率は、例7の溶射用材料で56:44、例8の溶射用材料で28:72であることが確認された。例6〜8の比較から、これら混晶を含む溶射用材料を溶射すると、YF3の固溶率が高くなるほど、溶射皮膜に含まれるY5O4F7の割合が増大されることが確認された。また、YF3の固溶率が高くなることで、溶射皮膜の気孔率も低減されることが確認された。図6は、例8の溶射皮膜の断面像である。図5に示された例5の溶射皮膜(気孔率8%)と比較すると明らかなように、極めて緻密な溶射皮膜が形成されていることが確認できた。
また例8では、溶射用材料中に占めるY5O4F7相の組成割合よりも、溶射皮膜中に含まれるY5O4F7相の割合の方が高い。さらに、例6に比べてYF3の固溶率の高い例7および例8の溶射用材料を用いることで、溶射皮膜中にY2O3が形成されなくなることがわかる。これらのことから、溶射用材料に含まれる混晶が、溶射環境によってY5O4F7やYOFへと分解されることが確認できた。つまり、混晶が分解される場合、混晶の組成が徐々に変化されてゆき、さらに酸化が進むと混晶を構成するY5O4F7として析出すること、また、Y5O4F7は酸化されるときに一旦よりフッ素の割合の少ないYOFを経由してから分解されること、によるものと考えられる。例6、例7および8の溶射皮膜は、耐プラズマエロージョン特性は同等であり、いずれも変質層の形成は認められず、耐発塵性もA〜Bと良好な結果であった。例8の溶射皮膜の発塵性がBとなったのは、Y,O,Fの組成がYF3に近づいたためであると考えられる。
なお、例6*〜8*の溶射用材料は、造粒粒子の形態を有している。しかしながら、XRDの分析結果から例6〜8と同じ組成の混晶をそれぞれ含むことが確認された。その結果、この例6*〜8*の溶射用材料を溶射して得られる溶射皮膜中にはY2O3が形成されず、混晶を含むために顆粒の形態であっても溶射中の溶射用材料の酸化物への分解が抑制されることが確認された。しかしながら、溶射用材料が顆粒の形態であるため溶射皮膜中には未溶融粒子の存在が確認され、その結果、溶射皮膜は気孔率がやや高くなり、例6〜8の溶射皮膜と比較すると耐プラズマエロージョン特性および発塵性が劣ってしまうことがわかった。しかしながら、耐プラズマエロージョン特性および発塵性ともに、参考例および例1〜4の溶射皮膜に比べて優れており、溶射用材料が混晶を含むことで溶射中の材料劣化を抑制し、良質な溶射皮膜を形成できることが確認できた。
[実施形態2]
上記実施形態1で用意した例5,6,7の溶射用材料を用い、異なる溶射条件にて溶射したときに得られる溶射皮膜の特性について調べた。
すなわち、例5Aでは、例5の溶射用材料を用い、市販のプラズマ溶射装置「SG−100」(Praxair Surface Technologies社製)にて、アルゴンガス100psi(0.69MPa),へリウムガス110psi(0.76MPa)の混合ガスを溶射用ガスとして用い、電圧41.6V,電流900Aの条件にて高速溶射することにより溶射皮膜を形成した。
また、例5Bでは、例5の溶射用材料を用い、市販のプラズマ溶射装置「F4」(Sulzer Mteco社製)にて、アルゴンガス50NLPM,水素ガス10NLPMの混合ガスを溶射用ガスとして用い、電圧70V,電流600Aの条件にて溶射することにより溶射皮膜を形成した。
例5Cでは、例5Bと同様にし、溶射装置のプラズマ発生条件を、電圧70V,電流600Aとすることにより溶射皮膜を形成した。
例6Aでは、例6の溶射用材料を用い、例5Aと同様の溶射条件にて高速溶射することにより溶射皮膜を形成した。
例6Bでは、例6の溶射用材料を用い、例5Bと同様の溶射条件にて溶射することにより溶射皮膜を形成した。
例7Aでは、例7の溶射用材料を用い、例5Bと同様の溶射条件にて溶射することにより溶射皮膜を形成した。
このようにして得られた溶射皮膜の特性について調べ、その結果を表3に示した。表3の各欄の内容は、表2と共通である。
(評価)
まず、例5および5Bの比較から、溶射機をF4にして溶射ガスを窒素含有ガスに変えることで、Y5O4F7の溶融粉からなる溶射用材料は溶射中に組成が大きく変化し、溶射皮膜中に多量のYOF相と、Y2O3相とが検出されることがわかった。しかしながら、例5Aおよび5Cに示されるように、それぞれの溶射装置の出力を高めることで、溶射皮膜の組成の変化はいずれも抑制される傾向にあることが確認できた。なお、例5Bの溶射皮膜は、Y5O4F7から組成が大きく変化し、XRD分析ではY2O3相が検出されている。しかしながら、XRD分析およびXPS分析の結果から、例5A〜5Cの溶射用材料は溶射されることにより溶射皮膜中に混晶を形成しており、プラズマに晒された場合に溶射皮膜に変質層が形成されないことが確認できた。しかしながら、耐プラズマエロージョン特性や変質層の形成の様子については、例5と例5A〜5Cとの間で大きな違いは見られなかった。
一方で、例6〜6Bに示されるように、Y5O4F7とYF3の混晶の溶融粉からなる溶射用材料を用いた場合は、溶射皮膜中に含まれるフッ素量を高く維持して溶射できることがわかった。また、溶射皮膜中にも混晶が含まれることがわかった。例えば、例6Bでは、溶射機をF4にして溶射ガスを窒素含有ガスに変えることで溶射用材料の組成が変化し、溶射皮膜中に多量のY2O3相が検出されている。しかしながら、XRDおよびXPSの結果から、このY2O3相はY5O4F7等の他の検出相とともに混晶を形成しており、プラズマに晒された場合であっても溶射皮膜に変質層が形成されないことが確認された。さらに、例6〜6Bの溶射皮膜は、通常の溶射方法(例6)においても、溶射条件を変えた場合(例6A,6B)と同様に、耐プラズマエロージョン特性と耐発塵性とが極めて良好にとなることがわかった。つまり、溶射用材料がY5O4F7の混晶を含むことで耐プラズマエロージョン特性と耐発塵性とが高いレベルで両立されることがわかった。
このように、例6の溶射用材料は混晶を含むことから酸化分解が好適に抑制され、特殊な溶射条件で溶射を行わなくても、一般的な溶射方法によって十分に高品質な溶射皮膜が得られることがわかった。しかしながら、例6A〜6Bに示されるように、溶射用材料が混晶を含むとき、溶射条件をさらに変更することで溶射皮膜の変質が抑制され、耐発塵性に極めて優れた溶射皮膜が得られることが確認できた。
同様のことが、例7と例7Aとの比較からも確認できる。すなわち、例7Aでは、溶射機をF4にして溶射ガスを窒素含有ガスに変えることで、溶射皮膜中に多量のY2O3相が検出されている。しかしながら、このY2O3相はY5O4F7相などと混晶を形成しており、プラズマに晒された場合であっても溶射皮膜に変質層が形成され難い構造を実現し得ることが確認された。
[実施形態3]
実施形態3では、溶射用材料としては、上記実施形態1で用意した例8の溶射用材料(例8a,8b,8A,8B)と、例8の溶射用材料の製造において造粒する造粒粒子の粒径を小さくして得た溶融粉からなる溶射用材料(例8C,8D)と、を用い、溶射条件を種々変更して溶射皮膜を形成した。例8a,8bでは、実施形態2と同様に、溶射装置として市販のプラズマ溶射装置「F4」(Sulzer Mteco社製)を用い、出力を変化させて溶射を行った。また、例8A〜8Dでは、溶射装置「F4」のバレル先端に、金属製のテーバー付円筒形状のシュラウド装置を延設して用いた。このシュラウド装置は、二重管構造で水冷可能に構成されており、円筒上流側と出口との二箇所に不活性ガスを吹き込むためのポートが設けられている。溶射には、溶射用ガスとして、アルゴンガス/水素ガス/窒素ガスの混合ガスを用いて溶射することにより溶射皮膜を形成した。なお、例8A,8Cでは、シュラウドガスとしてアルゴン(Ar)ガスを用いた。例8B,8Dでは、シュラウドガスとして窒素(N2)ガスを用いた。
このようにして得られた溶射皮膜の特性について調べ、その結果を表4に示した。表4の各欄の内容は、表2と共通である。
例8の溶射用材料が混晶を含むことから、溶射装置や溶射条件によらず、全例の溶射皮膜が混晶により構成されることが確認された。また、通常の溶射方法(例8)においても、溶射装置を変えたり(例8a、8b)、シュラウド装置を併用したりする場合(例8A〜8D)と同様に、溶射皮膜中に含まれるフッ素量を高く維持して溶射できていることから、気孔率も3%と緻密な溶射皮膜が得られることがわかった。
なお、例8、8aおよび8bの比較から、溶射装置をSG−100からF4へと変更することで、溶射皮膜の組成に酸素が多く導入されY5O4F7の割合が高くなることがわかった。また、溶射装置F4を高出力条件で用いると、XRDの結果から比較的酸素リッチのY−O−F相が検出され、溶射皮膜への酸素の導入割合が高くなることが確認された。しかしながら、溶射皮膜は混晶を形成していることから、溶射皮膜がプラズマに晒されたときの耐発塵性が向上されることがわかった。そしてさらに、例8A〜8Dに示されるように、シュラウド装置を用いてシュラウド溶射にすることで、F4を用いた場合でも溶射皮膜の酸化が抑制されることが確認できた。なお、例8C,8Dは粒度が細かい溶射用材料であり、通常は溶射による酸化が促進される。しかしながら、例8C,8Dではシュラウド溶射を採用していることにより、耐発塵性は若干劣るものの、耐プラズマエロージョン特性等は良好な溶射皮膜が形成できることがわかった。なお、溶射用材料の粒度によらず、シュラウドガスとしては、窒素ガスよりもArガスを用いた方が、溶射皮膜がプラズマに晒されたときに変質層が形成され難く、耐発塵性に優れた溶射皮膜を形成できることがわかる。
以上のことから、ここに開示される溶射用材料は、希土類元素酸化物を含まず、また溶射慣用において酸化され難いことが確認された。かかる酸化の抑制効果は、溶射方法によらず、一般的な溶射によっても、酸化が抑制されることがわかった。これにより、溶射皮膜中の希土類元素酸化物の含有を抑制することができ、希土類元素オキシフッ化物を主体とする溶射皮膜を形成することができる。このことにより、耐プラズマエロージョン特性と耐発塵性とを兼ね備えた、溶射皮膜および溶射皮膜付部材が提供される。
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。