L、R2チャネルの中高域再生用のスピーカ(以下、サテライトスピーカという)と、低域再生用のウーハとを備えた2.1チャネルスピーカシステムが知られている。この2.1チャネルスピーカシステムには、クロスオーバフィルタ部が設けられている。このクロスオーバフィルタ部は、入力オーディオ信号から中高域の信号を選択してサテライトスピーカに供給するHPF(High Pass Filter;高域通過フィルタ)と、同入力オーディオ信号から低域の信号を選択してウーハに供給するLPF(Low Pass Filter;低域通過フィルタ)とにより構成されている。
この2.1チャネルスピーカシステムでは、入力オーディオ信号の全ての周波数帯域に属する信号がサテライトスピーカまたはウーハのいずれかから放音されることが好ましい。そのためには、サテライトスピーカの再生対象周波数帯域の下限周波数とウーハの再生対象周波数帯域の上限周波数が接近しており、かつ、サテライトスピーカの再生可能最低周波数が再生対象周波数帯域の下限周波数より低いことが理想的である。
図13はそのような理想的な2.1チャネルスピーカシステムのクロスオーバフィルタ部のゲイン周波数特性を例示する図である。この図において、横軸は周波数、縦軸は入力オーディオ信号の音量に対する2.1チャネルスピーカシステムの出力音の音量のゲインである。そして、図13において、G1はサテライトスピーカを介して放音される音に対応したHPFのゲインであり、G2はウーハを介して放音される音に対応したLPFのゲインである。この例では、ゲインG1が3dB低下する低域遮断周波数fc1とゲインG2が3dB低下する高域遮断周波数fc2が接近している。また、周波数の低下に伴ってゲインG1が低下する肩特性と、周波数の上昇に伴ってゲインG2が低下する肩特性は、いずれも急峻である。
図14はこの理想的な2.1チャネルスピーカシステムの音圧周波数特性を例示する図である。この図において、横軸は周波数、縦軸は入力オーディオ信号に対する2.1チャネルスピーカシステムの出力音圧(Sound Pressure Level)である。そして、S1はL、R2チャンネルのサテライトスピーカから放音される音を加算合成した音圧であり、S2はウーハから放音される音圧である。この例では、音圧S1が3dB低下する低域遮断周波数fc1と音圧S2が3dB低下する高域遮断周波数fc2が接近している。また、低域遮断周波数fc1から周波数の低下に伴って音圧S1が低下する肩特性と、高域遮断周波数fc2から周波数の上昇に伴って音圧S2が低下する肩特性は、いずれも急峻である。
また、サテライトスピーカの高域遮断周波数はfc3であり、この高域遮断周波数fc3から周波数の上昇に伴って音圧S1が低下する肩特性は緩やかである。また、ウーハの低域遮断周波数はfc6であり、低域遮断周波数fc6から周波数の低下に伴って音圧S2が低下する肩特性は、ウーハのエンクロージャに依存する。すなわち、ウーハのエンクロージャ形式が密閉箱の場合、この肩特性は緩やかになり、バスレフエンクロージャの場合、この肩特性は比較的急峻となる。
このような2.1チャネルスピーカシステムによれば、入力オーディオ信号はその周波数によりサテライトスピーカまたはウーハの一方のみに振り分けられ、2.1チャネルスピーカシステム全体としての音圧周波数特性は、図14に破線で示すようにフラットな特性となる。
しかし、現実には、サテライトスピーカの低域遮断周波数とウーハの高域遮断周波数を接近させることが難しく、前者の低域遮断周波数と後者の高域遮断周波数との間に再生音圧の低下する帯域が生じ、前者の下限周波数(すなわち、ゲインG1についての低域遮断周波数fc1)と後者の上限周波数(すなわち、ゲインG2についての高域遮断周波数fc2)との間に周波数差を設けざるを得ない場合も少なからずある。その理由は次の通りである。
まず、同一のオーディオ信号がサテライトスピーカとウーハに重複して供給されると、同一の音がサテライトスピーカとウーハの両方から放音されて干渉を起こし音圧周波数特性に凸凹を生じ、あるいは放音される音の歪が増加する。このような不具合を発生させないために、上述したように、低域遮断周波数付近の肩特性が急峻なHPFと、高域遮断周波数付近の肩特性が急峻なLPFとによりクロスオーバフィルタ部を構成することも考えられる。しかし、そのようなクロスオーバフィルタ部は高価なものとなる。そこで、安価で緩慢な特性のフィルタを用いながらサテライトスピーカの再生対象周波数帯域の下限周波数とウーハの再生対象周波数帯域の上限周波数との間に周波数差を設けることにより干渉の問題を軽減するという対処が行われる場合がある。
次に、別の理由からサテライトスピーカの低域遮断周波数とウーハの再生対象周波数帯域の上限周波数との間に周波数差が生じる場合がある。まず、サテライトスピーカは、本来、中高域の再生を目的としたスピーカである。このサテライトスピーカとして低域まで再生可能なものを実現するためには、サテライトスピーカの大型化が必要になる。しかし、そのようなサテライトスピーカの大型化が許されない製品もある。そのような製品では、サテライトスピーカの低域遮断周波数が高くなり、サテライトスピーカの低域遮断周波数とウーハの高域遮断周波数との間の周波数差が大きくなることを許容せざるを得ない。
ここで、ウーハの再生対象周波数帯域の上限周波数をサテライトスピーカの低域遮断周波数に合わせて高くし、両周波数の差を小さくすることも考えられる。しかし、これには問題がある。すなわち、一般的な2.1チャネルシステムにおいて、中高域の周波数帯域はL、R2チャネルのサテライトスピーカからステレオ再生されるが、低域は通常1本のウーハによってL、R2チャネルの信号を加算したモノラル信号として再生される。この際、ウーハの設置場所は機器の制約やユーザの利便性によりL、R2チャネルのサテライトスピーカの中央ではなく、左や右に偏った位置に、あるいは両サテライトスピーカから遠く離れた位置に設置されることがある。このため、ウーハは、もともと音響的に定位感の少ない低音の帯域の再生のみに用いられる。このウーハの設置場所は、サテライトスピーカのステレオ音声の音像定位に影響を与えない。しかし、ウーハから再生される音の周波数が高くなると(一般的には150Hz以上になると)、再生音の音源位置(ウーハ)が認識可能になる。この場合、サテライトスピーカから再生される音の音像定位がウーハの設置方向に偏る等の影響が発生する。
このような影響を回避するため、サテライトスピーカの低域遮断周波数を低くすることが困難な製品では、サテライトスピーカの再生対象周波数帯域の下限周波数とウーハの再生対象周波数帯域の上限周波数との間に周波数差を生じさせる、という対処が行われる場合がある。
以上のような理由により、2.1チャネルスピーカシステムの中には、サテライトスピーカの低域遮断周波数が、ウーハの高域遮断周波数よりも高く、これらの周波数間に開きのあるシステムが少なからず含まれている。
図15はこのような2.1チャネルスピーカシステムのクロスオーバフィルタ部のゲイン周波数特性を例示する図である。図15に示す例において、fc1>fc2であり、かつ、周波数fc1およびfc2間には開きがある。従って、同一の音がサテライトスピーカとウーハの両方から放音されるのを防止することができる。
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。
<第1実施形態>
図1は、この発明の第1実施形態である音響再生装置1Aの構成を示すブロック図である。本実施形態による音響再生装置1Aは、L、R2チャネルの中高域再生用スピーカであるサテライトスピーカ61および62と、低域再生用のウーハ63とを有する2.1チャネルスピーカシステムである。
図2はスピーカユニット自体の再生能力を示す音圧周波数特性である。サテライトスピーカ61および62は、低域遮断周波数fc4から高域遮断周波数fc3までの周波数帯域が再生可能帯域である。また、ウーハ63は低域遮断周波数fc6から高域遮断周波数fc5までの周波数帯域が再生可能帯域である。特に小型のウーハにおいては高域遮断周波数fc5が高音域にまで至る所謂フルレンジスピーカであることもある。
図1において、サンプリング周波数変換部11は、再生対象であるL、R2チャネルのオーディオ信号のサンプリング周波数を後段の回路(エフェクタ12等)の処理に適したサンプリング周波数に変換する手段である。エフェクタ12は、サンプリング周波数変換後のオーディオ信号に対し、例えば残響効果付与等の各種のエフェクト処理を施す手段である。イコライザ13は、エフェクタ12の処理を経たオーディオ信号の周波数特性をスピーカでの再生に適した周波数特性に調整する手段である。コンプレッサ14は、このコンプレッサ14の出力信号の音量が適正な範囲内に収まるように、イコライザ13の処理を経たオーディオ信号の音量に応じてコンプレッサ14の出力信号の音量を調整する手段である。ボリューム15は、コンプレッサ14の処理を経たL、R2チャネルのオーディオ信号の全体的な音量調整を行う手段である。
クロスオーバフィルタ部20は、ボリューム15が出力するL、R2チャネルのオーディオ信号をその周波数によりサテライトスピーカ61および62と、ウーハ63に振り分ける手段である。さらに詳述すると、クロスオーバフィルタ部20は、HPF21および22と、LPF23とを有する。HPF21は、ボリューム15が出力するLチャネルのオーディオ信号から所定の低域遮断周波数fc1以上の周波数のオーディオ信号を選択してパワーアンプ51に出力する。また、HPF22は、ボリューム15が出力するRチャネルのオーディオ信号から所定の低域遮断周波数fc1以上の周波数のオーディオ信号を選択してパワーアンプ52に出力する。パワーアンプ51、52は可聴帯域以内はフラットなゲイン周波数特性を有している。サテライトスピーカ61および62の再生対象周波数帯域は、このHPF21および22の低域遮断周波数fc1以上の周波数帯域である。しかし、サテライトスピーカ61および62の低域遮断周波数fc4がHPF21および22の低域遮断周波数fc1より低い場合には、サテライトスピーカ61および62の再生帯域は周波数fc1からサテライトスピーカ61および62の高域遮断周波数fc3までとなる。また、サテライトスピーカ61および62の低域再生能力が不十分であり、fc4>fc1となる場合には、実際のサテライトスピーカ61および62の再生帯域は周波数fc4から周波数fc3までとなる。
LPF23は、ボリューム15が出力するL、R2チャネルのオーディオ信号を加算した信号から所定の高域遮断周波数fc2以下の周波数帯域の信号を選択してパワーアンプ53に出力する。パワーアンプ53は可聴帯域以内はフラットなゲイン周波数特性を有している。ウーハ63の再生対象周波数帯域は、このLPF23の高域遮断周波数fc2以下の周波数帯域となる。しかしながら、ウーハ63の再生可能な周波数帯域には下限がある。従って、ウーハ63によって実際に再生される周波数帯域は、このウーハ63自体が再生可能な周波数帯域の下限fc6からLPF23の高域遮断周波数fc2までの間の周波数帯域となる。
サテライトスピーカ61およびこれを駆動するパワーアンプ51は、Lチャネルの中高域の音響再生部を構成している。この音響再生部にはHPF21の出力信号が供給される。サテライトスピーカ62およびこれを駆動するパワーアンプ52は、Rチャネルの中高域の音響再生部を構成している。この音響再生部にはHPF22の出力信号が供給される。ウーハ63およびこれを駆動するパワーアンプ53は、低域の音響再生部を構成している。この音響再生部とLPF23の出力端子との間には加算器43が設けられている。LPF23の出力信号は、この加算器43を介してパワーアンプ53に供給される。
帯域拡張部33は、パワーアンプ53およびウーハ63からなる音響再生部の再生対象周波数帯域の下限周波数の近傍の周波数帯域、具体的にはウーハ63が再生可能な周波数帯域以下の周波数帯域の信号をクロスオーバフィルタ部20に対する入力オーディオ信号から抽出し、この抽出した信号から高調波を生成して加算器43に供給する手段である。具体的には、帯域拡張部33は、L、R2チャネルのステレオ信号を加算したモノラル信号から拡張対象帯域の信号を抽出し、これを基本波とする高調波を生成し、元のモノラル信号に高調波成分を付加して帯域拡張用の信号の生成を行う。マルチチャンネルスピーカシステムの場合、帯域拡張部33は、全チャネルの信号を加算したモノラル信号から拡張対象帯域の信号を抽出し、これを基本波とする高調波を生成し、元のモノラル信号に高調波成分を付加して帯域拡張用の信号の生成を行う。
図3は帯域拡張部33の構成例を示すブロック図である。この帯域拡張部33には、ボリューム15から出力されるL、R2チャネルのステレオ信号を加算したモノラル信号が入力信号として与えられる。帯域抽出フィルタ301は、入力信号からウーハ63の再生可能な周波数帯域以下の周波数帯域の信号を抽出するフィルタである。高調波成分生成部302は、帯域抽出フィルタ301の出力信号を逓倍し、同出力信号の2次調波、3次調波、…等の高調波成分を生成する手段である。イコライザ303は倍音の比率でミッシングファンダメンタル効果を調整する手段である。このイコライザ303の出力信号は、係数乗算器305によって所定の係数が乗算される。以上が、入力信号が基本波成分であるとした場合の高次調波成分(倍音)を生成する回路の構成である。
イコライザ313および係数乗算器315は、帯域拡張部33に対する入力信号から基本波成分の一部を通過させる回路である。イコライザ313はウーハにとって有害な最低共振周波数以下の周波数成分を阻止する手段である。このイコライザ313の出力信号は、係数乗算器315によって所定の係数が乗算される。
係数乗算器305および315の各出力信号は加算器316によって加算される。ここで、係数乗算器305の係数と、係数乗算器315の係数は、ミッシングファンダメンタルによるバーチャルな低音再生と実音によるリアルな低音再生の比率を決定するために用いられる。
係数乗算器317は、加算器316の出力信号に係数を乗算して出力する。係数乗算器327は、帯域拡張部33に対する入力信号に係数を乗算して出力する。加算器328は、係数乗算器317の出力信号と係数乗算器327の出力信号を加算して出力する。この加算器328の出力信号が帯域拡張部33の出力信号となる。
係数乗算器317の係数と係数乗算器327の係数は排他的に切り換えられる。具体的には、帯域拡張部33の帯域拡張機能を利用する音響再生装置1Aを構成する場合には係数乗算器317の係数が「1」、係数乗算器327の係数が「0」とされる。また、帯域拡張部33の帯域拡張機能を利用しない音響再生装置1Aを構成する場合には係数乗算器317の係数が「0」、係数乗算器327の係数が「1」とされる。このように係数を切り換えることにより、帯域拡張機能が有効な音響再生装置1Aと、帯域拡張機能が無効な音響再生装置1Aを製造し分けることができる。
以上が音響再生装置1Aの構成である。
図4および図5は本実施形態による音響再生装置1Aの動作を示す図である。図4および図5において、横軸は周波数、縦軸は音圧である。また、S1はサテライトスピーカ61および62からの合成出力音圧、S2は帯域拡張部33がない場合のウーハ63からの出力音圧である。また、音響再生装置1AにおいてHPF21および22の低域遮断周波数はfc1であり、LPF23の高域遮断周波数はfc2である。
BW02はウーハ63の低域遮断周波数fc6以下の周波数帯域である。この周波数帯域BW02は、ウーハ63から十分な音量の音が出力されない周波数帯域(再生帯域抜けとなる帯域)である。ウーハ63の高域遮断周波数fc4は、多くの場合、LPF23の高域遮断周波数fc2以上である。このため、帯域拡張部33がない場合のウーハ63からの出力音圧S2の高域遮断周波数は、ほとんどの場合、周波数fc2となる。
音響再生装置1Aにおいて、fc1=fc2であり、サテライトスピーカ61および62の本来持っている低域遮周波数fc4が低域遮断周波数fc1よりも低ければ、サテライトスピーカ61および62の出力音圧S1の低域遮断周波数は、周波数fc1となる。同時にウーハ63の本来持っている高域遮断周波数fc5が高域遮断周波数fc2よりも高ければ、ウーハ63の出力音圧S2の高域遮断周波数は周波数fc2となる。この場合、fc1=fc2であるので、図4に示すようにウーハ63とサテライトスピーカ61および62のクロスオーバ周波数近傍に再生帯域抜けは生じない。
しかしながら、fc1=fc2でありながらも、サテライトスピーカ61および62の低域再生能力が不足し、fc1<fc4となっている場合には、サテライトスピーカ61および62の出力音圧S1の低域遮断周波数は周波数fc4となる。この場合は、図5に示すように、fc2以上fc4以下の帯域に再生帯域抜けの周波数帯域BW21が生じる。
また、意図的にfc1>fc2とした場合にも、図5に示すように再生帯域抜けの周波数帯域BW21を生ずる。この場合、fc1>fc4であれば、サテライトスピーカ61および62の出力音圧S1の低域遮断周波数は、周波数fc1となる。そして、fc1<fc4であれば、サテライトスピーカ61および62の出力音圧S1の低域遮断周波数は周波数fc4となる。
本実施形態では、クロスオーバフィルタ部20に対するL、R2チャネルの入力信号のうち低域遮断周波数fc1以上の中高域の信号はクロスオーバフィルタ部20のHPF21および22を各々通過した後、パワーアンプ51および52により各々増幅され、サテライトスピーカ61および62から各々放音される。
また、クロスオーバフィルタ部20に対するL、R2チャネルの入力信号を加算した信号のうち高域遮断周波数fc2以下の周波数帯域の信号はクロスオーバフィルタ部20のLPF23を通過した後、パワーアンプ53により増幅され、ウーハ63に供給される。そして、このウーハ63に供給されるオーディオ信号のうちウーハ63の再生可能な周波数帯域の信号(すなわち、周波数帯域BW02以上の周波数帯域の信号)はウーハ63から音として出力される。
さらに本実施形態では、クロスオーバフィルタ部20に対するL、R2チャネルの入力信号を加算した信号のうちウーハ63の再生対象周波数帯域の下限周波数の近傍の周波数帯域BW02の信号が帯域拡張部33の帯域拡張の対象となる。さらに詳述すると、この周波数帯域BW02内の信号を基本波成分として含むとともに、この基本波成分に対する高調波成分を含む信号が帯域拡張部33によって生成され、アンプ53に供給される信号に加算器43で加算される。アンプ53は可聴帯域以内はフラットなゲイン周波数特性を有している。また、多くの場合、ウーハ63の本来の高域遮断周波数fc5は、クロスオーバフィルタ部20のLPF23に設定される高域遮断周波数fc2よりはるかに高く、帯域拡張部33によって生成された高調波は周波数比率を保ったままウーハ63から再生される。
この結果、聴者の聴覚にミッシングファンダメンタルが発生し、聴者は、周波数帯域BW02内の周波数を基本周波数とする楽音を聴いたと感じる。
ここにおいて、ウーハの帯域拡張を行う信号の全てはウーハからのみ再生されるため、ウーハの帯域拡張を行う際サテライトスピーカから放音される音には一切影響を与えない。このため、従来の2.1チャネルスピーカシステムでミッシングファンダメンタルを用いた低域拡張を行うと、中音域の声の明瞭度が下がり、あるいは声質が変化して聴こえるといった欠点を大幅に改善することが可能である。
また、ウーハの帯域拡張を行う信号の全ての高調波成分の音源位置が同一であるため、同一の音の高調波成分として認識され易く、聴覚心理を利用したミッシングファンダメンタル効果が得られやすい。
さらに、クロスオーバ周波数付近のサテライトスピーカの再生対象周波数に再生帯域抜けが有り、ウーハの帯域拡張を行う高調波成分の周波数帯域の一部又は全部の帯域が、再生周波数抜けの帯域に重なった場合にも、本構成に依ればウーハの帯域拡張を行う高調波成分は全てウーハから放出されるため、サテライトスピーカの再生能力やクロスオーバ周波数の設定の如何に依らず、安定したウーハの帯域拡張が可能である。
このように本実施形態によれば、聴感上の再生帯域抜けを少なくし、高性能な音響再生を実現することができる。
例えば本実施形態の適用例である図11に示すパーソナルコンピュータにおいては、ウーハはディスプレイ背面に配置され、放音は後方に行われる。サテライトスピーカはディスプレイ前方の下部にL,R2チャンネルが設置され、放音は前方に行われる。このような構成においてはウーハから放音された低音は、パーソナルコンピュータが設置された後方の壁からの反射や、ディスプレイ周辺からの回折音として聴取者に到達する。
そのように複数経路から時間差を伴って音波が到達する場合、聴取者はスピーカの音源位置を推定し難くなるため、クロスオーバ周波数はウーハから直接音が聴取者に到達するシステムでの一般的な推奨値150Hzより大幅に高い周波数に設定することが可能となる。このため本実施形態においてはクロスオーバ周波数を400Hzと設定している。
ウーハに用いられるユニットは口径32mmとウーハとしては超小型に属し、然るにその高域再生能力はフルレンジスピーカといっても良く10kHzにまでに及ぶ。しかしながら低域再生能力はエンクロージャをバスレフとしても110Hz(−10dB)に止まる。このため本実施形態においては50Hzから150Hzの帯域を拡張対象周波数帯域として、高調波を生成しミッシングファンダメンタルを発生させている。
この際、2倍音から5倍音の高調波の周波数帯域は100Hzから750Hzとなり、これは人の声の基本周波数帯帯域といわれる100Hzから1000Hzとほぼ重なり、高調波成分のうち400Hz以上が通常の2.1チャンネルのようにサテライトスピーカから再生されると音声の明瞭度が下がったり、声質が変化して聴こえる。そのため本実施形態では高調波成分をサテライトスピーカ61および62に供給せず、ウーハ63のみから再生している。ここで、ウーハ63から高調波成分を正しい比率を保ったまま再生するためには、ウーハ63の高域遮断周波数はクロスオーバ周波数の最低2倍以上必要である。
<第2実施形態>
図6は、この発明の第2実施形態である音響再生装置1Bの構成を示すブロック図である。なお、この図において、上述した第1実施形態(図1)と共通する部分には同一の符号を使用し、その説明を省略する。
本実施形態は、上記第1実施形態における帯域拡張部33および加算器43を削除し、その代わりに帯域拡張部31および32と加算器41および42を追加した構成となっている。加算器41は、HPF21の出力信号と帯域拡張部31の出力信号を加算してパワーアンプ51に供給する。加算器42は、HPF22の出力信号と帯域拡張部32の出力信号を加算してパワーアンプ52に供給する。
帯域拡張部31および32の構成は上記第1実施形態の帯域拡張部33と基本的に同様である。帯域拡張部31は、パワーアンプ51およびサテライトスピーカ61からなるLチャネルの音響再生部の再生対象周波数帯域と、パワーアンプ53およびウーハ63からなる音響再生部の再生対象周波数帯域との間の周波数帯域の信号をクロスオーバフィルタ部20に対するLチャネルの入力オーディオ信号から抽出し、この抽出した信号から高調波を生成して加算器41に供給する手段である。また、帯域拡張部32は、パワーアンプ52およびサテライトスピーカ62からなるRチャネルの音響再生部の再生対象周波数帯域と、パワーアンプ53およびウーハ63からなる音響再生部の再生対象周波数帯域との間の周波数帯域の信号をクロスオーバフィルタ部20に対するRチャネルの入力オーディオ信号から抽出し、この抽出した信号から高調波を生成して加算器42に供給する手段である。
具体的には、帯域拡張部31は、Lチャネルのオーデォ信号からHPF21の低域遮断周波数fc1とLPF23の高域遮断周波数fc2との間の帯域の信号を抽出し、この抽出した信号に高調波成分を付加して帯域拡張を行う。また、帯域拡張部32は、Rチャネルのオーディオ信号からHPF22の低域遮断周波数とLPF23の高域遮断周波数fc2との間の帯域の信号を抽出し、この抽出した信号に高調波成分を付加して帯域拡張を行う。
以上が本実施形態の構成である。
図7は本実施形態による音響再生装置1Bの動作を示す図である。図7において、BW21、BW02等は、前掲図4および図5と同様である。
本実施形態では、クロスオーバフィルタ部20に対するL、R2チャネルの入力信号のうちサテライトスピーカ61、62の再生対象周波数帯域とウーハ63の再生対象周波数帯域の間の周波数帯域BW21内の信号が帯域拡張部31および32の帯域拡張の対象となる。たとえばウーハには比較的大型のスピーカユニットが搭載可能で、fc6周波数が十分低くウーハの低域拡張の必要が無く、サテライトスピーカは小型である事が要求され、クロスオーバ周波数付近に再生帯域抜けを生じ易い2.1チャネルシステムやそれより多くのスピーカを有するマルチチャネルスピーカシステムへの適応が有効である。
サテライトスピーカ61および62の低域遮断周波数はHPF21および22の低域遮断周波数fc1とサテライトスピーカ61および62本来の低域遮断周波数fc4のうちの高い方となる。しかし、特に小型のスピーカユニットを使用したサテライトスピーカでは製造上のばらつきや気温によって低域遮断周波数fc4がばらつき、また変動し易い。このため、HPF21および22の低域遮断周波数fc1を、低域遮断周波数fc4のばらつき範囲の最高値以上にする。これにより、常にサテライトスピーカの低域遮断周波数を周波数fc1とし、ユニットの特性変化がシステム全体の性能に影響を与えないようにすることが可能である。
本実施形態によれば、この周波数帯域BW21内の信号を基本波成分として含むとともに、この基本波成分に対する高調波成分を含む信号が帯域拡張部31および32によって生成され、サテライトスピーカ61および62に供給される信号に適量加算される。この結果、聴者の聴覚にミッシングファンダメンタルが発生し、聴者は、周波数帯域BW21内の周波数を基本周波数とする楽音を聴いたと感じる。このように本実施形態においても、聴感上の再生帯域抜けを少なくし、高性能な音響再生を実現することができる。
<第3実施形態>
図8は、この発明の第3実施形態である音響再生装置1Cの構成を示すブロック図である。なお、この図において、上述した第1実施形態(図1)と共通する部分には同一の符号を使用し、その説明を省略する。
本実施形態による音響再生装置1Cは、上記第1実施形態(図1)による音響再生装置1Aに対し、上記第2実施形態(図6)の帯域拡張部31および32と加算器41および42を追加した構成となっている。
図9は本実施形態による音響再生装置1Cの動作を示す図である。図9において、BW21、BW02等は、前掲図4および図5と同様である。
本実施形態では、上記第1実施形態と同様、クロスオーバフィルタ部20に対するL、R2チャネルの入力信号のうちウーハ63の再生対象周波数帯域の下限周波数の近傍の周波数帯域BW02内の信号が帯域拡張部33の帯域拡張の対象となる。
また、本実施形態では、上記第2実施形態と同様、クロスオーバフィルタ部20に対するL、R2チャネルの入力信号のうちサテライトスピーカ61、62の再生対象周波数帯域とウーハ63の再生対象周波数帯域の間の周波数帯域BW21内の信号が帯域拡張部31および32の帯域拡張の対象となる。
本実施形態によれば、周波数帯域BW02の信号を基本波成分として含むとともに、この基本波成分に対する高調波成分を含む信号が帯域拡張部33によって生成され、ウーハ63に供給される信号に適量加算される。また、本実施形態によれば、この周波数帯域BW21内の信号を基本波成分として含むとともに、この基本波成分に対する高調波成分を含む信号が帯域拡張部31および32によって生成され、サテライトスピーカ61および62に供給される信号に適量加算される。この結果、聴者の聴覚にミッシングファンダメンタルが発生し、聴者は、周波数帯域BW01またはBW21内の周波数を基本周波数とする楽音を聴いたと感じる。このように本実施形態によれば、聴感上の再生帯域抜けをさらに少なくし、高性能な音響再生を実現することができる。
<適用例>
上記各実施形態は、各種の音響再生装置に適用可能である。図10〜図12はその適用例を示すものである。
図10は、ゲーム機110への音響再生装置の適用例を示している。この例では、ゲーム機110の上部にL、R2チャネルのサテライトスピーカ111および112が設けられており、下部左側にウーハ113が設けられている。また、図11はパソコン用ディスプレイ120への音響再生装置の適用例を示している。この例では、ディスプレイの前面の下部にL、R2チャネルのサテライトスピーカ121および122が設けられており、背面にウーハ123が設けられている。なお、ウーハ123は、ディスプレイのスタンドに内蔵したり、ディスプレイの底面に設けてもよい。図12は、5.1チャネルホームシアターシステム130を例示している。この5.1チャネルホームシアターシステム130は、5個のサテライトスピーカ131〜135と、ウーハ136と、アンプ137とを有する。上記各実施形態では、この発明を2.1チャネルスピーカシステムに適用したが、この発明は図12に示すような5.1チャネルのスピーカシステムにも適用可能である。
これらの例では、ウーハとサテライトスピーカが離れて配置される。従って、ウーハからの再生音の周波数が高く、その音源位置の認識が可能になると、サテライトスピーカからの再生音の定位感等に悪影響を与える。このため、ウーハの再生対象周波数帯域の上限周波数を低くする必要がある。そして、ウーハの再生対象周波数帯域の上限周波数を低くした場合には、サテライトスピーカの再生対象周波数帯域の下限周波数との間に周波数差が生じる場合がある。ここで、何ら策を講じないとすると、再生帯域抜けの問題が生じる。そこで、これらの各スピーカシステムに例えば上記第2実施形態や第3実施形態を適用する。この結果、サテライトスピーカの再生対象周波数帯域とウーハの再生対象周波数帯域の間の周波数帯域の周波数を基本周波数とする楽音を聴いたと聴者に感じさせることができる。このように聴感上の再生帯域抜けを少なくし、豊かな音響再生を実現することができる。
また、図10、図11の例では、ウーハを大型化することが困難であるため、ウーハが再生可能な周波数帯域の下限が高くなり易い。従って、ウーハの再生対象周波数帯域の下限近傍において上述した再生帯域抜けの問題が生じ易い。そこで、例えば上記第1実施形態を図10、図11の例に適用することにより、この再生帯域抜けの問題を解決することができる。
<他の実施形態>
以上、この発明の各実施形態について説明したが、この発明には他にも実施形態が考えられる。例えば次の通りである。
(1)上記各実施形態においてパワーアンプ51〜53の前段の各部分は、電子回路であってもよいし、DSP(Digital Signal Processor;デジタル信号処理装置)等がプログラムを実行することにより実現される機能であってもよい。また、コンピュータ等のCPU(Central Processing Unit;中央演算装置)上でIPコア(Intellectual Property Core)と呼ばれるソフトウエアによって実行されても良い。
(2)上記各実施形態において、帯域拡張部33は、クロスオーバフィルタ部20に対する入力信号から基本波成分と高調波成分を含む信号を生成して、パワーアンプ51、52または53に供給される信号に加えた。しかし、そのようにする代わりに、クロスオーバフィルタ部20に対する入力信号から高調波成分のみを含む信号を生成して、パワーアンプ51、52または53に供給される信号に加えてもよい。
(3)上記各実施形態において、パワーアンプ51〜53の前段の各部分からなる装置あるいは少なくともクロスオーバフィルタ部20と帯域拡張部31、32または33を含む装置を製造してユーザに提供してもよい。