本発明の実施の形態を、添付図面に示す本発明の好適な実施例に基づいて以下に説明する。
先ず、図1および図2において、差動装置Dは、自動車に搭載されるエンジン(図示せず)から伝達された回転駆動力を、左右一対の車軸に連なる左右一対の出力軸Aに分配して伝達することにより、その左右車軸を、それらの差動回転を許容しつつ駆動するためのものであって、例えば車体後部中央に固定されるミッションケース1内に収容、支持される。
この差動装置Dは、複数のピニオンPと、それらピニオンPを回転自在に支持するピニオン支持部としてのピニオンシャフトPSと、そのピニオンシャフトPSと共に回転し得るようピニオンシャフトPSを支持する短円筒状の入力部材Iと、ピニオンPに対しその左右両側より噛合し且つ左右一対の出力軸Aにそれぞれ接続される左右一対のサイドギヤSと、その両サイドギヤSの外側を覆い且つ入力部材Iと一体に回転する左右一対のカバー部C,C′とを備えており、入力部材I及びカバー部C,C′によりデフケースDCが構成される。
尚、本実施形態ではピニオンPを2個とし、ピニオン支持部としてのピニオンシャフトPSを入力部材Iの一直径線に沿って延びる直線棒状に形成して、それの両端部に2個のピニオンPをそれぞれ支持させるようにしたものを示したが、ピニオンPを3個以上設けてもよい。その場合には、ピニオンシャフトPSを、3個以上のピニオンPに対応して入力部材Iの回転軸線Lから三方向以上に枝分かれして放射状に延びる交差棒状(例えばピニオンPが4個の場合には十字状)に形成して、その各先端部にピニオンPを各々支持させるようにする。
尚また、ピニオンシャフトPSにピニオンPを図示例のように直接嵌合させてもよいし、或いは軸受ブッシュ等の軸受手段(図示せず)を介挿させてもよい。またピニオンシャフトPSは、図示例のように全長に亘り一様等径の軸状としてもよいし、或いは段付き軸状としてもよい。
前記デフケースDCは、左右の軸受2を介してミッションケース1に回転自在に支持される。またミッションケース1に形成されて各出力軸Aが嵌挿される貫通孔1aの内周と、各出力軸Aの外周との間には、その間をシールする環状シール部材3が介装される。またミッションケース1の底部には、その内部空間に臨んで所定量の潤滑油を貯溜するオイルパン(図示せず)が設けられており、その潤滑油がデフケースDCその他の回転部材の回転により差動装置Dの周辺に飛散することで、デフケースDCの内外に存する機械連動部分を潤滑できるようになっている。
入力部材Iの外周部には、ファイナルドリブンギヤとしての入力歯部Igが設けられ、この入力歯部Igは、エンジンの動力で回転駆動されるドライブギヤ(図示せず)と噛合する。尚、その入力歯部Igは、本実施形態では入力部材Iの外周面にその横幅一杯(即ち軸方向全幅)に亘り直接形成されているが、その入力歯部Igを入力部材Iよりも小幅に形成したり、或いは入力部材Iとは別体に形成して後付けで入力部材Iの外周部に固定するようにしてもよい。
またピニオンP及びサイドギヤSは、本実施形態ではベベルギヤに形成されており、しかもそれらの歯部を含む全体が各々鍛造等の塑性加工で形成されている。そのため、これらピニオンP及びサイドギヤSの歯部を切削加工する場合のような機械加工上の制約を受けることなく歯部を任意の歯数比を以て高精度に形成可能である。尚、前記ベベルギヤに代えて他のギヤを採用してもよく、例えばサイドギヤSをフェースギヤとし且つピニオンPを平歯車又は斜歯歯車としてもよい。
また前記一対のサイドギヤSは、一対の出力軸Aの内端部がそれぞれスプライン嵌合4されて接続される円筒状の軸部Sjと、その軸部Sjから入力部材Iの半径方向外方に離れた位置に在ってピニオンPに噛合する円環状の歯部Sgと、出力軸Aの軸線Lと直交する扁平なリング板状に形成されて軸部Sj及び歯部Sg間を一体に接続する中間壁部Swとを備える。
その中間壁部Swは、これの半径方向の幅t1がピニオンPの最大直径d1よりも大きくなり、且つ中間壁部Swの、出力軸A軸方向での最大肉厚t2がピニオンシャフトPSの有効直径d2よりも小さくなるように形成(図1参照)される。これにより、後述するように、サイドギヤSの歯数Z1をピニオンPの歯数Z2よりも十分大きく設定し得るようサイドギヤSを十分に大径化することができ、且つ出力軸Aの軸方向でサイドギヤSが十分に薄肉化できる。
また前記一対のカバー部C,C′のうちの一方Cは、入力部材Iとは別体に形成されて入力部材Iにボルトbを以て着脱可能に結合されるが、その結合手段としては、ネジ手段以外の種々の結合手段、例えば溶接手段やカシメ手段を使用可能である。また他方のカバー部C′は入力部材Iに一体に形成される。尚、前記他方のカバー部C′を、前記一方のカバー部Cと同様に入力部材Iとは別体に形成して、入力部材Iにボルトbその他の結合手段を以て結合してもよい。
また各々のカバー部C,C′は、サイドギヤSの軸部Sjを同心状に囲繞して回転自在に嵌合支持する円筒状のボス部Cbと、外側面を入力部材Iの回転軸線Lと直交する平坦面としてボス部Cbの軸方向内端に一体に連設される板状の側壁部Csとを備えており、このカバー部C,C′の側壁部Csは、出力軸Aの軸方向で入力部材I(従って入力歯部Ig)の幅内に収まるように配置される。これにより、カバー部C,C′の側壁部Csが入力部材Iの端面より回転軸線外方側に張出すことが抑えられるから、差動装置Dの出力軸軸方向での幅狭化を図る上で有利になる。
また、そのカバー部C,C′の側壁部Csの内側面により、サイドギヤSの中間壁部Sw及び歯部Sgのうちの少なくとも一方の背面がワッシャWを介して回転自在に支持される。尚、このようなワッシャWを省略して、前記側壁部Csの内側面により、サイドギヤSの中間壁部Sw及び歯部Sgのうちの少なくとも一方の背面を回転自在に直接支持させてもよい。また、サイドギヤSの軸部Sjは、カバー部C,C′のボス部Cbに軸受を介して支持させてもよい。
ところで入力部材Iは、その内周面IiがサイドギヤSの外周部に近接した状態でサイドギヤSを全周に亘り囲繞している。そして、図2にも示すように入力部材Iの内周面Iiのうち、特にピニオンPの周辺に位置する所定内周部分Iiaが、その他の内周部分よりも入力部材Iの回転軸線Lから離れるように凹状に形成されて油貯溜部を構成している。従って、この油貯溜部において、入力部材Iの回転による遠心力で潤滑油を効果的に集めて貯溜できて、そこに集まった大量の潤滑油をピニオンP及びその周辺部に効率よく供給することができるため、ピニオンPが高速回転するような過酷な運転状況等においても、ピニオンPの摺動部やピニオンPとサイドギヤSとの噛合部へ潤滑油を十分に供給可能となり、その摺動部や噛合部の焼付きの防止に有効である。
特に本実施形態のような差動装置Dでは、前記した如くサイドギヤS(従ってデフケースDC)を十分に大径化できる関係で、大きな遠心力によって多量の潤滑油を入力部材Iの所定内周部分Iia(油貯溜部)に効率よく集めることができるため、サイドギヤSの大径化に伴いピニオンPが高速回転しても、その焼付き防止効果が顕著に得られるものである。
本実施形態において前記油貯溜部となる所定内周部分Iiaは、入力部材Iの回転軸線Lと直交する横断面において、その他の内周部分よりも曲率が大きい円弧状に形成される。そして、その所定内周部分Iiaは、本実施形態(図2)では前記横断面において入力部材Iの回転軸線LよりもピニオンP側に中心O′がオフセットした比較的小径の第1の円弧に形成され、また前記その他の内周部分は、前記横断面において入力部材Iの回転軸線L上に中心Oが位置する、前記第1の円弧よりも大径の第2の円弧に形成される。これにより、その所定内周部分Iia(油貯溜部)が周方向に比較的狭い領域に設定される場合でも、その所定内周部分Iiaを入力部材Iの回転軸線Lから離れる側に十分深く形成できるため、そこに潤滑油を十分に保持可能となる。しかもその所定内周部分Iiaは、これを旋盤等の汎用設備でも入力部材Iの内周面Iiに容易に加工可能となり、コスト節減が図られる。
また図3には、入力部材Iの内周形態の変形例を示す。即ち、図3の(A)では、入力部材Iの内周面Iiは、入力部材Iの回転軸線Lと直交する横断面において、回転軸線LよりもピニオンP側に中心O″がオフセットした同一径の複数(図示例では2個)の円弧を繋ぎ合わせるようにして形成され、その各円弧の周方向中央部分を前記所定内周部分Iiaとしている。斯かる入力部材Iの内周形態によれば、所定内周部分Iia(油貯溜部)を旋盤等の汎用設備でも入力部材Iの内周面Iiに容易に加工可能となるばかりか、前記複数の円弧が同一径であることで円弧面形成用のドリル等の加工具の共用化も可能となり、一層のコスト節減が図られる。
また図3の(B)では、入力部材Iの内周面Iiは、入力部材Iの回転軸線Lと直交する横断面において、長軸をピニオンシャフトPSの軸線と一致させた楕円形状に形成されており、その楕円の長軸側の端部を前記所定内周部分Iiaとしている。
尚、入力部材Iの内周形態には図2及び図3に示す実施形態の他にも、種々の変形例が考えられ、例えば前記横断面で一対の半円弧と一対の短い直線とを繋ぎ合わせた小判形状(図示せず)に形成されてもよく、その場合には、半円弧の周方向中央部分が前記所定内周部分Iiaとされる。尚また、前記実施形態では、前記所定内周部分Iiaとその他の内周部分との間が滑らかに連続しているが、その間に段差が形成されてもよい。
次にピニオン支持部としてのピニオンシャフトPSの入力部材Iへの取付構造について説明する。そのピニオンシャフトPSは、その両端部がそれぞれ取付体Tを介して入力部材Iに連結支持されており、その取付体Tには、ピニオンシャフトPSの端部を全周に亘って嵌合、保持し得る保持孔Thが形成される(図1参照)。また入力部材Iの内周面Iiには、その入力部材Iの、一方のカバー部C側の側面に開口部を有して出力軸A軸方向に延びる横断面コ字状の取付溝Iaが凹設されており、その取付溝Iaには、これの前記開口部より直方体状の前記取付体Tが挿入される。その取付体Tは、これを入力部材Iの取付溝Iaに挿入された状態で前記一方のカバー部Cを入力部材Iにボルトbで締結することにより入力部材Iに固定される。
上記したようなピニオンシャフトPSの入力部材Iへの取付構造によれば、ピニオンシャフトPSの端部をその全周に亘り嵌合保持させたブロック状の取付体Tを介して、ピニオンシャフトPSを入力部材Iの取付溝Iaに容易且つ強固に連結固定できるため、入力部材IにピニオンシャフトPS支持のための貫通孔を特別に形成することなく、また組立作業性を低下させることなく、ピニオンシャフトPSを入力部材Iに対し高い強度を以て連結支持させることができる。しかも本実施形態では、サイドギヤSの外側を覆うカバー部Cが取付体Tに対する抜け止め固定手段を兼ねることで構造簡素化が図られる。
かくして、ピニオンシャフトPSの両端部が取付体Tを介して入力部材Iに連結支持された状態では、そのピニオンシャフトPSに回転自在に支持されるピニオンPの外端面(即ち入力部材Iの半径方向外方側の端面)と、入力部材Iの内周面Ii(即ち前記所定内周部分Iia)との間には半径方向の間隙10が形成される。従って、この間隙10には潤滑油が溜まり易くなるため、その間隙10に臨むピニオンPの端部やその周辺部の焼付き防止に有効である。
ところで、前記一方のカバー部Cの側壁部Csは、出力軸Aの軸方向外方から見た側面視で(即ち図2で見て)ピニオンPと重なる領域を含む第1の所定領域でサイドギヤSの背面を覆う油保持部7を備えており、更に前記側面視でピニオンPと重ならない第2の所定領域において、サイドギヤSの背面をデフケースDC外に露出させる肉抜き部8と、前記油保持部7から入力部材Iの周方向に離間し且つ入力部材Iの半径方向に延びてボス部Cb及び入力部材I間を連結する連結腕部9とを併せ持つ構造となっている。換言すれば、カバー部Cの基本的に円板状をなす側壁部Csは、そこに切欠き状をなす前記肉抜き部8が周方向に間隔をおいて複数形成されることで、その肉抜き部8を周方向に挟んでその一方側に油保持部7が、その他方側に連結腕部9がそれぞれ形成される構造形態となっている。
また前記肉抜き部8は、本実施形態では側壁部Csの外周端側が開放し且つ側面視でピニオンシャフトPSと直交する方向に略沿って延びる切欠き状に形成されており、これにより、肉抜き部8と隣接する油保持部7が周方向に極力長く形成されて、次に説明する油保持部7による油保持効果が高められるようになっている。
このようなカバー部Cの側壁部Csの構造形態、特に前記油保持部7により、入力部材Iの回転による遠心力で径方向外方側に移動しようとする潤滑油をピニオンP及びその周辺部に保持し易くすることができる。従って、前述のような入力部材Iの所定内周部分Iia(油貯溜部)による遠心力を利用した油集中貯溜効果と相俟って、潤滑油をピニオンP及びその周辺部に一層効率よく供給できるため、ピニオンPが高速回転するような過酷な運転状況等においても、ピニオンPの摺動部やピニオンPとサイドギヤSとの噛合部へ潤滑油を一層効率よく供給できて、その摺動部や噛合部の焼付きをより効果的に防止することができる。
その上、カバー部Cが前記肉抜き部8を備えることで、その肉抜き部8を通してデフケースDCの内外に潤滑油を流通させることができるため、潤滑油が適度に交換・冷却されて、油劣化防止に効果的である。また、デフケースDC内に多量の潤滑油を閉じ込めておく必要はない上、肉抜き部8の形成分だけカバー部C自体が軽くなるため、それだけ差動装置Dの軽量化が図られる。
尚、前記肉抜き部8は、本実施形態では側壁部Csの外周端側が開放した切欠き状に形成されるが、その外周端側が開放されない貫通孔状に形成してもよい。尚また本実施形態では、一方のカバー部Cの側壁部Csにのみ肉抜き部8を形成して、他方のカバー部C′の側壁部Csは、肉抜き部を持たない(従ってサイドギヤSの中間壁部Sw及び歯部Sgの背面全面を覆う)円板状に形成しているが、その他方のカバー部C′の側壁部Csにも肉抜き部8を形成してもよく、その場合には、油保持部7及び連結腕部9は入力部材Iに一体に形成される。
而して本実施形態の油保持部7は、連結腕部9と同様に、カバー部Cのボス部Cbと入力部材Iとの間に跨がって延びてその間を連結している。そして、カバー部Cが油保持部7において入力部材Iと連結されることにより、入力部材Iの回転時に遠心力で径方向外方側へ移動しようとする潤滑油が、油保持部7と入力部材Iとで覆われた空間に一層滞留し易くなり、ピニオンP及びその周辺部に潤滑油を保持し易くなる。
尚、油保持部7及び連結腕部9を入力部材Iに各々連結する構造は、カバー部Cの入力部材Iへの連結構造として前述した通りである。即ち、油保持部7及び連結腕部9は、これらを入力部材Iと一体に形成してもよく、また別体に形成する場合には、ボルトb等のネジ手段、或いはその他の種々の結合手段(例えば溶接手段、カシメ手段等)で入力部材Iに結合される。
また本実施形態のように、カバー部Cを油保持部7とは別に、ボス部Cbと入力部材Iとの間を連結する連結腕部9を一体に有する構造とすれば、それだけ入力部材Iに対するカバー部Cの連結強度を高めることができ、しかもサイドギヤSの背面を支持するカバー部C自体の剛性強度が高められて、サイドギヤSに対する支持剛性も強化される。尚、カバー部Cにおいて連結腕部9は必須のものではなく、これを省略した別の実施形態も実施可能である。尚また、カバー部Cが特に連結腕部9を備える場合には、油保持部7を入力部材Iに対して非連結とした別の実施形態も実施可能である。
更に本実施形態のカバー部Cは、肉抜き部8の周縁部において、入力部材Iの回転時に入力部材Iの内方側への潤滑油の流入を誘導し得る油誘導斜面fを有する。この油誘導斜面fは、油保持部7及び連結腕部9を入力部材Iの周方向に横切る横断面(図2の部分断面図を参照)で見て、油保持部7及び連結腕部9の各々の外側面から内側面に向かって油保持部7及び連結腕部9の各々の周方向中央側に傾斜した斜面より構成される。そして、この油誘導斜面fにより、カバー部C外側から内側への潤滑油の流入を円滑化でき、ピニオンP等に対する潤滑効果が高められる。
また、カバー部Cにおける肉抜き部8(従って油保持部7及び連結腕部9)の形態は種々の変形例が考えられ、図2の実施形態に限定されない。例えば、図4に示す変形例では油保持部7及び連結腕部9が各々放射方向に延びる(即ち全体として十字状となる)ように、肉抜き部8が、中心角を略90°とした扇形に形成されている。
ところで、サイドギヤSの中間壁部Swの少なくとも一部(本実施形態では全部)は、その外側面が歯部Sgの背面よりも出力軸Aの軸方向で内方側に後退した薄肉部Swtに構成されている(図1参照)。一方、カバー部C,C′の側壁部Cs(特にカバー部Cの側壁部Csで言えば油保持部7及び連結腕部9)は、サイドギヤSの歯部Sgの背面に内側面が対向する外周側側壁部分Csoと、サイドギヤSの中間壁部Swの背面に内側面が対向する内周側側壁部分Csiとを一体に有する。しかもその内周側側壁部分Csiの少なくとも一部(本実施形態では全部)が、外周側側壁部分Csoよりも回転軸線に沿う方向で厚肉に形成されて前記薄肉部Swt側に張り出している。
これら構造によれば、サイドギヤSの歯部Sgと比べ剛性を然程必要としない中間壁部Swの少なくとも一部を、歯部Sgの背面よりも軸方向内方側に後退した薄肉部Swtに構成でき、その薄肉部Swtに対応してカバー部C,C′の内周側側壁部分Csiを、軸方向外側に張り出させることなく厚肉化できて、サイドギヤSの薄肉中間壁部Swに対するカバー部Cの支持剛性を十分に高めることが可能となる。これにより、サイドギヤS及びデフケースDCの剛性強度を確保しつつ差動装置Dを出力軸Aの軸方向で十分に幅狭化する上で、頗る有利となる。
また、サイドギヤSの背面とカバー部C,C′の側壁部Csとの相対向面間には、前述のようにその間を相対回転自在に連接させるワッシャWが介装されているが、本実施形態ではそのワッシャWを定位置に保持するためのワッシャ保持溝6が、サイドギヤSの前記薄肉部Swtの背面に形成される。従ってサイドギヤSの、比較的低剛性の薄肉部SwtをワッシャWで直接支持できて、その薄肉部Swtに対する支持強度を高めることができる。しかもワッシャWをワッシャ保持溝6に収容保持させたことで、ワッシャWの厚みに因る差動装置Dの軸方向の寸法増が抑えられる。
また、サイドギヤSの背面とカバー部C,C′の側壁部Csとの相対向面間に介装すべきワッシャWの設置態様については、種々の変形例が考えられる。例えば、図5(A)では、サイドギヤSの薄肉部Swtに対向するカバー部C,C′の内側面にワッシャ保持溝6を形成して、そこにワッシャWを保持させているため、薄肉部Swtがワッシャ保持溝6のために更に薄肉化されるのを回避している。また図5(B)では、サイドギヤSの歯部Sgの背面にワッシャ保持溝6を形成して、そこにワッシャWを保持させているため、サイドギヤSに対する荷重支持点をより径方向外側(従ってピニオンPとの噛合部に近い位置)に偏位させることで支持強度を高めている。
また図5(C)では、ワッシャWの内周位置と、カバー部C,C′における側壁部Csの軸方向内方側への張出し起点位置とを合致させることで、その側壁部Csの内方張出し形態をワッシャWの位置決めに利用している。従って、ワッシャ保持溝6を設けずともワッシャWの位置決め保持を可能として、ワッシャ保持溝の形成による強度低下を回避している。
更に図5(D)では、入力部材Iの回転軸線から放射方向(一直径線上)に延びる直線棒状のピニオンシャフトPSのうち、サイドギヤSの薄肉部Swtに臨む中間シャフト部分PSmが、他のシャフト部分よりも小径に形成される。そして、このように中間シャフト部分PSmを小径化した分だけ前記薄肉部Swtを軸方向内方側へ後退偏位させ、その後退偏位に対応してカバー部C,C′の側壁部Cs(特に内周側側壁部分Csi)を更に厚肉化することで、サイドギヤSに対する支持剛性をより高めている。
前述のようにサイドギヤSが径方向に比較的幅広の中間壁部Swを有することで、サイドギヤSの歯部Sgから出力軸Aまでのトルク伝達経路が径方向に長くなってギヤ支持強度の低下が懸念されるところ、本実施形態では、上記トルク伝達経路の途中の、ギヤ支持強度に配慮した適切な径方向位置(図1及び図5(A)〜(D)参照)にワッシャWを適宜、配置固定できるため、ギヤ支持強度の低下を効果的に抑制可能となる。
次に、前記実施形態の作用について説明する。本実施形態の差動装置Dは、その入力部材Iに動力源から回転力を受けた場合に、ピニオンPがピニオンシャフトPS回りに自転しないで入力部材Iと共にその軸線L回りに公転するときは、左右のサイドギヤSが同一速度で回転駆動されて、その駆動力が均等に左右の出力軸Aに伝達される。また、自動車の旋回走行等により左右の出力軸Aに回転速度差が生じるときは、ピニオンPが自転しつつ公転することで、そのピニオンPから左右のサイドギヤSに対してその差動回転を許容しつつ回転駆動力が伝達される。以上は、従来周知の差動装置の作動と同様である。
次に、本実施形態に係る差動装置Dの製造組立工程について、図6を参照して説明する。その工程は、次の[1]〜[6]の工程を少なくとも含むものである。
[1]入力部材I及びカバー部C′を一体に形成し(又は別々に製作したものを結合し)てなるデフケース主体DC′と、カバー部Cと、各サイドギヤSと、各ピニオンPと、ピニオンシャフトPSと、取付体Tとを別々の工程で製作し、準備する工程
[2]図6(A)に示す如く、デフケース主体DC′内に一方のサイドギヤSを嵌装する工程
[3]図6(B)実線に示す如く、ピニオンシャフトPSの両端部に、ピニオンPの中心孔及び取付体Tの保持孔Thを嵌合支持させるようにして取付ユニットUを組立て、その組立状態を治具(図示せず)により一時的に保持するようにした組立工程
[4]図6(B)矢印及び二点鎖線に示す如く、取付ユニットUをデフケース主体DC′内に装入し、その際に入力部材Iの取付溝Iaに取付体Tを挿入すると共に各ピニオンPを一方のサイドギヤSの歯部Sgに噛合させることで、取付ユニットUを、前記治具から離脱させて入力部材Iに仮止め保持する工程
[5]図6(C)に示す如く、入力部材Iに仮止め保持された取付ユニットUの外側に他方のサイドギヤSを重ね合わせて、各ピニオンPを他方のサイドギヤSの歯部Sgに噛合させる工程
[6]図6(D)に示す如く、他方のサイドギヤSの背面側にカバー部Cを重ね合わせると共に、そのカバー部Cを入力部材Iにボルトbを以て締結することで、カバー部Cと入力部材Iの取付溝Ia内面との間に取付ユニットUの取付体Tを挟持、固定して、差動装置Dを完成させる工程
以上一連の工程において、特に前記[3]の組立工程では、ピニオンシャフトPS、各ピニオンP及び取付体Tを一纏めにユニット化した取付ユニットUをサブアッセンブリとして予め組立ておき、その後、入力部材Iの取付溝Iaに取付体Tを挿入して取付ユニットUを入力部材Iに位置決め保持し、その後、カバー部Cを入力部材Iに締結することで取付ユニットUを入力部材Iに組付け固定するようにしているので、組立作業能率を効果的に高めることができる。
而して、上記のようにして組立てられた差動装置Dにおいて、そのサイドギヤSは、出力軸Aに接続される軸部Sjと、出力軸Aの軸線Lと直交する扁平なリング板状に形成されて、軸部Sjと該軸部Sjから入力部材Iの半径方向外方に離間したサイドギヤ歯部Sgとの間を一体に接続する中間壁部Swとを有しており、その上、その中間壁部Swは、それの半径方向幅t1がピニオンPの最大直径d1よりも長くなるよう形成されている。このため、サイドギヤSの歯数Z1をピニオンPの歯数Z2よりも十分大きく設定し得るようにサイドギヤSをピニオンPに対し十分大径化できることから、ピニオンPからサイドギヤSへのトルク伝達時におけるピニオンシャフトPSの荷重負担を軽減できてその有効直径d2の小径化、延いてはピニオンPの、出力軸A軸方向での幅狭化を図ることができる。
また、上記のようにピニオンシャフトPの荷重負担が軽減されると共に、サイドギヤSにかかる反力が低下し、その上、サイドギヤSの中間壁部Sw又は歯部Sgの背面がカバー側壁部Csに支持されるので、そのサイドギヤSの中間壁部Swを薄肉化してもサイドギヤSの必要な剛性強度は確保することが容易であり、即ち、サイドギヤSに対する支持剛性を確保しつつサイドギヤ中間壁部Swを十分に薄肉化することが可能となる。また、本実施形態では、上記のように小径化を可能としたピニオンシャフトPSの有効直径d2よりもサイドギヤ中間壁部Swの最大肉厚t2が更に小さく形成されるため、サイドギヤ中間壁部Swの更なる薄肉化が達成可能となる。しかもカバー側壁部Csが、外側面を出力軸Aの軸線Lと直交する平坦面とした板状に形成されることで、このカバー側壁部Cs自体の薄肉化も達成される。
それらの結果、差動装置Dは、従来装置と同程度の強度(例えば静ねじり荷重強度)や最大トルク伝達量を確保しながら、全体として出力軸Aの軸方向で十分に幅狭化することができる。これにより、差動装置Dの周辺のレイアウト上の制約が多い伝動系に対しても差動装置Dを、高い自由度を以て無理なく容易に組込み可能となり、またその伝動系を小型化する上で頗る有利となる。
また、本実施形態において、サイドギヤS及びピニオンPは、ピニオン支持部PSの有効直径をd2とし、ピニオンPの荷重点長さをd3としたときに、
d3≧3.74・d2+20 ……………………(1)
の関係を満たすように示すように(即ち図8(A)のラインXよりも上側領域に)設定されることが望ましい。
ここでピニオンPの荷重点長さd3とは、回転軸線Lから1個のピニオンPの大径端面までの距離を2倍した長さであり、例えば一対のピニオンPが対向配置される場合は、その一対のピニオンPの大径端面間の距離が荷重点長さd3に該当する(図1参照)。
図8(A)に示すラインX1は、従来装置でのピニオンシャフト径d2とピニオンPの荷重点長さd3との関係を示す。ピニオンシャフト径d2に対し、ラインX1で対応する荷重点長さd3を設定することで、所定の静ねじり荷重を確保できるようにしている。これに対し、本実施形態の設定例によれば、ラインX1と傾きが等しく、且つピニオンPの荷重点長さd3が十分に大きいラインXを設定し、そのラインXの上側領域において、ピニオンシャフト径d2とピニオンPの荷重点長さd3を設定するので、従来装置と同程度以上の静ねじり荷重を確保しながら、ピニオンPの荷重点長さを十分長くできると共に、差動装置Dを出力軸Aの軸方向で十分に幅狭化できる。
さらにベベルギヤであるピニオンPのピッチ円錐距離(即ち縦断面扇形をなすピニオンPの扇形中心からピニオンP外端までの距離)をPCDとし、ピニオンPの歯数をZ2とし、サイドギヤSの歯数をZ1としたときに、
Z1/Z2≧2 ……………………………………(2)
PCD≧6.17・(Z1/Z2)+20 ………(3)
の関係を満たすように(即ち図8(B)のラインYよりも右側で且つラインZよりも上側の領域に)設定されることが望ましい。即ち、図8(B)のラインYは、差動装置Dを出力軸Aの軸方向に十分な幅狭化するための歯数比率(Z1/Z2)を示すものであり、このラインYよりも右側に歯数比率(Z1/Z2)を設定する場合には(すなわち2以上に設定する場合には)、図8(C)に示すように幅狭化の効果が大きい。また図8(B)において、ラインZは四輪自動車として一般的に必要であるとされるトルク伝達量を得るための歯数比率とピッチ円錐距離との関係を示すラインであり、従来装置の設計値をプロットして決定したものである。よって、ラインYより右側に、且つラインZよりも上側の領域に含まれるように、歯数比率(Z1/Z2)とピニオンのピッチ円錐距離との関係を設定することにより、本実施形態の差動装置Dは、従来装置と同程度以上の最大トルク伝達量を確保しながら、出力軸Aの軸方向に十分幅狭化(図8の(C)を参照)することが可能となる。
ところで前記実施形態では、ピニオン支持部として長いピニオンシャフトPSを用いるものを示したが、図7に示すようにピニオンPの大径側の端面に同軸に一体に結合された支持軸部PS′でピニオン支持部を構成してもよい。この構成によれば、ピニオンシャフトPSを嵌合させる貫通孔をピニオンPに設ける必要はなくなるため、それだけピニオンPを小径化(軸方向幅狭化)できて、差動装置Dの出力軸A軸方向での扁平化を図ることができる。即ち、ピニオンシャフトPSがピニオンPを貫通する場合、ピニオンPにはピニオンシャフト径に対応するサイズの貫通孔を形成する必要があるが、ピニオンP端面に支持軸部PS′を一体化した場合には、支持軸部PS′の径に依存することなくピニオンPの小径化(軸方向幅狭化)が可能となる。
しかも本実施形態では、その支持軸部PS′の外周面と、これが挿入される取付体Tの保持孔Th内周面との間には、その間の相対回転を許容する軸受としての軸受ブッシュ12が介挿されるが、この軸受ブッシュ12は、特に前記[3]の組立工程で、取付体Tの保持孔Thの内周と支持軸部PS′の外周との間に介挿される。これにより、その軸受ブッシュ12も含めて取付ユニットUを前記組立工程で一纏めに組立て可能であるから、その軸受ブッシュ12を追加することで部品点数が増えても組立作業能率の低下が最小限に抑えられる。尚、前記軸受としては、ニードルベアリング等の軸受でもよい。尚また、前記軸受を省略して、支持軸部PS′を取付体Tの保持孔Thに直接嵌合させるようにしてもよい。
ところで前記した特許文献1,2で例示したような従来の差動装置では、通常、サイドギヤ(出力ギヤ)の歯数Z1とピニオン(差動ギヤ)の歯数Z2として、例えば特許文献2に示される14×10、或いは16×10または13×9が用いられており、この場合、差動ギヤに対する出力ギヤの歯数比率Z1/Z2は、それぞれ1.4 、1.6 、1.44となっている。また従来の差動装置では、歯数Z1,Z2の、その他の組合わせとして、例えば15×10、17×10、18×10、19×10、または20×10となっているものも知られており、この場合の歯数比率Z1/Z2は、それぞれ1.5 、1.7 、1.8 、1.9 、2.0 となっている。
一方、今日では、差動装置周辺でのレイアウト上の制約を伴う伝動装置も増えており、差動装置のギヤ強度を確保しつつ差動装置を出力軸の軸方向に十分幅狭化(即ち扁平化)することが市場で要求されている。しかしながら従来の既存の差動装置では、上記歯数比率の組み合わせからも明らかなように出力軸の軸方向で幅広の構造形態となっているため、上記した市場の要求を満たすことが困難な状況にある。
そこで差動装置のギヤ強度を確保しつつ差動装置を出力軸の軸方向に十分幅狭化(即ち扁平化)し得る差動装置Dの構成例を、前記した実施形態(第1の実施形態)とは異なる観点より、以下に具体的に特定する。尚、この構成例に係る差動装置Dの各構成要素の構造は、図1〜図7で説明した前記実施形態の差動装置Dの各構成要素と同様であるので、各構成要素の参照符号は、前記実施形態のそれと同じ符号を使用し、構造説明は省略する。
先ず、差動装置Dを出力軸Aの軸方向に十分に幅狭化(即ち扁平化)するための基本的な考え方を、図9を併せて参照して説明すると、それは、
[1]ピニオンP即ち差動ギヤに対するサイドギヤS即ち出力ギヤの歯数比率Z1/Z2を従来既存の差動装置の歯数比率よりも増大させる。(これにより、ギヤのモジュール(従って歯厚)が減少してギヤ強度が低下する一方で、サイドギヤSのピッチ円直径が増大してギヤ噛合部での伝達荷重が低減しギヤ強度が増大するが、全体としては後述する如くギヤ強度は低下する。)
[2]ピニオンPのピッチ円錐距離PCDを従来既存の差動装置のピッチ円錐距離よりも増やす。(これにより、ギヤのモジュールが増加してギヤ強度が増大すると共に、サイドギヤSのピッチ円直径が増大してギヤ噛合部での伝達荷重が低減しギヤ強度が増大するため、全体としては後述する如くギヤ強度は大幅に増大する。)
従って、上記[1]によるギヤ強度低下の量と、上記[2]によるギヤ強度増大の量とが等しくなるか、或いは上記[1]によるギヤ強度低下の量よりも、上記[2]によるギヤ強度増大の量の方が上回るように、歯数比率Z1/Z2及びピッチ円錐距離PCDを設定することにより、全体としてギヤ強度を従来既存の差動装置と比べて同等もしくは増大させることができる。
次に上記[1][2]に基づくギヤ強度の変化態様を数式により具体的に検証する。尚、検証は、以下の実施形態で説明する。先ず、サイドギヤSの歯数Z1を14、ピニオンPの歯数Z2を10とした時の差動装置D′を「基準差動装置」とする。また「変化率」とは、前記基準差動装置D′を基準(即ち100%)とした場合の各種変数の変化率である。
[1]について
サイドギヤSのモジュールをM、ピッチ円直径をPD1 、ピッチ角をθ1 、ピッチ円錐距離をPCD、ギヤ噛合部での伝達荷重をF、伝達トルクをTとした場合に、ベベルギヤの一般的な公式より、
M=PD1 /Z1
PD1 =2PCD・ sinθ1
θ1 = tan-1(Z1/Z2)
これら式から、ギヤのモジュールは、
M=2PCD・ sin{ tan-1(Z1/Z2)}/Z1 ・・・(1)
となり、
また基準差動装置D′のモジュールは、2PCD・ sin{ tan-1(7/5)}/14
となる。
従って、この両式の右項を除算することにより、基準差動装置D′に対するモジュール変化率は、次の(2)式のようになる。
また、ギヤ強度(即ち歯部の曲げ強度)に相当する歯部の断面係数は、歯厚の二乗に比例する関係にあり、一方、その歯厚は、モジュールMと略リニアな関係にある。従って、モジュール変化率の二乗は、歯部の断面係数変化率、延いてはギヤ強度の変化率に相当する。即ち、そのギヤ強度変化率は、前記(2)式に基づいて次の(3)式のように表される。この(3)式は、ピニオンPの歯数Z2が10の時には図10のL1で示され、これにより、歯数比率Z1/Z2が増えるにつれてモジュール減少によりギヤ強度が低下することが判る。
ところで前記したベベルギヤの一般的な公式より、サイドギヤSのトルク伝達距離は、次の(4)式のようになる。
PD1 /2=PCD・ sin{ tan-1(Z1/Z2)}・・・(4)
そして、トルク伝達距離PD1 /2による伝達荷重Fは、F=2T/PD1 である。従って、基準差動装置D′のサイドギヤSにおいて、トルクTを一定とすれば、伝達荷重Fとピッチ円直径PD1 とが反比例の関係となる。また伝達荷重Fの変化率は、ギヤ強度の変化率とも反比例の関係にあることから、ギヤ強度の変化率は、ピッチ円直径PD1 の変化率と等しくなる。
その結果、ピッチ円直径PD1 の変化率は、(4)の式を用いて、次の(5)式のようになる。
この(5)式は、ピニオンPの歯数Z2が10の時には図10のL2で示され、これにより、歯数比率Z1/Z2が増えるにつれて伝達荷重低減によりギヤ強度が高まることが判る。
結局のところ、歯数比率Z1/Z2が増えることに伴うギヤ強度の変化率は、モジュールMの減少によるギヤ強度の減少変化率(前記した(3)式の右項)と、伝達荷重低減によるギヤ強度の増加変化率(前記した(5)式の右項)との掛け合わせにより、次の(6)式として表される。
この(6)式は、ピニオンPの歯数Z2が10の時には図10のL3で示され、これにより、歯数比率Z1/Z2が増えるにつれて全体としてギヤ強度が低下することが判る。
[2]について
ピニオンPのピッチ円錐距離PCDを基準差動装置D′のピッチ円錐距離よりも増やすと、変更前のPCDをPCD1、変更後のPCDをPCD2とした場合には、PCDの変更前後のモジュール変化率は、前記したベベルギヤの一般的な公式より、歯数を一定とすれば、(PCD2/PCD1)となる。
一方、サイドギヤSのギヤ強度の変化率は、前記(3)式を導いた過程からも明らかなように、モジュール変化率の二乗に相当するため、結局のところ、
モジュール増大によるギヤ強度変化率=(PCD2/PCD1)2 ・・・(7)
この(7)式は、図11のL4で示され、これにより、ピッチ円錐距離PCDが増えるにつれてモジュール増加によりギヤ強度が増加することが判る。
また、ピッチ円錐距離PCDを基準差動装置D′のピッチ円錐距離PCD1よりも増やした場合に、伝達荷重Fが低減されるが、これによる、ギヤ強度の変化率は、前述のようにピッチ円直径PD1 の変化率と等しくなる。またサイドギヤSのピッチ円直径PD1 とピッチ円錐距離PCDとは比例関係にある。従って、
伝達荷重低減によるギヤ強度変化率=PCD2/PCD1 ・・・(8)
この(8)式は、図11のL5で示され、これにより、ピッチ円錐距離PCDが増えるにつれて伝達荷重低減によりギヤ強度が高まることが判る。
そして、ピッチ円錐距離PCDが増えることに伴うギヤ強度の変化率は、モジュールMの増大によるギヤ強度の増加変化率(前記した(7)式の右項)と、ピッチ円直径PDの増加に伴う伝達荷重低減によるギヤ強度の増加変化率(前記した(8)式の右項)との掛け合わせにより、次の(9)式として表される。
ピッチ円錐距離増大によるギヤ強度変化率=(PCD2/PCD1)3 ・・(9)
この(9)式は、図11のL6で示され、これにより、ピッチ円錐距離PCDが増えるにつれてギヤ強度が大幅に高められることが判る。
そして、前記[1]の手法(歯数比率増大)によるギヤ強度の低下分を、前記[2]の手法(ピッチ円錐距離増大)によるギヤ強度の増大分で十分補うようにして全体として差動装置のギヤ強度を従来既存の差動装置のギヤ強度と同等もしくはそれ以上とするように、歯数比率Z1/Z2及びピッチ円錐距離PCDの組み合わせを決定する。
例えば、基準差動装置D′のサイドギヤSのギヤ強度を100%維持する場合には、前記[1]で求めた歯数比率増大に伴うギヤ強度の変化率(前記した(6)式の右項)と、前記[2]で求めたピッチ円錐距離増大によるギヤ強度変化率(前記した(9)の右項)とを掛け合わせたものが100%となるように設定すればよい。これより、基準差動装置D′のギヤ強度を100%維持する場合における歯数比率Z1/Z2とピッチ円錐距離PCDの変化率との関係は、次の(10)式で求められる。この(10)式は、ピニオンPの歯数Z2が10の時には図12のL7で示される。
このように(10)式は、歯数比率Z1/Z2=14/10とした基準差動装置D′のギヤ強度を100%維持する場合における歯数比率Z1/Z2とピッチ円錐距離PCDの変化率との関係(図12参照)を示すものであるが、この図12の縦軸のピッチ円錐距離PCDの変化率は、ピニオンPを支持するピニオンシャフトPS(即ちピニオン支持部)のシャフト径をd2とした場合にはd2/PCDの比率に変換可能である。
すなわち、従来既存の差動装置において、ピッチ円錐距離PCDの増大変化は、上記表1のようにd2の増大変化と相関があり、且つd2を一定としたときはd2/PCDの比率の低下として表現可能である。しかも、従来既存の差動装置においては、上記表1のように、基準差動装置D′の時にはd2/PCDが40〜45%の範囲に収まっている関係と、PCDを増やすとギヤ強度が増大することとから、基準差動装置D′の時には少なくともd2/PCDが45%以下となるように、ピニオンシャフトPSのシャフト径d2及びピッチ円錐距離PCDを決めれば、ギヤ強度を従来既存の差動装置のギヤ強度と同等もしくはそれ以上とすることができる。つまり、基準差動装置D′の場合には、
d2/PCD≦0.45を満たせばよい。この場合、基準差動装置D′のピッチ円錐距離PCD1に対して、増減変更後のPCDをPCD2とすれば、
d2/PCD2≦0.45/(PCD2/PCD1)・・・(11)
を満たせばよいということになる。そして、この(11)式を、前記した(10)式に適用すれば、d2/PCDと、歯数比率Z1/Z2との関係が、次の(12)式のように変換可能である。
この(12)式の等号が成立する時において、ピニオンPの歯数Z2が10の時には図13のL8のように表すことができる。この(12)式の等号が成立する時が、基準差動装置D′のギヤ強度を100%維持する場合のd2/PCDと歯数比率Z1/Z2との関係である。
ところで従来既存の差動装置では、上述したように、通常、基準差動装置D′のような歯数比率Z1/Z2を1.4とするものだけでなく、歯数比率Z1/Z2を1.6とするものや、歯数比率Z1/Z2を1.44とするものも採用されている。この事実を踏まえて、基準差動装置D′(Z1/Z2=1.4)で必要十分な、即ち100%のギヤ強度が得られると想定した場合には、従来既存の差動装置において歯数比率Z1/Z2が16/10の差動装置では、図10から明らかなようにギヤ強度が基準差動装置D′に比べ87%に低下していることが判る。しかしながら、この程度に低下したギヤ強度は、従来既存の差動装置では実用強度として許容され、実用されている。そこで、軸方向に扁平な差動装置においても、前記基準差動装置D′に対し少なくとも87%のギヤ強度があれば、ギヤ強度が十分に確保、許容されると考えられる。
このような観点から、基準差動装置D′のギヤ強度を87%維持する場合における歯数比率Z1/Z2と、ピッチ円錐距離PCDの変化率との関係を先ず求めると、その関係は、前記(10)式を導く過程に倣って演算(即ち、歯数比率増大に伴うギヤ強度の変化率(前記した(6)式の右項)と、ピッチ円錐距離増大によるギヤ強度変化率(前記した(9)の右項)とを掛け合わせたものが87%となるように演算)することにより、次の(10′)式のように表すことができる。
そして、前述の(11)式を、前記した(10′)式に適用すれば、基準差動装置D′のギヤ強度を87%以上維持する場合におけるd2/PCDと、歯数比率Z1/Z2との関係が、次の(13)式のように変換可能である。但し、計算の過程において、変数を用いて表される項を除き、有効数字を3桁で計算し、それ以外の桁は切り捨てで対応する都合上、実際には計算誤差によりほぼ等しいとなる場合でも、式の表現では等号で表すこととする。
この(13)式の等号が成立する場合において、ピニオンPの歯数Z2が10の時には図13のように(より具体的には、図13のL9ラインのように)表すことができ、この場合に(13)式に対応する領域は、図13でL9ライン上及びL9ラインよりも下側の領域となる。そして、この(13)式を満たし、且つ図13でL10ラインよりも右側となる歯数比率Z1/Z2が2.0を超えることを満たす特定領域(図13のハッチング領域)が、特にピニオンPの歯数Z2が10で歯数比率Z1/Z2が2.0を超える軸方向に扁平な差動装置において、前記基準差動装置D′に対し少なくとも87%のギヤ強度を確保可能なZ1/Z2及びd2/PCDの設定領域である。尚、参考までに、歯数比率Z1/Z2を40/10と、d2/PCDを20.00%とそれぞれ設定した時の実施例を図13において例示すれば、菱形点のようになり、また歯数比率Z1/Z2を58/10と、d2/PCDを16.67%とそれぞれ設定した時の実施例を図13において例示すれば、三角点のようになり、これらは前記特定領域に収まっている。これらの実施例について、シミュレーションによる強度解析を行った結果、従来と同等またはそれ以上のギヤ強度(より具体的には基準差動装置D′に対して87%のギヤ強度またはそれ以上のギヤ強度)が得られていることが確認できた。
而して、上記特定領域にある扁平な差動装置は、従来既存の非扁平な差動装置と同程度のギヤ強度(例えば静ねじり荷重強度)や最大トルク伝達量を確保しながら、全体として出力軸の軸方向で十分に幅狭化な差動装置として構成されるものであり、そのため、差動装置周辺のレイアウト上の制約が多い伝動系に対しても差動装置を、高い自由度を以て無理なく容易に組込み可能となり、またその伝動系を小型化する上で頗る有利となる等の効果を達成可能である。
また、上記特定領域にある扁平な差動装置の構造が、例えば、上述した前記実施形態(第1の実施形態)の構造(より具体的には、図1〜7で示される構造)となる場合には、上記特定領域にある扁平な差動装置は、前記実施形態(第1の実施形態)で示した構造に伴う効果も得ることができる。
尚、前述の説明(特に図10,12,13に関する説明)は、ピニオンPの歯数Z2を10とした時の差動装置について行っているが、本発明は、これに限定されるものではない。例えば、ピニオンPの歯数Z2を6,12,20とした場合にも、上記効果を達成可能な扁平な差動装置は、図14,15,16のハッチングで示されるように、(13)式で表すことができる。即ち、前述のようにして導出された(13)式は、ピニオンPの歯数Z2の変化に関わらず適用できるものであって、例えばピニオンPの歯数Z2を6,12,20とした場合でも、ピニオンPの歯数Z2を10とした場合と同様、(13)式を満たすようにサイドギヤSの歯数Z1、ピニオンPの歯数Z2、ピニオンシャフトPSのシャフト径d2及びピッチ円錐距離PCDを設定すれば上記効果が得られる。
また、参考までに、ピニオンPの歯数Z2を12とした場合において、歯数比率Z1/Z2を48/12と、d2/PCDを20.00%とそれぞれ設定した時の実施例を図15に菱形点で、歯数比率Z1/Z2を70/12と、d2/PCDを16.67%とそれぞれ設定した時の実施例を図15に三角点で例示する。これらの実施例について、シミュレーションによる強度解析を行った結果、従来と同等またはそれ以上のギヤ強度(より具体的には基準差動装置D′に対して87%のギヤ強度またはそれ以上のギヤ強度)が得られていることが確認できた。また、これらの実施例は、図15に示されるように前記特定領域に収まっている。
比較例として、前記特定範囲に収まらない実施例、例えばピニオンPの歯数Z2を10とした場合において、歯数比率Z1/Z2を58/10と、d2/PCDを27.50%とそれぞれ設定した時の実施例を図13に星形点で、ピニオンPの歯数Z2を10とした場合において、歯数比率Z1/Z2を40/10と、d2/PCDを34.29%とそれぞれ設定した時の実施例を図13に丸点で、ピニオンPの歯数Z2を12とした場合において、歯数比率Z1/Z2を70/12と、d2/PCDを27.50%とそれぞれ設定した時の実施例を図15の星形点で、ピニオンPの歯数Z2を12とした場合において、歯数比率Z1/Z2を48/12と、d2/PCDを34.29%とそれぞれ設定した時の実施例を図15の丸点で示す。これらの実施例についてシミュレーションによる強度解析を行った結果、従来と同等またはそれ以上のギヤ強度(より具体的には基準差動装置D′に対して87%のギヤ強度またはそれ以上のギヤ強度)が得られなかったことが確認できた。つまり、前記特定範囲に収まらない実施例では上記効果が得られないことが確認できた。
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明は前記実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々の設計変更が可能である。
例えば、前記実施形態では、左右少なくとも一方のカバー部Cの側壁部Csに肉抜き部8を設けたものを示したが、左右何れのカバー部Cの側壁部Csにも肉抜き部8を形成しないようにして、その側壁部Csにより、対応するサイドギヤSの背面全面を覆うようにしてもよい。
また前記実施形態では、入力部材Iが入力歯部Igを一体に備えるものを示したが、入力部材Iとは別体に形成したリングギヤを後付けで入力部材Iに固定するようにしてもよい。また本発明の入力部材は、上記のような入力歯部Igやリングギヤを備えない構造であってもよく、例えば入力部材Iが、動力伝達経路で入力部材Iよりも上流側に位置する駆動部材(例えば遊星歯車機構や減速歯車機構の出力部材、無端伝動帯式伝動機構の被動輪等)と連動、連結されることにより、入力部材Iに回転駆動力が入力されるようにしてもよい。
また、前記実施形態では、一対のサイドギヤSの背面を一対のカバー部C,C′でそれぞれ覆うものを示したが、本発明では、一方のサイドギヤSの背面にのみカバー部を設けるようにしてもよい。この場合、例えば、そのカバー部が設けられない側に、前記上流側に位置する駆動部材を配設して、そのカバー部が設けられない側で駆動部材と入力部材とを連動、連結させるようにしてもよい。