近年、自動車の小型化、軽量化および静粛性向上の要求に伴ない、その電装部品や補機部品の小型化、軽量化およびエンジンルーム内の密閉化が図られている。その一方、装置の性能自体には高出力、高効率化の要求が増大し、エンジンルーム内の電装・補機においては、小型化に伴なって生じる出力の低下を高速回転させることで補う手法が採られている。以下に、自動車電装・補機用転がり軸受の例として、ファンカップリング装置用転がり軸受、自動車用オルタネータ用転がり軸受およびアイドラプーリ用転がり軸受について概要を説明する。
自動車用ファンカップリング装置は、内部に粘性流体を封入し、外周面に送風用のファンが取り付けられたハウジングを、軸受を介してエンジンに直結するロータに連結され、雰囲気温度に感応して増減する粘性流体の剪断抵抗を利用して、エンジンからの駆動トルク伝達量およびファンの回転数を制御することにより、エンジン温度に対応した最適な送風を行なう装置である。このため、ファンカップリング装置用転がり軸受は、エンジン温度の変動に伴い回転数が1000rpmから10000rpmまで変動する回転ムラの他に、夏場の高速運転時には180℃以上の高温下で、回転数10000rpm以上の高速回転という極めて過酷な環境に耐えられる耐久性が要求される。
自動車用オルタネータは、エンジンの回転をベルトで受けて発電し、車両の電気負荷に電力を供給するとともに、バッテリーを充電する機能を有する。また、自動車用アイドラプーリは、エンジンの回転を自動車の補機に伝える駆動ベルトのベルトテンショナーとして使用されるものであり、軸間距離が固定されているような場合のベルトにテンショナーとして張力を与えるためのプーリとしての機能と、ベルトの走行方向を変えるため、または障害物を避けるために用いてエンジン室内容積の減少を図るアイドラとしての機能とを合わせ持つものである。自動車用オルタネータおよび自動車用アイドラプーリについても、180℃以上の高温下で、回転数10000rpm以上の高速回転という極めて過酷な環境に耐えられる耐久性が要求される。
これらの自動車電装・補機用転がり軸受の潤滑には主としてグリースが用いられている。ところが、急加減速や、高温、高速回転など、使用条件が過酷になることで、転がり軸受の転走面に白色組織変化を伴った特異的な剥離が早期に生じるおそれがある。この特異的な剥離は、通常の金属疲労により生じる転走面内部からの剥離と異なり、転走面表面の比較的浅いところから生じる破壊現象で、グリースの分解などによって発生する水素が原因の水素脆性と考えられている。例えばグリースが分解して水素が発生し、それが転がり軸受の鋼中に侵入することで、水素脆性を起因とする早期剥離が起きると考えられる。
水素は鋼の疲労強度を著しく低下させるため、接触要素間が油膜で分断される弾性流体潤滑と考えられる条件でも、交番せん断応力が最大になる転がり表層内部辺りに亀裂が発生、伝播して早期剥離に至る。また、水がグリースに混入する条件下、すべりを伴う条件下、通電が起きる条件下などで使用されると、水あるいはグリースが分解して水素が発生しやすくなり、それが鋼中に侵入することで、水素脆性を起因とする上記の早期剥離が起きやすくなると考えられる。
このような早期に発生する白色組織変化を伴った特異な剥離現象を抑制する方法として、例えば、グリースに不動態化剤を添加する方法(特許文献1参照)や、ビスマスジチオカーバメートを添加する方法(特許文献2参照)が提案されている。また、軸受転走面が鉄系金属の軸受鋼で構成されることから、鉄との相互溶解度を考慮し、グリース組成物にアルミニウム、ケイ素、チタン、タングステン、モリブデン、クロム、コバルトなどの金属粉末を配合する方法も提案されている(特許文献3参照)。
また、従来、転がり軸受に用いるグリース組成物において、親水性有機インヒビターとして親水性基で変性されたアルカノールアミン誘導体を配合したものが知られている(特許文献4参照)。このアルカノールアミン誘導体は、ドデカン酸やセバシン酸などの二塩基酸、ホウ酸などの酸と、ジエタノールアミン、アミノテトラゾール、ジエチルアミノエタノールなどのアルカノールアミンとの塩である。
その他、耐熱性、機械的安定性、耐水性、防錆性、耐荷重性、難燃性などに優れた潤滑剤組成物として、鉱油や合成油からなる基油に、第三リン酸カルシウムと、ジエタノールアミン類などのグリース構造安定化剤を配合したものが提案されている(特許文献5参照)。
自動車電装・補機用転がり軸受において、水素脆性による転走面での剥離を防止すべく、潤滑に供するグリースについて鋭意検討を行なった結果、所定の基油を用いたグリースにアルカノールアミンを必須添加剤として配合することにより、高い高温耐久性を有しつつ、水素脆性による転走面での剥離を効果的に防止できることを見出した。
転がり軸受において、転動体と軌道輪、転動体と保持器などの鉄系金属部材同士が、潤滑油またはグリースに接触しながら転がり接触・摺動する場合、鉄系金属部材同士の接触面(主に転走面)において、油膜が殆ど無くなり、部分的に金属同士の表面が直接触れ合っているような状態である境界潤滑条件となる場合がある。近年の自動車電装・補機用転がり軸受では、上述のとおり、転動体と軌道輪との間における面圧の上昇や急加減速によるすべりの増大により、油膜切れを起こしやすくなっている。このように、転走面における過酷条件下(境界潤滑条件)で油膜が薄くなる場合であっても、摩擦摩耗面または摩耗により露出した鉄系金属新生面において、アルカノールアミンが吸着などすることで、鉄系金属新生面とグリースとの直接接触を防止できる。これにより、グリースの分解による水素の発生を抑制して、水素脆性による特異な剥離を防止でき、転がり軸受の寿命を延長できると考えられる。本発明はこれらの知見に基づくものである。
本発明の自動車電装・補機用転がり軸受に用いるグリース組成物は、基油と、増ちょう剤と、添加剤であるアルカノールアミンとを含み、無機酸のアルカリ金属塩および無機酸のアルカリ土類金属塩を含まない。ここで、無機酸としては、リン酸(オルトリン酸)、塩酸、硝酸、硫酸、ホウ酸などが挙げられ、アルカリ金属およびアルカリ土類金属としては、リチウム、ナトリウム、カリウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウムなどが挙げられる。具体的には、第三リン酸カルシウム(オルトリン酸のカルシウム塩)などが挙げられる。
上記グリース組成物に用いるアルカノールアミンとしては、モノイソプロパノールアミン、モノエタノールアミン、およびモノ−n−プロパノールアミンなどの一級アルカノールアミン、N−アルキルモノエタノールアミン、およびN−アルキルモノプロパノールアミンなどの二級アルカノールアミン、トリエタノールアミン、シクロヘキシルジエタノールアミン、トリ(n−プロパノール)アミン、トリイソプロパノールアミン、N,N−ジアルキルエタノールアミン、およびN−アルキル(又はアルケニル)ジエタノールアミンなどの三級アルカノールアミンが挙げられる。また、アルカノール基の数により、モノアルカノールアミン、ジアルカノールアミン、トリアルカノールアミンに分類されるが、本発明では複数のヒドロキシル基(アルカノール基)とアミノ基のキレート作用により、鉄イオンを挟み込み、鉄系金属新生面の露出を防止しやすいことから、ジアルカノールアミンまたはトリアルカノールアミンを用いることが好ましい。
上記の中でも、基油との相溶性と剥離現象の防止能力に優れ、入手性にも優れることから、下記式(1)のN−アルキル(又はアルケニル)ジエタノールアミンを用いることが好ましい。
式中のR1は、炭素原子数1〜20の直鎖もしくは分枝状のアルキル基またはアルケニル基を示す。また、炭素原子数は1〜12が好ましく、1〜8がより好ましい。具体的な化合物としては、例えば、N−メチルジエタノールアミン、N−エチルジエタノールアミン、N−プロピルジエタノールアミン、N−ブチルジエタノールアミン、N−ペンチルジエタノールアミン、N−ヘキシルジエタノールアミン、N−ヘプチルジエタノールアミン、N−オクチルジエタノールアミン、N−ノニルジエタノールアミン、N−デシルジエタノールアミン、N−ウンデシルジエタノールアミン、N−ラウリルジエタノールアミン、N−トリデシルジエタノールアミン、N−ミリスチルジエタノールアミン、N−ペンタデシルジエタノールアミン、N−パルミチルジエタノールアミン、N−ヘプタデシルジエタノールアミン、N−オレイルジエタノールアミン、N−ステアリルジエタノールアミン、N−イソステアリルジエタノールアミン、N−ノナデシルジエタノールアミン、N−エイコシルジエタノールアミンなどが挙げられる。
アルカノールアミンは、1種単独で用いても2種類以上を組み合わせて用いてもよい。また、アルカノールアミンは、室温および使用温度で液状またはペースト状のものが好ましい。また、溶剤などに分散された状態であってもよい。このようなアルカノールアミンを用いることで、自動車電装・補機における過酷条件下で転走面の油膜が薄くなる場合でも該部分に入り込みやすい。アルカノールアミンの動粘度としては、40℃において10〜100mm2/sが好ましく、40℃において40〜70mm2/sがより好ましい。
アルカノールアミン(三級ジエタノールアミン)の市販品としては、例えば、ADEKA社製のアデカキクルーブFM−812、アデカキクルーブFM−832などが挙げられる。
上記グリース組成物におけるアルカノールアミンの配合割合は、グリース全体に対して0.1〜10重量%であることが好ましい。この範囲内であると、他の悪影響なく、水素脆性による特異な剥離を防止し得る。10重量%をこえると、鉄との反応性が高くなりすぎて腐食摩耗が生じるなどのおそれがある。好ましくは0.3〜10重量%であり、より好ましくは0.3〜5重量%であり、さらに好ましくは2〜5重量%である。
上記グリース組成物の基油は、(A)アルキルジフェニルエーテル油を必須成分として基油全体に対して25重量%以上含む油、または、(B)エステル油を必須成分として基油全体に対して25重量%以上含む油である。アルキルジフェニルエーテル油のみからなる基油、または、エステル油のみからなる基油であってもよい。図5に示すように、アルキルジフェニルエーテル油は酸価安定性に優れ、高温耐久性に優れる。また、エステル油を含む基油とする場合であっても、該基油とアルカノールアミンとを併用することで、酸価低減が図れ、自動車電装・補機用途において十分な高温耐久性を有する転がり軸受となる。
アルキルジフェニルエーテル油としては、下記式(2)で示されるモノアルキルジフェニルエーテル油、下記式(3)で示されるジアルキルジフェニルエーテル油、またはポリアルキルジフェニルエーテルなどが挙げられる。
式中のR2、R3、およびR4は、それぞれ炭素原子数8〜20のアルキル基であり、一つのフェニル環に結合しているか、あるいは二つのフェニル環にそれぞれ結合している。これらの中で、耐熱性などを考慮するとR3およびR4を有するジアルキルジフェニルエーテル油が好ましい。
エステル油としては、ジブチルセバケート、ジ-2-エチルヘキシルセバケート、ジオクチルアジペート、ジイソデシルアジペート、ジトリデシルアジペート、ジトリデシルグルタレート、メチル・アセチルシノレートなどのジエステル油、トリオクチルトリメリテート、トリデシルトリメリテート、テトラオクチルピロメリテートなどの芳香族エステル油、トリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンベラルゴネート、ペンタエリスリトール-2-エチルヘキサノエート、ペンタエリスリトールベラルゴネートなどのポリオールエステル油、炭酸エステル油、りん酸エステル油などが挙げられる。
基油には、上記(A)(B)を満たすものであれば、アルキルジフェニルエーテル油とエステル油以外にポリ−α−オレフィン油(以下、「PAO」ともいう)や鉱油などの他の油を含んでいてもよい。特に、上記(A)または(B)にPAO油を含めた混合油とすることが好ましい。PAO(合成炭化水素油)は、α−オレフィンまたは異性化されたα−オレフィンのオリゴマーまたはポリマーの混合物である。α−オレフィンの具体例としては、1−オクテン、1−ノネン、1−デセン、1−ドデセン、1−トリデセン、1−テトラデセン、1−ペンタデセン、1−ヘキサデセン、1−ヘプタデセン、1−オクタデセン、1−ノナデセン、1−エイコセン、1−ドコセン、1−テトラドコセンなどが挙げられ、通常はこれらの混合物が使用される。
基油の動粘度(混合油の場合は、混合油の動粘度)としては、40℃において10〜200mm2/sが好ましい。より好ましくは10〜100mm2/sであり、さらに好ましくは30〜100mm2/sである。
上記グリース組成物の増ちょう剤は、特に限定されず、通常グリースの分野で使用される一般的なものを使用できる。例えば、金属石けん、複合金属石けんなどの石けん系増ちょう剤、ベントン、シリカゲル、ウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物などの非石けん系増ちょう剤を使用できる。金属石けんとしては、ナトリウム石けん、カルシウム石けん、アルミニウム石けん、リチウム石けんなどが、ウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物としては、ジウレア化合物、トリウレア化合物、テトラウレア化合物、他のポリウレア化合物、ジウレタン化合物などが挙げられる。これらの中でも、耐熱耐久性に優れ、転走面への介入性と付着性にも優れたウレア化合物の使用が好ましい。
ウレア化合物は、ポリイソシアネート成分とモノアミン成分とを反応して得られる。ポリイソシアネート成分としては、フェニレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、ジフェニルジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート、オクタデカンジイソシアネート、デカンジイソシアネート、ヘキサンジイソシアネー卜などが挙げられる。また、モノアミン成分は、脂肪族モノアミン、脂環族モノアミンおよび芳香族モノアミンを用いることができる。脂肪族モノアミンとしては、ヘキシルアミン、オクチルアミン、ドデシルアミン、ヘキサデシルアミン、オクタデシルアミン、ステアリルアミン、オレイルアミンなどが挙げられる。脂環族モノアミンとしては、シクロヘキシルアミンなどが挙げられる。芳香族モノアミンとしては、アニリン、p−トルイジンなどが挙げられる。
これらのウレア化合物の中でも、耐熱耐久性に特に優れることから、ポリイソシアネート成分として芳香族ジイソシアネートを用いたジウレア化合物、例えば、モノアミン成分として芳香族モノアミンを用いた芳香族ジウレア化合物、脂肪族モノアミンを用いた脂肪族ジウレア化合物、脂環族モノアミンを用いた脂環族ジウレア化合物の使用が好ましい。特に、プーリなどの外輪回転用途においても油供給性などに優れることから、脂環族ジウレア化合物を用いることが好ましい。
基油にウレア化合物などの増ちょう剤を配合してベースグリースが得られる。ウレア化合物を増ちょう剤とするベースグリースは、基油中で上記ポリイソシアネート成分とモノアミン成分とを反応させて作製する。ベースグリース中に占める増ちょう剤の配合割合は、1〜40重量%、好ましくは3〜25重量%である。増ちょう剤の含有量が1重量%未満では、増ちょう効果が少なくなり、グリース化が困難となり、40重量%をこえると得られたベースグリースが硬くなりすぎ、所期の効果が得られ難くなる。
上記グリース組成物の作製方法としては、まず、基油にアルカノールアミンを配合し、この基油を用いて増ちょう剤を作製する方法、アルカノールアミンを除いてグリース組成物を調整した後にこれに分散液を加える方法のいずれであってもよい。アルカノールアミンがアミノ基を含むので、ウレア化合物を増ちょう剤とする場合は、基油中で上記ポリイソシアネート成分とモノアミン成分とを反応させてベースグリースを作製した後に、アルカノールアミンを添加することが好ましい方法である。
上記グリース組成物の混和ちょう度(JIS K 2220)は、200〜350の範囲にあることが好ましい。ちょう度が200未満である場合は、油分離が小さく潤滑不良となるおそれがある。一方、ちょう度が350をこえる場合は、グリースが軟質で軸受外に流出しやすくなり好ましくない。
本発明の自動車電装・補機用転がり軸受に用いるグリース組成物中において、アルカノールアミンは、酸との塩のように反応生成物の形ではなく、そのままの状態で存在している。よって、他の添加剤として、脂肪酸などのアルカノールアミンと塩を形成するような添加剤は含まないようにする。上記グリース組成物には、このような本発明の目的を損なわない範囲で、必要に応じて公知の添加剤を含有させてもよい。添加剤としては、例えば、有機亜鉛化合物、アミン系、フェノール系化合物などの酸化防止剤、ベンゾトリアゾールなどの金属不活性剤、ポリメタクリレート、ポリスチレンなどの粘度指数向上剤、二硫化モリブデン、グラファイトなどの固体潤滑剤、金属スルホネート、多価アルコールエステルなどの防錆剤、エステル、アルコールなどの油性剤、他の摩耗防止剤などが挙げられる。これらを単独で、または2種類以上組み合せて添加できる。また、本発明では、ジチオリン酸モリブデン、ジチオカルバミン酸モリブデンなどの有機モリブデン化合物を配合しない構成とする場合でも、水素脆性による転走面での剥離を防止できる。
上記の中でも、フェノール系酸化防止剤、アミン系酸化防止剤およびジチオリン酸亜鉛から選ばれる少なくとも1つの酸化防止剤を含むことが好ましい。この中でも、ジチオリン酸亜鉛は必須とし、これにフェノール系酸化防止剤、アミン系酸化防止剤の一方を併用することが好ましい。特に、ジチオリン酸亜鉛とアミン系酸化防止剤とを併用することが好ましい。また、これら酸化防止剤の配合割合は、基油と増ちょう剤の合計量100重量部に対して合計で0.5〜5重量部であることが好ましい。
ジチオリン酸亜鉛(ジンクジチオフォスフェート;以下、「ZnDTP」という)としては、下記式(5)で示されるジアルキルジチオジチオリン酸亜鉛、ジアリールジチオリン酸亜鉛などが挙げられる。
式中のR5は、炭素原子数1〜24の一級または二級のアルキル基、または、炭素原子数6〜30のアリール基を示す。R5としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、第二級ブチル基、イソブチル基、ペンチル基、4−メチルペンチル基、ヘキシル基、2−エチルヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、イソデシル基、ドデシル基、テトラデシル基、ヘキサデシル基、オクタデシル基、エイコシル基、ドコシル基、テトラコシル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、メチルシクロヘキシル基、エチルシクロヘキシル基、ジメチルシクロヘキシル基、シクロヘプチル基、フェニル基、トリル基、キシリル基、エチルフェニル基、プロピルフェニル基、ブチルフェニル基、ペンチルフェニル基、ヘキシルフェニル基、ヘプチルフェニル基、オクチルフェニル基、ノニルフェニル基、デシルフェニル基、ドデシルフェニル基、テトラデシルフェニル基、ヘキサデシルフェニル基、オクタデシルフェニル基、ベンジル基などが挙げられる。なお、これらの各R5は同一であっても、異なっていてもよい。
これらの中でも、安定性に優れ、水素脆性による転走面での剥離防止にも寄与することからR5が一級のアルキル基であることが好ましい。また、R5がアルキル基である場合において、炭素原子数が多いほど、耐熱性に優れ、また、基油に溶けやすい。一方、炭素原子数が少ないほど、耐摩耗性に優れ、基油には溶けにくいものとなる。ZnDTPの好ましい市販品としては、例えば、ADEKA社製:アデカキクルーブZ112などが挙げられる。
また、上記グリース組成物には、基油に溶解しない固体粉末を含有しないことが好ましい。なお、基油に溶解しないとは、例えば、溶解後の全重量に対して、0.5重量%の固体粉末を基油に加えて撹拌し、これを70℃×24時間保持後に目視で観察した結果、基油中に不溶解分が析出している固体粉末をいう。不溶解分が析出していると基油が透明にならず、固体粉末がコロイド状態、あるいは懸濁状態になり、目視で判断できる。このような固体粉末としては、例えば、アルミニウム、ケイ素、チタン、タングステン、モリブデン、クロム、コバルト、金、銀、銅、イットリウム、ジルコニウム、イリジウム、パラジウム、白金、ロジウム、ルテニウム、ハフニウム、タンタル、タングステン、レニウム、オスミウムなどの金属粉末が挙げられる。本発明は、これらの金属粉末を配合しなくとも、アルカノールアミン(液状またはペースト状)を配合することで水素脆性による転走面での剥離を防止できる。
本発明の自動車電装・補機用転がり軸受の一例を図1に基づいて説明する。図1は転がり軸受(深溝玉軸受)の断面図である。転がり軸受1は、外周面に内輪転走面2aを有する内輪2と内周面に外輪転走面3aを有する外輪3とが同心に配置され、内輪転走面2aと外輪転走面3aとの間に複数個の転動体4が配置される。この転動体4は、保持器5により保持される。また、必要に応じて、内・外輪の軸方向両端開口部8a、8bがシール部材6によりシールされ、転動体4の周囲に上述のグリース組成物7が封入される。
転がり軸受1において、内輪2、外輪3、転動体4、保持器5などの軸受部材を構成する鉄系金属材料は、軸受材料として一般的に用いられる任意の材料であり、例えば、高炭素クロム軸受鋼(SUJ1、SUJ2、SUJ3、SUJ4、SUJ5など;JIS G 4805)、浸炭鋼(SCr420、SCM420など;JIS G 4053)、ステンレス鋼(SUS440Cなど;JIS G 4303)、高速度鋼(M50など)、冷間圧延鋼などが挙げられる。また、シール部材6は、金属製またはゴム成形体単独でよく、あるいはゴム成形体と金属板、プラスチック板、またはセラミック板との複合体であってもよい。耐久性、固着の容易さからゴム成形体と金属板との複合体が好ましい。
本発明の自動車電装・補機用転がり軸受として玉軸受を例示したが、上記以外の円筒ころ軸受、円すいころ軸受、自動調心ころ軸受、針状ころ軸受、スラスト円筒ころ軸受、スラスト円すいころ軸受、スラスト針状ころ軸受、スラスト自動調心ころ軸受などの転がり軸受とすることもできる。
本発明の自動車電装・補機用転がり軸受の他の実施例を図2(a)および図2(b)に示す。図2(a)および図2(b)はファンカップリング装置の構造の断面図である。ファンカップリング装置は、冷却用ファン9を支持するケース10内にシリコーンオイルなどの粘性流体が充填されたオイル室11とドライブディスク18が組込まれた撹拌室12とを設け、両室11、12間に設けられた仕切板13にポート14を形成し、そのポート14を開閉するスプリング15の端部を上記仕切板13に固定している。冷却用ファン9が上述のグリース組成物が封入された転がり軸受1に回転自在に支持されている。また、ケース10の前面にバイメタル16を取付け、そのバイメタル16にスプリング15のピストン17を設けている。バイメタル16はラジエータを通過した空気の温度が設定温度、例えば 60℃以下の場合、扁平の状態となり、ピストン17はスプリング15を押圧し、スプリング15はポート14を閉じる。また、上記空気の温度が設定温度をこえると、バイメタル16は図2(b)に示すように、外方向にわん曲し、ピストン17はスプリング15の押圧を解除し、スプリング15は弾性変形してポート14を開放する。
上記の構成からなるファンカップリング装置の運転状態において、ラジエータを通過した空気の温度がバイメタル16の設定温度より低い場合、図2(a)に示すように、ポート14はスプリング15によって閉じられているため、オイル室11内の粘性流体は撹拌室12内に流れず、その撹拌室12内の粘性流体は、ドライブディスク18の回転により仕切板13に設けた流通穴19からオイル室11内に送られる。このため、撹拌室12内の粘性流体の量はわずかになり、ドライブディスク18の回転による剪断抵抗は小さくなるので、ケース10への伝達トルクは減少し、転がり軸受1に支持されている冷却用ファン9は低速回転する。ラジエータを通過した空気の温度がバイメタル16の設定温度をこえると、図2(b)に示すように、バイメタル16は外方向にわん曲し、ピストン17はスプリング15の押圧を解除する。このとき、スプリング15は仕切板13から離れる方向に弾性変形するため、ポート14は開放し、オイル室11内の粘性流体はポート14から撹拌室12内に流れる。このため、ドライブディスク18の回転による粘性流体の剪断抵抗が大きくなり、ケース10への回転トルクが増大し、転がり軸受1に支持されている冷却用ファン9は高速回転する。
以上のように、ファンカップリング装置は温度の変化に応じて冷却用ファン9の回転速度が変化するため、ウォーミングアップを早めると共に、冷却水の過冷却を防止し、エンジンを効果的に冷却することができる。冷却用ファン9はエンジン温度が低いとドライブ軸20から切り離されているに等しく、高温の場合はドライブ軸20に連結されているに等しい。このように、転がり軸受1は低温から高温まで広い温度範囲、および、温度の変動に伴い回転数が大きく変動する急加減速条件で使用される。
本発明の自動車電装・補機用転がり軸受の他の実施例としてオルタネータに用いられる自動車電装・補機用転がり軸受を図3により説明する。図3はオルタネータの構造の断面図である。オルタネータは、静止部材であるハウジングを形成する一対のフレーム21a、21bに、ロータ22を装着されたロータ回転軸23が、上述のグリース組成物が封入された一対の転がり軸受1、1で回転自在に支持されている。ロータ22にはロータコイル24が取り付けられ、ロータ22の外周に配置されたステータ25には、120 °の位相で3巻のステータコイル26が取り付けられている。ロータ回転軸23は、その先端に取り付けられたプーリ27にベルト(図示省略)で伝達される回転トルクで回転駆動されている。プーリ27は片持ち状態でロータ回転軸23に取り付けられており、ロータ回転軸23の高速回転に伴って振動も発生するため、特にプーリ27側を支持する転がり軸受1は、苛酷な負荷を受ける。
自動車の補機駆動ベルトのベルトテンショナーとして使用されるアイドラプーリの一例を図4に示す。図4はアイドラプーリの構造の断面図である。このプーリは、鋼板プレス製のプーリ本体28と、プーリ本体28の内径に嵌合された単列の転がり軸受1(図1参照)とで構成される。プーリ本体28は、内径円筒部28aと、内径円筒部28aの一端から外径側に延びたフランジ部28bと、フランジ部28bから軸方向に延びた外径円筒部28cと、内径円筒部28aの他端から内径側に延びた鍔部28dとからなる環体である。内径円筒部28aの内径には、図1に示す転がり軸受1の外輪3が嵌合され、外径円筒部28cの外径にはエンジンによって駆動されるベルトと接触するプーリ周面28eが設けられている。このプーリ周面28eをベルトに接触させることにより、プーリがアイドラとしての役割を果たす。
本発明を実施例および比較例により具体的に説明するが、これらの例によって何ら限定されるものではない。
[酸価の評価]
ジアルカノールアミンと基油との組み合わせによる酸価低減の効果を評価した。表1に評価した組み合わせ(参考例1〜14)を示す。アルカノールアミンを添加したものについては、基油100重量部に対してアルカノールアミンを2重量部添加した。添加したアルカノールアミンは、いずれもジエタノールアミン(ADEKA社製アデカキクルーブFM−812)である。また、PAOは、新日鉄化学社製シンフルード801、エステル油はHATCO社製H2362、アルキルジフェニルエーテル油は松村石油研究所製モレスコハイルーブLB100である。
表1に示す基油を30mLのビーカ(鉄粉2gを予め入れたもの)に10g採取して150℃にて260時間放置したときの酸価(mgKOH/g)を中和滴定法で測定した。結果を表1および図5に示す。
表1および図5に示すように、PAOにアルカノールアミンを添加した参考例8は、PAO油単独の参考例1に対して酸価が増加した。また、エステル油を含むものは、アルカノールアミンの添加により酸価が減少した。
実施例1〜実施例6、比較例1〜比較例8
まず、表2に示す配合で基油を単独で、または、混合して調整した。次に、この基油の半量に、4,4'−ジフェニルメタンジイソシアネート(日本ポリウレタン工業製ミリオネートMT、以下「MDI」と記す)を溶解し、残りの半量の基油にMDIの2倍当量となるシクロヘキシルアミンを溶解した。MDIを溶解した溶液を撹拌しながらシクロヘキシルアミンを溶解した溶液を加えた後、100〜120℃で30分間撹拌を続けて反応させて、脂環族ジウレア化合物を基油中に生成させベースグリースを得た。増ちょう剤を構成する各成分の配合割合は、グリース全体に対して生成した脂環族ジウレア化合物が表1の重量割合となるように調整した。これにアルカノールアミンを表1に示す配合割合で加えてさらに十分撹拌した。その後、三本ロールで均質化し、供試グリースを得た。
得られたグリースを転がり軸受に封入して急加減速試験を行なった。試験方法および試験条件を以下に示す。
<急加減速試験>
電装補機の一例であるオルタネータを模擬し、回転軸を支持する内輪回転の転がり軸受(内輪・外輪・鋼球は軸受鋼SUJ2)に上記グリースを封入し、急加減速試験を行なった。急加減速試験条件は、120℃の雰囲気下、回転軸先端に取り付けたプーリに対する負荷荷重を1960N、回転速度は0rpm〜18000rpmで運転条件を設定し、摩耗による新生面の露出を促すためにグリース中に1重量%の鉄粉を混入させ、さらに、試験軸受(6203)内に1.0Aの電流が流れる状態で試験を実施した。そして、軸受内に異常剥離が発生し、振動検出器の振動が設定値以上になって停止する時間(剥離発生寿命時間)を計測した。剥離発生寿命時間が、20時間以上の場合を「剥離試験:○」とし、20時間未満の場合を「剥離試験:×」とし、表2に示した。
また、それぞれの実施例および比較例で用いた基油について、上記参考例を参照し、260時間経過後の酸価値が4.00mgKOH/g以下である場合を「高温耐久試験:○」とし、4.00mgKOH/gをこえる場合を「高温耐久試験:×」とし、表2に示した。なお、表2でアルカノールアミンが添加されているものは、上記参考例のアルカノールアミンの添加「有」を参照し、アルカノールアミンが添加されていないものは、上記参考例のアルカノールアミンの添加「無」を参照した。
表2に示すように、アルカノールアミン(ジエタノールアミン)を配合した各実施例は、各比較例と対比して剥離発生寿命時間が延長できた。これは、転走面で生じる水素脆性による白色組織変化を伴った特異的な剥離を効果的に防止できたためであると考える。一方、アルカノールアミンを配合しない比較例2〜8では耐剥離性に劣る結果となった。