本発明の細胞培養担体は一般的な細胞の大きさの0.5〜2倍の平均孔径を有することによって、播種の際に細胞が担体表面あるいは内部に保持されやすくすることにより、細胞株に比べて細胞接着性が比較的弱い初代細胞でも効率的に接着を促進できるように、平均繊維径3μm以下の無機系繊維から構成されている。無機系繊維の平均繊維径が小さい程、一般的な細胞の大きさの0.5〜2倍の平均孔径を有する細胞培養担体であることができ、播種時の細胞の保持能力が向上する。また、繊維径が小さいほど、細胞と繊維の接着面積が小さく、細胞と培地が接する面積を最大限に保つことができるため、細胞への培地供給が効率的に行われ、結果として、細胞の生理活性を高く維持しやすくなる。そのため、無機系繊維の平均繊維径は2μm以下であるのが好ましく、1μm以下であるのがより好ましい。なお、平均繊維径の下限は特に限定するものではないが、0.01μm程度が適当である。本発明における「平均繊維径」は繊維50点における繊維径の算術平均値をいい、「繊維径」は細胞培養担体を撮影した5000倍の電子顕微鏡写真をもとに測定した、繊維の長さ方向に対して直交する方向における長さをいう。
このように、本発明の細胞培養担体は平均繊維径が3μm以下の無機系繊維を含んでいることによって、一般的な細胞の大きさの0.5〜2倍の平均孔径を有するものである。より具体的には、平均孔径が0.5〜200μmであるのが好ましい。より一般的な細胞の大きさは1〜50μmであるため、平均孔径は0.5〜100μmであるのがより好ましく、更に一般的な細胞の大きさは3〜25μmであるため、平均孔径は1.5〜50μmであるのが更に好ましく、更に一般的な細胞の大きさは5〜10μmであるため、平均孔径は2.5〜20μmであるのが更に好ましい。なお、平均孔径は、ASTM−F316に規定されている方法により得られる平均流量孔径の値をいい、ポロメータ(Polometer、コールター(Coulter)社製)を用いて、ミーンフローポイント法により測定される値をいう。
本発明の細胞培養担体は無機系繊維を含んでいるため、細胞培養時、凍結時、解凍時及び解凍後の細胞培養時の保形性に優れている。このような無機系繊維としては、例えば、無機系ゲル状繊維、無機系乾燥ゲル状繊維、無機系焼結繊維がある。無機系ゲル状繊維とは、溶媒を含む状態の繊維であり、無機系乾燥ゲル状繊維とは、無機系ゲル状繊維中に含まれる溶媒などが抜けた多孔質の繊維であり、無機系焼結繊維とは、無機系乾燥ゲル状繊維が焼結した無孔質の繊維である。無機系繊維の中でも特に、無機系焼結繊維は、剛性に優れ、細胞培養時、凍結時、解凍時及び解凍後の細胞培養時の保形性を維持するために適している。このような無機系繊維は保形性に優れているように、細胞培養担体の30mass%以上を占めているのが好ましく、50mass%以上を占めているのがより好ましく、70mass%以上を占めているのが更に好ましく、100mass%を占めているのが最も好ましい。
本発明の細胞培養担体は前述のような無機系繊維を含んでいる限り、その態様は特に限定するものではないが、例えば、不織布、織物、編物、又はこれらの複合体であることができる。これらの中でも、細胞の足場が多く、不連続単層培養しやすい不織布を含んでいるのが好ましい。
本発明の細胞培養担体は空隙率が90%以上であるのが好ましい。90%以上であると、細胞に必要不可欠な栄養素や酸素などの供給効率が向上するため細胞増殖能に優れ、高密度になったとしても培養できるためである。好ましい空隙率は91%以上であり、より好ましくは92%以上であり、更に好ましくは93%以上であり、更に好ましくは94%以上である。上限は特に限定するものではないが、保形性の点から99.9%以下であるのが好ましい。
なお、「空隙率」は細胞培養担体が不織布のように厚さが均一なシート状の場合、次の式から算出することができる。
P=[1−Wn/(t×SG)]×100
ここで、Pは空隙率(%)、Wnは目付(g/m2)、tは厚さ(μm)、SGは繊維(無機系繊維など)の比重(g/cm3)をそれぞれ表す。なお、目付はシート状細胞培養担体の最も面積の広い面の面積と重量を測定し、1m2当たりの重量に換算した値であり、厚さはシート状細胞培養担体の最も面積の広い面に対する荷重が30g/cm2となるように設定したマイクロメーターで測定した値である。
本発明の細胞培養担体(特に不織布の場合)は接着剤で接着されているのが好ましい。更に保形性に優れ、細胞培養時、凍結時、解凍時及び解凍後の細胞培養時に変形しにくいためである。特に、細胞培養担体の内部を含む全体において、細胞培養担体構成材間(例えば、無機系繊維間)に被膜を形成することなく接着剤で接着していると、細胞培養に必要な足場が多く、高密度培養もできるとともに、細胞に必要不可欠な栄養素や酸素などを効率的に供給することができる。
この接着剤は有機系接着剤であっても、無機系接着剤であっても、或いは有機系接着剤と無機系接着剤とを併用しても良いが、細胞培養担体が変形しにくいように、無機系接着剤を含む接着剤で接着されているのが好ましく、無機系接着剤のみによって接着しているのがより好ましい。
本発明の細胞培養担体は、細胞培養時、凍結時、解凍時及び解凍後の細胞培養時における保形性に優れているように、前記接着剤による接着に替えて、又は加えて、部分的に融着した状態にあるのが好ましい。部分的に融着している場合、ドット状又はライン状であることができ、前者のドット状である場合、その形状は、例えば、長方形などの矩形、円形、楕円形、長円形などの丸形、又はこれらの組合せであることができ、後者のライン状である場合、直線、曲線又はこれらの組合せであることができる。特に、細胞培養担体の外縁がライン状又はドット状に融着していると、細胞培養担体の保形性に優れ、細胞培養時、凍結時、解凍時及び解凍後の細胞培養時に変形しにくいため好適である。
このように外縁が融着している場合、保形性に優れているように、外縁部における細胞培養担体の厚さ方向における内部においても、細胞培養担体構成材(例えば、無機系繊維)が融着しているのが好ましい。具体的には、外縁部における細胞培養担体の融着部を含む厚さ方向断面の電子顕微鏡写真において、粒状の塊(融着部)の占める面積が、細胞培養担体の断面積の5%以上を占めており、好ましくは10%以上占めており、更に好ましくは15%以上占めており、更に好ましくは20%以上占めている。なお、前記粒状の塊(融着部)の占める面積が5%未満であっても、融着部の数が5ヶ所以上であるように融着していれば、保形性に優れる細胞培養担体である。
なお、外縁部における細胞培養担体の厚さ方向断面における、粒状の塊(融着部)の占める面積の比率及び融着部の数は、次の操作により得られる値をいう。
(1)細胞培養担体の融着部を含む厚さ方向断面の電子顕微鏡写真を撮影する。
(2)前記電子顕微鏡写真において、融着部分における厚さを一辺(短辺)とし、前記厚さの5倍の長さを一辺(長辺)とする長方形の枠を任意の箇所に設定し、測定領域を確定する。
(3)前記測定領域内における粒状の塊(融着部)の占める面積、又は融着部の数を測定する。なお、粒状の塊(融着部)の占める面積の比率(Arc)は、次の式から算出する。
Arc=(Atc/Amc)×100
ここで、Atcは測定した融着部の面積の総和、Amcは測定領域の面積、をそれぞれ意味する。
なお、細胞培養担体が接着剤で接着していない場合には、保形性に優れるように、細胞培養担体の外縁がライン状又はドット状に融着しているとともに、細胞培養担体の主面における融着した外縁よりも内側においても、ドット状又はライン状に部分的に融着しているのが好ましい。このように細胞培養担体の主面における融着した外縁よりも内側においても融着している場合、融着した外縁よりも内側における融着部の総面積が、主面における融着した外縁に囲まれた面積の5%以上を占めるように融着しているのが好ましく、10%以上を占めるように融着しているのがより好ましい。なお、細胞培養担体の主面における融着部が1点以上で融着しているのが好ましく、5点以上で融着しているのがより好ましい。また、主面における融着した外縁に囲まれた領域に2点以上融着している場合、任意の箇所で融着していることができるが、融着部が分散して融着していると、より保形性に優れている。
なお、細胞培養担体の主面における融着した外縁よりも内側において、粒状の塊(融着部)の占める面積の比率及び融着部の数は、次の操作により得られる値をいう。
(1) 細胞培養担体の主面全体の電子顕微鏡写真を撮影する。
(2) 細胞培養担体の主面における外縁の粒状の塊(融着部)により囲まれた領域の面積を測定する。
(3) 細胞培養担体の主面における外縁の粒状の塊(融着部)により囲まれた領域における、粒状の塊(融着部)の占める面積、又は融着部の数を測定する。なお、粒状の塊(融着部)の占める面積の比率(Ars)は、次の式から算出する。
Ars=(Ats/Ams)×100
ここで、Atsは細胞培養担体の主面における融着部の占める面積の総和、Amsは細胞培養担体の主面における外縁の粒状の塊(融着部)により囲まれた領域の面積、をそれぞれ意味する。
本発明における「融着」とは、細胞培養担体構成材(例えば、無機系繊維)が溶融してその形状を喪失し、細胞培養担体構成材(例えば、無機系繊維)の横断面積の2倍以上の大きさを有する粒状の塊の状態で固着し、細胞培養担体構成材間に介在していることをいう。このような状態は、細胞培養担体の厚さ方向における断面電子顕微鏡写真、及び/又は細胞培養担体の主面における電子顕微鏡写真から確認することができる。なお、「細胞培養担体構成材の横断面積」は粒状の塊に隣接する箇所における細胞培養担体構成材(例えば、無機系繊維)の横断面積をいう。また、「細胞培養担体構成材が溶融して粒状の塊の状態で固着している」ことは、EDX(エネルギー分散型X線分析:Energy dispersive X-ray spectrometry)などの微小領域を分析可能な元素分析により、細胞培養担体構成材を構成する元素と粒状の塊を構成する元素とが同じであることによって確認できる。
なお、細胞培養担体が機能性に優れているように、金属イオン含有化合物を含有していると、細胞機能誘導因子を奏する。例えば、細胞の***・増殖・分化、血液の凝固、筋肉の収縮、神経感覚細胞の興奮、貪食、抗原認識、抗体分泌など免疫反応、各種ホルモン分泌など広範囲な生体反応に関与し、また、リンと共にヒドロキシアパタイト結晶を形作って骨や歯牙のマトリクス構造に沈着して強度を与えるカルシウム、細胞外液の浸透圧維持のために働くナトリウム、酸素の運搬作用、及びエネルギー代謝における電子伝達体(チトクロムC)の必須部位である鉄、骨と歯牙の主要な無機成分であるマグネシウム、神経興奮性の維持、筋肉の収縮、細胞内の浸透圧維持のために働くカリウム、或いは銅、ヨウ素、セレン、クロム、亜鉛又はモリブデンなどの金属を含んでいると、細胞機能を向上させることができる。
この金属イオン含有化合物は、例えば、金属塩であることができ、金属塩としては、例えば、塩化物、硫酸塩、リン酸塩、炭酸塩、リン酸水素塩、炭酸水素塩、硝酸塩、水酸化物などを挙げることができる。特に、カルシウムイオン含有塩、マグネシウムイオン含有塩、アパタイト(りん灰石)を含有する細胞培養担体は、細胞機能を高めた細胞培養を行うことができる。
このように、本発明の細胞培養担体は無機系繊維を含んでいることによって、細胞培養担体の形態安定性が高く、細胞培養時、凍結時、解凍時及び解凍後の細胞培養時に変形しにくいものである。
このような平均繊維径3μm以下の無機系繊維を含む細胞培養担体は、例えば、次のようにして製造することができる。
(1)無機成分を主体とする化合物を含む紡糸用無機系ゾル溶液を用いて、静電紡糸法により無機系繊維を紡糸する工程(紡糸工程)、
(2)前記無機系繊維とは反対極性のイオンを照射し、集積させ、無機系繊維ウエブを形成する工程(集積工程)、
(3)前記無機系繊維ウエブを結合して不織布(細胞培養担体)とする工程(結合工程)
を含み、所望により、(2)の集積工程の後に、熱処理する工程を更に含むことができる。
更には、金属イオン含有化合物含有溶液を前記細胞培養担体(不織布)に付与し、細胞培養担体に機能性を付与する工程(金属イオン含有化合物含有溶液付与工程)を更に含むことができる。なお、金属イオン含有化合物含有溶液付与工程に替えて、又は加えて、紡糸工程(1)で使用する紡糸用無機系ゾル溶液に金属イオン含有化合物を添加することができる。また、結合工程(3)が接着用無機系ゾル溶液に由来する無機系接着剤で無機系繊維ウエブを接着する工程である場合、又は結合工程(3)とは別に接着用無機系ゾル溶液に由来する無機系接着剤で接着する工程を含む場合には、金属イオン含有化合物含有溶液付与工程に替えて、又は加えて、接着用無機系ゾル溶液に金属イオン含有化合物を添加することができる。
以下、紡糸工程(1)及び集積工程(2)を実施することのできる静電紡糸装置の一態様を模式的に示す説明図である図1をもとに、細胞培養担体(不織布)の製造方法を説明する。
図1において、静電紡糸装置1は、繊維の原料となる、無機成分を主体とする化合物を含む紡糸用無機系ゾル溶液を吐出できる紡糸ノズル2と、この紡糸ノズル2の先端下方に配置された繊維回収装置である繊維回収容器3内に配置された捕集部材4とを備えている。さらに、紡糸ノズル2に対向して配置され、吐出されて形成する繊維とは反対極性のイオンを発生できるイオン発生手段であると共に、電気的に繊維を吸引できる対向電極5を備えている。紡糸ノズル2には、紡糸用無機系ゾル溶液を供給できるゾル溶液供給機6が接続されており、紡糸ノズル2及び対向電極5には、それぞれ第1高電圧電源7、第2高電圧電源8が接続されている。また、繊維回収容器3には、繊維を繊維回収容器3に吸引できる吸引機9が設けられている。
紡糸ノズル2としては、内径0.01〜5ミリ程度の金属又は非金属パイプを使用できる。また、図2に示すように、紡糸用無機系ゾル溶液21を収容したゾル溶液容器22中に回転するノコギリ状歯車20を浸漬させ、対向電極5に向かうノコギリ状歯車20の先端部20aを電極とするエッジ電極を使用することもできる。同様に図3に示すように、ワイヤ20bをローラー23によってゾル溶液容器22内を回転させ、紡糸用無機系ゾル溶液21の付着したコンベア状のワイヤ20bを電極として使用することもできる。なお、図3においては、対向電極(図示しない)は、紙面に対して垂直に配置されている。さらに、従来の種々の静電紡糸用電極を利用することができる。
対向電極5としては、例えば、コロナ放電用ニードル(高電圧印加あるいは接地でもよい)、コロナ放電用ワイヤ(高電圧印加あるいは接地でもよい)、交流放電素子などが使用できる。この交流放電素子として、図4(a)(b)に示すような沿面放電素子を使用できる。すなわち図4(a)(b)において、沿面放電素子25は、誘電体基板26(例えば、アルミナ膜)を挟んで放電電極27及び誘起電極28を設け、これらの電極間に交流電源29によって交流高電圧を印加することにより、放電電極27部分で沿面放電を起こし、正及び負のイオンを生成させることができる。
紡糸工程(1)では、まず、(1)無機成分を主体とする化合物を含む紡糸用無機系ゾル溶液を形成する。本明細書において「無機成分を主体とする」とは、無機成分が50mass%以上を占めていることを意味し、60mass%以上を占めているのがより好ましく、75mass%以上を占めているのがより好ましい。
この紡糸用無機系ゾル溶液は、本明細書に記載の製造方法で最終的に得られる無機系繊維を構成する元素を含む化合物を含む溶液(原料溶液)を、100℃以下程度の温度で加水分解させ、縮重合させることによって得ることができる。前記原料溶液の溶媒は、例えば、有機溶媒(例えば、アルコール)及び/又は水であることができる。
この化合物を構成する元素は特に限定するものではないが、例えば、リチウム、ベリリウム、ホウ素、炭素、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、ケイ素、リン、硫黄、カリウム、カルシウム、スカンジウム、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、ガリウム、ゲルマニウム、ヒ素、セレン、ルビジウム、ストロンチウム、イットリウム、ジルコニウム、ニオブ、モリブデン、カドミウム、インジウム、スズ、アンチモン、テルル、セシウム、バリウム、ランタン、ハフニウム、タンタル、タングステン、水銀、タリウム、鉛、ビスマス、セリウム、プラセオジム、ネオジム、プロメチウム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、又はルテチウムなどを挙げることができる。
前記の化合物としては、例えば前記元素の酸化物を挙げることができ、具体的には、SiO2、Al2O3、B2O3、TiO2、ZrO2、CeO2、FeO、Fe3O4、Fe2O3、VO2、V2O5、SnO2、CdO、LiO2、WO3、Nb2O5、Ta2O5、In2O3、GeO2、PbTi4O9、LiNbO3、BaTiO3、PbZrO3、KTaO3、Li2B4O7、NiFe2O4、SrTiO3などを挙げることができる。前記無機成分は、一成分の酸化物から構成されていても、二成分以上の酸化物から構成されていても良い。例えば、SiO2−Al2O3のニ成分から構成されていても良い。
前記の紡糸用無機系ゾル溶液は、後述する繊維を形成する工程において紡糸が可能となる粘度を有していることが必要である。その粘度は、紡糸可能な粘度である限り特に限定されるものではないが、好ましくは0.1〜100ポイズ、より好ましくは0.5〜20ポイズ、特に好ましくは1〜10ポイズ、最も好ましくは1〜5ポイズである。粘度が100ポイズを超えると細繊維化が困難となり、0.1ポイズ未満になると繊維形状が得られなくなる傾向があるためである。なお、ノズルを使用する場合には、ノズル先端部分における雰囲気を原料溶液の溶媒と同様の溶媒ガス雰囲気とすることにより、100ポイズを超える紡糸用無機系ゾル溶液であっても紡糸可能な場合がある。
紡糸工程(1)で用いる紡糸用無機系ゾル溶液は、上述のような無機成分以外に、有機成分を含んでいることができ、この有機成分として、例えば、シランカップリング剤、染料などの有機低分子化合物、ポリメチルメタクリレートなどの有機高分子化合物などを挙げることができる。より具体的には、前記原料溶液に含まれる化合物がシラン系化合物である場合には、メチル基やエポキシ基で有機修飾されたシラン系化合物が縮重合したものを含んでいることができる。
前記原料溶液は、前記原料溶液に含まれる化合物を安定化する溶媒[例えば、有機溶媒(例えば、エタノールなどのアルコール類、ジメチルホルムアミド)又は水]、前記原料溶液に含まれる化合物を加水分解するための水、及び加水分解反応を円滑に進行させる触媒(例えば、塩酸、硝酸など)を含んでいることができる。また、前記原料溶液は、例えば、化合物を安定化させるキレート剤、前記化合物の安定化のためのシランカップリング剤、圧電性などの各種機能を付与することができる化合物、透明性、接着性改善、柔軟性、硬度(もろさ)調整のための有機化合物(例えば、ポリメチルメタクリレート)、ヒドロキシアパタイトなどの細胞親和性のある無機成分、あるいは染料などの添加剤を含んでいることができる。なお、これらの添加剤は、加水分解を行う前、加水分解を行う際、或いは加水分解後に添加することができる。
また、前記原料溶液は、無機系又は有機系の微粒子を含んでいることができる。前記無機系微粒子としては、例えば、酸化チタン、二酸化マンガン、酸化銅、二酸化珪素、活性炭、金属(例えば、白金)を挙げることができ、有機系微粒子として、色素又は顔料などを挙げることができる。また、微粒子の平均粒径は特に限定されるものではないが、好ましくは0.001〜1μm、より好ましくは0.002〜0.1μmである。このような微粒子を含んでいることによって、光学機能、多孔性、細胞親和性、触媒機能、タンパク質吸着機能、或いはイオン交換機能などを付与することができる。更に、前記原料溶液は後述の金属イオン含有化合物を含有していても良い。
テトラエトキシシランの場合、水の量がアルコキシドの4倍(モル比)を超えると曳糸性のゾル溶液を得ることが困難になるため、アルコキシドの4倍以下であるのが好ましい。
なお、触媒として塩基を使用すると、曳糸性のゾル溶液を得ることが困難になるため、塩基を使用しないのが好ましい。
また、反応温度は使用溶媒の沸点未満であれば良いが、低い方が、適度に反応速度が遅く、曳糸性のゾル溶液を形成しやすい。あまり低すぎても反応が進行しにくいため、10℃以上であるのが好ましい。
前述のような静電紡糸装置1による無機系繊維ウエブの形成[すなわち、紡糸工程(1)及び集積工程(2)]は、次のように行われる。
まず、紡糸する繊維の原料となる紡糸用無機系ゾル溶液をゾル溶液供給機6から紡糸ノズル2に供給する。次に、紡糸ノズル2及び対向電極5間に高電圧を印加した状態で、紡糸ノズル2の先端から紡糸用無機系ゾル溶液を吐出する。すると、帯電した液状のゾル溶液はその溶媒が揮発し、凝固してゲル状の無機系繊維となり対向電極5に向かって飛翔する[以上、紡糸工程(1)]。このとき、紡糸ノズル2に対向して配置された対向電極5から、繊維に向かってイオン5aが照射される。このイオンによって繊維の帯電が中和され、静電気力による飛翔力を失い、重力、微風及び/又は吸引機9の作用により、繊維は繊維回収容器3の方向へ飛翔し、繊維回収容器3内の捕集部材3の上に集積する。従って、低密度で綿状の無機系繊維ウエブを得ることができる[以上、集積工程(2)]。
なお、イオンの発生及び照射は、連続的に又は不連続的に行うことができる。また、紡糸ノズル2と対向電極5との間に電界が生じれば良く、いずれか一方のみに高電圧を印加し、他方を接地しても良い。また、紡糸ノズル2は加熱されていても、加熱されていなくても良い。
図5は、紡糸工程(1)及び集積工程(2)を実施することのできる静電紡糸装置の別の態様を模式的に示す説明図である。
図5において、静電紡糸装置1Aは、図1におけるイオンを発生できると共に、繊維を吸引できる対向電極5に替えて、電離放射線を照射できる電離放射線源10と、繊維を吸引できるネット状の対向電極5(第3高電圧電源11に接続されている)を用いること以外は、図1における静電紡糸装置1と同様の構成であるため、重複する説明は割愛する。
静電紡糸装置1Aにおいて、第1高電圧電源7及び/又は第3高電圧電源11により所定の電圧を紡糸ノズル2及び/又は対向電極5に印加することにより、紡糸ノズル2と対向電極5との間に電位差が生じ、繊維は電気的に吸引されて、対向電極5に向かって飛翔する[以上、紡糸工程(1)]。この飛翔する繊維に対して、電離放射線源10から電離放射線10aを照射し、気体をイオン化する。このイオンによって、繊維の帯電が中和され、静電気力による飛翔力を失い、重力、微風及び/又は吸引機9の作用により、繊維が繊維回収容器3に向かって飛翔し、捕集部材4の上に集積する。従って、低密度で綿状の無機系繊維ウエブを得ることができる[以上、集積工程(2)]。電離放射線源10を使用した場合には、その線量を紡糸ノズル2と対向電極5との間の電位差の形成とは独立して調節できるため、安定して無機系繊維ウエブを得ることができる。
なお、電離放射線源10としては種々の放射線源を使用することができ、特にX線照射装置が望ましい。なお、対向電極5は紡糸ノズル2との間に電位差が生じれば良く、接地されていても、電圧が印加されていても良い。また、電離放射線源10は、繊維に対して放射線を照射できれば良く、対向電極5の背後に位置している必要はない。さらに、対向電極5はネット状である必要はなく、電離放射線が透過できれば種々の部材を使用することができ、蒸着フィルムであっても使用できる。
図6は、紡糸工程(1)及び集積工程(2)を実施することのできる静電紡糸装置の更に別の態様を模式的に示す説明図である。
図6において、静電紡糸装置1Bは、第1紡糸ノズル2aと第2紡糸ノズル2bとが、互いに対向して配置されている。第1紡糸ノズル2aには、紡糸用無機系ゾル溶液を供給できる第1ゾル溶液供給機6a及び高電圧を印加できる第1高電圧電源7が接続され、第2紡糸ノズル2bには、紡糸用無機系ゾル溶液を供給できる第2ゾル溶液供給機6b及び第1高電圧電源7とは反対極性の高電圧を印加できる第2高電圧電源8がそれぞれ接続されている。その他は、静電紡糸装置1と同様な構成であるため、重複する説明は割愛する。
静電紡糸装置1Bにおいて、第1高電圧電源7及び第2高電圧電源8により互いに反対極性の電圧を、それぞれ第1紡糸ノズル2a、第2紡糸ノズル2bに印加しながら、第1紡糸ノズル2a及び第2紡糸ノズル2bから紡糸用無機系ゾル溶液を吐出する[以上、紡糸工程(1)]。すると、互いに反対極性に帯電した繊維は、対向して吐出されることにより接触及び接近して電荷が中和され、静電気力による飛翔力を失い、重力、微風及び/又は吸引機9の作用により、繊維は繊維回収容器3に向かって飛翔し、捕集部材4の上に集積する。従って、低密度で綿状の無機系繊維ウエブを得ることができる[以上、集積工程(2)]。なお、第1紡糸ノズル2aからのゾル溶液吐出条件と、第2紡糸ノズル2bからのゾル溶液吐出条件とが異なるように調整することにより、繊維径が異なる、繊維構成材の組成が異なるなど、異種の繊維が混在する無機系繊維ウエブを製造できる。
なお、第1紡糸ノズル2a及び第2紡糸ノズル2bからの紡糸用無機系ゾル溶液の吐出は、連続的に又は不連続的に行うことができる。また、第1紡糸ノズル2aと第2紡糸ノズル2bとの間に電界が生じれば良く、これらのいずれか一方のみに高電圧を印加し、他方を接地しても良い。また、第1紡糸ノズル2a及び第2紡糸ノズル2bは加熱されていても、加熱されていなくても良い。
上述した静電紡糸装置1、静電紡糸装置1A、静電紡糸装置1Bにおいては、1つの紡糸ノズル2、2a、2bに対して1本の紡糸ノズルを使用した態様であるが、紡糸ノズルは1本である必要はなく、生産性を高めるために、2本以上の紡糸ノズルを備えていることができる。
また、これらの静電紡糸装置においては、紡糸空間における空気の速度を5〜100cm/秒、好ましくは10〜50cm/秒とすることができるように、捕集部材4の下方に吸引機9を設けているが、吸引機9に加えて、又はこれに替えて、送風装置を捕集部材4の上方に設けることができる。これによって、繊維の捕集性を向上させ、安定して無機系繊維ウエブを製造することができる。
集積工程(2)で得られた無機系繊維ウエブは、そのままの状態で次の結合工程(3)に供給することができるし、熱処理した後に、次の結合工程(3)に供給することもできる。この熱処理(以下、後述の「接着用熱処理」と区別する必要がある場合、「集積後熱処理」と称することがある)を実施することにより、繊維同士を接着することができるため、保形性に優れ、細胞培養時に変形しにくい細胞培養担体を製造することができる。
この集積後熱処理は、例えば、オーブン、焼結炉等を用いて実施することができ、その温度は無機系繊維ウエブを構成する無機成分によって適宜設定する。一般的に、この集積後熱処理温度は200℃以上であるのが好ましく、300℃以上であるのが好ましい。このような温度で集積後熱処理をすると、無機系繊維ウエブの構造が安定化及び強度が増す。つまり、繊維同士がその交点で点状に接着するため、次の結合工程等の際に、無機系繊維ウエブの形態を維持することができる。
なお、無機系繊維が水酸基を有する場合、集積後熱処理の温度を500℃よりも高くすることによって、疎水性を高めることができるため、細胞の接着性を高めることができ、不連続単層培養しやすい。また、無機系繊維同士の接着力が高まるため、無機系繊維ウエブの強度を高めることができる。
集積工程(2)で得られた無機系繊維ウエブは、そのままの状態で結合工程(3)に供給することができるし、前述のように集積後熱処理した後に、結合工程(3)に供給することもできる。この結合工程(3)としては、例えば、接着剤により接着する工程や部分的に融着加工する工程を挙げることができる。
この接着剤により接着する工程は、無機成分を主体とする化合物を含む接着用無機系ゾル溶液に由来する無機系接着剤で、無機系繊維ウエブを接着するのが好ましい。細胞培養担体が変形しにくく、無機系繊維の離脱防止性に優れているためである。
この接着工程は無機系繊維ウエブの表面のみなど一部のみを接着しても良いが、変形しにくく、繊維の離脱防止性を高める意味では、無機系繊維ウエブの内部を含む全体を無機系接着剤で接着するのが好ましい。なお、無機系繊維ウエブの全体を無機系接着剤で接着する際に嵩が潰れてしまわないように、接着用無機系ゾル溶液を付与した後の余剰の接着用無機系ゾル溶液は、通気により除去するのが好ましい。
この接着用無機系ゾル溶液を構成する化合物としては、無機系繊維を構成する元素を含む化合物と同様のものを使用できるが、無機系繊維ウエブを接着できる限り、紡糸用無機系ゾル溶液と同じであっても異なっていてもよい。例えば、接着用無機系ゾル溶液は曳糸性である必要はなく、曳糸性がなくてもよい。また、有機粒子又は無機粒子が含まれていてもよい。更に、紡糸用無機系ゾル溶液を希釈したものであってもよく、接着用無機系ゾル溶液における固形分濃度は適宜選択することができるが、0.1%〜5%であるのが好ましい。特には、金属アルコキシド加水分解縮合物であるのが好ましい。更に、接着用無機系ゾル溶液は金属イオン含有化合物を含有していても良い。
この接着用無機系ゾル溶液の無機系繊維ウエブへの付与は無機系繊維ウエブに付与できる限り、特に限定するものではないが、その全体に均一に、すなわち、無機系繊維ウエブの外側部分と同様に、内部まで接着用無機系ゾル溶液を到達させ、付与できるように、例えば、無機系繊維ウエブを接着用無機系ゾル溶液に浸漬することにより、付与するのが好ましい。なお、集積工程(2)の後に、無機系繊維ウエブの集積後熱処理を実施した場合には、接着用無機系ゾル溶液に浸漬しても無機系繊維がばらけにくいため、接着用無機系ゾル溶液に浸漬する場合には集積後熱処理を実施するのが好ましい。
このように、無機系繊維ウエブを接着用無機系ゾル溶液に浸漬した場合には、無機系繊維ウエブに含まれる余剰の接着用無機系ゾル溶液を、通気により除去するのが好ましい。無機系繊維ウエブは、無機系繊維から構成されているため、吸引及び/又は加圧により通気させて余剰の接着用無機系ゾル溶液を除去しても、厚さを潰すことがなく、また、繊維間に被膜を形成することなく、無機系接着剤で接着することができる。
無機系繊維ウエブを無機系接着剤で接着する場合、接着用無機系ゾル溶液を無機系繊維ウエブに付与した後に、室温で自然乾燥するか、熱処理(「接着用熱処理」ということがある)をして接着することができる。接着用熱処理する場合、接着用無機系ゾル溶液に含まれる溶媒などを揮発させることができれば良く、例えば、80〜150℃の温度で10〜30分間保持することにより実施することができる。
なお、この接着用熱処理においては、接着用無機系ゾル溶液に含まれる溶媒などを揮発させた後に、接着用無機系ゾル溶液及び/又は無機系繊維を無機化するために、焼成処理を行なうのが好ましい。この焼成処理を実施することにより、接着用無機系ゾル溶液を無機化した場合には、無機系繊維ウエブの繊維交点を接着した無機系接着剤の強度が向上し、無機系繊維を無機化した場合には、無機系繊維の強度、剛性が向上し、細胞培養時、凍結時、解凍時及び解凍後の細胞培養時の保形性に優れている。
この焼成処理は、例えば、焼結炉やオーブンを用いて実施することができ、その温度は無機系接着剤又は無機系繊維を構成する無機成分によって適宜設定する。一般的に焼成温度は200℃以上であることが好ましく、より好ましくは300℃以上である。なお、焼成をする場合には、無機系繊維間に被膜を形成することなく、また、空隙率を下げることのないように、無加重で焼成を実施するのが好ましい。
なお、無機系繊維が水酸基を有する場合、接着用熱処理温度(焼成処理を含む)の温度を500℃よりも高くすることによって、疎水性を高めることができるため、細胞の接着性を高めることができ、不連続単層培養しやすい。また、無機系繊維同士の接着力が高まるため、細胞培養担体の強度を高めることができる。
結合工程(3)は、上述のような無機系接着剤で接着する工程に替えて、又は加えて、部分的に融着する工程を実施することができる。なお、無機系接着剤で接着する工程と部分的に融着する工程の両方を実施する場合には、どのような順序で行っても構わない。
部分的に融着加工する場合、無機系繊維ウエブの嵩高さを損なうことなく、保形性に優れたものとすることができる。また、部分的に融着加工することによって、無機系繊維の離脱も防ぐことができる。
この部分的に融着した部分はドット状又はライン状であることができ、前者のドット状である場合、その形状は、例えば、長方形などの矩形、円形、楕円形、長円形などの丸形、又はこれらの組合せであることができ、後者のライン状である場合、直線、曲線又はこれらの組合せであることができる。特に、無機系繊維ウエブの外縁をライン状又はドット状に融着すると、細胞培養担体の保形性に優れるため好適である。
このように外縁を融着加工する場合、保形性に優れているように、外縁部における細胞培養担体の厚さ方向における内部においても、無機系繊維が融着するように、融着加工するのが好ましい。具体的には、外縁部における細胞培養担体の厚さ方向における断面の電子顕微鏡写真において、粒状の塊(融着部)の占める面積が、細胞培養担体の断面積の5%以上となるように、好ましくは10%以上となるように、更に好ましくは15%以上となるように、更に好ましくは20%以上となるように、融着加工を行うのが好ましい。なお、前記粒状の塊(融着部)の占める面積が5%未満であっても、融着部の数が5ヶ所以上であるように融着加工を実施すれば、保形性に優れる細胞培養担体を製造できる。
なお、前述のように無機系接着剤で接着しない場合には、無機系繊維ウエブの外縁をライン状又はドット状に融着加工するとともに、無機系繊維ウエブの主面における、融着加工した外縁よりも内側においても、ドット状又はライン状に部分的に融着して、保形性を高めるのが好ましい。このように、無機系繊維ウエブの主面における、融着加工した外縁よりも内側においても融着加工する場合、保形性に優れるように、主面における融着加工した外縁よりも内側における融着総面積が、主面における融着した外縁に囲まれた面積の5%以上を占めるように融着加工を実施するのが好ましく、10%以上を占めるように融着加工するのがより好ましい。なお、主面における融着した外縁に囲まれた領域における融着部が1点以上であるように融着加工するのが好ましく、5点以上であるように融着加工するのがより好ましい。また、主面における融着した外縁に囲まれた領域に2点以上融着加工する場合、任意に設定した箇所に融着加工することができるが、融着部が分散するように融着加工すると、保形性の点で優れている。
このように、無機系繊維ウエブを部分的に融着する方法としては、例えば、集光した光やレーザーを照射する方法、ガスバーナーを使用する方法、放電を使用する方法、電子ビームを使用する方法、などを挙げることができる。これらの中でもレーザーによる方法は、熱源が広範囲に広がらず、所望箇所のみを融着させるのが容易で、また、非接触であることから小さい歪で融着させることができるため、嵩高性を損なうことがなく、更には、瞬時に伝送・投下が可能な熱源であるため、好適である。
本発明においては、紡糸工程(1)、集積工程(2)及び結合工程(3)に加えて、金属イオン含有化合物含有溶液を細胞培養担体に付与し、機能性を細胞培養担体に付与することができる。
この金属イオン含有化合物を構成する金属として、例えば、カルシウム、ナトリウム、鉄、マグネシウム、カリウム、銅、ヨウ素、セレン、クロム、亜鉛、又はモリブデンなどを挙げることができる。これらの金属は細胞機能誘導因子である。
この金属イオン含有化合物は、例えば、金属塩であることができ、金属塩としては、例えば、塩化物、硫酸塩、リン酸塩、炭酸塩、リン酸水素塩、炭酸水素塩、硝酸塩、水酸化物などを挙げることができる。特に、カルシウムイオン含有塩、マグネシウムイオン含有塩、アパタイト(りん灰石)を付与すると、細胞機能を高めた細胞培養を行うことができる。
この金属イオン含有化合物の付与方法としては、例えば、金属イオン含有化合物含有溶液中に細胞培養担体を浸漬する方法、金属イオン含有化合物含有溶液を細胞培養担体に塗布又はスプレーする方法などを挙げることができる。無機系繊維がシリカ繊維の場合、金属イオン含有化合物含有溶液に浸漬、金属イオン含有化合物含有溶液を塗布又はスプレーした後、熱処理(焼成処理)を行い、金属イオン含有化合物を高濃度で付与するのが好ましい。
より具体的には、カルシウムイオン含有塩又はマグネシウムイオン含有塩を付与した細胞培養担体は、例えば、カルシウム塩又はマグネシウム塩を適当な溶媒(例えば、低級アルコール)に溶解した溶液に、細胞培養担体を浸漬することにより、あるいは、前記溶液を塗布又はスプレーすることにより得ることができる。
また、アパタイトを付与した細胞培養担体は、例えば、シリカ繊維のように、表面に水酸基を含む無機系繊維を、少なくともリン酸イオンとカルシウムイオンを含む人工体液中に浸漬させることにより、無機系繊維上にアパタイトを析出させることができる。
なお、本発明においては、金属イオン含有化合物を付与することに替えて、又は付与することに加えて、細胞培養担体にコラーゲン、ラミニンなどの細胞接着性を補助するタンパク質を付与することもできる。
以上は、無機系繊維からなる不織布形態の細胞培養担体の製造方法であるが、無機系繊維ウエブである必要はなく、無機系繊維に加えて有機系繊維を混在させても良い。なお、繊維の紡糸方法は、平均繊維径が3μm以下の無機系繊維を紡糸できる限り、静電紡糸法により紡糸する必要はなく、特開2009−287138号公報に開示されているような、液吐出部から吐出された紡糸液に対して、ガスおよび随伴気流による剪断力が1本の直線状となるように作用させる方法により紡糸しても良い。更に、不織布形態の細胞培養担体は湿式法により製造しても良い。
なお、織物又は編物形態からなる細胞培養担体は、無機系繊維を用い、場合によっては有機系繊維も用い、常法により織物又は織物を製造することができる。織物又は編物である場合であっても、無機系接着剤で接着して無機成分量を多くして、織物又は編物の保形性を高めるのが好ましい。
本発明の初代細胞の培養方法は上述のような細胞培養担体に初代細胞を播種し、細胞培養する方法であるが、播種時の初代細胞数を、単層培養に必要な細胞数の1倍未満とすると、意外にも生理活性の高い細胞を培養できることを見出したものである。好ましくは、単層培養に必要な細胞数の0.05〜0.9倍であり、より好ましくは、単層培養に必要な細胞数の0.1〜0.8倍であり、更に好ましくは、単層培養に必要な細胞数の0.2〜0.7倍であり、更に好ましくは、単層培養に必要な細胞数の0.2〜0.6倍であり、更に好ましくは、単層培養に必要な細胞数の0.2〜0.5倍である。
本発明における「単層培養に必要な細胞数」は初代細胞の入手方法によって決定する。これは、通常の培養皿で行う初代細胞の単層培養に必要な細胞数は、大きくは細胞の種類(由来動物、由来組織)によって異なり、同一の細胞種であっても、由来の人種や品種・系統、培養培地の種類、細胞の分離精製技術の水準や目的細胞の純度、播種条件を評価する予備試験の結果などによっても異なるためである。
この入手方法は、大きくは2種あり、細胞供給メーカーから購入する方法と、自身で動物組織から分離精製して取得する方法がある。前者の細胞供給メーカーから購入した場合には、メーカーの推奨する播種密度を「単層培養に必要な細胞数」とする。これは、培養細胞は培地中に様々な因子を分泌することによって、細胞が成長するのに適した環境にすることが知られているため、通常の培養皿等で初代細胞を単層培養するためには、この環境を構築させるために細胞種と培地に合わせて必要な細胞播種密度が存在し、それ以下だと細胞の接着性や生理活性が著しく低下する。そこで、細胞供給メーカーでは、様々な試験により確認した、細胞接着を保ち、生体本来の生理活性を最適に維持できる播種密度を設けているためである。そのため、初代細胞を細胞供給メーカーから購入した場合には、メーカーの推奨する播種密度(単層培養に必要な細胞数)を1倍未満とすること以外は、細胞供給メーカーのプロトコルをそのまま適用して細胞培養を行う。
以下の表1に、細胞供給メーカー、細胞種、培地及び推奨播種密度(単層培養に必要な細胞数)を例示する。
一方、後者の自身で動物組織から分離精製して初代細胞を取得する方法では、自身で通常の培養皿での単層培養に適した播種密度を決定する。その場合、同種の細胞を用いて実験を実施した公知の研究論文、または、取得した初代細胞の種類に対応したメーカーの推奨培地を購入し、そのプロトコルを基準にして、予備試験を実施し、接着性、生理活性が本試験の水準に到達するように調整する。
上記等の初代細胞は、生体から直接分離精製した細胞に限らず、ES細胞、iPS細胞のような人工的に樹立した幹細胞、あるいは、間葉系幹細胞のような生体から取得した幹細胞を、in vitroで分化誘導して作製された分化細胞であっても良い。また、正常細胞である必要はなく、疾患患者由来のものやノックアウト動物から分離された疾患モデル細胞でもよい。さらに、初代細胞は一種類である必要は無く、試験の目的に合わせて複数種播種することもできる。複数種で共培養を行う場合は、初代細胞と不死化細胞株の共培養であっても良い。異種細胞同士を非接触系で共培養を行う場合、細胞培養担体を細胞種の種類数に合わせて複数個用意し、それぞれの細胞培養担体に対して、通常の培養皿で単層培養に必要な細胞数の1倍未満の細胞を播種して共培養を行う。接触系で共培養を行う際には、共培養の目的に合わせた細胞種間の比率を維持しながら、通常の培養皿で単層培養に必要な細胞数の1倍未満の細胞を同一の細胞培養担体に播種して共培養を行う。この場合は、播種密度を低くしすぎて細胞同士の接触を妨げないように予備検討を行う必要がある。なお、この場合の「単層培養に必要な細胞数」は、通常の培養皿を用い、各種播種量で単層培養を行い、目的の生理活性が十分に観察できる播種量を決定する。
また、細胞培養は従来と同様に実施することができる。例えば、細胞培養担体を培養皿等に入れ、培地に懸濁した初代細胞を静かに播種し、毎日、培地交換を行うことによって実施できる。
本発明の細胞培養担体は細胞接着性に優れるものであり、また、コラーゲンコートの有無で細胞接着性、生理活性に差が生じないことを確認している(実施例の欄参照)。
本発明の細胞培養担体は細胞接着性に優れているため、特別な表面処理なしで培養可能であるが、通常行われる細胞接着性向上のためのフィブロネクチンのようなタンパク質のコーティング処理や、ゼラチンコーティングなど各種コーティング処理を利用できる。
また、通常の培養皿での単層培養よりも高い活性を維持するために、フィーダー細胞上で初代細胞を培養する場合があるが、本発明の細胞培養担体では、フィーダー細胞を使用することなく、通常の単層培養よりも高い生理活性を有する初代細胞の培養が可能である。しかしながら、フィーダー細胞を併用することも可能である。
以下、本発明の細胞培養担体について具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。なお、繊維単位重量あたりの水酸基量は細胞培養担体の水酸基量を水酸基量測定に用いた細胞培養担体の繊維量(単位:g)で除した商であり、水酸基量は中和滴定法を用いて定量した値である。つまり、細胞培養担体を20vol%の塩化ナトリウム水溶液50mL中に分散させた後、0.1N水酸化ナトリウム水溶液を中和点まで滴下し、中和に必要な水酸化ナトリウム滴下量から、細胞培養担体の水酸基量を決定した(参考文献参照)。
(参考文献)
George W S.,Determination of Specific Surface Area of Colloidal Silica by Titration with Sodium Hydroxide,Anal.Cheam.;28,1981-1983,(1956)
(実施例1、2)
紡糸工程(1)及び集積工程(2)
金属化合物としてのテトラエトキシシラン、溶媒としてのエタノール、加水分解のための水、及び触媒として1規定の塩酸を、1:5:2:0.003のモル比で混合し、温度78℃で10時間の還流操作を行い、次いで、溶媒をロータリーエバポレーターにより除去して濃縮した後、温度60℃に加熱して、粘度が2ポイズのゾル溶液を形成した。得られたゾル溶液を紡糸用無機系ゾル溶液として用い、中和紡糸法によりゲル状シリカ繊維ウエブを作製した。
なお、中和紡糸法は、特開2005−264374号公報の実施例8と同じ紡糸条件で実施した。つまり、図1の対向電極5として、図4の対向電極(沿面放電素子25)を紡糸容器室内に収納した紡糸装置を使用し、次の条件で紡糸した。
(1)紡糸ノズル:内径0.4mmの金属製注射針(先端カット)
(2)紡糸ノズルと対向電極との距離:200mm
(3)対向電極及びイオン発生電極(両電極を兼ねる):ステンレス板(誘起電極)上に厚さ1mmのアルミナ膜(誘電体基板)を溶射し、その上に直径30μmのタングステンワイヤ(放電電極)を10mmの等間隔で張った沿面放電素子(タングステンワイヤ面を紡糸ノズルと対向させると共に接地し、ステンレス板とタングステンワイヤ間に交流高電圧電源により50Hzの交流高電圧を印加)
(4)第1高電圧電源:−16kV
(5)第2高電圧電源:±5kV(交流沿面のピーク電圧:5kV、50Hz)
(6)気流:水平方向(紙面上、左から右方向)25cm/sec、鉛直方向(紙面上、捕集部材4の上から下方向)15cm/sec
(7)紡糸容器内の雰囲気:温度25℃、湿度40%RH以下
(8)連続紡糸時間:30分以上
集積後熱処理
次に、前記工程で得られたゲル状シリカ繊維ウエブを、800℃で3時間の集積後熱処理をすることにより、乾燥シリカ繊維ウエブ(目付:8g/m2)を作製した。
接着用無機系ゾル溶液付与工程
繊維間接着のために用いる接着用無機系ゾル溶液として、金属化合物としてテトラエトキシシラン、溶媒としてエタノール、加水分解のための水、及び触媒として硝酸を、1:7.2:7:0.0039のモル比で混合し、温度25℃、攪拌条件300rpmで15時間反応させた。反応後、酸化ケイ素の固形分濃度が0.25%となるようにエタノールで希釈し、シリカゾル希薄溶液(接着用無機系ゾル溶液)とした。
次いで、乾燥シリカ繊維ウエブを前記シリカゾル希薄溶液に浸漬した後、吸引により余剰のシリカゾル希薄溶液を除去することにより、シリカゾル希薄溶液含有シリカ繊維ウエブを作製した。
接着用熱処理工程
次いで、シリカゾル希薄溶液に含まれる溶媒を除去し、繊維交点の接着のために、シリカゾル希薄溶液含有シリカ繊維ウエブを500℃で3時間焼成(接着用熱処理)して、シリカで接着したシリカ繊維不織布(=細胞培養担体、目付:8g/m2、厚さ:0.115mm、空隙率:95%、平均孔径:7μm、水酸基量:50μmol/g、シリカ繊維の平均繊維径:1μm、シリカの比重:2g/cm3)を作製した。
このシリカ繊維不織布(細胞培養担体)を直径15mmの円形となるように打ち抜いた後、細胞培養担体上で、2日間、不連続単層培養を行った。なお、培養条件は次の通りである。
打ち抜いた細胞培養担体を、コラーゲンコートを施していない市販の細胞接着性24ウェルプレートに挿入した。また、コントロール条件として、0.01%I型コラーゲンコートを施した市販の細胞接着性24ウェルプレートを用意した。
次に、コラゲナーゼ灌流法によって分離精製した凍結ラット初代肝細胞((株)プライマリーセル, HPC01P)を解凍後、トリパンブルー染色で生死判定を行った。この生死判定を行ったラット初代肝細胞を、コントロールの場合には、細胞供給メーカーの推奨播種密度(単層培養に必要な細胞数)1.0×105viable cells/cm2、細胞培養担体で培養する場合には、推奨播種密度の0.5倍、0.2倍に相当する0.5×105viable cells/cm2(実施例1)、0.2×105viable cells/cm2(実施例2)を、それぞれ播種した(各条件3ウェル)。なお、培養には、ウシ胎児血清を体積比で10%含むDMEM培地(ダルベッコ・フォークト変法イーグル最小必須培地)を各ウェルに1mL加えた。培地交換は、播種後4時間、24時間後に行い、培養上清を吸引除去後、新しい培地を1mL加え、計2日間培養した。培養2日後、培養液を吸引除去し、市販キット((株)キアゲン、Rneasy(登録商標)Plus Mini Kit)を用いてRNAを抽出し、各ウェルのRNA量(単位:ng/well)を定量した。この結果は表2に示す通りであった。
また、抽出RNAから市販キット(Fermentas UAB, RevertAid(トレードマーク)First Strand cDNA Systhesis Kit)を用いてcDNAを合成し、GAPDH(グリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素)を内在性コントロールとし、G6PC(糖新生酵素)、TDO2(トリプトファン代謝酵素)の肝機能マーカーの発現を、リアルタイムPCR(Roche Applied Science, LightCycler(登録商標)Taqman(登録商標)Master)で観察した。これらの結果は表3及び4に示す通りであった。
ウェル当りのRNA量(表2)は定量的ではないが、生細胞数の指標となる。実施例2の播種量を0.2×105cells/cm2とした細胞培養条件では、コントロールの1/5量の播種量であるにも関わらず、コントロ−ルの1/3量程度のRNAが回収された。このことから、本発明の細胞培養担体上では、通常の培養皿よりも効率的に初代細胞を接着、生存させることができることが示唆された。
また、実施例2の播種量を0.2×105cells/cm2とした細胞培養条件は、実施例1の細胞培養条件よりも播種した細胞量が少ないにも関わらず、多くのRNAが回収された。このことから、本発明の細胞培養担体を用いると、通常の単層培養の播種密度(単層培養に必要な細胞数)よりもずっと少ない、0.2倍量程度を播種し、培養すると、効率的に細胞を接着、生存させることができることが示唆された。
細胞の機能発現に関しては、細胞当りの各肝機能性マーカーの発現を比較評価できるように、GAPDHを内在性コントロールし、その発現に対するG6PC(表3)、TDO2(表4)を測定した。実施例1、2の細胞培養条件によると、それぞれコントロールの発現量に対して、それぞれG6PCは約3.7倍、約3倍の発現が見られ、TDO2は約2.7倍、約1.8倍の発現上昇が見られた。このことから、本発明の細胞培養担体を使用し、単層培養に必要な細胞数よりも少ない細胞数で播種を行うと、生理活性を低下させることがなく、さらには、通常の単層培養よりも生理活性を高く維持した状態で培養が可能であることが示唆された。
通常の培養皿を用いた単層培養では、細胞供給メーカーは推奨濃度以下(単層培養に必要な細胞数以下)で初代培養を播種し、培養すると、著しく接着性、生理活性が低下する、と警告しているが、本発明の細胞培養担体を使用し、少ない量の細胞で、通常の培養よりも接着性及び生理活性が高い細胞を単層培養できるため、経済的価値の高い培養方法である。
(参考:コラーゲンコートの影響の確認)
0.01%I型コラーゲンに、実施例1と同様に作製した細胞培養担体(=シリカ繊維不織布)の片面を10秒間浸漬し、更に他面を10秒間浸漬した後、リン酸緩衝生理食塩水で2回洗浄し、コラーゲンで細胞培養担体をコーティングした。
その後、コラーゲンコートしていない細胞培養担体(実験1)とコラーゲンコートした細胞培養担体(実験2)とを用い、それぞれ2ウェルにするとともに、培養を4日間行ったこと以外は、前述と同様の操作により、細胞供給メーカーの推奨播種密度(単層培養に必要な細胞数:1.0×105viable cells/cm2)で細胞培養を行い、RNA量の定量、G6PC(糖新生酵素)及びTDO2(トリプトファン代謝酵素)の肝機能マーカーの発現を観察した。これらの結果は表5〜7に示す通りであった。
これら表5〜7の結果から、生細胞数の指標となるRNA収量と、肝機能遺伝子マーカー(G6PC、TDO2)の発現において、コラーゲンコートの有無で顕著な差は観察されなかった。