以下、図面を参照しながら、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を適宜省略する。以下の実施の形態で説明するクラッチ装置は、車両の操舵装置に適用することができる。特に、いわゆるステアバイワイヤ型車両操舵装置、すなわち、操舵部に設けられたステアリングホイール等の操作部材に加えられる操舵力によらず、電気的な制御下、転舵部において備える動力源の動力によって、操作部材の操作に応じた車輪の転舵が行われる車両操舵装置に好適である。
(第1の実施の形態)
図1は、第1の実施の形態に係る車両操舵装置の概略構成を示す模式図である。車両操舵装置10は、ハンドル12と、操舵角度センサ14と、トルクセンサ16と、操舵反力モータ18と、インターミディエイトシャフト20と、転舵角度センサ22と、転舵モータ24と、タイヤ26と、ECU28と、クラッチ装置29とを備える。
操舵アクチュエータ30は、操舵角度センサ14と、トルクセンサ16と、操舵反力モータ18とで構成されている。また、転舵アクチュエータ32は、転舵角度センサ22と転舵モータ24とで構成されている。ECU28は、操舵アクチュエータ30および転舵アクチュエータ32が有する各種センサの情報に基づいて、操舵反力モータ18や転舵モータ24を制御する。
ハンドル12は、車室内の運転席側に配置され、運転者が操舵量を入力するために回転させる操舵部材として機能する。
操舵角度センサ14は、運転者が入力した操舵量としてのハンドル12の回転角を検出し、この検出値をECU28に対して出力する。操舵角度センサ14は、ハンドル12の操作量に応じた情報を検出する検出手段として機能する。
トルクセンサ16は、ハンドル12の操舵量に応じたトルクを検出する。操舵反力モータ18は、ECU28の制御に基づいて、操舵角度センサ14が検出したハンドル12の回転角に応じた操舵反力を運転者に感じさせるための反力をハンドル12に作用させる。
ECU28は、例えばCPU、ROM、RAMおよびそれらを相互に接続するデータバスから構成され、ROMに格納されたプログラムに従い、運転者が入力した操舵量としてのハンドル12の回転角を検出し、この操舵量に基づいた転舵量を演算して、この転舵量に基づいて、転舵モータ24を制御してタイヤ26を転舵する制御を行う制御手段として機能する。
転舵モータ24は、ECU28の制御に基づいて、タイヤ26にタイロッドを介して連結される車幅方向に延びるラックバーを車幅方向に動作させる転舵手段を構成する。
転舵角度センサ22は、転舵手段を構成するラックアンドピニオン機構34のピニオンの回転角を検出して、この検出値をECU28に対して出力する。
インターミディエイトシャフト20は、ステアバイワイヤシステムが機能しない場合のバックアップ機構の一部として、操舵アクチュエータ30から転舵アクチュエータ32へ操舵力(回転力)を伝達する役割を果たす。メカバックアップ機構は、インターミディエイトシャフト20、クラッチ装置29、ラックアンドピニオン機構34等から構成される。
クラッチ装置29は、2つの回転軸の間の回転力(トルク)の伝達および遮断の切替えを行う。クラッチ装置29の構造の詳細については後述するが、車両操舵装置10は、システムが正常な場合、クラッチ装置29により操舵アクチュエータ30と転舵アクチュエータ32との接続が分離されており、ステアバイワイヤシステムとして機能する。一方、車両操舵装置10は、システムが異常な場合、クラッチ装置29により操舵アクチュエータ30と転舵アクチュエータ32とが機械的に連結されることで、ハンドル12の操作によりタイヤ26を直接転舵できるようになる。
次に、クラッチ装置29の構造について詳述する。図2は、第1の実施の形態に係るクラッチ装置29の軸に平行な断面図である。図3は、図2に示すクラッチ装置29のA−A断面図である。なお、図2は、図3に示すB−B断面に相当する。
クラッチ装置29は、第1の回転軸である環状のハンドル側ハウジング36と、第2の回転軸である環状のタイヤ側ハウジング38と、タイヤ側ハウジング38の径方向に移動できるようにタイヤ側ハウジング38に設けられている係合部としての複数のロックバー40と、を備える。ハンドル側ハウジング36は、内周面に複数のロック溝42が互いに間隔をもって周方向に形成されている。タイヤ側ハウジング38は、ハンドル側ハウジング36と同軸となるように設けられており、クラッチ装置29の側方から見て少なくとも一部がハンドル側ハウジング36と重なるように配置されている。
ハンドル側ハウジング36は、操舵アクチュエータ30と連結されており、ハンドル12の回転に連動して回転する。また、タイヤ側ハウジング38は、転舵アクチュエータ32と連結されており、タイヤの転舵に連動して回転する。クラッチ装置29は、ロックバー40をロック溝42に向かう方向へ進退させる進退機構44を更に備える。進退機構44の詳細については後述する。
本実施の形態に係るクラッチ装置29においては、5つのロックバー40が放射状にほぼ等間隔に配置されている。各ロックバー40は、環状のタイヤ側ハウジング38の周面に形成された開口部38aに摺動可能に支持されている。
タイヤ側ハウジング38の図2に示す右側の開口部近傍には、バネ受け部材46が固定されている。バネ受け部材46は、小径部46aの外周面に、各ロックバー40に対応するように複数の凸部46bが放射状にほぼ等間隔で配置されている。凸部46bは、付勢部材であるバネ50がずれないようにその一端を支持する。また、バネ50の他端は、ロックバー40のバネ受け部材46と対向する部分に形成されている凹部40aにより支持されている。そして、バネ50は、図2や図3に示す状態では圧縮されている。
進退機構44は、電気によって駆動するアクチュエータとしてのプル型ソレノイド52と、ロックバー40をロック溝42に向かって付勢するバネ50と、ロックバー40に作用することでロックバー40の進退を制御するピン54と、ピン54が固定されているアダプタ56と、を有している。
プル型ソレノイド52は、通電時(クラッチ装置OFF)には軸52aが引き込まれ、非通電時(クラッチ装置ON)には内部にある戻りバネの作用で軸52aが突出するように構成されている。図2は、プル型ソレノイド52の通電時の状態を示している。
ピン54は、ロックバー40の中央部に設けられた貫通孔40bに浸入した状態でロックバー40と係合している。また、ピン54は、図2に示すクラッチ装置OFFの状態でロックバー40の貫通孔40bと当接する第1係合部54aと、後述するクラッチ装置ONの状態でロックバー40の貫通孔40bと当接する第2係合部54bと、第1係合部54aと第2係合部54bとを滑らかにつなぐ斜面54cと、を有する。ピン54は、第2係合部54bから第1係合部54aに向かってクラッチ装置29の回転軸Axに近づくように屈曲している。なお、第2係合部54bは、必ずしも貫通孔40bの内周壁と当接しなくてもよい。
アダプタ56は、プル型ソレノイド52の軸に固定されており、プル型ソレノイド52への通電状態に応じて軸方向へ位置が変化する。その際、ピン54も軸方向へ位置が変化する。
次に、クラッチ装置の動作を説明する。図2や図3に示すように、クラッチ装置29がOFFの状態、すなわちプル型ソレノイド52に通電されている状態では、ロックバー40とロック溝42とが一切係合しない。そのため、操舵アクチュエータ30と転舵アクチュエータ32とは切り離された状態であり、互いの間で回転力は伝達されない。
より詳細には、プル型ソレノイド52に通電されると、プル型ソレノイド52の軸とともにアダプタ56が引き込まる。その際、ピン54の第1係合部54aが貫通孔40bの内周壁に当接し、クラッチ装置29がOFFの状態となる位置にロックバー40が規制される。
図4は、第1の実施の形態に係るクラッチ装置29(クラッチON状態)の軸に平行な断面図である。図5は、図4に示すクラッチ装置29のC−C断面図である。なお、図4は、図5に示すD−D断面に相当する。
クラッチ装置29は、システムの故障などで通電が解除され非通電な状態となると、プル型ソレノイド52の戻りバネの働きで、それまで引き込まれていたアダプタ56が図4の右方向へ移動する。その結果、ロックバー40の貫通孔40bの内部でのピン54の位置が変化し、ピン54の第2係合部54bが貫通孔40bの内部に位置することになる。その結果、ピン54により位置が規制されていたロックバー40は、ハンドル側ハウジング36のロック溝42に向かって移動できるようになる。
このように、各ロックバー40は、バネ50の付勢力によってハンドル側ハウジング36のロック溝42に向かってタイヤ側ハウジング38の径方向に移動する力が働くが、図5に示すように、クラッチ装置29では、すべてのロックバー40がそのままロック溝42に入るようには構成されていない。
つまり、各ロックバー40(以下、適宜ロックバー401〜405と称する場合がある。)と各ロック溝42との位置関係、つまりハンドル側ハウジング36とタイヤ側ハウジング38との位置関係によっては、ロック溝42に入り込むロックバーの組合せは種々変わりうる。図5に示すクラッチ装置29では、ロック溝42に入り込むロックバー401〜403と、ロック溝42に入り込まずにロック溝42同士の間の突起部43と当接しているロックバー404,405とが存在することになる。
図5に示す状態は、クラッチ装置29が完全にクラッチONとなった場合であるが、プル型ソレノイド52への通電が解除されたと同時に、常にこの状態に至る訳ではない。以下では、通常のハンドル12の操作によってクラッチ装置29が完全にクラッチONとなるまでの動作について更に詳述する。
図8は、図5に示す状態からハンドル側ハウジング36が矢印R2方向へわずかに回転した位置にあるクラッチ装置の断面図である。例えば、図5に示す状態からハンドル側ハウジング36が矢印R2方向へわずかに回転した位置にある場合(タイヤ側ハウジング38は図5に示す状態のまま)、ロックバー401,402は、ロック溝42に入り込むものの、ロックバー403,404,405は、ハンドル側ハウジング36の内周壁にある突起部43に当接した状態である。また、この場合には、ロック溝42に入り込んだロックバー401,402は、いずれもロック溝42の側面42a,42bに当接していない。そのため、ハンドル側ハウジング36とタイヤ側ハウジング38との間には、回転方向において遊びが存在している。
そして、この状態からハンドル側ハウジング36を矢印R1方向へ回転すると、ロックバー401がロック溝42の一方の側面42aに当接し係合した際に、ロックバー403がロック溝42に入り、ロック溝42の他方の側面42bと係合する。その結果、図5に示すように、ロック溝421に入り込んで一方の側面42aと係合するロックバー401とロック溝423に入り込んで他方の側面42bと係合するロックバー403とにより、ハンドル側ハウジング36とタイヤ側ハウジング38との間の回転方向の遊びがほぼなくなり(ロック状態)、ハンドル側ハウジング36の回転力をタイヤ側ハウジング38へ確実に伝達することができる。
このように、本実施の形態に係るクラッチ装置29において、複数のロックバー40は、プル型ソレノイド52を含む進退機構44によって複数のロック溝42に向かって移動した場合、ハンドル側ハウジング36とタイヤ側ハウジング38との回転位相差にかかわらず、複数のロック溝42のうちいずれか一つの第1溝部であるロック溝421に入るロックバー401と、ロックバー401が、ロック溝421に入った状態で左回りの回転方向(図8に示す矢印R2方向)へ移動し、ロック溝421の2つの側面42a,42bのうち一方の回転方向(矢印R2方向)側の側面42aに係合した際に、ロック溝421と異なる第2溝部としてのロック溝423に入るロックバー403と、を有する。ロックバー403は、ロック溝423に入った際に、ロック溝423の2つの側面42a,42bのうち他方の回転方向(矢印R1方向)側の側面42bに係合するように構成されている。
これにより、クラッチ装置29は、進退機構44により各ロックバー40をロック溝42から退避させることで、車両操舵装置10をハンドル側ハウジング36とタイヤ側ハウジング38との回転力の伝達がない分離状態にできる。一方、クラッチ装置29は、進退機構44によりハンドル側ハウジング36とタイヤ側ハウジング38とが接続されている状態(ロック状態)では、ハンドル側ハウジング36が一方の回転方向(例えば矢印R1方向)に回転した場合は、ロックバー401がロック溝421の2つの側面のうち他方の回転方向(矢印R2方向)側の側面42aに係合しているため、遊びがほとんどない状態で回転力をタイヤ側ハウジング38に伝達できる。また、ハンドル側ハウジング36が他方の回転方向(例えば矢印R2方向)に回転した場合は、ロックバー403がロック溝423の2つの側面のうち一方の回転方向(矢印R1方向)側の側面42bに係合しているため、遊びがほとんどない状態で回転力をタイヤ側ハウジング38に伝達できる。
また、クラッチ装置29は、プル型ソレノイド52に通電した際の動作によりバネ50の付勢力より大きな力でロックバー40をロック溝42から退避させるとともに、プル型ソレノイド52への通電が解除された場合にはバネ50の付勢力によりロックバー402やロックバー403がロック溝42に入るように構成されている。これにより、プル型ソレノイド52への通電が行われなくなった非常時には、ロックバー402やロックバー403がロック溝42に入ることでハンドル側ハウジング36とタイヤ側ハウジング38との接続が即座に行われる。
次に、ロックバー40とロック溝42との好適な関係について説明する。図6は、ロックバー40とロック溝42の形状を説明するための図である。図7は、図6に示すロックバーとロック溝との関係を直線状に示した模式図である。
図6、図7に示すように、複数のロック溝42の数をn[個]、ロック溝42のピッチをP、複数のロックバー40の数をN[個]、複数のロック溝42に入るロックバー40の数をNx[個]、ロックバー40の幅をW[deg]、ロック溝42の幅をB1[deg]、ロック溝42と隣接するロック溝42との距離(突起部43の幅)をB2[deg]、ロック溝42にロックバー40を係合させる際のズレ角度(接続時ズレ角度)をδ[deg]とすると、本実施の形態に係るクラッチ装置29における各パラメータは表1に示すように設定されている。
また、各パラメータは
P=360/n・・・式(1)
B1≒W+(δ×(Nx−1))・・・式(2)
δ=P/N・・・式(3)
の各式を満たすように設定されている。なお、各式の数値は、設計の自由度や部品の公差などによって多少の誤差は許容される。
これにより、ハンドル側ハウジング36とタイヤ側ハウジング38との相対的な位相がどんな場合でも、少なくとも一つのロックバー40は常にロック溝42に入りうる位置になる。また、ハンドル側ハウジング36とタイヤ側ハウジング38との接続(ロック)時のズレ角度δを考慮した設計が可能となる。ここで、接続時のズレ角度δとは、ハンドル側ハウジング36とタイヤ側ハウジング38との相対的な位相がどんな場合であっても、一方を他方に対して接続時ズレ角度δだけ回転させれば、クラッチ装置29においてクラッチON状態(ロック状態)が実現される角度を示すパラメータである。つまり、接続時のズレ角度δを小さく設定すれば、システム異常時においてもわずかなハンドル操作で操舵アクチュエータ30と転舵アクチュエータ32とが機械的に連結されることとなり、車両操舵装置10のフェールセーフの応答性の向上が図られる。
前述のように、車両操舵装置10は、車両を操舵するために回転されるハンドル12(操舵部材)と、ハンドル12の操作量に応じた情報を検出する操舵角度センサ14(検出手段)と、タイヤ26を転舵するラックアンドピニオン機構34(転舵機構)と、ラックアンドピニオン機構34を駆動する転舵モータ24(動力源)と、ハンドル12とラックアンドピニオン機構34との間に配置され、ハンドル12とラックアンドピニオン機構34との間の回転力の伝達および遮断の切替えを行うクラッチ装置29と、クラッチ装置29により回転力が遮断された状態で転舵モータ24を駆動し、操作量に応じた情報に基づいて転舵量を制御するECU28(制御手段)と、を備えている。ハンドル12は、ハンドル側ハウジング36と連結されており、ラックアンドピニオン機構34は、タイヤ側ハウジング38と連結されており、クラッチ装置29は、ハンドル12とラックアンドピニオン機構34との間の回転力が伝達可能な状態で、ハンドル12の操作に応じて車輪の舵角が変化するようにハンドル側ハウジング36とタイヤ側ハウジング38とが機械的に連結されている。
これにより、クラッチ装置29により回転力が遮断された状態で転舵モータ24を駆動し、ハンドル12の操作量に応じた情報に基づいて転舵量を制御している場合には、ラックアンドピニオン機構34からハンドル12へトルク変動などが伝達されないため、操舵フィーリングを向上できる。
(第2の実施の形態)
第1の実施の形態に係るクラッチ装置29では、ロックバーやロック溝、各ハウジング等の各部品の寸法公差を考慮すると、ハンドル側ハウジングとタイヤ側ハウジングとが接続されている状態(ロック状態)であっても、ハンドルを切り返した際にガタが発生することは避けられない。図9は、第1の実施の形態に係るクラッチ装置29におけるガタを説明するための図である。図9に示すように、クラッチ装置29は、ロックバー401がロック溝421に入り込み、ロックバー403がロック溝423に入り込み、ロックバー401とロック溝421とが係合しているロック状態であっても、ロックバー403とロック溝423との間には隙間gが存在する。そのため、この状態でハンドル側ハウジング36を矢印R2方向に切り返すと、ロック溝423にロックバー403が係合するまでにガタが発生することになる。
そこで、本実施の形態では、ハンドルを切り返した際のガタの発生を抑制するとともに、ロック状態で大トルクが入力された場合であってもロックバーがロック溝から外れない構成のクラッチ装置について説明する。
具体的には、本実施の形態に係るクラッチ装置は、ロックバーやロック溝の係合部の形状として、角度が異なる2つの係合面を設定することで、「切り返し時のガタ解消」と「大トルク付与時のロック状態解除防止」を両立させることができる。
図10は、第2の実施の形態に係るクラッチ装置(クラッチON状態)を説明するための図である。図11は、図10の領域F1の拡大図である。図12は、図10のロックバー603近傍の拡大図である。
図10に示すクラッチ装置58は、ロックバーとロック溝の形状が異なる以外は、第1の実施の形態に係るクラッチ装置29とほぼ同じ構成である。
クラッチ装置58は、2つの回転軸であるハンドル側ハウジング36およびタイヤ側ハウジング38との間のトルクの伝達および遮断の切替えを行う。また、クラッチ装置58は、内周に複数の溝部であるロック溝62が互いに間隔をもって周方向に形成されている第1の回転軸としてのハンドル側ハウジング36と、ハンドル側ハウジング36と同軸に、かつ、少なくとも一部が重なるように配置されている第2の回転軸としてのタイヤ側ハウジング38と、タイヤ側ハウジング38の径方向に移動できるようにタイヤ側ハウジング38に設けられ、互いに間隔をもってタイヤ側ハウジング38の周方向に配列されている複数の係合部としてのロックバー60と、ロックバー60をロック溝62に向かう方向へ進退させる進退機構44(図2参照)と、を備える。
次に、ロックバー60の先端部形状とロック溝62の形状との関係について説明する。図11に示すように、ロックバー60は、回転方向の側面が、第1係合面60aおよび第1係合面60aと連なる第2係合面60bで構成されている。第2係合面60bは、ロックバー60の移動方向とほぼ平行となるように形成されている。第1係合面60aは、第2係合面60bに対して斜めに形成されており、ロックバー60は、先端に向かうにつれて幅が狭くなっている。
一方、ロック溝62は、回転方向の内壁(側壁)が、第1被係合面62aおよび第1被係合面62aと連なる第2被係合面62bで構成されている。第2被係合面62bは、ハンドル側ハウジング36の径方向とほぼ平行となるように形成されている。第1被係合面62aは、ロックバー60に対して斜めに形成されており、ロック溝62は、底部に向かうにつれて溝幅が狭くなっている。
次に、クラッチ装置58の通常操舵力時(第1トルクでのトルク伝達時)の動作について説明する。所定の条件の下、クラッチ装置58のロックが作動すると、図10に示すように、ロックバー601およびロックバー602は、それぞれ対応するロック溝621およびロック溝622に入り、最大ストロークまで移動する。本実施の形態に係るロックバーは、最大ストロークまで移動した場合であってもロック溝の溝底には当たらないように設定されている。
そして、ハンドル側ハウジング36が矢印R1方向に更に回転すると、ロックバー603もロック溝623に入る。その際に、ロックバー603は、ロック溝623に対して最大ストロークに達する前にロック溝623の側部と係合する。
上述のように、クラッチ装置58が備える複数のロックバー60は、複数のロック溝62のうちロック溝621に入り、ハンドル側ハウジング36の一方の回転方向(矢印R1方向)においてトルク伝達を行うロックバー601と、ロック溝621と異なるロック溝623に入り、ハンドル側ハウジング36の他方の回転方向(矢印R2方向)においてトルク伝達を行うロックバー603と、を有する。
そして、ロックバー601は、ハンドル側ハウジング36の一方の回転方向(矢印R1方向)において所定の閾値より小さい第1トルクでトルク伝達される場合に、ロック溝621の側面を構成する第1被係合面621aと係合する第1係合面601aを有する。また、ロックバー603は、ハンドル側ハウジング36の他方の回転方向(矢印R2方向)において所定の閾値より小さい第1トルクでトルク伝達される場合に、ロック溝621の側面を構成する第1被係合面623aと係合する第1係合面603aを有する。
ロックバー601およびロック溝621は、一方の回転方向において第1トルクでトルク伝達される場合に、ロックバー601の第1係合面601aとロック溝621の第1被係合面621aとが面接触するように構成されている。これにより、第1トルクでトルク伝達される場合に、ロックバー601とロック溝621との係合状態が安定する。
このように、クラッチ装置58は、ロックバー601がロック溝621と係合している状態(図10の領域F2参照)で、ロックバー603もロック溝623と係合している(図10の領域F3、図12参照)。そして、進退機構が備えるバネ50は、トルク伝達状態において、ロックバー601やロックバー603を溝部に向かって付勢する。これにより、トルク伝達状態において、第1係合部や第2係合部を、溝部に確実に当接させることができる。そのため、回転方向を切り替えた際にもガタが発生しない。つまり、ハンドル側ハウジング36を矢印R1方向に回転させてトルク伝達している状態で、矢印R2方向へ操舵を切り返した場合であっても、既にロックバー603はロック溝623と係合しているため、ガタが発生しない。
なお、図10に示すように、ハンドル側ハウジング36から矢印R1方向にトルクが伝達されている場合、ロックバー601はタイヤ側ハウジング38から最も突出した状態(最大ストローク)となっている。タイヤ側ハウジング38の内周側には、ロックバー601の大径部601cが当接することで、ロックバー601の移動を規制する移動規制部38bが形成されている。ロックバー601の第1係合面601aがロック溝621の第1被係合面621aと係合している状態では、ロックバー603もロック溝623と係合しているが、ロックバー603の大径部603cは、タイヤ側ハウジング38の移動規制部38bに当接しないようになっている(領域F4参照)。つまり、ロックバー603は、径方向の移動がタイヤ側ハウジング38で規制されておらず、更にロック溝623に向かって移動できるように構成されている。
このように、クラッチ装置58は、複数のロック溝(621,623)に対応するロックバー(601,603)が係合している状態であっても、複数のロックバーの少なくとも一つは、タイヤ側ハウジング38の移動規制部38bと当接しないように構成されている。これにより、ハンドルの切り返し時におけるガタを確実に解消できる。
次に、図10に示すクラッチ装置58に大トルクが付与された場合(第2トルクでトルク伝達される場合)について説明する。図13は、第2の実施の形態に係るクラッチ装置に大トルクが付与された状態を説明するための図である。
図10に示す状態から更に大トルク(矢印R1方向)が付与されると、ロック溝621の第1被係合面621aと係合していたロックバー601は、ロック溝の第1被係合面621aから抗力を受ける。第1被係合面621aは、ロックバー601のストローク方向に対して斜めに形成されている。つまり、第1被係合面621aは、ロック溝621の側面である第2被係合面621bと底面621cとをつなぐ斜面である。そのため、抗力の分力は、ロックバー601のストローク方向へも働く。分力がバネ50の付勢力より大きければバネ50が圧縮され、ロックバー601は、第1被係合面621aを摺動しながら回転軸中心に向けてスライドし、タイヤ側ハウジング38の移動規制部38bとの間に隙間が生じる(領域F5参照)。
そして、ロックバー601は、第2係合面601bがロック溝621の第2被係合面621bと接触(係合)すると、それ以上スライドせずにその位置を保持し、大トルクの伝達が行われる。この際、ロックバー603は、第1係合面603aがロック溝623の第1被係合面623aと係合するように構成されていてもよい。これにより、大トルクの伝達が行われている状態であっても、他方の回転方向(矢印R2)へ操舵を切り返した際にガタが発生しない。
ロックバー601およびロック溝621は、一方の回転方向において第2トルクでトルク伝達される場合に、ロックバー601の第2係合面601bとロック溝621の第2被係合面621bとが面接触するように構成されている。これにより、第2トルクでトルク伝達される場合に、ロックバー601とロック溝621との係合状態が安定する。
次に、ロック溝62の第2被係合面62bの形状について更に詳述する。図14は、ロックバー601の第2係合面601bとロック溝621の第2被係合面621bとが係合している状態でロックバー601に働く力を説明するための図である。
前述のように、クラッチ装置58に大トルクが付与されると、ロックバー601の第2係合面601bとロック溝621の第2被係合面621bとが係合した状態となる。ここで、トルクをT0、ロックバー601とロック溝621との接触位置半径をr、ロックバー601がロック溝の第2被係合面621bから受ける抗力をf1、ロックバー601の第2係合面601bとロック溝621の第2被係合面621bとの摩擦力をf2、摩擦係数をμ1、ロックバー601とロック溝621との接触位置とロックバー601の中心線との成す角をθ0(θ0>0°)とすると、以下の式(1)〜式(3)の関係がある。
F0=T0/r・・・式(1)
F0=f1×cosθ0+f2×sinθ0・・・式(2)
f2=μ1×f1・・・式(3)
式(1)〜式(3)により抗力f1、摩擦力f2は
f1=F0/(cosθ0+μ1×sinθ0)・・・式(4)
f2=μ1×F0/(cosθ0+μ1×sinθ0)・・・式(5)
と表される。したがって、θ0>0であれば、抗力f1、摩擦力f2はいずれも正となり、図14に示すように、ロックバー601はロック溝621に向かう方向へ力を受けることになり、大トルク付与時であってもロックバーがロック溝から抜け出ることが抑制される。
このように、ロックバー601およびロック溝621は、一方の回転方向において大トルクでトルク伝達される場合に、第2係合面601bと第2被係合面621bとが係合した状態で、ロック溝621の底部に向かう方向に力が加わるように構成されている。
(第3の実施の形態)
第3の実施の形態に係るクラッチ装置は、第2の実施の形態に係るクラッチ装置の変形例である。図15は、第3の実施の形態に係るクラッチ装置においてロックが完了する前の状態を説明するための図である。図16は、第3の実施の形態に係るクラッチ装置においてロックが完了した状態を説明するための図である。
はじめに、クラッチ装置64の動作について説明する。所定の条件の下、クラッチ装置64のロックが作動すると、図15に示すように、ロックバー601およびロックバー602は、それぞれ対応するロック溝621およびロック溝622に入り、最大ストロークまで移動する。この際、ロックバー601の第1係合面601aとロック溝621の第1被係合面621aとが係合するが、その時点ではロックバー603は、ロック溝623に入らないようになっている。
この状態で、ハンドル側ハウジング36を矢印R1方向に回転させると、バネ50に抗してロックバー601がロック溝621の第1被係合面621aを摺動しながらスライドし、図16に示すように、ロックバー603がロック溝623に入る。更にハンドル側ハウジング36を矢印R1方向に回転させると、ロックバー601第2係合面601bは、ロック溝621の第2被係合面621bと係合し、トルク伝達が行われる。この際、ロックバー603は、ロック溝623の第1被係合面623aと接触している。また、ロックバー601およびロックバー603は、共に最大ストロークまで移動しておらず、ロック溝に向かって移動できる状態である。そのため、ハンドル12をいずれの方向へ切り返しても、ロックバーから反力を受けるため、トルク抜けを感じることがない。
以上、本発明を上述の各実施の形態を参照して説明したが、本発明は上述の各実施の形態に限定されるものではなく、各実施の形態の構成を適宜組み合わせたものや置換したものについても本発明に含まれるものである。また、当業者の知識に基づいて各実施の形態における組合せや処理の順番を適宜組み替えることや各種の設計変更等の変形を各実施の形態に対して加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施の形態も本発明の範囲に含まれうる。
上述の各実施の形態では、ハンドル側ハウジングの内周にロック溝が設けられ、タイヤ側ハウジングにロックバーが設けられているクラッチ装置について説明したが、ハンドル側ハウジングにロックバーが設けられ、タイヤ側ハウジングの外周にロック溝が設けられているクラッチ装置であってもよい。また、上述の各実施の形態における「係合面」、「被係合面」との名称は、あくまでも相対的な関係を示しているだけであり、各部に反対の名称を付してもよい。