本発明を実施するための実施の形態について以下に詳細に説明する。図1は、本発明が適用された第1の実施形態の工具軌跡生成装置2と、工具軌跡生成装置2と関連する装置の関係を示す概略図である。図1において、工具軌跡生成装置2は、CAD(Computer Aided Design)装置4で設計された部品等の形状の3Dデータおよび素材の形状データを入力として、工具軌跡(ツールパス)、送り速度、回転数等を算出するものである。なお、回転数、切込み量、送り量および工具形状は、工具軌跡生成装置2が決定することに代えて、対話形式でユーザが決定する構成とすることも可能である。工具軌跡生成装置2で算出された工具軌跡等の情報は、NC(Numerical Control)プログラム作成装置6に入力され、入力された情報に基づいてNCプログラムが作成される。NCプログラム作成装置6は、工具軌跡等の情報から、個々の工作機械装置が制御プログラムとして用いることが可能なNCプログラムを作成するものであり、ポストプロセッサとも呼ばれ、工具軌跡生成装置2内に含まれる場合もある。工作機械装置8は、NCプログラム作成装置6で作成されたNCプログラムに基づいて、被削材の工具による機械加工を行う装置であり、加工工具を搭載し、被削材を取り付けるためのテーブルまたは主軸を具備している。また、工具軌跡生成装置2は、各種処理を行うCPU10、各種情報を表示する表示装置12、ユーザによる加工条件等の入力を行うための入力装置14、各種プログラム等を記憶するROM16、一時的に各種値等を記憶するRAM18、決定された加工条件や工具軌跡等を記憶するための記憶装置(HDD)20、外部の装置と情報の授受を行う入出力インターフェイス22を備えており、これらはバスライン24で接続されている。
なお、本実施形態および後述する各実施形態においては、本発明の適用例として、ボールエンドミル加工を行う際の加工条件を決定するものとして説明するが、本発明は他の加工方法に適用することも可能である。また、各実施形態においては、実施形態を説明するためにボールエンドミル加工以外の加工方法を用いて説明を行う場合があるが、当該説明は、説明を行った加工方法だけでなく、他の加工方法についても適用可能なものである。
次に、第1実施形態の工具軌跡生成装置2について詳しく説明する。図2は、工具軌跡生成装置2のCPU10で実行処理される処理部26の構成を示す概略図であり、処理部26は、入力部28、加工条件決定部30、工具軌跡(ツールパス)等算出部32および出力部34を備えている。入力部28は、CAD装置4から出力される3Dデータ、工具軌跡生成装置2の操作者によって特定される加工条件(切込み量(被削材の加工面に垂直な方向の切込み量)、送り量、ピックフィード量、回転数、工具の形状、工具の刃数、工具の半径等や工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性や被削材の比切削抵抗(ある工具に対する被削材の比切削抵抗))、推定されるびびり振動の振動方向、あるいは振動特性が不明である旨の情報、被削材の比切削抵抗が不明である旨の情報、びびり振動の方向が不明である旨の情報等を、工具軌跡生成装置2に入力するためのものである。なお、本実施形態および後述する各実施形態においては、切込み量dとピックフィード量pは、操作者から所定の範囲を指定して入力されるか、それらの積d*p(加工能率に比例する値)の上限や範囲を指定して入力されるか、当該範囲を指定することなく、経験的または要求精度等から解析的に自動決定するものとすることができ、例えば所定の範囲を指定して入力される場合は、切込み量dの範囲はd1からd2、ピックフィード量の範囲はp1からp2と指定される。特にボールエンドミル加工の場合のピックフィード量の範囲は、仕上げ面の質に影響を与えるため、加工面の質を担保しつつ、加工能率を著しく低下させることのない範囲が選定される。なお、工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性は、実際に測定したものを用いたり、シミュレーションによって求めたり、既存の振動特性から今回の工作機械装置8の振動特性に近いと考えられる振動特性を選択することにより特定しても良い。同様に、比切削抵抗についても、実際に測定したり、シミュレーションで求めたり、既存の比切削抵抗から選択することにより特定することができる。
加工条件決定部30は、入力部で入力された情報(部分的に加工条件を含む)に基づき、びびり振動を考慮して基本的な加工条件を決定するものである。なお、加工条件決定部30で決定された基本的な加工条件は、被削材の出入り口やコーナー部、穴あき部などにおいては、当該決定された加工条件以外の加工条件に変更して加工を行う場合があり、送り方向も変更して加工を行う場合がある。加工条件決定部30で決定された加工条件は、工具軌跡等算出部32に出力され、工具軌跡、工具の回転数、場合によっては被削材に対する工具の角度等が算出される。工具軌跡等算出部32で算出されたデータは、出力部34に送られ、NCプログラム作成装置6に入力されるデータとして、工具軌跡生成装置2から出力される。
次に、本実施形態の加工条件決定部30の加工条件決定方法について説明するが、これに先立ち、工具軌跡生成装置2の出力に基づいて機械加工を行う工作機械装置8の加工システムの説明を図3および図4を用いて行う。図3は、工作機械装置8の機械加工部(一例として、ボールエンドミル加工を示す)を拡大した模式図であり、図3(a)は被削材22の加工面に垂直な方向(w方向)から見た図、(b)はボールエンドミル20の軸方向(z方向)から見たxy平面における断面図、(c)は被削材22の加工面に平行な面内であってピックフィードの方向(v方向)に見た図、(d)は被削材22の加工面に平行な面内であって切削送り方向(u方向)に見た図である。また、図4は振動を伴う加工システムを示すブロック図である。
図3において、ボールエンドミル20の軸方向をz方向とし、z方向に直交し、互いに直交する方向をx方向およびy方向と定義する。また、被削材22に対するボールエンドミル20の送り方向(切削送り方向)をu方向、被削材22に対するボールエンドミル20のピックフィード方向をv方向、被削材22の加工面に垂直な方向をw方向とする。なお、図3の実線側の軌跡は一刃周期前の振動、点線側の軌跡は現在の振動を示している。
また、図3で定義されるボールエンドミル20について、びびり振動がボールエンドミル20と被削材22の間に発生し、びびり振動によってボールエンドミル20がx方向、y方向およびz方向に変位した場合の加工システムは図4に示すものとなる。なお、本実施形態では、びびり振動によってボールエンドミル20が変位する場合について説明するが、びびり振動の変位はボールエンドミル20と被削材22の間の相対的なものであるため、被削材22が変位する場合でも全く同様に考えることができる。
図4において、再生変位(現在の振動変位と一刃周期前の振動変位の差であって、切り取り厚さの変動を生み出す)(Δx,Δy,Δz)は、加工プロセスゲインが乗算されて動的切削力、すなわち切削力の変動量(fx,fy,fz)となる。動的切削力(fx,fy,fz)に振動特性(コンプライアンス伝達関数)が乗算されると現在の振動変位となり、その値から、当該乗算されたものに時間遅れ(一刃周期の遅れ)を伴った値、すなわち一刃周期前の振動変位が減算され、それらの差として再び再生変位(Δx1,Δy1,Δz1)が生じる(図3(b)参照)。この(Δx1,Δy1,Δz1)と(Δx,Δy,Δz)を比較し、等しい場合には、閉ループを通して振動が成長も減衰もしないことを意味し、この場合はびびり振動安定限界にあるということができる。この状態を、ここでは、一巡伝達関数が1であることから、ゲイン余裕gmが0dBであると表現する。一方、(Δx1,Δy1,Δz1)が(Δx,Δy,Δz)の1/gm倍となり(すなわち、(Δx1,Δy1,Δz1)=(1/gm)×(Δx,Δy,Δz))、gm>1の場合には、一巡伝達関数が1未満となることから、びびり振動は発生せず、もし何かのきっかけで振動が発生しても、その振動は閉ループを通して減衰する状態となる。ここでは、この状態をゲイン余裕が0dBより大きいと表現する。また、gm<1の場合には、一巡伝達関数が1を超えることから、振動が増大していく状態であり、この状態をゲイン余裕が0dB未満であると表現する。なお、加工システムのゲイン余裕の値を求めるためには、被削材22の比切削抵抗や工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性(図4の行列G)が必要となるが、比切削抵抗および振動特性は、工具軌跡生成装置2の入力部より入力することができる。また、後述の実施形態においては、比切削抵抗や振動特性が不明(特定できない、推定できない)の場合は、加工システムのゲイン余裕の値を求めることなく、びびり振動が増大しない可能性が高い加工条件を求めるものである。
びびり振動安定限界について図5を用いて説明する。図5の下段は、横軸としてボールエンドミル20の回転数n(1分間あたりの回転数)、縦軸として切込み量d(mm)と、びびり振動安定限界(図5中のPredicted stability limit)を示すグラフであり、工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性や被削材22の比切削抵抗を用いて、解析によって求められるものである。なお、切込み量dは、被削材22の加工面に垂直な方向の切込み量である。図5において、実線で示されるグラフは、びびり振動安定限界、すなわち、加工システムのゲイン余裕が0dBである回転数nと切込み量dの関係を示すものであり、切込み量dが加工システムのゲイン余裕が0dBである実線の切込み量よりも小さい場合(図5中、例えば○印の場合)は、加工システムのゲイン余裕が0dBより大きくなり、びびり振動は発生しない。例えば、図5の右上グラフの通り、回転数nが8220min−1、切込み量dが9mmの場合は、びびり振動安定限界には至らず、振動が生じない。また、切込み量dが加工システムのゲイン余裕が0dBである実線の切込み量よりも大きい場合(図5中、例えば×または*印の場合)は、加工システムのゲイン余裕が0dBよりも小さくなり、びびり振動が発生することを示している。例えば、図5の左上グラフの通り、回転数nが6240min−1、切込み量dが3mmの場合は、びびり振動安定限界を超え、595Hzのびびり振動が生じている。
(第1実施形態:切削幅または再生幅に基づいて加工条件を決定)
次に、本発明の第1の実施形態に係る工具軌跡生成装置2の加工条件決定部30における加工条件決定方法を図6を用いて説明する。図6は、第1の実施形態の加工条件決定方法を説明するためのフローチャートである。なお、第1の実施形態においては、一例として、工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性が不明であり、工作機械装置8に発生するびびり振動の振動方向も不明である。さらに、工具に対する被削材の比切削抵抗の大きさおよび方向も不明である場合を想定している。
図6において、ステップ100(以下、S100と略称する。以下のステップについても同様とする。)では、操作者によって、工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性が不明である旨の情報、工作機械装置8に発生するびびり振動の方向が不明である旨の情報、工具に対する被削材の比切削抵抗の大きさと方向が不明である旨の情報、および後述する切削幅または再生幅の許容値が入力部28を通して入力される。なお、送り量(旋削では1回転あたりの送り量、エンドミル加工では1回転あたりまたは1刃あたりの送り量、平削り・形削りでは1パスあたりの送り量)の範囲(あるいは送り量の上限)は、入力部28を通して入力される構成としても良いし、予め工具軌跡生成装置2が送り量の範囲を記憶する構成とすることもできる。次にS110において、送り量として、許容される最大の送り量が選択される。許容される最大の送り量とは、被削材の仕上げ面粗さと工具強度を考慮して選択された最大の送り量をいうものとする。ここで、S110において、加工条件として、最大の送り量を選択する理由について以下に説明する。
第1実施形態の工具軌跡生成装置2においては、加工条件を決定するにあたり、工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性、工作機械装置8に発生するびびり振動の方向、および工具に対する被削材の比切削抵抗の大きさと方向が不明である。このように、びびり振動の方向が分からない場合は、びびり振動の方向を、振動が発生した場合に振動が最も増長される方向に仮定することで、びびり振動の安定性を評価するものとしている。ここでは、びびり振動が最も増長される方向を切取り厚さ方向としている(図7参照)。図7は、旋削工具としてRバイトを用いた場合の切削の様子を説明するための模式図であり、切削断面の破線部分は現在の切れ刃が切削して新たに生成される面を示し、切削断面の実線部分は主に前回の切れ刃によって生成された面を示している。
図7に示すように、切取り厚さ方向とは、最も切削断面積(切削方向に見た工具による被削材の除去面積)を大きく変化させる振動の方向であって、工具の切れ刃の稜線方向と切削方向の両方に垂直な方向である。例えば、旋削用のRバイトのように曲線切れ刃の場合、切れ刃の稜線方向は、切削に関与する部分の両端を結ぶ方向(平均的な方向で近似)によって近似することができる。さらにボールエンドミル加工のように、切削に関与する部分が短い周期で変化する場合の切取り厚さ方向は、各瞬間における切取り厚さ方向を時間的に平均した方向によって近似することが可能である。このように切取り厚さ方向を設定した場合、現在の振動によって増減する切削断面積は、切削断面において現在の切れ刃が関与する部分(図7の破線部分)の振動方向に見た幅と、振動変位に近似的に比例する。ここで、切削断面において現在の切れ刃が関与する部分の幅を切削幅と呼ぶこととする。この切削幅は、切削断面において現在の切れ刃が関与する部分を切削方向に垂直な面内で見た幅であり、工具(Rバイト)のすくい面上の幅ではない。切削幅の大きさは、切削断面積に影響を与える値であるため、切削幅の大きさは、びびり振動の増減に影響を与える値の一例であるということができる。したがって、後述のS120では、切削幅の大きさを考慮して加工条件が決定される。
また、一つ前(工具が単刃であれば一回転前、多刃であれば一刃前、形削りや平削りでは一パス前)の切れ刃の振動によって増減する切削断面積は、切削断面において一つ前の切れ刃が関与する部分の振動方向に見た幅と、振動変位に近似的に比例する。ここで、切削断面において一つ前の切れ刃が関与する部分の幅を再生幅と呼ぶこととする。一般に、再生幅は切削幅よりも若干小さく、振動方向に見た両者の大きさの比を、重複率μで表すことも多い(振動方向に見た再生幅=重複率*振動方向に見た切削幅)。上述のように、再生幅は再生効果による切削断面積の増減に大きく影響するため、再生幅が大きくなるとびびり振動が発生し易くなると考えられる。すなわち、旋削加工での送り量(一回転あたりの量)、エンドミル加工での送り量(一刃あたりの量)、形削りや平削りでの送り量(一パスあたりの量)が小さい程、仕上げ面粗さが小さくなる代わりに再生幅は大きくなり、びびり振動が発生し易いことになる。したがって、びびり振動の発生を抑制するためには、再生幅が小さくなるような送り量を選択する必要があり、このために第1の実施形態では、S110において、加工条件として、許容される最大の送り量を選択しているのである。また、送り量が小さい条件では、前回の切削によって加工硬化した層を切削する割合が多くなることや、刃先の丸みが相対的に増大することによって、比切削抵抗が増大する寸法効果を生じる。これによって動的切削力が増大し、びびり振動が発生し易くなることが知られている。この悪影響を避けるためにも、許容される最大の送り量を選択するのである。なお、送り量は、その値あるいは範囲が操作者によって入力されたり、工具や工作機械装置8の耐負荷、仕上げ面粗さ等を最適化するシステムによって値あるいは範囲が指定されている場合は、指定された最大値が選択される。
次に、S120において、各加工箇所について、最大の加工能率となる切込み量d、ピックフィード量p、工具姿勢の組合せが算出される。ここで、操作者が入力部28で範囲d1からd2および範囲p1からp2を指定した場合は、その範囲内で、びびり振動の安定性を考慮した上で、S120では、S110で選択された送り量を用いた場合の最大の加工能率となる切込み量dとピックフィード量p、その際の工具姿勢が算出されるのである。なお、算出された切込み量d、ピックフィード量pおよび工具姿勢を算出するに際して、S110で選択された送り量を用いた場合の最大負荷(切削力)を解析し、工具欠損を引き起こさない最大許容値以下となる切込み量d、ピックフィード量pおよび工具姿勢を算出することとしても良い。また、切込み量dとピックフィード量pに基づいて算出される切削幅は、S100で入力された切削幅の許容値を超えないものとされる。すなわち、上述のように、切削幅の大きさはびびり振動の増減に影響を与える値であるため、切込み量dおよびピックフィード量pから切削幅の大きさを算出し、算出された切削幅がS100で入力された切削幅の許容値を超えないように、切込み量dおよびピックフィード量p等が決定される。このように決定された送り量、切込み量d、ピックフィード量pおよび工具姿勢等に基づいて、工具軌跡等算出部32において工具軌跡等が算出され、出力部34を介して外部に出力される。
したがって、本発明の第1の実施形態の工具軌跡生成装置2は、加工条件として、許容される最大の送り量を選択し、切削幅の大きさを考慮して切込み量dおよびピックフィード量pが決定され、これらの値に基づいて工具軌跡等が算出されるため、びびり振動の発生が抑制された加工能率の高い工具軌跡を算出することが可能となる。また、本実施形態においては、工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性、びびり振動の方向および比切削抵抗の大きさと方向を特定する必要が無いため、振動特性等を特定するための手間が低減されるという効果もある。なお、本第1実施形態は、工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性、びびり振動の方向および比切削抵抗の大きさと方向がいずれも特定されていない場合の加工条件決定方法として説明したが、工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性、びびり振動の方向が不明であり、比切削抵抗の大きさと方向が特定されている場合も、第1の実施形態と同じ加工条件決定方法を採用することが可能である。この場合は、比切削抵抗の方向が特定されても、びびり振動の方向が特定できない場合は、びびり振動の増長を抑制する加工条件を決定することが困難であるためである。また、後述する実施形態のように、振動特性、びびり振動の方向および比切削抵抗の大きさと方向の少なくとも1つが特定されている場合でも、第1実施形態の加工条件決定方法を採用することは可能である。なお、本実施形態の工具軌跡生成装置2においては、S110において最大の送り量を選択する部分が送り量選択部を構成し、S120において切削幅を算出する部分が影響値算出部を構成し、切削幅がびびり振動増減影響値を構成している。
なお、第1の実施形態においては、S100において操作者が切削幅の許容値を入力するものとされているが、切削幅の許容値の特定に際しては、操作者は、切削幅が大きくなるほどびびり振動が発生し易いことを勘案して許容値を特定することが可能である。また、切削幅の許容値は、以下の手法によって特定することも可能である。操作者によって、被削材の硬さ(圧縮強さと同程度、せん断強さの2倍程度と近似可能)が1000MPa、コンプライアンス伝達関数の最大値が1μm/Nと特定された場合、せん断強さを500MPa、摩擦係数を1/√3(約0.577、最も一般的な値として近似可能)、すくい角を0度として、せん断モデルと最小エネルギ説を利用することにより、びびり振動を増長し易い切取り厚さ方向の比切削抵抗Ktが1000MPaと推定することができる。次に、切削幅をBmとした場合、加工プロセスゲインの値は、1000*B(MN/m)となり、時間遅れ項を無視して一巡伝達関数の値(近似のため目安値)は、1000*B*1=1000*Bとなる。これにより、切削幅が0.001mの時に一巡伝達関数の大きさが1となり、ゲイン余裕が0dBとなる。したがって、切削幅の許容値は、0.001m以下の値となる。このように算出された切削幅の許容値を用いることにより、びびり振動の増長を抑制する加工条件の決定が可能となる。コンプライアンス伝達関数の最大負実部(絶対値が最大となる負の値)Grmが特定されている場合には、よく知られた公式B=−1/(2*Kt*Grm)に代入して無条件安定限界切削幅Bを求めても良い。例えば、Kt=1000MPa、Grm=−0.5μm/Nの場合、B=−1/(−2*1000*0.5)=0.001mとなる。
なお、上述の第1の実施形態においては、切削幅の大きさが許容値を超えない範囲で最大の加工能率となる工具軌跡を算出するため、被削材の角部など、切削幅が大きくなりやすいためにびびり振動に対する加工システムの安定性が低下する部分では、切削幅を許容値以下に保つために適切な複数の軌跡が生成され、工具軌跡が算出されるものとされる。なお、切削幅の代わりに再生幅を用い、再生幅が許容値を超えない範囲で加工能率を向上するように加工条件を決定し、工具軌跡を算出しても良い。これは、実用上で問題となるびびり振動が再生効果に起因する再生型であることが多く、前回の切削において振動が発生していたとしても、再生幅が小さい場合には現在の切削断面積の変化(再生効果)が少なく、びびり振動を増長させる動的切削力(切削力の変動量)の発生が少ないためである。
(第2実施形態:びびり振動増長幅に基づき加工条件を決定)
次に、本発明の第2の実施形態に係る工具軌跡生成装置2の加工条件決定部30における加工条件決定方法を図8を用いて説明する。図8は、第2の実施形態の加工条件決定方法を説明するためのフローチャートである。第2の実施形態は、後述するびびり振動増長幅というパラメータを設定し、びびり振動の方向が、びびり振動の増長を抑制できる方向となるように送り方向を選択することで、大きな切削幅または再生幅での高能率加工を可能とするものである。なお、第2の実施形態においては、一例として、工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性および比切削抵抗の大きさと方向が不明であり、びびり振動の振動方向が判明している場合を想定している。
図8において、S200では、操作者によって、工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性が不明である旨の情報、工作機械装置8に発生するびびり振動の方向が特定あるいは推定されている旨(およびその振動方向)の情報、および工具に対する被削材の比切削抵抗の大きさと方向が不明である旨の情報が入力される。また、S240で用いられるびびり振動増長幅の許容値もS200で入力される。次にS210において、範囲が指定された送り量の中から最大値となる送り量が選択される。ここで、送り量は、その値あるいは範囲が操作者によって入力されたり、工具や工作機械装置8の耐負荷、仕上げ面粗さ等を最適化するシステムによって値あるいは範囲が指定されるものである。次にS220において、経験的に知られている値や操作者の入力値等を勘案して、切込み量d、ピックフィード量p、さらに、多軸工作機械によるエンドミル加工の場合には工具姿勢が仮決めされる。この切込み量d等は、後述のS230の送り方向の決定のために必要であるため仮決めされるものである。次に、S230において、被削材に対する工具の送り方向が仮決めされる。ここで、S230における送り方向の決定方法について説明する。
第2実施形態の工具軌跡生成装置2においては、加工条件を決定するにあたり、びびり振動の方向が判明している。したがって、第2実施形態では、びびり振動の方向が、特定の面に含まれるように、あるいはびびり振動の方向と特定の面との角度が小さくなるように、送り方向を特定することにより、びびり振動の増長を抑制するものである。ここで、前述の特定の面は、以下の2つの面のいずれかの面である。1つ目の特定の面は、切削幅の方向と切削方向の両方を含む面である。切削幅の方向と切削方向の両方を含む面に平行な方向で振動が発生したとしても、切削断面積の変化が少なく、びびり振動を増長させる動的切削力(切削力の変動量)の発生が少ないためである(後述の図9参照)。なお、切削幅の方向は、前述した切削幅が延びる方向であり、切削断面(切削方向に垂直な面)において現在の切れ刃が関与する部分の両端を結ぶ方向である。ボールエンドミル加工等のように、切削幅の方向や切削方向が短い周期で変動する場合は、切削幅の方向や切削方向の平均値で近似して、上記面を特定することができる。また、2つ目の特定の面は、合成切削力の方向に垂直な面である。合成切削力とは、加工時に工具が被削材に及ぼす各方向の分力(切削方向の主分力、切込み方向の背分力、送り方向の送り分力に分けて呼ばれることが多い)を合成したものであり、びびり振動の方向が合成切削力方向に垂直な面に平行な方向になると、合成切削力のびびり振動方向への力の成分はゼロになり、びびり振動を増長することは無いためである(後述の図11参照)。また、同様に、合成切削力の方向が変動する場合は、合成切削力ベクトルの平均値で近似して、上記面を特定することができる。なお、切削幅の方向の代わりに再生幅の方向を用い、上記の特定の面の1つ目を、再生幅の方向と切削方向の両方を含む面あるいは、切削幅の方向と再生幅の方向の間の方向と切削方向の両方を含む面とすることができる。これは、実用上で問題となるびびり振動が再生効果に起因する再生型であることが多く、前回の切削において再生幅の方向と切削方向を含む面に平行な方向に振動が発生していたとしても、前回の切削時の振動に起因する現在の切削断面積の変化(再生効果)が少なく、びびり振動を増長させる動的切削力(切削力の変動量)の発生が少ないためである。切削幅の方向と再生幅の方向は一般に近い方向であることから、これらの間の方向と切削方向を含む面を特定の面とした場合、切削幅の方向と切削方向を含む面とびびり振動の方向が成す角度が小さいため、現在の切削においてびびり振動の方向に振動が発生したとしても切削断面積の変化が少なく、さらに再生幅の方向と切削方向を含む面とびびり振動の方向が成す角度も小さいため、前回の切削においてびびり振動の方向に振動が発生していたとしても現在の切削断面積の変化が少ないために再生型のびびり振動が増長し難い。
上述のように特定の面を定義した場合、切削幅(再生幅)の方向と切削方向を含む面とびびり振動の方向のなす角度をθ1、合成切削力の方向に垂直な面とびびり振動の方向のなす角度をθ2とし、切削幅(再生幅)をBとして、B*sinθ1*sinθ2というパラメータを設定する。この値は、びびり振動の増減に影響を与える値であり、びびり振動の増長の度合い表すため、このパラメータをびびり振動増長幅と呼ぶこととする。このびびり振動増長幅の大きさが小さいほど、加工プロセスゲインが小さくなり、びびり振動安定性(加工システムのゲイン余裕)が高くなる。したがって、びびり振動の方向が特定の面に含まれるように送り方向を決定することで、びびり振動増長幅はゼロになり、びびり振動の増長が抑制される。また、びびり振動の方向が2つの特定の面の間に位置するように送り方向を決定することで、びびり振動増長幅は小さいものとなり、びびり振動の増長が抑制されるのである。なお、切削幅Bは、S220で仮決めした切込み量dに基づいて決定されるものである。したがって、S230では、びびり振動増長幅を小さくするような基本的な送り方向(びびり振動安定送り方向)が算出される。なお、上述のように、基本的な送り方向はびびり振動増長幅を小さくするような方向とされるため、送り方向は一方向に限られず、複数の方向が基本的な送り方向として算出される。そして、加工箇所ごとに、その基本的な送り方向のいずれかが適切な場合には、その方向を送り方向として仮決めし、いずれの送り方向も適切でない場合、または円弧送りのように送り方向が変化する場合(特に仕上げ加工の工具軌跡を算出する場合には、仕上げ面性状が優先されることから、送り方向は加工面に沿ったパスの中から選択される場合が多い)には、基本的な送り方向に近い(びびり振動増長幅が小さい)方向を送り方向(円弧やスプラインのように変化する送り方向であっても良い)として仮決めする。ここで、基本的な送り方向が複数求まっている場合に、その中から適切なものを選択するには、製品の最終形状の表面と成す角度(成す角度が複数ある場合は最大値や平均値)が小さいことや、加工時の戻り動作を含めた全体の加工時間や軌跡距離が短いことを評価基準とすることができる。また、各加工箇所は、一般に面方位が異なるが、同じ面方位を有する加工箇所については、同じ送り方向を採用することができる。なお、第2実施形態においては、合成切削力が不明である(合成切削力は比切削抵抗の大きさおよび方向から求めることが可能)という前提で説明を行うため、後述のS250で決定される送り方向では、切削幅の方向と切削方向の両方を含む面とびびり振動の方向の成す角度が小さいものと考えることができ、びびり振動増長幅は、B*sinθ1で表される。
次に、S240において、S210で選択した送り量、S220で仮決めした切込み量d等、およびS230で仮決めした送り方向を用いて、加工箇所毎に、びびり振動増長幅を算出し、算出されたびびり振動増長幅がS200で入力されたびびり振動増長幅の許容値以下であるか否かが判断される。S240において、算出されたびびり振動増長幅が許容値以下であると判断されない加工箇所(S240:No)については、S220に進み、新たな切込み量d等が仮決めされ(例えば、加工能率を高めるため、可能な範囲の中で大きな切込み量から徐々に小さな切込み量を探索する。そのステップは、例えば除去が必要な深さの整数分の1とすることができる)、S230で再度送り方向が仮決めされる。一方、S240において、すべての加工箇所について算出されたびびり振動増長幅が許容値以下であると判断される場合(S240:Yes)は、S250に進む。次に、S250において、加工箇所毎に、送り量、送り方向、切込み量d、ピックフィード量pおよび工具姿勢等の加工条件が決定される。なお、後述するように、製品の角部等、一定の加工条件で加工することができないような特定の加工位置の加工条件はS250では算出されない。上述の円弧送りのように、送り方向が変化する場合は、この特定の加工位置として取り扱っても良い。
次に、S260において、びびり振動増長幅が許容値を超えない範囲で、製品の角部等の加工位置における加工条件が算出される。S220で仮決めされる条件や、S230で決定される送り方向で加工することができず、加工条件または送り方向が変化してしまう加工位置、例えば、送り始めの加工位置や終了の加工位置あるいは角部の加工位置においては、S250とは別の加工条件として、例えば変化する条件の中でも最も安定性が低下する加工位置を基準に切込み量等の条件を算出し、加工送り方向を選択する。この場合も、びびり振動の発生を抑制することが必要であるため、S260では、びびり振動増長幅の許容値を考慮し、びびり振動増長幅の値が許容値を超えないような加工条件を算出する。例えば、複数回に分けて徐々に切込み量を増やして加工を行う加工条件や、工具のノーズ半径より大きな円弧で少しずつ切り込んでいくような加工条件等が考えられる。いずれの加工条件もびびり振動増長幅が許容値を超えないような加工条件とされる。このようにS250およびS260で決定された加工条件が工具軌跡等算出部32に入力される。工具軌跡等算出部32では工具軌跡等が算出され、出力部34を介して外部に出力される。なお、ここではすべての加工箇所について加工条件や送り方向を決定し、その後に工具軌跡を算出するものとして説明したが、各加工箇所の工具軌跡を算出する中で加工条件や送り方向を決定しても良い。
ここで、第2実施形態によって算出される工具軌跡の例を以下に説明する。なお、第2実施形態はボールエンドミル加工についての実施形態であったが、以下に示す工具軌跡の例は、中ぐり加工の工具軌跡である。図9は、中ぐり加工(ボーリング)を行う際の被削材に対する工具軌跡および工具と被削材の加工部分(切削断面)の位置関係を説明するための模式図であり、図9(a)は従来の工具軌跡を示す図、図9(b)は従来の工具軌跡における工具と被削材の加工部分の位置関係を示す図、図9(c)は第2実施形態によって算出された工具軌跡における工具と被削材の加工部分の位置関係を示す図、図9(d)は第2実施形態を応用して算出された工具軌跡である。なお、この例におけるびびり振動は工具側に発生するものであり、びびり振動の方向は図9(a)に示すように、図中上下方向である。
図9に示すように、破線よりも外周側を中ぐり加工する場合、一般的な中ぐり工具は、回転主軸の軸方向に長く突き出すため、回転軸方向と垂直な2方向に低剛性で振動しやすいと考えられる。したがって、操作者は軸方向(通常、旋盤ではz方向)と垂直な2方向である切削方向(通常、旋盤ではy方向)と切込み方向(通常、旋盤ではx方向)がびびり振動の方向と推定し、工具軌跡生成装置2に入力する。従来の工具軌跡生成装置が算出する工具軌跡は、図9(a)に示すように、基本的な送り方向をz方向またはx方向としていたため、図9(b)に示すように、振動方向に見た切削幅(再生幅)はある程度の値を持っており、びびり振動方向(この場合には2方向であるためにびびり振動面と言うこともできる)と切削幅が延びる方向と切削方向の両方を含む面とが平行な状態とはなっていなかった。これに対し、本実施形態では、送り方向を図9(c)に示す方向とすることにより、振動方向に見た切削幅(再生幅)の値を可能な限り小さくする、すなわち、びびり振動の方向と切削幅が延びる方向とを一致させることにより、びびり振動の方向と、切削幅が延びる方向と切削方向の両方を含む面とが平行な状態となるようにしている。したがって、工具がびびり振動方向に振動したとしても、切削断面積の変化が少なく、びびり振動を増長させる動的切削力の発生が低減されるのである。なお、図9(c)には、2つの送り方向が示されているが、いずれの送り方向であってもびびり振動方向と切削幅が延びる方向と切削方向の両方を含む面とが平行の方向が一致しているため、どちらの送り方向を選択するかは、戻り動作を含めた全体の加工時間や軌跡距離が短くなるように決定することができる。図9(d)は、図9(c)の左側の図の送り方向を選択した場合の工具軌跡である。
したがって、本発明の第2の実施形態の工具軌跡生成装置2は、加工条件として、送り量を選択し、送り量に基づいて切込み量d等を決定し、これらの値に基づいて工具軌跡等が算出されるため、びびり振動の発生が抑制された加工能率の高い工具軌跡を算出することが可能となる。なお、本第2実施形態は、びびり振動方向が特定され、工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性および比切削抵抗の大きさや方向がいずれも特定されていない場合の加工条件決定方法として説明したが、びびり振動方向に加えて振動特性が特定され、比切削抵抗の大きさや方向が特定されていない場合も、第2の実施形態と同じ加工条件決定方法を採用することが可能である。びびり振動方向と振動特性の両方を勘案して工具軌跡を算出する方法よりも、第2実施形態の加工条件決定方法の方が簡便な方法であり、容易に工具軌跡を算出することが可能となるためである。また、びびり振動の方向に加えて、比切削抵抗の大きさおよび方向が特定されている場合でも、本実施形態を適用することは可能であることは言うまでも無い。なお、本実施形態の工具軌跡生成装置2においては、S210において最大の送り量を選択する部分が送り量選択部を構成し、S230において基本的な送り方向を決定する部分が安定送り方向決定部を構成し、S240においてびびり振動増長幅を算出する部分が影響値算出部を構成し、びびり振動増長幅がびびり振動影響値を構成し、S260において加工送り方向を選択する部分が加工送り方向選択部を構成している。
また、びびり振動方向および比切削抵抗の大きさと方向がいずれも特定されておらず、工具と被削材を含む工作機械装置8の振動特性が特定されている場合も、第2実施形態と同じ加工条件決定方法を採用することが可能である。この場合は、びびり振動方向が特定されていないが、工作機械装置8の振動特性である伝達関数(加工箇所における工具または被削材のコンプライアンス伝達関数)行列から振動方向を抽出し、抽出された振動方向をびびり振動方向とみなして送り方向を決定することが可能である。この方法について以下説明する。
この伝達関数行列の各成分は、例えばGXZ(s)は、z方向の加振力に対してx方向の振動がどの程度、どの周波数で、どの位相遅れで発生するかを表す。なお、sはラプラス演算子である。剛性が低い(伝達関数が高い)可能性のあるすべての方向の伝達関数が上記のように与えられた場合、例えば、各周波数で、この行列の固有値解析を行い、固有ベクトルと固有値を求める。固有ベクトルはその振動モードの方向(基準座標)を表し、固有値がその基準振動のコンプライアンスを示している。この固有ベクトルと固有値を求める手法を以下に説明する。
工具および被削材を含む工作機械装置を最も振動し易い方向に加振した場合、工作機械装置は最も振動し易い方向に振動するが、最も振動し易い方向からずれた方向に加振しても加振した方向には振動せず、最も振動し易い方向に振動方向がずれることになる。このことから、変位ベクトルをX、伝達関数行列をG、加振力ベクトルをFとし、X=G*Fの関係が成立するとすると、XがFのスカラー倍(λ倍)になる時、すなわち、λ*F=G*Fを満たすゼロベクトルではないベクトルFの1つが最も振動し易い方向の加振力となる。この式を解くと、λが固有値(コンプライアンス)、Fが固有ベクトルとなる。すべての周波数で固有値および固有ベクトルをすべて(上記の三次元の行列では三個)求め、その中で固有値(コンプライアンス)が最大となる時の固有ベクトルがびびり振動の方向であると推測することができる。なお、固有ベクトルは振動モードの方向を表し、固有ベクトルの大きさは意味を成さないものである。
上述の振動方向を求める手法で、コンプライアンスが最大となる場合として、複素数で表されるコンプライアンスの大きさが最大となる場合(共振周波数)を採用することができ、この手法におけるコンプライアンスは、主にモードカップリング型の自励びびり振動の発生し易さに比例している。一方、コンプライアンスの実部の最小値(最大負実部)の絶対値が最大となる場合の方向を振動方向と推測することも可能であり、この手法におけるコンプライアンスは、主に再生型の自励びびり振動の発生し易さに比例している。したがって、振動方向を推測するにあたり、コンプライアンスの値をどのように評価するかは、加工方法に応じて変更することが可能である。例えば旋削では再生型、ミリングでは両方の型が混在する場合が多いことが分かっている。したがって、びびり振動の方向が特定されていない場合でも、工作機械装置8の振動特性よりびびり振動の方向を抽出し、加工時の送り方向を決定することができる。
なお、びびり振動の方向を特定あるいは推定する手法としては、以下の方法がある。例えば、操作者が、工具とその固定具(ツーリング)、被削材とその固定具(チャックや治具)、工作機械(細長い主軸部、ラム部、コラム部等)を見て、操作者の経験と感により、振動し易い方向をびびり振動方向と特定あるいは推定することができる。なお、被削材が振動し易いと特定あるいは推定される場合は、加工箇所によって振動方向が変化する場合があるため、びびり振動を考慮したい全ての加工箇所に対して、振動の方向が入力される必要がある。また、動剛性が最も低いと考えられる構造に対して、CADデータ等の形状データ(材料データもあることが望ましい)が与えられれば、例えば、有限要素法解析によって共振モードが予測され、振動の方向が予測可能である。なお、びびり振動の方向を特定あるいは推定する際には、回転制御軸を含む多軸工作機械においては、そのびびり振動を発生すると推定される構造が、軸構成の中のどの位置にあるかについても入力される必要ある。例えば、xyzの並進3軸制御の工作機械においては、びびり振動の方向を特定あるいは推定するだけで良いが、回転制御軸を含む4軸、5軸等の多軸工作機械では、被削材を工具に対して相対的に傾けた際に、そのびびり振動方向が被削材に固定の方向であるのか、工具に固定の方向であるのか、という情報も必要となる。
(第3実施形態:びびり振動増長幅および合成切削力に基づき加工条件を決定)
次に、本発明の第3の実施形態に係る工具軌跡生成装置2の加工条件決定部30における加工条件決定方向を図10を用いて説明する。図10は、第3の実施形態の加工条件決定方法を説明するためのフローチャートである。第3の実施形態は、上述のびびり振動増長幅に基づいて、びびり振動の方向を、びびり振動の増長を抑制できる方向となるように送り方向を決定するものである。なお、第3の実施形態においては、一例として、工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性が不明であり、びびり振動の方向および比切削抵抗の方向(合成切削力の方向と一直線上にある)が判明している場合を想定している。
図10において、S300では、操作者によって、工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性が不明である旨の情報、工作機械装置8に発生するびびり振動の方向が特定あるいは推定されている旨(およびその振動の方向)の情報、および工具に対する被削材の比切削抵抗の方向が特定あるいは推定されている旨(および比切削抵抗の方向)の情報が入力される。また、S360で用いられるびびり振動増長幅の許容値もS300で入力される。次に、S310において、範囲が指定された送り量の中から最大値となる送り量が選択されて、加工条件として仮決めされる。次にS320において、経験的に知られている値や操作者の入力値等を勘案して、切込み量d、ピックフィード量p、さらに、多軸工作機械によるエンドミル加工の場合には工具姿勢が仮決めされる。この切込み量d等は、後述のS330の送り方向の決定のために必要であるため、仮決めされるものである。次に、S330において、被削材に対する工具の送り方向が仮決めされる。ここで、S330における送り方向の決定方法について説明する。
第3の実施形態の工具軌跡生成装置においては、加工条件を決定するにあたり、びびり振動の方向および比切削抵抗の方向が判明している。したがって、第3実施形態では、びびり振動の方向が、切削幅の方向と切削方向の両方を含む面あるいは合成切削力の方向に垂直な面と平行な方向となるように、あるいはびびり振動の方向が前述の2つの面とそれぞれ成す角度が小さくなるような送り方向を算出する。また、びびり振動増長幅は、B*sinθ1*sinθ2で表される。したがって、S330では、びびり振動増長幅を小さくするような基本的な送り方向が算出される。なお、上述のように、基本的な送り方向はびびり振動増長幅を小さくするように算出されるため、送り方向は一方向に限られず、複数の方向が基本的な送り方向として算出される。そして、加工箇所毎に、その基本的な送り方向のいずれかが適切な場合には、その方向を送り方向として決定し、いずれの方向も適切でない場合には、基本的な送り方向に近い方向を送り方向として決定する。
次に、S340において、S310で選択した送り量、S320で仮決めした切込み量d等、およびS330で決定した送り方向を用いて、加工箇所毎に、びびり振動増長幅を算出し、算出されたびびり振動増長幅がS300で入力されたびびり振動増長幅の許容値以下であるか否かを判断する。S340において、算出されたびびり振動増長幅が許容値以下であると判断されない加工箇所(S340:No)については、S320に進み、新たな切込み量d等が仮決めされ、S330で再度送り方向が決定される。一方、S340において、すべての加工箇所について算出されたびびり振動増長幅が許容値以下であると判断される場合(S340:Yes)は、S350に進む。次に、S350において、加工箇所毎に、送り量、送り方向、切込み量d、ピックフィード量pおよび工具姿勢等の加工条件が決定される。なお、後述するように、製品の角部等の特定の加工位置の加工条件はS350では算出されない。
次に、S360において、びびり振動増長幅が許容値を超えない範囲で、製品の角部等の加工位置における加工条件が算出され、加工方向が選択される。このように、S350およびS360で決定された加工条件は工具軌跡等算出部32に入力される。工具軌跡等算出部32では、工具軌跡等が算出され、出力部34を介して外部に出力される。
ここで、第3実施形態を応用して算出される工具軌跡の例を以下に説明する。なお、第3の実施形態はボールエンドミル加工についての実施形態であったが、以下に示す工具軌跡の例は、ねじれ角がゼロの場合のエンドミル加工の工具軌跡である。図11は、エンドミル加工を行う際の被削材に対する工具軌跡および工具と被削材の加工部分の位置関係を説明するための2次元的な模式図であり、図11(a)は従来の工具軌跡を示す図、図11(b)は従来の工具軌跡における工具と被削材の加工部分の位置関係を示す図、図11(c)は第3実施形態によって算出された基本的な送り方向における工具と被削材の加工部分の位置関係を示す図、図11(d)は第3実施形態によって算出された1つの送り方向に基づく工具軌跡を示す図である。なお、この例におけるびびり振動は被削材において発生し、びびり振動の方向は図11(a)に示すように図中上下方向である。
図11(a)に示す工具軌跡の場合、図11(b)に示すように、工具の基本的な送り方向はベクトルf1の方向となり、工具の一刃の切削による平均的な切削方向はベクトルv1となる。また、平均的な合成切削力の方向はベクトルr1となり、切削幅の方向は紙面に垂直な方向であるベクトルw1となる。
図11に示すように、2次元的なエンドミル加工を行う場合、従来は1軸のテーブル送りをするような、または最終形状の面方位に合わせた工具軌跡を用いることが行われていた。図11(a)に示す従来の工具軌跡生成装置が算出する工具軌跡では、図11(b)に示すように、びびり振動方向と平均的な切削方向(ベクトルv1)は一致しておらず、またびびり振動方向と平均的な合成切削力の方向(ベクトルr1)は直交していなかった。これに対し、本実施形態に係る工具軌跡では、送り方向を図11(c)の上側の2つの図に示す方向とすることにより、びびり振動方向と平均的な切削方向(ベクトルv1)とを一致させて、びびり振動の方向と、切削幅の方向と切削方向の両方を含む面とが平行な状態となるようにしている。したがって、被削材がびびり振動方向に振動したとしても、切削断面積の変化が少なく、びびり振動を増長させる動的切削力の発生が低減されるのである。なお、図11(c)の左上に示す図は、工具が被削材に対してアップカットで切削する状態であり、図11(c)の右上に示す図は、工具が被削材に対してダウンカットで切削する状態であり、送り方向を決定する際には、アップカットで切削を行うのか、ダウンカットで切削を行うのかということも考慮される。このアップカットとダウンカットの選択は、操作者の入力に従うものとしても良い。
また、本実施形態に係る工具軌跡では、送り方向を図11(c)の下側の2つの図に示す方向とすることにより、びびり振動の方向と、平均的な合成切削力の方向(ベクトルr1)に垂直な面とが平行な状態となるようにしている。したがって、被削材がびびり振動方向に振動したとしても、平均的な合成切削力のびびり振動方向への力の成分はゼロになるため、びびり振動を増長させることが抑制されるのである。なお、図11(c)の左下に示す図は、工具が被削材に対してアップカットで切削する状態であり、図11(c)の右下に示す図は、工具が被削材に対してダウンカットで切削する状態であり、送り方向を決定する際には、アップカットで切削を行うのか、ダウンカットで切削を行うのかということも考慮される。
したがって、本発明の第3の実施形態の工具軌跡生成装置2は、加工条件として、送り量を選択し、送り量に基づいて切込み量d等を決定し、これらの値に基づいて工具軌跡等を算出するため、びびり振動の発生が抑制された加工能率の高い工具軌跡を算出することが可能となる。また、本実施形態では、第2の実施形態に比べて、合成切削力の方向が分かっているため、基本的な送り方向の選択肢が増加することになり、よりびびり振動の発生が抑制された加工能率の高い工具軌跡を算出することが可能となる。なお、本実施形態の工具軌跡生成装置2においては、S310において最大の送り量を選択する部分が送り量選択部を構成し、S340においてびびり振動増長幅を算出する部分が影響値算出部を構成し、びびり振動増長幅がびびり振動影響値を構成し、S360において加工送り方向を選択する部分が加工送り方向選択部を構成している。
なお、本実施形態は、びびり振動方向および比切削抵抗の方向が特定され、振動特性が特定されていない場合の加工条件決定方法として説明したが、比切削抵抗の方向が分からない場合でも、以下に説明する方法によって、比切削抵抗の方向を推定することにより、本実施形態の加工条件決定方法を用いることは可能である。
例えば、解析によって比切削抵抗の方向を推定することも可能である。例えば、工具形状と摩擦係数(不明の場合は0.5としても誤差は少ない)から加工力の方向を計算することが可能である。具体的には、合成切削力の方向を、工具形状、切りくず流出方向、摩擦係数(または分力比)から推定することが可能であり、工具形状から、切りくず流出方向は、ColwellやStablerの経験則によって経験的に求めることができる。摩擦係数は、被削材と工具の情報からデータベース化するか、または経験的に例えば0.5程度の値を用いることができる。また、摩擦係数は、横軸に工具のすくい角、縦軸に摩擦係数(例えば、下端に非常に小さい(0.1)、上端に非常に大きい(0.8)と表示)を示すグラフを用意し、操作者にグラフ上の1点を特定させて推定することも可能である。このように、切りくず流出方向と摩擦係数が分かれば、工具形状から切りくず流出方向と反対方向に摩擦力、工具すくい面に垂直な方向に垂直抗力、それらの合力として合成切削力の方向を推定することが可能となる。また、切削モデルによる解析によっても、摩擦係数と工具形状から合成切削力の方向を推定することができる。
(第4実施形態:加工プロセスゲインに基づいて加工条件を決定)
次に、本発明の第4の実施形態に係る工具軌跡生成装置2の加工条件決定部30における加工条件決定方法を図12を用いて説明する。図12は、第4の実施形態の加工条件決定方法を説明するためのフローチャートである。なお、第4の実施形態においては、第3の実施形態と同様に、一例として、工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性が不明であり、びびり振動の方向および比切削抵抗の大きさと方向が判明している場合を想定して説明を行う。第2および第3の実施形態においては、びびり振動の方向が特定の面に平行な方向あるいは特定の面との成す角度が小さくなるように、送り方向を決定するものであったが、これらの実施形態では、加工システムの加工プロセスゲインを定性的に小さくするような送り方向が選択されていると考えられる。これに対し第4の実施形態は、加工プロセスゲインの値を小さくするような送り方向等を選択し、加工条件を決定するものである。なお、加工プロセスゲインの値は、びびり振動の増減に影響を与える値の一例である。
なお、第4の実施形態では、振動特性Gが不明なため、加工システムのゲイン余裕を定量的に算出することが不可能であるが、びびり振動の方向が特定されているため、その方向の振動のみを考慮すれば良い。加工システムは、一巡伝達関数が1未満で、1より小さいほど安定であることから、加工プロセスゲインは、小さい値であればあるほど加工システムが安定しているといえる。したがって、びびり振動の方向が特定されている場合には、加工プロセスゲインのびびり振動方向成分のみを算出して比較することで、より安定で加工能率を高くできる送り方向や、切込み量とピックフィード量の組合せを決定することができる。
図12において、S400では、操作者によって、工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性が不明である旨の情報、工作機械装置8に発生するびびり振動の方向が特定あるいは推定されている旨の情報、および工具に対する被削材の比切削抵抗の大きさと方向が特定あるいは推定されている旨の情報(およびその方向)が入力される。また、S440で用いられる加工プロセスゲインの許容値もS400で入力される。なお、S400では、びびり振動の方向が1方向に特定された旨(および、びびり振動の方向)の情報が入力されるものとする。次に、S410において、範囲が指定された送り量の中から最大値となる送り量が選択されて加工条件として仮決めされる。次に、S420において、経験的に知られている値や操作者の入力値等を勘案して、切込み量d、ピックフィード量p、さらに、多軸工作機械の場合には工具姿勢が仮決めされる。この切込み量d等は、後述のS430び送り方向の決定のために必要であるため仮決めされるものである。次にS430において、被削材に対する工具の送り方向が仮決めされる。次にS440において、S410で選択した送り量、S420で仮決めした切込み量d等、およびS430で仮決めした送り方向を用いて、加工箇所毎に、加工プロセスゲインを算出し、算出された加工プロセスゲインがS400で入力された加工プロセスゲインの許容値以下であるか否かを判断する。ここで、加工プロセスゲインの算出方法について以下に説明する。
例えば、被削材22とボールエンドミル20の間に、図3のw軸方向のびびり振動が発生すると予想される場合は、加工プロセスゲインは、w軸方向の成分であるPwのみを考慮すれば良い。この値は、w軸方向の再生変位Δwによって生じるw軸方向の動的切削力fwの割合で与えられる。すなわち、Pw=fw/Δwである。ボールエンドミル加工では、Pwが、工具回転角度によって変動するが、通常はびびり振動がこの工具回転に同期してあまり変動しないと見なせることから、加工プロセスゲインを、Pwの平均値によって近似し得ることが知られている。したがって、図3において、当該切削条件で、ボールエンドミル20と被削材22の間にw軸方向の微小な変位を与えた場合に生じる切削力の増分のw軸方向成分の平均値を解析的(あるいは実験的でも良い)に求めることにより、加工プロセスゲインを近似的に算出することができる。
S440において、算出された加工プロセスゲインが許容値以下であると判断されない加工箇所(S440:No)については、S420に進み、新たな切込み量d等が仮決めされ、S430で再度送り方向が決定される。一方、S440において、すべての加工箇所について算出された加工プロセスゲインが許容値以下であると判断される場合(S440:Yes)は、S450に進む。次にS450において、加工箇所毎に、送り量、送り方向、切込み量d、ピックフィード量pおよび工具姿勢等の加工条件が決定される。次にS460において、加工プロセスゲインが許容値を超えない範囲で、製品の角部等の加工箇所における加工条件が算出され、加工送り方向が選択される。決定あるいは算出された加工条件は、工具軌跡等算出部32に入力され、工具軌跡等算出部32では、工具軌跡等が算出され、出力部34を介して外部に出力される。
したがって、本発明の第4の実施形態の工具軌跡生成装置2は、加工プロセスゲインを算出し、加工プロセスゲインが許容値を超えない範囲で加工条件が決定されるため、びびり振動の発生が抑制された加工能率の高い工具軌跡を算出することが可能となる。また、本実施形態では、びびり振動の方向を特定することによって、加工能率をより高くできる送り方向が求められることが重要であり、加工前の素材の形状と製品の最終形状の間の削り代が多い場合には、まず荒加工で最も加工能率を高くできる送り方向を優先して選択し、仕上げ加工時には、加工面に沿った経路の中で最も加工能率を高くできる送り方向を優先して選択することで、加工能率の高い工具経路を生成することが可能となる。また、上述のように、びびり振動の方向が一方向に特定される場合には、加工プロセスゲインが簡単なスカラー量となるため、加工プロセスゲインの算出も簡略化される。なお、本実施形態の工具軌跡生成装置2においては、S410において最大の送り量を選択する部分が送り量選択部を構成し、S440において加工プロセスゲインを算出する部分が影響値算出部を構成し、加工プロセスゲインがびびり振動影響値を構成し、S460において加工送り方向を選択する部分が加工送り方向選択部を構成している。
なお、上述の実施形態では、びびり振動の方向がw軸方向の場合について説明したが、びびり振動が2方向、例えばxy軸方向の場合は、図3において、x、y軸方向の再生変位Δx、Δyによって生じるx、y軸方向成分の動的切削力成分fx、fyのみを考慮すれば良い。このとき、加工プロセスゲインの各要素は、Δxによって生じるfxx、fyxの割合、すなわちPxx=fxx/Δx、Pyx=fyx/Δx、Δyによって生じるfxy、fyyの割合、すなわちPxy=fxy/Δy、Pyy=fyy/Δyによって与えられる。上述のように、加工プロセスゲインの大きさを評価するには、P行列の平均値を求めた上で、その行列の大きさを評価する必要がある。ここでは、再生変位ベクトルの大きさ((Δx2+Δy2)1/2)と動的切削力の大きさ((fx 2+fy 2)1/2)の間の倍率((fx 2+fy 2)1/2/(Δx2+Δy2)1/2)が問題である。この倍率を求めるためには、x、y方向のびびり振動の比率を操作者に入力させても良いし、単純にΔx:Δy=1:1とすることもできる。例えば、ボールエンドミルが細長くて低剛性の場合には、xy方向に同程度の振動が発生することが想定されるため、Δx:Δy=1:1として、(fx 2+fy 2)1/2/(Δx2+Δy2)1/2=(((Pxx+Pxy)2+(Pyx+Pyy)2)/2)1/2によって加工プロセスゲインの大きさを比較することができる。したがって、図3において、当該切削条件で、ボールエンドミル20と被削材22の間に、x、y軸方向の微小な変位を与えた場合に生じる切削力の増分のx、y軸方向成分の平均値を解析的(あるいは実験的)に求めることにより、加工プロセスゲインを近似的に算出することができる。この大きさが許容値以下で、かつ加工能率を高くできる送り方向や、切込み量dとピックフィード量pの組み合わせ等が決定される。この場合においても、振動方向の加工プロセスゲインのみを検討することにより、加工条件を決定するための演算が簡略化される。
また、びびり振動が3方向、すなわち、xyz軸方向の場合は、図3において、x、yおよびz軸方向の再生変位Δx、ΔyおよびΔzによって生じるx、yおよびz軸方向成分の動的切削力成分f
x、f
yおよびf
zを考慮する。このとき、加工プロセスゲインの各要素は、x軸方向の再生変位Δxによって生じるx、y、z軸方向成分の動的切削力成分f
xx、f
yx、f
zxの割合(P
xx=f
xx/Δx、P
yx=f
yx/Δx、P
zx=f
zx/Δx)、Δyによって生じるf
xy、f
yy、f
zyの割合(P
xy=f
xy/Δy、P
yy=f
yy/Δy、P
zy=f
zy/Δy)、Δzによって生じるf
xz、f
yz、f
zzの割合(P
xz=f
xz/Δz、P
yz=f
yz/Δz、P
zz=f
zz/Δz)によって与えられる。
上述のように、加工プロセスゲインの大きさを比較するため、P行列が時間によって変化する場合にはその平均値を求めた上で、その行列の大きさを、再生変位ベクトルの大きさ(Δx
2+Δy
2+Δz
2)
1/2 と動的切削力の大きさ(f
x 2+f
y 2+f
z 2)
1/2 の間の倍率(f
x 2+f
y 2+f
z 2)
1/2/(Δx
2+Δy
2+Δz
2)
1/2 によって評価する。この倍率を求めるため、x、y、z方向のびびり振動の比率が必要である。これを1:b:cとすれば、再生変位ベクトルは(Δx,Δy,Δz)=(Δx,bΔx,cΔx)、その大きさは(Δx
2+b
2Δx
2+c
2Δx
2)
1/2=Δx(1+b
2+c
2)
1/2 となる。一方、動的切削力は(P
xxΔx+P
xyΔy+P
xzΔz,P
yxΔx+P
yyΔy+P
yzΔz,P
zxΔx+P
zyΔy+P
zzΔz)=Δx(P
xx+P
xyb+P
xzc,P
yx+P
yyb+P
yzc,P
zx+P
zyb+P
zzc)、その大きさはΔx((P
xx+P
xyb+P
xzc)
2+(P
yx+P
yyb+P
yzc)
2+(P
zx+P
zyb+P
zzc)
2)
1/2となる。従って、その間の倍率、すなわち加工プロセスゲインの大きさは、(((P
xx+P
xyb+P
xzc)
2+(P
yx+P
yyb+P
yzc)
2+(P
zx+P
zyb+P
zzc)
2)/(1+b
2+c
2))
1/2 によって算出することができる。なお、びびり振動の比率を1:1:1とすれば、(((P
xx+P
xy+P
xz)
2+(P
yx+P
yy+P
yz)
2+(P
zx+P
zy+P
zz)
2)/3)
1/2 となる。
したがって、図3において、当該切削条件で、ボールエンドミル20と被削材22の間に、x、yおよびz軸方向の微小な変位を与えた場合に生じる切削力の増分のx、yおよびz軸方向成分の平均値を解析的(あるいは実験的)に求めることにより、加工プロセスゲインを近似的に算出することができる。この大きさを許容値以下で、かつ加工能率を高くできる送り方向や、切込み量dとピックフィード量pの組み合わせ等が決定される。
上述したように、本発明の第4の実施形態では、工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性が不明であり、びびり振動安定限界を正確に特定することができないため、加工システムのゲイン余裕を0dB以上として加工条件を算出することができない。したがって、本実施形態では、びびり振動の発生を抑制するために、びびり振動安定性を低下させる加工プロセスゲインの許容値(上限値)を操作者の経験的判断等によって決定し、その許容値を超えない範囲で、各加工箇所において、より良い(より加工能率が高い、が基本であるが、従来から行われている加工抵抗を許容値以下に保つ、仕上げ面粗さが小さい、などを組合わせることもできる)加工条件を決定するものである。許容値は、工作機械装置8の振動特性が不明であるため、外部から入力される必要があるが、びびり振動安定性を考慮して(加工プロセスゲインの大きさを許容値に近づける)加工条件を決定することにより、被削材のどの箇所を加工する際にも同程度のびびり振動安定性を維持し、無駄に加工能率を低くすることがなくなるのである。
(第5実施形態:一巡伝達関数の大きさに基づいて加工条件を決定)
次に、本発明の第5の実施形態に係る工具軌跡生成装置2の加工条件決定部における加工条件決定方法を図13を用いて説明する。図13は、第5の実施形態の加工条件決定方法を説明するためのフローチャートである。なお、第5の実施形態においては、一例として、工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性および比切削抵抗の大きさと方向がいずれも判明している場合を想定して説明を行う。なお、びびり振動の方向は判明していても判明していなくてもどちらでも良い。
図13において、S500では、操作者によって工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性が特定あるいは推定されている旨の情報、および工具に対する被削材の比切削抵抗の大きさと方向が特定あるいは推定されている旨の情報が入力される。また、S540で用いられる加工システムの一巡伝達関数の許容値もS500で入力される。次に、S510において、範囲が指定された送り量の中から最大値となる送り量が選択されて、加工条件として仮決めされる。次にS520において、経験的に知られている値や操作者の入力値等を勘案して、切込み量d、ピックフィード量p、さらに、多軸工作機械によるエンドミル加工の場合には工具姿勢が仮決めされる。次にS530において、被削材に対する工具の送り方向が仮決めされる。次にS540において、S510で選択した送り量、S520で仮決めした切込み量d等、およびS530で仮決めした送り方向を用いて、加工箇所毎に、加工システムの一巡伝達関数の大きさを算出し、算出された一巡伝達関数の大きさが許容値以下であるか否かが判断される。
図4において、加工プロセスゲインである行列Pの各値は、送り量、切込み量dおよびピックフィード量p等の値で変化する値である。したがって、ここでは、加工システムの一巡伝達関数の大きさ(ゲイン余裕の逆)、すなわち(1−e−Ts)PG(重複率μ≒1と近似できる場合)の大きさを計算し、その値が許容値を超えるか否かを調べることによって、加工条件を決定するものである。なお、加工システムの一巡伝達関数の算出に際しては、工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性Gや被削材22の比切削抵抗等の値が用いられる。また、切込み量dおよびピックフィード量pは、操作者に入力部28で範囲が特定されている場合は、操作者に特定された範囲内で、びびり振動の安定性を考慮した上で高い加工能率となる組合せが決定される。
S540において、算出された一巡伝達関数の大きさが許容値以下であると判断されない加工箇所(S540:No)についてはS520に進み、新たな切込み量d等が仮決めされ、S530で再度送り方向が仮決めされる。一方、S540において、すべての加工箇所について算出された一巡伝達関数の大きさが許容値以下であると判断される場合(S540:Yes)は、S550に進み、加工箇所毎に、送り量、送り方向、切込み量d、ピックフィード量pおよび工具姿勢等の加工条件が決定される。次にS560において、一巡伝達関数が許容値を超えない範囲で、製品の角部等の加工位置における加工条件が算出され、加工送り方向が選択される。このようにS550およびS560で決定された加工条件が、工具軌跡等算出部32に入力され、工具軌跡等算出部32では、工具軌跡等が算出され、出力部34を介して外部に出力される。
したがって、本発明の第5の実施形態の工具軌跡生成装置2は、加工条件がびびり振動安定限界を考慮して決定され、さらに、加工条件が操作者に特定された範囲内でより高い加工能率を達成するように決定されるため、工作機械装置8の加工能率を向上させる工具軌跡を算出することが可能となる。加工時のびびり振動の発生を懸念して、必要以上に加工能率を低下させることが無いからである。また、演算によってびびり振動安定性の高い工具軌跡を算出することができるため、実際に加工を行った結果として工具軌跡を決定する場合に比べて、容易に工具軌跡を算出することができる。なお、本実施形態の工具軌跡生成装置2においては、S510において最大の送り量を選択する部分が送り量選択部を構成し、S540において一巡伝達関数を算出する部分が影響値算出部を構成し、一巡伝達関数がびびり振動影響値を構成し、S560において加工送り方向を選択する部分が加工送り方向選択部を構成している。
なお、第5の実施形態においては、第1乃至第4の実施形態に比べて、より正確な送り方向の選択と切込み量およびピックフィード量の決定が可能となる。また、上述の実施形態では、加工システムの一巡伝達関数の許容値を入力し、一巡伝達関数が許容値を超えない範囲で加工条件を決定したが、許容値を入力することは必須の構成ではない。本実施形態では、一巡伝達関数の値に基づいて加工条件が決定され、びびり振動の発生の有無を正確に判断できるため、許容値を入力することに代えて、一巡伝達関数が1以下となる加工条件、すなわちゲイン余裕が0dB以上となる加工条件を決定することもできる。この場合は、余裕を見て一巡伝達関数の許容値を小さく設定した場合に比べ、より加工能率の高い工具軌跡を算出することが可能となる。
また、第5の実施形態においては、びびり振動安定限界を考慮して加工条件を決定するとともに、ボールエンドミル20の回転数を、より安定している(びびり振動が起き難い)回転数とすることができる。この場合は、操作者によってボールエンドミル20の主軸の回転数の範囲が入力され、当該範囲内における各回転数毎に一巡伝達関数の大きさを演算することが可能であり、各回転数についてのびびり振動安定性を評価することができる。この評価に基づき、工具軌跡生成装置2は、操作者に対して、最も安定している回転数における加工条件を示したり、比較的安定している回転数を複数示し、これらの回転数の中から、操作者が加工能率や工具摩耗を考慮して選択した回転数に基づいて加工条件を示したりすることができる。また、工具軌跡生成装置2自身が、被削材と工具の材質を考慮して、最適な切削速度(回転数)を判断し、回転半径から適切な回転数範囲を求めることとすることもできる。
また、第5の実施形態においては、びびり振動無条件安定限界を考慮して加工条件を決定することとすることもできる。びびり振動無条件安定限界とは、ボールエンドミル20の切込み量を、回転数によらずびびり振動が発生しない値とすることをいい、図5のグラフを参照すると、切込み量を約1.5mm程度の値とすることを意味する。したがって、この場合は、操作者あるいは工具軌跡生成装置2は、びびり振動の発生を考慮することなく回転数を特定することが可能となる。
なお、第5の実施形態は、工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性が判明している場合の加工条件を決定するものであったが、工作機械装置8の動剛性が最も低いと考えられる構造に対して、低剛性方向のコンプライアンス伝達関数を測定し、これを工作機械装置8の振動特性とすることもできる。例えば、細長いエンドミル工具を用いるシステムの場合、エンドミルの径の半径方向の2方向に低剛性であると考えられるため、この2方向の伝達関数を測定し、さらにそれらの2方向の非対角項成分の伝達関数も測定し、一巡伝達関数の大きさを演算することとすることが望ましい。また、工作機械装置8が、一方向にのみ低剛性の場合は、当該一方向のみのコンプライアンス伝達関数を求めることとしても良い。
また、第5の実施形態においては、工具や被削材を含む工作機械装置8の振動特性および比切削抵抗の大きさおよび方向が判明している場合の加工条件決定方法について説明したが、工作機械装置8の振動特性および比切削抵抗の大きさおよび方向が判明しており、びびり振動の方向が判明している場合およびびびり振動の方向が判明していない場合のいずれの場合においても、第5の実施形態の加工条件決定方法を用いることが可能である。びびり振動の方向が分からなくても、工作機械装置8の振動特性と比切削抵抗の大きさおよび方向が判明している場合は、加工システムの一巡伝達関数を導くことができるためである。
また、第5の実施形態においては、工作機械装置8の振動特性の決定に際し、工具の形状等(材質や固定方法を含んでも良く、型番も可能)や被削材の形状等に関連する情報のデータベースが存在した場合、当該データベースから、今回の工具の形状等、被削材の形状等に近いものを選択し、これに対応する振動特性を、工作機械装置8の振動特性として利用することも可能である。実際の加工においては、過去に用いた工具の形状等、被削材の形状等と類似(または同一)のものを用いる場合があり、このような場合は、過去の振動特性を今回の加工に流用することで、振動特性を測定するための手間を省くことができる。また、このように、過去に行った加工の状況(振動特性、びびり振動方向、比切削抵抗の大きさおよび方向)をデータベース化することは、上述の各実施形態においても有用である。