本発明の一実施の形態に係る、添加培地の添加制御方法、及び当該方法を用いた細胞培養装置について、図面を基に説明する。なお、説明に当たって、培養対象の細胞としては、動物細胞,植物細胞,昆虫細胞,細菌,酵母,真菌,藻類等、何ら限定されるものではないが、以下では、抗体や酵素等のタンパク質を生産する動物細胞を例に説明する。
<1.細胞培養装置>
図1は、本発明に係る細胞培養装置の一実施の形態としての、流加培養装置の概略構成図である。
なお、図1に示した流加培養装置1では、その構成理解を容易にするため、培養細胞の栄養成分として一の添加培地3を一の添加培地供給槽56から培養槽10に供給制御する装置システムを例に説明するが、その装置システムはこれに限定されるものではなく、栄養成分及び/又は成分比が互いに異なる複数の添加培地3,・・・をそれぞれ対応する複数の添加培地供給槽56,・・・から培養槽10に供給制御する装置システムにも適用可能である。また、機器の具体的な構成も、図示の機器構成に限られるものではなく、同様な機能を備えた別の機器を用いて、同様な装置システムを実現することを妨げるものではない。
図1において、流加培養装置1は、培養槽10と、フィード培地システム50とを有して構成されている。フィード培地システム50は、培養液分析計52,制御コントローラ54,添加培地供給槽56,ポンプ58を有する構成となっている。
培養槽10には、培養の開始に際して、培養細胞が接種された培養液2、すなわち初期培地が貯留されている。初期培地は、培養対象の細胞の種類に応じて適宜選択され、例えば、アミノ酸成分,炭素源成分,ミネラル,ビタミン,血清代替成分等を含むものを挙げることができる。ここで、アミノ酸成分としては、例えば、天然タンパク質を構成する20種類のアミノ酸や、シスチン,ヒドロキシリジン,ヒドロキシプロリン,チロキシン,O−ホスホセリン,デスモシン等を挙げることができ、炭素源成分としては、例えば、グルコース,ラクトース,ガラクトース等の糖類や、アルコールを挙げることができる。
槽内には、培養液2を攪拌する攪拌機構21の攪拌翼22が設けられている。攪拌翼22の軸部は、培養槽10の気密性を保って、槽外に配置された駆動部23に連結されている。攪拌翼22は、駆動部23の作動に応動して、槽内で回転可能になっている。駆動部23は、その作動がフィード培地システム50の制御コントローラ54によって制御される。
また、培養槽10には、槽内に貯留されている培養液2を採取するサンプリングノズル24や、図示省略した温度測定電極,pH電極,DO電極といった検出機器や、槽内に貯留されている培養液2を加熱又は冷却して培養液2の温度(培養温度)を調整するヒーター等の温調機器26が付設されている。
培養液2の温度は温度測定電極により、培養液2のpHはpH電極により、培養液2の溶存酸素濃度はDO電極により、それぞれモニタリングされる。これらモニタリングされた値は、制御コントローラ54に供給され、制御コントローラ54による、培養液2の培養温度制御,pH制御,溶存酸素濃度制御等に利用される。例えば、培養液の培養温度制御では、温度測定電極から供給される培養液2の温度を基に、制御コントローラ54が温調機器26を作動制御することによって、培養液2の温度を目的の温度に制御する。
サンプリングノズル24は、本実施例では三方弁を備えた構成になっている。三方弁は、第1の接続開口部が培養槽10の槽内と、第2の接続開口部がサンプリング管34を介して培養液分析計52と、第3の接続開口部が高圧スチーム発生装置(PS発生装置、Pure Steam Generator)25と連通されている。サンプリングノズル24は、この三方弁の弁制御により、槽内の培養液2の採取や、サンプリング管34の滅菌等を行う。具体的には、三方弁は、培養槽10の槽内とサンプリング管34を介し培養液分析計52との間を連通させることにより、培養液分析計52が、培養槽10の槽内の培養液2を必要量だけ吸引して取り出せるようにする。また、三方弁は、高圧スチーム発生装置25とサンプリング管34を介し培養液分析計52との間を連通させることにより、高圧スチーム発生装置25により生成されたスチームをサンプリング管34及び培養液分析計52に流通させることができる。そして、このスチームを予め定めた滅菌条件で流通させた後、スチームの流通を停止させて各部を乾燥させることにより、サンプリングノズル24、サンプリング管34、及び培養液分析計52の流路を滅菌できる。滅菌条件としては、例えば、121℃、20minといったスチーム流通条件が採用されている。一方、培養液分析計52によるサンプリング時を除く、培養槽10での細胞培養中にあっては、三方弁は、高圧スチーム発生装置25と培養液分析計52との間をサンプリング管34を介して連通させた状態になっており、培養槽10の槽内は、その槽外に対して遮断状態に保たれる。サンプリングノズル24の三方弁や高圧スチーム発生装置25からのスチームの供給は、培養液分析計52の分析作動、すなわちサンプリングに合わせて、培養液分析計52若しくは制御コントローラ54により作動制御される。
さらに、培養槽10には、サンプリングノズル24を介して接続されたサンプリング管34に加えて、液中通気用ガス供給管31,気相用ガス供給管32,及び添加培地供給管33が、培養槽10の気密性を保って、槽外から槽内に連通されて設けられている。この他にも、培養槽10には、排気流通用,培養液排出用,pH調節用薬剤の注入用等といった配管が、培養槽10の気密性を保って、槽外から槽内に連通されて設けられているが、図1では図示省略してある。
液中通気用ガス供給管31は、培養槽10の槽内の底部側に配置された散気装置としての、焼結金属製の液中通気散気管(焼結スパーチャージャー)35に連通されている。液中通気散気管35は、図示せぬ通気用ガス調節装置から供給される通気用ガスを、槽内の培養液中に気泡化して放出する。バルブ36は、通気用ガス調節装置とともに、培養液の溶存酸素濃度制御を行う制御コントローラ54によって作動制御され、通気用ガスの供給又は供給停止、その供給時における供給量を制御する。
培養液2の溶存酸素濃度制御は、制御コントローラ54が、培養液中の溶存酸素濃度をモニタリングするDO電極の測定出力を基に、通気用ガス調節装置及びバルブ36を作動制御し、液中通気用ガス供給管31を介して液中通気散気管35から培養中に消費した酸素を適量補うことによって行われる。制御コントローラ54は、培養液中の溶存酸素濃度を上げる場合は、通気用ガス調節装置から液中通気散気管35に酸素含有ガスを供給することにより、また、培養液中の溶存酸素濃度を下げる場合は、通気用ガス調節装置から液中通気散気管35に窒素含有ガスを供給することにより、培養液中の溶存酸素濃度を目的の値に制御する。
気相用ガス供給管32は、培養槽10の槽内の天井部側に連通されて設けられている。気相用ガス供給管32は、図示せぬ気相用ガス調節装置から供給される気相用ガスを、槽内の気相部に放出する。バルブ37は、気相用ガス調節装置とともに、培養液のpH制御を行う制御コントローラ54によって作動制御され、気相用ガスの供給又は供給停止、その供給時における供給量を制御する。
培養液のpH制御は、制御コントローラ54が、培養液中のpHをモニタリングするpH電極の測定出力を基に、気相用ガス調節装置からの気相用ガス中の炭酸ガス濃度及びバルブ37を制御し、気相用ガス供給管32から槽内の気相に気相用ガスを供給することによって行われる。また、制御コントローラ54は、培養液中のpHが細胞の増殖により細胞数密度が高くなって酸性側に移り、培養液のpHの調整がこの気相用ガスの供給制御だけでは対応できない場合には、図示せぬpH調節用薬剤の注入用配管を介して水酸化ナトリウム等のアルカリ溶液を適量添加して、培養液2のpHの調整を行う。
添加培地供給管33は、管途中にポンプ58を介して、フィード培地システム50の添加培地供給槽56に連通接続されている。ポンプ58は、培地供給制御を行う制御コントローラ54により作動制御され、添加培地供給槽56から培養槽10の槽内への添加培地の供給又は供給停止、並びにその供給時における供給量を制御する。
一方、フィード培地システム50において、培養液分析計52は、サンプリングノズル24からサンプリング管34を介して、培養槽10の槽内の培養液を必要量だけ吸引して取り出し、この採取した培養液の状態を分析する。培養液分析計52は、このサンプリングにより培養槽10から採取した細胞培養中の、例えば、グルコース,グルタミン,乳酸,アンモニア等の濃度や、産生物の濃度や、生細胞数等の測定を行う。培養液の状態を分析するためのサンプリングは、細胞培養中、予め設定された所定間隔で複数回行われる。この培養液分析計52による1回のサンプリング測定工程には、例えば、少なくとも20分以上、好ましくは40分以上、より好ましくは60分以上といった分析時間を要する。この培養液分析計52は、1つの機器とは限らず、測定対象に応じた専用の分析器を複数組み合わせた構成としてもよい。培養液分析計52は、制御コントローラ54により作動制御され、サンプリング測定したグルコース等の濃度や生細胞数等のデータは、制御コントローラ54に供給される。これらデータは、制御コントローラ54において、培養液成分濃度制御等に利用される。
添加培地供給槽56には、培養槽10に供給するための添加培養液、すなわち添加培地3が貯留されている。添加培地供給槽56も、培養槽10と同様、攪拌機構21やヒーター26等が設けられ、添加培地3の培養管理が制御コントローラ54により行われる。
添加培地供給槽56に貯留されている添加培地3は、ポンプ58の作動によって、添加培地供給管33を介して培養槽10に供給される。添加培地供給槽56から培養槽10への添加培地3の添加(供給)は、制御コントローラ54が行う培養液成分濃度制御、すなわち添加培地の添加制御の下で行われる。その際、制御コントローラ54は、添加培地供給槽56に設けられた図示せぬ液面測定センサーの液面測定出力をモニタリングしながら、ポンプ58を駆動制御して、添加培地3の送液量すなわち添加量(供給量)を管理する。また、ポンプ58が定量送液可能な定量ポンプである場合には、液面測定センサーに依らずとも、制御コントローラ54は直接、ポンプ58を管理駆動することにより、添加培地3の送液量すなわち添加量(供給量)を制御する構成とすることもできる。
培養液成分濃度制御では、制御コントローラ54は、培養槽10の培養液2のサンプリング毎に、培養液分析計52から供給される培養液2の状態の分析結果に基づいて、次のサンプリングまでに必要な、添加培地3の添加量を演算して決定する。そして、制御コントローラ54は、この決定された添加量を基にポンプ58の駆動制御を行い、次のサンプリングまでの間に、この演算された添加量分の添加培地3を培養槽10の培養液2に添加(送液)する。
なお、複数の添加培地をそれぞれ対応する複数の添加培地供給槽56からに供給制御する構成の流加培養装置1にあっては、例えば、添加培地供給槽56,ポンプ58,添加培地供給管33を、添加培地毎に設けることによって対応可能である。例えば、添加培地3を用いての培養途中で、添加培地3の中の1種類以上の特定の栄養成分の濃度を培養途中で変化させる必要がある場合には、図1に示したように、これら特定の栄養成分の濃度が高められている添加培地4に係る添加培地供給槽56,ポンプ58,添加培地供給管33を、添加培地3に係る添加培地供給槽56,ポンプ58,添加培地供給管33とは別途に備えた構成にする。加えて、制御コントローラ54は、添加培地3の中の1種類以上の特定の栄養成分の濃度を培養途中で変化させる必要がある場合には、上述したようにして添加培地3を添加培地供給槽56から培養槽10に供給した上で、これら特定の栄養成分に関し、制御値との差分量に応じて添加培地4を添加培地供給槽56から添加することで、培養槽10における培養液2の各成分濃度を制御することになる。
制御コントローラ54は、図示せぬ入・出力装置を備えたコンピュータ装置により構成され、フィード培地システム50における培養液分析計52,ポンプ58等や、培養槽10に設けられた駆動部23,ヒーター26,検出機器,ガス供給管31・32のバルブ36・37等とそれぞれ接続されている。制御コントローラ54は、これら各部を作動制御して、上述した培養温度制御,pH制御,溶存酸素濃度制御,培養液成分濃度制御等の各種制御を実行する。
<2. 培養液成分濃度制御>
次に、制御コントローラ54によって行われる培養液成分濃度制御について詳述する。培養液成分の濃度制御は、添加培地供給槽56に貯留されている添加培地3を用い、培養槽10における培養液2の培養液栄養濃度が一定になるように、添加培地3を添加制御することによって行われる。この添加培地3の添加は、例えば、サンプリング測定工程間においてフィード培地を複数回に分けて所定の添加量及び添加タイミングで行う。その際、添加培地供給槽56に貯留される添加培地3には、シミュレーションと培養実験とを基に、その成分組成比が決定された添加培地を用いる。
そこで、まず、添加培地供給槽56に貯留される添加培地3の成分組成比の決定方法について説明する。
<2-1. 細胞内代謝フラックスの推定システム>
添加培地供給槽56に貯留される添加培地3の成分組成比は、培養細胞が消費する各栄養成分の量の比となるように決定される。添加培地3の成分組成比は、細胞内代謝フラックス解析における各栄養成分に関する代謝フラックス(細胞内代謝ネットワーク中の物質の流れ)を推定し、この推定した各栄養成分同士の代謝フラックスの比をとることによって求める。添加培地3の成分組成比の決定は、細胞内代謝フラックスの推定システムを用いて推定された細胞内代謝フラックスを基にして行われる。
図2は、細胞内代謝フラックスの推定システムの一実施例の構成を示した概念図である。
本実施例の細胞内代謝フラックスの推定システム100では、推定処理装置110が、細胞内代謝経路データベース120と培養実験分析装置130とにデータ接続された構成になっている。また、推定処理装置110には、信頼区間決定装置160がデータ接続され、この信頼区間決定装置160には、成分組成比設定装置170が付設されている。推定処理装置110、信頼区間決定装置160、及び成分組成比設定装置170は、図示せぬ入・出力装置を備えた同一のコンピュータ装置により構成される。
推定処理装置110は、乱数部112と、順計算処理部114と、同位体比率分布処理部116と、QP(Quadratic Programming)部分問題法処理部118とを含む構成になっている。
細胞内代謝経路データベース120には、細胞毎の、所定の基質毎に係る細胞内代謝経路が記憶されている。
培養実験分析装置130は、同位体標識を用いた所定の基質に係る細胞の培養実験140により得られた細胞内代謝物について、GC−MS(ガスクロマトグラフィー質量分析計)、GC−MS/MS(ガスクロマトグラフィータンデム質量分析計)を用いた分析を行い、細胞内の代謝物測定を行う。
細胞内代謝フラックスの推定システム100は、培養液成分の濃度制御に先立って添加培地供給槽56に貯留する添加培地3の成分組成比を決定するために、推定処理装置110によるシミュレーションと、培養実験分析装置130により取得された、培養実験140を基にしたGC−MS及びGC−MS/MSの分析結果による細胞内の代謝物測定結果とにより、細胞内の代謝フラックスを推定する。
なお、推定処理装置110は、同じく入・出力装置を備えたコンピュータ装置により構成されたフィード培地システム50の制御コントローラ54が兼ねる構成であってもよい。
次に、細胞内代謝フラックスの推定システム100により行われる、解析対象となる細胞の細胞内代謝フラックスの推定方法について、図面を基に説明する。
図3は、図2に示した細胞内代謝フラックスの推定システム100において、推定処理装置110が実行する、細胞内代謝フラックスの推定のためのアルゴリズムを示したフローチャートである。
推定処理装置110によるシミュレーションでは、まず、解析対象となる培養細胞、さらに、この培養細胞が消費する各栄養成分、すなわち添加培地を形成する各基質を、図示せぬ入・出力装置によって、推定処理装置110に設定する。
推定処理装置110は、解析対象の細胞及び基質が設定入力されると、この解析対象の細胞及び基質に対応する細胞内代謝経路を細胞内代謝経路データベース120から検索して、入・出力装置に表示する。今回のシミュレーションで用いる細胞内代謝経路モデル150の設定は、この検索された細胞内代謝経路の中から所望の細胞内代謝経路を入・出力装置により決定することによって行われる。推定処理装置110は、このようにして、今回のシミュレーションで用いる細胞内代謝経路モデル150を決定し、細胞内代謝経路データベース120から取得することになる。
例えば、解析対象の細胞に対応する細胞として、抗体医薬等のバイオ医薬品の製造でよく使用されるチャイニーズハムスターの卵巣細胞(Chinese Hamster Ovary (CHO)細胞)が入力された場合は、Provostの研究(A. Provost et al., Metabolic Design of Macroscopic Models: Application to Chinese Hamster Ovary cells, Bioprocess Biosyst Eng, 2006, 29:349-366)に示される代謝経路や、KEGG(Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes)データベースで公開されている代謝経路マップの情報が検索され、推定処理装置110では、これら検索された代謝経路を解析対象となるCHO細胞の細胞内代謝経路モデル150として利用することができる。
その上で、推定処理装置110は、このようにして決定された、今回のシミュレーションで用いる細胞内代謝経路モデル150に係り、解析対象の細胞の、解析対象の基質について細胞内代謝フラックスの推定処理を行う。
ここで、例えば、解析対象の細胞の、基質Aについて、今回のシミュレーションで用いる細胞内代謝経路モデルとして、図2に示すような細胞内代謝経路モデル150が決定されたものとする。
図2において、解析対象となる細胞の、今回のシミュレーションで用いる、基質Aについて決定された細胞内代謝経路モデル150では、細胞は、基質Aが与えられると、代謝経路R1を経て、この基質Aを代謝物Bとして細胞内に取り込む。そして、細胞は、代謝物Bから代謝経路R2を経て代謝物Dを生成するとともに、同じく代謝物Bから代謝経路R4を経て代謝物C及び代謝物Eを生成する。この場合の代謝物Eは、代謝物Cの生成に当たっての副産生物に該当する。さらに、細胞は、この中の生成した代謝物Cについては、代謝経路R5を経て代謝物Dを生成する。すなわち、この細胞内代謝経路モデル150では、細胞は、代謝経路R2と、代謝経路R4及びR5との2通りの代謝経路により、代謝物Bから代謝物Dを生成するようになっている。その上で、細胞は、この生成した代謝物Dから代謝経路R6を経て生成物Fを生成し、この生成物Fを細胞外に排出するようになっている。
その際、余剰の代謝物Dについては、細胞は、代謝経路R3を経て代謝物Bに戻すようになっている。細胞は、その一方で、代謝経路R1を経て取り込んだ及び/又は代謝経路R3を経て戻された代謝物Bが余剰になると、代謝経路R4による代謝物Cの副産生物として生成された代謝物Eとは別に、代謝物Eを生成する。図示の例では、代謝物Bの量Bmを同量とすると、余剰の代謝物Bから生成される代謝物Eの量Emは、代謝経路R4による代謝物Cの副産生物として生成される代謝物Eの量Emの2倍の量に相当する。
推定処理装置110は、このようにして解析対象となる細胞、基質Aに係り、今回のシミュレーションで用いる細胞内代謝経路モデル150が決定されると、この取得した細胞内代謝経路モデル150を基に、基質A,細胞内代謝物B〜D,生成物Fそれぞれの炭素原子骨格の各炭素位置及び個数に注目し、反応経路(すなわち、代謝経路)を立てる(図3、ステップS010)。
図4は、図2に示した細胞内代謝経路モデル150に係る基質A、代謝物B〜E、及び生成物Fそれぞれの炭素原子骨格の変化を示した図である。
図4に示すように、細胞内代謝経路モデル150によれば、基質A、代謝物B,D、及び生成物Fそれぞれが3つの炭素原子をその炭素原子骨格に有し、代謝物Cは2つの炭素原子をその炭素原子骨格に有し、代謝物Eは1つの炭素原子をその炭素原子骨格に有する物質構造になっていることを、推定処理装置110は理解することができる。
図5は、図2に示した細胞内代謝モデル150に係り、基質Aの炭素原子骨格においてその炭素位置及び個数に着目して、推定処理装置110が立てた代謝反応式の実施例を示した図である。
図5(a)は、基質Aの炭素原子骨格において1つの炭素位置に着目して、細胞内代謝モデル150から導出された代謝反応式の例である。図示の場合は、基質Aの3つの炭素原子からなる炭素原子骨格の2位又は3位のそれぞれ1つの炭素原子A2,A3に着目して取得した代謝反応式の例である。
図示の例では、基質Aの炭素骨格の2位の炭素原子A2は、代謝経路R1を経て代謝物Bの炭素骨格の2位の炭素B2となり、代謝物Bの炭素骨格の2位の炭素B2は、代謝経路R2を経て代謝物Dの炭素骨格の2位の炭素D2や、代謝経路R4を経て生成された代謝物Cの炭素骨格の1位の炭素C1になることが理解できる。また、代謝物Dの炭素骨格の2位の炭素D2は、代謝経路R3を経て代謝物Bの炭素骨格の2位の炭素B2になることも理解できる。
その一方で、基質Aの炭素骨格の3位の炭素原子A3は、代謝経路R1を経て代謝物Bの炭素骨格の3位の炭素B3となり、代謝物Bの炭素骨格の3位の炭素B3は、代謝経路R2を経て代謝物Dの炭素骨格の3位の炭素D3や、代謝経路R5を経て代謝物Dの炭素骨格の2位の炭素D2になることが理解できる。また、代謝物Dの炭素骨格の3位の炭素D3は、代謝経路R3を経て代謝物Bの炭素骨格の3位の炭素B3になることも理解できる。
図5(b)は、基質Aの炭素原子骨格において2つのそれぞれ炭素位置に着目して、細胞内代謝モデル150から導出された代謝反応式である。図示の場合は、基質Aの3つの炭素原子からなる炭素原子骨格の2位及び3位の2つの炭素原子A23に着目して取得した代謝反応式の例である。
図示の例では、基質Aの3つの炭素原子からなる炭素原子骨格の2位及び3位の2つの炭素原子A23は、代謝経路R1を経て代謝物Bの炭素骨格の2位及び3位の2つの炭素原子B23となり、代謝物Bの炭素骨格の2位及び3位の2つの炭素原子B23は、代謝経路R2を経て代謝物Dの炭素骨格の2位及び3位の2つの炭素原子D23になることが理解できる。また、代謝物Dの炭素骨格の2位及び3位の2つの炭素原子D23は、代謝経路R3を経て代謝物Bの炭素骨格の2位及び3位の2つの炭素原子B23になることも理解できる。
その一方で、代謝物Bの3つの炭素原子からなる炭素原子骨格の中、炭素骨格の3位の1つの炭素原子B3と代謝物Cの炭素骨格の1位の炭素C1とは、代謝経路R5を経て代謝物Dの炭素骨格の2位及び3位の2つの炭素原子D23になることが理解できる。
図5(c)は、基質Aの炭素原子骨格において3つのそれぞれ炭素位置に着目して、細胞内代謝モデル150から導出された代謝反応式の例である。図示の場合は、基質Aの3つの炭素原子からなる炭素原子骨格の1位から3位の3つの炭素原子A123に着目して取得した代謝反応式の例である。
図示の例では、基質Aの3つの炭素原子からなる炭素原子骨格の1位から3位の3つの炭素原子A123は、代謝経路R1を経て代謝物Bの炭素骨格の1位から3位の3つの炭素原子B123になることが理解できる。そして、代謝物Bの1位から3位の3つの炭素原子B123は、代謝経路R2を経て代謝物Dの1位から3位の3つの炭素原子D123になることが理解できる。また、代謝物Dの1位から3位の3つの炭素原子D123は、代謝経路R6を経て生成物Fの1位から3位の3つの炭素原子F123になり、代謝経路R3を経て代謝物Bの1位から3位の3つの炭素原子B123になることも理解できる。
その一方で、代謝物Bの3つの炭素原子からなる炭素原子骨格の中、2位及び3位の2つの炭素原子B23と代謝物Cの炭素骨格の1位の炭素C1とは、代謝経路R5を経て代謝物Dの炭素骨格の1位から3位の3つの炭素原子D123になることが理解できる。
したがって、このようにして、分析対象の基質Aについての細胞内代謝経路モデル150の決定が行われれば、推定処理装置110では、解析対象の細胞について、基質A、代謝物B〜D、生成物Fそれぞれの炭素原子骨格における炭素原子位置及び炭素原子個数に注目して、図5に示すような反応経路を立てることができる(図3、ステップS010)。
そして、推定処理装置110は、図5に示すような反応経路を立てると、この反応経路を基に、基質Aの炭素原子骨格における2位,3位それぞれの炭素原子の個数量をM(A2) ,M(A3) 、代謝物Bの炭素原子骨格における2位,3位それぞれの炭素原子の個数量をM(B2) ,M(B3) 、代謝物Cの炭素原子骨格における1位の炭素原子の個数量をM(C1) 、代謝物Dの炭素原子骨格における2位,3位それぞれの炭素原子の個数量をM(D2) ,M(D3) 、・・・といった具合に表わし、反応経路R1〜R6それぞれのフラックスの値r1〜r6を変数とした連立方程式を立てる(図3、ステップS020)。
図6は、反応経路を基に導出された、解析対象の細胞の分析対象の基質Aに係る代謝反応式に基づく連立方程式を示した図である。
図6に示す連立方程式を立てるに当たって、推定処理装置110は、細胞内に代謝物B,Dの余剰が蓄積しないように、代謝物毎に、他の代謝物からの炭素の供給個数と他の代謝物への炭素の供給個数とが一致することを前提にしている。
そこで、細胞の基質Aに対応して決定された細胞内代謝経路モデル150では、代謝経路R4による代謝物Cの副産生物として生成された代謝物Eとは別に、代謝物D及び代謝物Bが余剰になった場合に生成される代謝物Eを少なくすることが、栄養過剰による非効率な代謝を防ぎ、品質のよい細胞を優れた収率で効率的に生産する上で重要となる。
このように、図5に示した、基質A、代謝物B〜E、及び生成物Fそれぞれの炭素原子骨格の変化では、代謝物Cの炭素骨格の1位の炭素C1が代謝物Dの炭素骨格の3位の炭素D3になるのに伴い、代謝物Cの生成の基になった代謝物Bの炭素骨格の3位の炭素B3が代謝物Dの炭素骨格の2位の炭素D2となることが、生成物Fについての優れた収率での生産になる。
図6(a)は、基質Aの炭素原子骨格において1つの炭素位置に着目した場合の、図5(a)に示す代謝反応式に基づく連立方程式である。
具体的には、代謝物Cに関して、その炭素原子骨格の1位の炭素原子C1に係り、代謝経路R4,R5を介しての入・出の平衡に基づき、
r4・M(B2)=r5・M(C1)
であるから、
(−r5)・M(C1)+r4・M(B2)+0・M(D2)+0・M(B3)+0・M(D3)=0・M(A2)+0・M(A3)
との平衡式が得られる。
同様に、代謝物Bに関して、その炭素原子骨格の2位の炭素原子B2に係り、代謝経路R1,R2,R3,R4を介しての入・出の平衡に基づき、
r1・M(A2)+r3・M(D2)=r2・M(B2)+r4・M(B2)
であるから、
0・M(C1)+(−r2−r4)・M(B2)+r3・M(D2)+0・M(B3)+0・M(D3)=−r1・M(A2)+0・M(A3)
との平衡式が得られる。
同様に、代謝物Bに関して、その炭素原子骨格の3位の炭素原子B3に係り、代謝経路R1,R2,R3,R5を介しての入・出の平衡に基づき、
r1・M(A3)+r3・M(D3)=r2・M(B3)+r5・M(B3)
であるから、
0・M(C1)+0・M(B2)+0・M(D2)+(−r2−r5)・M(B3)+r3・M(D3)=0・M(A2)+(−r1)・M(A3)
との平衡式が得られる。
同様に、代謝物Dに関しては、その炭素原子骨格の2位の炭素原子D2に係り、代謝経路R2,R3,R5それぞれを介しての入・出の平衡に基づき、
r2・M(B2)+r5・M(B3)=r3・M(D2)
であるから、
0・M(C1)+r2・M(B2)+(−r3)・M(D2)+r5・M(B3)+0・M(D3)=0・M(A2)+0・M(A3)
との平衡式が得られる。
同様に、代謝物Dに関しては、その炭素原子骨格の3位の炭素原子D3に係り、代謝経路R2,R3,R5それぞれを介しての入・出の平衡に基づき、
r2・M(B3)+r5・M(C1)=r3・M(D3)
であるから、
r5・M(C1)+0・M(B2)+0・M(D2)+r2・M(B3)+(−r3)・M(D3)=0・M(A2)+0・M(A3)
との平衡式が得られる。
これらの平衡式を、行列式による連立方程式として表わすと、図6(a)になる。
また、図6(b)は、基質Aの炭素原子骨格において2つの炭素位置に着目した場合の、図5(b)に示す代謝反応式に基づく連立方程式である。
具体的には、代謝物Dに関して、その炭素原子骨格の2位及び3位の炭素原子D23に係り、代謝経路R2,R3,R5を介しての入・出の平衡に基づき、
r2・M(B23)+r5・M(B3×C1)=r3・M(D23)
であるから、
(−r3)・M(D23)+r2・M(B23)=(−r5)・M(B3×C1)+0・M(A23)
になる。なお、上式で、M(B3×C1)は、代謝経路R5を経て代謝物Dの炭素原子骨格の2,3位の炭素原子D23になる、代謝物Bの炭素原子骨格の3位の炭素原子B3,代謝物Cの炭素原子骨格の1位の炭素原子C1それぞれの個数量を表わす。
同様に、代謝物Bに関しては、その炭素原子骨格の2位及び3位の炭素原子B23に係り、代謝経路R1,R2,R3を介しての流入・出の平衡に基づき、
r1・M(A23)+r3・M(D23)=r2・M(B23)
であるから、
r3・M(D23)+(−r2)・M(B23)=0・M(B3×C1)+(−r1)・M(A23)
になる。
これら式を、行列式による連立方程式として表わすと、図6(b)になる。
また、図6(c)は、基質Aの炭素原子骨格において3つの炭素位置に着目した場合の、図5(c)に示す代謝反応式に基づく連立方程式である。
具体的には、代謝物Bに関して、その炭素原子骨格の1位、2位及び3位の炭素原子B123に係り、代謝経路R1,R2,R3を介しての入・出の平衡に基づき、
r2・M(B123)=r3・M(D123)+r1・M(A123)
であるから、
0・M(F123)+r3・M(D123)+(−r2)・M(B123)=0・M(B23×C1)+(−r1)・M(A123)
になる。なお、上式で、M(B23×C1)は、代謝経路R5を経て代謝物Dの炭素原子骨格の1,2,3位の炭素原子D123になる、代謝物Bの炭素原子骨格の2,3位の炭素原子B23,代謝物Cの炭素原子骨格の1位の炭素原子C1それぞれの個数量を表わす。
代謝物Dに関して、その炭素原子骨格の1位、2位及び3位の炭素原子D123に係り、代謝経路R2,R3,R5,R6を介しての入・出の平衡に基づき、
r5・M(B23×C1)+r2・M(B123)=r3・M(D123)+r6・M(D123)
であるから、
0・M(F123)+(−r3−r6) ・M(D123)+r2・M(B123)=0・M(B23×C1) +0・M(A123)
になる。
代謝物Fに関して、その炭素原子骨格の1位、2位及び3位の炭素原子F123に係り、代謝経路R6を介しての入・出の平衡に基づき、
M(F123)=r6・M(D123)
であるから、
1・M(F123)+r6・M(D123)+0・M(B123)=0・M(B23×C1) +1・M(A123)
になる。
このようにして、推定処理装置110は、解析対象となる細胞内の各代謝物A〜D中の各炭素位置及び個数に注目して同位体炭素の反応経路(代謝経路)R1〜R6を設定し(図3、ステップS010)、この取得した反応経路R1〜R6それぞれを基に、基質A、代謝物B〜E、及び生成物Fそれぞれの個数量を、M(A)、M(B)〜M(E)及びM(F)とし、反応経路R1〜R6それぞれのフラックスの値r1〜r6を変数とした、図6に示すような連立方程式を立てる(図3、ステップS020)。
その上で、推定処理装置110は、上述の決定した細胞内代謝経路モデル150の反応経路R1〜R6を基に導出された代謝反応式に基づく連立方程式を、その順計算処理部114に設定する。その上で、基質Aの個数量M(A2),M(A3) ,M(A23) ,M(A123)については既知とできることから、順計算処理部114では、連立方程式の代謝フラックスの値r1〜r6に最初は乱数部112から供給されるランダムな代謝フラックスr1〜r6の値(乱数)を代入し、代謝物B〜E、及び生成物Fそれぞれの個数量M(B2),M(B3) ,M(B23) ,M(B123)、M(C1) 、M(D2),M(D3) ,M(D23) ,M(D123) 、M(F123)をそれぞれ計算により求める。
そして、推定処理装置110は、この計算シミュレーションによって得た細胞内代謝物B〜E、及び生成物Fそれぞれの個数量M(B2),M(B3) ,M(B23) ,M(B123)、M(C1) 、M(D2),M(D3) ,M(D23) ,M(D123) 、M(F123)を基に、シミュレーションによる細胞内代謝物B〜E,生成物Fそれぞれの同位体炭素数比kB〜kD,kFを演算する(図3、ステップS030)。
なお、この場合における、同位体炭素数比kB〜kD,kFは、例えば、図2に示すような細胞内代謝経路モデル150において、代謝経路R1を介して細胞内に代謝物Bとして取り込まれた基質Aの2位,3位の炭素原子A2,A3が、今回想定した代謝フラックスの値r1〜r6により、細胞内代謝物B〜E、及び生成物Fにどのような比で分布しているかを示すパラメータの値である。
また、この細胞内代謝フラックスの推定では、推定処理装置110によるシミュレーションによって得た代謝フラックスの値r1〜r6を、基質Aについての細胞内代謝経路モデル150の代謝フラックスの値として決定できるか否かを確認するために、培養実験による観測パラメータ(細胞内の各代謝物それぞれの同位体炭素数比)を必要とする。
そこで、推定処理装置110は、順計算処理部114による乱数部112の乱数を用いた計算シミュレーションに基づく代謝物中の同位体炭素数比kB〜kD,kFの演算の一方で、培養実験分析装置130から、基質Aの炭素原子骨格の所定の骨格位置の炭素原子を同位体標識した同位体標識基質Aで培養実験140を行って測定した細胞内代謝物B〜D中,生成物F中それぞれの個数量Mを基にした、培養実験の結果による細胞内代謝物B〜D中,生成物F中それぞれの同位体炭素数比KB〜KD,KFを取得する。
ここで、培養実験による観測パラメータの測定について、説明しておく。
培養実験分析装置130による培養実験は、同位体標識をした栄養基質(例えばグルコース)を培養細胞に取り込ませ、GC−MS及びGC−MS/MSを用いて、細胞内代謝物(例えばグルコース、グリセロール、アセテート、シトレート、ピルビン酸等)の分析を行い、観測パラメータの値を求めることにより行われる。
上述したシミュレーションでは、各代謝物の同位体標識の炭素位置が解析の上で重要となるが、通常の培養実験では、細胞内代謝物の測定には、NMR(Nuclear Magnetic Resonance:核磁気共鳴装置)やGC−MS(ガスクロマトグラフィー質量分析計)を用いているため、各細胞内代謝物の炭素原子骨格における同位体標識された炭素位置が不明確となり、代謝フラックスの値の推定精度を悪くしている。その具体例を、図7に示す。
図7は、培養細胞に栄養基質として同位体標識されたチロシン(tyrosine)を添加した場合の炭素原子骨格の変化についての説明図である。図7(a)は、細胞内代謝における炭素原子骨格の変化を、図7(b)は、GC−MS及びGC−MS/MSそれぞれによる分析時の炭素原子骨格の様子を示した図である。なお、同図中において、基質Aの塗り潰した黒丸記号(●記号)は、同位体標識された炭素13(13C)を示し、塗り潰していない白丸記号(○記号)は標識されていない炭素12(12C)を示すものとする。
図7(a)に示す代謝経路では、4つの炭素原子をその炭素原子骨格に有するチロシンは、その4つの炭素原子を有する炭素原子骨格が分かれて、それぞれの代謝経路を経て、2つの炭素原子を炭素原子骨格に有するグリシンとアセチルコエンザイムAとが生成される。この場合、チロシンがその炭素原子骨格の2位のみが炭素13(13C)で同位体標識されているとすると、その際、標識炭素(13C)は、グリシンの炭素原子骨格の2位に移動することになる。
ここで、例えば、GC−MSでチロシンを測定した場合、その炭素原子骨格に幾つの同位体炭素原子(13C)があるかは判明するが、その炭素原子骨格における位置は不明であるため、代謝経路中の同位体標識の流れの把握が不明瞭になる。一方、GC−MS/MSでチロシンを測定した場合、2度目の励起電圧でエネルギーが加えられ、チロシンの炭素原子骨格が2つに分解される。GC−MS/MSでは、この分解物を測定することにより、チロシンの炭素原子骨格内におけるどの炭素位置に同位体があったかを大略知ることができる。すなわち、図7(b)に示すように、GC−MSでは、炭素原子骨格の1位若しくは2位が炭素13(13C)で同位体標識されているチロシンと、炭素原子骨格の3位若しくは4位が炭素13(13C)で同位体標識されているチロシンとを、それぞれ区別して把握することはできないが、GC−MS/MSでは、それが可能になる。これにより、チロシンの代謝物であるグリシンとアセチルコエンザイムAとの区別も可能になり、それぞれの代謝経路も明確に把握することができる。培養実験分析装置130では、GC−MSに加えて、GC−MS/MSを含むことにより、細胞内代謝での同位体炭素の位置情報が増え、実験に基づく代謝フラックスの推定精度を向上させることができる。
したがって、培養実験分析装置130による培養実験では、図2に示した、解析対象となる細胞に栄養基質Aを与える場合、図4において、塗り潰した黒丸記号(●記号)で示すような、例えば、図4に示すように、炭素骨格の2位のみが標識の炭素13(13C)で標識されている同位体標識基質A2= [2−13C]Aとすれば、図5(a)に示したような、代謝物A2から代謝経路R1を経て生成された代謝物B2= [2−13C]Bや、この代謝物B2から代謝経路R2を経て生成された代謝物D2= [2−13C]D及び代謝経路R4を経て生成された代謝物C1= [1−13C]Cや、この代謝物C1から代謝経路R5を生成された代謝物D3= [3−13C]Dや、このD3から代謝経路R3を生成された代謝物B3= [3−13C]Bを把握できるようになる。同様に、炭素骨格の3位のみが標識の炭素13(13C)で標識されている同位体標識基質A3= [3−13C]Aとすれば、同様にして、代謝物A3から代謝経路R1を生成された代謝物B3= [3−13C]Bや、この代謝物B3から代謝経路R2を経て生成された代謝物D3= [3−13C]D及び代謝経路R5を経て生成された代謝物D2= [2−13C]Dを把握できるようになる。また、炭素骨格の2,3位が互いに異なる標識で標識されている同位体標識基質A23とすれば、図5(b),(c)に示したような代謝物B23,B123,D23,D123を把握できるようになる。
したがって、上述したように、解析対象の細胞に係り、同位体標識基質Aによる培養実験を行うことにより、培養実験分析装置130でも、GC−MS及びGC−MS/MSによる観測パラメータの値を基に、細胞内代謝物B〜D、及び生成物Fそれぞれの個数量Mを基にして、培養実験の結果に基づく細胞内代謝物B〜D中、及び生成物F中の同位体炭素数比KA〜KD,KFを演算して求めることができる。
図3に示したフローチャートに戻り、細胞内代謝フラックスの推定方法のアルゴリズムに基づき、推定処理装置110は、順計算処理部114がシミュレーションによる細胞内代謝物B〜D,生成物Fそれぞれの同位体炭素数比kB〜kD,kFを求めると(ステップS030)、解析対象の細胞に関しての上述した培養実験の結果に基づく細胞内代謝物B〜D中,生成物F中それぞれの同位体炭素数比KB〜KD,KFを取得し、シミュレーションによる代謝物中の同位体炭素数比kB〜kD,kFと、実験による代謝物B〜D中,生成物F中それぞれの同位体炭素数比KB〜KD,KFとの比較を行う。その際、推定処理装置110では、同位体比率分布処理部116が、シミュレーションによる代謝物中の同位体炭素数比の値kB〜kD,kFと実験による代謝物中の同位体炭素数比の値KB〜KD,KFとの間の平均自乗誤差が予め設定された所定範囲よりも大きいか否かを判別し、両者間に統計学的な有意差が生じているか否かを判別する(ステップS040)。なお、この同位体炭素数比を比較する細胞内代謝物の数は、代謝経路R1〜R6が独立な代謝フラックスの数以上であればよい。
そして、同位体比率分布処理部116による判別の結果、シミュレーションによる代謝物中の同位体炭素数比の値kB〜kD,kFと、代謝物中の対応する同位体炭素数比の値KB〜KD,KFとの間の平均自乗誤差が所定範囲よりも大きくなり、両者間に統計学的な有意差が生じる場合には、推定処理装置110では、QP部分問題法処理部118が、この両者間(kB〜kD,kFとKB〜KD,KFとの間)の平均自乗誤差が予め設定された所定範囲内に収まり、最小となるように、先にシミュレーションにより得た代謝経路R1〜R6それぞれの代謝フラックスの値r1〜r6の中、当該誤差に関係する代謝経路R1〜R6の代謝フラックスの値r1〜r6を修正する(ステップS050)。
その上で、推定処理装置110では、順計算処理部114が、このQP部分問題法処理部118により修正された代謝経路R1〜R6の代謝フラックスの値r1〜r6を、ステップS020で得た連立方程式に代入し直して、再び代謝物B〜E、及び生成物Fそれぞれの炭素原子の個数量M(B2),M(B3) ,M(B23) ,M(B123)、M(C1) 、M(D2),M(D3) ,M(D23) ,M(D123) 、M(F123)を計算により求め、シミュレーションによる細胞内代謝物B〜E,生成物Fそれぞれの同位体炭素数比kB〜kD,kFを演算する(ステップS060)。
そして、推定処理装置110では、このシミュレーションによる代謝物中の同位体炭素数比kB〜kD,kFと、先に取得した実験による代謝物B〜D中,生成物F中それぞれの同位体炭素数比KB〜KD,KFとの比較を行う。その際、推定処理装置110では、同位体比率分布処理部116が、シミュレーションによる代謝物中の同位体炭素数比の値kB〜kD,kFと実験による代謝物中の同位体炭素数比の値KB〜KD,KFとの間の平均自乗誤差が予め設定された所定範囲よりも大きいか否かを判別し、両者間に統計学的な有意差が生じているか否かを判別する(ステップS070)。
一方、これらステップS040,S070の同位体比率分布処理部116による判別処理で、シミュレーションによる代謝物中の同位体炭素数比の値kB〜kD,kFと実験による代謝物中の同位体炭素数比の値KB〜KD,KFとの間の平均自乗誤差が予め設定された所定範囲であり、両者間に統計学的な有意差が生じない場合には、推定処理装置110は、その際における比較判別対象の代謝フラックスの値r1〜r6を、代謝経路(反応経路)R1〜R6それぞれの代謝フラックスの推定値r1〜r6として決定する(ステップS080)。
通常は、推定処理装置110は、2,3回のQP部分問題法処理部118での代謝フラックスの値r1〜r6の修正による、順計算処理部114による修正毎の繰り返し計算で、設定した代謝経路モデル150の代謝フラックスの推定値r1〜r6を推定できるが、何度、修正を繰り返しても、シミュレーションによる代謝物中の同位体炭素数比の値kA〜kEと、実験による代謝物中の同位体炭素数比の値KA〜KEとの間に、統計学的な有意差が生じる場合には、予め設定した代謝経路モデル100が間違っているか、実験データの値KA〜KEが適切に測定されていない、と判断する。そのような場合には、推定処理装置110は、その旨を図示せぬ入・出力装置から報知するとともに、再びステップS010に戻り、代謝経路(反応経路)を設定し直して、細胞内代謝フラックスを推定し直すことになる。
本実施例の細胞内代謝フラックスの推定システム100では、推定処理装置110は、解析対象の細胞について、解析対象の基質毎に、図3にアルゴリズムをフローチャートで示した細胞内代謝フラックスの推定方法に基づき、細胞内代謝フラックスの推定を行う構成になっている。
さらに、本実施例の細胞内代謝フラックスの推定システム100では、図2に示したように、推定処理装置110には、信頼区間決定装置160が付設されている。
推定処理装置110が、解析対象の細胞の、解析対象の基質それぞれの各代謝経路(各反応経路)の代謝フラックスの推定値を、同位体比率分布処理部116による判別結果を基に決定すると、信頼区間決定装置160は、この決定した各代謝経路(各反応経路)の推定値の分布や、信頼区間を求める。信頼区間決定装置160は、例えば、推定処理装置110が基質Aに係る代謝経路(反応経路)R1〜R6それぞれについて決定した代謝フラックスの推定値r1〜r6、その際に用いた図6に示した方程式、及び培養実験による細胞内代謝物B〜D中及び生成物F中それぞれの同位体炭素数比KB〜KD,KFを、推定処理装置110から取得すると、その信頼区間を、Antoniewiczの方法(Maciek R. Antoniewicz et al., Determination of confidence intervals of metabolic fluxes estimated from stable isotope measurements, Metabolic Engineering, 8(2006) 324-337) を用いて、統計学的な手法により求める構成になっている。
図8は、信頼区間決定装置160が代謝フラックスの推定値r1〜r6の信頼区間を求めるに当たり、その信頼区間の上限値の決定方法の一実施例を示したフローチャートである。
図8において、信頼区間決定装置160は、例えば、推定処理装置110が解析対象の細胞の基質Aに係る代謝経路R1〜R6それぞれの代謝フラックスの推定値r1〜r6を算出して決定すると(ステップS110)、その推定値r1〜r6や、その推定に用いた実験による代謝物中の同位体炭素数比の値KB〜KD,KF等のデータを取得して、その中の1つの代謝経路、例えば代謝経路R1の代謝フラックスの決定した推定値r1に着目し、その推定値r1に所定量ΔNを加算して値r1’を更新変更する(ステップS120)。したがって、信頼区間決定装置160では、ステップS120に示した更新変更処理が実行される度に、その代謝フラックスの更新値r1’は、当初の推定値r1に対して所定量ΔNずつ大きくなっていく。
その上で、信頼区間決定装置160は、基質Aは既知であることから、図6に示した方程式における代謝経路R1〜R6それぞれの代謝フラックスの値r1〜r6の中、値r1のみを更新値r1’に変更し、残りの代謝経路R2〜R6それぞれの代謝フラックスの値r2〜r6については推定処理装置110が決定した推定値r2〜r6のままにして、代謝物B〜E、及び生成物Fそれぞれの個数量M(B2),M(B3) ,M(B23) ,M(B123)、M(C1) 、M(D2),M(D3) ,M(D23) ,M(D123) 、M(F123)を計算により求め、この推定値r1の更新変更に応じた細胞内代謝物B〜E,生成物Fそれぞれの同位体炭素数比kB〜kD,kFを演算する(ステップS130)。
その上で、信頼区間決定装置160は、この更新値r1’に応じて算出した代謝物中の同位体炭素数比の値kB〜kD,kFと、実験による代謝物中の同位体炭素数比の値KB〜KD,KFとの比較を行う。そして、信頼区間決定装置160は、更新値r1’に応じた代謝物中の同位体炭素数比の値kA〜kEと、実験による代謝物中の同位体炭素数比の値KA〜KEとの平均自乗誤差が予め設定された所定範囲よりも大きいか否かを判別し、両者間に統計学的な有意差が生じているか否かを判別する(ステップS140)。
この判別により、信頼区間決定装置160は、平均自乗誤差が所定範囲よりも小さく、両者間に統計学的な有意差が生じていない場合には、ステップS120で増加させた推定フラックスの値r1’を再び所定量ΔNだけ増加させて更新値r1’を更新し(ステップS120)、上述したステップS130,S140の処理を繰り返す。一方、信頼区間決定装置160は、平均自乗誤差が所定範囲よりも小さく、両者間に統計学的な有意差が生じる場合には、代謝経路R1の代謝フラックスの推定値r1が上限値に達していると判断して、現在の更新値r1’から所定量ΔNを減算してなる前回の更新値r1’を、代謝経路R1の代謝フラックスの推定値r1の上限値に決定する(ステップS150)。
また、信頼区間決定装置160は、代謝経路R1の代謝フラックスの推定値r1の下限値についても、上述した上限値の決定と同様にして決定する。この場合は、ステップS120において、代謝フラックスの推定値r1から所定量ΔNを減算して値r1’を更新変更することと、ステップS150において、代謝経路R1の代謝フラックスの推定値r1の下限値を決定するときには、現在の更新値r1’から所定量ΔNを加算してなる前回の更新値r1’を、代謝経路R1の代謝フラックスの推定値r1の下限値に決定することとが、上限値を決定する場合と異なる。
このようにして、信頼区間決定装置160は、全ての代謝経路R1〜R6の代謝フラックスの推定値r1〜r6について、図8に示したようにして、上限値及び下限値を設定し、代謝経路R1〜R6それぞれの代謝フラックスの推定値r1〜r6の分布並びに信頼区間を求め、入・出力装置に表示する。
図9は、このようにして求めた代謝経路それぞれの代謝フラックスの値の信頼区間を示した図である。
図中、棒グラフ部分9Aは、GC−MS/MSを用いず、GC−MSだけを用いた細胞内代謝フラックス解析結果により求めた代謝経路R1〜R6それぞれの代謝フラックスの推定値の信頼区間である。一方、線分部分9Bは、GC−MS/MSを用いた細胞内代謝フラックス解析結果により求めた代謝経路R1〜R6それぞれの代謝フラックスの推定値の信頼区間である。
すなわち、図3に示したような細胞内代謝フラックスの推定アルゴリズムを実行する推定処理装置110と、図8に示したような信頼区間の決定方法(代謝フラックスの推定値の上限値及び下限値の決定方法)を備えた信頼区間決定装置160と含む本実施例の細胞内代謝フラックスの推定システム100によれば、代謝経路R1〜R6それぞれの代謝フラックスの推定値r1〜r6の信頼区間を格段に縮めて決定することが可能になる。
また、添加培地を形成する実際の個別の基質によっては、細胞内に取り込まれるための代謝物Bは問題ないものの、目的の生成物Fを代謝するための代謝物Dについては、この代謝物Dに到達するまでに細胞内で様々な代謝経路を辿り、他の様々な代謝物として代謝されるため、代謝物D中での標識同位体が少なくなり、その検出が困難となる場合がある。そこで、このような基質については、代謝経路として近い標識基質を添加することで、生成物Fを代謝するための代謝物D周辺の代謝経路の代謝フラックスの推定値の精度を向上させることができる。
具体的に、このような基質の例として、グルコースを挙げることができる。そこで、グルコースを基質とする場合には、培養実験分析装置130による培養実験における観測パラメータの測定では、グルコースの代わりに、添加する代謝経路が近い標識基質として例えばグルタミンを添加することで、生成物Fを代謝するための代謝物D周辺の代謝経路の代謝フラックスの推定値の精度を向上させることができる。
他にも炭素骨格内の炭素位置の流れに着目し、同位体標識位置が異なる基質(例えば、全ての炭素原子が標識された[U−13C]グルコースと、1位及び2位の炭素原子が標識された[1,2−13C]グルコース)を混ぜて解析することで、細胞内代謝フラックスの推定システム100の推定精度を上げることが可能になる。
さらに、本実施例の細胞内代謝フラックスの推定システム100では、図2に示したように、信頼区間決定装置160には、成分組成比設定装置170が付設されている。成分組成比設定装置170は、上述のようにして得られた、培養細胞が消費する各栄養成分、すなわち添加培地を形成する基質それぞれの代謝経路毎のフラックスの推定値及びその信頼区間を基にして、添加培地の成分組成比を、この細胞内代謝フラックス解析における各栄養成分に関する代謝フラックスの比をとることで求める。
以上のように、上述した細胞内代謝フラックスの推定システム100によれば、細胞内代謝経路のフラックス推定値を精度よく決めることができ、その結果、添加培地の成分組成比の精度も精度よく決定することができる。
<2-2. 添加培地の添加制御方法>
図1に示した流加培養装置1においては、成分組成比設定装置170により設定すなわち決定された成分組成比を有する添加培地3を用い、培養液2の栄養濃度が培養槽10内の生細胞数の増加に係わらず個別の細胞に対しては一定になるように、制御コントローラ54が添加培地3の添加制御を行う。
添加培地供給槽56からの添加培地3の添加量及び/又は添加タイミングは、培養液分析計52による培養液2のサンプリング毎に制御コントローラ54で算出される培養細胞の比増殖速度μを基に、制御コントローラ54により次のようにして決定される。
まず、細胞の増殖は、次の式(1)に従う。
培養液分析計52が培養液2中の生細胞数を測定可能な場合は、制御コントローラ54は、予め設定されている所定のサンプリング間隔で培養液分析計52に培養槽10内の生細胞数Xvの測定を行わせ、その測定結果を基に、今回(n回目)のサンプリング時点における生細胞の比増殖速度μnを、式(1)を積分してなる式(2)を用いて算出する。
制御コントローラ54は、この算出した今回(n回目)のサンプリング時点における生細胞の比増殖速度μnの値を用いて、今回(n回目)のサンプリング時点から次((n+1)回目)のサンプリング時点までの間における細胞の増殖の経時変化を予測する。
すなわち、制御コントローラ54は、現時点tnから次の((n+1)回目)のサンプリング時点tn+1までのサンプリング間隔内における、現時点tnから△t時間後の時刻tでの生細胞数Xv(t)を、式(2)を基にした式(3)により求める。
なお、上記式(3)では、培養槽10に貯留された培養液2の液量に対してサンプリングされる液量は十分小さいため、培養液2中の生細胞数Xv(t)については、サンプリング前後での影響変化は無視できるものとした。サンプリングの液量が培養液2の量に対して無視できない場合は、その影響を考慮して、上記式(3)に、サンプリングの液量分に含まれて減少する生細胞数分の補正項を追加しても構わない。
図10は、式(3)で表わした生細胞数Xv(t)の増殖曲線を示した図である。
式(3)に示すように、今回(n回目)のサンプリング時tnにおける生細胞数をXvnとすると、その後の生細胞数Xv(t)は、自然対数eを底とし、指数を比増殖速度μとサンプリング時tnからの経過時間(t−tn)との積とした指数関数に比例して増加する。
したがって、今回(n回目)のサンプリング時tnからそのサンプリング間隔よりも短い△t時間後までの間の培養対象となる生細胞延べ総数XTotalは、式(4)に示すように、生細胞数Xvの時間積分値に該当する。
このように、制御コントローラ54は、今回(n回目)のサンプリングでの生細胞数Xvを取得できれば、今回(n回目)のサンプリング時tnから△t時間後までの間の培養対象となる生細胞延べ総数XTotalを取得することができる。そして、添加培地供給槽56から培養槽10に添加する添加培地3の成分組成比が細胞内代謝フラックスの推定システム100の細胞内代謝フラックス解析に基づいた各栄養成分に関する代謝フラックスの比になっていることから、この生細胞延べ総数XTotalは、今回(n回目)のサンプリング時tnから△t時間後までの間の添加培地3の添加量に対応する。
これにより、制御コントローラ54は、今回(n回目)のサンプリング時tnから次回((n+1)回目)のサンプリング時tn+1までのサンプリング間隔をさらに△t時間毎に複数に時分割して、この各時分割したタイミング毎の添加培地3の添加量を、個別タイミング間それぞれの生細胞延べ総数XTotalを基にして決定する。
したがって、制御コントローラ54は、時分割したタイミング毎に次のタイミングまでの添加培地3の添加量を、この生細胞延べ総数XTotallの変動分に合わせて決定することができ、この変動分の生細胞数に対応する量の添加培地3を添加培地供給槽56から培養槽10に添加するようにポンプ58を作動制御する。
次に、この各時分割したタイミング毎の添加培地3の添加量の決定について、グルタミンを例に説明する。
図11は、グルタミン消費量と生細胞数の時間積分との関係を示す図である。
なお、図中において、時間目盛のプロットの間隔は12時間である。グルタミン消費量と生細胞数Xvの時間積分との間における比例定数(傾き)kは、培養時間tの増加に伴う生細胞数Xvの増加により変化するが、サンプリング間隔△tが1時間程度の場合は、このサンプリング間隔△t内での比例定数kの時間変化は小さく、その値の変化は無視できる。
したがって、グルタミン消費量Vは、サンプリング間隔△tが1時間程度の場合は、その間のグルタミン消費量Vの増加分△Vtnは生細胞数の時間積分値∫(生細胞数)dtとの関係で、次の式(5)に従うことになる。
したがって、制御コントローラ54は、サンプリング毎に培養液分析計52により測定される培養液2中の生細胞数とグルタミンの量とを用いて、サンプリング時点tnから△t時間後までの間の生細胞数Xvの時間積分値とグルタミン消費量Vの増加分△Vtnとの関係を規定する比例定数kを算出し、この算出した比例定数kと、サンプリング時点tnの生細胞数Xvを基に算出される△t時間後までの間の生細胞数Xv時間積分値とを用いて、今回(n回目)のサンプリング時tnから△t時間後までの間に培養液2中の生細胞により消費されるグルタミン消費量△Vtnを算出する。そして、制御コントローラ54は、この算出されたグルタミン消費量△Vtnに対応して低下する培養液2中のグルタミン濃度を予測し、培養液2中のグルタミン濃度が低下しないように、今回(n回目)のサンプリング時tnから△t時間後までの間に添加すべき添加培地3の培地量を決定する。
そして、制御コントローラ54は、この培養液2中のグルタミン濃度を基に決定した添加培地量でポンプ58を作動制御して、添加培地3を培養槽10の培養液2に供給制御する。これにより、添加培地3の成分組成比が細胞内代謝フラックスの推定システム100の細胞内代謝フラックス解析に基づいた各栄養成分に関する代謝フラックスの比になっていることから、グルタミン以外の各栄養成分に関しても一定濃度を維持しながら、添加培地3を添加制御する。
なお、培養途中で1種類以上の特定栄養の成分の濃度を現状と異なる高い濃度に変更する制御を行うには、成分組成比が細胞内代謝フラックス解析に基づいた各栄養成分に関する代謝フラックスの比となっている添加培地3の添加制御に加えて、図1で示したように、今回、濃度変更する成分のみを高濃度にした添加培地4を別途添加することで、培養途中に濃度変化を必要とする添加培地3,4の添加制御にも対応可能になっている。
例えば、流加培養装置1を、図1において破線で示したような複数の添加培地供給槽56,56を有する構成とし、一方の添加培地供給槽56には、所定の成分組成比の添加培地3が、他方の添加培地供給槽56には、この添加培地3の栄養成分の中の特定の変更する栄養成分だけが高濃度になっている添加培地4が貯留されている構成とする。この場合、制御コントローラ54は、培養途中の所定のタイミングで、特定の成分濃度変更後の制御値から変更前の添加培地3による制御値の差分だけ、添加培地供給槽56から添加培地4を培養槽10に供給させる。このように、流加培養装置1によれば、所定の成分組成比の添加培地3の中の特定の栄養成分の成分濃度を、現状と異なる高い濃度に変更することが可能になる。
一方、添加培地3を添加した培養槽10の培養液2において、各栄養成分が制御値を満たしているかを確認する場合においては、制御コントローラ54は、添加培地の全ての栄養成分を培養液分析計52によってモニタリングできればよいが、全ての栄養成分をモニタリングできない場合であっても、制御コントローラ54は、最も信頼区間の狭い(精度が高い)栄養成分を基に添加培地3の添加制御を行い、信頼区間の広い(精度が悪い)栄養成分を優先してモニタリングし、その制御値からのずれを調べることにより、流加培養装置1での培養細胞の培養制御の評価を行うことも可能になる。
一方、培養液分析計52が培養液中の生細胞数を直接測定できない場合には、制御コントローラ54は、溶存酸素濃度又は培地成分濃度を指標として、以下のようにして、培養槽10内の生細胞数Xvを算出する。
例えば、溶存酸素を指標とする場合は、制御コントローラ54は、DO電極の測定出力を基に培養液中の溶存酸素濃度を測定し、酸素量の時間変動量を導く。酸素消費速度と生細胞数は非常に高い相関関係を有するため、制御コントローラ54では、測定した酸素量の時間変動量と、相関式より、培養液2中の生細胞数Xvを導出することができる。生細胞数Xvが求まれば、その後は、同様にして培養液2中の今回(n回目)のサンプリング時tnから△t時間後までの間の培養対象となる生細胞延べ総数XTotal、すなわち生細胞数Xvの時間積分値∫(生細胞数)dtを算出することで、添加すべき添加培地3の量を予測することができる。
また、溶存酸素濃度に代え、培地成分濃度を指標とする場合は、グルコース等の炭素源を指標として、培養液2中の生細胞数を予測することができる。
その具体例として、培養液分析計52によって培養液2中のグルコース濃度、乳酸濃度を測定することで、培養液2中の生細胞数を導出する場合について、まず説明する。
この場合、時刻tn(n回目のサンプリング)におけるグルコース消費量QGlcn及び乳酸消費量QLacnは、次の式(6),式(7)により算出できる。
上記式(6),式(7)では、培養槽10に貯留された培養液2の液量に対してサンプリングされる液量は十分小さいため、培養液2中の生細胞数Xv(t)については、サンプリング前後での影響変化は無視できるものとした。サンプリングの液量が培養液2の量に対して無視できない場合は、その影響を考慮して、上記式(6),式(7)に、サンプリングの液量分に含まれて減少する生細胞数分の補正項を追加しても構わない。
図12は、グルコース消費量と乳酸消費量との合計と生細胞数の時間積分との関係を示す図である。
生細胞数の時間積分と、グルコースの消費量と乳酸の消費量との合計との間には、図12に示すような比例関係が成り立つ。この比例関係の傾きkを予め実験で求めておくか、若しくは、前述したサンプリング時点tnから△t時間後までの間の生細胞数Xvの時間積分値とグルタミン消費量Vの増加分△Vtnとの関係を規定する比例定数kを求める場合と同様にして、サンプリング毎に培養液分析計52により測定される培養液2中のグルコースの量と乳酸の量とを、培養液分析計52によってモニタリングしながら、比例関係の傾きkを求める。制御コントローラ54は、比例定数(傾き)kの値が決まれば、時刻tnにおける生細胞数Xvを算出することができる。制御コントローラ54は、生細胞数がわかれば、次のサンプリングまでの間の生細胞数Xvの増殖を予測することができ、上述したグルタミンの場合と同様な方法で、グルコースの消費量と乳酸の消費量とを基に添加培地3の供給量を予測して制御することができる。
以上のような添加制御方法を用いる流加培養装置1によれば、その添加培地3は、細胞内代謝フラックスの推定システム100により成分組成比が細胞内代謝フラックス解析に基づいた各栄養成分に関する代謝フラックスの比となっているため、培地成分の過不足を防ぐことができ、栄養過剰による非効率な代謝や、栄養枯渇による細胞死を防ぐことができ、品質のよい細胞を優れた収率で効率的に生産することができる。