以下、本発明を実施するための最良の形態を添付図面に基づき説明する。
図1は、本実施形態に係る内燃機関の概略図である。図示されるように、内燃機関1は、シリンダブロック2に形成された燃焼室3の内部で燃料および空気の混合気を燃焼させ、燃焼室3内でピストン4を往復移動させることにより動力を発生する。本実施形態の内燃機関1は車両用多気筒エンジン(例えば4気筒エンジン、1気筒のみ図示)であり、火花点火式内燃機関、より具体的にはガソリンエンジンである。但し、内燃機関の形式、種類、用途等は特に限定されない。
内燃機関1のシリンダヘッドには、吸気ポートを開閉する吸気弁Viと、排気ポートを開閉する排気弁Veとが気筒ごとに配設されている。各吸気弁Viおよび各排気弁Veは図示しないカムシャフトによって開閉させられる。また、シリンダヘッドの頂部には、燃焼室3内の混合気に点火するための点火プラグ7が気筒ごとに取り付けられている。
各気筒の吸気ポートは気筒毎の枝管を介して吸気集合室であるサージタンク8に接続されている。サージタンク8の上流側には吸気集合通路をなす吸気管13が接続されており、吸気管13の上流端にはエアクリーナ9が設けられている。そして吸気管13には、上流側から順に、吸入空気量を検出するためのエアフローメータ5と、電子制御式スロットルバルブ10とが組み込まれている。吸気ポート、枝管、サージタンク8及び吸気管13により吸気通路が形成される。
吸気通路、特に吸気ポート内に燃料を噴射するインジェクタ(燃料噴射弁)12が気筒ごとに配設される。インジェクタ12から噴射された燃料は吸入空気と混合されて混合気をなし、この混合気が吸気弁Viの開弁時に燃焼室3に吸入され、ピストン4で圧縮され、点火プラグ7で点火燃焼させられる。
一方、各気筒の排気ポートは気筒毎の枝管を介して排気集合通路をなす排気管6に接続されている。排気ポート、枝管及び排気管6により排気通路が形成される。排気管6には、その上流側と下流側とに三元触媒からなる触媒11,19が取り付けられている。上流側触媒11の前後の位置にそれぞれ排気ガスの空燃比を検出するための空燃比センサ17,18、即ち触媒前センサ及び触媒後センサ17,18が設置されている。これら触媒前センサ及び触媒後センサ17,18は排気ガス中の酸素濃度に基づいて空燃比を検出する。触媒前センサ17は所謂広域空燃比センサからなり、比較的広範囲に亘る空燃比を連続的に検出可能で、その空燃比に比例した電流信号を出力する。他方、触媒後センサ18は所謂O2センサからなり、理論空燃比を境に出力電圧が急変する特性を持つ。
上述の点火プラグ7、スロットルバルブ10及びインジェクタ12等は、制御手段としての電子制御ユニット(以下ECUと称す)20に電気的に接続されている。ECU20は、何れも図示されないCPU、ROM、RAM、入出力ポート、および記憶装置等を含むものである。またECU20には、図示されるように、前述のエアフローメータ5、触媒前センサ17、触媒後センサ18のほか、内燃機関1のクランク角を検出するクランク角センサ14、アクセル開度を検出するアクセル開度センサ15、その他の各種センサが図示されないA/D変換器等を介して電気的に接続されている。ECU20は、各種センサの検出値等に基づいて、所望の出力が得られるように、点火プラグ7、スロットルバルブ10、インジェクタ12等を制御し、点火時期、燃料噴射量、燃料噴射時期、スロットル開度等を制御する。なおスロットル開度は通常アクセル開度に応じた開度に制御される。
触媒11,19は、これに流入する排気ガスの空燃比A/Fが理論空燃比(ストイキ、例えばA/F=14.6)のときにNOx ,HCおよびCOを同時に浄化する。そしてこれに対応して、ECU20は、内燃機関の通常運転時、触媒11,19に流入する排気ガスの空燃比A/Fが理論空燃比に等しくなるように、空燃比を制御する(所謂ストイキ制御)。具体的にはECU20は、理論空燃比に等しい目標空燃比A/Ftを設定すると共に、燃焼室3内に流入する混合気の空燃比を目標空燃比A/Ftに一致させるような基本噴射量を算出する。そして、触媒前センサ17によって検出される実際の空燃比と目標空燃比A/Ftとの差に応じて基本噴射量をフィードバック補正し、この補正後の噴射量に応じた通電時間だけインジェクタ12を通電(オン)する。この結果、触媒11,19に供給される排気ガスの空燃比は理論空燃比近傍に保たれ、触媒11,19において最大の浄化性能が発揮されるようになる。このようにECU20は、触媒前センサ17によって検出される実際の空燃比が目標空燃比A/Ftに近づくように空燃比ないし燃料噴射量をフィードバック制御する。なお、触媒後センサ18は、このような空燃比フィードバック制御における中心空燃比のズレを補正するために設けられている。
加えて、内燃機関1には、燃料タンク30内で発生した蒸発燃料を吸着するキャニスタ31と、前記蒸発燃料を含むパージガスをキャニスタ31から吸気通路に吸入させるパージを実行するパージ手段とが備えられている。キャニスタ31は、その内部に活性炭を備えており、燃料タンク30内の蒸発燃料を入口31Aから導入して吸着する。本実施形態のキャニスタ31は燃料タンク30の内部に配置されているが、外部に配置されていてもよい。キャニスタ31は、大気導入口31Bを備えると共に、パージ通路32を介してパージガスを内燃機関1の吸気通路に送出する。パージ通路32は、スロットルバルブ10とサージタンク8の間の吸気管13に連通されている。パージ通路32には、その内部を流れるパージガスの流量を制御するためのパージ制御弁33が設けられている。パージ制御弁33は、ECU20によりデューティ制御されることによりその開度が制御される。このようにECU20、パージ制御弁33及びパージ通路32によりパージ手段が構成される。
燃料タンク30内には、フューエルポンプ34とフューエルフィルタ35とプレッシャレギュレータ36が設けられ、フューエルポンプ34により吸引された燃料はフューエルフィルタ35を通過した後プレッシャレギュレータ36により調圧され、燃料通路37を介してデリバリパイプ38に送られる。このデリバリパイプ38に貯留された燃料がインジェクタ12から噴射される。
[空燃比センサ異常診断の基本的内容]
次に、本実施形態における空燃比センサの異常診断について説明する。本実施形態で診断対象となるのは上流触媒11の上流側に設置された空燃比センサ、即ち触媒前センサ17である。
当該異常診断においては、インジェクタ12から触媒前センサ17までの系が一次遅れ要素によりモデル化され、このモデルに対する入力と、触媒前センサ17の出力とに基づき、前記一次遅れ要素におけるパラメータが同定(推定)される。そして、この同定されたパラメータに基づき、触媒前センサ17の所定の特性の異常が判定される。
入力として、インジェクタ12の通電時間に基づいて計算された燃料噴射量Qと、エアフローメータ5の出力に基づいて計算された吸入空気量Gaとの比Ga/Q、即ち入力空燃比が用いられる。以下、入力ないし入力空燃比をu(t)で表す(u(t)=Ga/Q)。他方、触媒前センサ17の出力としては、出力空燃比、即ち触媒前センサ17の出力電圧Vfから換算される触媒前空燃比A/Ffが用いられる。以下、出力ないし出力空燃比をy(t)で表す(y(t)=A/Ff)。入力空燃比u(t)をモデルに与えたときの出力空燃比y(t)の出方から、一次遅れ要素におけるパラメータを同定し、この同定されたパラメータに基づき触媒前センサ17の所定の特性の異常が判定される。
図2に示すように、本実施形態では、パラメータ同定の際に、燃料噴射量を周期的に増減して入力としての空燃比を所定の中心空燃比A/Fcに対してリッチ側及びリーン側に交互に切り替えるアクティブ制御(同定用アクティブ制御)が実行される。このアクティブ制御では、目標空燃比A/Ftひいては入力空燃比u(t)が、中心空燃比A/Fcに対してリーン側及びリッチ側に同一振幅だけ振れるよう、燃料噴射量Qが一定周期で振動させられる。振動の振幅は通常の空燃比制御のときより大きく、本実施形態では空燃比で0.5とされる。中心空燃比A/Fcは理論空燃比に等しくされる。
このアクティブ制御を実行する理由は、アクティブ制御がエンジンの定常運転時に実行されることから、各制御量及び各検出値が安定し、診断精度が向上するからである。また入力空燃比u(t)を敢えて大きく変化させたときの方がセンサの各特性(特に出力及び応答性)の良し悪しを好適に診断できるからである。
図示されるように、入力空燃比u(t)はほぼステップ状の波形であり、これに対し出力空燃比y(t)は一次遅れを伴った波形となる。図中Lは、入力空燃比u(t)から出力空燃比y(t)までの輸送遅れに基づくむだ時間である。このむだ時間Lは、インジェクタ12における燃料噴射時から、その燃料噴射による排気ガスが触媒前センサ17に到達するまでの時間差に相当する。
簡単化のためこのむだ時間Lをゼロと仮定すると、一次遅れ要素はG(s)=k/(1+Ts)で表される。ここで、kは触媒前センサ17のゲインであり、Tは触媒前センサ17の時定数を表す。ゲインkは、触媒前センサ17の特性のうち出力に関わる値であり、他方、時定数Tは、触媒前センサ17の特性のうち応答性に関わる値である。図2において、出力空燃比y(t)を表す実線は触媒前センサ17が正常な場合を示す。これに対し、触媒前センサ17の出力特性に異常が生じると、ゲインkが正常時より大きくなり、aで示す如くセンサ出力が増大(拡大)するか、またはゲインkが正常時より小さくなり、bで示す如くセンサ出力が減少(縮小)する。よって、同定されたゲインkを所定値と比較することでセンサ出力の増大異常又は減少異常を特定することができる。他方、触媒前センサ17の応答性に異常が生じると、殆どの場合、時定数Tが正常時より大きくなり、cで示す如くセンサ出力が遅れて出てくるようになる。よって、同定された時定数Tを所定値と比較することでセンサの応答性異常を特定することができる。
次に、ECU20によって実行されるこれらゲインk及び時定数Tの同定方法を説明する。
式(20)は、今回のサンプル時刻tと前回のサンプル時刻t−1とにおける値の関数であり、この式の意味するところは、今回値と前回値に基づいてb1とb2が、即ちTとkが毎回更新されていくことにほかならない。こうして、時定数Tとゲインkは逐次最小自乗法により逐次同定されることになる。この逐次同定を行うやり方だと、サンプルデータを多数取得して一時記憶し、その上で同定を行うやり方よりも演算負荷を軽減できると共に、データを一時的に溜めるバッファの容量も減少できて、ECU(特に自動車用ECU)への実装に好適である。
ECU20により実行されるセンサ特性の異常判定方法は次の通りである。まず、同定された時定数Tが所定の時定数異常判定値Tsより大きい場合、応答遅れが生じており、触媒前センサ17は応答性異常であると判定される。他方、同定された時定数Tが時定数異常判定値Ts以下の場合、触媒前センサ17は応答性に関して正常と判定される。
また、同定されたゲインkが所定のゲイン増大異常判定値ks1より大きい場合、触媒前センサ17は出力増大異常であると判定され、同定されたゲインkがゲイン縮小異常判定値ks2(<ks1)より小さい場合、触媒前センサ17は出力減少異常であると判定される。同定されたゲインkがゲイン縮小異常判定値ks2以上で且つゲイン増大異常判定値ks1以下の場合、触媒前センサ17は出力に関して正常であると判定される。
このように本発明に係る異常診断によれば、単に空燃比センサ自体の異常が判定されるのではなく、空燃比センサの所定の特性の異常が判定される。そして、二つの同定パラメータT,kにより、応答性及び出力という二つのセンサ特性の異常が、とりわけ同時且つ個別に、判定される。よって空燃比センサの異常診断として極めて緻密で且つ好適なものを実現することが可能となる。
図3及び図4は、正常な触媒前センサ17の場合と異常な触媒前センサ17の場合とで時定数Tとゲインkとを逐次最小自乗法により逐次同定した結果を示す。図3が正常な触媒前センサ17の場合、図4が異常な触媒前センサ17の場合である。図3(A)及び図4(A)は入力空燃比(破線)と出力空燃比(実線)との振動の様子を示す。
図3(B)及び図4(B)は、アクティブ制御開始時からの時定数T(破線)とゲインk(実線)との推移を示す。時定数Tとゲインkとはサンプル時刻毎に毎回更新されていき、次第に一定値に収束していく。アクティブ制御開始時(同定開始時)t0から、それらの値がほぼ収束するような所定時間(例えば5秒)経過後の時点(判定時期)t1で、時定数Tとゲインkとが取得され、これら取得された時定数Tとゲインkとが前記異常判定値Ts1,ks1,ks2と比較されて、応答性及び出力の異常判定がなされる。
異常な触媒前センサ17として、正常な触媒前センサ17に比べ応答性がほぼ同じで出力が1/2であるセンサを用いて試験を行ったところ、判定時期t1での時定数Tについては、正常センサの場合0.18、異常センサの場合0.17とほぼ同等であった。他方、判定時期t1でのゲインkについては、正常センサの場合1、異常センサの場合0.5であった。これにより実際のセンサと同様の結果を得られることが確認された。
ところで、実際のエンジンには負荷変動などの様々な外乱があり、これらを適切に考慮しないと同定精度やロバスト性を向上することができない。このため、本実施形態に係る異常診断では、以下のような入出力データに対する種々の補正を行うこととしている。
図5は、モデルパラメータを同定するためのシステム全体のブロック図である。このようなシステムはECU20内に構築されている。同定部(同定手段)50において前述のようなパラメータT,kの同定を行うため、入力算出部52、バイアス補正部54及びむだ時間補正部(むだ時間補正手段)56が設けられる。なお、異常診断がアクティブ制御中に実施されることから、アクティブ制御フラグ出力部58も設けられている。
入力算出部52では入力空燃比u(t)の算出が行われる。入力空燃比u(t)は前述の例ではインジェクタ12の通電時間に基づいて計算される燃料噴射量Qと、エアフローメータ5の出力に基づいて計算される吸入空気量Gaとの比Ga/Qであった。しかしながらここでは、インジェクタ通電時間に基づいて計算される燃料噴射量Qが燃料の壁面付着量及び蒸発量に基づき補正され、その補正後の燃料噴射量Q’を使用して入力空燃比u(t)が計算される。u(t)=Ga/Q’であり、結果的に入力空燃比u(t)が燃料の壁面付着量及び蒸発量に基づき補正される。
インジェクタ12から燃料が噴射されると、そのうち大部分は筒内燃焼室3に吸入されるが、残りの部分は吸気ポートの内壁面に付着し燃焼室3に入らない。そこで、インジェクタ12から噴射された燃料量をfiとし、全気筒分の燃料付着率をR(<1)とすると、その噴射燃料量fiのうち、吸気ポート壁面に付着する分はR・fi、燃焼室3に入る分は(1−R)・fiで表される。
他方、吸気ポート壁面に付着した燃料のうち、一部は蒸発して次の吸気行程で燃焼室3内に入るが、残りは残留してそのまま付着し続ける。そこで、吸気ポート壁面に付着した燃料量をfwとし、全気筒分の燃料残留率をP(<1)とすると、壁面付着燃料量fwのうち、そのまま壁面に付着し続ける分はP・fw、燃焼室3に入る分は(1−P)・fwで表される。
4サイクルエンジンの吸気、圧縮、膨張、排気の各行程を1回ずつ終えて1サイクルとし(即ち、1サイクル=720°クランク角)、今回のサイクルをks、次回のサイクルをks+1とする。また、筒内燃焼室3に入る燃料量をfcとすると、次の関係が成り立つ。
式(21)の意味するところは、次回サイクルの壁面付着燃料量fw(ks+1)が、今回サイクルの壁面付着燃料量fw(ks)の残留分P・fw(ks)と、今回サイクルの噴射燃料量fi(ks)の壁面付着分R・fi(ks)との和で表される、ということである。また、式(22)の意味するところは、今回サイクルで燃焼室3内に流入する流入燃料量fc(ks)が、今回サイクルの壁面付着燃料量fw(ks)のうちの蒸発分(1−P)・fw(ks)と、今回サイクルの噴射燃料量fi(ks)のうち壁面付着しないで直接燃焼室3内に流入する分(1−R)・fi(ks)との和で表される、ということである。
こうして、入力空燃比u(t)の算出に際し、燃料噴射量Q’の値として流入燃料量fcの値が用いられる。この流入燃料量fcは、燃料の壁面付着量及び蒸発量に基づき、インジェクタ12の通電時間に基づいて計算された燃料噴射量を補正したものにほかならない。よって、入力空燃比u(t)の算出に流入燃料量fcの値を用いることにより、入力空燃比の値を実情に近いより正確な値とすることができ、パラメータの同定精度を向上することが可能になる。
なお、エンジン温度及び吸気温が高いほど、燃料の気化が促進されることから、燃料付着量は減少し、燃料蒸発量は増大する。従って燃料残留率P及び燃料付着率Rはエンジン温度(若しくは水温)及び吸気温の少なくとも一方の関数とするのが好ましい。ここで説明したような燃料の壁面付着量及び蒸発量に基づく補正を「燃料ダイナミクス補正」と称することとする。
図6には、燃料ダイナミクス補正のない場合(破線)とある場合(実線)とでアクティブ制御中の入力空燃比u(t)の変化の違いを調べた試験結果である。図中円内に示されるように、燃料ダイナミクス補正のある場合はない場合に比べ、入力空燃比u(t)が反転された直後に入力空燃比u(t)の波形が若干なまされる傾向にある。
次に、バイアス補正部54で行われるバイアス補正について説明する。このバイアス補正部54では、入力空燃比u(t)と出力空燃比y(t)との間のバイアスを除去するように入力空燃比u(t)と出力空燃比y(t)との両方がシフトされる。
入力空燃比u(t)と出力空燃比y(t)とは、負荷変動、学習ズレ及びセンサ値ズレ等の要因に伴い、一方に対し他方がリーン側又はリッチ側にバイアスしてしまう(ズレてしまう)場合がある。図7はこのバイアスの様子を示す試験結果である。図中、u(t)c及びy(t)cはそれぞれ入力空燃比u(t)と出力空燃比y(t)とをローパスフィルタを通した値、もしくはそれらの移動平均を示す。触媒前センサ17で検出される空燃比が理論空燃比(A/F=14.6)付近となるよう制御されていることから、触媒前センサ17の検出値である出力空燃比y(t)は理論空燃比を中心に変動し、そのローパスフィルタを通した値もしくは移動平均y(t)cも理論空燃比付近に保たれる。これに対し、入力空燃比u(t)は、前述の理由から、図示例ではリーン側にバイアスしている。
かかるバイアス状態で同定を行うのは好ましくないことから、バイアスを除去するような補正が行われる。具体的には、図8に示すように、入力空燃比u(t)と出力空燃比y(t)とのデータがローパスフィルタを通過され、もしくは移動平均を算出し、バイアス値u(t)c、y(t)cが逐次的に算出される。そして、逐次的に、入力空燃比u(t)とそのバイアス値u(t)cとの差Δu(t)(=u(t)−u(t)c)及び出力空燃比y(t)とそのバイアス値y(t)cとの差Δy(t)(=y(t)−y(t)c)が算出され、これら差Δu(t)、Δy(t)がゼロ基準の値に置き換えられる。なお、これら差Δu(t)、Δy(t)をまとめてΔA/Fで表示する(図3(A)及び図4(A)においても同様)。
こうしてバイアスは除去され、バイアス除去後の入出力空燃比の値Δu(t)、Δy(t)は図9に示される如くゼロ基準の値に変更される。即ち、両者の変動の中心がゼロに合わせられ、負荷変動や学習ズレ等の影響を無くすことができる。これにより負荷変動や学習ズレ等に対するロバスト性を高めることができる。
なお、この例では入出力空燃比の両方を補正し、入出力空燃比の変動中心をゼロに合わせてバイアスを除去する方法を採用したが、これ以外の方法も採用できる。例えば、入力空燃比のみを補正し、その変動中心を出力空燃比の変動中心に合わせたり、その逆を行ったりすることができる。補正の対象は入出力空燃比の少なくともいずれか一方であればよい。
次に、むだ時間補正部56について説明する。前述したように、入力空燃比u(t)と出力空燃比y(t)との間には輸送遅れによるむだ時間Lが存在する。しかしながら、正確なモデルパラメータの同定を行うためには、このむだ時間Lを除去するような補正を行うのが好ましい。そこでこのような補正をむだ時間補正部56で行うこととしている。具体的には、後述の方法でむだ時間Lが算出され、この算出されたむだ時間Lに基づいて入力空燃比u(t)と出力空燃比y(t)の少なくとも一方が補正される。特に本実施形態の場合、算出されたむだ時間L分だけ、入力空燃比u(t)が出力空燃比y(t)に近づくよう遅らせられる。
図10には、むだ時間補正前の入力空燃比(破線)、むだ時間補正後の入力空燃比(実線)及び出力空燃比(一点鎖線)が示される。なお入力空燃比及び出力空燃比としてバイアス補正後の値が用いられる。むだ時間Lだけ入力空燃比が遅らせられると、入力空燃比の振動と出力空燃比の振動とが時間差無く同期するようになり、これによりモデルパラメータの同定精度を向上させることができる。
以下、むだ時間の算出方法を説明する。まず、アクティブ制御中の入力空燃比及び出力空燃比の分散値σが次式(23)により逐次的に求められる。
ηは入力空燃比又は出力空燃比を意味し、ηavgは入力空燃比又は出力空燃比の今回(t)時点におけるM回移動平均、即ち今回(t)から(M−1)回前(t−(M−1))までのデータの平均値である。Mは例えば5などとされる。入力空燃比又は出力空燃比の変化が大きいほどその分散値は大きくなる。
図11はむだ時間補正に関する試験結果であり、正常センサの場合を示す。上段のグラフは、a:むだ時間補正前の入力空燃比、b:むだ時間補正後の入力空燃比、c:出力空燃比をそれぞれ示す。なおa及びbで示した入力空燃比は燃料ダイナミクス補正及びバイアス補正を実施した後の値であり、cで示した出力空燃比はバイアス補正を実施した後の値である。中段のグラフは、d:aで示したむだ時間補正前の入力空燃比の分散値、e:cで示した出力空燃比の分散値をそれぞれ示す。下段のグラフにおいて、鋸歯状の波形fはむだ時間カウンタの値、高い位置にある横線gは後述のようにして算出されるむだ時間、低い位置にある横線hはむだ時間gを1/4になました値をそれぞれ示す。
図12には図11のa,c,d,eのみが簡略化して示してある。この図12から分かるように、入力空燃比及び出力空燃比の分散値d,eは、入力空燃比a及び出力空燃比cが反転を開始するタイミングに合わせて瞬時的に立ち上がる。よってむだ時間の算出開始タイミングを、例えば入力空燃比aの分散値ピークdpが現れたタイミングとし、むだ時間の算出終了タイミングを、出力空燃比の分散値eが所定のしきい値epsを超えたタイミングとし、これらタイミング同士の時間差をむだ時間gとして算出する。図11を参照して、入力空燃比の分散値ピークdpが発生すると、その発生時からむだ時間カウンタfが時間のカウントを開始する。そして、出力空燃比の分散値eがしきい値epsを超えた時点で、カウントが停止され、そのカウント値がむだ時間gとして保持される。このむだ時間gは入力空燃比の反転毎に更新され、且つその反転毎に、なまし後のむだ時間hが計算されていく。なまし後のむだ時間hを計算する理由はノイズの影響を除去するためである。なまし後のむだ時間hの値はやがて一定値付近に収束するようになる。そこで、アクティブ制御の開始時から、なまし後のむだ時間hがほぼ一定値に収束するようになる所定時間経過後の時点で、なまし後のむだ時間hが取得され、その取得された値が最終的なむだ時間Lとして決定される。
ところで、図11及び図12により説明した以上の算出方法は正常センサの場合であるが、これに対し、ある程度劣化したセンサの場合だと、同様の方法を採用するのが困難な場合もある。即ち、図13及び図14に示される如く、例えば応答遅れが生じているセンサの場合だと、出力空燃比bの分散値eとしてしきい値epsを超えるような十分大きな値を得ることができず、むだ時間の算出が行えない。
そこで、出力空燃比eの分散値を所定のしきい値epsと比較し、図11及び図12に示すように、その分散値eがしきい値epsを超えた場合は、前述のようにその超えた時点と、入力空燃比の分散値ピークdpが現れた時点との時間差を以てむだ時間gとする。他方、図13及び図14に示すように、出力空燃比の分散値eがしきい値epsを超えない場合は、入出力空燃比a,c自体の極値ap,cp同士の時間差(cp−ap)を以てむだ時間gとする。これにより劣化したセンサの場合でも正確にむだ時間を算出することができる。
このむだ時間補正では、入力空燃比をむだ時間分だけ遅らせて出力空燃比とタイミングを一致させる補正を行ったが、これ以外の方法も採用できる。例えば、逐次同定を行わないやり方、例えばサンプルデータを多数取得して一時記憶し、その上で同定を行うやり方だと、出力空燃比をむだ時間分だけ早めて入力空燃比とタイミングを一致させたり、入力空燃比を遅らせ且つ出力空燃比を早めて両者のタイミングを一致させたりすることができる。補正の対象は入出力空燃比の少なくともいずれか一方であればよい。
また、むだ時間算出の開始タイミングは、前述の如き、入力空燃比aの分散値ピークdpが現れたタイミングに限られない。そもそも、入力空燃比a(具体的には目標空燃比A/Ft)の切り替えないし反転はECU自身が行うので、そのタイミングはECU自身が把握している。また、目標空燃比A/Ftの切り替えから実際の燃料噴射量が切り替えられるまでのタイムラグは無視し得る程度である。よってECU20が入力空燃比aを切り替えた時点、具体的には目標空燃比A/Ftを切り替えた時点或いは燃料噴射量を切り替えた時点を、むだ時間算出の開始タイミングとすることが可能である。ちなみに、入力空燃比aの分散値ピークdpが現れるタイミングは、燃料噴射量が切り替えられるタイミングに一致している。
次に、上述の全ての補正を含む空燃比センサ異常診断の手順を図15に基づいて説明する。まず、ステップS101では空燃比を強制的に振動させるアクティブ制御が実行され、ステップS102では、燃料ダイナミクス補正がなされた後の入力空燃比u(t)の値が算出され、ステップS103では、入出力空燃比の間のバイアスが無くなるように入力空燃比u(t)及び出力空燃比y(t)の値がシフト補正される。
続くステップS104ではむだ時間Lが算出され、ステップS105においてむだ時間Lが無くなるように、バイアス補正後の入力空燃比u(t)の値がむだ時間L分だけシフト補正される。次のステップS106では、ステップS105で得られたむだ時間補正後の入力空燃比u(t)と、ステップS103で得られたバイアス補正後の出力空燃比y(t)との関係から、モデルパラメータである時定数Tとゲインkとが同定される。そして、ステップS107において、同定されたパラメータT,kと各異常判定値(時定数異常判定値Ts、ゲイン増大異常判定値ks1及びゲイン縮小異常判定値ks2)とが比較され、空燃比センサ(触媒前センサ17)の応答性及び出力の正常・異常が判定される。
なお、上述の異常診断については種々の変形例が考えられる。例えば、燃料を燃焼室3に直接噴射する直噴式エンジンの場合、吸気通路壁面への燃料付着を考慮する必要がないので、燃料ダイナミクス補正は省略されることとなる。上記診断は所謂広域空燃比センサへの適用例であったが、触媒後センサ18のような所謂O2センサへの適用例も可能である。このようなO2センサも含めて、広く、排気ガスの空燃比を検出するためのセンサを本発明にいう空燃比センサというものとする。上記診断では一次遅れ要素G(s)=k/(1+Ts)の二つのパラメータk,Tを同定し、それぞれに対応する二つの特性(出力及び応答性)の異常を診断したが、例えば、一若しくは三以上のパラメータを同定し、一若しくは三以上の特性について異常を診断してもよい。例えば、一次遅れ要素としてむだ時間を含むもの、即ち
を設定し、三つのパラメータk,T,Lを同時に同定し、それぞれに対応する三つの特性(出力、応答性及びむだ時間)の異常を同時に診断してもよい。なお、各パラメータの同定を時間差を以て行ってもよいし、各特性の異常判定を時間差を以て行ってもよい。
ところで、同定精度や診断精度の向上のためには、入力空燃比の算出や制御を精度良く行うのが適切である。そこで以下、そのための手法について説明する。
[入力空燃比算出の基本態様]
前述したように、入力空燃比u(t)は、インジェクタ12の通電時間に基づいて計算された燃料噴射量Qと、エアフローメータ5の出力に基づいて計算された吸入空気量Gaとの比Ga/Qからなる。そしてここでの燃料噴射量Qは次のように計算される。
まず、ある吸入空気量Gaに対して中心空燃比A/Fc、即ち理論空燃比=14.6が得られるような燃料噴射量(基本噴射量Qb)が、次式(24)により計算される。なおこの基本噴射量Qbが本発明にいう中心噴射量をなすものである。
ここで、Qmは、吸入空気量Gaの検出値に基づき所定のマップから求められるマップ噴射量であり、このマップ噴射量Qmは、機関適合時のような標準状態において理論空燃比が得られるような値として予め規定されている。またKfは増減補正係数であり、加減速等に伴う増減補正のために用いられる値である。Kgは学習値であり、その内容は後述する。Qfbは空燃比フィードバック補正項であり、触媒前センサ17で検出された実際の空燃比と理論空燃比との差に基づく値であり、且つ、実際の空燃比を理論空燃比に近づけさせるための値である。例えば実際の空燃比が理論空燃比より大きいリーンのときは、基本噴射量Qbを増大させるべく大きな値(正の値)となり、逆に実際の空燃比が理論空燃比より小さいリッチのときは、基本噴射量Qbを減少させるべく小さな値(負の値)となる。Qwはウェット補正項であり、燃料の壁面付着を考慮した値であり、エンジンの暖機完了前、図示しない水温センサで検出された冷却水温に基づき所定のマップから求められる。
学習値Kgは次式(25)により表される。
Kfbは、空燃比学習値であり、前記空燃比フィードバック補正項Qfbに基づいて随時更新される学習値である。具体的に述べると、実際の空燃比と理論空燃比との差が大きいときには絶対値の大きい空燃比フィードバック補正項Qfbが逐次的に(サンプル時刻毎に)得られるが、この値が、サンプリング間隔より長い所定周期で徐々に空燃比学習値Kfbに反映されていくと、空燃比フィードバック補正項Qfbの絶対値が小さくなっていく。端的に言えば、サンプル時刻毎に変化する空燃比フィードバック補正項Qfbをなました値に相当するものが空燃比学習値Kfbである。空燃比学習値Kfbが実状に合致する値に到達すれば、空燃比フィードバック補正量が少なくて済むという性質のものである。この空燃比学習値Kfbは、内燃機関毎の空燃比個体ばらつきを吸収するなどの目的で使用される。
Kpは、パージ濃度学習値であり、パージ実行時のパージガスに含まれる燃料の量(パージ燃料量)に対応した学習値である。パージ実行時には、インジェクタ12から噴射された燃料に加え、パージガスに含まれる燃料が燃焼室3に吸入される。従って、パージ燃料量を考慮してインジェクタ12からの燃料噴射量を決定しないと、燃焼室3内に、所望の空燃比(理論空燃比)を実現し得るような燃料量を供給できない。そこで基本噴射量Qbの算出に際してパージ濃度学習値Kpを用いることとしている。パージ濃度学習値Kpは、パージ実行時の実際の空燃比フィードバック補正項Qfbと、空燃比フィードバック補正項Qfbの基準値(本実施形態では0)との差に基づいて更新される。即ち、パージ燃料が多いときには触媒前センサ17の出力がリッチ側に振れ、これに伴いインジェクタ12からの燃料噴射量を減少するよう空燃比フィードバック補正項Qfbが小さくなる。逆に、パージ燃料が少ないときには触媒前センサ17の出力がリーン側に振れ、これに伴いインジェクタ12からの燃料噴射量を増大するよう空燃比フィードバック補正項Qfbが大きくなる。このようにパージ燃料量の大小は空燃比フィードバック補正項Qfbに反映されるので、パージ実行時の実際の空燃比フィードバック補正項Qfbとその基準値との差でもってパージ濃度学習値Kpを随時学習することにより、パージ実行時の平均的なパージ燃料量をインジェクタ12からの燃料噴射量に反映させることができる。なおパージは内燃機関の暖機が終了した後に行われる。パージに際しては目標パージ率が算出され、目標パージ率に応じたデューティ比の駆動信号がパージ制御弁33に送られる。なおパージ率とは、吸入空気量Gaに対するパージガス流量の比率をパーセントで表した値である。
こうして求められた基本噴射量Qbは、実際の吸入空気量Gaに対して、燃焼室3内の空燃比を理論空燃比とするような、インジェクタ12からの燃料噴射量である。よってストイキ制御中にはこの基本噴射量Qbがインジェクタ12から噴射される。しかしながら、アクティブ制御中には、燃焼室3内の空燃比を理論空燃比より大きいリーン空燃比又は理論空燃比より小さいリッチ空燃比にする必要がある。そこで、基本噴射量Qbにアクティブ係数Kaを乗じて、アクティブ制御中にインジェクタ12から噴射される燃料噴射量(アクティブ噴射量)Qaが算出される(Qa=Ka×Qb)。
アクティブ係数Kaは、理論空燃比を、アクティブ制御中の空燃比(リーン空燃比又はリッチ空燃比)で除した値にほぼ等しい。本実施形態の場合、リーン空燃比=15.1、リッチ空燃比=14.1であり、リーン空燃比のときのアクティブ係数Kalは0.965、リッチ空燃比のときのアクティブ係数Karは1.035とされる。つまりストイキ制御中よりも、リーン空燃比のときには0.035Qbだけ燃料噴射量が減量され、リッチ空燃比のときには0.035Qbだけ燃料噴射量が増量される。この減量分或いは増量分の燃料噴射量を総じてアクティブ増減噴射量といい、減量分の燃料噴射量をアクティブ減量噴射量、増量分の燃料噴射量をアクティブ増量噴射量という。こうして求められたアクティブ噴射量Qaが、入力空燃比u(t)を算出するときの燃料噴射量Qをなすものであり、アクティブ噴射量Qaに応じた時間だけインジェクタ12が通電され、アクティブ噴射量Qaに等しい量の燃料がインジェクタ12から噴射される。
なお、ストイキ制御中とアクティブ制御中では空燃比フィードバック補正項Qfbの意味が異なる。ストイキ制御中の空燃比フィードバック補正項Qfbは、単純に、触媒前センサ17によって検出された空燃比と理論空燃比との差に基づく値であるが、アクティブ制御中の空燃比フィードバック補正項Qfbは、触媒前センサ17によって検出された空燃比をなました値と、理論空燃比との差に基づく値である。従ってストイキ制御中では燃料噴射量がフィードバック制御されるが、アクティブ制御中ではほぼオープン制御に近い方法で燃料噴射量が制御される。
上述の計算方法では燃料噴射量の単位で計算を行ったが、燃料噴射量とインジェクタ12の通電時間とが比例関係にあるため、通電時間の単位で計算を行ってもよい。この通電時間の単位で計算を行う場合も本発明に含めることとする。
[第1の態様:内燃機関の運転状態の考慮]
ところで、アクティブ制御及びパラメータ同定を実行する条件は、次の(1)及び(2)のいずれか一方の条件が成立したときとされる。
(1)現在の内燃機関の運転状態が位置する運転領域において、学習値Kgの学習完了履歴有り。
(2)現在の空燃比フィードバック補正項Qfbから求まるフィードバック(F/B)補正率が所定範囲内にある。
条件(1)について説明すると、図16に示すように、内燃機関の全運転領域は、負荷(より具体的には吸入空気量Ga)に応じて複数の領域L1〜L5に予め区分ないし分割されている。そして条件(1)が成立するためには、過去の何れかの時点において、学習値Kgの学習が少なくとも1回完了したことが必要とされる。例えば、新車出荷直後やバッテリ交換直後には、全領域L1〜L5の学習値Kgとしては値が入力されておらず、全領域L1〜L5についてまだ学習が1回も完了していない。そしてその後車両が走行していくうちに、順次各領域について学習が完了していく。図示例では、領域L1〜L3では学習完了(学習完了履歴有り)となっているが、領域L4〜L5では学習未完了(学習完了履歴無し)となっている。よって現在の内燃機関の運転状態が、図中黒丸で示すように、学習完了領域(L1〜L3のいずれか)に位置すれば、条件(1)は成立となる。逆に、現在の内燃機関の運転状態が、図中白丸で示すように、学習未完了領域(L4〜L5のいずれか)に位置すれば、条件(1)は非成立となる。
なお、内燃機関の運転領域の区分の仕方はここで述べたような負荷のみによる区分に限られない。負荷に加えて或いは負荷に代えて、機関回転数により区分してもよいし、他の運転状態パラメータにより区分してもよい。分割数も上記で示したような5つに限定されない。
次に条件(2)について説明する。F/B補正率は、基本噴射量Qbと空燃比フィードバック補正項Qfbとの比で表され、具体的にはQfb/Qbで表される。条件(2)は、例えばF/B補正率が±2%以内であることである。
条件(1)を要する理由は、現在の内燃機関の運転状態が学習完了履歴が有る運転領域に位置していれば、内燃機関の個体差に基づく空燃比ズレが既に学習済みであり、基本噴射量Qbの精度が保証され、アクティブ噴射量Qaも正確に算出できるからである。また条件(2)を要する理由は、F/B補正率が所定範囲内にあれば、実際に起きている空燃比ズレが小さく、基本噴射量Qbの精度が保証され、アクティブ噴射量Qaも正確に算出できるからである。
ところで、アクティブ制御の実行条件は条件(1)及び(2)のいずれかが成立することである。従って条件(1)が成立しなくても(即ち、内燃機関の運転状態が学習完了領域に位置していなくても)、条件(2)が成立すれば(即ち、F/B補正率が所定範囲内にあれば)、アクティブ制御が実行可能となる。
しかしながら、アクティブ制御の開始後では開始前と比較して、空燃比フィードバック補正項Qfbの意味が異なり、F/B補正率が所定範囲内にあっても、内燃機関の運転状態が学習完了領域に位置しているときと同等の、基本噴射量Qbの算出精度を保証できない。このため、アクティブ制御中に、図16に矢示する如く学習完了領域から学習未完了領域に移行したとき、基本噴射量Qbを正確に算出できなくなる虞がある。また同様の問題が、アクティブ制御中に学習未完了領域から学習完了領域に移行したときにも起こり得る。
そこでこの第1の態様では、アクティブ制御及び同定の実行中に内燃機関の運転状態が学習完了領域と学習未完了領域との間で移行したときには、次の対策(A)及び(B)のいずれかを施す。
(A)移行直後に同定を一時的に停止する。
(B)移行と同時にアクティブ制御及び同定を中止させる。
こうすることにより、対策(A)の場合には、移行直後の待ち時間を設けて、その間の不正確な基本噴射量Qbに基づく不正確なアクティブ噴射量Qaの算出、ひいては不正確な入力空燃比u(t)による同定を防止することができる。一方、かかる待ち時間が経過すれば、各値が移行後の領域に対応した値に落ち着くので、この経過後に同定を再開することにより、正確な基本噴射量Qbに基づく正確なアクティブ噴射量Qaの算出、ひいては正確な入力空燃比u(t)による高精度の同定を実現することができる。他方、対策(B)の場合には、移行と同時にアクティブ制御及び同定を中止させるので、やはり同様に不正確な入力空燃比u(t)による同定を防止することができる。
以下、これら対策(A)及び(B)の具体例を順番に説明する。図17には、対策(A)を実現するようにECU20によって実行されるアクティブ制御及びパラメータ同定の手順を示す。
まずステップS201では、現在の内燃機関の運転状態が位置する運転領域(現領域)において、学習値Kgの学習完了履歴が有るか否か(即ち、前記条件(1)が成立しているか否か)が判断される。判断結果がイエスの場合、ステップS203に進んでアクティブ制御が実行ないし開始され、ステップS204で入力空燃比u(t)及び出力空燃比y(t)のデータ(入出力データ)が取得され、この取得されたデータにより同定が実行される。
他方、ステップS201の判断結果がノーの場合、ステップS202に進んで、現在のF/B補正率が所定範囲内にあるか否か(即ち、前記条件(2)が成立しているか否か)が判断される。判断結果がイエスの場合にはステップS203、S204に進み、アクティブ制御及び同定が実行され、他方、判断結果がノーの場合には、ステップS201及びステップS202の何れか一方の判断結果がイエスになるまで待機状態となる。
ステップS204の次にステップS205に進み、内燃機関の運転状態が学習完了領域と学習未完了領域との間で移行したか否かが判断される。移行がない場合にはステップS203に戻ってアクティブ制御及び同定が引き続き実行されるが、移行があった場合には、ステップS206〜S211において、同定が一時的に停止(ポーズ)される。即ち、この一時停止期間中にはアクティブ制御は継続されるものの、入出力データは破棄され、従って同定も停止される。ここで移行ありとなるのは、学習完了領域から学習未完了領域に移行した場合の他、学習未完了領域から学習完了領域に移行した場合も含まれる。前者の場合は、ステップS201の判断結果がイエスで学習完了領域からアクティブ制御が開始された場合に起こり、後者の場合は、ステップS201の判断結果がノーだがステップS202の判断結果がイエスで学習未完了領域からアクティブ制御が開始された場合に起こり得る。
まず、ステップS206では、マスクカウンタの値Nが所定の初期値にセットされる。本実施形態の初期値は5である。次にステップS207においてマスクカウンタの値Nが所定のマスク解除しきい値Ns以上か否かが判断される。本実施形態のマスク解除しきい値Nsは1である。判断結果がイエスの場合、ステップS208において、同定を停止するための停止フラグがオンされ、ステップS209において、ECU20に取り込まれた入出力データが破棄されると共に、その入出力データを用いた同定が停止される。これにより、同定パラメータであるゲインk及び時定数Tの更新が一時的に停止されることとなる。次にステップS210において、アクティブ制御の1周期が終了したか否かが判断される。アクティブ制御の1周期とは、入力空燃比u(t)がリッチ空燃比及びリーン空燃比の一方から他方に切り替えられた時から、次に同方向に切り替えられた時までの期間をいう。1周期が終了していない場合、待機状態となり、ステップS209の入出力データ破棄と同定停止が継続される。他方、1周期が終了した場合、ステップS211に進んでマスクカウンタの値Nが1だけ減算され(N=N−1)、ステップS207に戻る。
こうして、学習完了・未完了領域間での移行があったときには、その直後、N≧Nsが成立しなくなるまで、本実施形態ではアクティブ制御の5周期の間、入出力データが破棄され続け、同定が停止され続けることとなる。
他方、ステップS207においてN≧Nsが非成立となった場合には、ステップS212に進んで停止フラグがオフされ、ポーズが解除となり、ステップS213において入出力データの取得と同定が再開される。これにより同定パラメータであるゲインk及び時定数Tは、一時停止開始直前の値から再び更新されることとなる。
次に、対策(B)について説明する。図18には、対策(B)を実現するようにECU20によって実行されるアクティブ制御及びパラメータ同定の手順を示す。なお図18に示すフローチャートは図17に示したフローチャートと異なり、所定のサンプリング周期毎に全体が繰り返し実行されるものである。
ステップS301,S302では前記ステップS201,S202と同様に、現在の内燃機関の運転状態が位置する運転領域において学習値Kgの学習完了履歴が有るか否か(即ち、前記条件(1)が成立しているか否か)、及び、現在のF/B補正率が所定範囲内にあるか否か(即ち、前記条件(2)が成立しているか否か)が判断される。
いずれの判断結果もノーの場合、ステップS308に進んでアクティブ制御が禁止され、その後ステップS309でECU20に取り込まれた入出力データが破棄され、同定が禁止される。
他方、いずれか一方の判断結果がイエスの場合、ステップS303に進んで、移行フラグがオフであるか否かが判断される。この移行フラグは、アクティブ制御中に内燃機関の運転状態が学習完了領域と学習未完了領域との間で移行したときにオンされるフラグであり、初期状態はオフである。移行フラグがオフでない(オンである)ときにはステップS308,S309でアクティブ制御が禁止され、入出力データが破棄され、同定が禁止される。
他方、移行フラグがオフであるときには、ステップS304に進んでアクティブ制御が実行ないし開始され、ステップS305で入出力データが取得され、この取得されたデータにより同定が実行される。この後、ステップS306に進み、学習完了・未完了領域間での内燃機関の運転状態の移行があったか否かが判断される。移行がない場合には終了され、移行があった場合にはステップS307において移行フラグがオンされた後、終了される。
これによると、まず条件(1)及び(2)のいずれかが成立した時点でアクティブ制御が開始され(S301とS302のいずれかがイエス)、入出力データ取得と同定が実行される(S304,S305)。この段階で移行フラグはまだオフである(S303がイエス)。そして、学習完了・未完了領域間での移行があった時点で(S306がイエス)、移行フラグがオンされる(S307)。次のルーチン実行時、移行フラグがオンなので(S303がノー)、アクティブ制御が禁止され、入出力データが破棄され、同定が禁止される(S308,S309)。こうして移行と同時にアクティブ制御と同定が中止されることとなる。
[第2の態様:アクティブ噴射量算出方法の改良]
前述したように、基本態様において、アクティブ噴射量Qaは、次式(24)により算出される基本噴射量Qbに、アクティブ係数Kaを乗じて算出される。
但しQmはマップ噴射量、Kfは増減補正係数、Kgは学習値、Qfbは空燃比フィードバック補正項、Qwはウェット補正項である。
また学習値Kgは次式(25)により表される。
但しKfbは空燃比学習値、Kpはパージ濃度学習値である。学習値Kgにはパージ濃度学習値Kpが含まれているため、基本噴射量Qbには、過去の経緯に基づく平均的な或いは大凡のパージ燃料量の影響が加味されている。
しかしながら、パージ実行中で且つアクティブ制御中において、実際ないし現在のパージ燃料量は、必ずしもパージ濃度学習値Kpに相当する燃料量と等しくならない。このため実際のパージ燃料量が例えばパージ濃度学習値相当の燃料量よりも多いときには、基本噴射量Qbがストイキ相当量よりも少なくなり、アクティブ噴射量Qaも目標空燃比相当の噴射量より少なくなり、結果的に空燃比が目標空燃比よりリーンとなってしまう。即ち、実際のパージ燃料量がパージ濃度学習値相当の燃料量よりも多いと、触媒前センサ17の出力が目標空燃比よりもリッチ側に振れ、このリッチ誤差を解消するよう負の空燃比フィードバック補正項Qfbが算出される。そうなると計算される基本噴射量Qbがストイキ相当量よりも少なくなる。アクティブ噴射量Qaが基本噴射量Qbと、定数であるアクティブ係数Kaとの積であるため、基本噴射量Qbがストイキ相当量よりも少なくなると、計算されるアクティブ噴射量Qaも目標空燃比相当の噴射量より少なくなる。結果的に、実際の噴射量が目標空燃比相当の噴射量より少なくなり、触媒前センサ17に供給される排気ガスの空燃比(入力空燃比u(t))が目標空燃比よりリーンとなる。なお、実際のパージ燃料量がパージ濃度学習値相当の燃料量よりも少ないときには、逆の原理でアクティブ噴射量Qaが目標空燃比相当の噴射量より多くなり、結果的に空燃比が目標空燃比よりリッチとなる。
このように、パージ実行中にアクティブ制御を行ったとき、実際のパージ燃料量に応じて入力空燃比u(t)が目標空燃比に対して誤差を生じるという問題がある。
そこでこの問題を解決するため、ECU20によりアクティブ噴射量Qaを計算する際の計算方法を次のように変更する。まず、前式(24)により基本噴射量Qbが算出され、次に、次式(26)により、推定値としてのパージ燃料量Qpが算出される。
このパージ燃料量Qpは、実際のパージガスに含まれている燃料量の推定値である。なおKpを100で除しているのは、Kpがパーセントの単位を持つ値だからである。こうして実際のパージ燃料量Qpが、基本噴射量Qbとは別個独立した値として推定される。
次に、基本噴射量Qbと推定パージ燃料量Qpとに基づき、次式(27)により、基本噴射量Qbに対し増量或いは減量されるアクティブ増減噴射量ΔQが算出される。
但し、増量時(リッチ空燃比制御時)のアクティブ係数Kaは1.035、減量時(リーン空燃比制御時)のアクティブ係数Kaは0.965である。
最後に、基本噴射量Qbとアクティブ増減噴射量ΔQとに基づき、アクティブ噴射量Qaが次式(28)により算出される。なお、こうして算出されたアクティブ噴射量Qaに応じた時間だけインジェクタ12が通電され、アクティブ噴射量Qaに等しい量の燃料がインジェクタ12から噴射されることとなる。
この計算方法によれば、推定パージ燃料量Qpを基本噴射量Qbとは別に算出し、基本噴射量Qb及び推定パージ燃料量Qpの和に対して(Ka−1)を乗じて増量或いは減量分のアクティブ増減噴射量ΔQを算出し、このアクティブ増減噴射量ΔQを基本噴射量Qbに加算してアクティブ噴射量Qaを求めるようにしている。特に、推定パージ燃料量Qpを基本噴射量Qbとは別に算出するので、実際のパージ燃料量の増減の影響をアクティブ噴射量Qaに色濃く反映させることができる。具体的には、推定パージ燃料量Qpに対して(Ka−1)を乗じ、推定パージ燃料量Qp単独についての増量或いは減量分を求め(式(27))、これを基本噴射量Qbに加算してアクティブ噴射量Qaを求めている(式(28))。この結果、実際のパージ燃料量の大小に拘わらず、アクティブ噴射量Qaの算出精度を高め、ひいては入力空燃比u(t)の精度を向上し、同定精度や診断精度を高めることが可能となる。
以上、本発明の好適な実施形態を詳細に述べたが、本発明の実施形態は他にも様々なものが考えられる。例えば、前記実施形態では一次遅れモデルにおける同定手法として逐次最小自乗法を用いたが、他にも様々な同定手法が採用可能であり、例えばカルマンフィルタ法等が採用可能である。
本発明の実施形態は前述の実施形態のみに限らず、特許請求の範囲によって規定される本発明の思想に包含されるあらゆる変形例や応用例、均等物が本発明に含まれる。従って本発明は、限定的に解釈されるべきではなく、本発明の思想の範囲内に帰属する他の任意の技術にも適用することが可能である。