JP4427878B2 - 析出を伴う発酵法によるl−グルタミン酸の製造法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、析出を伴う発酵法によるL−グルタミン酸の製造法に関する。L−グルタミン酸は調味料原料等として広く用いられている。
【0002】
【従来の技術】
L−グルタミン酸は、主としてブレビバクテリウム属、コリネバクテリウム属、ミクロバクテリウム属に属するいわゆるコリネ型L−グルタミン酸生産菌またはそれらの変異株を用いた発酵法により製造されている(アミノ酸発酵、学会出版センター、195〜215頁、1986年)。その他の菌株を用いた発酵法によるL−グルタミン酸の製造法としては、バチルス属、ストレプトミセス属、ペニシリウム属等の微生物を用いる方法(米国特許第3,220,929号)、シュードモナス属、アースロバクター属、セラチア属、キャンディダ属等の微生物を用いる方法(米国特許第3,563,857号)、バチルス属、シュードモナス属、セラチア属、アエロバクター・アエロゲネス(現エンテロバクター・アエロゲネス)等の微生物を用いる方法(特公昭32−9393号)、エシェリヒア・コリの変異株を用いる方法(特開平5−244970号)等が知られている。また、本発明者らは、クレブシエラ属、エルビニア属又はパントテア属に属する微生物を用いたL−グルタミン酸の製造法を提案している(特開2000−106869号)。
【0003】
また、組換えDNA技術によりL−グルタミン酸の生合成酵素の活性を増強することによって、L−グルタミン酸の生産能を増加させる種々の技術が開示されている。例えば、コリネバクテリウム属またはブレビバクテリウム属細菌において、エシェリヒア・コリ又はコリネバクテリウム・グルタミクム由来のクエン酸シンターゼをコードする遺伝子の導入が、L−グルタミン酸生産能の増強に効果的であったことが報告されている(特公平7−121228号)。また、特開昭61−268185号公報には、コリネバクテリウム属細菌由来のグルタミン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を含む組換え体DNAを保有した細胞が開示されている。さらに、特開昭63−214189号公報には、グルタミン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子、イソクエン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子、アコニット酸ヒドラターゼ遺伝子、及びクエン酸シンターゼ遺伝子を増幅することによって、L−グルタミン酸の生産能を増加させる技術が開示されている。
【0004】
上記のような微生物の育種や製造法の改良により、L−グルタミン酸の生産性はかなり高まってはいるが、今後の需要の一層の増大に応えるためには、さらに安価かつ効率的なL−グルタミン酸の製造法の開発が求められている。
【0005】
一方、培養液中に蓄積するL−アミノ酸を晶析せしめながら発酵を行う方法が知られている(特開昭62−288号)。この方法は、培養液中に蓄積するL−アミノ酸を析出させることにより、培養液中のL−アミノ酸の濃度を一定量以下に維持するというものである。具体的には、L−トリプトファン、L−チロシン又はL−ロイシンは、培養の温度及びpHの調整、又は界面活性剤の培地への添加によって、発酵中に析出する。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
上記のように、L−アミノ酸を析出せしめながら発酵を行う方法が知られているが、同方法に好適なアミノ酸は、比較的水溶性の低いアミノ酸であって、L−グルタミン酸のように水溶性の高いアミノ酸に適用した例は知られていない。また、L−グルタミン酸を析出させるためには培地を低pHにする必要があるが、前記のようなL−グルタミン酸生産菌は酸性条件下では生育できず、L−グルタミン酸発酵は中性で行われており(米国特許第3,220,929号、第3,032,474号、K.C. Chao & J.W. Foster, J. Bacteriol., 77, 715-725 (1959))、析出を伴うL−グルタミン酸の発酵生産は知られていない。さらに、ほとんどの好酸菌の生育が酢酸、乳酸、コハク酸等の有機酸により阻害されることが知られている(大島泰郎監修「極限環境微生物ハンドブック」第231頁、SCIENCE FORUM;R.M. Borichewski, J. Bacteriol., 93, 597-599 1967)等)。したがって、同じく有機酸であるL−グルタミン酸に対して多くの微生物が酸性条件下で感受性であると考えられ、酸性条件下でL−グルタミン酸生産能を有する微生物の検索自体、試みられたという報告はない。
【0007】
本発明は、上記のような現状に対し、低pH条件下でL−グルタミン酸を生産する微生物を検索、育種し、得られた微生物を用いてL−グルタミン酸を析出させながら発酵生産する方法を提供することを課題とするものである。
【0008】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、発酵法によるL−グルタミン酸の生産性向上に関する研究の過程で、培地中に蓄積された高濃度のL−グルタミン酸による生産性の阻害が、生産性向上の障害の一つとなっていると考えた。例えば、微生物細胞はL−グルタミン酸の排出系と取り込み系を有しているが、一旦培地中に排出されたL−グルタミン酸が再び細胞内に取り込まれると、生産効率が低下するばかりでなく、L−グルタミン酸の生合成反応が阻害される結果にもなる。そして、このようなL−グルタミン酸の高濃度蓄積による生産性の阻害を回避するために、酸性条件下、かつ、高濃度のL−グルタミン酸存在下で増殖できる微生物をスクリーニングしたところ、同性質を有する微生物を土壌から分離することに成功し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち本発明は、以下のとおりである。
(1)特定のpHにおいて飽和濃度のL−グルタミン酸及び炭素源を含む液体培地で同炭素源を代謝することができ、かつ、前記pHの液体培地中にL−グルタミン酸の飽和濃度を越える量のL−グルタミン酸を蓄積する能力を有する微生物。
(2)前記液体培地で生育できる(1)の微生物。
(3)前記pHが5.0又はそれ以下である(1)又は(2)の微生物。
(4)下記の性質の少なくとも一方を有する(1)〜(3)のいずれかの微生物。
(a)L−グルタミン酸の生合成反応を触媒する酵素の活性が高められている。 (b)L−グルタミン酸の生合成経路から分岐してL−グルタミン酸以外の化合物を生成する反応を触媒する酵素の活性が低下または欠損している。
(5)L−グルタミン酸の生合成反応を触媒する酵素が、クエン酸シンターゼ、フォスフォエノールピルベートカルボキシラーゼ、およびグルタミン酸デヒドロゲナーゼから選ばれる少なくとも一つである(4)の微生物。
(6)L−グルタミン酸の生合成経路から分岐してL−グルタミン酸以外の化合物を生成する反応を触媒する酵素がα−ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼである(4)又は(5)の微生物。
(7)微生物がエンテロバクター属に属することを特徴とする(1)〜(6)のいずれかの微生物。
(8)エンテロバクター・アグロメランスである(7)の微生物。
(9)糖を含有する培地で培養したときに菌体外に生成する粘液質が野生株よりも少ない変異を有する(8)の微生物。
(10)(1)〜(9)のいずれかの微生物を、pHがL−グルタミン酸が析出する条件に調整された液体培地に培養し、該培地中にL−グルタミン酸を析出させながら生成蓄積させることを特徴とする発酵法によるL−グルタミン酸の製造法。
(11)液体培地中にL−グルタミン酸を析出させながら発酵生産するのに適した微生物をスクリーニングする方法であって、飽和濃度のL−グルタミン酸及び炭素源を含む酸性に調製された培地に微生物を含む試料を接種し、前記炭素源を代謝できる菌株を選抜することを特徴とする方法。
(12)前記炭素源を代謝できる菌株として、前記培地で生育することができる菌株を選抜することを特徴とする(11)の方法。
(13)前記培地のpHが5.0以下である(11)又は(12)の方法。
【0010】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の微生物は、(1)特定のpHにおいて飽和濃度のL−グルタミン酸及び炭素源を含む液体培地で炭素源を代謝することができ、かつ、(2)前記pHの液体培地中にL−グルタミン酸の飽和濃度を越える量のL−グルタミン酸を蓄積する能力を有する微生物である。
【0011】
「飽和濃度」とは、液体培地がL−グルタミン酸で飽和しているときの液体培地に溶解しているL−グルタミン酸の濃度をいう。
【0012】
以下に、特定のpHにおいて飽和濃度のL−グルタミン酸及び炭素源を含む液体培地で炭素源を代謝することができる微生物のスクリーニング法を示す。微生物を含む試料を、特定のpHにおいて飽和濃度のL−グルタミン酸及び炭素源を含む液体培地に接種し、炭素源を代謝する菌株を選抜する。特定のpHとは、特に制限されないが、通常、約5.0以下、好ましくは約4.5以下、さらに好ましくは約4.3以下である。本発明の微生物はL−グルタミン酸を析出させながら発酵生産するのに用いられるものであるが、前記pHが高すぎると、析出させるのに十分なL−グルタミン酸を微生物に生産させることが困難になる。したがってpHは前記の範囲が好ましい。
【0013】
L−グルタミン酸を含む水溶液のpHを低下させると、L−グルタミン酸はγ−カルボキシル基のpKa(4.25、25℃)付近で溶解度は著しく減少し、等電点(pH3.2)で溶解度は最も低くなり、飽和濃度を越えるL−グルタミン酸は析出する。培地組成によっても異なるが、通常には、L−グルタミン酸は約30℃においては、pH3.2では10〜20g/L、pH4.0では30〜40g/L、pH4.7では50〜60g/L溶解する。尚、pHが一定の値を下回るとL−グルタミン酸を析出させる効果は頭打ちになるので、通常3.0以下にする必要はない。しかし、pHが3.0以下であっても差し支えない。
【0014】
「炭素源を代謝できる」とは、増殖できるか、あるいは増殖しなくても炭素源を消費することができることをいい、すなわち、糖類、有機酸類等の炭素源を異化することをいう。具体的には、例えば、飽和濃度のL−グルタミン酸を含むpH5.0〜4.0、好ましくはpH4.5〜4.0、さらに好ましくはpH4.3〜4.0、特に好ましくはpH4.0の液体培地中で、適当な温度、例えば28℃、37℃又は50℃にて、2〜4日間培養したときに増殖する微生物は、同培地中で炭素源を代謝できる微生物である。さらに、例えば、飽和濃度のL−グルタミン酸を含むpH5.0〜4.0、好ましくはpH4.5〜4.0、さらに好ましくはpH4.3〜4.0、特に好ましくはpH4.0の液体合成培地中で、適当な温度、例えば28℃、37℃又は50℃にて、2〜4日間培養したときに増殖せずとも、培地中の炭素源を消費する微生物は、同培地中で炭素源を代謝できる微生物である。
【0015】
炭素源を代謝できる微生物は、上記液体培地で生育できる微生物を包含する。「生育できる」とは、増殖できるか、あるいは増殖しなくてもL−グルタミン酸を生産することができることをいう。具体的には、例えば、飽和濃度のL−グルタミン酸を含むpH5.0〜4.0、好ましくはpH4.5〜4.0、さらに好ましくはpH4.3〜4.0、特に好ましくはpH4.0の液体培地中で、適当な温度、例えば28℃、37℃又は50℃にて、2〜4日間培養したときに増殖する微生物は、同培地中で生育できる微生物である。さらに、例えば、飽和濃度のL−グルタミン酸を含むpH5.0〜4.0、好ましくはpH4.5〜4.0、さらに好ましくはpH4.3〜4.0、特に好ましくはpH4.0の液体合成培地中で、適当な温度、例えば28℃、37℃又は50℃にて、2〜4日間培養したときに増殖せずとも、培地中のL−グルタミン酸の量を増加させる微生物は、同培地中で生育できる微生物である。
【0016】
上記の選抜は、同じ条件で、又はpHもしくはL−グルタミン酸の濃度を変えて2回又は3回以上繰り返してもよい。また、初期の選抜は、飽和濃度より低い濃度のL−グルタミン酸を含む培地で行い、後の選抜を飽和濃度のL−グルタミン酸を含む培地で行ってもよい。さらに、増殖速度に優れる菌株等、好ましい特性を有する菌株を選抜する操作を行ってもよい。
【0017】
本発明の微生物は、上記性質に加えて、液体培地中にL−グルタミン酸の飽和濃度を越える量のL−グルタミン酸を蓄積する能力を有する微生物である。前記液体培地のpHは、前記(1)の性質を有する微生物のスクリーニングに用いた培地のpHと同じか、又はそれに近いpHであることが好ましい。通常、微生物はpHが低くなると高濃度のL−グルタミン酸に対して感受性となるため、L−グルタミン酸に対する耐性という観点からはpHは低くない方が好ましいが、L−グルタミン酸を析出させながら生産させるという観点からは、pHは低い方が好ましい。これらの条件を満足するpH条件としては、3〜5、好ましくは4〜5、より好ましくは4.0〜4.7、さらに好ましくは4.0〜4.5、特に好ましくは4.0〜4.3が挙げられる。
【0018】
本発明の微生物又はその育種の材料としては、例えば、エンテロバクター(Enterobacter)属、クレブシエラ(Klebsiella)属、セラチア(Serratia)属、パントテア(Pantoea)属、エルビニア(Erwinia)属、エシェリヒア(Escherichia)属、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属、アリサイクロバチルス(Alicyclobacillus)属、バチルス(Bacillus)属、サッカロマイセス(Saccharomyces)属等に属する微生物が挙げられる。これらの中ではエンテロバクター属に属する微生物が好ましい。以下、本発明の微生物について、エンテロバクター属に属する微生物を中心に説明するが、本発明はエンテロバクター属に限られず他の属に属する微生物にも同様に適用され得る。
【0019】
エンテロバクター属に属する微生物として具体的には、エンテロバクター・アグロメランス(Enterobacter agglomerans)が、好ましくはエンテロバクター・アグロメランスAJ13355株が挙げられる。同株は、静岡県磐田市の土壌から、低pHでL−グルタミン酸及び炭素源を含む培地で増殖できる株として分離された株である。
【0020】
AJ13355の生理的性質を記す。
(1)グラム染色性:陰性
(2)酸素に対する挙動:通性嫌気性
(3)カタラーゼ:ポジティブ
(4)オキシダーゼ:ネガティブ
(5)硝酸還元能:ネガティブ
(6)フォゲス−プロスカウエル試験:ポジティブ
(7)メチルレッド試験:ネガティブ
(8)ウレアーゼ:ネガティブ
(9)インドール生成:ポジティブ
(10)運動性:有り
(11)TSI培地での硫化水素生成:微弱な活性あり
(12)β−ガラクトシダーゼ:ポジティブ
【0021】
(13)糖資化性:
アラビノース:ポジティブ
シュークロース:ポジティブ
ラクトース:ポジティブ
キシロース:ポジティブ
ソルビトール:ポジティブ
イノシトール:ポジティブ
トレハロース:ポジティブ
マルトース:ポジティブ
グルコース:ポジティブ
アドニトール:ネガティブ
ラフィノース:ポジティブ
サリシン:ネガティブ
メリビオース:ポジティブ
【0022】
(14)グリセロール資化性:ポジティブ
(15)有機酸資化性:
クエン酸:ポジティブ
酒石酸:ネガティブ
グルコン酸:ポジティブ
酢酸:ポジティブ
マロン酸:ネガティブ
【0023】
(16)アルギニンデヒドラターゼ:ネガティブ
(17)オルチンデカルボキシラーゼ:ネガティブ
(18)リジンデカルボキシラーゼ:ネガティブ
(19)フェニルアラニンデアミナーゼ:ネガティブ
(20)色素形成 黄色
(21)ゼラチン液化能:ポジティブ
(22)生育pH pH4.0生育可、pH4.5〜7生育良好
(23)生育温度 25℃生育良好、30℃生育良好、37℃生育良好、42℃生育可、45℃生育不可
【0024】
これらの菌学的性質からAJ13355はエンテロバクター・アグロメランスと判定された。
【0025】
エンテロバクター・アグロメランスAJ13355は、平成10年2月19日に、通産省工業技術院生命工学工業技術研究所に、受託番号FERM P−16644として寄託され、平成11年1月11日にブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、受託番号FERM BP−6614が付与されている。
【0026】
本発明の微生物は、元来L−グルタミン酸生産能を有していてもよいし、変異処理又は組換えDNA技術等による育種によってL−グルタミン酸生産能を付与、又は増強したものであってもよい。
【0027】
L−グルタミン酸生産能は、例えば、L−グルタミン酸の生合成反応を触媒する酵素の活性を高めることによって、付与又は増強することができる。また、L−グルタミン酸の生合成経路から分岐してL−グルタミン酸以外の化合物を生成する反応を触媒する酵素の活性を低下または欠損させることによっても、L−グルタミン酸生産能を増強することができる。
【0028】
L−グルタミン酸の生合成反応を触媒する酵素としては、グルタミン酸デヒドロゲナーゼ(以下、「GDH」ともいう)、グルタミンシンセターゼ、グルタミン酸シンターゼ、イソクエン酸デヒドロゲナーゼ、アコニット酸ヒドラターゼ、クエン酸シンターゼ(以下、「CS」ともいう)、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ(以下、「PEPC」ともいう)、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ、ピルビン酸キナーゼ、エノラーゼ、ホスホグリセロムターゼ、ホスホグリセリン酸キナーゼ、グリセルアルデヒド−3−リン酸デヒドロゲナーゼ、トリオースリン酸イソメラーゼ、フルクトースビスリン酸アルドラーゼ、ホスホフルクトキナーゼ、グルコースリン酸イソメラーゼ等が挙げられる。これらの酵素の中では、CS、PEPCおよびGDHのいずれか1種または2種もしくは3種が好ましい。さらに、本発明の微生物においては、CS、PEPCおよびGDHの3種の酵素の活性がともに高められていることが好ましい。特に、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタムのCSは、α−ケトグルタル酸、L−グルタミン酸及びNADHによる阻害を受けないため、好ましいものである。
【0029】
CS、PEPCまたはGDH活性を高めるには、例えば、CS、PEPCまたはGDHをコードする遺伝子を適当なプラスミド上にクローニングし、得られたプラスミドを用いて宿主微生物を形質転換すればよい。形質転換株の細胞内のCS、PEPC及びGDHをコードする遺伝子(以下、おのおのをこの順に「gltA遺伝子」、「ppc遺伝子」、「gdhA遺伝子」と略する)のコピー数が上昇し、その結果CS、PEPC及びGDH活性が高められる。
【0030】
クローニングされたgltA遺伝子、ppc遺伝子、およびgdhA遺伝子は、単独または任意の2種または3種の組合わせで、上記出発親株に導入される。2種または3種の遺伝子を導入する場合には、一種類のプラスミド上に2種又は3種の遺伝子がクローン化されて宿主に導入されるか、あるいは共存可能な2種類または3種類のプラスミド上に別々にクローン化されて宿主に導入される。
【0031】
尚、同種の酵素をコードする遺伝子であって、由来が異なる2又は3以上の遺伝子を同一の宿主に導入してもよい。
【0032】
上記プラスミドとしては、例えばエンテロバクター属等に属する微生物の細胞中で自律複製可能なプラスミドであれば特に制限されないが、例えばpUC19、pUC18、pBR322、pHSG299、pHSG298、pHSG399、pHSG398、RSF1010、pMW119、pMW118、pMW219、pMW218、pACYC177、pACYC184等が挙げられる。他にもファージDNAのベクターも利用できる。
【0033】
形質転換は、例えば、D.M.Morrisonの方法(Methods in Enzymology 68, 326 (1979))、受容菌細胞を塩化カルシウムで処理してDNAの透過性を増す方法(Mandel,M. and Higa,A.,J.Mol.Biol.,53,159(1970))、あるいはエレクトロポレーション法(Miller J.H., “A Short Course in Bacterial Genetics”,Cold Spring Harbor Laboratory Press, U.S.A., 1992)等により行うことができる。
【0034】
CS、PEPCまたはGDH活性を高めることは、gltA遺伝子、ppc遺伝子またはgdhA遺伝子を、宿主となる上記出発親株の染色体DNA上に多コピー存在させることによっても達成できる。エンテロバクター属等に属する微生物の染色体DNA上にgltA遺伝子、ppc遺伝子、またはgdhA遺伝子を多コピーで導入するには、レペッティブDNA、転移因子の端部に存在するインバーティッド・リピート等、染色体DNA上に多コピー存在する配列が利用できる。あるいは、gltA遺伝子、ppc遺伝子、またはgdhA遺伝子をトランスポゾンに搭載して、これを転移させて染色体DNA上に多コピー導入することも可能である。形質転換株の細胞内のgltA遺伝子、ppc遺伝子、またはgdhA遺伝子のコピー数が上昇し、その結果CS、PEPCまたはGDH活性が高められる。
【0035】
コピー数を上昇させるgltA遺伝子、ppc遺伝子、およびgdhA遺伝子の供給源となる生物としては、CS、PEPC及びGDH活性を有する生物ならいかなる生物でも良い。なかでも原核生物である細菌、たとえばエンテロバクター属、クレブシェラ属、エルビニア属、パントエア属、セラチア属、エシェリヒア属、コリネバクテリウム属、ブレビバクテリウム属、バチルス属に属する細菌が好ましい。具体的な例としては、エシェリヒア・コリ、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム等が挙げられる。gltA遺伝子、ppc遺伝子、およびgdhA遺伝子は、上記のような微生物の染色体DNAより得ることができる。
【0036】
gltA遺伝子、ppc遺伝子、およびgdhA遺伝子は、おのおのCS、PEPCもしくはGDH活性を欠失した変異株を用いてその栄養要求性を相補するDNA断片を上記微生物の染色体DNAから単離することによって取得できる。またエシェリヒア属のこれら遺伝子、コリネバクテリウム属細菌のこれら遺伝子は既に塩基配列が明らかにされていることから(Biochemistry、第22巻、5243〜5249頁、1983年;J.Biochem.、第95巻、909〜916頁、1984年;Gene、第27巻、193〜199頁、1984年;Microbiology、第140巻、1817〜1828頁、1994年;Mol.Gen.Genet.、第218巻、330〜339頁、1989年;Molecular Microbiology、第6巻、317〜326頁、1992年)それぞれの塩基配列に基づいてプライマーを合成し、染色体DNAを鋳型にしてPCR法により取得することが可能である。
【0037】
CS、PEPCまたはGDH活性を高めるには、上記の遺伝子増幅による以外にも、gltA遺伝子、ppc遺伝子、またはgdhA遺伝子の発現が強化されることによって達成される。例えば、gltA遺伝子、ppc遺伝子、またはgdhA遺伝子のプロモーターをそれよりも強力な他のプロモーターに置換することによって発現が強化される。たとえば、lacプロモーター、trpプロモーター、trcプロモーター、tacプロモーター、ラムダファージのPRプロモーター、PLプロモーター等が強力なプロモーターとして知られている。プロモーターが置換されたgltA遺伝子、ppc遺伝子またはgdhA遺伝子は、プラスミド上にクローニングされて宿主微生物に導入されるか、またはレペッティブDNA、インバーティッド・リピート、またはトランスポゾン等を用いて宿主微生物の染色体DNA上に導入される。
【0038】
また、CS、PEPCまたはGDH活性を高めるには、染色体上のgltA遺伝子、ppc遺伝子またはgdhA遺伝子のプロモーターを、それらよりも強力なプロモーターで置換する(WO87/03006号、特開昭61−268183号参照)か、またはそれぞれの遺伝子のコード配列の上流に、強力なプロモーターを挿入すること(Gene, 29, (1984) 231-241 参照)によっても達成することができる。具体的には、強力なプロモーターに置換されたgltA遺伝子、ppc遺伝子もしくはgdhA遺伝子またはそれらの一部を含むDNAと、染色体上の対応する遺伝子との間で相同組換えを起こさせればよい。
【0039】
L−グルタミン酸の生合成経路から分岐してL−グルタミン酸以外の化合物を生成する反応を触媒する酵素としては、α−ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ(以下、「αKGDH」ともいう)、イソクエン酸リアーゼ、リン酸アセチルトランスフェラーゼ、酢酸キナーゼ、アセトヒドロキシ酸シンターゼ、アセト乳酸シンターゼ、ギ酸アセチルトランスフェラーゼ、乳酸デヒドロゲナーゼ、グルタミン酸デカルボキシラーゼ、1−ピロリンデヒドロゲナーゼ等がある。これらの酵素の中では、αKGDHが好ましい。
【0040】
エンテロバクター属等に属する微生物において、上記のような酵素の活性を低下または欠損させるには、通常の変異処理法によって、あるいは遺伝子工学的手法によって、上記酵素の遺伝子に、細胞中の当該酵素の活性が低下または欠損するような変異を導入すればよい。
【0041】
変異処理法としては、たとえばX線や紫外線を照射する方法、またはN−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン等の変異剤で処理する方法等がある。遺伝子に変異が導入される部位は、酵素タンパク質をコードするコード領域であってもよく、プロモーター等の発現制御領域であってもよい。
【0042】
また、遺伝子工学的手法には、例えば遺伝子組換え法、形質導入法、細胞融合法等を用いる方法がある。例えば、クローン化された目的遺伝子の内部に薬剤耐性遺伝子を挿入し、機能を失った遺伝子(欠失型遺伝子)を作製する。次いで、この欠失型遺伝子を宿主微生物の細胞に導入し、相同組み換えを利用して染色体上の目的遺伝子を前記欠失型遺伝子に置換する(遺伝子破壊)。
【0043】
細胞中の目的酵素の活性が低下または欠損していること、および活性の低下の程度は、候補株の菌体抽出液または精製画分の酵素活性を測定し、野生株と比較することによって確認することができる。例えば、αKGDH活性は、Reedらの方法(L.J.Reed and B.B.Mukherjee, Methods in Enzymology 1969, 13, p.55-61)に従って測定することができる。
【0044】
また、目的とする酵素によっては、変異株の表現型によって目的変異株を選択することができる。例えば、αKGDH活性が欠損もしくは低下した変異株は、好気的培養条件ではグルコースを含む最少培地、あるいは、酢酸やL−グルタミン酸を唯一の炭素源として含む最少培地で増殖できないか、または増殖速度が著しく低下する。ところが、同一条件でもグルコースを含む最少培地にコハク酸またはリジン、メチオニン、及びジアミノピメリン酸を添加することによって通常の生育が可能となる。これらの現象を指標としてαKGDH活性が欠損もしくは低下した変異株の選抜が可能である。
【0045】
相同組換えを利用したブレビバクテリウム・ラクトファーメンタムのαKGDH遺伝子欠損株の作製法は、WO95/34672号に詳述されており、他の微生物にも同様の方法を適用することができる。
【0046】
その他、遺伝子のクローニング、DNAの切断、連結、形質転換法等の技術については、Molecular Cloning, 2nd edition, Cold Spring Harbor press (1989))等に詳述されている。
【0047】
以上のようにして得られるαKGDH活性が欠損もしくは低下した変異株の具体例としては、エンテロバクター・アグロメランス AJ13356が挙げられる。エンテロバクター・アグロメランス AJ13356は、平成10年2月19日に、通産省工業技術院生命工学工業技術研究所に、受託番号FERM P−16645として寄託され、平成11年1月11日にブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、受託番号FERM BP−6615が付与されている。エンテロバクター・アグロメランス AJ13356は、αKGDH−E1サブユニット遺伝子(sucA)が破壊された結果、αKGDH活性を欠損している。
【0048】
また、本発明に用いられる微生物の一例であるエンテロバクター・アグロメランスは、糖を含有する培地で培養を行うと、菌体外に粘液質を生成するために、操作効率がよくないことがある。したがって、このような粘液質を生成する性質を有するエンテロバクター・アグロメランスを用いる場合には、粘液質の生成量が野生株よりも低下した変異株を用いることが好ましい。変異処理法としては、たとえばX線や紫外線を照射する方法、またはN−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン等の変異剤で処理する方法等がある。また、粘液質の生成量が低下した変異株は、変異処理した菌株を、糖を含む培地、例えば5g/Lのグルコースを含むLB培地プレートに撒き、プレートを約45°傾けて培養したときに、液質が流れ落ちないようになったコロニーを選抜することによって選択することができる。
【0049】
本発明において、L−グルタミン酸生産能の付与又は増強、及び上記の粘液質低生産変異等の好ましい性質の付与は、任意の順序で行うことができる。
【0050】
本発明の微生物を、pHがL−グルタミン酸が析出する条件に調整された液体培地に培養することにより、培地中にL−グルタミン酸を析出させながら生成蓄積させることができる。また、中性pHにて培養を開始し、培養終了時にL−グルタミン酸が析出する条件となるようにしてもよい。
【0051】
ここで「L−グルタミン酸が析出する条件」とは、本発明の微生物がL−グルタミン酸を生成蓄積したときにL−グルタミン酸が析出する条件をいう。
【0052】
前記培地としては、pHがL−グルタミン酸が析出する条件に調整されること以外は、炭素源、窒素源、無機塩類、その他必要に応じてアミノ酸、ビタミン等の有機微量栄養素を含有する通常の栄養培地を用いることができる。合成培地または天然培地のいずれも使用可能である。培地に使用される炭素源および窒素源は、培養する菌株の利用可能なものならばよい。
【0053】
炭素源としてはグルコース、グリセロール、フラクトース、シュークロース、マルトース、マンノース、ガラクトース、でんぷん加水分解物、糖蜜等の糖類が使用され、その他、酢酸、クエン酸等の有機酸等も単独あるいは他の炭素源と併用して用いられる。
【0054】
窒素源としてはアンモニア、硫酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム、酢酸アンモニウム等のアンモニウム塩または硝酸塩等が使用される。
【0055】
有機微量栄養素としては、アミノ酸、ビタミン、脂肪酸、核酸、さらにこれらのものを含有するペプトン、カザミノ酸、酵母エキス、大豆蛋白分解物等が使用され、代謝又は生育にアミノ酸等を要求する栄養要求性変異株を使用する場合には要求される栄養素を補添する事が必要である。
【0056】
無機塩類としてはリン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、鉄塩、マンガン塩等が使用される。
【0057】
培養方法は、通常には、発酵温度20ないし42℃、pHを3〜5、好ましくは4〜5、より好ましくは4〜4.7、特に好ましくは4〜4.5に制御しつつ通気培養を行う。かくして10時間ないし4日間程度培養することにより培養液中に著量のL−グルタミン酸が蓄積される。蓄積されたL−グルタミン酸のうち、飽和濃度を越えるものは、培地中に析出する。
【0058】
培養終了後、培養液中に析出したL−グルタミン酸は、遠心分離又は濾過等により採取することができる。また、培地中に溶解しているL−グルタミン酸は、公知の方法に従って採取することができる。例えば、濃縮晶析する方法、あるいはイオン交換クロマトグラフィー等によって単離することができる。培養液中に析出したL−グルタミン酸は、培地中に溶解しているL−グルタミン酸を晶析した後に、併せて単離してもよい。
【0059】
本発明の方法によれば、飽和濃度を超えるL−グルタミン酸は析出するので、培地中に溶解しているL−グルタミン酸の濃度は一定量に保たれ、微生物が高濃度のL−グルタミン酸から受ける影響を低減することができる。したがって、L−グルタミン酸生産能が一層向上した微生物を育種することも可能となる。また、L−グルタミン酸は結晶として析出してくるため、L−グルタミン酸の蓄積に伴う培養液の酸性化が少なく、培養液のpHを維持するために使用されるアルカリの量が大幅に削減することが可能となる。
【0060】
【実施例】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明する。
【0061】
<1>酸性環境下にてL−グルタミン酸耐性を有する微生物の探索
酸性環境下にてL−グルタミン酸耐性を有する微生物の探索は、以下のようにして行った。1gの土壌、果実、植物体、河川水などの自然界より得られたサンプルおよそ500点を、それぞれ5mLの滅菌水に懸だくし、そのうち200μLを塩酸にてpHを4.0に調製した固体培地20mLに塗布した。同培地の組成は、以下のとおりである。グルコース3g/L、硫酸アンモニウム1g/L、硫酸マグネシウム7水塩0.2g/L、リン酸2水素カリウム0.5g/L、塩化ナトリウム0.2g/L、塩化カルシウム7水塩0.1g/L、硫酸第一鉄7水塩0.01g/L、硫酸マンガン4水塩0.01g/L、硫酸亜鉛2水塩0.72mg/L、硫酸銅5水塩0.64mg/L、塩化コバルト6水塩0.72mg/L、ホウ酸0.4mg/L、モリブデン酸ナトリウム2水塩1.2mg/L、ビオチン50μg/L、パントテン酸カルシウム50μg/L、葉酸50μg/L、イノシトール50μg/L、ナイアシン50μg/L、パラアミノ安息香酸50μg/L、ピリドキシン塩酸塩50μg/L、リボフラビン50μg/L、チアミン塩酸塩50μg/L、シクロヘキシミド50mg/L、寒天20g/L。
【0062】
上記のサンプルを塗布した培地を、28℃、37℃又は50℃にて、2〜4日間培養し、コロニーを形成する菌株を378株取得した。
【0063】
続いて、上記のようにして得られた菌株を、飽和濃度のL−グルタミン酸を含む液体培地(塩酸にてpH4.0に調整)3mLを注入した長さ16.5cm、径14mmの試験管に植菌し、24時間〜3日間、28℃、37℃又は50℃にて振とう培養を行い、増殖する菌株を選抜した。前記培地の組成は、以下のとおりである。グルコース40g/L、硫酸アンモニウム20g/L、硫酸マグネシウム7水塩0.5g/L、リン酸2水素カリウム2g/L、塩化ナトリウム0.5g/L、塩化カルシウム7水塩0.25g/L、硫酸第一鉄7水塩0.02g/L、硫酸マンガン4水塩0.02g/L、硫酸亜鉛2水塩0.72mg/L、硫酸銅5水塩0.64mg/L、塩化コバルト6水塩0.72mg/L、ホウ酸0.4mg/L、モリブデン酸ナトリウム2水塩1.2mg/L、酵母エキス2g/L。
【0064】
このようにして、酸性環境下にてL−グルタミン酸耐性を有する微生物78株を取得することに成功した。
【0065】
<2>酸性環境下にてL−グルタミン酸耐性を有する微生物からの増殖速度に優れた菌株の選抜
上記のようにして得られた、酸性環境下にてL−グルタミン酸耐性を有する種々の微生物を、M9培地(J. Sambrook, E.F.Fritsh, T.Maniatis “Molecular Cloning”, Cold Spring Harbor Laboratory Press, U.S.A., 1989)に20g/Lのグルタミン酸と2g/Lのグルコースを加え、pHを塩酸で4.0に調整した培地3mLを注入した長さ16.5cm、径14mmの試験管に植菌し、培地の濁度を経時的に測定することによって、増殖速度の良好な菌株の選抜を行った。その結果、生育が良好な菌株として、静岡県磐田市の土壌より採取されたAJ13355株が得られた。本菌株は、前記の菌学的性質から、エンテロバクター・アグロメランスと判定された。
【0066】
<3>エンテロバクター・アグロメランスAJ13355株からの粘液質低生産株の取得
エンテロバクター・アグロメランスAJ13355株は糖を含有する培地で培養を行うと、菌体外に粘液質を生成するために、操作効率がよくない。そこで、粘液質低生産株の取得を、紫外線照射法(Miller, J.H. et al., "A Short Cource in Bacterial Genetics; Laboratory Manual", Cold Spring Harbor Laboratory Press, U.S.A., p.150, 1992)により行った。
【0067】
60Wの紫外線ランプから60cm離した位置で、エンテロバクター・アグロメランスAJ13355株に紫外線を2分間照射した後、LB培地で終夜培養して変異を固定した。変異処理した菌株を、5g/Lのグルコースと20g/Lの寒天を含むLB培地に、プレート当たり約100個程度のコロニーが出現するように希釈して撒き、プレートを約45°傾けて30℃で終夜培養を行い、粘液質が流れ落ちないようになったコロニーを20個選抜した。
【0068】
選抜された株の中から、5g/Lのグルコースと20g/Lの寒天を含むLB培地で5回継代培養を行っても復帰変異株が出現せず、さらに、LB培地及び5g/Lのグルコースを含むLB培地ならびにM9培地(Sambrook, J. et al., Molecular Cloning, 2nd edition, Cold Spring Harbor press, U.S.A. (1989))に20g/LのL−グルタミン酸と2g/Lのグルコースを加え、pHを塩酸で4.5に調製した培地で親株と同等の生育を示すという条件を満たす菌株として、SC17株を選抜した。
【0069】
<4>エンテロバクター・アグロメランスSC17株からのグルタミン酸生産菌の構築
(1)エンテロバクター・アグロメランスSC17株からのαKGDH欠損株の作製
エンテロバクター・アグロメランスSC17株から、αKGDHを欠損し、さらにL−グルタミン酸生合成系が強化された株を作製した。
【0070】
(i)エンテロバクター・アグロメランスAJ13355株のαKGDH遺伝子(以後「sucAB」という)のクローニング
エンテロバクター・アグロメランス AJ13355株のsucAB遺伝子は、エシェリヒア・コリのαKGDH−E1サブユニット遺伝子(以後「sucA」という)欠損株の酢酸非資化性を相補するDNA断片を、エンテロバクター・アグロメランス AJ13355株染色体DNAより選択することによって、クローニングした。
【0071】
エンテロバクター・アグロメランス AJ13355株の染色体DNAは、エシェリヒア・コリにおいて通常染色体DNAを抽出するのに使用されるのと同様の方法(生物工学実験書、日本生物工学会偏、97−98頁、培風館、1992年)で単離した。ベクターとして使用したpTWV228(アンピシリン耐性)は宝酒造社製の市販品を用いた。
【0072】
AJ13355株の染色体DNAをEcoT221で消化したもの、およびpTWV228をPstIで消化したものをT4リガーゼにより連結し、sucA欠損のエシェリヒア・コリ JRG465株(Herbert J.ら Mol.Gen.Genetics 1969,105巻、182頁)を形質転換した。こうして得た形質転換株より、酢酸最少培地にて増殖する株を選択し、これよりプラスミドを抽出してpTWVEK101と命名した。pTWVEK101を持つエシェリヒア・コリ JRG465株は酢酸非資化性という形質の他にコハク酸もしくはL−リジンおよびL−メチオニンの要求性も回復していた。このことよりpTWVEK101にはエンテロバクター・アグロメランスのsucA遺伝子が含まれていると考えられる。
【0073】
pTWVEK101のエンテロバクター・アグロメランス由来DNA断片の制限酵素地図を図1に示した。図1の斜線にて示した部分の塩基配列を決定した結果を配列番号1に示した。この配列の中には、2つの完全長のORFと、2つのORFの部分配列と思われる塩基配列が見いだされた。これらのORFまたはその部分配列がコードし得るアミノ酸配列を、5’側から順に配列番号2〜5に示す。これらのホモロジー検索をした結果、塩基配列を決定した部分は、サクシネートデヒドロゲナーゼアイロン−スルファープロテイン遺伝子(sdhB)の3’末端側の部分配列、完全長のsucAとαKGDH−E2サブユニット遺伝子(sucB)、サクシニルCoAシンセターゼβサブユニット遺伝子(sucC)の5’末端側の部分配列を含んでいることが明らかとなった。これらの塩基配列から推定されるアミノ酸配列をそれぞれエシェリヒア・コリのもの(Eur.J. Biochem., 141, 351-359 (1984)、Eur.J. Biochem., 141, 361-374 (1984)、Biochemistry, 24, 6245-6252 (1985))と比較した結果を図2〜5に示す。このように各アミノ酸配列は非常に高い相同性を示した。また、エンテロバクター・アグロメランス染色体上でもエシェリヒア・コリと同様に(Eur.J. Biochem., 141, 351-359 (1984)、Eur.J. Biochem., 141, 361-374 (1984)、Biochemistry, 24, 6245-6252 (1985))、sdhB−sucA−sucB−sucCとクラスターを構成していることが判明した。
【0074】
(ii)エンテロバクター・アグロメランスSC17株由来のαKGDH欠損株の取得
上記のようにして取得されたエンテロバクター・アグロメランスのsucAB遺伝子を用い、相同組換えによりエンテロバクター・アグロメランスのαKGDH欠損株の取得を行った。
【0075】
pTWVEK101をSphIで切断してsucAを含む断片を切り出した後、クレノーフラグメント(宝酒造(株))で平滑末端化した断片を、EcoRIで切断しクレノーフラグメントで平滑末端化したpBR322(宝酒造(株))とを、T4 DNAリガーゼ(宝酒造(株))を用いて結合した。得られたプラスミドを、sucAのほぼ中央部分に位置する制限酵素BglII認識部位で同酵素を用いて切断し、クレノーフラグメントで平滑末端化し、再びT4 DNAリガーゼで結合した。以上の操作によって、新たに構築されたプラスミド中のsucAにはフレームシフト変異が導入され、同遺伝子は機能しなくなると考えられた。
【0076】
上記のようにして構築されたプラスミドを制限酵素ApaLIで切断した後、アガロースゲル電気泳動を行い、フレームシフト変異が導入されたsucA及びpBR322由来のテトラサイクリン耐性遺伝子を含むDNA断片を回収した。回収したDNA断片を再びT4 DNAリガーゼで結合し、αKGDH遺伝子破壊用プラスミドを構築した。
【0077】
上記のようにして得られたαKGDH遺伝子破壊用プラスミドを用いて、エンテロバクター・アグロメランスSC17株を、エレクトロポレーション法(Miller J.H., “A Short Course in Bacterial Genetics; Handbook”, Cold Spring Harbor Laboratory Press, U.S.A., p.279, 1992)によって形質転換し、テトラサイクリン耐性を指標にプラスミドが相同組換えによって染色体上のsucAが変異型に置換された菌株を取得した。取得された株をSC17sucA株を命名した。
【0078】
SC17sucA株がαKGDH活性を欠損していることを確認するために、LB培地で対数増殖期まで培養した同株の菌体を用いて、Reedらの方法(L.J.Reed and B.B.Mukherjee, Methods in Enzymology 1969, 13, p.55-61)に従って酵素活性を測定した。その結果、SC17株からは0.073(ΔABS/min/mgタンパク)のαKGDH活性が検出されたのに対し、SC17sucA株ではαKGDH活性を検出できず、目的通りsucAが欠損していることが確かめられた。
【0079】
(2)エンテロバクター・アグロメランスSC17sucA株のL−グルタミン酸生合成系の強化
続いてSC17sucA株に、エシェリヒア・コリ由来のクエン酸シンターゼ遺伝子、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ遺伝子、およびグルタミン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子を導入した。
【0080】
(i)エシェリヒア・コリ由来のgltA遺伝子、ppc遺伝子、およびgdhA遺伝子を有するプラスミドの作製
gltA遺伝子、ppc遺伝子、およびgdhA遺伝子を有するプラスミドの作成の手順を、図6、7に基づいて説明する。
【0081】
エシェリヒア・コリ由来のgdhA遺伝子を有するプラスミドpBRGDH(特開平7−203980号)をHindIII、SphI消化し、T4DNAポリメラーゼ処理で両末端を平滑末端にした後、gdhA遺伝子を有するDNA断片を精製回収した。一方、エシェリヒア・コリ由来のgltA遺伝子およびppc遺伝子を有するプラスミドpMWCP(WO97/08294号)をXbaIで消化後、T4DNAポリメラーゼで両末端を平滑末端にした。これに、上で精製したgdhA遺伝子を有するDNA断片を混合後、T4リガーゼにより連結し、pMWCPに更にgdhA遺伝子を搭載したプラスミドpMWCPGを得た(図6)。
【0082】
同時に、広宿主域プラスミドRSF1010の複製起点を有するプラスミドpVIC40(特開平8−047397号)をNotIで消化し、T4DNAポリメラーゼ処理した後、PstI消化したものと、pBR322をEcoT14I消化し、T4DNAポリメラーゼ処理した後、PstI消化したものとを混合後、T4リガーゼにより連結し、RSF1010の複製起点及びテトラサイクリン耐性遺伝子を有するプラスミドRSF−Tetを得た(図7)。
【0083】
次に、pMWCPGをEcoRI、PstI消化し、gltA遺伝子、ppc遺伝子、およびgdhA遺伝子を有するDNA断片を精製回収し、RSF−Tetを同様にEcoRI、PstI消化し、RSF1010の複製起点を有するDNA断片を精製回収したものと混合後、T4リガーゼにより連結し、RSF−Tet上にgltA遺伝子、ppc遺伝子、およびgdhA遺伝子を搭載したプラスミドRSFCPGを得た(図8)。得られたプラスミドRSFCPGがgltA遺伝子、ppc遺伝子およびgdhA遺伝子を発現していることは、エシェリヒア・コリのgltA遺伝子、ppc遺伝子、あるいはgdhA遺伝子欠損株の栄養要求性の相補と各酵素活性の測定によって確認した。
【0084】
(ii)ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム由来のgltA遺伝子を有するプラスミドの作製
ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム由来のgltA遺伝子を有するプラスミドは、以下のようにして構築した。コリネバクテリウム・グルタミカムのgltA遺伝子の塩基配列(Microbiology, 1994, 140, 1817-1828)をもとに、配列番号6及び7に示す塩基配列を有するプライマーDNAを用い、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム ATCC13869の染色体DNAを鋳型としてPCRを行い、約3kbのgltA遺伝子断片を得た。この断片をSmaI消化したプラスミドpHSG399(宝酒造(株)より購入)に挿入し、プラスミドpHSGCBを得た(図9)。次に、pHSGCBをHindIIIで切断し切り出された約3kbのgltA遺伝子断片をHindIII消化したプラスミドpSTV29(宝酒造(株)より購入)に挿入し、プラスミドpSTVCBを得た(図9)。得られたプラスミドpSTVCBがgltA遺伝子を発現していることは、エンテロバクター・アグロメランスAJ13355株中での酵素活性の測定によって確認した。
【0085】
(iii)RSFCPG及びpSTVCBのSC17sucA株への導入
エンテロバクター・アグロメランスSC17sucA株を、RSFCPGを用いてエレクトロポレーション法にて形質転換し、テトラサイクリン耐性を示す形質転換体SC17sucA/RSFCPG株を取得した。さらにSC17sucA/RSFCPG株をpSTVCBを用いてエレクトロポレーション法にて形質転換し、クロラムフェニコール耐性を示す形質転換体SC17sucA/RSFCPG+pSTVCB株を取得した。
【0086】
<4>低pH環境下でL−グルタミン酸に対する耐性が向上した菌株の取得
エンテロバクター・アグロメランスSC17sucA/RSFCPG+pSTVCB株から、低pH環境下で高濃度のL−グルタミン酸に対する耐性が向上した菌株(以下、「低pH下高濃度Glu耐性株」ともいう)の分離を行った。
【0087】
SC17sucA/RSFCPG+pSTVCB株をLBG培地(トリプトン10g/L、酵母エキス5g/L、NaCl 10g/L、グルコース5g/L)にて30℃一夜培養後、生理食塩水にて洗浄した菌体を適宜希釈して、M9−E培地(グルコース4g/L、Na2HPO4・12H2O 17g/L、KH2PO4 3g/L、NaCl 0.5g/L、NH4Cl 1g/L、10mM MgSO4、10μM CaCl2、L-リジン 50mg/L、L-メチオニン 50mg/L、DL-ジアミノピメリン酸 50mg/L、テトラサイクリン 25mg/L、クロラムフェニコール 25mg/L、L-グルタミン酸 30g/L、アンモニア水にてpH4.5に調整)プレートに塗布した。32℃、2日間培養後出現したコロニーを低pH下高濃度Glu耐性株として取得した。
【0088】
得られた株について、M9−E液体培地での増殖度の測定、及びL−グルタミン酸生産試験培地(グルコース40g/L、硫酸アンモニウム20g/L、硫酸マグネシウム7水塩0.5g/L、リン酸2水素カリウム2g/L、塩化ナトリウム0.5g/L、塩化カルシウム7水塩0.25g/L、硫酸第一鉄7水塩0.02g/L、硫酸マンガン4水塩0.02g/L、硫酸亜鉛2水塩0.72mg/L、硫酸銅5水塩0.64mg/L、塩化コバルト6水塩0.72mg/L、ホウ酸0.4mg/L、モリブデン酸ナトリウム2水塩1.2mg/L、酵母エキス2g/L、 L-リジン塩酸塩200mg/L、L-メチオニン200mg/L、DL-α,ε-ジアミノピメリン酸200mg/L、テトラサイクリン塩酸塩25mg/L、クロラムフェニコール25mg/L)5mlを注入した50ml容大型試験管におけるL−グルタミン酸生産能の検定を実施し、増殖度が最もよく、L−グルタミン酸生産能が親株SC17/RSFCPG+pSTVCB株と変わらなかった株は、エンテロバクター・アグロメランスAJ13601と命名された。AJ13601株は、1999年8月18日に、通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所(郵便番号305-8566 日本国茨城県つくば市東一丁目1番3号)に受託番号FERM P-17516として寄託され、2000年7月6日にブダペスト条約に基づく国際寄託に移管され、受託番号FERM BP-7207が付与されている。
【0089】
<5>エンテロバクター・アグロメランスAJ13601株のL−グルタミン酸生産培養−1
エンテロバクター・アグロメランスAJ13601株を、グルコース40g/L、硫酸アンモニウム20g/L、硫酸マグネシウム7水塩0.5g/L、リン酸2水素カリウム2g/L、塩化ナトリウム0.5g/L、塩化カルシウム7水塩0.25g/L、硫酸第一鉄7水塩0.02g/L、硫酸マンガン4水塩0.02g/L、硫酸亜鉛2水塩0.72mg/L、硫酸銅5水塩0.64mg/L、塩化コバルト6水塩0.72mg/L、ホウ酸0.4mg/L、モリブデン酸ナトリウム2水塩1.2mg/L、酵母エキス2g/L、 L-リジン塩酸塩200mg/L、L-メチオニン200mg/L、DL-α,ε-ジアミノピメリン酸200mg/L、テトラサイクリン塩酸塩25mg/L、クロラムフェニコール25mg/Lを含有する培地300mlを注入した1L容のジャーファーメンターに植菌し、34℃、pH6.0にて14時間培養を行った。培養pHの制御は、培地にアンモニアガスを注入することによって行った。
【0090】
以上のようにして得られた培養液を5000回転/分にて10分間の遠心分離を行い、集めた菌体をグルコース40g/L、硫酸アンモニウム5g/L、硫酸マグネシウム7水塩1.5g/L、リン酸2水素カリウム6g/L、塩化ナトリウム1.5g/L、塩化カルシウム7水塩0.75g/L、硫酸第一鉄7水塩0.06g/L、硫酸マンガン4水塩0.06g/L、硫酸亜鉛2水塩2.16mg/L、硫酸銅5水塩1.92mg/L、塩化コバルト6水塩2.16mg/L、ホウ酸1.2mg/L、モリブデン酸ナトリウム2水塩3.6mg/L、酵母エキス6g/L、L-リジン塩酸塩600mg/L、L-メチオニン600mg/L、DL-α,ε-ジアミノピメリン酸600mg/L、テトラサイクリン塩酸塩25mg/L、クロラムフェニコール25mg/Lを含有する培地300mlを注入した1L容のジャーファーメンターに植菌し、34℃、pH4.5にて培養を行い、L−グルタミン酸生産培養を行った。培養pHの制御は、培地にアンモニアガスを注入することによって行った。また、最初に加えたグルコースの枯渇に伴い、600g/Lのグルコースを連続的に添加した。
【0091】
以上のようにしてL−グルタミン酸生産培養を50時間行った結果、ジャーファーメンター内には著量のL−グルタミン酸結晶が析出した。このとき、培養液に溶解しているL−グルタミン酸濃度と、結晶を2 Mの水酸化カリウム溶液にて溶解させることによって測定したL−グルタミン酸濃度を表1に示す。尚、L−グルタミン酸の結晶は、培養液を静置し、デカントにより培養液から採取した。
【0092】
【表1】
表1
────────────────────────────
培養液に溶解しているL−グルタミン酸濃度 51g/L
結晶として析出したL−グルタミン酸量 67g/L
結晶を溶解させ測定したL−グルタミン酸濃度 118g/L
────────────────────────────
【0093】
<6>エンテロバクター・アグロメランスAJ13601株のL-グルタミン酸生産培養−2
続いてエンテロバクター・アグロメランスAJ13601株がL-グルタミン酸の結晶が存在する条件においてもなおL-グルタミン酸生産能を有することを確認する為に、以下に示す実験を行った。
【0094】
エンテロバクター・アグロメランスAJ13601株をグルコース40g/L、硫酸アンモニウム20g/L、硫酸マグネシウム7水塩0.5g/L、リン酸2水素カリウム2g/L、塩化ナトリウム0.5g/L、塩化カルシウム7水塩0.25g/L、硫酸第一鉄7水塩0.02g/L、硫酸マンガン4水塩0.02g/L、硫酸亜鉛2水塩0.72mg/L、硫酸銅5水塩0.64mg/L、塩化コバルト6水塩0.72mg/L、ホウ酸0.4mg/L、モリブデン酸ナトリウム2水塩1.2mg/L、酵母エキス2g/L、 L-リジン塩酸塩200mg/L、L-メチオニン200mg/L、DL-α,ε-ジアミノピメリン酸200mg/L、テトラサイクリン塩酸塩25mg/L、クロラムフェニコール25mg/Lを含有する培地300mlを注入した1L容のジャーファーメンターに植菌し、34℃、pH6.0にて14時間培養を行った。培養pHの制御はアンモニアガスを注入することによって行った。以上のようにして得られた培養液を5000回転/分にて10分間の遠心分離を行い、集めた菌体をL-グルタミン酸が結晶として存在する培地にて培養を行った。用いた培地は、グルコース40g/L、硫酸アンモニウム5g/L、硫酸マグネシウム7水塩1.5g/L、リン酸2水素カリウム6g/L、塩化ナトリウム1.5g/L、塩化カルシウム7水塩0.75g/L、硫酸第一鉄7水塩0.06g/L、硫酸マンガン4水塩0.06g/L、硫酸亜鉛2水塩2.16mg/L、硫酸銅5水塩1.92mg/L、塩化コバルト6水塩2.16mg/L、ホウ酸1.2mg/L、モリブデン酸ナトリウム2水塩3.6mg/L、酵母エキス6g/L、L-リジン塩酸塩600mg/L、L-メチオニン600mg/L、DL-α,ε-ジアミノピメリン酸600mg/L、テトラサイクリン塩酸塩25mg/L、クロラムフェニコール25mg/Lを含有し、さらにL-グルタミン酸の結晶を40g/Lとなるように添加したものである。本培地300mlを注入した1L容のジャーファーメンターに植菌し、34℃、pH4.3にて培養を行い、L-グルタミン酸生産培養を行った。培養pHの制御はアンモニアガスを注入することによって行った。また、最初に加えたグルコースの枯渇に伴い、600g/Lのグルコースを連続的に添加した。本培地中、pH4.3では添加したL-グルタミン酸は39g/Lしか溶解せず、残りの1g/L分は結晶として存在する。
【0095】
以上のようにしてL-グルタミン酸生産培養を53時間行った結果、ジャーファーメンター内には著量のL-グルタミン酸結晶が析出した。このとき、培養液に溶解しているL-グルタミン酸濃度と、結晶を2 Mの水酸化カリウム溶液にて溶解させることによって測定したL-グルタミン酸濃度を表2に示す。尚、L-グルタミン酸の結晶は、培養液を静置し、デカントにより培養液から採取した。この結果、L-グルタミン酸結晶が存在する条件でもエンテロバクター・アグロメランスAJ13601株はL-グルタミン酸を蓄積し、結晶を蓄積せしめることが示された。
【0096】
【表2】
表2
────────────────────────────
培養液に溶解しているL-グルタミン酸濃度 39g/L
結晶として存在するL-グルタミン酸量 119g/L
結晶を溶解させ測定したL-グルタミン酸濃度 158g/L
本培養により新たに生成したL-グルタミン酸結晶量 118g/L
────────────────────────────
【0097】
<6>エンテロバクター・アグロメランスAJ13601株のL-グルタミン酸生産培養−3
エンテロバクター・アグロメランスAJ13601株は酸性pHのみならず、中性pHでも生育することができる。そこで、中性pHにて培養を開始し、培養途中にL-グルタミン酸を生成することによって培養液のpHを自然と低下させることによっても、L-グルタミン酸の結晶を析出せしめることができることを以下のようにして確認した。
【0098】
エンテロバクター・アグロメランスAJ13601株をテトラサイクリン塩酸塩25mg/L、クロラムフェニコール25mg/Lを含有するLBG寒天培地(トリプトン 10g/L、酵母エキス 5g/L、NaCl 10g/L、グルコース5g/L、寒天15g/L)にて14時間、30℃にて培養した菌体シャーレ1枚分(直径8.5cm)をグルコース40g/L、硫酸アンモニウム5g/L、硫酸マグネシウム7水塩1.5g/L、リン酸2水素カリウム6g/L、塩化ナトリウム1.5g/L、塩化カルシウム7水塩0.75g/L、硫酸第一鉄7水塩0.06g/L、硫酸マンガン4水塩0.06g/L、硫酸亜鉛2水塩2.16mg/L、硫酸銅5水塩1.92mg/L、塩化コバルト6水塩2.16mg/L、ホウ酸1.2mg/L、モリブデン酸ナトリウム2水塩3.6mg/L、酵母エキス6g/L、L-リジン塩酸塩600mg/L、L-メチオニン600mg/L、DL-α,ε-ジアミノピメリン酸600mg/L、テトラサイクリン塩酸塩25mg/L、クロラムフェニコール25mg/Lを含有する培地300mlを注入した1L容のジャーファーメンターに植菌し、34℃、pH7.0にて培養を開始した。培養pHの制御はアンモニアガスを注入することによって行った。また、最初に加えたグルコースの枯渇に伴い、600g/Lのグルコースを連続的に添加した。
【0099】
L-グルタミン酸の蓄積に伴い、自然にpHが低下してゆくが、この時培養開始後15時間目から24時間目にかけて徐々にpHが7.0から4.5となるようにアンモニアガスの注入量を調節し、培養開始後24時間目にpH4.5に至った後に培養を12時間継続した。
【0100】
以上のようにしてL-グルタミン酸生産培養を36時間行った結果、ジャーファーメンター内には著量のL-グルタミン酸結晶が析出した。このとき、培養液に溶解しているL-グルタミン酸濃度と、結晶を2 Mの水酸化カリウム溶液にて溶解させることによって測定したL-グルタミン酸濃度を表3に示す。尚、L-グルタミン酸の結晶は、培養液を静置し、デカントにより培養液から採取した。
【0101】
【表3】
表3
────────────────────────────
培養液に溶解しているL-グルタミン酸濃度 45g/L
結晶として存在するL-グルタミン酸量 31g/L
結晶を溶解させ測定したL-グルタミン酸濃度 76g/L
────────────────────────────
【0102】
【発明の効果】
本発明の方法によれば、L−グルタミン酸の析出を伴いながらL−グルタミン酸を発酵生産させることができる。その結果、培地中から直接L−グルタミン酸の結晶が得られる。また、培地中のL−グルタミン酸は一定濃度以下に保たれ、高濃度のL−グルタミン酸による生産物阻害を受けずにL−グルタミン酸を製造することができる。
【0103】
【配列表】
【図面の簡単な説明】
【図1】 pTWVEK101のエンテロバクター・アグロメランス由来DNA断片の制限酵素地図。
【図2】 エンテロバクター・アグロメランス由来のsucA遺伝子の塩基配列から予想されるアミノ酸配列と、エシェリヒア・コリ由来のものとの比較を示す図。上段:エンテロバクター・アグロメランス、下段:エシェリヒア・コリ(以下、同様)。
【図3】 エンテロバクター・アグロメランス由来のsucB遺伝子の塩基配列から予想されるアミノ酸配列と、エシェリヒア・コリ由来のものとの比較を示す図。
【図4】 エンテロバクター・アグロメランス由来のsucC遺伝子の塩基配列から予想されるアミノ酸配列と、エシェリヒア・コリ由来のものとの比較を示す図。
【図5】 エンテロバクター・アグロメランス由来のsdhB遺伝子の塩基配列から予想されるアミノ酸配列と、エシェリヒア・コリ由来のものとの比較を示す図。
【図6】 gltA遺伝子、ppc遺伝子およびgdhA遺伝子を有するプラスミドpMWCPGの構築を示す図。
【図7】 広宿主域プラスミドRSF1010の複製起点とテトラサイクリン耐性遺伝子を含むプラスミドRSF−Tetの構築を示す図である。
【図8】 広宿主域プラスミドRSF1010の複製起点、テトラサイクリン耐性遺伝子、gltA遺伝子、ppc遺伝子およびgdhA遺伝子を有するプラスミドRSFCPGの構築を示す図。
【図9】 gltA遺伝子を有するプラスミドpSTVCBの構築を示す図。
Claims (7)
- 下記(a)および(b)の性質を有する、エンテロバクター属、パントエア属、クレブシエラ属またはエルビニア属に属する微生物であって、pH5.0又はそれ以下において飽和濃度のL−グルタミン酸及び炭素源を含む液体培地で同炭素源を代謝することができ、かつ、前記pHの液体培地中にL−グルタミン酸の飽和濃度を越える量のL−グルタミン酸を蓄積する能力を有する微生物。
(a)クエン酸シンターゼ、フォスフォエノールピルベートカルボキシラーゼ、およびグルタミン酸デヒドロゲナーゼの活性が高められている。
(b)α−ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼの活性が低下または欠損している。 - 前記液体培地で生育できる請求項1記載の微生物。
- エンテロバクター・アグロメランスである請求項1または2記載の微生物。
- 糖を含有する培地で培養したときに菌体外に生成する粘液質が野生株よりも少ない変異を有する請求項3記載の微生物。
- 請求項1〜4のいずれか一項に記載の微生物を、pHがL−グルタミン酸が析出する条件に調整された液体培地に培養し、該培地中にL−グルタミン酸を析出させながら生成蓄積させることを特徴とする発酵法によるL−グルタミン酸の製造法。
- 液体培地中にL−グルタミン酸を析出させながら発酵生産するのに適した微生物をスクリーニングする方法であって、飽和濃度のL−グルタミン酸及び炭素源を含むpH5.0以下に調製された培地にエンテロバクター属、パントエア属、クレブシエラ属またはエルビニア属に属する微生物に属する微生物を含む試料を接種し、前記炭素源を代謝できる菌株を選抜することを特徴とする方法。
- 前記炭素源を代謝できる菌株として、前記培地で生育することができる菌株を選抜することを特徴とする請求項6記載の方法。
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