JP3965546B2 - 環境汚染物質の生態毒性評価方法 - Google Patents
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Description
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、環境汚染物質の生態毒性評価方法に係り、特に、水環境を汚染する環境汚染物質による生態に対する毒性をバイオアッセイ法により評価する生態毒性評価方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
下水や工場排水、廃棄物処分場からの浸出水等の廃水中に微量含まれる環境汚染物質には、未知の物質が多く、これら廃水が流れ込む河や湖沼等の水環境における汚染実態を的確に把握し、対策を講じることが重大な課題になっている。環境汚染物質には、例えば、合成化学物質(溶剤、農薬、食品添加物、医薬品等)、重金属、合成化学物質が環境中で化学反応や微生物などにより生合成、生分解により生じた変化体、さらには塵芥焼却によるダイオキシンや水処理によるトリハロメタンなどの副生成物のように環境にかかわる処理過程で新たに生成する生成物、また、廃棄物処理場の浸出物、自然毒等がある。
【0003】
しかし、未知物質を含む環境汚染物質は、個々の物質について定量はおろか定性すら困難な場合が多く、水中の有機物量をBOD、COD、TOCなどとして包括評価しているように、生態に対する毒性を総合的に評価する手法の導入が不可欠である。その評価手法の一つとして、現在、最も期待されている手法としてバイオアッセイ(Bioassay)がある。
【0004】
バイオアッセイは、汚染物質の生態に対する毒性を、生物材料を用いてその応答性から評価する方法であり、急性毒性、遺伝毒性、内分泌撹乱作用などを対象として各種の試験法が開発中であり、既に実用化されている。
【0005】
このうち、遺伝毒性は、染色体異常、遺伝子突然変異、DNA損傷などを指標として、遺伝子に傷害を与える毒性を評価するものである。DNA損傷を検出する方法として、DNA一本鎖切断とアルカリ易溶出部位を電気泳動法を用いて検出するアルカリ性単細胞ゲル電気泳動法(Alkaline Single Cell Gel Electrophoresis Assay:以下「コメットアッセイ法」という)が開発されている。このコメットアッセイ法は、アルカリ溶解した有核細胞を用い、DNAの巻き戻し(unwinding)と電気泳動を行い、DNA移動距離(Tail length)とDNAモーメント(Tail length×DNA量)を計測することにより、DNAの損傷の程度を定量するものであり、DNAの編成と一本鎖DNAの移動が効率的に行われ、流れ星状をしたコメットとしてDNA損傷を観察することができる。
【0006】
コメットアッセイ法の特長は、DNA損傷の検出感度が高く、少数の細胞で数時間の短時間に検定が可能なことがあげられる。また、これまでの生物化学的手法でも、ほとんどの細胞集団で直接、DNA損傷の検出ができたが、個々の細胞間での損傷や修復の分布を調べることは不可能であったのに対し、コメットアッセイ法は個々の細胞でのDNA損傷を定量化できる利点もある。
【0007】
従来、コメットアッセイ法に用いる細胞としては、ヒト抹消血リンパ球やマウス肝初代培養細胞、チャイニーズ・ハムスター由来の培養細胞株などの生物材料が利用されてきた。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
ところで、水環境の生態毒性評価にコメットアッセイ法を適用する場合、環境汚染物質がまず最初に接触・感知する水環境中の微生物細胞を用いるべきである。
【0009】
しかしながら、微生物に対してのコメットアッセイの適用は何ら検討されておらず、従ってコメットアッセイ法を利用できる微生物種が明らかにされていないという問題がある。
【0010】
また、コメットアッセイ法は、上述のように、他の生物化学的手法に比べてDNA損傷の検出感度が高いものの、従来のヒト抹消血リンパ球等よりも高感度な細胞を提供できる生物材料があれば、それだけコメットアッセイの分析精度を向上させることができる。
【0011】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、環境汚染物質による生態に対する毒性をコメットアッセイ法で評価する上で、検出感度を高めることができるとともに、水環境における環境汚染物質による生態毒性を的確に評価することができるので、汚染の実態把握や対策検討に好適な生態毒性評価方法を提供することを目的とする。
【0012】
【発明を解決するための手段】
本発明は前記目的を達成するために、環境汚染物質による生態に対する毒性を、アルカリ性単細胞ゲル電気泳動法により評価するための生物材料として、水環境中に生息する微生物を用いることを特徴とする。
【0013】
また、本発明は前記目的を達成するために、環境汚染物質による生態に対する毒性を評価する生態毒性評価方法において、水環境中に生息する微生物を用い、該微生物の細胞を溶解した後、アルカリ条件下でDNAの巻き戻しと電気泳動を行い、DNA移動距離及び/又はDNAモーメントを計測することにより、前記環境汚染物質による細胞のDNA損傷程度を定量し、該定量結果に基づいて前記環境汚染物質による生態に対する毒性を評価することを特徴とする。
【0014】
本発明によれば、環境汚染物質による生態に対する毒性をアルカリ性単細胞ゲル電気泳動法(コメットアッセイ法)で評価する上で、水環境中に生息する微生物を用いて、環境汚染物質による微生物細胞のDNA損傷程度を定量するようにしたので、環境汚染物質による生態毒性を的確に評価することができる。
【0015】
また、水環境中に生息する微生物として、植物鞭毛虫類の中のEuglenagracilisを用いることにより、環境汚染物質による生態に対する毒性をコメットアッセイ法で評価する上で、検出感度を高めることができる。
【0016】
【発明の実施の形態】
以下、添付図面により本発明の環境汚染物質の生態毒性評価方法の好ましい実施の形態について詳説する。
【0017】
本発明者等は、コメットアッセイ法に用いる生物材料として、環境汚染物質がまず最初に接触・感知する微生物の適用を鋭意検討した結果、水環境に生息する微生物が適用可能であることを見いだし、境汚染物質による生態に対する毒性を、アルカリ性単細胞ゲル電気泳動法により評価するための生物材料として水環境中に生息する微生物を用いるようにしたものである。
【0018】
環境汚染物質による生態に対する毒性を評価する具体的な方法としては、水環境中に生息する微生物を用い、該微生物の細胞を溶解した後、アルカリ条件下でDNAの巻き戻しと電気泳動を行い、DNA移動距離及び/又はDNAモーメントを計測することにより、環境汚染物質による細胞のDNA損傷程度を定量し、該定量結果に基づいて前記環境汚染物質による生態に対する毒性を評価するようにした。
【0019】
また、水環境に生息する微生物のうちの植物鞭毛虫類であるEuglena gracilisは、従来コメットアッセイの生物材料として使用されていたヒト抹消血リンパ球よりも検出感度を約10倍以上高くすることが可能である。
【0020】
以下に、本発明を構成するにあたって行なった、微生物のコメットアッセイ法への適用可能性に関する検討、及びEuglena gracilisとヒト抹消血リンパ球とについてコメットアッセイに適用したときの比較試験について説明する。
〔1〕微生物のコメットアッセイ法への適用可能性に関する検討
(実験1)発明者等は、先ず、微生物をコメットアッセイ法へ適用する上での必須条件である細胞溶解性の観点から微生物のスクリーニングを行なった。
【0021】
(1)供試微生物
植物鞭毛虫Euglena gracilis(国立環境研究所:NIES−49)、酵母Saccaromyces cerevisiae(武田発酵研 No. 0209)、原生動物Monas guttula(環境庁国立環境研究所より分与)とTetraphymena pyriformis(国立環境研究所:NIES−403)の4種類の微生物を実験に用いた。各微生物は所定の培養液で継代保存しながら、対数増殖期のものを実験に供した。
【0022】
(2)細胞溶解液の調製
動物細胞で従来から広く用いられてきた非イオン界面活性剤Triton X−100と陰イオン界面活性剤Sodiumdodecylsulfate(SDS)をそれぞれ所定濃度に調整して用いた。尚、各細胞溶解液は次のように調製した。
【0023】
Triton X−100を含む高塩濃度溶解液は、2.5MのNaC1、100mMのNa2 EDTA、1%のNa Sarcosinateおよび10mMのTris(hydroxymethy1)amino methaneを蒸留水で溶解し、pHを10に調整した。使用時に、所定濃度になるようにTriton X−100(SIGMA製)と10%(v/v)のDimethy1 Sulfoxide(DMSO)を加えた。なお、Triton X−100の濃度は1%(v/v)、5%(v/v)及び10%(v/v)の3水準とした。
【0024】
一方、SDSを含む溶解液は、300mMのNaOHと30mMのNa2 EDTAを蒸留水に溶解し、所定濃度になるようにSDSを加えた。なお、SDSの濃度は0.01%(w/v)、0.05%(w/v)及び0.1%(w/v)の3水準とした。
【0025】
(3)実験方法
Triton X−100を含む高塩濃度溶解液を試験管に入れ、遠心濃縮又は前処理した供試微生物を懸濁させて氷中(4℃)で静置した。所定時間ごとに光学顕微鏡(100〜200倍)で細胞状況の変化を観察した。次に、SDSを含む溶液を使用し、同様の操作・観察を行ったが、SDSの性質から、氷中ではなく、25℃で静置した。
【0026】
(4)実験結果
各微生物の細胞溶解液への溶解性を図1に示した。
【0027】
図1から分かるように、動物細胞などで広く使用されている1%濃度のTriton X−100への溶解性は、植物性鞭毛虫E.gracilisの場合は、時間経過とともに細胞の形が薄くなり、溶解が確認できたが、静置2時間以上では細胞溶解の進行は観察されなかった。酵母S.serevisiaeの場合は、静置48時間以上でも細胞溶解は全く確認できなかった。酵母の細胞壁は強固であるので、酵素(β−1,3−Glucanase)で前処理し、プロトプラスト化してから試みたが、同様の結果であった。また、原生動物M.guttulaの場合は、本菌株の継代培養には、被捕食者Microcystis sp.の存在が不可欠であり、両者が混在した状態で実験に供された。その結果、Mcrocystis sp.がバックグラウンドノイズとなって、M.guttulaの細胞溶解を判別できなかった。コメットアッセイへの適用でも、目的としたコメット像を特定できないと考えられ、以後の実験には供しなかった。原生動物T.pyriformisの場合は、細胞溶解を5分で確認できたので、以後の細胞溶解液の濃度を高めた実験には供試しなかった。
【0028】
また、Triton X−100の濃度を5%、10%に高めた場合でも、E.gracilisとS.cerevisiaeの2菌株は、1%の場合と同様の結果が得られた。
【0029】
次に、これら2菌株について、0.01%、0.05%、0.1%のそれぞれの濃度のSDSを含む溶解液で同様の実験を行ったところ、E.gracilisの場合はSDS濃度にかかわらず30分間の静置で細胞溶解が認められた。そこで、E.gracilisについて、細胞が溶解した各濃度で静置開始から5分ごとに状況を観察したところ、5分間で溶解していることを確認できた。一方、S.cerevisiaeでは、12時間でも全く細胞溶解は認められず、先と同様の酵素による前処理でも溶解しなかった。
【0030】
以上の結果から、界面活性剤の種類や濃度、接触時間などにより差異が認められるものの、0.01%濃度のSDS溶液で溶解したE.gracilis、及び1%濃度のTriton X─100で溶解したT.pyriformisの各微生物が、コメットアッセイ法を適用する上での細胞溶解性を有していることが分かった。この為、この2種類の微生物を、以後の実験に供試することにした。なお、細胞溶解時間は5分で問題ないと考えられるが、光学顕微鏡での目視観察の結果であるので、安全を見て10分間の場合も併せて検討することにした。(実験2)次に、発明者等は、細胞溶解性の実験でスクリーニングされたE.gracilis、及びT.pyriformisの各微生物について、以下の操作条件下でコメットアッセイ法を行い、適用可能性を調べた。また、微生物の適用可能性の実験であることから、本実験では、DNA損傷の手段として環境汚染物質ではなくγ線照射により行なった。
【0031】
(1)試薬の調製
▲1▼寒天溶液は、電気泳動用普通アガロース(AGAROSE Low EDD、SIGMA製)と電気泳動用低ゲル化温度アガロース(NuSIEVE GTG AGAROSE、FMC Bio Products製)をそれぞれ、PBS−Buffer(pH7.4)に溶解し、0.5%と1.0%の溶液をそれぞれ調製した。以下、前者を普通寒天溶液、後者を低温度寒天溶液と称す。
【0032】
▲2▼細胞溶解液は、実験1の細胞溶解性のスクリーニングで使用したものを用いた。
【0033】
▲3▼中和用緩衝液は、400mMのTris‐HCl Buffer(pH7.4)を用いた。
【0034】
▲4▼染色液は、Ethidium bromideを1mg/mlとなるように調整し、使用時には20μg/mlの濃度になるように蒸留水で希釈した。
【0035】
▲5▼アルカリ電気泳動溶液は、300mMのNaOHと1mMのNa2 EDTAを蒸留水で溶解した。
【0036】
(2)実験方法
図2の操作手順で実験を行った。
【0037】
▲1▼細胞標本の作製は、全フロストのスライドグラス(Dakin Micro Slides No. 2958、Esco製)上に寒天を3層に重層し、PBS−Bufferで懸濁させた細胞試料を中間層に包埋した。下層は0.5%の普通寒天溶液を、また中間層は1%の普通寒天溶液(37℃で保温)と細胞試料の等量混合液をそれぞれ氷上4℃で固化し、その上層に低温度寒天溶液を滴下して、同様の操作で固化した。
【0038】
▲2▼γ線照射によるDNA損傷は、作製した細胞標本にDNA損傷を与えるため、 137Csによるγ線照射(5Gy、20分)を氷上で行った。
【0039】
▲3▼細胞溶解と電気泳動は、γ線照射直後の細胞標本と、γ線を照射しなかった細胞標本(コントロール)をそれぞれ、供試微生物ごとの条件で細胞溶解させた。また、水平型電気泳動装置に細胞溶解後の標本を静置し、4℃に冷却した電気泳動用液を満たして、電気泳動を行った。電気泳動の電圧を25V、電流を300mAに、またDNAの巻き戻し(unwinding)と電気泳動の各時間をそれぞれ5分、10分、20分に設定した。
【0040】
▲4▼中和および染色は、電気泳動終了後、細胞標本をTris─HCl緩衝液で5分ごとに2〜3回洗浄・中和し、染色液を滴下してからカバーグラスをかけて冷暗所に保存した。
【0041】
(3)DNA損傷の観察と定量方法
上記(2)の手順で調製した細胞標本を蛍光顕微鏡(Olympus製BX60、515〜560nmの励起フィルターと590nmのバリアフィルター)で、1処理群当たり20〜25個の細胞を観察した。コメット像が明瞭に現れていると判断された場合には、蛍光顕微鏡に装着した高感度CCDカメラと自動画像解析装置(ケイオー電子工業(株)製、NEW VISION SYSTEM)を用いて、コメット像を解析した。
【0042】
(4)実験結果
実験1で得られた知見をもとに、実験2では図3に示した25種類の操作条件で、供試微生物のコメットアッセイ法への適用可否と最適操作条件を蛍光顕微鏡観察と画像解析により検討した。
【0043】
▲1▼蛍光顕微鏡観察による微生物のコメットアッセイ法への適用可否
a)原生動物T.pyriformisでは、γ線照射標本とコントロール標本の両標本でコメット像に多少の差異が認められた。図3のほとんどの操作条件でコメット像が確認され、しかもγ線照射の標本では長いコメット像が現れていた。この結果は、電気泳動時間に起因しており、細胞溶解時間とDNAの巻き戻し(unwinding)時間には全く影響されていなかった。
【0044】
b)植物鞭毛虫E.gracilisでは、γ線照射標本とコントロール標本の両標本でコメット像に差異が認められ、しかも、T.pyriformisよりも両標本の差異が明確で、コメット像も明瞭であった。
【0045】
以上の観察結果から、微生物として植物鞭毛虫であるE.gracilisがコメットアッセイに適用できると判断できたので、画像解析装置による定量化を試みた。
【0046】
▲2▼植物性鞭毛虫E.gracilisによる画像解析
評価指標の1つであるTail lengthについてみると、γ線照射の標本のTail length平均値は50.7〜100.2μmであるのに対し、コントロールの標本のTail length平均値は37.5〜69.7μmであり、γ線照射標本とコントロール標本の両標本の間にTail lengthの明確な差異がみられた。また、細胞溶解時間とDNAの巻き戻し(unwinding)時間よりも、電気泳動時間が長くなるほど、Tail lengthも大きな値をとる傾向が認められた。γ線照射標本の一部でバラツキは認められたが、γ線照射標本及びコントロール標本の両標本とも同程度に平均値周りに散布していた。ちなみに、変動係数を算出したところ、γ線照射では20.4〜44.2%(平均値:28.2%)、コントロールでは16.6〜29.4%(平均値:23.2%)であった。
【0047】
最適操作条件としては、コントロール標本のTail lengthが短く、γ線照射標本のTail lengthが長く、コントロールとγ線照射とのTail length差が大きい方が好ましく、且つバラツキの小さなことが重要である。この観点からE.gracilisを用いたTail length評価の最適操作条件を検討すると、細胞溶解時間を6分に設定し、DNAの巻き戻し(unwinding)と電気泳動の各時間を20分に設定するのが良いと考えられた。
【0048】
また、Tail momentを評価指標として解析したところ、Tail lengthよりも明確に電気泳動時間が長くなるほど、Tail momentも高い値を示し、泳動時間の影響が現れた。これは、Tail momentがDNA損傷を電気泳動による拡がりで評価する指標であるためであると考えられる。
【0049】
▲3▼植物性鞭毛虫E.gracilisを用いたコメットアッセイ法の確認
実験2で特定した最適操作条件の下で、DNA損傷程度を変えた場合に、DNA損傷程度に応じてTail lengthが長くなるか、即ち定量化が可能であるか否かの確認を行なった。
【0050】
γ線の放射量を0.0、2.5、5.0、7.5Gyと増加させた場合(照射時間はすべて20分間)、Tail lengthの評価では、5.0Gyまで放射線量に依存して長くなり、Tail momentの評価では、放射線量7.5Gyまで放射線量に依存して増加した。放射線量7.5GyのTail lengthは、5.0Gyよりも低い値を示したが、Tail momentの結果から、この原因は拡がりのあるコメット像が形成されたことに起因していると考えられる。Tail lengthとTail momentの測定値のバラツキを比較した場合、Tail lengthの方が小さく、バラツキを考慮すると、DNA損傷を検出する場合には、Tail lengthが優れていると考えられる。
【0051】
以上、実験1と実験2との結果から、植物性鞭毛虫E.gracilisのコメットアッセイへの適用は十分に可能であり、その評価指標としてTail lengthとTail momentの両者を用いることができることを確認できた。
〔2〕E.gracilisとヒト抹消血リンパ球を、コメットアッセイに適用した比較試験
(実験3)DNAの損傷手段としてγ線を使用した場合
ヒト抹消血リンパ球は細胞溶解液として1%濃度のTriton X−100を使用し、E.gracilisは細胞溶解液として0.01%SDS溶液を使用した以外は、E.gracilisとヒト抹消血リンパ球ともに図2の操作手順に従って行なった。電気泳動時間は20分に設定し、評価はTail lengthにより行なった。
【0052】
図4に示した結果から分かるように、E.gracilisについてのγ線照射とコントロールのTail lengthの差は、ヒト抹消血リンパ球についてのTail lengthの差よりも明らかに大きく、それだけ高感度であることを示している。
【0053】
尚、図4において、ボックスの上、下、中央の線でそれぞれTail lengthの長い順から最初の四分位数、最後の四分位数、中間を示している。下部のホイスカは最後の十分位数、上部のホイスカは最初の十分位数を示している。また、■は平均値を示している。
【0054】
(実験4)DNAの損傷手段としてニトロソグアニジンを使用した場合
DNAの損傷手段として変異原、発ガン物質であるニトロソグアニジン(N−methyl−N′−nitro−N−nitrosoguanidine:略称MNNG)使用した。そして、MNNGの濃度を0μM(コントロール)、0.5μM、1.0μM、5.0μM、10μM、50μMの6水準の所定濃度について、細胞を2時間処理してDNAに損傷を与え、MNNGの濃度が幾つになったときに、MNNG処理したTail lengthがコントロールのTail lengthよりも長くなるかを調べた。その他の操作条件は、実験3の場合と同様である。
【0055】
図5(a)はE.gracilisの結果であり、図5(b)はヒト抹消血リンパ球の結果である。
【0056】
図5から分かるように、ヒト抹消血リンパ球の場合には、MNNG濃度が10μM以上の処理でTail lengthがコントロールよりも長くなるのに対し、E.gracilisの場合には、MNNG濃度が0.5μM以上の処理でTail lengthがコントロールよりも長くなる。このことは、アルカリ性単細胞ゲル電気泳動法により評価するための生物材料として、E.gracilisの方が従来のコメットアッセイで用いていたヒト抹消血リンパ球よりも10倍以上感度が高いことを示している。即ち、E.gracilisは、低濃度の環境汚染物質による生態への毒性評価が可能であることを示唆している。
【0057】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明の環境汚染物質の生態毒性評価方法によれば、環境汚染物質による生態に対する毒性をコメットアッセイ法で評価する上で、検出感度を顕著に高めることが可能である。従って、低濃度の環境汚染物質による生態への毒性評価が可能であり、極めて有用である。
【0058】
また、下水や工場排水、廃棄物処分場からの浸出水等の廃水が流れ込む河や湖沼等の水環境における環境汚染物質の汚染実態を把握する場合、環境汚染物質がまず最初に接触・感知する水環境中の微生物を使用するので、水環境における環境汚染物質の汚染実態を的確に把握することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】微生物の細胞溶解液への溶解性試験結果の説明図
【図2】コメットアッセイの操作手順を示した説明図
【図3】コメットアッセイの操作条件を説明する説明図
【図4】DNA損傷をγ線照射で行なった場合の、E.gracilisとヒト抹消血リンパ球を、コメットアッセイに適用した比較試験結果を説明する説明図
【図5】DNA損傷をニトロソグアニジンで行なった場合の、E.gracilisとヒト抹消血リンパ球を、コメットアッセイに適用した比較試験結果を説明する説明図
【発明の属する技術分野】
本発明は、環境汚染物質の生態毒性評価方法に係り、特に、水環境を汚染する環境汚染物質による生態に対する毒性をバイオアッセイ法により評価する生態毒性評価方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
下水や工場排水、廃棄物処分場からの浸出水等の廃水中に微量含まれる環境汚染物質には、未知の物質が多く、これら廃水が流れ込む河や湖沼等の水環境における汚染実態を的確に把握し、対策を講じることが重大な課題になっている。環境汚染物質には、例えば、合成化学物質(溶剤、農薬、食品添加物、医薬品等)、重金属、合成化学物質が環境中で化学反応や微生物などにより生合成、生分解により生じた変化体、さらには塵芥焼却によるダイオキシンや水処理によるトリハロメタンなどの副生成物のように環境にかかわる処理過程で新たに生成する生成物、また、廃棄物処理場の浸出物、自然毒等がある。
【0003】
しかし、未知物質を含む環境汚染物質は、個々の物質について定量はおろか定性すら困難な場合が多く、水中の有機物量をBOD、COD、TOCなどとして包括評価しているように、生態に対する毒性を総合的に評価する手法の導入が不可欠である。その評価手法の一つとして、現在、最も期待されている手法としてバイオアッセイ(Bioassay)がある。
【0004】
バイオアッセイは、汚染物質の生態に対する毒性を、生物材料を用いてその応答性から評価する方法であり、急性毒性、遺伝毒性、内分泌撹乱作用などを対象として各種の試験法が開発中であり、既に実用化されている。
【0005】
このうち、遺伝毒性は、染色体異常、遺伝子突然変異、DNA損傷などを指標として、遺伝子に傷害を与える毒性を評価するものである。DNA損傷を検出する方法として、DNA一本鎖切断とアルカリ易溶出部位を電気泳動法を用いて検出するアルカリ性単細胞ゲル電気泳動法(Alkaline Single Cell Gel Electrophoresis Assay:以下「コメットアッセイ法」という)が開発されている。このコメットアッセイ法は、アルカリ溶解した有核細胞を用い、DNAの巻き戻し(unwinding)と電気泳動を行い、DNA移動距離(Tail length)とDNAモーメント(Tail length×DNA量)を計測することにより、DNAの損傷の程度を定量するものであり、DNAの編成と一本鎖DNAの移動が効率的に行われ、流れ星状をしたコメットとしてDNA損傷を観察することができる。
【0006】
コメットアッセイ法の特長は、DNA損傷の検出感度が高く、少数の細胞で数時間の短時間に検定が可能なことがあげられる。また、これまでの生物化学的手法でも、ほとんどの細胞集団で直接、DNA損傷の検出ができたが、個々の細胞間での損傷や修復の分布を調べることは不可能であったのに対し、コメットアッセイ法は個々の細胞でのDNA損傷を定量化できる利点もある。
【0007】
従来、コメットアッセイ法に用いる細胞としては、ヒト抹消血リンパ球やマウス肝初代培養細胞、チャイニーズ・ハムスター由来の培養細胞株などの生物材料が利用されてきた。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
ところで、水環境の生態毒性評価にコメットアッセイ法を適用する場合、環境汚染物質がまず最初に接触・感知する水環境中の微生物細胞を用いるべきである。
【0009】
しかしながら、微生物に対してのコメットアッセイの適用は何ら検討されておらず、従ってコメットアッセイ法を利用できる微生物種が明らかにされていないという問題がある。
【0010】
また、コメットアッセイ法は、上述のように、他の生物化学的手法に比べてDNA損傷の検出感度が高いものの、従来のヒト抹消血リンパ球等よりも高感度な細胞を提供できる生物材料があれば、それだけコメットアッセイの分析精度を向上させることができる。
【0011】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、環境汚染物質による生態に対する毒性をコメットアッセイ法で評価する上で、検出感度を高めることができるとともに、水環境における環境汚染物質による生態毒性を的確に評価することができるので、汚染の実態把握や対策検討に好適な生態毒性評価方法を提供することを目的とする。
【0012】
【発明を解決するための手段】
本発明は前記目的を達成するために、環境汚染物質による生態に対する毒性を、アルカリ性単細胞ゲル電気泳動法により評価するための生物材料として、水環境中に生息する微生物を用いることを特徴とする。
【0013】
また、本発明は前記目的を達成するために、環境汚染物質による生態に対する毒性を評価する生態毒性評価方法において、水環境中に生息する微生物を用い、該微生物の細胞を溶解した後、アルカリ条件下でDNAの巻き戻しと電気泳動を行い、DNA移動距離及び/又はDNAモーメントを計測することにより、前記環境汚染物質による細胞のDNA損傷程度を定量し、該定量結果に基づいて前記環境汚染物質による生態に対する毒性を評価することを特徴とする。
【0014】
本発明によれば、環境汚染物質による生態に対する毒性をアルカリ性単細胞ゲル電気泳動法(コメットアッセイ法)で評価する上で、水環境中に生息する微生物を用いて、環境汚染物質による微生物細胞のDNA損傷程度を定量するようにしたので、環境汚染物質による生態毒性を的確に評価することができる。
【0015】
また、水環境中に生息する微生物として、植物鞭毛虫類の中のEuglenagracilisを用いることにより、環境汚染物質による生態に対する毒性をコメットアッセイ法で評価する上で、検出感度を高めることができる。
【0016】
【発明の実施の形態】
以下、添付図面により本発明の環境汚染物質の生態毒性評価方法の好ましい実施の形態について詳説する。
【0017】
本発明者等は、コメットアッセイ法に用いる生物材料として、環境汚染物質がまず最初に接触・感知する微生物の適用を鋭意検討した結果、水環境に生息する微生物が適用可能であることを見いだし、境汚染物質による生態に対する毒性を、アルカリ性単細胞ゲル電気泳動法により評価するための生物材料として水環境中に生息する微生物を用いるようにしたものである。
【0018】
環境汚染物質による生態に対する毒性を評価する具体的な方法としては、水環境中に生息する微生物を用い、該微生物の細胞を溶解した後、アルカリ条件下でDNAの巻き戻しと電気泳動を行い、DNA移動距離及び/又はDNAモーメントを計測することにより、環境汚染物質による細胞のDNA損傷程度を定量し、該定量結果に基づいて前記環境汚染物質による生態に対する毒性を評価するようにした。
【0019】
また、水環境に生息する微生物のうちの植物鞭毛虫類であるEuglena gracilisは、従来コメットアッセイの生物材料として使用されていたヒト抹消血リンパ球よりも検出感度を約10倍以上高くすることが可能である。
【0020】
以下に、本発明を構成するにあたって行なった、微生物のコメットアッセイ法への適用可能性に関する検討、及びEuglena gracilisとヒト抹消血リンパ球とについてコメットアッセイに適用したときの比較試験について説明する。
〔1〕微生物のコメットアッセイ法への適用可能性に関する検討
(実験1)発明者等は、先ず、微生物をコメットアッセイ法へ適用する上での必須条件である細胞溶解性の観点から微生物のスクリーニングを行なった。
【0021】
(1)供試微生物
植物鞭毛虫Euglena gracilis(国立環境研究所:NIES−49)、酵母Saccaromyces cerevisiae(武田発酵研 No. 0209)、原生動物Monas guttula(環境庁国立環境研究所より分与)とTetraphymena pyriformis(国立環境研究所:NIES−403)の4種類の微生物を実験に用いた。各微生物は所定の培養液で継代保存しながら、対数増殖期のものを実験に供した。
【0022】
(2)細胞溶解液の調製
動物細胞で従来から広く用いられてきた非イオン界面活性剤Triton X−100と陰イオン界面活性剤Sodiumdodecylsulfate(SDS)をそれぞれ所定濃度に調整して用いた。尚、各細胞溶解液は次のように調製した。
【0023】
Triton X−100を含む高塩濃度溶解液は、2.5MのNaC1、100mMのNa2 EDTA、1%のNa Sarcosinateおよび10mMのTris(hydroxymethy1)amino methaneを蒸留水で溶解し、pHを10に調整した。使用時に、所定濃度になるようにTriton X−100(SIGMA製)と10%(v/v)のDimethy1 Sulfoxide(DMSO)を加えた。なお、Triton X−100の濃度は1%(v/v)、5%(v/v)及び10%(v/v)の3水準とした。
【0024】
一方、SDSを含む溶解液は、300mMのNaOHと30mMのNa2 EDTAを蒸留水に溶解し、所定濃度になるようにSDSを加えた。なお、SDSの濃度は0.01%(w/v)、0.05%(w/v)及び0.1%(w/v)の3水準とした。
【0025】
(3)実験方法
Triton X−100を含む高塩濃度溶解液を試験管に入れ、遠心濃縮又は前処理した供試微生物を懸濁させて氷中(4℃)で静置した。所定時間ごとに光学顕微鏡(100〜200倍)で細胞状況の変化を観察した。次に、SDSを含む溶液を使用し、同様の操作・観察を行ったが、SDSの性質から、氷中ではなく、25℃で静置した。
【0026】
(4)実験結果
各微生物の細胞溶解液への溶解性を図1に示した。
【0027】
図1から分かるように、動物細胞などで広く使用されている1%濃度のTriton X−100への溶解性は、植物性鞭毛虫E.gracilisの場合は、時間経過とともに細胞の形が薄くなり、溶解が確認できたが、静置2時間以上では細胞溶解の進行は観察されなかった。酵母S.serevisiaeの場合は、静置48時間以上でも細胞溶解は全く確認できなかった。酵母の細胞壁は強固であるので、酵素(β−1,3−Glucanase)で前処理し、プロトプラスト化してから試みたが、同様の結果であった。また、原生動物M.guttulaの場合は、本菌株の継代培養には、被捕食者Microcystis sp.の存在が不可欠であり、両者が混在した状態で実験に供された。その結果、Mcrocystis sp.がバックグラウンドノイズとなって、M.guttulaの細胞溶解を判別できなかった。コメットアッセイへの適用でも、目的としたコメット像を特定できないと考えられ、以後の実験には供しなかった。原生動物T.pyriformisの場合は、細胞溶解を5分で確認できたので、以後の細胞溶解液の濃度を高めた実験には供試しなかった。
【0028】
また、Triton X−100の濃度を5%、10%に高めた場合でも、E.gracilisとS.cerevisiaeの2菌株は、1%の場合と同様の結果が得られた。
【0029】
次に、これら2菌株について、0.01%、0.05%、0.1%のそれぞれの濃度のSDSを含む溶解液で同様の実験を行ったところ、E.gracilisの場合はSDS濃度にかかわらず30分間の静置で細胞溶解が認められた。そこで、E.gracilisについて、細胞が溶解した各濃度で静置開始から5分ごとに状況を観察したところ、5分間で溶解していることを確認できた。一方、S.cerevisiaeでは、12時間でも全く細胞溶解は認められず、先と同様の酵素による前処理でも溶解しなかった。
【0030】
以上の結果から、界面活性剤の種類や濃度、接触時間などにより差異が認められるものの、0.01%濃度のSDS溶液で溶解したE.gracilis、及び1%濃度のTriton X─100で溶解したT.pyriformisの各微生物が、コメットアッセイ法を適用する上での細胞溶解性を有していることが分かった。この為、この2種類の微生物を、以後の実験に供試することにした。なお、細胞溶解時間は5分で問題ないと考えられるが、光学顕微鏡での目視観察の結果であるので、安全を見て10分間の場合も併せて検討することにした。(実験2)次に、発明者等は、細胞溶解性の実験でスクリーニングされたE.gracilis、及びT.pyriformisの各微生物について、以下の操作条件下でコメットアッセイ法を行い、適用可能性を調べた。また、微生物の適用可能性の実験であることから、本実験では、DNA損傷の手段として環境汚染物質ではなくγ線照射により行なった。
【0031】
(1)試薬の調製
▲1▼寒天溶液は、電気泳動用普通アガロース(AGAROSE Low EDD、SIGMA製)と電気泳動用低ゲル化温度アガロース(NuSIEVE GTG AGAROSE、FMC Bio Products製)をそれぞれ、PBS−Buffer(pH7.4)に溶解し、0.5%と1.0%の溶液をそれぞれ調製した。以下、前者を普通寒天溶液、後者を低温度寒天溶液と称す。
【0032】
▲2▼細胞溶解液は、実験1の細胞溶解性のスクリーニングで使用したものを用いた。
【0033】
▲3▼中和用緩衝液は、400mMのTris‐HCl Buffer(pH7.4)を用いた。
【0034】
▲4▼染色液は、Ethidium bromideを1mg/mlとなるように調整し、使用時には20μg/mlの濃度になるように蒸留水で希釈した。
【0035】
▲5▼アルカリ電気泳動溶液は、300mMのNaOHと1mMのNa2 EDTAを蒸留水で溶解した。
【0036】
(2)実験方法
図2の操作手順で実験を行った。
【0037】
▲1▼細胞標本の作製は、全フロストのスライドグラス(Dakin Micro Slides No. 2958、Esco製)上に寒天を3層に重層し、PBS−Bufferで懸濁させた細胞試料を中間層に包埋した。下層は0.5%の普通寒天溶液を、また中間層は1%の普通寒天溶液(37℃で保温)と細胞試料の等量混合液をそれぞれ氷上4℃で固化し、その上層に低温度寒天溶液を滴下して、同様の操作で固化した。
【0038】
▲2▼γ線照射によるDNA損傷は、作製した細胞標本にDNA損傷を与えるため、 137Csによるγ線照射(5Gy、20分)を氷上で行った。
【0039】
▲3▼細胞溶解と電気泳動は、γ線照射直後の細胞標本と、γ線を照射しなかった細胞標本(コントロール)をそれぞれ、供試微生物ごとの条件で細胞溶解させた。また、水平型電気泳動装置に細胞溶解後の標本を静置し、4℃に冷却した電気泳動用液を満たして、電気泳動を行った。電気泳動の電圧を25V、電流を300mAに、またDNAの巻き戻し(unwinding)と電気泳動の各時間をそれぞれ5分、10分、20分に設定した。
【0040】
▲4▼中和および染色は、電気泳動終了後、細胞標本をTris─HCl緩衝液で5分ごとに2〜3回洗浄・中和し、染色液を滴下してからカバーグラスをかけて冷暗所に保存した。
【0041】
(3)DNA損傷の観察と定量方法
上記(2)の手順で調製した細胞標本を蛍光顕微鏡(Olympus製BX60、515〜560nmの励起フィルターと590nmのバリアフィルター)で、1処理群当たり20〜25個の細胞を観察した。コメット像が明瞭に現れていると判断された場合には、蛍光顕微鏡に装着した高感度CCDカメラと自動画像解析装置(ケイオー電子工業(株)製、NEW VISION SYSTEM)を用いて、コメット像を解析した。
【0042】
(4)実験結果
実験1で得られた知見をもとに、実験2では図3に示した25種類の操作条件で、供試微生物のコメットアッセイ法への適用可否と最適操作条件を蛍光顕微鏡観察と画像解析により検討した。
【0043】
▲1▼蛍光顕微鏡観察による微生物のコメットアッセイ法への適用可否
a)原生動物T.pyriformisでは、γ線照射標本とコントロール標本の両標本でコメット像に多少の差異が認められた。図3のほとんどの操作条件でコメット像が確認され、しかもγ線照射の標本では長いコメット像が現れていた。この結果は、電気泳動時間に起因しており、細胞溶解時間とDNAの巻き戻し(unwinding)時間には全く影響されていなかった。
【0044】
b)植物鞭毛虫E.gracilisでは、γ線照射標本とコントロール標本の両標本でコメット像に差異が認められ、しかも、T.pyriformisよりも両標本の差異が明確で、コメット像も明瞭であった。
【0045】
以上の観察結果から、微生物として植物鞭毛虫であるE.gracilisがコメットアッセイに適用できると判断できたので、画像解析装置による定量化を試みた。
【0046】
▲2▼植物性鞭毛虫E.gracilisによる画像解析
評価指標の1つであるTail lengthについてみると、γ線照射の標本のTail length平均値は50.7〜100.2μmであるのに対し、コントロールの標本のTail length平均値は37.5〜69.7μmであり、γ線照射標本とコントロール標本の両標本の間にTail lengthの明確な差異がみられた。また、細胞溶解時間とDNAの巻き戻し(unwinding)時間よりも、電気泳動時間が長くなるほど、Tail lengthも大きな値をとる傾向が認められた。γ線照射標本の一部でバラツキは認められたが、γ線照射標本及びコントロール標本の両標本とも同程度に平均値周りに散布していた。ちなみに、変動係数を算出したところ、γ線照射では20.4〜44.2%(平均値:28.2%)、コントロールでは16.6〜29.4%(平均値:23.2%)であった。
【0047】
最適操作条件としては、コントロール標本のTail lengthが短く、γ線照射標本のTail lengthが長く、コントロールとγ線照射とのTail length差が大きい方が好ましく、且つバラツキの小さなことが重要である。この観点からE.gracilisを用いたTail length評価の最適操作条件を検討すると、細胞溶解時間を6分に設定し、DNAの巻き戻し(unwinding)と電気泳動の各時間を20分に設定するのが良いと考えられた。
【0048】
また、Tail momentを評価指標として解析したところ、Tail lengthよりも明確に電気泳動時間が長くなるほど、Tail momentも高い値を示し、泳動時間の影響が現れた。これは、Tail momentがDNA損傷を電気泳動による拡がりで評価する指標であるためであると考えられる。
【0049】
▲3▼植物性鞭毛虫E.gracilisを用いたコメットアッセイ法の確認
実験2で特定した最適操作条件の下で、DNA損傷程度を変えた場合に、DNA損傷程度に応じてTail lengthが長くなるか、即ち定量化が可能であるか否かの確認を行なった。
【0050】
γ線の放射量を0.0、2.5、5.0、7.5Gyと増加させた場合(照射時間はすべて20分間)、Tail lengthの評価では、5.0Gyまで放射線量に依存して長くなり、Tail momentの評価では、放射線量7.5Gyまで放射線量に依存して増加した。放射線量7.5GyのTail lengthは、5.0Gyよりも低い値を示したが、Tail momentの結果から、この原因は拡がりのあるコメット像が形成されたことに起因していると考えられる。Tail lengthとTail momentの測定値のバラツキを比較した場合、Tail lengthの方が小さく、バラツキを考慮すると、DNA損傷を検出する場合には、Tail lengthが優れていると考えられる。
【0051】
以上、実験1と実験2との結果から、植物性鞭毛虫E.gracilisのコメットアッセイへの適用は十分に可能であり、その評価指標としてTail lengthとTail momentの両者を用いることができることを確認できた。
〔2〕E.gracilisとヒト抹消血リンパ球を、コメットアッセイに適用した比較試験
(実験3)DNAの損傷手段としてγ線を使用した場合
ヒト抹消血リンパ球は細胞溶解液として1%濃度のTriton X−100を使用し、E.gracilisは細胞溶解液として0.01%SDS溶液を使用した以外は、E.gracilisとヒト抹消血リンパ球ともに図2の操作手順に従って行なった。電気泳動時間は20分に設定し、評価はTail lengthにより行なった。
【0052】
図4に示した結果から分かるように、E.gracilisについてのγ線照射とコントロールのTail lengthの差は、ヒト抹消血リンパ球についてのTail lengthの差よりも明らかに大きく、それだけ高感度であることを示している。
【0053】
尚、図4において、ボックスの上、下、中央の線でそれぞれTail lengthの長い順から最初の四分位数、最後の四分位数、中間を示している。下部のホイスカは最後の十分位数、上部のホイスカは最初の十分位数を示している。また、■は平均値を示している。
【0054】
(実験4)DNAの損傷手段としてニトロソグアニジンを使用した場合
DNAの損傷手段として変異原、発ガン物質であるニトロソグアニジン(N−methyl−N′−nitro−N−nitrosoguanidine:略称MNNG)使用した。そして、MNNGの濃度を0μM(コントロール)、0.5μM、1.0μM、5.0μM、10μM、50μMの6水準の所定濃度について、細胞を2時間処理してDNAに損傷を与え、MNNGの濃度が幾つになったときに、MNNG処理したTail lengthがコントロールのTail lengthよりも長くなるかを調べた。その他の操作条件は、実験3の場合と同様である。
【0055】
図5(a)はE.gracilisの結果であり、図5(b)はヒト抹消血リンパ球の結果である。
【0056】
図5から分かるように、ヒト抹消血リンパ球の場合には、MNNG濃度が10μM以上の処理でTail lengthがコントロールよりも長くなるのに対し、E.gracilisの場合には、MNNG濃度が0.5μM以上の処理でTail lengthがコントロールよりも長くなる。このことは、アルカリ性単細胞ゲル電気泳動法により評価するための生物材料として、E.gracilisの方が従来のコメットアッセイで用いていたヒト抹消血リンパ球よりも10倍以上感度が高いことを示している。即ち、E.gracilisは、低濃度の環境汚染物質による生態への毒性評価が可能であることを示唆している。
【0057】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明の環境汚染物質の生態毒性評価方法によれば、環境汚染物質による生態に対する毒性をコメットアッセイ法で評価する上で、検出感度を顕著に高めることが可能である。従って、低濃度の環境汚染物質による生態への毒性評価が可能であり、極めて有用である。
【0058】
また、下水や工場排水、廃棄物処分場からの浸出水等の廃水が流れ込む河や湖沼等の水環境における環境汚染物質の汚染実態を把握する場合、環境汚染物質がまず最初に接触・感知する水環境中の微生物を使用するので、水環境における環境汚染物質の汚染実態を的確に把握することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】微生物の細胞溶解液への溶解性試験結果の説明図
【図2】コメットアッセイの操作手順を示した説明図
【図3】コメットアッセイの操作条件を説明する説明図
【図4】DNA損傷をγ線照射で行なった場合の、E.gracilisとヒト抹消血リンパ球を、コメットアッセイに適用した比較試験結果を説明する説明図
【図5】DNA損傷をニトロソグアニジンで行なった場合の、E.gracilisとヒト抹消血リンパ球を、コメットアッセイに適用した比較試験結果を説明する説明図
Claims (5)
- 環境汚染物質による生態に対する毒性を、アルカリ性単細胞ゲル電気泳動法により評価するための生物材料として、水環境中に生息する微生物を用いることを特徴とする環境汚染物質の生態毒性評価方法。
- 環境汚染物質による生態に対する毒性を評価する環境汚染物質の生態毒性評価方法において、
水環境中に生息する微生物を用い、該微生物の細胞を溶解した後、アルカリ条件下でDNAの巻き戻しと電気泳動を行い、DNA移動距離及び/又はDNAモーメントを計測することにより、前記環境汚染物質による細胞のDNA損傷程度を定量し、該定量結果に基づいて前記環境汚染物質による生態に対する毒性を評価することを特徴とする環境汚染物質の生態毒性評価方法。 - 前記微生物は、植物鞭毛虫類であることを特徴とする請求項1又は2の環境汚染物質の生態毒性評価方法。
- 前記植物鞭毛虫類は、Euglena gracilisであることを特徴とする請求項3の環境汚染物質の生態毒性評価方法。
- 前記生態毒性評価を行なうことにより、水環境における前記環境汚染物質の汚染状態を評価することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1の環境汚染物質の生態毒性評価方法。
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