JP3869259B2 - 生物標本の観察方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は水浸対物レンズ、特に高倍率・高開口数の水浸対物レンズを用いて生物標本を観察する際に用いられる顕微鏡観察用培養基板に関する。
【0002】
【従来の技術】
近年、高コントラスト、高解像力を有する走査型レーザー顕微鏡による細胞骨格や染色体の三次元構造解析、走査型レーザー顕微鏡を用いた蛍光抗体法による細胞内蛍光物質の局在検出などが、生物、医学の基礎研究の場で大きな注目を集めつつある。
【0003】
走査型レーザー顕微鏡は、共焦点光学系により標本を光学的にスライスすることにより3次元画像が得られることを大きな特徴としている。ところで、この走査型レーザー顕微鏡を用いて、例えば培養液に浸漬された生物標本(細胞等)を観察しようとする際には、結像性能の劣化を引き起こさないような構成が必要とされる。
【0004】
この結像性能の劣化防止技術としては、実開平5−64816号公報に開示されたものが知られている。これによると、培養液の屈折率と同程度の屈折率をもつ対物レンズが必要とされ、さらに高倍率・高開口数の対物レンズでは、カバープレートの微小な厚み誤差によっても結像性能の劣化を生ずることが指摘され、この対策としてカバープレートの屈折率についても培養液の屈折率と同程度のものを用いることが必要とされている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、前述の技術を用いて標本を観察する際にはまだ解決すべき課題が存在していた。培養液中の標本は、培養基板と呼ばれるガラス上に付着させて培養され生物標本として観察できるようになっているが、培養基板と生物標本との付着状態の観察などで境界部分の観察が必要とされる場合がある。
【0006】
そこで、対物レンズの光軸に対して標本を積載している培養基板に傾きを与え観察したい面に走査型レーザー顕微鏡の走査面をあわせて、標本と培養基板とを一体として観察する必要が生ずるが、この場合、基板と細胞の境界近傍で、水の屈折率(1.333)と培養基板ガラスの屈折率(1.521)との差が影響し鮮明な画像を得ることができないという問題点があった。
【0007】
一方、前述の従来技術(実開平5−64816)にはサイトップ(商品名:旭硝子株式会社製透明フッ素樹脂、屈折率:1.33〜1.34)を用いたカバープレートが使用されており、水とカバープレートの屈折率を同程度とすることで、カバープレート厚みの変化や面精度の悪さの影響を受けることなく鮮明な画像を得られることが開示されている。
【0008】
そこで、このサイトップを培養基板として使用することが考えられるが、サイトップ表面の撥水性が非常に高いために、培養基板に標本を培養するためのコラーゲンを塗布して定着させることができず、サイトップを培養基板として用いることは困難であった。さらに、サイトップ表面の撥水性が非常に高いために、生物標本と培養基板との付着も十分でなく培養基板に傾きを与え種々の角度から観察を行うことにも制約が生じ十分な観察方法が適用されてはいなかった。
【0009】
本発明は、以上の問題点に鑑みてなされたものであって、水浸対物レンズ、特に高倍率・高開口数の水浸対物レンズを装着した走査型レーザー顕微鏡を用いて生物標本を観察する際に、生物標本を培養することができ結像性能の劣化が少ない顕微鏡観察用培養基板を提供すると共に、その培養基板を用いて生物標本の観察に適した観察方法を提供することを目的とする。
【0010】
【課題を解決するための手段】
上記課題を解消するための本発明は、水浸対物レンズを用いた生物標本観察に使用する顕微鏡観察用培養基板を用いた生物標本の観察方法において、前記顕微鏡観察用培養基板は、屈折率が1.33以上で1.34以下の透明フッ素樹脂からなり、基板表面が親水化処理され、前記顕微鏡観察用培養基板を前記水浸対物レンズの光軸に対して任意の角度に配置して観察する生物標本の観察方法である。
【0015】
【発明の実施の形態】
本発明の一つは、サイトップに代表される透明フッ素樹脂にコラーゲン等の塗布が可能となり、生物標本との付着性が向上できるようにその表面を改質するものである。発明者らは、この点について鋭意検討を進め、コラーゲン塗布が可能となるためには、サイトップの撥水性を改質して、濡れ性を向上させれば良いとの見解に達した。そして、この見解に基づいてサイトップの表面の濡れ性を向上させるための親水性処理方法について試験を重ね、培養基板として用いることのできる処理方法を見出したものである。
【0016】
図1は、本発明に係る顕微鏡観察用培養基板の改質方法を説明する概略のフロー図である。
【0017】
先ず、フッ素系樹脂であるサイトップを扱いやすい大きさにサンプル加工した後、フッ素系樹脂を水に浸す(S1)、紫外光源としてArFエキシマレーザーを照射してサンプル表面を改質する(S2)。
【0018】
この処理は、フッ素系樹脂の濡れ性を向上させるための親水化処理として知られているものであるが、屈折率が1.33以上で1.34以下の透明フッ素樹脂であるサイトップに対し培養基板に適した状態に改質するための処理条件については明らかにされていない。発明者らは種々の条件の下での試験を繰り返し、その結果、培養基板に適した状態に改質するためのエキシマレーザの照射条件としてエネルギ密度5〜100mJ/cm2、繰り返し発信数1〜100Hz、ショット数3,000〜50,000ショットの範囲が適切であることを見出した。
【0019】
本実施の形態では照射条件としてエネルギ密度20mJ/cm2、繰り返し周波数30Hz,25,200ショットを用いた。この照射条件では、ショット数が通常の親水化処理では2,000〜3,000であるに対してその10倍程度の値になっている。これは、一般的な親水化処理においては、紫外レーザを使用することで非熱的光化学反応によりフッ素樹脂の特定表面に均一なアミノ基が導入されて親水性が増すと考えられているが、培養基板用に改質するためには、この親水化処理をさらに進行させてフッ素樹脂の表面の粗度が変化する迄の照射が必要なためであると考えられる。尚、水の接触角は処理前の87°から処理後には64°に変化しており、接触角の変化からも処理の有効性が確認できる。
【0020】
以上の親水化処理に続いて、培養のための前処理を行う。培養のための前処理は一般的な処理であり、前記の親水化処理を施した培養基板に対して、紫外線照射30分による滅菌(S3)→70%エチルアルコール、水,PBSによる洗浄(S4)→約10分のアルブミン浸漬(S5)→PBSによる洗浄(S6)→1/10コラーゲン塗布(S7)→PBSによる洗浄(S8)を行うものである。
【0021】
尚、本実施の形態では、透明フッ素樹脂としてサイトップを用いたが、サイトップの代わりにネオフロン(商品名:ダイキン工業(株)製透明フッ素樹脂)を用いてもかまわないし、屈折率が水の屈折率(1.333)と同程度であれば他の有機材料を使用してもかまわない。また、親水化処理に紫外光源を用いる場合も、ArFエキシマレーザに限られるものではなく、UVランプ、エキシマランプ等も状況に応じて使用可能である。さらに、親水化処理を行う際に半導体製造装置のようにマスクをかけて、培養基板の一部に施した親水化処理部分を任意の形状にすることも可能である。
【0022】
次に、このようにして調整した培養基板を用いて、生物標本を観察する方法について説明する。
【0023】
図2は、本発明に係る観察方法の第1の実施形態を示す図である。
【0024】
水浸対物レンズ1は、図示していない走査型レーザー顕微鏡に装着された状態でレンズ先端部が図示していない容器中の水4の中に浸っている。
【0025】
培養基板2は、サイトップを用い扱い易い大きさ(15mm×5mm×0.2mm程度)に加工してある。培養基板2の片面の一部には、紫外光源としてArFエキシマレーザーを用いた親水化処理と、培養のための前処理が施されており、培養された細胞3が活きた状態で付着している。尚、細胞3は、HeLa細胞であり37℃,5%CO2で培養を行った後に、顕微鏡観察のために遺伝子導入を行ったものである。
【0026】
培養基板2は、水浸対物レンズ1の光軸におおむね平行に(すなわち培養基板2と仮想的な観察面5とが直交するように)配置され、観察したい部分が視野内に入るよう調整されている。本観察方法では、前述の親水化処理した培養基板2を用いることで、培養基板2と細胞3が付着した状態を保ったまま培養基板2を光軸に平行に配置できるため、走査型レーザー顕微鏡操作により、細胞3を光学的にスライスし細胞3のみでなく、培養基板2と細胞3の付着状態をも観察することができる。
【0027】
図3は、顕微鏡によって観察された画像を示す図である。
【0028】
画像では、左側に培養基板2が配置されているが、培養基板2の屈折率は1.33以上で1.34以下であり水に極めて近いため、光学的にはあたかも培養細胞が活きたまま(基板に付着したままで)水中に浮かんでいる状態を実現することができる。そして、観察された画像は結像性能の劣化が少なく鮮明な画像となっている。
【0029】
また、培養基板2と細胞3とが付着しているため、図4に示すように光軸に対する培養基板2の角度を変化して観察することも可能となり、結像性能の劣化がほとんど無い状態で、培養基板2と細胞3の付着状態を含んだ任意断面の画像を得ることができる。図5には、培養基板2の角度を変化させて観察した画像を示している。
【0030】
尚、本実施の形態では細胞3を培養するために水4を用いているが、この形態に限定されず一般的に用いられている培養液であっても良く、また実験の内容により成分や濃度が調整されてもかまわない。さらに、親水化処理や培養の前処理の条件や方法は、観察する標本や実験内容により異なることがあるため、その場合には適宜変更して使用すれば良い。
【0031】
図6は、光軸に対する培養基板2の角度を変化させる機構例を示す図である。
【0032】
図6の(1)に示すように、本機構では、顕微鏡ステージの上に積載されるベース8に凹部を有する球形状の可動部材9が嵌合し、この可動部材9は球面摺動部10によって球状に回動可能に構成されている。そして、この可動部材9の凹部内には細胞3が載置された培養基板2が保持され、この凹部内には水4が満たされている。
【0033】
培養基板2の傾きを調整するときは、図6の(2)に示すように可動部材9を回動させて細胞3の光軸に対する角度を変化させる。尚、回動による観察への影響を少なくするため、細胞3は可動部材9の回動中心とほぼ一致する位置に載置されるように構成することが望ましい。
【0034】
ここで、可動部材9の回動は検鏡者が手で行っても良く、図示しない駆動装置を介して操作するものであっても良い。また、可動部材9は球形状でなくても、断面が円形の円柱形状を用いて構成するものであっても良い。
【0035】
図7は、本発明に係る観察方法の第2の実施形態を示す図である。本図において、図2と同一機能の部分には同一の符号を付して詳細な説明は省略する。本実施の形態では観察時における細胞3に作用する重力の影響を少なくするために、第1の実施形態と異なり水浸対物レンズ1の光軸が水平方向に配置された構成である。
【0036】
水浸対物レンズ1の先端部は、容器11の中に挿入され、水浸対物レンズ1を水平方向に移動させて焦点調整の操作ができるようにOリング12を用いて封止されている。容器11内部は、培養液41が満たされており、さらに細胞3を培養するための炭酸ガス導入用の配管(図示せず)が接続されている。また、容器11には、培養された細胞3を積載した培養基板2が軸13a,13bを介して回動可能に取り付けられており、外部からの操作で傾きが変えられるようになっている。
【0037】
本実施例の構成では、培養基板2を常に水平近傍に保つことができるので、細胞がより自然なかたちで培養して観察することができるとともに、第1の実施形態と同様に、結像性能の劣化がほとんど無い状態で、任意断面の画像を得ることが可能となる。
【0038】
図8は、本発明に係る観察方法の第3の実施形態を示す図である。本図において、図2と同一機能の部分には同一の符号を付して詳細な説明は省略する。
【0039】
本実施形態は、第1の実施形態と異なり、培養基板2の両面に前述の親水化処理を施して、その両面それぞれに細胞3a,3bを培養したものである。針7は、中空のパイプであり、一端を薬品注入用の注射器に接続されており、他の一端は細胞3bの近傍に配置してあり、細胞を刺激するための薬品注入用として使用する。
【0040】
このように構成することにより、図9に示すように、基板で隔てたられた2つの環境の細胞を、同時に観察することが可能となるとともに、針7を用いて試薬等で片方のみを刺激することで、刺激の有無による細胞の状態を比較観察することが可能となる。
【0041】
図10は、本発明に係る観察方法の第4の実施形態を示す図である。本図において、図2と同一機能の部分には同一の符号を付して詳細な説明は省略する。
【0042】
本実施形態では、第1の実施形態と異なり、概半球形状をした培養基板23が容器21の底面開口部にOリング24を介して回動自在に取り付けられている。この培養基板23の平面側には親水化処理と培養処理が施され、細胞3が培養されている。また、培養基板23の球面側には傾き操作用のハンドル22が取り付けられ、さらに、培養基板23の下方には照明装置25と図示しない照明用の光学系とが設けられている。
【0043】
このように、培養基板23を半球形状に形成して、照明光学系の一部を構成するようにすれば、傾き操作用のハンドル22を操作して細胞3の角度を変えても細胞下面からの照明状態に変化が無く、常に明るい観察画像を得ることができる。
【0044】
このように、各実施の形態を用いることで前述の課題を達成することができるが、前述の各実施の形態は殊に、培養細胞の観察には有効なものである。即ち、培養細胞の極性構造は培養基板に対して垂直に展開する。従来は、走査型レーザ顕微鏡のステージを移動することで、Z軸方向の情報を得ていたがこの従来の方法では観察に限界があった。しかしながら、本各実施の形態を用いることにより細胞極性に関する情報を高精度にかつ迅速に観察することができる。
【0045】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明によれば水浸対物レンズ、特に高倍率・高開口数の水浸対物レンズを装着した走査型レーザー顕微鏡を用いて生物標本を観察する際に、生物標本を培養することができ結像性能の劣化が少ない顕微鏡観察用培養基板を得ることができると共に、その培養基板を用いて生物標本に適した観察方法を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明に係る顕微鏡観察用培養基板の改質方法を説明する概略のフロー図。
【図2】本発明に係る観察方法の実施形態を示す図。
【図3】顕微鏡によって観察された画像を示す図。
【図4】本発明に係る観察方法の他の実施形態を示す図。
【図5】顕微鏡によって観察された画像を示す図。
【図6】光軸に対する培養基板の角度を変化させる機構を示す図。
【図7】本発明に係る観察方法の他の実施形態を示す図。
【図8】本発明に係る観察方法の他の実施形態を示す図。
【図9】顕微鏡によって観察された画像を示す図。
【図10】本発明に係る観察方法の他の実施形態を示す図。
【符号の説明】
1…水浸対物レンズ
2…培養基板
3…細胞
3a…細胞
3b…細胞
4…水
7…針
8…ベース
9…可動部材
12…Oリング
22…ハンドル
23…培養基板
24…Oリング
25…照明装置
41…培養液
Claims (1)
- 水浸対物レンズを用いた生物標本観察に使用する顕微鏡観察用培養基板を用いた生物標本の観察方法において、
前記顕微鏡観察用培養基板は、屈折率が1.33以上で1.34以下の透明フッ素樹脂からなり、基板表面が親水化処理され、
前記顕微鏡観察用培養基板を前記水浸対物レンズの光軸に対して任意の角度に配置して観察することを特徴とする生物標本の観察方法。
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