JP3539828B2 - 鋼板のエレクトロガスアーク溶接方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は造船、橋梁及び鉄骨等の構造物の製造時に適用されるエレクトロガスアーク溶接方法に関し、特に、T継手の開先部における溶接表面側及び溶接裏面側に表当材及び裏当材を当てて溶接する鋼板のエレクトロガスアーク溶接方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
エレクトロガスアーク溶接は溶接能率が高いので、コストを低減する等の目的により、造船及び橋梁等の裏当材を使用するV形開先の片面突合せ溶接において広く使用されている。図7はV形開先の片面突合せ継手の従来のエレクトロガスアーク溶接方法を示す平面図である。傾斜した端面1a及び2aを有する2枚の鋼板1及び2を垂直に立て、その端面1aと端面2aとを突き合わせて配置することにより、垂直方向に延びる開先部3を形成する。この開先部3は、溶接表面側が開いたV形状となっており、溶接裏面側も若干離間している。そして、この溶接裏面側には、鋼板1と2との間隙を覆うように、例えば、セラミック製の裏当材4を配置する。
【0003】
溶接時においては、開先部3の溶接表面側に銅板5を当て、裏当材4、銅板5並びに鋼板1及び2により囲まれた開先部3に対して、上部より溶接ワイヤを送給し、開先部3の上方に向かって溶接金属6を積層すると共に、銅板5を開先部3の上方に向かって摺動させる。
【0004】
また、エレクトロガスアーク溶接法は、炭酸ガスシールドアーク溶接法等と比較して溶接入熱が高くなるので、鋼板1及び2が厚板である場合には、従来より、開先角度を狭くして開先断面積を小さくすることにより溶接入熱を低減していた。
【0005】
更に、鋼板1及び2の板厚が30mm以上である場合には、表面側及び裏面側にアーク熱が十分に届かず、溶接ビードの形状が不安定となるので、溶接トーチをウィービングさせることも実施されていた。即ち、溶接ワイヤの先端を、開先部3内において表面側停止位置7aと裏面側停止位置7bとの間で往復させる。
【0006】
この場合、ウィービング幅を板厚の約半分とし、溶接トーチの角度は、ウィービングさせないときと同様に0乃至10°とし、表面側停止位置7aにおける停止時間Saと裏面側停止位置7bにおける停止時間Sbとの比率(Sa:Sb)は1:1とするのが一般的であった。
【0007】
一方、鉄骨及び橋梁等の溶接においては、図7に示すV形開先を有する突合せ継手の他に、レ形開先を有するT継手が多く使用されており、これらの開先を溶接する場合においても、溶接の高能率化を図るために、エレクトロガスアーク溶接を適用することが提案されている。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、T継手のレ形開先に対して、突合せ継手のV形開先と同様の溶接条件でエレクトロガスアーク溶接すると、以下に示す種々の問題点が発生する。図8は従来のエレクトロガスアーク溶接方法によりT継手を溶接した場合の溶接欠陥を示す平面図である。なお、図8(a)は鋼製の裏当材を使用した例であり、図8(b)は水冷式の銅製裏当材を使用した例である。
【0009】
図8に示すように、垂直に立てられた鋼板11の表面に、垂直に立てられた鋼板12の傾斜した端面を向けて配置することによりT継手が形成され、鋼板11と鋼板12との間には、垂直方向に延びるレ形開先部13が形成されている。
【0010】
図8(a)に示すように、レ形開先部13の溶接裏面側に鋼製の裏当材14aを当て、突合せ継手のV形開先と同様の溶接条件で溶接すると、鋼板11と裏当材14とにより形成される角部(止端部)において、溶込み深さが浅くなって溶接金属16に溶込み不良18が発生することがある。また、溶接金属16の溶接表面側においては、鋼板11の表面にアンダカット19a等の欠陥が発生しやすくなるという問題点がある。
【0011】
また、図8(b)に示すように、鋼製の裏当材14aの代わりに水冷式の銅製裏当材14bを使用した場合、鋼板11と裏当材14bとにより形成される角部(止端部)にアンダカット20が発生すると共に、溶接金属16の溶接表面において、鋼板11の表面側にもアンダカット19bが発生しやすくなる。この現象はセラミック製の裏当材を使用した場合も同様であり、溶接金属の溶接表面側及び裏面側にアンダカットが発生して、良好な止端形状を得ることができなくなる。そして、これらの問題は、開先断面積を狭くした場合に特に顕著に発生する傾向があるので、溶接入熱の低減を図るためにも、最適な溶接条件の選択が要求されている。
【0012】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、T継手の溶接に適用され、表ビード及び裏ビード形状を向上させることができると共に、良好な溶込み深さを得ることができる鋼板のエレクトロガスアーク溶接方法を提供することを目的とする。
【0013】
【課題を解決するための手段】
本発明に係る鋼板のエレクトロガスアーク溶接方法は、第1鋼板の表面に、15mm以上の板厚を有する第2鋼板の端面を向け、開先角度を0乃至40°、ルート間隔Lを3乃至15mm、溶接表面側の開先幅を45mm以下として配置されたT継手に対して、溶接表面側及び溶接裏面側に表当材及び裏当材を当て、直径が1.4乃至2.0mmであるフラックス入りワイヤを使用して300乃至600Aの溶接電流で第2鋼板の板厚方向に単振動ウィービング溶接するエレクトロガスアーク溶接方法において、
トーチ角度をλ(°)、開先角度をθ(°)、溶接表面側におけるワイヤ停止時間をSa(秒)、溶接裏面側におけるワイヤ停止時間をSb(秒)、溶接表面側の開先幅をW(mm)、ワイヤ径をP(mm)、ウィービング幅をZ(mm)、第2鋼板の板厚をT(mm)としたとき、
トーチ角度λを(λz−5)乃至30、(但し、λz=−0.5θ+27.5)溶接表面側におけるワイヤ停止時間Saを(Saz−0.5)乃至(Saz+1.0)、(但し、Saz=W/10+0.05λ−2P+2.7)
溶接表面側におけるワイヤ停止時間に対する溶接裏面側におけるワイヤ停止時間の比(Sb/Sa)を0.4乃至0.7、
ウィービング幅Zを(T−15)乃至(T−3)として第1鋼板と第2鋼板とを溶接することを特徴とする。
【0014】
このフラックス入りワイヤは、フラックス中にTi、B、Mg及び希土類元素を含有することが好ましい。
【0015】
前記表当材は水冷式の摺動銅板とすることができ、前記裏当材は鋼製当材、セラミック製当材、水冷式の銅製当材又は空冷式の銅製当材とすることができる。
【0016】
また、前記開先角度θが5乃至40°であるとき、トーチ角度λを(λz−5)乃至(λz+5)とすることが好ましい。
【0017】
なお、本発明方法において、単振動ウィービングの方向は、正確に第2鋼板の板厚方向に平行である必要はなく、開先角度等に応じて、第2鋼板の板厚方向から適宜傾けることができる。
【0018】
【発明の実施の形態】
本願発明者等が前記課題を解決するために鋭意実験研究を重ねた結果、溶接条件を厳密に規定することにより、ビード形状が向上すると共に、良好な溶込み深さを得ることができることを見い出した。
【0019】
図1は本発明の実施例に係る鋼板のエレクトロガスアーク溶接方法において、鋼板及び当て材の配置方法を示す平面図であり、図2は本発明の実施例に係る鋼板のエレクトロガスアーク溶接方法を示す平面図、図3は図2のA−A線に沿う模式的断面図である。図1に示すように、第1及び第2鋼板21、22を垂直に立て、第1鋼板21の表面に、第2鋼板22の傾斜した端面22aを向けて配置することにより、平面視でT形の継手が形成されており、鋼板21と鋼板22との間には、垂直方向に延びるレ形開先部23が形成されている。そして、レ形開先部23の溶接裏面側にこの開先部23を覆うサイズの裏当材24を当てると共に、溶接表面側に表当材25を当て、表当材25の上にシールドガスを供給するガス供給口30を配置する。
【0020】
溶接時においては、図2及び3に示すように、裏当材24、表当材25並びに鋼板21及び22により囲まれたレ形開先部23に対して、ガス供給口30からシールドガスを供給すると共に、第2鋼板22の板厚方向に溶接トーチをウィービングさせる。即ち、溶接チップ31に保持されたワイヤ32の先端を、開先部23内において表面側停止位置27aと裏面側停止位置27bとの間で往復させる。そして、ワイヤ32の先端でアーク33を発生させることにより、開先部23にその上方に向かって溶接金属26を積層すると共に、溶接金属26の積層に伴って、表当材25及びガス供給口30を開先部23の上方に向かって摺動させる。なお、溶接チップ31を支持する溶接トーチ34は、垂直軸35に対してトーチ角度λ(°)で溶接表面側に傾斜させている。
【0021】
本発明においては、図4に示すように、第2鋼板22の板厚T、開先角度θ、ルート間隔L、溶接表面側の開先幅W及びワイヤ径P等を規定し、これらの値により、図3に示すトーチ角度λ、停止位置27a及び27bにおける停止時間Sa及びSb並びに図2に示すウィービング幅Zの適切な範囲を算出している。
【0022】
そこで、先ず、本発明におけるエレクトロガスアーク溶接方法について、第2鋼板の板厚T、開先角度θ、ルート間隔L、溶接表面側の開先幅W、ワイヤ径P及び溶接電流の数値限定理由について説明する。
【0023】
板厚T:15mm以上
第2鋼板の板厚Tが15mm未満であると、溶接金属を形成する領域の溶接表面側から溶接裏面側までの距離が短くなり、溶接表面側及び溶接裏面側に熱が十分に届くので、ウィービングをすることなく良好なビード形状及び溶込み深さを得ることができる。従って、第2鋼板の板厚Tは15mm以上とする。
【0024】
開先角度θ:0乃至40°
開先角度θが40°を超えると、溶接裏面側に十分に熱が届くので、トーチ角度等を規定することなく良好なビード形状及び溶込み深さを得ることができる。また、溶接表面側においては、板厚が厚い場合には開先幅が広くなるので、溶接表面側停止位置においてワイヤの停止時間Saを長くしても、良好な表ビード形状を得ることができなくなる等の問題が発生する。従って、開先角度θは0乃至40°とする。
【0025】
ルート間隔L:3乃至15mm
ルート間隔Lが3mm未満であると、間隔が狭くなりすぎて、本発明において規定する範囲では、良好な裏ビード形状及び溶込み深さを得ることができない。また、ルート間隔Lが15mmを超えると、溶接裏面側にも十分に熱が届くので、トーチ角度等を規定することなく良好なビード形状及び溶込み深さを得ることができる。したがって、ルート間隔Lは3乃至15mmとする。
【0026】
溶接表面側の開先幅W:45mm以下
溶接表面側の開先幅Wが45mmを超えると、表面側停止位置においてワイヤの停止時間を長くしてもビード止端部に熱が十分に届かなくなり、溶接金属と母材(鋼材21及び22)とが十分に溶け合わないので、アンダカットが発生してしまう。従って、溶接表面側の開先幅Wは45mm以下とする。
【0027】
ワイヤ径P:1.4乃至2.0mm
ワイヤ径Pが1.4mm未満であると、アークの広がりが不足するので、溶接表面側においてはビード止端部まで熱を十分に伝えることができず、溶接金属と母材である鋼板とが十分になじまないので、良好なビード形状を得ることができない。また、溶接裏面側においてもアーク熱が不足することにより、ビード形状が不良になると共に、溶込み不足等が発生する。一方、ワイヤ径Pが2.0mmを超えると、アークの広がりは十分に得られるが、溶接入熱が高くなるので、母材である鋼板の熱影響部及びボンド部の衝撃性能が劣化し、継手品質が低下してしまう。従って、ワイヤ径Pは1.4乃至2.0mmとする。
【0028】
溶接電流:300乃至600A
溶接電流が300A未満であると、アーク熱が不足するため、溶接金属と母材である鋼板とを十分になじませることができず、溶接能率も低下する。また、溶接電流が600Aを超えると、溶接速度が速くなりすぎるので、高温割れ及び融合不良等が発生しやすくなる。従って、溶接電流は300乃至600Aとする。但し、溶接作業性を考慮すると、ワイヤ径Pに対応させることが好ましく、ワイヤ径Pが1.4mmの場合は溶接電流を300乃至500Aとし、ワイヤ径Pが1.6mmの場合は溶接電流を350乃至550Aとし、ワイヤ径Pが2.0mmの場合は溶接電流を400乃至600Aとすることが望ましい。
【0029】
次に、上述の如く規定された第2鋼板22の板厚T、開先角度θ、ルート間隔L、溶接表面側の開先幅W及びワイヤ径P等により算出されるトーチ角度λ、停止位置27a及び27bにおける停止時間Sa及びSb並びにウィービング幅Zの算出方法及び数値限定理由について説明する。
【0030】
トーチ角度λ:(λ z −5)乃至30、但し、λ z =−0.5θ+27.5
図3に示す垂直軸35と溶接トーチ34から延出するワイヤ32とがなす角(トーチ角度λ)は、セラミック製又は銅製の裏当材を使用した場合の裏ビード形状(特に、第1鋼板側の止端形状)又は鋼製の裏当材を使用した場合の溶込み深さに影響を与える。また、前述の如く、開先角度θが狭くなるほど、セラミック製又は銅製の裏当材を使用した場合には、アンダカットが発生しやすくなり、鋼製の裏当材を使用した場合には、溶込み不足となる傾向がある。即ち、開先角度θが狭くなるほど、トーチ角度λを大きくする必要がある。そこで、本願発明者等は、経験的に最適なトーチ角度の基準値λz(°)を下記数式1によって規定した。
【0031】
【数1】
λz=−0.5θ+27.5
しかしながら、実際のトーチ角度λは、最適なトーチ角度の基準値λzを含み、ビード形状及び溶込み深さに影響を与えない範囲で設定する必要がある。トーチ角度λが(λz−5)°未満であると、良好な裏ビード形状又は溶込み深さを得ることができない。一方、トーチ角度λが30°を超えると、アーク点を表面側の表当材に接近させることが困難になると共に、左右方向(ウィービング方向に直交する方向)へのアークの広がりが小さくなるので、良好な表ビードを得ることができない。従って、トーチ角度λは(λz−5)乃至30(°)とする。このλzは上記数式1により算出される。
【0032】
但し、開先角度θが5°以上と大きい場合、不必要にトーチ角度λを大きくすることは好ましくない。従って、開先角度θが5°以上である場合、トーチ角度λは(λz−5)乃至(λz+5)とすることが好ましい。
【0033】
溶接表面側におけるワイヤ停止時間S a :(S az −0.5)乃至(S az +1.0)、但し、S az =W/10+0.05λ−2P+2.7
ワイヤは開先部内において表面側停止位置27aと裏面側停止位置27bとの間でウィービング動作をする。このとき、開先幅が広くなるほど、開先止端部に熱を伝えるための時間が必要となるので、表面側停止位置27aにおける停止時間Saを長くする必要がある。そこで、本願発明者等は、トーチ角度λが0°で、ワイヤ径が1.6mmであるワイヤを使用した場合の表面側停止位置27aにおける停止時間の基準値S1z(秒)を開先幅Wを使用して下記数式2によって規定した。
【0034】
【数2】
S1z=W/10−0.5
また、表面側の停止時間Saはトーチ角度λによっても影響される。即ち、トーチ角度λが大きいほどアーク点を表当材に接近させることが困難になると共に、左右方向(ウィービング方向に直交する方向)へのアークの広がりが小さくなるので、良好な表ビードを得るための停止時間Saを長くする必要がある。本発明においては、トーチ角度λが0°である場合に対して、トーチ角度λが大きくなった場合に表面側の停止時間Saを長くする割合をbとしたとき、bを下記数式3によって規定する。
【0035】
【数3】
b=0.05λ
更に、表面側の停止時間Saはワイヤ径Pによっても影響される。即ち、ワイヤ径Pが太くなるほど溶接入熱が大きくなるので、停止時間Saを短くする必要がある。例えば、ワイヤ径が2.0mmである場合には、ワイヤ径が1.6mmである場合と比較して、停止時間Saを約0.8秒短くする必要があり、ワイヤ径が1.4mmである場合には、ワイヤ径が1.6mmである場合と比較して、停止時間Saを約0.4秒長くする必要がある。従って、本発明においては、ワイヤ径Pが1.6mmである場合を基準にして、ワイヤ径Pが他の値である場合に表面側の停止時間Saを変化させる割合をcとしたとき、cを下記数式4によって規定する。
【0036】
【数4】
c=−2(P−1.6)
上記数式2乃至4より、表面側停止位置27aにおける最適な停止時間の基準値Saz(秒)は下記数式5によって表される。
【0037】
【数5】
Saz=S1z+b+c
=W/10−0.5+0.05λ−2(P−1.6)
=W/10+0.05λ−2P+2.7
しかしながら、表面側停止位置27aにおける実際の停止時間Saは、最適な停止時間の基準値Sazを含み、ビード形状及び溶込み深さに影響を与えない範囲で設定する必要がある。停止時間Saが(Saz−0.5)秒未満であると、アーク熱の広がりを十分に得ることができず、溶着金属と母材である鋼板とが十分になじまないので、アンダカット等を防止することができず、良好な止端形状を得ることができない。一方、停止時間Saが(Saz+1.0)秒を超えると、溶着金属と母材である鋼板とのなじみ性は良好となるが、表面側停止位置27aに停止する時間を長くすることは溶接裏面側のビード形状が劣化するか、又は溶込み不足となる原因になるので、停止時間Saを必要以上に長くすることは好ましくない。従って、表面側停止位置27aにおける停止時間Saは(Saz−0.5)乃至(Saz+1.0)とする。このSazは上記数式5により算出される。
【0038】
なお、溶接電流の停止時間Saに対する影響については、同一ワイヤ径の場合、電流値が高くなるほど単位時間あたりのアーク熱は増大するが、同時に溶接速度も速くなるので、単位溶接長当たりに与えられる溶接入熱は殆ど増加しない。従って、溶接電流の停止時間Saに対する影響は、本発明において規定する300乃至600Aの範囲においては、殆ど無視することができる。
【0039】
溶接表面側におけるワイヤ停止時間S a に対する溶接裏面側におけるワイヤ停止時間S b の比(S b /S a ):0.4乃至0.7
前述の如く、本発明において、ワイヤは開先部内において表面側停止位置27aと裏面側停止位置27bとの間でウィービング動作をする。裏面側停止位置27bにおける停止時間Sbが長くなるほど、溶接裏面側のビード形状及び溶込み深さを良好にすることができるが、長くなりすぎると、溶接表面側と溶接裏面側との熱量のバランスが崩れるので、溶接表面側にアンダカット等の溶接欠陥が発生する。表面側の停止時間Saに対する裏面側の停止時間Sbの比率(Sb/Sa)が0.4未満であると、良好な裏ビード形状又は溶込み深さを得ることができない。一方、(Sb/Sa)が0.7を超えると、溶接裏面側と溶接表面側との熱量のバランスが崩れ、表面側の熱量が不足するので、溶接表面側において、良好なビード形状を得ることができなくなる。従って、溶接表面側における停止時間Saに対する溶接裏面側における停止時間Sbの比率(Sb/Sa)は0.4乃至0.7とする。
【0040】
ウィービング幅Z:(T−15)乃至(T−3)
本発明においては、第2鋼板の板厚方向にワイヤをウィービングさせながら鋼板を溶接する。このときのウィービング幅Zが第2鋼板の板厚Tに対して広すぎると、作業性が悪化するか、又は表当材を損傷してしまう。即ち、使用する裏当材がセラミック製又は鋼製の場合、ウィービング幅Zが(T−3)mmを超えてアークが直接裏当材に当たると、アークが不安定になって、多量のスパッタが発生する。また、使用する裏当材が銅製である場合においては、ウィービング幅Zが(T−3)を超えてアークが直接裏当材に当たると、裏当材を損傷する。一方、ウィービング幅Zが(T−15)mm未満であると、溶接表面側及び溶接裏面側にアーク熱が十分に届かないので、良好なビード形状及び溶込み深さを得ることができない。従って、ウィービング幅Zは(T−15)乃至(T−3)とする。
【0041】
なお、本発明において、ウィービング速度については特に規定しないが、ワイヤが表面側停止位置27aから裏面側停止位置27bに移動する時間は1.5秒以内であることが好ましい。即ち、停止位置27a及び27bにおける停止時間Sa及びSbを0秒とした場合のウィービング回数は、20(回/分)以上であることが望ましい。
【0042】
次いで、本発明において使用するフラックス入りワイヤ中のフラックスに含有される成分について説明する。
【0043】
フラックス中にTi、B、Mg及び希土類元素を含有する
Ti及びBは溶接金属の組織を微細化し、溶接金属の衝撃性能を向上させる効果を有することは公知である。しかしながら、溶接金属中の酸素量が多いと、Ti及びBが溶接金属中の酸素と結合して酸化物となるので、金属組織の微細化効果を得ることができず、衝撃性能を向上させることも困難となる。Mgは強い脱酸力を有しており、フラックス中に添加することにより溶接金属中の酸素量を低減することができるので、Ti及びBの添加効果を高めることができる。しかし、Mgはアークを不安定にするので、フラックス中にMgを添加すると、スパッタ発生量が増加すると共に、Mgが酸化することによって生じたMgOはスラグの流動性を低下させる。これにより、Mgの添加はビード外観等にも悪影響を及ぼす。従って、フラックス中にMgを多量に添加することは好ましくない。一方、希土類元素はMgと同様に強い脱酸力を有しており、アークを安定化すると共にスラグの流動性を向上させる効果も有している、そこで、Mgと共に希土類元素をフラックス中に添加することにより、アークの安定性及びスラグの流動性を低下させることなく、溶接金属中の酸素量を低減することができるので、Ti及びBの添加効果を高めることができる。従って、本発明において使用するフラックス入りワイヤのフラックスには、Ti、B、Mg及び希土類元素を含有することが好ましい。
【0044】
なお、本発明において、使用する裏当材の形状は特に規定しないが、この裏当材が鋼製又はセラミック製である場合、例えば、図5(a)に平面図で示すように、切欠きが形成されてない四角柱形状の裏当材24aとすることができる。また、使用する裏当材が銅製である場合、図5(b)に平面図で示すように、溶接金属が形成される面の第1鋼板21側に切欠きを設け、斜面37が形成された裏当材24bを使用する。これは、銅製の裏当材は、鋼製又はセラミック製の裏当材と異なり、基本的にはアーク熱によって溶融させない(非消耗)ものであるので、裏ビードの形状に合わせて切欠きを設ける必要があるからである。但し、裏当材が鋼製又はセラミック製である場合においても、図5(b)に示すような切欠きを設けた裏当材を使用することができる。
【0045】
図6は本発明方法を使用して溶接した溶接金属の形状例を示す平面図である。但し、図6(a)は鋼製の裏当材24aを使用した例であり、図6(b)はセラミック製の裏当材を使用した例である。図6に示すように、形成された溶接金属26a及び26bは、表ビード及び裏ビードが共に優れた形状となっており、溶込み不良及びアンダカット等は発生しなかった。
【0046】
【実施例】
以下、本発明に係る鋼板のエレクトロガスアーク溶接方法の実施例についてその比較例と比較して具体的に説明する。
【0047】
先ず、下記表1に示すフラックス組成を有するフラックス入りワイヤと、下記表2に示す組成を有する鋼板を準備し、図2及び3に示す方法により、下記表3乃至6に示す種々の条件で鋼板のエレクトロガスアーク溶接を実施した。但し、ワイヤ突出し長さは30乃至40mmとし、100%CO2のシールドガスを使用して、その流量を30乃至35(リットル/分)とした。
【0048】
そして、得られた溶接金属について、表ビード形状、裏ビード形状及び溶込み深さを観察することによりビード形状を評価すると共に、衝撃性能を評価した。これらの評価結果を下記表7及び8に示す。なお、下記表7及び8に示すビード形状の評価結果欄においては、ビード形状が良好であると共に、良好な溶込み深さが得られたものを○(良好)とし、ビード形状が不良であるか又は溶込み不良が発生したものを×(不良)とした。また、衝撃性能は試験温度を0℃として、溶接金属から採取した10mm角の試験材にVノッチを形成したシャルピー衝撃試験片により評価し、27J以上の値を示したものを○、27J未満の値であったものを×とした。また、ワイヤ記号Bのワイヤを使用した場合に27J以上の値を示すと共に、同一の条件(板厚、開先形状、電流及び電圧)でワイヤ記号Aのワイヤを使用して溶接した場合の2倍以上の値であったものを◎とした。
【0049】
【表1】
【0050】
【表2】
【0051】
【表3】
【0052】
【表4】
【0053】
【表5】
【0054】
【表6】
【0055】
【表7】
【0056】
【表8】
【0057】
上記表3乃至8に示すように、実施例No.1乃至10はエレクトロガスアーク溶接時の種々の条件が適切に規制されているので、溶接表面側及び裏面側のビード形状が優れていると共に、良好な溶込み深さを得ることができた。特に、実施例No.3及び6は使用したフラックス入りワイヤのフラックス中に、Ti、B、Mg及び希土類元素が含有されているので、衝撃性能がより一層優れたものとなった。
【0058】
一方、比較例No.11はトーチ角度が本発明範囲の下限未満であるので、溶込み不良が発生した。比較例No.12はトーチ角度が本発明範囲の下限未満であると共に、ワイヤ停止時間の比(Sb/Sa)が本発明範囲の上限を超えているので、溶接表面側のビード形状が劣化した。比較例No.13は表面側の停止時間が本発明範囲の上限を超えているので、裏ビード形状が劣化すると共に、衝撃性能が低下した。比較例No.14は表面側の停止時間及びワイヤ停止時間の比(Sb/Sa)が本発明範囲の上限を超えているので、溶接表面側及び裏面側のビード形状が劣化すると共に、衝撃性能が低下した。
【0059】
また、比較例No.15はトーチ角度が本発明範囲の上限を超えているので、溶接表面側のビード形状が劣化した。比較例No.16はトーチ角度及び溶接表面側のワイヤ停止時間が本発明範囲の上限を超えているので、表面側のビード形状が劣化すると共に、溶込み不足が発生した。比較例No.17は表面側のワイヤ停止時間が本発明範囲の下限未満であるので、表面側のビード形状が劣化した。
【0060】
比較例No.18はウィービング幅が本発明範囲の下限未満であり、比較例No.19はウィービング幅が本発明範囲の下限未満であると共に、溶接表面側のワイヤ停止時間が本発明範囲の上限を超えているので、いずれも表面側のビード形状が劣化すると共に、溶込み不良が発生した。比較例No.20はウィービング幅が本発明範囲の上限を超えているので、表面側及び裏面側のビード形状が劣化すると共に、表当材として使用した銅板が損傷した。
【0061】
比較例No.21はウィービング幅が本発明範囲の上限を超えているので、スパッタが発生すると共に、表当材として使用した銅板が損傷し、表面側のビード形状が劣化した。比較例No.22はワイヤ停止時間の比(Sb/Sa)が本発明範囲の上限を超えているので、溶接表面側のビード形状が劣化した。比較例No.23はワイヤ停止時間の比(Sb/Sa)が本発明範囲の下限未満であるので、溶接裏面側に溶込み不足が発生した。
【0062】
【発明の効果】
以上詳述したように、本発明によれば、鋼板により形成されたT継手のエレクトロガスアーク溶接において、鋼板の板厚T、開先角度θ、ルート間隔L、溶接表面側の開先幅W及びワイヤ径P等により、最適なトーチ角度λ、停止位置27a及び27bにおける停止時間Sa及びSb並びにウィービング幅Zを算出し、これにより種々の条件を規定しているので、裏当材の種類に拘わらず、表ビード及び裏ビード形状を向上させることができると共に、良好な溶込み深さを得ることができる。また、使用するフラックス入りワイヤのフラックス組成を適切に規定すると、得られた溶接金属の衝撃性能が優れたものとなる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の実施例に係る鋼板のエレクトロガスアーク溶接方法において、鋼板及び当て材の配置方法を示す平面図である。
【図2】本発明の実施例に係る鋼板のエレクトロガスアーク溶接方法を示す平面図である。
【図3】図2のA−A線に沿う模式的断面図である。
【図4】本発明に係る鋼板のエレクトロガスアーク溶接方法において、第2鋼板の板厚T、開先角度θ、ルート間隔L及び溶接表面側の開先幅Wを示す平面図である。
【図5】裏当材の形状の例を示す平面図である。
【図6】本発明方法を使用して溶接した溶接金属の形状例を示す平面図である。
【図7】V形開先の片面突合せ継手の従来のエレクトロガスアーク溶接方法を示す平面図である。
【図8】従来のエレクトロガスアーク溶接方法によりT継手を溶接した場合の溶接欠陥を示す平面図である。
【符号の説明】
1、2、11、12、21、22;鋼板
3、13、23;開先部
4、14、24、24a、24b;裏当材
5;銅板
6、16、26、26a、26b;溶接金属
7a、7b、27a、27b;停止位置
25;表当材
30;ガス供給口
31;溶接チップ
32;ワイヤ
33;アーク
34;溶接トーチ
Claims (5)
- 第1鋼板の表面に、15mm以上の板厚を有する第2鋼板の端面を向け、開先角度を0乃至40°、ルート間隔Lを3乃至15mm、溶接表面側の開先幅を45mm以下として配置されたT継手に対して、溶接表面側及び溶接裏面側に表当材及び裏当材を当て、直径が1.4乃至2.0mmであるフラックス入りワイヤを使用して300乃至600Aの溶接電流で第2鋼板の板厚方向に単振動ウィービング溶接するエレクトロガスアーク溶接方法において、
トーチ角度をλ(°)、開先角度をθ(°)、溶接表面側におけるワイヤ停止時間をSa(秒)、溶接裏面側におけるワイヤ停止時間をSb(秒)、溶接表面側の開先幅をW(mm)、ワイヤ径をP(mm)、ウィービング幅をZ(mm)、第2鋼板の板厚をT(mm)としたとき、
トーチ角度λを(λz−5)乃至30、(但し、λz=−0.5θ+27.5)溶接表面側におけるワイヤ停止時間Saを(Saz−0.5)乃至(Saz+1.0)、(但し、Saz=W/10+0.05λ−2P+2.7)
溶接表面側におけるワイヤ停止時間に対する溶接裏面側におけるワイヤ停止時間の比(Sb/Sa)を0.4乃至0.7、
ウィービング幅Zを(T−15)乃至(T−3)として第1鋼板と第2鋼板とを溶接することを特徴とする鋼板のエレクトロガスアーク溶接方法。 - 前記フラックス入りワイヤは、フラックス中にTi、B、Mg及び希土類元素を含有することを特徴とする請求項1に記載の鋼板のエレクトロガスアーク溶接方法。
- 前記表当材は水冷式の摺動銅板であることを特徴とする請求項1又は2に記載の鋼板のエレクトロガスアーク溶接方法。
- 前記裏当材は鋼製当材、セラミック製当材、水冷式の銅製当材又は空冷式の銅製当材であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の鋼板のエレクトロガスアーク溶接方法。
- 前記開先角度θが5乃至40°であるとき、トーチ角度λを(λz−5)乃至(λz+5)とすることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の鋼板のエレクトロガスアーク溶接方法。
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