上着やスーツの洗濯方法として、ドライクリーニングが広く普及している。ドライクリーニングは、石油系溶剤や塩素系溶剤などからなる洗浄媒体と、界面活性剤などからなる洗浄剤とを用いる洗濯方法である。
しかし、ドライクリーニングに用いられる塩素系溶剤は、環境汚染の原因物質となる恐れがあるために、近年ではその使用が制限される方向にある。また同じく洗浄媒体として用いられる石油系溶剤は、作業者の溶剤中毒に対して充分な注意を払う必要があり、取り扱いが難しい。さらにドライクリーニングは、このような洗浄媒体を用いる性質上、汗による汚れやコーヒー、醤油等の水溶性の物質が原因の汚れが落ちにくいという特性がある。これに加えて、ドライクリーニングを行うには専門の業者に依頼する必要があるため、家庭用洗濯機による水洗いと比較すると、より費用がかかる。
そこで、上着及びスーツを、自宅で家庭用洗濯機によって水洗いしたいという要求が高まっている。水洗いを行うと、汗による汚れやコーヒーや醤油のしみをドライクリーニングよりもきれいに落とせることが多い。また汗の成分が衣類に残ると臭気の原因となることがあるが、水洗いによって臭気の発生を防止することが可能となる。
特許文献1には、洗濯機による洗濯と乾燥を行っても、形状を保つことのできるスーツジャケットが開示されている。特許文献1のスーツジャケットは、表地と裏地が形状記憶機能を有しており、表地と裏地の間に型くずれしない合成芯地テープが配置されている。また特許文献1のスーツジャケットは、機械による洗濯乾燥可能な糸を用いて縫製されている。
しかし、従来の上着やスーツを洗濯機で水洗いすると、多くの場合シームパッカリングという現象が発生する。シームパッカリングとは、JIS L 1905のなかで、縫目線の周辺に生じた縫いつれ又は縫いしわが、やや連続的に続いたものと定義されている。シームパッカリングの発生は衣類の外観を著しく損なって場合によっては着用を不可能にするため、できる限りその発生を防止する必要がある。洗濯によるシームパッカリングは、縫製に用いた糸と生地のいずれかの変形や伸縮から発生する現象であり、表地と裏地との間に芯地を挟んでも、解消されない場合があった。
従来の上着及びスーツは、家庭用の洗濯機で洗濯すると、全体の型くずれやシームパッカリングが発生する可能性が高かった。このため従来の上着又はスーツは、ほとんどの場合ドライクリーニングによって手入れされてきた。
この考案は上記従来の問題点に鑑みてなされたものであり、家庭用洗濯機で水洗いしても全体の型くずれやシームパッカリングを起こさない上着及びスーツを提供することを目的とする。
本考案の上着は、表地、裏地、芯地、縫い糸およびラベルを備えている。本考案の裏地は、表地、裏地、芯地、縫い糸およびラベルのいずれもが、水洗い前と水洗い後との寸法変化率1.5%以下の素材で構成されている。そして上着の水洗い前と水洗い後との寸法変化率が1.5%以内に収まることを特徴とする。考案者らは、鋭意検討した結果、水洗いによる寸法変化率が全て1.5%以下の素材を使用することにより、水洗い前の状態と水洗い後の状態との間の寸法変化率を1.5%以下に収めることが可能となり、家庭用洗濯機で洗濯しても型くずれしない上着を提供できることを見出して、本考案をなすに至った。
本考案の上着は、表地に、毛織物、または羊毛を含む織物が使用されていることを特徴とする。また本考案の上着は、縫い糸による縫い目と、表地を折り返してできる折り目と、その近傍とに、前記表地に含有されるシスチン(cysrine)のジスルフィド結合の開裂と再結合とを促しつつ行われる加熱プレスによる型付け加工が施されている。このような加圧プレス加工によって、上着を水洗いした場合であっても、型くずれが有効に低減される。
本考案の上着は、表地の縫い代が割られており、水洗いした後においても縫い代の割られた形状が維持される。水洗い前と水洗い後とで縫い代の形状が変化せずに安定して維持されることにより、水洗いによるシームパッカリングが有効に低減される。
本考案の上着のシスチンのジスルフィド結合の開裂と再結合とを促しつつ行われる加熱プレスによる型付け加工は、システイン(cysteine)とシステイン誘導体と炭酸水素ナトリウムとを含む水溶液を被加工部位に浸透させると共に、当該被加工部位を所望形状に保った状態で、100℃±3℃の温度範囲で行う加熱プレスする加工であることを特徴とする。
本考案の上着の表地と裏地の周縁部には、オーバーロックミシンによる縁かがり加工が施されている。縁かがり加工を行った上着に型付け加工が行われることにより、家庭用洗濯機によって繰り返し洗った場合であっても、縫い代のよじれが好適に防止され、シームパッカリングが防止される。
本考案はまた、上着とズボン又はスカートとを組み合わせてなる、家庭用洗濯機で繰り返し洗濯しても型くずれの生じないスーツを提供する。本考案のスーツに好適に用いられるズボン又はスカートは、用いられる表地、裏地、縫い糸、芯地、及びラベルのいずれもが、水洗い前と水洗い後との寸法変化率が1.5%以下の素材で構成されている。これにより、本考案のスーツは、水洗い前の状態と水洗い後の状態との間の寸法変化率が、1.5%以内となるために、全体の型くずれが大幅に低減されている。
本考案の上着又はスーツは、表地、裏地、縫い糸、芯地、及びラベルのいずれもが、水洗いによる寸法変化率が1.5%以下のものが使用されている。これにより、本考案のスーツは、水洗い前の状態と水洗い後の状態との寸法変化率が、1.5%以内となり、全体の型くずれを大幅に低減することが可能となる。
本考案の上着は、表地が毛織物又は羊毛を含む織物で構成されており、縫い目と表地の折り目の近傍が、システインと、システイン誘導体と、炭酸水素ナトリウムとを含む水溶液を浸透させた状態で、前記表地に含まれるシスチン(cystine)のジスルフィド結合の開列と再結合とが促進される加熱プレスによる型付け加工が施されていることにより、型くずれとシームパッカリングが有効に低減される。
本考案の上着は、表地の縫い代が割られた状態となっており、水洗いした後においても縫い代の割られた形状が安定して維持されることにより、水洗いによるシームパッカリングが有効に低減される。
本考案の上着は、表地と裏地の縫い代の周縁部に対して、オーバーロックミシンによる縁かがり加工が行われることにより、家庭用洗濯機によって繰り返し洗った場合であっても、周縁部のほつれが防止されると同時に、縫い代のよじれが防止されて、シームパッカリングが効果的に防止される。
以下に、本考案を実施するための形態について、図面を参照しつつ実施例を挙げて詳細に説明する。
以下に、本考案の第一実施例である上着1を詳細に説明する。図1に、上着1の正面図を示し、図2に上着1の背面図を示す。本実施例の上着1は、表地5と裏地6とを備えている。本実施例における上着1の表地5には、毛50%、ポリエステル50%の生地が使用されている。また裏地6には、ポリエステル100%の生地が使用されている。
本実施例の上着1は、表地5と裏地6に、水洗い前の状態と水洗い後の状態との間の寸法変化率が1.5%以下である素材が使用されている。本実施例に於いて、表地5と裏地6は、水洗い前の状態と水洗い後の状態との間の寸法変化率が径方向と緯方向共に1.5%以下である糸で織られた織布が用いられている。本実施例の上着1には、その他の付属品として、図示されない縫い糸と、芯地と、ラベルと、カラークロス等が用いられているが、これらの付属品は全て、水洗い前の状態と水洗い後の状態との間の寸法変化率が1.5%以下である素材で構成されている。例えばこのような芯地としては、捲縮加工糸を含む織物に樹脂加工を施した芯地を使用することが可能である。このように、表地5と裏地6と全ての付属品とに、水洗い前の状態と水洗い後の状態との間の寸法変化率が1.5%以下である素材が使用されていることにより、家庭用洗濯機による水洗いを繰り返し行った後でも、全体の型くずれを防ぐことが可能となっている。
上着1の表地と裏地の縫い代の全ての周縁部には、オーバーロックミシンによる縁かがり加工が行われている。このような加工は、一般にオーバーロック加工と称される。オーバーロック加工は、ほつれの防止と共に、家庭用洗濯機による洗濯を行った場合の縫い代のよじれを防止する効果が得られる。
本実施例の上着1は、表地5、裏地6、図示されない縫い糸、芯地、ラベル、及びカラークロスの水洗い前の状態と水洗い後の状態との間の寸法変化率が全て1.5%以下であることに加えて、縫い目と折り目とその近傍とに型付け加工を施していることによって、水洗い後の型くずれとシームパッカリングが防止される。型付け加工は、上着1の形を整えて、その形状を維持することが好ましい位置に、システインと、システイン誘導体と、炭酸水素ナトリウムとを含む水溶液を浸透させた状態で加熱プレスすることで実施される。
本実施例の型付け加工に利用されるシステインは、L−システインである。本考案の型付け加工に利用可能なシステイン誘導体は、N−アセチル−L−システイン、N−カプロイル−L−システイン、N−プロピオニル−L−システイン、N−パルミトイル−L−システイン等のN−アシルシステインとこれらの塩の中から選択される1又は2以上の物質である。本実施例の型付け加工には、L−システインとN−アセチル−L−システインが重量比で1:1となるように混合されて懸濁された水溶液が用いられる。この水溶液には、L−システインとN−アセチル−L−システインの他に、PH調節剤として炭酸水素ナトリウムが含まれる。具体的には、L−システインとN−アセチル−L−システインの混合物200.00gと、炭酸水素ナトリウム40.75gとを水10リットルに撹拌溶解させたものが用いられる。
本実施例の上着1における、型付け加工を施す位置を、図1と図2を用いて詳細に説明する。上着1の型付け加工を施す場所は、図1及び図2の二点鎖線で示される領域である。上着1の縫い目の型付け加工を施す場所としては、ラペルエッジ(下衿の端部)及びその近傍の領域11と、フロントエッジとフロントカット(前端)及びその近傍の領域12と、肩線とアームホール(袖ぐり)上部及びその近傍の領域14と、前ダーツ及びその近傍の領域15と、前脇線及びその近傍の領域16と、背脇線及びその近傍の領域17と、背中心及びその近傍の領域18と、背中心の下部のベント及びその近傍の領域18’と、外袖縫い線及びその近傍の領域19と、内袖縫い線及びその近傍の領域20である。また上着1の折り目の型付け加工を施す場所は、衿返り線(衿の折り目)及びその近傍の領域13である。
上着1の型付け加工では、まず上着1の折り目と縫い目とを含む上記の領域11〜19の全てに、L−システインとN−アセチル−L−システインと炭酸水素ナトリウムとを含む水溶液を、裏側からスプレー又は刷毛による塗布を行って浸透させる。そして上着1が水溶液によってまだ湿潤しており、表地5の縫い代を割った状態(縫い代が左右に開かれた状態)で、100℃±3℃の温度範囲での加熱プレスを行うことによって上着1の型付け加工を行う。以上の手順により、表地5の折り目と縫い目およびその近傍に浸透しているL−システインとN−アセチル−L−システインは、表地5の繊維の中に含まれるシスチンのジサルファイド結合が一旦開裂する。さらに加熱プレスにより折り目と縫い目とその近傍の領域に、意図された形状が与えられた状態でジサルファイド結合が再結合して、表地5に長期間維持される外観形状を付与する。このとき、表地5の縫い代は、割られた状態で安定する。一旦表地5の縫い目と折り目と縫い代に記憶された形状は、複数回水洗いを行っても変形することなく保たれる。
型付け加工が施された上着1が、家庭用洗濯機によって複数回洗濯を行った場合であっても、型くずれやシームパッカリングを引き起こすことなく購入時とほぼ同一の外観形状を保っていることを、実験の結果に基づいて説明する。図7は、上着1の水洗い洗濯後の特性を評価するための、家庭用洗濯機の弱水流コースによる洗濯方法を模した実験の内容を示すフローチャートである。図8は、家庭用洗濯機の強水流コースによる洗濯方法を模した実験の内容を示すフローチャートである。
それぞれの洗濯方法を模した実験の内容について説明する。図7に、家庭用洗濯機の弱水流コースによる洗濯を模した実験のフローチャートを示す。図7に示すように、弱水流コースによる洗濯を模した実験では、ステップ1で、40℃の水25リットルと、25グラムの洗剤を用意する。この水量は、家庭用洗濯機を模した試験槽の大きさでは、高水位に相当する量である。ステップ2で、評価を行う試験対象品である上着1を、ボタンを掛けて二つ折りにした状態でを投入する。このとき、洗濯ネットは使用しない。そして弱水流で3分間攪拌する。ステップ3で、攪拌を続けながら1分間で排水を行う。ステップ4で、室温の水を再度高水位に相当する量まで追加して、弱水流で3分間攪拌する。これは、通常の家庭における洗濯での1回目のすすぎ工程に相当する。ステップ5で、攪拌を続けながら1分間で排水を行う。ステップ6で、室温の水を再度高水位に相当する量まで追加して、弱水流で3分間攪拌する。これは、通常の洗濯における2回目のすすぎ工程に相当する。ステップ7で、攪拌を続けながら1分間で排水を行う。ステップ8で、遠心分離による脱水を1分間行う。ステップ9で、室温の水を再度高水位に相当する量まで追加して、弱水流で2分間攪拌する。ステップ10で、攪拌を続けながら1分間で排水を行う。ステップ11で、遠心分離による脱水を6分間行う。ステップ9からステップ11は、通常の家庭用洗濯機にはない工程であり、より試験対象品に対する負荷を高めてその耐久性を評価するために追加されている工程である。
図8に、家庭用洗濯機の強水流コース、即ち標準コースよりも強めであり、汚れの多い物を洗う場合の洗濯を模した実験のフローチャートを示す。図8に示すように、強水流コースによる洗濯を模した実験では、ステップ21で、40℃の水20リットルと、6グラムの洗剤を用意する。この水量は、家庭用洗濯機を模した試験槽の大きさでは、低水位に相当する量である。ステップ22で、評価を行う試験対象品である上着1を、ボタンを掛けて二つ折りにした状態でを投入する。このとき、洗濯ネットは使用しない。強水流で12分間攪拌する。ステップ23で、弱攪拌で攪拌を続けながら1分間で排水を行う。ステップ24で、室温の水を高水位に相当する量まで追加して、強水流で3分間攪拌する。これは、通常の家庭における洗濯での1回目のすすぎ工程に相当する。ステップ5で、弱水流で攪拌を続けながら1分間で排水を行う。ステップ26で、室温の水を再度高水位に相当する量まで追加して、強水流で3分間攪拌する。これは、通常の洗濯における2回目のすすぎ工程に相当する。ステップ27で、攪拌を続けながら1分間で排水を行う。ステップ28で、遠心分離による脱水を1分間行う。ステップ29で、室温の水を再度高水位に相当する量まで追加して、強水流で2分間攪拌する。ステップ30で、弱水流で攪拌を続けながら1分間で排水を行う。ステップ31で、遠心分離による脱水を1分間行う。さらに、テップ32で、室温の水を再度高水位に相当する量まで追加して、強水流で2分間攪拌する。ステップ33で、弱水流で攪拌を続けながら1分間で排水を行う。ステップ34で、遠心分離による脱水を6分間行う。ステップ29からステップ34は、通常の家庭用洗濯機にはない工程であり、より試験対象品に対する負荷を高めてその耐久性を評価するために追加されている工程である。
本実施例における上着1について、図7に示す弱水流コースによる洗濯を模した実験を1回と、強水流コースによる洗濯を模した実験を5回行った。その後、上着1を、ハンガーに吊して乾燥し、スチームアイロンを掛けた後、破損と、外観と、寸法変化率の3項目を評価した。破損については、上着1の表側と裏側の両側を目視にて観察し、特に前端線、後ろ中央縫い、脇縫い、細腹縫い、カラー、ラペル、ポケット、すそ線、袖付けを詳細に確認した結果、全体に破れやホツレが1箇所も無いことを確認した。外観については、上着1をトルソーに着せて、予め判定用に撮影しておいた実験を行う前の上着1の写真との間で目視による比較を行って、型くずれ、特にシームパッカリングが全く発生しておらず、着用に支障がないことを確認した。寸法変化率については、着丈と、背幅と、袖丈と、袖幅について、実験前の上着1の寸法と実験後の上着1の寸法とを比較して、これらの4箇所の寸法変化が1.5%以下であることを確認した。この結果、上着1の水洗い前の状態と水洗い後の状態との間の寸法変化率が1.5%以下であることが確認された。
このように、本実施例の上着1は、表地5と裏地6と、図示されない縫い糸、芯地、ラベル、及びカラークロスの水洗いによる寸法変化率が全て1.5%以下であることに加えて、L−システインとN−アセチル−L−システインと炭酸水素ナトリウムとを含む水溶液を用いて縫い目と折り目とその近傍に型付け加工を施していることによって、家庭用洗濯機で複数回洗濯を行った場合であっても、型くずれとシームパッカリングとが防止され、美しい外観形状が保たれることが明らかとなった。
尚、本実施例の上着1は、洗濯用ネットに入れることなく強水流で洗濯しても型くずれやシームパッカリングが生じないことが確認されているが、洗濯ネットに形を整えて収容した状態で、弱水流で洗濯して短時間脱水することにより、さらに生地の耐久年数を延ばすことができ、型くずれしない状態で永く着用が可能となる。
以下に、図3及び図4を参照しつつ、本考案の第二実施例である上着1とズボン2とから構成された本考案に係るスーツについて、詳細に説明する。本実施例のスーツを構成するズボン2の正面図を図3に示し、ズボン2の背面図を図3に示す。上着1の構成は第一実施例と同一であるため、重複説明を割愛する。
本実施例のズボン2は、上着1と同一の表地5と裏地6とを備えている。本実施例のズボン2は、表地5と裏地6の水洗い前の状態と水洗い後の状態との間の寸法変化率が全て1.5%以下である。また本実施例のズボン2には、付属品として、図示されない縫い糸と、ベルト芯地と、ラベル等が用いられているが、これらの付属品が全て、水洗い前の状態と水洗い後の状態との間の寸法変化率が1.5%以下の素材を用いて構成されている。またズボン2の表地5と裏地6の全ての縫い代の周縁部には、オーバーロックミシンによる縁かがり加工が行われていることにより、家庭用洗濯機による水洗いを繰り返し行った後でも、全体の型くずれを防ぐことが可能となっている。
本実施例のズボン2は、縫い目と縫い目とその周辺領域とに、上着1と同様の型付け加工を施していることによって、水洗い後のシームパッカリングが防止されている。本実施例のズボン2の型付け加工に用いられる水溶液は、上着1の型付け加工に用いた水溶液と同一組成のL−システインとN−アセチル−L−システインと酸水素ナトリウムとを溶解させた水溶液であり、加熱プレスの条件も同一である。
本実施例のズボン2における型付け加工を施す位置を、図3と図4を用いて詳細に説明する。ズボン2の型付け加工を施す場所は、図3と図4において二点鎖線で示される折り目と縫い目の周辺領域である。縫い目とその周辺としては、内股縫い線とその近傍の領域25と、脇縫い線とその近傍の領域26とに加工が施される。折り目とその周辺としては、クリース(折り目)21,22と、タックとその近傍の領域24とに加工が施される。ズボン2の型付け加工では、まずこれらの領域に、L−システインとN−アセチル−L−システインと炭酸水素ナトリウムとを含む水溶液を、裏側からスプレー又は刷毛による塗布を行って浸透させる。そしてズボン2が水溶液によってまだ湿潤しており、表地5の縫い代を割った状態で、100℃±3℃の温度範囲での加熱プレスを行うことによってズボン2の成形を行う。この型付け加工によって、ズボン2の表地5は、複数回水洗いを行ってもシャープな折り目が保たれ、縫い代は割られた状態で安定する。一旦表地5の縫い目と折り目と縫い代に記憶された形状は、複数回水洗いを行っても変形することなく保たれる。
本実施例におけるズボン2について、ファスナーを閉めて四つ折りに折りたたんだ状態で、洗濯ネットを使用せずに、図7に示す弱水流コースによる洗濯を模した実験を1回と、強水流コースによる洗濯を模した実験を5回行った。その後、ズボン2を腰吊りで乾燥し、スチームアイロンを掛けた後、破損と、外観と、寸法変化率の3項目を評価した。破損については、ズボン2の表側と裏側の両側について、前端線、しり縫い、脇縫い、ポケット、ベルト部を特に目視にて観察し、全体に破れやホツレが1箇所も無いことを確認した。外観については、ズボン2を腰吊りの状態として、予め判定用に撮影しておいた実験を行う前のズボン2の写真との間で目視による比較を行って、折り目の歪み、型くずれ、シームパッカリングが全く発生しておらず、着用に支障がないことを確認した。寸法変化率については、ズボン丈と、内股下丈と、ウエスト幅と、膝幅と、裾幅について、実験前のズボン2の寸法と実験後のズボン2の寸法とを比較したところ、これらの5箇所の寸法変化がいずれも1.5%以下であることから、水洗い洗濯による寸法変化率が1.5%以下であることを確認した。
このように、本実施例のスーツのズボン2は、表地5と裏地6と、図示されない縫い糸、芯地、ラベル、及びカラークロスに、水洗い前の状態と水洗い後の状態との間の寸法変化率が全て1.5%以下である素材が用いられていることに加えて、L−システインとN−アセチル−L−システインと炭酸水素ナトリウムとを含む水溶液を用いた加熱プレスによる縫い目と折り目とその近傍の領域への型付け加工を施していることによって、家庭用洗濯機で複数回洗濯を行った場合であっても、折り目がシャープに保たれると共に、型くずれとシームパッカリングとが防止され、美しい外観形状が保たれることが明らかとなった。
本実施例では、上着とスカート3から構成された本考案に係るスーツについて、図5,6を参照しつつ、詳細に説明する。本実施例のスーツを構成するスカート3の正面図を図5に示し、背面図を図6に示す。
本実施例の上着は、表地の素材以外は第一実施例の上着1と全て同一の構成を備えており、同一の型付け加工が施されているので、表地以外の構成と加工に関する重複説明を割愛する。本実施例の上着の表地には、水洗い前の状態と水洗い後の状態との間の寸法変化率が全て1.5%以下の毛(ウール)100%の生地が使用されている。またスカート3の表地7には、上着1と同一の毛100%の表地が使用されている。毛100%で構成された表地の組織には多くのシスチンが存在するために、実施例1の上着1と同様に、本考案に係る型付け加工が施されていることによって、型くずれとシームパッカリングとが防止されて、美しい外観形状を保つことが可能である。
本考案に係るスカート3は、表地7に、水洗い前の状態と水洗い後の状態との間の寸法変化率が1.5%以下となる防縮加工を施された素材が使用されている。また本実施例のスカート3には、図示されない縫い糸と、ベルト芯地と、ラベル等の付属品が用いられているが、これらの付属品は全て、水洗い前の状態と水洗い後の状態との間の寸法変化率が全て1.5%以下の素材を用いて構成されている。これにより、本実施例のスカート3は、家庭用洗濯機による水洗いを繰り返し行った後でも、全体の型くずれを防ぐことが可能となっている。またスカート3の全ての縫い代の周縁部には、オーバーロックミシンによる縁かがり加工が行われている。
本実施例のスカート3は、脇縫い線とその近傍の領域32と、後ろ中心線のファスナー下の部分からベントまでの近傍の領域33とに、実施例1の上着1と同様の型付け加工が施されている。このとき、表地7の縫い代が割られた形状を維持していることによって、水洗い後のシームパッカリングが防止される。本実施例のスカート3の型付け加工に用いられる水溶液は、実施例1の上着1に用いた水溶液と同一組成のL−システインとN−アセチル−L−システインと酸水素ナトリウムとを溶解させた水溶液であり、加熱プレスの条件も同一である。
本実施例におけるスカート3について、図7に示す弱水流コースによる洗濯を模した実験を1回と、強水流コースによる洗濯を模した実験を5回行った。その後、スカート3を腰吊りにして乾燥し、スチームアイロンを掛けた後、破損と、外観と、寸法変化率の3項目を評価した。破損については、スカート3の表側と裏側の両方の、縫い目とスリット部分とベルト部とを特に目視にて観察し、全体に破れやホツレが1箇所も無いことを確認した。外観については、スカート3を腰吊りの状態として、予め判定用に撮影しておいた実験を行う前のスカート3の写真と比較して、スリットの歪み、型くずれ、シームパッカリングが全く発生していないことを確認した。寸法変化率については、スカート丈と、ウエスト幅と、腰幅と、裾幅について、実験前のスカート3の寸法と実験後のスカート3の寸法とを比較したところ、これらの4箇所の寸法変化がいずれも1.5%以下であり、洗濯後の寸法変化率が1.5%以下であることを確認した。
このように、本実施例のスーツのスカート3は、毛100%の表地と、裏地と、図示されない縫い糸、芯地、ラベル等の水洗い前の状態と水洗い後の状態との間の寸法変化率が全て1.5%以下であることに加えて、L−システインとN−アセチル−L−システインと炭酸水素ナトリウムとを含む水溶液を用いた縫い目への型付け加工を施していることによって、家庭用洗濯機で複数回洗濯を行った場合であっても、シルエットがシャープに保たれると同時に縫い代は割られた状態で安定するために、型くずれとシームパッカリングとが防止され、美しい外観形状が保たれることが明らかとなった。
以上、実施例1〜3において本考案の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、実用新案登録請求の範囲を限定するものではない。実用新案登録請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。例えば実施例では、表地が毛50%、ポリエステル50%の生地とを用いた場合と、毛100%の生地を用いた場合について説明したが、毛とその他の繊維の配合比は適宜変更することができる。また、上着とズボンとスカートの外観や縫いしろの形状は適宜変更することが可能である。