JP2023025447A - 素地調整鉄鋼製構造物の塩化物除去方法 - Google Patents
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Abstract
Description
鉄鋼製構造物上の保護塗膜の表面が水分で湿潤すると、水分が保護塗膜内部に浸透し、保護塗膜下の鉄鋼製構造物との界面に水層が形成され、保護塗膜の付着性が低下する。そして、保護塗膜下の水層中に酸素が存在すると、鉄鋼製構造物の表面に局部電池が形成され、アノード部では鉄イオン(Fe2+)が溶出して腐食が生じ、カソード部では電極反応により水酸化物イオン(OH-)が生成する。これらの電極反応生成物は保護塗膜下の水層に溶解するため、浸透圧の作用により、保護塗膜表面側の水分が保護塗膜下に侵入するのを促すことで、保護塗膜の膨れを生じる。そして、水分と同時に酸素も侵入するため、カソード部での電極反応が更に進行し、腐食電流が増加して鉄鋼製構造物の腐食が促進される。また、アノード反応生成物である鉄イオン(Fe2+)と、カソード反応生成物である水酸化物イオン(OH-)は、結合して不溶物を析出し、酸化が進行することで赤黄色のオキシ水酸化鉄や黒色酸化鉄となり、保護塗膜の膨れと劣化を助長する。
塩化物イオン(Cl-)の存在は、錆の進行を一層速める。素地調整後の鉄鋼製構造物表層に塩化物が残存したまま保護塗膜を形成すると、後に水の侵入に伴い、保護塗膜下に腐食促進物質である塩化物イオンが溶出する。その結果、保護塗膜下で腐食電流が流れやすくなり、同時に浸透圧の作用も大きくなるため、保護塗膜下への水分と溶存酸素の侵入が促進され、腐食が一層進行する。これにより、早期に保護塗膜の膨れと錆が発生し、保護塗膜の本来の防食機能を果たせないことになる。
橋梁や鉄塔等の鉄鋼製構造物を改修するにあたり、塗替え後に保護塗膜の膨れと錆が早期に再発するのを防ぐためには、素地調整した後も鉄鋼製構造物表層に残存している塩化物を、十分に除去してから塗替え塗装を実施する必要がある。そこで、本願発明者は、素地調整した後の鉄鋼製構造物に、水と水溶性高分子を含有する水性湿潤剤を塗布し、鉄鋼製構造物表面に保水層を形成することで、鉄鋼製構造物表層に残存している塩化物が溶解し、解離した塩化物イオンが水性湿潤剤中に溶出することを見出した。
本発明で使用する水性湿潤剤は、水と水溶性高分子とを混合して得ることができる。
水溶性高分子は、水に溶解して水性湿潤剤に適度な粘度を付与するものである。これにより、水性湿潤剤は一定の保水性を有するジェル状になり、例え鉄鋼製構造物のほぼ垂直面に塗布しても所定時間留めておくことができる。水溶性高分子の具体例としては、高分子の構造ユニットに水酸基及びカルボキシル基のいずれか一方、又は双方を有するものであればよい。例えば、メチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、メチルヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース、グアーガム、カラギーナン、アルギン酸、キサンタンガム、澱粉、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリアクリル酸、水溶性ポリウレタン等、及び、これらの変性物を挙げることができる。これらの水溶性高分子は、一種のみを単独使用することもできるし、二種以上を混用することもできる。
水性湿潤剤は、陰イオン交換形層状顔料を含有することで、更に塩化物イオン除去効果を高めることができる。陰イオン交換形層状顔料とは、アニオン交換機能を有する層状複水酸化物に分類される化合物、及び、その焼成物であり、2種以上の2価及び3価の金属を含む水酸化物層又は酸化物層を有しており、その層間に陰イオンを挟む構造を形成することが可能である。この特性を利用し、外部に存在する塩化物イオンを層間に取り込んで固定化することができる。陰イオン交換形層状顔料としては、ハイドロタルサイト及びその焼成物であるMg-Al酸化物、又は、ハイドロカルマイト等を挙げることができる。中でも、ハイドロタルサイトの焼成物であるMg-Al酸化物が好ましい。一般的なハイドロタルサイトは、炭酸イオンをインターカレートしており、酸性雰囲気でないと塩化物イオンと置換しにくい。これに対しハイドロタルサイトの焼成物は、水溶液中で層状複水酸化物構造を再生し、中性雰囲気であっても塩化物イオンをインターカレートできるからである。また、ハイドロタルサイト及びハイドロカルマイトの場合、いずれも亜硝酸イオンをインターカレートしたものが、亜硝酸イオンと交換して塩化物イオンを吸着し、さらに放出された亜硝酸イオンが防錆効果を有するため、より好ましい。
水性湿潤剤は、水を撹拌しながら水溶性高分子を徐々に水中に投入して均一に分散させた後、十分に溶解するまで撹拌することで調製できる。水溶性高分子が粉末状の場合、水溶性高分子粉末を一度に水中に投入すると、膨潤した水溶性高分子の粒子同士が凝集してその周囲に被膜を形成し、継粉(いわゆる“ダマ”)と呼ばれる固まりができてしまい、水への溶解性が悪化することがある。そこで、必要に応じて水溶性高分子粉末をアルコール等の親水性溶剤によって事前に湿潤させておくことも好ましい。
水性湿潤剤は、橋梁や鉄塔等の鉄鋼製構造物を塗り替える際に、劣化した既存の保護塗膜や腐食箇所に対して、物理的ケレンによる素地調整を実施した後、素地調整面に塗布する。水性湿潤剤の塗布方法は特に制限されず、代表的には植毛ローラーや多孔質スポンジローラー等を用いたローラー塗布のほか、刷毛塗り、及びスプレーや噴射機等を用いた噴射塗布などを例示できる。このとき、水性湿潤剤は適度に流動性が抑制された粘度を有するため、鉄鋼製構造物表面に付着したまま留まる。また、水性湿潤剤は保水性が良好であり、水分が蒸発し難く、長時間に渡り湿潤状態が保たれる。
以下の手順1~6により、試験用基材である錆鋼板を作製した。
手順1:基材は、JIS G 3101に規定する構造用鋼板SS400(サイズ:縦150mm×横70mm×厚さ3.2mm)を用い、錆させる側の表面を、JIS K 5551の7.14(サイクル腐食性)に準じてブラスト処理する。
手順2:基材の裏面及び側面に、融解したパラフィン(JIS K 2235に規定する石油ワックスで、融点55~65℃のもの)を刷毛で塗付し、常温で固化させる。
手順3:JIS K 5600-7-9の5.(装置)に規定するサイクル腐食試験機を用い、同附属書1(サイクルD)の条件で基材のサイクル腐食を60サイクル実施し、表面に錆層を形成させた後、基材を試験機から取り出す。
手順4:基材を水道水に1~16時間浸漬して過度の含有塩分を除去した後、室温で24時間乾燥させる。
手順5:基材表面の脆弱な錆層をハンマーで叩いて除去し、更に金属光沢が出るまで表面をワイヤーブラシで擦り、表面に付着している粉状物を除去する。
手順6:手順1~5により作製した複数の錆鋼板の内1枚について、含有する塩化物イオン量が1000mg/m2を超えない程度になっていることを確認し、残りの錆鋼板を試験用基材として使用する。含有する塩化物イオン量が1000mg/m2を超える場合は、1000mg/m2を超えない程度となるまで上記手順4~6を繰り返し、錆鋼板を調製する。
錆鋼板を角型プラスチック容器(サイズ:縦18cm×横12cm×深さ6cm)の底に設置し、脱イオン水500mLを注ぎ入れ(試料負荷率21m2/m3)、容器を密閉後、室温で16時間浸漬する。錆鋼板を取り出し、脱イオン水に溶出した塩化物イオンの濃度(mg/L)を、塩素イオン測定用水質検知管「201SC」(光明理化学工業製)を用いて測定する。そして、塩化物イオンの溶出量(mg)を算出し、錆鋼板に含有する塩化物イオン量(mg/m2)を求める。尚、試料負荷率(m2/m3)は以下の計算式による。
試料負荷率(m2/m3)=錆鋼板の錆面の面積(m2)÷水の容量(m3)
錆鋼板上端の小部分の錆を研磨紙で削り落とし、通電するための配線を鰐口クリップで繋ぐ。次に、該錆鋼板を角型プラスチック容器(サイズ:縦18cm×横12cm×深さ6cm)の底に設置し、その上に接触しないように間隔を空けて、格子状の穴が開いたスペーサーを被せる。更に、その上に錆鋼板と同サイズのグラファイトシート電極を、錆鋼板の真上となるように固定し、通電するための配線を鰐口クリップで繋ぐ。最後に、グラファイトシート電極が完全に浸かるまで0.1規定の硝酸カリウム水溶液500mLを注ぎ入れ(試料負荷率21m2/m3)、容器を密閉する。この状態で、グラファイトシート側を陽極、錆鋼板側を陰極として、安定化電源から2.0Vの直流を流すことにより、錆中の塩化物イオンを溶出させ、電気泳動により陽極側に引き寄せる。10分間置きに通電を止め、溶出した塩化物イオンの濃度(mg/L)を、塩素イオン測定用水質検知管「201SC」により測定する。そして、塩化物イオンの濃度上昇がほぼ無くなるまで通電と測定を繰り返し、飽和溶出量(mg)から錆鋼板に含有する塩化物イオン量(mg/m2)を求める。
本発明による塩化物の除去性を評価するため、以下の手順で水性湿潤剤1~3を調製した。これらの原料と配合量(重量%)を表1に示す。
<水性湿潤剤1>
1Lポリカップに水を量り取り、撹拌装置で撹拌しながら水溶性高分子Aを少量ずつ添加して分散させ、次に30%アンモニア水を添加して均一に溶解させた。これにポリオール類を加えて約1時間撹拌し、水性湿潤剤1を調製した。
<水性湿潤剤2>
1Lポリカップに水を量り取り、撹拌装置で撹拌しながら水溶性高分子Aを少量ずつ添加して分散させ、次に30%アンモニア水を添加して均一に溶解させた。これに陰イオン交換形層状顔料とポリオール類を順次加えて約1時間撹拌し、水性湿潤剤2を調製した。
<水性湿潤剤3>
1Lポリカップに水を量り取り、撹拌装置で撹拌しながら水溶性高分子Bを少量ずつ添加して分散させ、次に30%アンモニア水を添加して均一に溶解させた。これに陰イオン交換形層状顔料を加えて約1時間撹拌し、水性湿潤剤3を調製した。
水溶性高分子A:ヒドロキシエチルセルロース(住友精化(株)製「BG15」)
水溶性高分子B:ヒドロキシプロピルグアーガム(三昌(株)製「MYPRO HPG8111」)
陰イオン交換形層状顔料:合成ハイドロタルサイトの焼成品(協和化学工業(株)製「KW-2000」)
ポリオール類:ポリオキシプロピレングリコール(三洋化成工業(株)製「サンニックスPP-1000」)
<塩化物イオン除去性>
水性湿潤剤による塩化物除去性は、試験用基材である錆鋼板に水性湿潤剤1~3を塗布し、時間を変えて放置した後、水性湿潤剤中に溶出した塩化物イオン量、及び、該基材に残存している塩化物イオン量を測定し、その合計量に対する溶出量の比率から評価した。これらの実施例及び比較例について、具体的な試験手順を以下に示し、試験結果を表2に示す。
(実施例1、2及び比較例1)
以下の手順1~6により試験を実施した。
手順1:試験用基材である錆鋼板に、水性湿潤剤を塗布量が4.2g(0.4kg/m2)となるように刷毛で塗布し、直ちに全体を隙間なく透明プラスチックフィルム(旭化成ホームプロダクツ(株)製「サランラップ」(登録商標))で包み、密封する。規定時間放置後、試験用基材を開封して取り出し、塗布されている水性湿潤剤を紙片ですくい取り、試料として100ccポリカップに2.0g採取する。
手順2:試験用基材に残存している水性湿潤剤を吸水紙で拭き取る。
手順3:手順2の試験用基材に対して、更に、アルカリ水を噴霧しながら残剤を吸水紙で拭き取って洗浄する。該アルカリ水は、セスキ炭酸ナトリウム((株)丹羽久製「セスキ炭酸ソーダ」)を脱イオン水に溶解してpH10.3に調製する。
手順4:手順1で採取した試料を脱イオン水で50倍希釈した試験液について、塩素イオン測定用水質検知管「201SC」を用いて塩化物イオン濃度(ppm)を測定する。これにより希釈前の塩化物イオン濃度(ppm)を算出し、水性湿潤剤の塗布量(0.4kg/m2)から、1m2当りに換算した溶解塩化物イオン量(mg/m2)を求め、これを試験用基材からの溶出塩化物イオン量(mg/m2)と見なす。
手順5:手順3で洗浄処理した試験用基材の残存塩化物イオン量(mg/m2)を、既述の浸漬法により測定する。
手順6:試験用基材の塩化物イオン含有量(mg/m2)及び塩化物イオン除去率(%)を次式により求める。
塩化物イオン含有量(mg/m2)=溶出塩化物イオン量+残存塩化物イオン量
塩化物イオン除去率(%)=(溶出塩化物イオン量÷塩化物イオン含有量)×100
実施例1、2及び比較例1における手順3を実施しなかった以外は、実施例1等と同様の手順によって試験を実施し、塩化物イオン除去率(%)を求めた。
実施例1等における手順4までと同様の手順によって試験を実施し、水性湿潤剤の溶解塩化物イオン量(mg/m2)を求めた。次に、該試験液に炭酸水素ナトリウムを0.01g添加し、10分間撹拌して溶解させることにより、陰イオン交換形層状顔料に吸着している塩化物イオンを炭酸イオンに置換し、脱着した塩化物イオンを該試験液に溶出させた。その上で塩素イオン測定用水質検知管「201SC」を用いて塩化物イオン濃度(ppm)を測定した。そして、希釈前の塩化物イオン濃度(ppm)を算出し、水性湿潤剤の塗布量(0.4kg/m2)から、1m2当りに換算した溶出塩化物イオン量(mg/m2)を求めた。更に、溶出塩化物イオン量(mg/m2)から溶解塩化物イオン量(mg/m2)を差し引くことにより、吸着塩化物イオン量(mg/m2)を算出した。その後は、実施例1等における手順5から手順6までと同様の手順によって試験を実施し、塩化物イオン除去率(%)を求めた。尚、塩化物イオンの脱着に要する炭酸水素ナトリウム量は、陰イオン交換形層状顔料に対する塩化物イオンの飽和吸着量を事前に測定し、炭酸イオンが飽和吸着した塩化物イオンと全量置換する当量以上となるように定めた。
塩化物除去性は、塩化物イオン除去率から以下の基準により評価した。
◎:90%以上
○:75%以上、90%未満
△:60%以上、75%未満
×:60%未満
Claims (2)
- 素地調整した後も塩化物が表層に残存している鉄鋼製構造物に対して、水と水溶性高分子とを含有する水性湿潤剤を素地調整面に塗布し、
未乾燥のまま4時間以上放置することで塩化物が溶解して生じた塩化物イオンを前記水性湿潤剤中に溶出させた後、前記水性湿潤剤を除去する、素地調整鉄鋼製構造物の塩化物除去方法。 - 前記水性湿潤剤が、さらに陰イオン交換形層状顔料を含有する、請求項1に記載の素地調整鉄鋼製構造物の塩化物除去方法。
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