1.第1実施形態
(合金部材200の構成)
本実施形態に係る合金部材200は、少なくとも2つの電気化学セルが積層されたスタック(以下、「電気化学セルスタック」という。)に用いられる。電気化学セルとは、化学エネルギーを電気エネルギーに変えるための装置、或いは、電気エネルギーを化学エネルギーに変えるための装置であって、全体的な酸化還元反応から起電力が生じるように一対の電極が配置されたものの総称である。電気化学セルとしては、例えば、プロトンをキャリアとする燃料電池、二次電池(ニッケル亜鉛二次電池、亜鉛空気二次電池など)、水蒸気から水素と酸素を生成する電解セルなどが挙げられる。
図1は、第1実施形態に係る合金部材200の断面図である。図1では、合金部材200の表面付近が拡大して図示されている。
合金部材200は、電気化学セルから電流を収集するための集電部材、電気化学セルを隔離するためのセパレータ、電気化学セルにガスを供給するためのマニホールドなどに用いられる。合金部材200は、基材210と、酸化クロム膜211とを備える。
基材210は、板状に形成される。基材210は、平板状であってもよいし、曲板状であってもよい。基材210の厚みは特に制限されないが、例えば0.1〜2.0mmとすることができる。
基材210は、Cr(クロム)を含有する合金材料によって構成される。このような金属材料としては、Fe−Cr系合金鋼(ステンレス鋼など)やNi−Cr系合金鋼などを用いることができる。基材210におけるCrの含有率は特に制限されないが、4〜30質量%とすることができる。
基材210は、Ti(チタン)やAl(アルミニウム)を含有していてもよい。基材210におけるTiの含有率は特に制限されないが、0.01〜1.0at.%とすることができる。基材210におけるAlの含有率は特に制限されないが、0.01〜0.4at.%とすることができる。基材210は、TiをTiO2(チタニア)として含有していてもよいし、AlをAl2O3(アルミナ)として含有していてもよい。
図1に示すように、基材210は、表面210aと、複数の凹部210bとを有する。表面210aは、基材210の外側の表面である。基材210は、表面210aにおいて酸化クロム膜211に接合される。表面210aは、平坦に形成されていてもよいが、全体的或いは部分的に湾曲又は屈曲していてもよいし、微小な凹凸が形成されていてもよい。
凹部210bは、表面210aに形成される。凹部210bは、表面210aに形成された開口S2から基材210の内部に向かって延びる。凹部210b内には、後述する埋設部211b(「剥離抑制部」の一例)が埋設される。
凹部210bは、開口S2に近づくほど窄まっている。すなわち、凹部210bの幅は、開口S2付近で狭くなっている。開口S2の幅W1は、当該断面において、開口S2の縁を最短距離で結ぶ直線CLの長さである。開口S2の幅W1は特に制限されないが、例えば0.3〜30μmとすることができる。後述する埋設部211bに十分な強度を持たせることを考慮すると、幅W1は、0.5μm以上が好ましい。
なお、凹部210bの幅が開口S2付近で狭くなっている限り、凹部210bの形状は特に制限されない。
酸化クロム膜211は、基材210の表面上に形成される。酸化クロム膜211は、基材210の表面の略全面を覆っていてもよいが、基材210の表面の少なくとも一部を覆っていてもよい。酸化クロム膜211は、酸化クロムを主成分として含有する。
図1に示すように、酸化クロム膜211は、表面211aと、複数の埋設部211bとを有する。表面211aは、合金部材200の外表面である。図1は、酸化クロム膜211の表面211aに垂直な断面である。
埋設部211bは、酸化クロム膜211が基材210から剥離することを抑制するための「剥離抑制部」の一例である。埋設部211bは、基材210の凹部210b内に埋設される。埋設部211bは、凹部210bの全体に充填されていてもよいし、凹部210bの一部分に配置されていてもよい。
埋設部211bは、凹部210bの開口S2においてくびれている。すなわち、埋設部211bは、開口S2付近で局所的に細くなっている。このようなボトルネック構造によって、埋設部211bが凹部210bに係止されアンカー効果が生じる。その結果、基材210に対する酸化クロム膜211の密着力が向上して、酸化クロム膜211が基材210から剥離することを抑制できる。よって、クロムが基材210から外部に蒸発することを抑制できるため、電気化学セルの電極がクロム被毒によって劣化してしまうことを抑制できる。また、合金部材200が電気化学セルから電流を収集するための集電部材として用いられる場合には、基材210と酸化クロム膜211との間の電流パスが減少することを抑制できるため、合金部材200の電気抵抗が増大することを抑制できる。
本実施形態において、「埋設部211bが開口S2においてくびれている」とは、酸化クロム膜211の表面211aに垂直な断面において、埋設部211bの幅W2が開口S2の幅W1よりも大きいことを意味する。埋設部211bの幅W2とは、開口S2の幅W1を規定する直線CLに平行な方向における埋設部211bの最大寸法である。
(埋設部211bのサイズ)
複数の埋設部211bの平均深さは、0.7μm以上が好ましい。これにより、複数の埋設部211b全体として十分なアンカー効果を発揮させることができるため、酸化クロム膜211の基材210に対する密着力を特に向上させることができる。その結果、酸化クロム膜211が基材210から剥離することをより抑制できる。
複数の埋設部211bの「平均深さ」とは、FE−SEM(電界放射型走査型電子顕微鏡)によって1000−20000倍に拡大した少なくとも1枚の画像から無作為に選出した10個の埋設部211bそれぞれの深さD1を算術平均した値である。埋設部211bの深さD1とは、開口S2の幅W1を規定する直線CLに垂直な方向における埋設部211bの最大寸法である。ただし、深さD1が0.1μm未満の埋設部211bは、アンカー効果が軽微であるため、複数の埋設部211bの平均深さを算出する際には除外するものとする。
複数の埋設部211bの平均深さは、1.0μm以上が好ましく、1.5μm以上がより好ましい。また、複数の埋設部211bの平均深さは、30μm以下が好ましい。
各埋設部211bの深さD1は特に制限されないが、例えば0.5〜30μmとすることができる。平均深さの算出に用いた10個の埋設部211bそれぞれの深さD1の標準偏差は、0.2以上であることが好ましい。これにより、複数の埋設部211b全体としてのアンカー効果をより向上させることができる。平均深さに対する深さD1の標準偏差の比率(いわゆる、変動係数)は特に制限されないが、例えば0.1〜0.95とすることができ、0.2以上0.9以下が好ましい。
平均深さの算出に用いた10個の埋設部211bにおいて、深さD1の最大値と最小値との差は特に制限されないが、例えば0.5〜29μmとすることができ、1〜25μmが好ましい。
また、複数の埋設部211bの平均幅は、特に制限されないが、例えば0.5〜35μmとすることができる。複数の埋設部211bの「平均幅」とは、平均深さの算出に用いた10個の埋設部211bそれぞれの幅W2を算術平均した値である。
複数の埋設部211b全体としてのアンカー効果をより向上させることを考慮すると、複数の埋設部211bの平均幅は、0.5μm以上が好ましく、0.7μm以上がより好ましい。
各埋設部211bの幅W2は特に制限されないが、例えば0.5〜35μmとすることができる。各埋設部211bのアンカー効果をより向上させることを考慮すると、埋設部211bの幅W2は、開口S2の幅W1の101%以上が好ましく、105%以上がより好ましく、110%以上が特に好ましい。
平均幅の算出に用いた10個の埋設部211bそれぞれの幅W2の標準偏差は、0.2以上であることが好ましい。これにより、複数の埋設部211b全体としてのアンカー効果をより向上させることができる。平均幅に対する幅W2の標準偏差の比率(いわゆる、変動係数)は特に制限されないが、例えば0.1〜0.95とすることができ、0.2以上0.9以下が好ましい。
平均幅の算出に用いた10個の埋設部211bにおいて、幅W2の最大値と最小値との差は特に制限されないが、例えば0.5〜34μmとすることができ、1〜30μmが好ましい。
基材210の表面210aに垂直な断面において、表面210aに平行な面方向における埋設部211bの存在個数は、3個/10mm以上であることが好ましい。これによって、酸化クロム膜211にかかる応力を分散させることができるため、酸化クロム膜211に軽微な欠陥が生じることを抑制できる。
面方向における埋設部211bの「存在個数」とは、酸化クロム膜211の表面211aに垂直な断面において、基材210の表面210aの単位長さ当たりに設けられた埋設部211bの個数である。埋設部211bの存在個数は、上述したFE−SEM画像上において、埋設部211bの全個数を表面210aの全長(延べ長さ)で除した値である。埋設部211bの個数を数える場合、FE−SEM画像に一部分だけ写っている埋設部211bも1個として数える。ただし、深さD1が0.5μm未満の埋設部211bは、応力分散効果への寄与が小さいため、埋設部211bの存在個数を算出する際には除外するものとする。
面方向における埋設部211bの存在個数は、100個/mm以下であることがより好ましい。これによって、凹部210b同士が連結してしまうことを抑制できるため、各凹部210bの形状を長期間にわたって維持することができる。
複数の埋設部211bの平均円相当径は特に制限されないが、0.5〜35μmとすることができる。複数の埋設部211bの「平均円相当径」とは、平均深さの算出に用いた10個の埋設部211bそれぞれの円相当径を算術平均した値である。「円相当径」とは、上述したFE−SEM画像上において、埋設部211bと同じ面積を有する円の直径である。埋設部211bの面積を求める際、埋設部211bの基端部は、開口S2の幅W1を規定する直線CLによって規定されるものとする。
(埋設部211bの角度)
図2は、埋設部211bの一例を拡大して示す断面図である。図2では、酸化クロム膜211の表面211aに垂直な断面が図示されている。
図2に示すように、酸化クロム膜211の表面211aに垂直な断面において、表面210aに対して埋設部211bの深さ方向TD1が成す角度θは、鋭角であることが好ましい。すなわち、埋設部211bは、表面210aに対して傾斜している。これにより、埋設部211bが表面210aに対して真っ直ぐ設けられている場合に比べて大きなアンカー効果を発揮させることができるため、酸化クロム膜211の基材210に対する密着力を向上させることができる。その結果、酸化クロム膜211が基材210から剥離することをより抑制できる。
「表面210aに対して埋設部211bの深さ方向TD1が成す角度θ」は、以下のように規定される。まず、図2に示すように、FE−SEMによって1000−20000倍に拡大した画像上で、開口S2の幅W1を規定する直線CL1によって埋設部211bの領域を画定する。次に、埋設部211bを挟む2本の平行接線PLを180度回転させたときに、2本の平行接線PL間の距離が最大になる位置に固定された2本の平行接線PLに垂直な方向を「深さ方向TD1」に設定する。このときの2本の平行接線PL間の距離が、埋設部211bの所謂「最大フェレー径」である。次に、直線CL1が表面210aと交差する2点を基準点P1,P2に設定する。次に、表面210aのうち一方の基準点P1を起点とする100μmの範囲と、表面210aのうち他方の基準点P2を起点とする100μmの範囲とを用いて、最小二乗法による仮想的な近似直線CL2を引く。近似直線CL2は、角度θの算出のために用いられる表面210aである。すなわち、角度θの算出において、近似直線CL2が表面210aを示す。そして、この近似直線CL2に対する深さ方向TD1の角度が、表面210aに対して埋設部211bの深さ方向TD1が成す角度θである。
埋設部211bのアンカー効果をより向上させることを考慮すると、埋設部211bの深さ方向TD1が成す角度θは、89度以下が好ましく、85度以下がより好ましく、80度以下が更に好ましい。
図1に示すように、酸化クロム膜211が埋設部211bを複数有する場合、埋設部211bの深さ方向TD1が成す角度θは、埋設部211bごとに異なっていてもよいし、同じであってもよい。また、埋設部211bの深さ方向TD1は、埋設部211bごとに異なっていてもよいし、同じであってもよい。角度θ及び深さ方向TD1の少なくとも一方が埋設部211bごとに異なる場合、複数の埋設部211b全体としてのアンカー効果を顕著に向上させることができるため好ましい。
(凹部210bの外縁形状)
図3は、凹部210bの一例を拡大して示す断面図である。図3では、酸化クロム膜211の表面211aに垂直な断面が図示されている。
図3に示すように、凹部210bの外縁210Eの少なくとも一部は湾曲していることが好ましい。これにより、合金部材200の膨張時または収縮時に、凹部210bの外縁210Eのうち湾曲した領域に応力が分散されることで、局所的に応力が集中することを抑制できる。従って、凹部210b内に埋設された埋設部211bが破損することを抑制できるため、埋設部211bによるアンカー効果を長期間にわたって維持することができる。
凹部210bの外縁210Eは、開口S2の開口幅W1を規定する第1及び第2基準点P1,P2と、凹部210bの最大幅W3を規定する第3及び第4基準点P3,P4とを含む。
凹部210bの最大幅W3は、開口幅W1を規定する直線CLに平行な方向における凹部210bの最大寸法である。本実施形態において、凹部210bの最大幅W3は、上述した埋設部211bの幅W2と同じであるが、埋設部211bの幅W2と同じでなくてもよい。凹部210bの最大幅W3は特に制限されないが、例えば0.5〜35μmとすることができる。
凹部210bの外縁210Eは、第1基準点P1から第3基準点P3までの第1外縁部E1と、第3基準点P3から第4基準点P4までの第2外縁部E2と、第4基準点P4から第2基準点P2までの第3外縁部E3とを含む。
凹部210bの外縁210Eは、第1乃至第3外縁部E1〜E3が順次連なることによって構成される。第1外縁部E1は、凹部210bの一方側の側壁を示す。第2外縁部E2は、凹部210bの他方側の側壁を示す。第3外縁部E3は、凹部210bの底面を示す。
本実施形態では、第1乃至第3外縁部E1〜E3のそれぞれが、全体的に湾曲している。従って、第1乃至第3外縁部E1〜E3それぞれにおいて効果的に応力集中を抑制できるため、酸化クロム膜211の埋設部211bを全体的に保護することができる。
ただし、第1乃至第3外縁部E1〜E3の全てが湾曲している必要はなく、それらのうち少なくとも1つが湾曲していればよい。また、第1乃至第3外縁部E1〜E3のそれぞれは、直線状の領域を部分的に含んでいてもよい。
本実施形態において、第1外縁部E1と第2外縁部E2とは、第3基準点P3において滑らかに連なる。具体的には、第1外縁部E1と第2外縁部E2とが互いに湾曲しながら繋がっている。従って、応力が集中しやすい凹部210bの側壁と底面との境界における応力集中を効果的に抑制できるため、埋設部211bの破損をより抑制できる。
また、第2外縁部E2と第3外縁部E3とは、第4基準点P4において滑らかに連なる。具体的には、第2外縁部E2と第3外縁部E3とが互いに湾曲しながら繋がっている。従って、応力が集中しやすい凹部210bの側壁と底面との境界における応力集中を効果的に抑制できるため、埋設部211bの破損をより抑制できる。
また、第1外縁部E1と基材210の表面210aとは、第1基準点P1において滑らかに連なる。具体的には、第1外縁部E1と表面210aとが互いに湾曲しながら繋がっている。従って、応力が集中しやすい凹部210bの側壁と基材の表面210aとの境界における応力集中を効果的に抑制できるため、埋設部211bの破損をより抑制できる。
また、第3外縁部E3と基材210の表面210aとは、第2基準点P2において滑らかに連なる。具体的には、第3外縁部E3と表面210aとが互いに湾曲しながら繋がっている。従って、応力が集中しやすい凹部210bの側壁と基材の表面210aとの境界における応力集中を効果的に抑制できるため、埋設部211bの破損をより抑制できる。
本実施形態では、第2外縁部E2は、基材210側に張り出している。すなわち、凹部210bの底面は、基材210の内側に向かって凸状に形成されている。従って、凹部210bの底面付近における応力集中を効果的に抑制できるため、埋設部211bのうち特に破損しやすい先端部を効果的に保護することができる。
(合金部材200の製造方法)
まず、基材210の表面210aに複数の凹部を形成する。例えばショットピーニング、サンドブラスト又はウェットブラストを用いることによって、所定形状の凹部を効率的に形成することができる。この際、凹部の深さ及び角度を調整することによって、後工程で形成される埋設部211bの平均深さや角度θなどを制御できる。また、面方向における凹部の個数を調整することによって、面方向における埋設部211bの存在個数を制御できる。
次に、基材210の表面210a上でローラーを転がすことによって、凹部210cの開口S2周辺を平坦にしつつ、開口S2を狭くする。この際、ローラーによる押圧力を調整することによって、開口S2の幅W1を調整することができる。
次に、基材210の表面210a上に酸化クロムペーストを塗布して凹部210c内に酸化クロムペーストを充填した後、基材210を大気雰囲気で熱処理(800〜900℃、5〜20時間)することによって、基材210の表面210a上及び凹部210b内に酸化クロム膜211を形成する。これによって、凹部210c内に埋設された埋設部211bが形成される。
2.第2実施形態
第2実施形態に係る合金部材300について、図面を参照しながら説明する。図4は、第2実施形態に係る合金部材300の断面図である。図4では、合金部材300の表面付近が拡大して図示されている。
合金部材300は、基材210と、酸化クロム膜211とを備える。
基材210は、板状に形成される。基材210は、平板状であってもよいし、曲板状であってもよい。基材210の厚みは特に制限されないが、例えば0.1〜2.0mmとすることができる。
基材210は、Cr(クロム)を含有する合金材料によって構成される。このような金属材料としては、Fe−Cr系合金鋼(ステンレス鋼など)やNi−Cr系合金鋼などを用いることができる。基材210におけるCrの含有率は特に制限されないが、4〜30質量%とすることができる。
基材210は、Ti(チタン)やAl(アルミニウム)を含有していてもよい。基材210におけるTiの含有率は特に制限されないが、0.01〜1.0at.%とすることができる。基材210におけるAlの含有率は特に制限されないが、0.01〜0.4at.%とすることができる。基材210は、TiをTiO2(チタニア)として含有していてもよいし、AlをAl2O3(アルミナ)として含有していてもよい。
酸化クロム膜211は、基材210上に形成される。酸化クロム膜211は、基材210の少なくとも一部を覆う。酸化クロム膜211は、基材210の少なくとも一部を覆っていればよいが、基材210の略全面を覆っていてもよい。酸化クロム膜211は、酸化クロムを主成分として含有する。本実施形態において、組成物Xが物質Yを「主成分として含む」とは、組成物X全体のうち、物質Yが70重量%以上を占めることを意味する。酸化クロム膜211の厚みは特に制限されないが、例えば0.1〜20μmとすることができる。
ここで、基材210は、界面領域210aと内部領域210bとを含む。界面領域210aは、基材210のうち、基材210と酸化クロム膜211との界面S2から30μm以内の領域である。内部領域210bは、界面S2から30μm超離れた領域である。
基材210は、界面領域210aに形成された気孔213を有する。気孔213は、酸化クロム膜211が基材210から剥離することを抑制するための「剥離抑制部」の一例である。界面領域210aに気孔213が形成されていることによって、合金部材300の膨張時または収縮時に、酸化クロム膜211が基材210から剥離してしまうことを抑制できる。具体的には、基材210の界面領域210aに気孔213を配置することによって界面領域210aの柔軟性が向上するため、基材210と酸化クロム膜211との界面S2に生じる応力を緩和させることができる。その結果、酸化クロム膜211が基材210から剥離することを抑制できる。よって、クロムが基材210から外部に蒸発することを抑制できるため、電気化学セルの電極がクロム被毒によって劣化してしまうことを抑制できる。また、合金部材300が電気化学セルから電流を収集するための集電部材として用いられる場合には、基材210と酸化クロム膜211との間の電流パスが減少することを抑制できるため、合金部材300の電気抵抗が増大することを抑制できる。
図4に示すように、基材210は、気孔213を複数有することが好ましい。これによって、界面S2に生じる応力を広い範囲で緩和させることができるため、酸化クロム膜211の剥離をより抑制できる。
基材210が複数の気孔213を有する場合、各気孔213の間隔は特に制限されず、一定間隔でなくてよい。図4では、基材210の厚み方向に気孔213が1個ずつ配置されているが、厚み方向に2個以上の気孔213が配置されていてもよい。また、気孔213は、界面S2と接していてもよいし、界面S2から離れていてもよい。
基材210が複数の気孔213を有する場合、気孔213の平均円相当径は、0.5μm以上20μm以下であることが好ましい。気孔213の平均円相当径を0.5μm以上とすることによって、界面領域210aの柔軟性を十分に向上させて、界面S2に発生する応力を十分に緩和させることができる。また、気孔213の平均円相当径を20μm以下とすることによって、各気孔213の周辺に局所的な変形が生じることを抑制できるため、酸化クロム膜211の剥離をより抑制できる。
気孔213の円相当径とは、厚み方向における界面領域210aの断面をFE−SEM(Field Emission − Scanning Electron Microscope:電界放射型走査型電子顕微鏡)で1000−20000倍に拡大した画像において、各気孔213と同じ面積を有する円の直径である。平均円相当径とは、上述したFE−SEM画像上において無作為に選出した10個の気孔213の円相当径を算術平均した値である。平均円相当径を求める場合には、10箇所のFE−SEM画像から気孔径0.1μmを超える10個の気孔213を無作為に選出するものとする。
気孔213の平均アスペクト比は、3以下であることが好ましい。これによって、気孔213をより変形しやすくすることができる。気孔213のアスペクト比とは、気孔213の最大フェレー径を最小フェレー径で除した値である。最大フェレー径は、上述したFE−SEM画像上において、平行な2本の直線間の距離が最大になるように気孔213を挟んだときの当該2本の直線間の距離である。最小フェレー径は、上述したFE−SEM画像上において、平行な2本の直線間の距離が最小になるように気孔213を挟んだときの当該2本の直線間の距離である。平均アスペクト比とは、平均円相当径の測定対象とした10個の気孔213のアスペクト比を算術平均した値である。
面方向における気孔213の存在個数は、5個/mm以上であることが好ましい。これによって、界面領域210aの柔軟性をより向上させることで界面S2に生じる応力をより緩和させることができるため、酸化クロム膜211に軽微な欠陥が生じることを抑制できる。また、面方向における気孔213の存在個数は、100個/mm以下であることがより好ましい。これによって、気孔213どうしが連結してしまうことを抑制できるため、気孔213の形状をより制御し易くなる。
気孔213の存在個数とは、単位長さ当たりに配置された気孔213の個数である。気孔213の存在個数は、上述したFE−SEM画像上において、気孔213の全数を界面S2の全長で除した値である。気孔213の全数を数える場合、FE−SEM画像に一部分だけで写っている気孔213も1個として数える。
なお、図4では、内部領域210bに気孔213が形成されていないが、内部領域210bにも気孔213が形成されていてもよい。
(気孔213内の金属酸化物214)
図4に示すように、基材210は、気孔213の内表面上に配置される金属酸化物214を有していることが好ましい。
金属酸化物214は、気孔213の内表面のうち少なくとも一部を覆っている。これによって、酸化クロム膜211の一部が基材210の内部に向かって延びるように成長する現象(以下、「異常酸化現象」という。)が発生したとしても、金属酸化物214の形態を維持できるため、その結果として気孔213の形状を維持することができる。従って、気孔213による応力緩和効果を長期間に亘って維持することができる。
異常酸化現象とは、例えば、酸化クロム膜211に微小な欠陥が存在する場合に、基材210の酸化が局所的に促進されることによって生じる現象である。異常酸化現象が発生した場合、気孔213が金属酸化物214で保護されていなければ、基材210のうち気孔213周辺が酸化され体積膨張することによって、気孔213が縮小或いは消滅してしまう。
金属酸化物214は、例えば、単一の金属元素の酸化物(FeO、Fe2O3、Fe3O4、Cr2O3、CaO、Al2O3、MnO、Mn3O4、SiO2、Al2O3、TiO2)、および複数の金属元素からなる複酸化物((Fe,Cr)3O4,(Mn,Cr)3O4)などによって構成することができるが、これに制限されない。
金属酸化物214は、基材210の主成分元素より平衡酸素圧の低い元素(以下、「低平衡酸素圧元素」という。)の酸化物であることが好ましい。低平衡酸素圧元素は、基材210の主成分元素よりも酸素との親和性が高いため、基材210内部でより安定した酸化物形態を維持することができる。
低平衡酸素圧元素としては、例えば、Ti、Al、Ca、Si、Mn、Crなどが挙げられるが、これに限られない。低平衡酸素圧元素の酸化物としては、TiO2、Al2O3、CaO、SiO2、酸化マンガン(例えば、MnO、Mn3O4)、(Mn,Cr)3O4、及び酸化クロム(例えば、CrO、Cr2O3)などから選択される少なくとも1種が挙げられるが、これに限られない。
金属酸化物214における金属の含有率は、全構成元素のうち酸素を除く元素の総和に対する各元素のモル比をカチオン比と定義した場合、カチオン比で0.3以上が好ましい。これによって、異常酸化現象による気孔213の縮小を抑制することができる。金属酸化物214における金属の含有率は、カチオン比で0.4以上がより好ましく、0.5以上が特に好ましい。
金属酸化物214における金属の含有率は、気孔213の内表面上に配置された金属酸化物214から無作為に選出した10箇所において、STEM(Scanning Transmission Electron Microscope:走査型透過電子顕微鏡)のEDXを用いて金属の含有率をカチオン比で測定し、10箇所における測定値を算術平均することによって得られる。
金属酸化物214は、金属酸化物を1種だけ含有していてもよいし、2種以上含有していてもよい。金属酸化物214が金属酸化物を2種以上含有している場合、各金属酸化物どうしが混ざり合った混合体を構成していてもよい。
金属酸化物214は、金属酸化物214は、気孔213の内表面上に分散して配置された粒子の形態で存在してもよいし、実質的に膜を形成していてもよい。従って、金属酸化物214は、気孔213の内表面の全面を覆っていてもよいし、気孔213の内表面の一部のみを覆っていてもよい。金属酸化物214が気孔213の内表面の一部のみを覆っている場合であっても、金属酸化物214が存在しない場合に比べて、気孔213の形状を維持する効果が得られる。金属酸化物214が膜を形成している場合、金属酸化物214の厚みは特に制限されないが、例えば、0.1〜5μmとすることができる。
(気孔213から延びる延伸部215)
図4に示すように、基材210は、気孔213から延びる延伸部215を有することが好ましい。延伸部215の略全体は基材210に埋設されており、その一端部が気孔213の内表面に露出している。延伸部215は、基材210の主成分元素より平衡酸素圧の低い元素(以下、「低平衡酸素圧元素」という。)の酸化物を含有する。低平衡酸素圧元素は、基材210の主成分元素よりも酸素との親和力が高いため、基材210を透過して気孔213に溜まる酸素を延伸部215に優先的に取り込むことができる。従って、基材210のうち気孔213を取り囲む部分が酸化することを抑制できるため、気孔213の形状を長期間に亘って維持することができる。その結果、気孔213による応力緩和効果を長期間に亘って維持することができる。
低平衡酸素圧元素としては、例えば、Ti、Al、Ca、Si、Mn、Crなどが挙げられるが、これに限られない。低平衡酸素圧元素の酸化物としては、酸化マンガン(例えば、MnO、Mn3O4)、(Mn,Cr)3O4、及び酸化クロム(例えば、CrO、Cr2O3)などTiO2、Al2O3、CaO、SiO2、酸化マンガン(例えば、MnO、Mn3O4)、(Mn,Cr)3O4、及び酸化クロム(例えば、CrO、Cr2O3)などから選択される少なくとも1種が挙げられるが、これに限られない。
延伸部215における低平衡酸素圧元素の含有率は、全構成元素のうち酸素を除く元素の総和に対する各元素のモル比をカチオン比と定義した場合、カチオン比で0.3以上が好ましい。これによって、気孔213内の酸素を優先的に延伸部215に取り込むことができる。延伸部215における低平衡酸素圧元素の含有率は、カチオン比で0.4以上がより好ましく、0.5以上が特に好ましい。
延伸部215における低平衡酸素圧元素の含有率は、STEMのEDXを用いて、気孔213から延びる延伸部215の全長を11等分する10点において低平衡酸素圧元素の含有率をカチオン比で測定し、10点における測定値を算術平均することによって得られる。
延伸部215は、低平衡酸素圧元素の酸化物を1種だけ含有していてもよいし、2種以上含有していてもよい。延伸部215が低平衡酸素圧元素の酸化物を2種以上含有している場合、2種以上の酸化物は互いに混ざり合って混合体を構成していてもよい。
図4に示すように、延伸部215は、酸化クロム膜211から離れる方向に向かって、気孔213から延びていることが好ましい。すなわち、延伸部215は、気孔213から酸化クロム膜211と反対向きに延びるのが好ましい。これにより、延伸部215が成長して基材210から露出し、酸化クロム膜211と接触することを抑制できるため、基材210と酸化クロム膜211との密着性を維持することができる。
本実施形態において延伸部215は、界面S2に対して垂直な厚み方向に沿って直線状に形成されているが、延伸部215の形状は特に制限されない。延伸部215は、全体的又は部分的に湾曲又は屈曲していてもよい。
延伸部215の長さD1は特に制限されないが、例えば0.5〜30μmとすることができる。延伸部215の長さD1とは、界面S2に対して垂直な厚み方向における延伸部215の最大寸法である。延伸部215の長さD1は、1.5μm〜20μmが好ましい。延伸部215は、全体が界面領域210aに配置されていてもよいし、その一部が内部領域210bに配置されていてもよい。すなわち、延伸部215の一部は界面S2から30μm以上離れていてもよい。
延伸部215の幅W4は特に制限されないが、例えば0.2〜4.0μmとすることができる。延伸部215の幅W4とは、界面S2に平行な面方向における延伸部215の最大寸法である。延伸部215の幅W4は、長さD1より小さいことが好ましい。延伸部215の幅W4は、0.5μm〜3.0μmが好ましい。
(合金部材300の製造方法)
まず、気孔213に延伸部215を設ける場合には、基材210の表面に***を形成する。例えば、レーザー照射によって、所望径の***を効率的に形成することができる。この際、レーザーの出力、照射時間の制御及び用いるレンズを適宜選択することによって、***のサイズを調整できる。レーザーとしては、例えばYAGレーザー、炭酸ガスレーザーなどを用いることができる。
次に、低平衡酸素圧元素の酸化物粉末にエチルセルロースとテルピネオールを添加したペーストを***に充填する。
次に、***よりも大径の大穴を形成する。例えば、レーザー照射によって、所望径の大穴を効率的に形成することができる。この際、レーザーの出力、照射時間の制御及び用いるレンズを適宜選択することによって、大穴のサイズを調整できる。特に、***の先端部に充填されたペーストが残るように、大穴のサイズを調整する。レーザーとしては、例えばYAGレーザー、炭酸ガスレーザーなどを用いることができる。
次に、***に充填したペーストに含まれるエチルセルロースとテルピネオールを完全に除去するために、350℃で1時間の脱脂熱処理を行う。この熱処理条件では、基材210の表面における酸化は進行しないため、基材210の延性は維持される。
なお、気孔213に延伸部215を設けない場合には、***を形成せずに大穴だけを形成すればよい。
次に、気孔213内に金属酸化物214を配置する場合には、金属酸化物をターゲットとするスパッタによって、各大穴の内表面に金属酸化物214を形成する。スパッタには、株式会社SCREENファインテックソリューションズ社製のVS−R400Gを用いることができる。
次に、基材210の表面上でローラーを転がすことによって、大穴の開口を塞いで、気孔213を形成する。この際、大穴の開口を完全に塞いでもよいが、開口を開けたままにしてもよい。
次に、基材210を大気雰囲気で熱処理(800〜900℃、5〜20時間)することによって、ペーストを固化して延伸部215を形成するとともに、基材210の表面上に酸化クロム膜211を形成する。
3.第3実施形態
第3実施形態に係る合金部材400について、図面を参照しながら説明する。図5は、第3実施形態に係る合金部材400の断面図である。図5では、合金部材400の表面付近が拡大して図示されている。
合金部材400は、基材210と、酸化クロム膜211と、アンカー部216とを備える。
基材210は、板状に形成される。基材210は、平板状であってもよいし、曲板状であってもよい。基材210の厚みは特に制限されないが、例えば0.5〜4.0mmとすることができる。
基材210は、Cr(クロム)を含有する合金材料によって構成される。このような金属材料としては、Fe−Cr系合金鋼(ステンレス鋼など)やNi−Cr系合金鋼などを用いることができる。基材210におけるCrの含有割合は特に制限されないが、4〜30質量%とすることができる。
基材210は、Ti(チタン)やAl(アルミニウム)を含有していてもよい。基材210におけるTiの含有割合は特に制限されないが、0.01〜1.0at.%とすることができる。基材210におけるAlの含有割合は特に制限されないが、0.01〜0.4at.%とすることができる。基材210は、TiをTiO2(チタニア)として含有していてもよいし、AlをAl2O3(アルミナ)として含有していてもよい。
基材210は、表面210aと複数の凹部210bとを有する。表面210aは、基材210の外側の表面である。基材210は、表面210aにおいて酸化クロム膜211に接合される。図5において、表面210aは略平面状に形成されているが、微小な凹凸が形成されていてもよいし、全体的或いは部分的に湾曲又は屈曲していてもよい。
各凹部210bは、表面210aに形成される。各凹部210bは、表面210aから基材210の内部に向かって延びる。各凹部210b内には、後述する各アンカー部216が埋設される。
凹部210bの個数は特に制限されないが、表面210aに広く分布していることが好ましい。また、凹部210bどうしの間隔は特に制限されないが、均等な間隔で配置されていることが特に好ましい。これによって、各アンカー部216によるアンカー効果を、酸化クロム膜211全体に対して均等に発揮させることができるため、基材210から酸化クロム膜211が剥離することを特に抑制できる。
凹部210bの断面形状は、全体的又は部分的に湾曲又は屈曲した形状である。凹部210bの断面形状は、直線的な形状ではなく、少なくとも一部が撓んだ形状である。凹部210bの最深部は、鋭角状であってもよいし、鈍角状であってもよいし、丸みを帯びていてもよい。図5では、全体的に湾曲した楔形の凹部210b(図7の右側)と、下半分が湾曲した楔形の凹部210b(図7の左側)とが例示されている。
酸化クロム膜211は、基材210の表面210a上に形成される。酸化クロム膜211は、基材210の表面210aの少なくとも一部を覆う。酸化クロム膜211は、各アンカー部216に接続される。酸化クロム膜211は、各アンカー部216を覆うように形成される。酸化クロム膜211の厚みは特に制限されないが、0.5μm〜10μmとすることができる。
アンカー部216は、酸化クロム膜211が基材210から剥離することを抑制するための「剥離抑制部」の一例である。アンカー部216は、基材210の凹部210b内に配置される。アンカー部216は、凹部210bの開口部付近において酸化クロム膜211に接続される。
基材210の厚み方向の断面において、複数のアンカー部216の平均実長さは、複数のアンカー部216の平均直線長さより長い。このことは、少なくとも一部のアンカー部216が、全体的又は部分的に湾曲又は屈曲することによって、アンカー部216の少なくとも一部が撓んでいることを意味している。そのため、基材210に対するアンカー部216のアンカー効果を大きくすることができるため、酸化クロム膜211が基材210から剥離することを抑制できる。よって、クロムが基材210から外部に蒸発することを抑制できるため、電気化学セルの電極がクロム被毒によって劣化してしまうことを抑制できる。また、合金部材400が電気化学セルから電流を収集するための集電部材として用いられる場合には、基材210と酸化クロム膜211との間の電流パスが減少することを抑制できるため、合金部材400の電気抵抗が増大することを抑制できる。
複数のアンカー部216の平均実長さとは、各アンカー部216の実長さL1の平均値である。実長さL1とは、図5に示すように、厚み方向に垂直な面方向において、アンカー部216のうち凹部210bに埋設された部分の中点を連ねた線分の長さである。実長さL1は、アンカー部216の延在方向に沿った全長を示す。
アンカー部216の平均実長さは、基材210の断面をFE−SEM(電界放射型走査型電子顕微鏡)で1000倍−20000倍に拡大した画像から無作為に選出した20個のアンカー部216それぞれの実長さL1を算術平均することによって求められる。なお、1つの断面において20個のアンカー部216を観察できない場合には、複数の断面から20個のアンカー部216を選択すればよい。ただし、実長さL1が0.1μm未満のアンカー部216は、アンカー効果が軽微であり酸化クロム膜211の剥離抑制効果への寄与が小さいため、アンカー部216の平均実長さを算出する際には除外するものとする。
複数のアンカー部216の平均直線長さとは、各アンカー部216の直線長さL2の平均値である。直線長さL2とは、図5に示すように、実長さL1を規定する線分の始点と終点とを結ぶ直線の長さである。直線長さL2は、アンカー部216の両端の最短距離を示す。
複数のアンカー部216の平均直線長さは、上述の平均実長さを求めるために選出した20個のアンカー部216それぞれの直線長さL2を算術平均することによって求められる。
なお、仮にアンカー部216が全体的に直線状に形成されているとすれば、実長さL1は直線長さL2と略同じになるが、本実施形態に係るアンカー部216のように少なくとも一部が撓んでいれば、実長さL1は直線長さL2より長くなる。実長さL1及び直線長さL2は、図5に示すようにアンカー部216ごとに異なっていてもよいし、アンカー部216どうし同じであってもよい。
平均実長さは特に制限されないが、例えば0.5μm以上600μm以下とすることができる。平均直線長さは特に制限されないが、例えば0.4μm以上550μm以下とすることができる。
また、基材210の厚み方向の断面において、アンカー部216の平均垂直長さは特に制限されないが、例えば0.4μm以上500μm以下とすることができる。平均垂直長さとは、各アンカー部216の垂直長さL3の平均値である。垂直長さL3とは、図5に示すように、基材210の表面210aに垂直な厚み方向におけるアンカー部216の全長である。垂直長さL3は、図5に示すようにアンカー部216ごとに異なっていてもよいし、アンカー部216どうし同じであってもよい。
また、基材210の厚み方向の断面において、複数のアンカー部216と酸化クロム膜211との平均接合幅は、0.1μm以上であることが好ましい。これにより、各アンカー部216と酸化クロム膜211との接合強度が向上するため、酸化クロム膜211からアンカー部216自体が離脱することを抑制できる。その結果、酸化クロム膜211が基材210から剥離することをより抑制できる。
複数のアンカー部216の平均接合幅とは、各アンカー部216の接合幅W5の平均値である。接合幅W5とは、基材210の厚み方向の断面において、アンカー部216と酸化クロム膜211との接線の全長である。アンカー部216と酸化クロム膜211との接線は、直線状のほか、湾曲状、波線状などであってもよい。
複数のアンカー部216の平均接合幅は、上述の平均垂直長さを求めるために選出した20個のアンカー部216それぞれの接合幅W5を算術平均することによって求められる。
なお、接合幅W5の上限値は特に制限されず、例えば100μm以下とすることができる。
平均実長さに対する平均接合幅の比は特に制限されないが、0.5以下であることが好ましい。これにより、アンカー部216を急峻に突出させることができるため、基材210に対するアンカー部216のアンカー力をより向上させることができる。
アンカー部216は、セラミックス材料によって構成される。アンカー部216を構成するセラミックス材料としては、例えば、Cr2O3(クロミア)、Al2O3(アルミナ)、TiO2(チタニア)、CaO(酸化カルシウム)、SiO2(シリカ)、MnO(酸化マンガン)、MnCr2O4(マンガンクロムスピネル)などが挙げられるが、これに限られない。
アンカー部216を構成するセラミックス材料としては、Cr(クロム)よりも平衡酸素圧の低い元素(以下、「低平衡酸素圧元素」という。)の酸化物が好適である。低平衡酸素圧元素は、Crよりも酸素との親和力が大きく酸化しやすい元素であるため、酸化クロム膜211を透過してくる酸素をアンカー部216に優先的に取り込むことによって、アンカー部216を取り囲む基材210が酸化することを抑制できる。これにより、アンカー部216の形態を維持することができるため、アンカー部216によるアンカー効果を長期間にわたって得ることができる。その結果、酸化クロム膜211が基材210から剥離することを長期間にわたって抑制できる。
低平衡酸素圧元素としては、Al(アルミニウム)、Ti(チタン)、Ca(カルシウム)、Si(シリコン)、Mn(マンガン)などが挙げられ、その酸化物としては、Al2O3、TiO2、CaO、SiO2、MnO、MnCr2O4などが挙げられるが、これに限られるものではない。
アンカー部216は、低平衡酸素圧元素の酸化物を1種だけ含有していてもよいし、2種以上含有していてもよい。例えば、アンカー部216は、Al2O3によって構成されていてもよいし、Al2O3とTiO2との混合物によって構成されていてもよいし、TiO2とMnOとMnCr2O4との混合物によって構成されていてもよい。
複数のアンカー部216における低平衡酸素圧元素の平均含有率は、全構成元素のうち酸素を除く元素の総和に対する各元素のモル比をカチオン比と定義した場合、カチオン比で0.05以上であることが好ましい。これにより、アンカー部216を取り囲む基材210の酸化をより抑制できるため、アンカー部216によるアンカー効果をより長期間にわたって得ることができる。
複数のアンカー部216における低平衡酸素圧元素の平均含有率の上限値は特に制限されず、大きいほど好ましい。
複数のアンカー部216における低平衡酸素圧元素の平均含有率は、以下の手法で求められる。まず、上述の平均垂直長さを求めるために選出した20個のアンカー部216それぞれにおいて、実長さL1を11等分する10点における低平衡酸素圧元素の含有率をカチオン比で測定する。次に、各アンカー部216について10点で測定した含有率の中から最大値を選択する。そして、20個のアンカー部216ごとに選択された20個の最大値を算術平均することによって、低平衡酸素圧元素の平均含有率が求まる。
アンカー部216は、凹部210bの内表面の少なくとも一部と接触していることが好ましい。アンカー部216は、凹部210bの全体に充填されて、凹部210bの内表面の略全面と接触していることが特に好ましい。
アンカー部216の個数は特に制限されないが、基材210の断面観察において、表面210aの10mm長さ当たりに10個以上観察されることが好ましく、10mm長さ当たりに20個以上観察されることがより好ましい。これによって、アンカー部216によるアンカー効果を広い範囲に発揮させることができるため、酸化クロム膜211が基材210から剥離することを特に抑制できる。
(合金部材400の製造方法)
合金部材400の製造方法について説明する。
まず、基材210の表面210aに複数の凹部210bを形成する。例えばショットピーニング、サンドブラスト又はウェットブラストを用いることによって、凹部210bを効率的に形成することができる。この際、研磨剤の粒径を調整することによって、凹部210bの深さ及び幅を調整する。これにより、後に形成される複数のアンカー部216の平均実長さ、平均直線長さ、平均垂直長さ及び平均接合幅を調整することができる。また、凹部210bを形成した後に、ローラーで表面を均すことによって、凹部210bを全体的又は部分的に湾曲又は屈曲させる。これにより、後に形成されるアンカー部216の少なくとも一部を撓ませることができる。
次に、低平衡酸素圧元素の酸化物にエチルセルロースとテルピネオールとを添加したアンカー部用ペーストを、基材210の表面210a上に塗布することによって、凹部210b内にアンカー部用ペーストを充填する。
次に、基材210の表面210a上に塗布されたアンカー部用ペーストを、例えばスキージを用いて除去する。
次に、基材210を大気雰囲気で熱処理(800〜900℃、1〜20時間)することによって、凹部210bに充填されたアンカー部用ペーストを固化してアンカー部216を形成するとともに、アンカー部216を覆う酸化クロム膜211を形成する。
(他の実施形態)
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこれらに限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない限りにおいて種々の変更が可能である。
例えば、上記第1実施形態では、基材210が凹部210bを有し、かつ、酸化クロム膜211が埋設部211bを有することとしたが、酸化クロム膜211が凹部210bを有し、かつ、基材210が埋設部211bを有していてもよい。この場合であっても、酸化クロム膜211の剥離を効果的に抑制することができる。