本実施の形態は、中性子線のエネルギー分布である中性子スペクトルを測定する技術に関する。本実施の形態は、例えば、中性子イメージングとも呼ばれる中性子線を利用した検査手法に適用することができる。物質内を非破壊で透視する検査手法は、一般にラジオグラフィと呼ばれる。X線によるラジオグラフィ技術は一般的にレントゲン撮影と呼ばれ、医療用途や工業用途において幅広く用いられている。放射線源に中性子を用いた場合、特に「中性子ラジオグラフィ」または「中性子イメージング」と呼ばれている。
X線は、照射対象の物質の原子番号Zに依存してZが大きいほど、また、照射対象の物質の密度が高いほど透過しにくいという特性を有する。X線の場合、密度が同程度であれば、原子番号Zの近い元素では透過率がほぼ同じとなるため、原子番号の近い物質を区別することは難しい。またX線は、原子のK殻やL殻などの電子殻の軌道に応じて吸収端の異なるエネルギーで透過量が異なりうるが、一般的にはX線のエネルギーが高いほど透過率が高い傾向にある。
一方、中性子と物質の相互作用の態様は、一般に原子番号に直接的に依存せず、原子核の構成に応じて変化する。そのため、同じ元素であっても同位体の違いによって中性子との反応や吸収の割合が変化し、その特性の違いに応じて物質を構成する元素の同位体を識別することができる。中性子と物質の相互作用をあらわす指標として中性子断面積(単位バーン(b):1b=10−24cm2)が用いられる。中性子断面積に原子数密度ρを乗算したものは巨視的断面積Σ(cm−1)と呼ばれ、X線の線減弱係数に対応する。中性子の散乱には、干渉性散乱と非干渉性散乱の大きく二つの特性がある。多くの元素では干渉性散乱が支配的とされている。干渉性断面積の大きな元素は回折による散乱が主となり、中性子エネルギーの違いでブラッグ(Bragg)エッジが現れる。非干渉性散乱は、原子運動との散乱であり、中性子のエネルギーに等価な中性子速度vに反比例して断面積が増えていく。これは「1/v法則」といわれ、例えば、硼素の同位体10Bやリチウムの同位体6Liなどの元素では1/v法則に対応する。これらの散乱断面積に加えて、元素によって異なる中性子エネルギー領域で現れる共鳴捕獲による吸収断面積がある。
中性子イメージングでは、主にX線での検査が難しいとされる原子番号の小さい元素を含む物質の検査に使用され、例えば水素(H)を含む水、油または樹脂、リチウム(Li)や硼素(B)を含む物質などの検査に使用できる。これらの検査では、中性子エネルギーが低い熱中性子領域(例えば、10−3〜10−1eV程度)の中性子線を用いることが多い。この熱中性子領域のエネルギーを用いる場合、高エネルギーの中性子をモデレータと呼ばれる材料(主に水素を含む水やポリエチレンなど)で減速させて利用する。中性子源として、例えば、原子炉中性子源や、カリホルニウム(Cf)、アメリシウム(Am)、ベリリウム(Be)などの放射性同位体(RI;Radio Isotope)を用いるRI中性子源、サイクロトロンなどの加速器を用いる加速器中性子源などが挙げられる。また、時間的に連続して中性子線が出力される定常中性子源や、中性子線をパルス状に出力するパルス中性子源がある。
一般に、中性子源から出力される中性子線には、様々なエネルギーの中性子が含まれる。このうち、特定のエネルギーの中性子のみを取り出して非破壊での応力測定などに用いることがある。例えば、定常中性子源およびモノクロメータ結晶装置を用いて単一波長の中性子線を抽出し、測定試料に照射して回折される角度を検出する角度分散型回折装置が知られている。また、Braggの回折条件により決定される波長(エネルギー)を測定するエネルギー分散型の回折装置も知られており、主にパルス中性子源での飛行時間法(TOF法)が用いられる。また、TOF法を用いて元素(同位体)固有の共鳴吸収ピークを測定することにより同位体を特定することも行われる。
このように、中性子イメージング技術では、利用目的に応じて中性子のエネルギーを調整できることが望ましく、中性子源から出力される中性子線のエネルギー分布(スペクトル)を精度良く測定できることが好ましい。パルス中性子源であれば、上述のTOF法によって中性子スペクトルの測定が可能である。一方、定常中性子源の場合、検出器の手前に配置する減速材の厚みを変えることで異なるエネルギー値の中性子が測定する方法が知られている。しかしながら、熱中性子領域(約10−2〜10−1eV)および熱外中性子領域(約100〜103eV以上)にわたって中性子スペクトルを測定するには、減速材の厚みを最大で数cm〜数十cm程度にする必要があり、測定装置の大型化につながってしまう。また、一般的な中性子カウンタは、中性子線の照射環境下で発生する高線量のガンマ線を同時に計測してしまうため、ガンマ線の影響を考慮して測定結果を高精度で補正または較正しなければならない。
その他、照射環境をモンテカルロ法などを用いてシミュレーション計算することによって照射場の中性子スペクトルを解析的に導出する方法も用いられている。しかしながら、適切な計算結果を得るためには、実際の照射場の建屋や機器等の配置を高精度に再現し、照射環境下での散乱線の影響等を考慮して計算しなければならず、解析に必要となるデータ量が膨大となる。また、1回の計算に数日から数週間かかることもあり、中性子スペクトルを得るために気軽に利用できる手法とは言えない。
そこで本実施の形態では、中性子スペクトルを簡便に測定する技術を提案する。本実施の形態に係る中性子スペクトル測定装置は、測定対象とする中性子線のエネルギーに反応して放射化する異なる種類の金属元素をそれぞれが含有する複数種の金属箔コンバータを有するコンバータユニットと、対応する金属箔コンバータと同一種類の金属元素をそれぞれが含有する複数種の金属フィルタを有し、コンバータユニットの中性子線の入射側に配置されるフィルタユニットと、を備える。複数種の金属フィルタは、中性子線の入射方向から見た平面視において互いに異なる位置に配置され、複数種の金属箔コンバータは、対応する金属フィルタと中性子線の入射方向に少なくとも部分的に重なる位置に配置される。
本実施の形態では、同一種類の金属元素で構成される金属フィルタと金属箔コンバータを組み合わせて使用し、金属フィルタを透過した中性子線を金属箔コンバータに吸収させる。金属箔コンバータは、中性子線の吸収によって放射化し、中性子線の吸収量に応じた強さの放射能を獲得する。放射化された金属箔コンバータは、イメージングプレートなどの転写プレートに密着固定され、金属箔コンバータ表面の放射能強度分布に対応する画像が転写プレートに現像される。その後、転写プレートに現像された画像を読み出し、生成した画像データを解析することで、金属箔コンバータが吸収した中性子束を算出できる。このとき、特定のエネルギーにおいて共鳴吸収する金属元素を選択することで、共鳴エネルギーの中性子束を精度良く求めることができる。さらに、共鳴エネルギーのピーク位置が異なるといったエネルギー特性の異なる複数種の金属元素を用いることで、複数の異なるエネルギーでの中性子束を求めることができる。これにより、中性子のエネルギー分布を概略的に得ることができる。
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、以下に述べる構成は例示であり、本発明の範囲を何ら限定するものではない。また、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を適宜省略する。また、以下の説明において参照する図面において、各構成部材の大きさや厚みは説明の便宜上のものであり、必ずしも実際の寸法や比率を示すものではない。
(第1の実施の形態)
図1は、実施の形態に係る測定ユニット50の構成を概略的に示す断面図である。測定ユニット50は、金属箔コンバータ52と、熱中性子フィルタ54と、金属フィルタ56とを備える。図1では、本実施の形態に係る測定方法の説明を簡易にするため、1種類の金属箔コンバータ52および金属フィルタ56のみを示している。
金属箔コンバータ52および金属フィルタ56は、同一種類の金属元素で構成されており、例えば金(197Au)で構成される。つまり、金属箔コンバータ52はAu箔コンバータであり、金属フィルタ56はAuフィルタである。熱中性子フィルタ54は、例えばカドミウム(Cd)で構成される均一な厚みの金属板であり、いわゆるCdフィルタである。金属箔コンバータ52の厚みは、例えば0.01mm以上0.3mm以下である。金属フィルタ56の厚みは、例えば0.1mm以上3mm未満である。Cdフィルタ54の厚みは、0.1mm以上3mm未満であり、例えば0.5mmまたは1mmである。
金属箔コンバータ52は、三つの測定領域52a,52b,52cを有する。第1測定領域52aの上には、熱中性子フィルタ54および金属フィルタ56が設けられず、測定対象となる中性子線NBが第1測定領域52aに直接照射される。第2測定領域52bの上には、熱中性子フィルタ54のみが設けられており、熱中性子フィルタ54を通過した中性子線NBが第2測定領域52bに入射する。第3測定領域52cの上には、熱中性子フィルタ54および金属フィルタ56が重なっており、熱中性子フィルタ54および金属フィルタ56の双方を通過した中性子線NBが第3測定領域52cに入射する。
図2(a)〜(c)は、Au箔コンバータにより吸収される中性子スペクトルの一例を示すグラフである。図2(a)は、図1のAu箔コンバータ52の第1測定領域52aに対応する中性子スペクトルである。図2(a)の破線は、Au箔コンバータ52の第1測定領域52aに入射する中性子線NBのスペクトルであり、実線は第1測定領域52aで吸収される中性子スペクトルを示す。測定対象の中性子線には様々なエネルギーの中性子が混在している。図示する例では、熱中性子領域E1の中性子束は10−6程度の緩やかなピークを有し、熱外中性子領域E2の中性子束は10−7程度でほぼ一定である。実線で示されるように、Au箔コンバータ52の第1測定領域52aで吸収される中性子スペクトルは、約5eV(4.906eV)の位置に共鳴吸収のピークEAuを有する。また、Au箔コンバータ52の第1測定領域52aは、熱中性子領域E1の中性子もある程度吸収する。Au箔コンバータ52の第1測定領域52aが吸収する中性子の総量は、実線のスペクトルで示される領域全体の積分値に相当する。図2(a)の例では、熱中性子領域E1における中性子の吸収量の積分値と、熱外中性子領域E2における中性子の吸収量の積分値とは同程度である。
図2(b)は、図1のAu箔コンバータ52の第2測定領域52bに対応する中性子スペクトルである。図2(b)の破線は、熱中性子フィルタ54を通過してAu箔コンバータ52の第2測定領域52bに入射する中性子線NBのスペクトルであり、実線は第2測定領域52bで吸収される中性子スペクトルを示す。図2(b)では、図2(a)と異なり、熱中性子フィルタ54によって熱中性子領域E1の中性子束が遮蔽されている。その結果、Au箔コンバータ52の第2測定領域52bには熱外中性子領域E2のみが吸収され、吸収される中性子のほとんどが共鳴ピークEAuのエネルギー値を持つ。
図2(c)は、図1のAu箔コンバータ52の第3測定領域52cに対応する中性子スペクトルである。図2(c)の破線は、Auフィルタ56および熱中性子フィルタ54を通過してAu箔コンバータ52の第3測定領域52cに入射する中性子線NBのスペクトルであり、実線は第3測定領域52cで吸収される中性子スペクトルを示す。図2(c)では、図2(b)の破線のスペクトルからさらに金属フィルタ56によって共鳴ピークEAuの中性子束が遮蔽される。その結果、Au箔コンバータ52の第3測定領域52cには熱外中性子領域E2のうち共鳴ピークEAuの部分を除いたエネルギーの中性子が吸収される。
ここで、図2(b),(c)に実線で示される吸収スペクトルを比較すると、共鳴ピークEAuのエネルギーを持つ中性子束の吸収の有無のみが実質的な相違点となる。したがって、図2(b)の第2測定領域52bの中性子吸収量から図2(c)の第3測定領域52cの中性子吸収量を減算すれば、共鳴ピークEAuの中性子吸収量のみを求めることができる。その結果、Au箔コンバータ52の共鳴ピークEAuのエネルギー(約5eV)における中性子束を求めることができる。Au箔コンバータ52の中性子吸収量は、中性子の吸収によってAuが放射化し、その放射能強度を事後的に測定することで間接的に求めることができる。より具体的には、Au原子が中性子を捕獲してガンマ線を放出する(n,γ)反応におけるガンマ線強度を事後的に測定することで、Au箔コンバータ52の中性子吸収量を算出できる。詳細は別途後述する。
なお、熱中性子フィルタ54を用いなくても、Au箔コンバータ52の共鳴ピークEAuでの中性子束を求めることができる。具体的には、Au箔コンバータ52の測定領域のうち、金属フィルタ56により遮蔽される領域とそうでない領域の中性子吸収量を測定し、両者を比較することで、共鳴ピークEAuの中性子吸収量を求めることもできる。しかしながら、この場合には熱中性子領域E1での中性子吸収量の割合が大きいため、共鳴ピークEAuでの吸収の有無による中性子吸収量の変化の割合が小さくなり、測定の信号対雑音比(S/N比)の低下につながる。したがって、熱中性子フィルタ54を用いることで、共鳴ピークEAuでの測定のS/N比を高め、より精度良く共鳴ピークEAuでの中性子束を算出できる。
上述の手法は、共鳴吸収ピークが異なる別の種類の金属元素を含有する金属箔コンバータおよび金属フィルタの組み合わせにも適用可能である。図3は、InフィルタおよびCdフィルタを介してIn箔コンバータにより吸収される中性子スペクトルの一例を示すグラフである。つまり、図3では、金属箔コンバータ52および金属フィルタ56を構成する金属元素として、金(Au)の代わりにインジウム(115In)を用いている。図示されるように、インジウム(115In)は約1.5eV(1.457eV)の位置に共鳴吸収のピークEInを有する。したがって、金属箔コンバータ52と金属フィルタ56の組み合わせとしてInを用いることで、Au(約5eV)とは異なるエネルギー(約1.5eV)の中性子束を求めることができる。
熱外中性子領域E2に共鳴吸収ピークを有する金属元素として、金(197Au)、インジウム(115In)の他に、マンガン(55Mn)、コバルト(59Co)、銅(63Cu)、エルビウム(170Er)などが挙げられる。マンガン(55Mn)は約300eV(337eV)の共鳴ピークを有し、コバルト(59Co)は約100eV(132eV)の共鳴ピークを有する。銅(63Cu)は約600eV(580eV)の共鳴ピークを有し、エルビウム(170Er)は100eVの共鳴ピークを有する。なお、これらの金属元素を含有する合金を用いることもできる。一例を挙げれば、マンガン単体の金属を用いる代わりに、マンガンを含むマンガニン合金(銅86%、マンガン12%、ニッケル(Ni)2%)を用いることも可能である。
上記の金属元素のうち、コバルト(Co)は半減期が他の元素に比べて長いため、転写法による比較的短時間の測定には適していないかもしれない。一方、コバルトに近似した共鳴ピークを有するエルビウム(170Er)は、同位体存在割合が14.93%であり、半減期が7.516時間である。また、他の同位体である168Erの存在割合は26.78%であり、半減期は9.40日である。170Erおよび168Erはいずれもベータ崩壊であるが、放射化および転写の工程においては、半減期の短い170Erが支配的であると考えられる。なお、本明細書にて例示される金属元素の物性値は、日本原子力研究開発機構の核データ研究グループが開示する汎用標準核データライブラリ(JENDL−4.0,https://wwwndc.jaea.go.jp/jendl/j40/J40_J.html)から引用している。
上述の手法は、共鳴吸収とは異なる反応特性を持つ金属元素を含有する金属箔コンバータおよび金属フィルムの組み合わせにも適用可能であり、例えば、熱中性子領域E1の反応断面積が大きいジスプロシウム(Dy)を用いることができる。図4(a),(b)は、Dy箔コンバータにより吸収される中性子スペクトルの一例を示すグラフである。図4(a)の実線は、熱中性子フィルタ54(Cdフィルタ)がない場合のDy箔コンバータの中性子吸収スペクトルを示す。図示されるように、Dy箔は、熱中性子領域E1と、熱外中性子領域E2の一部領域E3(0.4eV〜1eV程度)とにわたって中性子を吸収する。図4(b)の実線は、熱中性子フィルタ54(Cdフィルタ)がある場合のDy箔コンバータの中性子吸収スペクトルを示す。図示されるように、Cdフィルタを組み合わせることで熱中性子領域E1を遮蔽し、0.4eV〜1eV程度の一部領域E3の中性子のみをDy箔コンバータに吸収させることができる。したがって、Dy箔コンバータとDyフィルタ(およびCdフィルタ)を組み合わせることで、0.4eV〜1eV程度のエネルギー範囲の中性子束を測定できる。
なお、本実施の形態に係る測定方法は、反応特性の異なる金属箔コンバータと金属フィルタを組み合わせても意味がない。なぜなら、特定のエネルギーに対する反応が同じである同一種類の金属元素の金属箔コンバータと金属フィルタを組み合わせることで初めて、特定エネルギーにおける中性子束を高精度に測定できるからである。図5は、異なる種類の金属元素の金属箔コンバータと金属フィルタを組み合わせた場合の中性子吸収スペクトルを示し、AuフィルタおよびCdフィルタにIn箔コンバータを組み合わせた場合を示す。図示されるように、AuとInでは共鳴ピークEAu,EInの位置が相違するため、In箔コンバータの中性子吸収スペクトルは、Auフィルタの影響を実質的に受けていないことが分かる。
次に、放射化した金属箔コンバータ52の放射能強度の測定方法について説明する。図6(a),(b)は、転写ユニット14の構成を概略的に示す断面図である。図6(a)に示されるように、転写ユニット14は、転写プレート42と、緩衝材44と、遮蔽容器46とを備える。転写ユニット14は、放射化された金属箔コンバータ52の放射能強度分布を転写プレート42に現像して画像化するためのカセッテである。
転写プレート42は、放射線(例えばベータ線およびガンマ線)に反応して放射線強度分布に対応する画像を生成するためのイメージングプレート(IP)である。転写プレート42として、例えば輝尽性蛍光体を用いたものを使用できる。輝尽性蛍光体は、放射線に反応して蛍光するとともに、事後的に読出光を照射することで放射線に反応した箇所が再度発光するという記憶機能(光メモリ機能)を有する。その結果、輝尽性を有しない一般的な蛍光体を用いる場合に比べて高感度画像を得ることができ、ダイナミックレンジの大きい画像データを取得できる。また、中性子線の照射環境と、イメージングプレートへの転写環境とを分離することができ、中性子線の照射環境にて生じる高線量のガンマ線が転写工程に悪影響を及ぼすことを防ぐことができる。
放射化された金属箔コンバータ52は、その片面が転写プレート42と密着した状態で遮蔽容器46の内部に収容される。緩衝材44は、スポンジ状の樹脂部材またはゴム部材であり、転写プレート42を金属箔コンバータ52に押し付けるようにする。これにより、転写プレート42と金属箔コンバータ52の間に隙間が生じないようにし、転写工程の間、転写プレート42と金属箔コンバータ52の相対位置が変わらないようにする。遮蔽容器46は、転写工程の間、容器内部が暗室状態となるように外部からの光を遮蔽する。
図6(b)は、転写ユニット14の変形例を示す。図6(b)では、金属箔コンバータ52の両面のそれぞれに転写プレート42a,42bに配置される点で図6(a)の構成と相違する。金属箔コンバータ52の厚さは、例えば0.01mm〜0.3mm程度と薄いため、中性子線NBが入射する表面と反対側の裏面のいずれも同じような二次元分布で放射化している。そのため、金属箔コンバータ52の表面に対応する第1転写プレート42aに転写される画像と、金属箔コンバータ52の裏面に対応する第2転写プレート42bに転写される画像とを足し合わせて用いることができる。その結果、両面の転写結果を積算することで、金属箔コンバータ52の片面のみを転写する場合に比べて、現像される画像の感度を高めることができる。
図7は、照射工程および転写工程における金属箔コンバータ52の放射能強度の時間変化の一例を示すグラフであり、Dy箔コンバータの例を示す。金属箔にジスプロシウム(Dy)を用いる場合、中性子との反応により生成される主な放射性核種は164Dy(n,γ)165Dyである。グラフの縦軸は、金属箔コンバータ52の放射能の表面密度(Bq/cm2)であり、グラフの横軸は経過時間(分)である。時刻t1までの期間は、測定ユニット50に中性子線NBを連続して照射する照射工程であり、時間の経過とともに放射能強度が高まっていく。金属箔コンバータ52に熱中性子をt秒照射して生成される放射能表面密度As(t)は、以下の式(1)で記述することができる。
ここで、f:照射中性子線の中性子束(n/cm2s)、σ:金属箔の放射化断面積(cm2)、θ:金属箔中の同位体存在割合、ρ:金属箔の密度(g/cm3)、V:金属箔の体積(cm3)、t:中性子線の照射時間(s)、T:生成核の半減期(s)、M:金属箔の原子量、S:金属箔の表面積(cm2)である。式(1)より、照射時間tが長くなると、放射平衡に漸近していくことが分かる。
図7の時刻t1以降は中性子線の照射を停止した状態である。時刻t1〜t2は、放射化した金属箔コンバータ52を転写ユニット14に収容する準備工程である。時刻t2〜t3は、金属箔コンバータ52の放射能強度分布を転写プレート42に転写する転写工程である。中性子線の照射を停止すると、新たな放射性核種が生成されずに放射性核種が崩壊していくため、時間経過とともに放射能強度が減衰していく。照射停止(時刻t1)からd秒経過したときの放射能表面密度Ad(d)は、以下の式(2)で記述することができる。
時刻t2〜t3の転写工程では、金属箔コンバータ52から放射される放射線が転写プレート42に蓄積されていく。転写プレート42に蓄積される積算放射能強度Bは、図7のグラフの斜線の領域に相当し、時刻t2から時刻t3まで放射能表面密度Ad(d)の積分値に対応する。放射能強度の測定感度を高めるためには、転写プレート42に蓄積される積算放射能強度Bの値を最大化することが好ましい。積算放射能強度Bの最大化のためには、生成核の半減期Tの5倍以上の時間にわたって中性子線NBを照射し、時刻t1〜t2の準備工程の時間を極力短くし、半減期Tの5倍以上の時間にわたって金属箔コンバータ52から転写プレート42に放射線を積算照射することが好ましい。
転写プレート42に転写された放射能強度分布は、例えば、転写プレート42に読出用のレーザ光をスキャン照射し、レーザ照射位置の蛍光量をフォトダイオードや光電子増倍管などの検出器で検出することでデジタル信号(画像データ)として画像化できる。例えば、イメージングプレート専用のリーダ(スキャナ)などを読取装置として用いることができる。このようにして取得した画像データの画素値は、上述の積算放射能強度Bに対応するため、照射工程、準備工程および転写工程の時間値と、金属箔コンバータ52の物性値とを用いて式(1)および式(2)を逆算することで、金属箔コンバータ52に照射された中性子束fを求めることができる。
図1に示すように、金属箔コンバータ52の各測定領域52a〜52cに異なる条件で中性子線を照射している場合、各測定領域52a〜52cに照射された中性子束を算出してこれらを比較することで、共鳴吸収ピークのエネルギー範囲の中性子束を求めることもできる。このとき、図6(a),(b)に示すように、各測定領域52a〜52cを有する金属箔コンバータ52を同じ転写プレート42に密着させることで、準備工程および転写工程の時間値を各測定領域52a〜52cで同じにできる。その結果、中性子束を算出するために必要なパラメータを共通化することができ、より高精度に共鳴吸収ピークの中性子束を求めることができる。また、照射工程と転写工程とを分離しているため、ガンマ線の影響が少ない環境下で金属箔コンバータ52の放射能強度分布を転写プレート42に転写でき、画像データに含まれるノイズを抑制できる。
(第2の実施の形態)
図8は、ステップウェッジを用いる測定ユニット60の構成を概略的に示す断面図である。測定ユニット60は、金属箔コンバータ62と、熱中性子フィルタ64と、金属フィルタ66とを備える。本実施の形態では、金属フィルタ66として段階的な厚さta〜teを有するステップウェッジを用いる点で上述の実施の形態と相違する。ステップウェッジを用いることで、金属フィルタ66の厚みの違いに応じた中性子束が得られ、共鳴吸収ピークの中性子束をより高精度に求めることができる。以下、上述の実施の形態との相違点を中心に説明する。
金属フィルタ66は、5段のステップウェッジであり、厚みの異なる第1部分66a、第2部分66b、第3部分66c、第4部分66dおよび第5部分66eを有する。各部分66a〜66eの厚みta〜teは、例えば0.1mm以上3mm未満の範囲で設定される。一例を挙げれば、第1部分66aの厚みtaは0.1mmであり、第2部分66bの厚みtbは0.2mmであり、第3部分の厚みtcは0.5mmであり、第4部分66dの厚みtdは1.0mmであり、第5部分66eの厚みteは2.0mmである。なお、ステップウェッジの段数は5段に限られず、2段、3段または4段のステップウェッジを用いてもよいし、6段以上のステップウェッジを用いてもよい。また、ステップウェッジの各段の厚みも上述したものに限られず、厚みを等間隔で線形的に変化させてもよいし、指数的または累乗的に非線形で変化させてもよい。
金属箔コンバータ62は、複数の測定領域62a,62b,62c,62d,62eを有する。第1測定領域62aには金属フィルタ66の第1部分66aを通過した中性子線NBが入射する。同様にして、第2測定領域66b、第3測定領域66c、第4測定領域66dおよび第5測定領域66eには、それぞれ金属フィルタ66の第2部分66b、第3部分66c、第4部分66dおよび第5部分66eを通過した中性子線NBが入射する。また、金属箔コンバータ62と金属フィルタ66の間にはCdフィルタなどの熱中性子フィルタ64が配置される。したがって、熱中性子フィルタ64を通過した中性子線NBが金属箔コンバータ62の各測定領域62a〜62eに入射する。
金属箔コンバータ62および金属フィルタ66は、上述の実施の形態と同様、例えば金(197Au)で構成され、約5eVの共鳴吸収ピークを有する。したがって、金属箔コンバータ62の中性子吸収スペクトルは、図2(c)と同様、共鳴ピークEAuの中性子束が金属フィルタ66によって少なくとも部分的に除去されたものとなる。本実施の形態では、金属フィルタ66の厚みが測定領域に応じて異なるため、金属フィルタ66による共鳴ピークEAuの中性子吸収量が異なる。具体的には、金属フィルタ66の厚みが小さい第1測定領域62aでは、金属フィルタ66による吸収量が小さいため、第1測定領域62aが吸収する共鳴ピークEAuの中性子束は相対的に大きく、共鳴ピークEAuでのスペクトルの溝が浅くなる。一方、金属フィルタ66の厚みが大きい第5測定領域62eでは、金属フィルタ66による吸収量が大きいため、第5測定領域62eが吸収する共鳴ピークEAuの中性子束は相対的に小さく、共鳴ピークEAuでのスペクトルの溝が深くなる。
図9は、図8の測定ユニット60を用いて取得される画像データの一例を模式的に示す図であり、転写プレート42に転写される画像68を模式的に示す。転写画像68は、金属箔コンバータ62の各測定領域62a〜62eに対応する複数の領域68a,68b,68c,68d,68eを有する。転写画像68の各領域68a〜68eの画素値は、金属箔コンバータ62の各測定領域62a〜62eが吸収した中性子束の大きさに比例し、それぞれが段階的に変化する黒化濃度を有する。第1領域68aは、中性子吸収量が相対的に大きい第1測定領域62aに対応するため、相対的に黒い(濃い)領域となる。一方、第5領域68eは、中性子吸収量が相対的に小さい第5測定領域62eに対応するため、相対的に白い(薄い)領域となる。このようにして、測定ユニット60を用いた測定結果として、黒化濃度(濃淡)の異なる複数の領域68a〜68eを有する転写画像68が得られる。
なお、各領域68a〜68eの外側の背景領域68fは、図面の分かりやすさのために白色としているが、実際には黒色であってもよい。例えば、金属箔コンバータ62の測定領域62a〜62eよりも外側の領域上に金属フィルタ66が存在していなければ、その外側領域に入射する中性子束は測定領域よりも大きいであろう。その結果、相対的に大きい中性子吸収量に対応するように転写画像68の背景領域68fは黒い(濃い)部分となる。なお、金属箔コンバータ62の測定領域外に入射する中性子線NBの大部分を遮蔽するようなフィルタが設けられていれば、転写画像68の背景領域68fは白い(薄い)部分となるであろう。
本実施の形態において、金属フィルタ66として用いるステップウェッジの厚さは既知である。そのため、ステップウェッジの各部分66a〜66eによる共鳴ピークEAuでの中性子束の吸収率(または減衰率)を計算により求めることができる。したがって、転写画像68の各領域68a〜68eの画素値と、ステップウェッジの各部分66a〜66eの中性子束の吸収率とを相関させることで、測定ユニット60に入射する中性子線NBの共鳴ピークEAuでの中性子束を求めることができる。本実施の形態では、複数段(例えば5段)のステップウェッジに基づく測定値を利用できるため、図1の実施の形態のように金属フィルタ56の有無による測定値を比較する場合よりも共鳴ピークEAuでの中性子束を高精度に求めることができる。
(第3の実施の形態)
図10は、複数種の金属箔を用いる測定ユニット12の構成を概略的に示す断面図である。測定ユニット12は、コンバータユニット20と、フィルタユニット30とを備える。フィルタユニット30は、コンバータユニット20に入射する中性子線NBを遮蔽するようにコンバータユニット20の中性子線NBの入射側に配置される。図面において、中性子線NBの入射方向をz方向(+z方向)とし、入射方向に直交する二つの方向をx方向およびy方向としている。
コンバータユニット20は、複数種の金属箔コンバータ21〜26と、熱中性子遮蔽板28とを含む。フィルタユニット30は、複数種の金属フィルタ31〜35と、支持板38と、熱中性子フィルタ40とを含む。本実施の形態では、中性子との反応特性が異なる複数種類の金属元素を利用することで、複数のエネルギーの中性子束を同時測定できるようにしている。以下、上述の実施の形態との相違点を中心に説明する。
図11は、図10のコンバータユニット20の構成を概略的に示す上面図である。複数種の金属箔コンバータ21〜26は、熱中性子遮蔽板28の上にx方向に並んで配置されている。複数種の金属箔コンバータ21〜26は、中性子線NBの入射方向から見た平面(xy平面)視において、互いに重ならないように異なる位置に配置される。複数種の金属箔コンバータ21〜26は、例えば、図示されるようなy方向に長い矩形状であり、x方向に間隔を空けて並べられる。なお、図示される複数種の金属箔コンバータ21〜26の形状および配置は一例にすぎず、他の形状および配置が用いられてもよい。例えば、複数種の金属箔コンバータ21〜26は、2次元アレイ状に配置されてもよい。熱中性子遮蔽板28は、中性子線NBの入射方向とは反対側(裏側)から散乱して金属箔コンバータ21〜26に戻ってくる熱中性子(ノイズ成分)を除去するために設けられる。熱中性子遮蔽板28を支持するためのアルミニウム(Al)板がさらに設けられてもよい。
複数種の金属箔コンバータ21〜26は、それぞれ異なる種類の金属元素を含有し、それぞれが中性子の異なるエネルギーに反応して放射化する。複数種の金属箔コンバータ21〜26のそれぞれが含有する金属元素として、例えば、ジスプロシウム(Dy)、金(197Au)、インジウム(115In)、マンガン(55Mn)、コバルト(59Co)、銅(63Cu)、エルビウム(170Er)のいずれかを選択することができる。上述の通り、ジスプロシウム(Dy)は、熱中性子領域E1の中性子束を測定するために用いることができる。また、金(197Au)、インジウム(115In)、マンガン(55Mn)、コバルト(59Co)、銅(63Cu)およびエルビウム(170Er)は、熱外中性子領域E2における特定の共鳴吸収エネルギーの中性子束を測定するために用いることができる。
なお、1MeV程度以上の高エネルギーの中性子を測定するため、アルミニウム(Al)やマグネシウム(Mg)を用いることもできる。アルミニウム(27Al)に高エネルギーの中性子を照射すると、中性子を捕獲してアルファ線を放出する(n,α)反応が生じ、放射化ナトリウム(24Na)が生成される。また、マグネシウム(24Mg)に高エネルギーの中性子を照射すると、中性子を捕獲して陽子を放出する(n,p)反応が生じ、放射化ナトリウム(24Na)が生成される。放射化ナトリウム(24Na)は、ベータ崩壊によりマグネシウム(24Mg)に安定化するため、放射化ナトリウムから放出されるベータ線(電子線)を測定することで、1MeV程度以上の高エネルギー帯の中性子束を測定することができる。AlおよびMgの上記反応断面積は、Auなどの共鳴吸収における断面積に比べて小さく、金属フィルタを組み合わせるメリットが小さいため、金属箔コンバータを単独で使用してもよい。
複数種の金属箔コンバータ21〜26のそれぞれをいずれの金属元素とするかは特に限られないが、一例として、第1金属箔コンバータ21をDy箔とし、第2金属箔コンバータ22をIn箔とし、第3金属箔コンバータ23をAu箔とし、第4金属箔コンバータ24をMn箔(またはマンガニン箔)とし、第5金属箔コンバータ25をEr箔とし、第6金属箔コンバータ26をAl箔とすることができる。
図12は、図10のフィルタユニット30の構成を概略的に示す上面図である。複数種の金属フィルタ31〜35は、支持板38の上にx方向に並んで配置されている。支持板38は、熱中性子領域E1および熱外中性子領域E2での吸収断面積が小さい材料で構成されることが好ましく、例えば、アルミニウム(Al)やマグネシウム(Mg)を用いることができる。複数種の金属フィルタ31〜35は、対応する金属箔コンバータ21〜25と中性子線の入射方向(z方向)に重なる位置に配置される。図示する例では、対応する金属箔コンバータ21〜25および金属フィルタ31〜35のx方向およびy方向の位置および大きさがちょうど揃うようにしているが、両者が互いにx方向およびy方向の少なくとも一方にずれるようにして重なりあってもよい。つまり、対応する金属箔コンバータ21〜25および金属フィルタ31〜35は、z方向に少なくとも部分的に重なっていればよい。図示する例では、第6金属箔コンバータ(例えばAl箔)26に対応する金属フィルタを設けていないが、第6金属箔コンバータ26に対応する第6金属フィルタをさらに配置してもよい。
複数種の金属フィルタ31〜35のそれぞれは、ステップウェッジとして構成される。図13は、図12のステップウェッジの構成を概略的に示す断面図であり、図12のC−C線断面を示す。第1金属フィルタ31は、厚みが段階的に変化する複数の部分31a〜31jを有する。ステップウェッジの各段は、x方向に並べられている。ステップウェッジの左半分(図12では上半分)に位置する第1部分31a〜第5部分31eは、熱中性子フィルタ40と重ならない位置に配置されている。その結果、第1金属フィルタ31の第1部分31a〜第5部分31eを通過して第1金属箔コンバータ21に入射する中性子線NBは、熱中性子領域E1の中性子束を含む。一方、ステップウェッジの右半分(図12では下半分)に位置する第6部分31f〜第10部分31jは、熱中性子フィルタ40と重なる位置に配置されている。その結果、第1金属フィルタ31の第6部分31f〜第10部分31jを通過して第1金属箔コンバータ21に入射する中性子線NBは、熱中性子領域E1の中性子束が除外されている。したがって、本実施の形態の測定ユニット12を用いることで、熱中性子領域E1の中性子を含むデータと、熱中性子領域E1の中性子が除外されたデータとを同時に取得できる。
複数種の金属フィルタ31〜35のそれぞれは、対応する金属箔コンバータ21〜25と同一種類の金属元素で構成される。したがって、上述の一例を挙げれば、第1金属フィルタ31はDyステップウェッジであり、第2金属フィルタ32はInステップウェッジであり、第3金属フィルタ33をAuステップウェッジであり、第4金属フィルタ34はMn(またはマンガニン)ステップウェッジであり、第5金属フィルタ35はErステップウェッジである。本実施の形態においても、ステップウェッジの厚みは、例えば0.1mm以上3mm未満の範囲で適宜設定することができる。
測定ユニット12に測定対象とする中性子線NBを照射した後、放射化した複数種の金属箔コンバータ21〜26を転写ユニット14を用いて転写プレート42に密着させる。このとき、複数種の金属箔コンバータ21〜26の全てを同じ転写プレート42に転写させることで、中性子束を算出するための準備工程および転写工程の時間値を共通化できる。なお、複数種の金属箔コンバータ21〜26のそれぞれを分離して別個の転写プレートに転写させてもよい。この場合、別個の転写プレートでの準備工程および転写工程の時間値を用いて各金属箔コンバータが吸収した中性子束を算出することが好ましい。その後、転写プレートを通じて取得された画像データを解析することで、複数種の金属箔コンバータ21〜26のそれぞれに対応するエネルギーの中性子束を算出できる。
例えば、複数種の金属箔コンバータ21〜26の金属元素として、Dy、In、Au、Mn、Er、Alを選択することにより、熱中性子領域(〜0.4eV)、熱外中性子領域(0.4eV〜1eV,Dy)における中性子束と、1.5eV(In)、5eV(Au)、100eV(Er)、337eV(Mn)の共鳴吸収エネルギーにおける中性子束と、1MeV程度以上の高エネルギーの中性子束(Al)とを得ることができる。これらの複数のエネルギー値における中性子束をグラフ化することで、簡易的な中性子エネルギー分布(スペクトル)を得ることができる。
図14は、変形例に係る測定ユニット12の構成を概略的に示す断面図である。本変形例は、上述の図10〜図13に示した測定ユニット12と同様の構成を有するが、複数種の金属箔コンバータ21〜26が中性子線NBの入射方向(z方向)に重なり合うように配置されている点で、上述の実施の形態と相違する。
コンバータユニット20は、Dy箔コンバータ21と、In箔コンバータ22と、Au箔コンバータ23と、Mn箔(またはマンガニン箔)コンバータ24と、Er箔コンバータ25と、Al箔コンバータ26とを備える。複数種の金属箔コンバータ21〜26のそれぞれは、フィルタユニット30の複数種の金属フィルタ(またはステップウェッジ)31〜35の全てと中性子線NBの入射方向に重なり合うように配置されている。
複数種の金属箔コンバータ21〜26は、含有する金属元素の種類に応じて積層順序を適切に設定することが好ましい。例えば、熱中性子領域E1および熱外中性子領域E2の双方において反応断面積の小さいAl箔コンバータ26は、他の金属箔コンバータへの影響が小さいため、他の金属箔コンバータよりも中性子線NBの入射方向の手前側(−z方向側)に配置される。一方、熱中性子領域E1および熱外中性子領域E2の双方において反応断面積の大きいDy箔コンバータ21は、他の金属箔コンバータへの影響を避けるため、他の金属箔コンバータよりも中性子線NBの入射方向の奥側(+z方向側)に配置される。
その他の共鳴吸収ピークを有するIn、Au、Mn、Er箔コンバータの積層順はそれほど厳密ではないが、吸収断面積が相対的に小さい金属元素ほど中性子線の入射方向の手前側に配置することが好ましい。また、Au箔は中性子測定のためのリファレンスとして標準的に使用されることから、Au箔での測定誤差を低減するため、他の金属箔に比べてAu箔コンバータ23を中性子線の入射方向の手前側に配置することが好ましい。このような理由から、図示する例では、中性子線の入射側からAl箔26、Au箔23、Er箔25、In箔22、Mn箔24、Dy箔21の順に金属箔コンバータを積層させている。
なお、複数種の金属箔コンバータ21〜26の一部について、対応する金属フィルタと重なり合う位置にのみ配置してもよい。例えば、Mn箔24やEr箔25は他の金属箔と比較して材料が高価であるため、経済性を考慮すると金属箔の面積を可能な限り小さくした方が好ましい。そこで、Mn箔24やEr箔25などの一部の金属箔については、上述の図10の実施の形態と同様、対応する金属フィルタ34,35が位置する部分にのみ配置してもよい。一方、他の金属箔(例えば、Dy箔21、In箔22、Au箔23、Al箔26)については、複数の金属フィルタ31〜35の全てと重なるように配置してもよい。
本変形例においても、同一種類の金属元素の金属箔コンバータと金属フィルタが重なる部分の放射能強度を用いることで、上述の実施の形態と同様に中性子スペクトルを算出することができる。なお、本変形例では、異なる種類の金属元素で構成される金属箔コンバータと金属フィルタ(例えば、Au箔コンバータ23とInフィルタ32)が重なる部分のデータも取得できるが、上述の中性子スペクトルを算出する目的において、このデータ取得は必須でない。
(実施例)
つづいて、実際の測定に用いた実施例について説明する。図15は、実施例に係る測定ユニット12の構成を概略的に示す上面図である。本実施例は、上述の図14の変形例に類似した構成を有する。フィルタユニット30は、ステップウェッジであるDyフィルタ31、Inフィルタ32、Auフィルタ33、Mn(マンガニン)フィルタ34、Erフィルタ35およびCoフィルタ36を有する。本実施例では、100eV付近の中性子束を測定するためにエルビウム(Er)とコバルト(Co)を併用している。Cdフィルタ40は、ステップウェッジの下半分のみを被覆するように配置されている。
また、フィルタユニット30の支持板38の上には、各種インジケータが配置されている。具体的には、文字マーク72、米国試料材料協会(ASTM)規格準拠のビーム純度インジケータ73および感度インジケータ74、円印マーク75、十字印マーク76などを配置している。さらに、金(Au)を含有する試料として、万年筆のペン先78を配置している。
フィルタユニット30の下には、図14に示したものと同様のコンバータユニット20が配置される。コンバータユニット20は、Dy箔コンバータ21、In箔コンバータ22、Au箔コンバータ23、Mn(マンガニン)箔コンバータ24、Er箔コンバータ25および熱中性子遮蔽板(Cd板)28を含む。本実施例ではAl箔コンバータ26は含まれていない。また、Er箔コンバータ25は、Erフィルタ35またはCoフィルタ36と、Cdフィルタ40とが重なり合う限定された領域にのみ配置されている。その他の金属箔コンバータ21〜24は、フィルタユニット30の全体にわたって位置するように大きさおよび位置が決められている。金属箔コンバータ21〜25は、測定対象とする中性子線の入射方向にEr箔、Au箔、In箔、Mn箔、Dy箔の順に配置されている。
本実施例では、サイクロトロン加速器中性子源を利用し、電流量を16μAに設定して中性子線NBを測定ユニット12に7時間(420分)にわたって連続照射した。照射した中性子線の熱中性子領域E1の中性子束fは、約1.5×105(n/cm2/s)である。照射後、金属箔コンバータ21〜25を転写ユニット14にセットする準備工程の時間を24分とし、転写プレート42への転写時間を17時間(1020分)とした。転写プレート42に転写された画像は、専用のスキャナ(リーダ)を用いて画像データ化した。
図16は、Dy箔コンバータ21の転写画像の一例を示す図である。図示されるように、フィルタユニット30に含まれる各種金属フィルタ(ステップウェッジ)およびインジケータを高い空間分解能で画像化できていることが分かる。特に、ASTM規格のインジケータにより示される50μmのギャップを視認できることを確認している。
熱中性子フィルタ40のない上半分の領域は、熱中性子領域E1の中性子束を吸収しているため、熱中性子フィルタ40のある下半分の領域と比較して黒化濃度が高い。また、複数種の金属フィルタ31〜36と重なる部分のうち、Dyフィルタ31に対応する部分の黒化濃度が相対的に低いことが分かる。これは、Dy箔コンバータ21と同一金属元素のDyフィルタ31により、測定感度の高い(つまり吸収断面積の高い)エネルギー範囲の中性子束が遮蔽されているためである。図示されるDy箔コンバータ21の転写画像において、Dyフィルタ31のステップウェッジに対応する部分の画素値を解析することで、Dyが反応するエネルギー範囲の中性子束を算出できる。
図17は、In箔コンバータ22の転写画像の一例を示す図である。図16のDy箔コンバータ21の転写画像と同様、フィルタユニット30の構成を高い空間分解能で画像化できている。In箔コンバータ22の転写画像では、Inフィルタ32と熱中性子フィルタ40が重なる部分の黒化濃度が顕著に低くなっている。これは、In箔コンバータ22の測定感度が相対的に高い熱中性子領域E1と共鳴吸収ピークEInの双方がフィルタユニット30によって遮蔽されているためである。図示されるIn箔コンバータ22の転写画像において、Inフィルタ32のステップウェッジに対応する部分の画素値を解析することで、Inの共鳴吸収に対応するエネルギー(約1eV)の中性子束を算出できる。
図18は、Au箔コンバータ23の転写画像の一例を示す図である。図17のIn箔コンバータ22の転写画像と同様、Auフィルタ33と熱中性子フィルタ40が重なる部分の黒化濃度が顕著に低くなっている。また、金(Au)を含有するペン先78の部分も黒化濃度が低くなっており、金を含有する試料を高精細に画像化できていることが分かる。図示されるAu箔コンバータ23の転写画像において、Auフィルタ33のステップウェッジに対応する部分の画素値を解析することで、Auの共鳴吸収に対応するエネルギー(約5eV)の中性子束を算出できる。
図19は、Mn(マンガニン)箔コンバータ24の転写画像の一例を示す図である。図17のIn箔コンバータ22の転写画像と同様、Mn(マンガニン)フィルタ34と熱中性子フィルタ40が重なる部分の黒化濃度が顕著に低くなっている。図示されるMn箔コンバータ24の転写画像において、Mnフィルタ34のステップウェッジに対応する部分の画素値を解析することで、Mnの共鳴吸収に対応するエネルギー(約300eV)の中性子束を算出できる。
図20は、Er箔コンバータ25の転写画像の一例を示す図である。Er箔コンバータ25は、測定ユニット12の一部領域にのみ配置しているため、測定ユニット12全体との位置関係が分かりやすくなるように、Er箔コンバータ25の位置に転写画像を示している。図示されるように、Erフィルタ35およびCoフィルタ36と重なる部分の黒化濃度が顕著に低いことが分かる。図示する画像では鮮明に示されていないが、取得した画像の画素値ではステップウェッジの厚みによる違いも識別できている。したがって、Erフィルタ35またはCoフィルタ36のステップウェッジに対応する部分の画素値を解析することで、ErまたはCoの共鳴吸収に対応するエネルギー(約100eV)の中性子束を算出できる。
図21は、中性子スペクトルの測定結果および対応するシミュレーション結果の一例を示すグラフである。グラフの太実線は、上述の図16〜図20の転写画像を用いて算出した中性子束の測定結果である。グラフの細実線および点線は、中性子線の照射場をシミュレーションにより解析した計算結果であり、細実線は中央値、上下の点線は解析上の標準偏差(±1σ)の値を示す。シミュレーションには、PHITS(Particle and Heavy Ion Transport code System, https://phits.jaea.go.jp/index.html, Tatsuhiko Sato, Yosuke Iwamoto, Shintaro Hashimoto, Tatsuhiko Ogawa, Takuya Furuta, Shin-ichiro Abe, Takeshi Kai, Pi-En Tsai, Norihiro Matsuda, Hiroshi Iwase, Nobuhiro Shigyo, Lembit Sihver and Koji Niita Features of Particle and Heavy Ion Transport code System (PHITS) version 3.02, J. Nucl. Sci. Technol. 55, 684-690 (2018))を利用した。図示されるように、本実施例による測定結果は、シミュレーション結果の標準偏差の範囲内に収まっていることが分かる。したがって、本実施例によれば、中性子のエネルギー分布の傾向を比較的簡便な測定方法で求められることが分かる。
図22は、中性子スペクトル測定装置10の構成を模式的に示す図である。中性子スペクトル測定装置10は、測定ユニット12と、転写ユニット14と、読取装置16と、解析装置18とを備える。測定ユニット12は、上述の実施の形態で測定ユニット12,50または60である。転写ユニット14は、測定ユニット12に含まれる放射化した金属箔コンバータの放射能強度を転写プレート42に転写するためのカセッテである。読取装置16は、転写プレート42に転写された画像を読み取るためのリーダまたはスキャナである。解析装置18は、読取装置16により生成される画像データを解析してエネルギー別の中性子束を算出する。解析装置18は、例えば、汎用コンピュータと、汎用コンピュータにインストールされる解析ソフトウェアとにより実現できる。
図23は、中性子スペクトル測定方法の流れを示すフローチャートである。まず、測定ユニット12に測定対象となる中性子線を照射する(S10)。これにより、測定ユニット12のフィルタユニット30を介してコンバータユニット20に中性子線を照射し、コンバータユニット20に含まれる複数種の金属箔コンバータ21〜26を放射化させる。次に、放射化された複数種の金属箔コンバータ21〜26を転写ユニット14にセットする(S12)。これにより、放射化された複数種の金属箔コンバータのそれぞれから放出される放射線の二次元強度分布を転写プレート42に転写する。所定の転写時間が経過するまで転写工程を継続し(S14のN)、所定の転写時間の経過後(S14のY)、転写ユニット14から転写プレート42を取り出し、転写プレート42に転写された画像を読取装置16を用いて読み取る(S16)。これにより、転写プレート42に転写された放射線の二次元強度分布に対応する画像データを生成する。つづいて、生成した画像データを解析して中性子束を算出する(S18)。これにより、複数種の金属箔コンバータ21〜26のそれぞれに対応する複数のエネルギー値における中性子束を算出することができ、中性子の簡易的なエネルギー分布(スペクトル)を求めることができる。
本実施の形態によれば、高空間分解能(例えば50μm)の測定が可能なため、複数種の金属元素のステップウェッジを二次元的に並べたとしても、比較的小型の測定ユニット12を実現できる。さらに、小型の測定ユニット12を複数配置することで、異なる位置の中性子スペクトルを同時測定することもできる。例えば、中性子線NBのビーム径が大きい場合には、そのビーム径の範囲内に複数の測定ユニット12を並べることで、ビーム内の中性子束の二次元分布を得ることもできる。
以上、本発明を実施の形態にもとづいて説明した。本発明は上記実施の形態に限定されず、種々の設計変更が可能であり、様々な変形例が可能であること、またそうした変形例も本発明の範囲にあることは、当業者に理解されるところである。
上述の実施の形態では、転写プレートとして輝尽性蛍光体を用いる場合を示したが、他の種類の蛍光体を用いてもよいし、鉛泊増感紙と感光フィルムの組み合わせを用いてもよい。
上述の実施の形態では、照射工程と転写工程とを分離しているが、変形例では照射工程において画像データを同時に取得してもよい。例えば、金属箔コンバータに蛍光体シートを密着させることで、中性子線の照射中に発光する蛍光体シートをCCDやCMOSセンサなどの撮像することで放射能強度分布に対応する画像データを生成してもよい。
上述の実施の形態の測定ユニットに対して、別の測定方法に用いる部材を追加的に配置してもよい。例えば、金属箔ではなく、ブロック状の金属部材を配置し、放射化した金属ブロックから放出される放射線をゲルマニウム(Ge)半導体検出器などの放射線カウンタを使用して測定してもよい。一例を挙げれば、金(Au)ブロックと、アルミニウム(Al)またはマグネシウム(Mg)ブロックとを測定ユニットに設け、放射化した各ブロックから放出されるガンマ線を測定してもよい。これにより、Auブロックの測定結果を参照基準として、1MeV程度以上の高エネルギーの中性子束を算出してもよい。