本発明の課題は、特定の糖鎖構造を未分化マーカーとして有する未分化細胞を吸着分離することが可能な吸着剤を用いた細胞分離方法において、吸着剤に結合した特定の糖鎖構造を未分化マーカーとして有する未分化細胞を、剥離回収する方法を提供することである。
本発明者等は上記の課題を解決すべく鋭意検討した結果、特定の構造を有する糖鎖に結合性を有するタンパク質を水に不溶性の担体に固定化して得られる吸着剤を作製し、作製した当該吸着剤を特定の糖鎖構造を未分化マーカーとして有する細胞を含む細胞混合物と接触させたのち、当該吸着剤に結合した細胞と結合しなかった細胞を分離することで、未分化マーカーが存在する細胞を高効率に除去できることを見出した。さらに、前記細胞の分離方法において、吸着剤に結合した未分化マーカーが存在する細胞を、フコースおよび浸透圧調節剤を含む剥離液で処理することにより吸着剤から剥離させ、生細胞として回収することが出来ることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち本発明は、以下の(1)から(9)に記載した発明を提供するものである。
(1)吸着剤に結合した細胞を、剥離液で処理することにより吸着剤から剥離させることを特徴とする、細胞の剥離回収方法であって、
前記吸着剤が、「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」に結合性を有するタンパク質が水に不溶性の担体に固定化された構成を有する、方法。
(2)剥離液がフコースおよび浸透圧調節剤を含む水溶液であることを特徴とする、(1)に記載の細胞の剥離回収方法。
(3)浸透圧調節剤が糖類および/または糖アルコール類であることを特徴とする、(1)または(2)に記載の細胞の剥離回収方法。
(4)「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」に結合性を有するタンパク質が、以下の(a)または(b)のタンパク質であることを特徴とする、(1)から(3)のいずれかに記載の細胞の剥離回収方法。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列を含み、かつ、「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」に結合性を有するタンパク質。
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において、1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖に結合性を有するタンパク質。
(5)水に不溶性の担体に親水性高分子が共有結合で固定されていることを特徴とする、(1)から(4)のいずれかに記載の細胞の剥離回収方法。
(6)以下の(A)から(C)の工程を含む工程から製造された吸着剤を用いることを特徴とする、(1)から(5)のいずれかに記載の細胞の剥離回収方法:
(A)水に不溶性の担体に親水性高分子を共有結合で固定する工程、
(B)工程(A)で得られた親水性高分子を共有結合で固定した担体に、(4)に記載の(a)または(b)に記載のタンパク質を固定化するための官能基を導入する工程、
(C)工程(B)で得られた官能基を導入した担体に、(4)に記載の(a)または(b)に記載のタンパク質を固定化する工程。
(7)以下の(X)から(Z)に記載の工程を含むことを特徴とする、細胞の分離方法:
(X)(1)に記載の吸着剤と、「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有する細胞を含む細胞混合物とを接触させる工程、
(Y)前記(X)に記載の工程後、吸着剤に結合した「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有する細胞と、吸着剤に結合しない細胞とを分離する工程、
(Z)前記(Y)に記載の工程後、(1)から(6)のいずれかに記載の細胞の剥離回収方法により、吸着剤に結合した「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有する細胞を剥離回収する工程。
(8)カラムに充填した吸着剤を用いることを特徴とする、(7)に記載の細胞の分離方法。
(9)「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有する細胞が未分化細胞である、(7)または(8)に記載の細胞の分離方法。
以下に本発明をさらに詳細に説明する。
本発明は、Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖に結合性を有するタンパク質(以下、糖鎖結合性タンパク質とする)を水に不溶性の担体に固定化した吸着剤を用いる細胞分離方法において、吸着剤に結合したFucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖を有する細胞を、糖類を含む水溶液で処理することにより、吸着剤から剥離回収すること特徴とする。
糖鎖結合性タンパク質はグラム陰性細菌(Burkholderia cenocepacia)が産生するBC2L−Cタンパク質のN末端ドメイン(YP_002232818)に由来するレクチン(以下、BC2LCNレクチンとする)であり、より詳しくは、このレクチンを形質転換大腸菌で発現させたものである。糖鎖結合性タンパク質は、Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcからなる構造を持つHタイプ1型糖鎖、Fucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を持つHタイプ3型糖鎖、Fucα1−2Galβ1−4(Fucα1−3)GlcNAcからなる構造を持つルイスY型糖鎖など、フコースを含む複数種の糖鎖に高い結合性を有する。糖鎖結合性タンパク質は、Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcの構造を含む糖鎖への結合性を有している限り、配列番号1で示されるアミノ酸配列において、1もしくは複数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加してもよく、例えば20個以下、好ましくは10個以下、より好ましくは5個以下のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加してもよい。
また、糖鎖結合性タンパク質は、そのN末端側またはC末端側に、夾雑物質存在下の溶液から分離する際に有用なタンパク質タグや、前記吸着剤を作製する際に有用な担体固定化用タグを有していてもよい。前記タンパク質タグとしては、ポリヒスチジン、グルタチオン S−トランスフェラーゼ(GST)や、マルトース結合タンパク質(MBP)、セルロース結合性ドメイン(CBD)、mycタグ、FLAGタグを、また、前記担体固定化用タグとしては、例えば配列番号2で示されるシステインを含むオリゴペプチドや、リジンを含むオリゴペプチドからなる担体固定化用タグを例示することができる。これらタンパク質タグや担体固定化用タグのアミノ酸配列およびその長さは、糖鎖結合性タンパク質がFucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcの構造を含む糖鎖への結合性を有している限り、特に制限はない。さらに糖鎖結合性タンパク質のN末端側には、宿主での効率的な発現を促すためのシグナルペプチドを有していてもよい。宿主が大腸菌の場合における前記シグナルペプチドの例としては、PelB、DsbA、MalE、TorTなどといったペリプラズムにタンパク質を分泌させるシグナルペプチドを例示することができる。
本発明の細胞の剥離回収方法に用いる吸着剤は、糖鎖結合性タンパク質が水に不溶性の担体に固定化されていることから、Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖構造を有する細胞を吸着剤に結合させたのち、糖鎖結合性タンパク質と細胞の結合を弱めることが可能な物質を含む剥離液で処理することにより、吸着剤から剥離回収することができる。前述のように、糖鎖結合性タンパク質はフコースを含む糖鎖であるHタイプ1型糖鎖(Fucα1−2Galβ1−3GlcNAc)、Hタイプ3型糖鎖(Fucα1−2Galβ1−3GalNAc)、ルイスY型糖鎖(Fucα1−2Galβ1−4(Fucα1−3)GlcNAc)に結合性を有することから、フコースを含む剥離液で処理することにより糖鎖結合性タンパク質と細胞の結合が弱まり、吸着剤に結合した前記糖鎖を有する細胞を剥離回収することができる。剥離液中のフコース濃度は、細胞が死滅しない濃度範囲であれば特に制限はないが、吸着剤に結合した細胞の剥離回収作用を示す点で、0.1mol/L(以下、Mと記載する)以上であることが好ましく、0.2M以上であることがより好ましい。
また、本発明の細胞の剥離回収方法に用いる剥離液は、フコース以外の成分を含むことができる。例えば、フコース以外の成分として浸透圧調節剤を添加することにより、フコースのみを含む場合よりも高い細胞の剥離回収作用を示すことができる。すなわち、浸透圧調節剤を一定濃度以上添加することで細胞内の浸透圧を調整し、且つFucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる糖鎖構造とレクチン間の結合を解離させることで、吸着剤に結合した細胞の活性を損なうことなく、生細胞のまま回収することが可能である。前記浸透圧調節剤の種類は、細胞毒性を及ぼさないものであれば特に制限はなく、例えば、グルコース、フルクトース、マンノース、ガラクトース、キシロースなどの単糖類、マルトース、シュークロース、ラクトース、トレハロースなどの二糖類、エリスリトール、ソルビトール、キシリトール、マンニトールなどの糖アルコール類を例示することができる。これらの中では、浸透圧の調整しやすさの点でエリスリトール、ソルビトール、キシリトール、マンニトールなどの糖アルコール類を用いることが好ましく、マンニトールを用いることがより好ましい。これらの糖類および糖アルコール類は単独で使用することもできるが、2種類以上を混合して使用することもできる。
剥離液中の浸透圧調節剤の濃度は、細胞浸透圧維持の点で0.1M以上1.5M以下であることが好ましく、0.2M以上1.2M以下であることがより好ましく、0.3M以上1.0M以下であることがことさらに好ましい。剥離液中のフコースと浸透圧調節剤の組成は、例えば、0.2Mフコースと0.3M浸透圧調節剤からなる組成、0.2Mフコースと0.5M浸透圧調節剤からなる組成、0.2Mフコースと0.7M浸透圧調節剤からなる組成、0.4Mフコースと0.3M浸透圧調節剤からなる組成、0.4Mフコースと0.5M浸透圧調節剤からなる組成を例示することができる。一般的に、水溶液中の細胞の直径は溶液の浸透圧が高まるほど収縮することが知られており、本発明の細胞の剥離回収方法においては、フコースと浸透圧調節剤の合計濃度が0.5M以上の高張の水溶液を用いることで、細胞の膨潤による細胞死を防げるだけでなく、細胞の収縮により細胞が吸着剤と吸着剤の隙間を通過しやすくなることで、細胞剥離回収をより効率的に行えるといった効果が期待できる。さらに、剥離液に0.5%牛血清アルブミン(BSA)や2mMから10mMのエチレンジアミン四酢酸(EDTA)を添加したものを用いることで、BSAによる細胞剥離時における細胞へのダメージの軽減と吸着剤への細胞の非特異的吸着を抑制する効果や、EDTAの細胞分散作用によるスムーズな細胞の剥離回収効果を期待することができる。
一方、Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcからなるHタイプ1型糖鎖やFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなるHタイプ3型糖鎖は、ヒトiPS細胞やES細胞などの未分化細胞に特異的に存在する未分化マーカーとして知られている糖鎖である(例えば、J Biol. Chem. 2011, 286(23):20345−53.)。従って、前記吸着剤を用いてHタイプ1型糖鎖やHタイプ3型糖鎖を有する未分化細胞を吸着剤に結合させたのち、前述の糖類を含む水溶液で処理することにより、これらの細胞を吸着剤から剥離させ、生細胞として回収することができる。また、前記吸着剤を用いることにより、ヒトiPS細胞やES細胞などの未分化細胞以外に、前記未分化マーカーとして知られている糖鎖を有する細胞、例えば、2102Ep細胞やNT2/D1細胞などのヒト胎児性がん細胞を選択的に吸着剤に結合させたのち、前述の剥離液で処理することにより、これらのがん細胞を生細胞として剥離回収することができる。
本発明の細胞の剥離回収方法に用いる吸着剤を構成する水に不溶性の担体に特に制限はなく、シリカゲルや、金薄膜を蒸着したガラスなどの無機系担体、アガロース、セルロース、キチン、キトサンなどの多糖類を原料とした水に不溶性の多糖系担体およびそれらを架橋剤で架橋した架橋多糖系担体、デキストラン、プルラン、デンプン、アルギン酸塩、カラギーナンなどの水溶性多糖類を架橋剤で架橋した架橋多糖系担体、ポリ(メタ)アクリレート、ポリビニルアルコール、ポリウレタン、ポリスチレンなどの合成高分子系担体およびそれらを架橋剤で架橋した架橋合成高分子系担体を例示することができる。これらの担体の中では、水酸基を有し、後述する親水性高分子による修飾が容易に行える点で、アガロース、セルロース、デキストラン、プルランなどの電荷をもたない多糖系担体およびそれらの架橋多糖系担体や、ポリ(メタ)アクリレートやポリウレタンなどの親水性合成高分子系担体および架橋親水性合成高分子系担体が好ましい。
また、前述の水に不溶性の担体は、親水性高分子が共有結合で固定されていることにより、細胞の非特異的吸着を抑制することができる。担体の表面を修飾する親水性高分子としては、アガロース、セルロース、デキストラン、プルラン、デンプンなどの中性多糖類や、ポリ(2−ヒドロキシエチルメタクリレート)やポリビニルアルコールなどの水酸基を有する合成高分子を例示することができる。これら親水性高分子の中では、親水性が高く、担体表面への共有結合による固定が容易に行える点で、デキストラン、プルランおよびデンプンなどの中性多糖類が好ましく、デキストランおよびプルランがより好ましい。デキストランおよびプルランの分子量に特に制限はないが、担体表面の親水性修飾が十分に行える点で、数平均分子量が10,000から1,000,000のものが好ましい。
さらに、前述の水に不溶性の担体の形状に特に制限はなく、粒子状、スポンジ状、平膜状、平板状、中空状、繊維状のいずれであってもよいが、吸着剤への細胞吸着を効率的に行える点で粒子状の担体であることが好ましい。本発明の吸着剤に使用する水に不溶性の粒子状担体の、水に膨潤させた状態での粒径は、担体から作製される吸着剤をカラムに充填した場合に分離対象となる細胞が吸着剤表面と十分接触し、且つ細胞が吸着剤同士の隙間を淀みなく通過できる点で、好ましくは50μm以上1000μm以下であり、より好ましくは100μm以上500μm以下であり、さらに好ましくは150μm以上400μm以下である。また、水に不溶性の担体の細孔の有無に特に制限はなく、多孔性または無孔性のいずれであってもよい。さらに、本発明の吸着剤に使用する水に不溶性の担体は、本発明の吸着剤に使用するタンパク質を担体に固定化するための活性官能基導入が容易に行える点で、水酸基を有する粒子状担体であることが好ましい。さらに、本発明の吸着剤に使用する水に不溶性の担体は市販品を使用してもよく、例えば、ポリ(メタ)アクリレートを原料としたトヨパール(東ソー製)や、アガロースを原料としたSepharose(GEヘルスケア製)、セルロースを原料としたセルフィア(旭化成製)を使用することができる。
本発明の細胞の剥離回収方法に用いる吸着剤は、以下の(A)から(C)の工程を含む工程から製造することができる。
(A)水に不溶性の担体に親水性高分子を共有結合で固定する工程、
(B)工程(A)で得られた親水性高分子を共有結合で固定した担体に、以下の(a)または(b)に記載のタンパク質を固定化するための官能基を導入する工程、
(C)工程(B)で得られた官能基を導入した担体に、以下の(a)または(b)に記載のタンパク質を固定化する工程。
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列を含み、かつ、「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」に結合性を有するタンパク質。
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において、1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入、または付加されたアミノ酸配列からなり、かつ、Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖に結合性を有するタンパク質。
以下に工程(A)から工程(C)の詳細を説明する。
工程(A)は、本発明の吸着剤に使用する水に不溶性の担体表面の水酸基とエポキシ基含有化合物を塩基性条件下で反応させることにより担体にエポキシ基を導入する工程(A−I)と、エポキシ基と親水性高分子の水酸基を塩基性条件下で反応させる工程(A−II)の2つからなる工程である。
工程(A−I)で使用することができるエポキシ基含有化合物は、担体にエポキシ基を導入することができれば特に制限はなく、エピクロロヒドリンやエピブロモヒドリンなどのハロヒドリン類、エチレングリコールジグリシジルエーテル、グリセロールジグリシジルエーテル、1,4−ブタンジオールジグリシジルエーテル、1,6−ヘキサンジオールジグリシジルエーテル、ジエチレングリコールジグリシジルエーテル、テトラエチレングリコールジグリシジルエーテル、レゾルシノールジグリシジルエーテルなどのジグリシジルエーテル類、グリセロールトリグリシジルエーテル、エリスリトールトリグリシジルエーテル、ジグリセロールトリグリシジルエーテルなどのトリグリシジルエーテル類、エリスリトールテトラグリシジルエーテル、ペンタエリスリトールテトラグリシジルエーテルなどのテトラグリシジルエーテル類を例示することができる。これらの中では、短時間でエポキシ基が導入できる点で、エピクロロヒドリンなどのハロヒドリン類が好ましい。これらのエポキシ基含有化合物は単独で使用することもできるが、数種の混合物を使用することもできる。エポキシ基含有化合物の使用量は、使用量が少ない場合にはエポキシ基の導入量が低下し、工程(A−II)における親水性高分子との反応が十分に起こらない可能性が高くなることから、本発明の吸着剤に使用する水に不溶性の担体の重量に対して0.1から10倍量を使用することが好ましい。
工程(A−I)で使用することができる溶媒に特に制限はなく、水、有機溶媒、及びこれらの混合物を利用することができる。有機溶媒としてはアセトン、メチルエチルケトン、メチルプロピルケトンなどのケトン類、1,4−ジオキサン、エチレングリコールジメチルエーテルなどのエーテル類、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリジノンなどのアミド系溶媒、ジメチルスルホキシドなどの含硫黄溶媒などを例示することができる。これらの溶媒の中ではエポキシ基含有化合物の溶解性が高く、エポキシ基の導入が容易な点で、1,4−ジオキサン、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシドなどの水溶性非プロトン性極性有機溶媒と水との混合溶媒が好ましい。溶媒の使用量に特に制限はないが、本発明の吸着剤に使用する水に不溶性の担体の分散性を高める点で、担体の含水重量に対して0.5から5倍量の溶媒を使用することが好ましい。また、前述の有機溶媒と水の混合比率にも特に制限はないが、反応液全体に対する前述の有機溶媒の比率が20から80重量%であることが好ましい。工程(A−I)の反応温度は10から70℃が好ましく、より好ましくは20から50℃である。反応液の撹拌方法は本発明の吸着剤に使用する水に不溶性の担体の破壊を抑制する点で、撹拌翼を使用する方法あるいは反応容器全体を攪拌することが好ましい。また、撹拌速度については担体が懸濁液中で良好に分散できれば特に制限はない。
工程(A−I)の反応は、反応容器に担体、溶媒およびエポキシ基含有化合物を添加し、撹拌条件下、前述の温度で30から60分加熱したのち、反応を促進させる目的で反応液に塩基を添加することが好ましい。具体的には、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどの無機塩基類やトリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミンなどの有機塩基類を例示することができる。これらの中では無機塩基類が好ましく、水酸化ナトリウムがより好ましい。塩基の添加量に特に制限はないが、反応溶液中の塩基濃度が0.01Mから1.0Mであることが好ましい。塩基を添加後、反応温度を20から50℃に維持したまま、さらに2から24時間撹拌を継続することが好ましい。反応後、グラスフィルターなどを使用して水で洗浄することにより、目的のエポキシ基を導入した担体を得ることができる。
工程(A−II)で使用することができる親水性高分子は、前述の通りである。
工程(A−II)で使用することができる溶媒に特に制限はなく、水、有機溶媒、及びこれらの混合物を利用することができる。これらの溶媒の中では親水性高分子の溶解性が高い点で水が好ましい。溶媒の使用量に特に制限はないが、本発明の吸着剤に使用する水に不溶性の担体の分散性を高める点で、担体の含水重量に対して0.5から5倍量の溶媒を使用することが好ましい。また、親水性高分子の溶液を工程(A−II)の溶媒として使用してもよい。親水性高分子の使用量は、使用量が少ない場合には担体表面に導入したエポキシ基との反応が十分に起こらない可能性が高くなることから、本発明の吸着剤に使用する水に不溶性の担体の重量に対して0.1から20倍量を使用することが好ましい。また、親水性高分子の溶液を溶媒として使用する場合の親水性高分子の濃度に特に制限はなく、親水性高分子の溶媒への溶解度および溶解時の粘度を考慮して適宜設定すればよい。工程(A−II)の反応温度は10から70℃が好ましく、より好ましくは20から50℃である。反応液の撹拌方法は担体の破壊を抑制する点で、撹拌翼を使用する方法あるいは反応容器全体を攪拌することが好ましい。また、撹拌速度については担体が懸濁液中で良好に分散できれば特に制限はない。
工程(A−II)の反応は、反応容器にエポキシ基を導入した担体、溶媒および親水性高分子、あるいは親水性高分子溶液を添加し、攪拌条件下、前述の温度で30から60分加熱したのち、反応を促進させる目的で反応液に塩基を添加することが好ましい。具体的には、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどの無機塩基類やトリエチルアミン、ジイソプロピルエチルアミンなどの有機塩基類を例示することができる。これらの中では無機塩基類が好ましく、水酸化ナトリウムがより好ましい。塩基の添加量に特に制限はないが、反応溶液中の塩基濃度が0.01Mから1.0Mであることが好ましい。塩基を添加後、反応温度を20から50℃に維持したまま、さらに2から24時間撹拌を継続することが好ましい。反応後、グラスフィルターなどを使用して水で洗浄することにより、目的の親水性高分子を共有結合で固定した担体を得ることができる。
工程(B)は、親水性高分子を共有結合で固定した担体に糖鎖結合性タンパク質を固定化するための官能基を導入する工程である。
親水性高分子を共有結合で固定した水に不溶性の担体に、糖鎖結合性タンパク質を固定化するため官能基は、一般的なタンパク質固定化用の官能基であれば特に制限されず、エポキシ基、ホルミル基、カルボキシル基および活性エステル基、アミノ基、マレイミド基、ハロアセチル基などを例示することができる。また、担体に前記官能基を導入する方法は、一般的な官能基導入方法であれば特に制限はされず、例えば、アフィニティクロマトグラフィー(東京化学同人刊)や、特開2015−199868号公報等に記載の方法により、前記官能基を導入することができる。
工程(C)は、工程(B)で得られた官能基を導入した担体に、糖鎖結合性タンパク質を固定化する工程である。工程(B)で得られた官能基を導入した担体に糖鎖結合性タンパク質を固定化する方法は、一般的なタンパク質の固定化方法であれば特に制限はされず、例えば、工程(B)で担体に導入したエポキシ基、ホルミル基、カルボキシル基、N−ヒドロキシスクシンイミドエステルなどの活性エステル基と糖鎖結合性タンパク質のアミノ基を反応させる方法、担体に導入したアミノ基と糖鎖結合性タンパク質のカルボキシル基を反応させる方法、担体に導入したエポキシ基、マレイミド基、ハロアセチル基、ハロアルキル基と糖鎖結合性タンパク質のメルカプト基を反応させる方法を例示することができる。これらの固定化方法の中では、短時間に高収率で担体へのタンパク質固定化が行える点で、工程(B)で担体に導入したホルミル基、活性エステル基とタンパク質のアミノ基を反応させる方法、および、担体に導入したマレイミド基、ハロアセチル基とタンパク質のメルカプト基を反応させる方法が好ましく、固定化反応をpHが中性付近で行うことが可能でありタンパク質の変性を抑制できることが可能である点で、担体に導入したマレイミド基、ハロアセチル基とタンパク質のメルカプト基を反応させる方法がより好ましく、官能基の安定性が高い点で、担体に導入したマレイミド基とタンパク質のメルカプト基を反応させる方法が、ことさらに好ましい。
工程(C)で用いる糖鎖結合性タンパク質は、緩衝液に溶解して、工程(B)で担体に導入した官能基と反応させることが好ましい。糖鎖結合性タンパク質を溶解する緩衝液に特に制限はなく、酢酸緩衝液、リン酸緩衝液、2−モルホリノエタンスルホン酸(MES)緩衝液、4−(2−ヒドロキシエチル)−1−ピペラジンエタンスルホン酸(HEPES)緩衝液、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(Tris)緩衝液や、D−PBS(−)(和光純薬製)などの市販の緩衝液を例示することができる。また、固定化反応の効率を高めることを目的として、緩衝液に塩化ナトリウムなどの無機塩類やポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(Tween20)などの界面活性剤を添加してもよい。糖鎖結合性タンパク質を担体に固定化する際の反応温度およびpHは、活性官能基の反応性や本発明のタンパク質の安定性を考慮した上で反応温度については0℃以上50℃以下、pHについてはpH4以上pH10以下の範囲の中から適宜設定すればよく、糖鎖結合性タンパク質の失活を抑制する点で、反応温度については15℃以上40℃以下、pHについてはpH5以上pH9以下の範囲が好ましい。
水に不溶性の担体への糖鎖結合性タンパク質の固定化量は、分離対象となる細胞と糖鎖結合性タンパク質の結合性を考慮したうえで適宜設定すればよく、1mLの担体あたり0.01mg以上30mg以下が好ましく、0.05mg以上10mg以下がより好ましい。また、水に不溶性の担体への糖鎖結合性タンパク質の固定化量は、固定化反応時の糖鎖結合性タンパク質の使用量や担体への活性官能基導入量を調節することにより調整することができる。糖鎖結合性タンパク質の担体への固定化量は、固定化反応液および反応後の洗浄液を回収して未反応の糖鎖結合性タンパク質の量を求めたのち、固定化反応に使用した糖鎖結合性タンパク質量から未反応の糖鎖結合性タンパク質の量を差し引くことで算出することができる。
本発明の細胞の分離方法は、以下の(X)から(Z)に記載の工程を含むことを特徴とする。
(X)前記(1)に記載の吸着剤と、「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有する細胞を含む細胞混合物とを接触させる工程、
(Y)前記(X)に記載の工程後、吸着剤に結合した「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有する細胞と、吸着剤に結合しない細胞とを分離する工程、
(Z)前記(Y)に記載の工程後、前記(1)から(6)のいずれかに記載の細胞の剥離回収方法により、吸着剤に結合した「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有する細胞を剥離回収する工程。
以下に工程(X)から工程(Z)の詳細を説明する。
工程(X)は、糖鎖結合性タンパク質を水に不溶性の担体に固定化した吸着剤と、「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有する細胞と前記糖鎖を有さない細胞を含む細胞混合物とを接触させる工程である。
本発明の細胞の分離方法に用いる吸着剤と細胞の接触方法は特に制限はなく、細胞混合物中に吸着剤を添加し、一定時間振盪する方法を例示することができるが、吸着剤に結合した細胞の再遊離や、吸着剤との過剰な接触による細胞へのダメージを避けることができる点で、吸着剤をカラムに充填して細胞と接触させることが好ましい。
本発明の細胞の分離方法に用いる吸着剤は、吸着剤の糖鎖結合性タンパク質の固定化量が吸着剤1mLあたり0.05mg以上10mg以下であれば、「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有する細胞を少なくとも100万個以上結合することが可能である。従って、本発明の細胞の分離方法に用いる吸着剤の使用量およびカラムへの充填量は、前述の吸着剤への細胞の結合数と、吸着剤と接触させる細胞混合物中の「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有する細胞数を考慮して、適宜設定すればよい。また、本発明の細胞の剥離回収方法に用いる吸着剤を充填するカラムの内径や長さなどの形状に特に制限はなく、前述の細胞数に応じて適宜設定すればよいが、吸着剤を効率的に充填できる点や、カラム内での細胞の滞留を抑制できる点で、円筒状のカラムであることが好ましい。さらに、本発明の細胞の剥離回収方法に用いる吸着剤を充填するカラムの材質は、カラムへの細胞の非特異的吸着が起こらなければ特に制限はなく、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリカーボネートなどの合成高分子製カラムや、ガラス製カラムを利用することができる。本発明の細胞の分離方法に使用するカラムは市販品を使用してもよく、例えば、テルモシリンジ(テルモ製)と注射針を組合せて使用してもよい。
本発明の細胞の分離方法において、前述の細胞混合物には、細胞死と細胞凝集を防ぐために有効な成分が添加されていると好ましい。本発明の細胞の剥離回収方法で使用する吸着剤を充填したカラムに通液する細胞混合物は、市販のMACSバッファ(1×PBSに0.5%のBSAと2mM EDTAを添加したもの)で調製することができる。この場合、BSAによる細胞分離時における細胞へのダメージの軽減と吸着剤への非特異的吸着を抑制する効果、およびEDTAによる細胞の凝集防止効果を期待できる。
工程(Y)は、工程(X)で吸着剤に結合した「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有する細胞と、吸着剤に結合しなかった前記糖鎖を有さない細胞とを分離する工程である。
本発明の細胞の分離方法では、糖鎖結合性タンパク質、すなわち、「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」に結合性を有するタンパク質と、前記糖鎖を有する細胞を溶液中で接触させる代わりに、糖鎖結合性タンパク質を粒子状担体に固定化した吸着剤を用いることにより、前記糖鎖を有する細胞が吸着剤に結合するが、前記糖鎖を有さない細胞は吸着剤に結合しないため、溶液中で分離を行う場合に比べて、効率的に細胞分離を行うことができる。
工程(Z)は、工程(Y)で「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有さない細胞を分離したのち、工程(X)で吸着剤に結合した前記糖鎖を有する細胞を、剥離回収する工程である。
工程(Z)において、吸着剤に結合した「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有する細胞を剥離回収する方法は、前述の通りである。
本発明の細胞の分離方法では、吸着剤を充填したカラムを用いることで、カラム上部より組成の異なる水溶液(以下、キャリア液とする)を順次通液するだけで、煩雑な操作を行うことなく、「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有する細胞と前記糖鎖を有さない細胞を分離して分取することが可能である。例えば、「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有する細胞を含む細胞混合物をカラムに添加後、第1のキャリア液としてMACSバッファをカラムに通液することで、吸着剤に前記糖鎖を有する細胞のみを結合させ、吸着剤に結合しなかった前記糖鎖を有さない細胞のみをカラム下部より回収することができる。その後、第2のキャリア液としてフコースおよび浸透圧調節剤を含む剥離液をカラムに通液することにより、吸着剤に結合した前記糖鎖を有する細胞を吸着剤より剥離させ、カラム下部より回収することが可能となる。
前述の通り、本発明の細胞の剥離回収方法および分離方法に用いる吸着剤は、糖鎖結合性タンパク質の固定化量が吸着剤1mLあたり0.05mg以上10mg以下であれば、「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有する細胞を少なくとも100万個以上結合することが可能であることから、吸着剤に結合した前記糖鎖を有する細胞を効率良く剥離して、回収することが可能である。例えば、ヒトiPS細胞やES細胞から誘導した心筋細胞を用いた再生医療においては、一人あたり10億個の臨床グレードの心筋細胞が必要であり、0.1%の未分化細胞が混入していると仮定した場合では100万個、1%の未分化細胞が混入していると仮定した場合では1000万個の未分化幹細胞を完全に吸着分離する技術が必要となる。これらのような大量の細胞中に混在する未分化細胞を吸着分離する場合でも、本発明の吸着剤を少量(それぞれ1mLまたは10mL)用いることにより、短時間で効率良く未分化細胞を吸着剤に結合させ、且つ吸着剤に結合した未分化細胞を、本発明の剥離液で処理することにより、生細胞として回収することができる。また、例えば患者一人あたり100億〜1000億個の膨大な医療用細胞が必要とされる赤血球や血小板を未分化幹細胞から誘導する場合、1%の未分化幹細胞が混入していると仮定した場合であっても、本発明の吸着剤を100mLから1000mL用いることにより赤血球や血小板などの血球系細胞に残存する未分化細胞を短時間で効率良く吸着剤に結合させ、且つ吸着剤に結合した未分化細胞を、本発明の剥離液で処理することにより、生細胞として回収することができる。
本発明の細胞の剥離回収方法は、既存の細胞分離技術であるフローサイトメトリーや磁気ビーズ法、背景技術に記載した技術と比べても、上記大量細胞からの未分化細胞の除去と未分化細胞の回収を5から30分程度の極めて短時間行うことができ、目的の分化誘導させた細胞および除去対象となる未分化細胞それぞれを大量に処理、精製する場合にも極めて有効な方法である。また、本発明の細胞の剥離回収方法は、吸着剤に結合した未分化細胞を死滅させることなく生細胞として回収できることから、剥離回収した未分化細胞の性状解析においても極めて有用なツールとなりうる。すなわち、生細胞として回収した未分化細胞のFACSによる表面マーカー解析などは当然のことながら、回収した未分化細胞を培地中で再増殖させることで、高感度な未分化細胞混入率の定量の実施や、分化誘導前の未分化細胞との増殖能・分化能の比較を行うことができる。また、回収した未分化細胞を生体移植試験に供することで造腫瘍性リスクの評価も実施可能である。そのため、本細胞分離および細胞剥離回収方法は、本来除去対象である未分化細胞を研究材料として回収し活用する場合において、極めて優れた手法である。
本発明の細胞の剥離回収方法では、「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」に結合性を有するタンパク質を水に不溶性の担体に固定化した吸着剤を用いることにより、前記糖鎖を未分化マーカーとして有する未分化細胞を含む細胞混合物から、未分化細胞だけを選択的に吸着剤に結合させたのち、フコースおよび浸透圧調節剤を含む剥離液で処理することにより、吸着剤に結合した未分化細胞を効率良く剥離回収することができる。また、本発明の細胞の剥離回収方法では、吸着剤を充填したカラムに未分化細胞を含む細胞混合物を通液することにより、体細胞などの未分化マーカーが存在しない細胞と、未分化マーカーが存在する細胞のそれぞれを、高効率に分離回収することができる。
以下、実施例、比較例、調製例および参考例をあげて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
実施例1 システインタグを有するレクチンの作製
実施例1では、大腸菌を用いて、システインを含むオリゴペプチドからなる担体固定化用タグ(以下、システインタグ)を付加したレクチンを作製した。
(1)プラスミドpET−BC2LCNcysの作製
以下(a)から(e)記載の方法により、配列番号3に示したレクチンのアミノ酸配列をコードした配列番号4のポリヌクレオチドを作製した。
(a)以下の試薬組成および反応条件にて、1段階目のPCR反応を行った。
(試薬組成、総反応液量:50μL)
・0.025unit/μL PrimeSTAR HS DNA Polymerase(タカラバイオ製)
・各30nM 配列番号5から28に示したプライマー
・酵素に付属する緩衝液
(反応条件)
・サーマルサイクラーを用い、98℃・10秒間、55℃・5秒間、72℃・60秒間のPCR反応を5サイクル実施した。
(b)次に、(a)の反応液を用いて、以下の試薬組成および反応条件にて、2段階目のPCR反応を行った。
(試薬組成、総反応液量:50μL)
・0.025unit/μL PrimeSTAR HS DNA Polymerase
(タカラバイオ製)
・各500nM 配列番号29と30に示したプライマー
・1μL 1段階目のPCR反応液
・酵素に付属する緩衝液
(反応条件)
・サーマルサイクラーを用い、98℃・10秒間、55℃・5秒間、72℃・60秒間のPCR反応を30サイクル実施した。
(c)2段階目のPCR反応後の(b)の反応液をアガロースゲル電気泳動で泳動後、目的物に相当する0.5kbpのバンドを切り出すことで、PCR産物を精製した。
(d)前記(c)で得られたPCR産物を、制限酵素NcoIとXhoIで二重消化し、消化後のDNAをプラスミドpET−28(+)の制限酵素NcoI−XhoIサイトに、DNA Ligation Kit ver.2.1(タカラバイオ製)を用いてライゲーションしてプラスミドを調製後、大腸菌BL21(DE3)へ形質転換し、組換え大腸菌BL21(DE3)/pET−BC2LCNcysを得た。
(e)前記(d)で得られた組換え大腸菌BL21(DE3)/pET−BC2LCNcysを培養し、集菌したのち、QIAprep Spin Miniprep Kit(キアゲン製)を用いてプラスミドpET−BC2LCNcys(5.6kbp)を得た。当該方法で得られたプラスミドpET−BC2LCNcysに挿入されているレクチンをコードする塩基配列を分析した結果、塩基配列は設計どおりであることを確認した。
(2)大腸菌を用いたレクチンの作製
前記(1)で得られた組換え大腸菌BL21(DE3)/pET−BC2LCNcysより、以下(f)から(j)記載の方法で、システインタグを付加したレクチンを作製した。
(f)組換え大腸菌BL21(DE3)/pET−BC2LCNcysを、30μg/mLのカナマイシンを添加したLB/Km液体培地に接種し、37℃で一晩振盪することで前培養を行った。培養液の濁度(O.D.600)が0.6になるように植菌後、37℃で培養した。
(g)前培養液を30μg/mLのカナマイシンを添加したLB/Km液体培地1Lに接種し、37℃で振盪培養した。培養液の濁度(O.D.600)が凡そ0.6になったところで、培養温度を20℃に切り替え、一晩培養した。
(h)培養終了後、培養液を氷冷したのち、遠心分離により集菌した。集めた菌を20mM Tris−HCl緩衝液(pH8.0)および1mMフェニルメチルスルホニルフルオリド(PMSF)を添加したBugBuster Protein Extraction Reagent(メルク製)を用いて処理し、可溶性画分を150mL得た。
(i)前記(h)で得られた可溶性画分の溶液を、150mMの塩化ナトリウムと20mMイミダゾールを含む20mM Tris−HCl緩衝液(pH8.0)で平衡化した担体(His・Bind Resin、メルク製、担体容積15mL)を充填したカラムに通液し、可溶性画分に含まれるシステインタグを付加したレクチンを吸着させた。担体に吸着したシステインタグを付加したレクチンを150mMの塩化ナトリウムと250mMイミダゾールを含む20mM Tris−HCl緩衝液(pH8.0)で溶出させることにより、目的のシステインタグを付加したレクチンを含む溶出液を50mL得た。
(j)前記(i)で得られたシステインタグを付加したフコース結合性レクチンを含む溶出液を、D−PBS(−)(和光純薬製)に対して透析することにより、目的のシステインタグを付加したレクチンのD−PBS(−)溶液を75mL得た。
得られたD−PBS(−)溶液中のシステインタグを付加したレクチン濃度を紫外線吸収法により測定し、280nmにおける吸光度が1.0の場合のシステインタグを付加したレクチン濃度を1.0mg/mLとして濃度を算出した結果、濃度は1.2mg/mLであった。
(3)システインタグを付加したレクチンの糖鎖への親和性評価
前記(2)で得られたシステインタグを付加したレクチンの糖鎖に対する結合性評価は、表面プラズモン共鳴法により行った。具体的には、Biacore T100機器(GEヘルスケア製)を用い、アナライトとしてシステインタグを付加したレクチン、固相としてHタイプ1型糖鎖(Fucα1−2Galβ1−3GlcNAc)、Hタイプ3型糖鎖(Fucα1−2Galβ1−3GalNAc)およびルイスY型糖鎖(Fucα1−2Galβ1−4(Fucα1−3)GlcNAc)を用い、各糖鎖に対する結合性を測定した。センサーチップはデキストランがコートされたSensor Chip CM5(GEヘルスケア製)を使用し、デキストランにストレプトアビジン(和光純薬)をアミンカップリング法により固定した後、ビオチン標識された各糖鎖(Glycotech製)を添加し、ビオチンとストレプトアビジンの反応により糖鎖をセンサーチップ上に固定して作製した。
糖鎖親和性の測定はカイネティクス解析により行った。緩衝液はHBS−EP+を用い、結合反応は流速30μL/分、結合時間は6分間、解離時間は3分間とした。センサーチップの再生は25mMの水酸化ナトリウムを用い、流速30μL/分、再生時間15秒で行った。アナライトタンパク質の濃度は1〜100nMで行った。解析は解析ソフト(Biacore T100 Evaluation Software、version 1.1.1)を用いて行い、1:1 Bindingのフィッティングにより解離定数を算出した。システインタグを付加したレクチンの各糖鎖に対する結合性評価(解離定数)の結果を表1に示した。
調製例1 親水性高分子が固定されたトヨパールHW−40ECの作製−1
トヨパールHW−40EC(東ソー製)はステンレス製標準ふるいにより150−250μmの粒度範囲に湿式分級したのち、グラスフィルターでろ過したものを使用した。250mL容のテフロン(登録商標)製容器に10.0gのトヨパールHW−40EC、10.8mL(54mmol)の5M NaOH水溶液(関東化学製)、5.0mLの水を添加したのち、5.0g(54mmol)のエピクロロヒドリン(東京化成製)と5.0mLのジメチルスルホキシド(DMSO、関東化学製)の混合溶液を添加し、30℃の振盪機内で3時間振盪することによりトヨパールHW−40ECのエポキシ化を行なった。反応終了後、溶液をグラスフィルター上でろ液が中性になるまで水で洗浄した。エポキシ化したトヨパールHW−40EC全量を250mL容のテフロン(登録商標)製容器に添加し、15.0gの40重量%デキストラン水溶液(分子量40,000、東京化成製)を添加したのち、30℃の振盪機内で30分間振盪した。次に、反応容器に1.05mL(1.58g、19mmol)の48%NaOH水溶液を添加し、30℃の振盪機内でさらに18時間振盪することにより、エポキシ化トヨパールにHW−40ECにデキストランを固定した。反応終了後、溶液をグラスフィルター上でろ液が中性になるまで水で洗浄することにより、目的のデキストラン修飾トヨパールHW−40EC(DEX40トヨパールHW−40EC)を調製した。以下、調製例1で作製したDEX40トヨパールHW−40ECを吸着剤として評価する場合は、吸着剤B0とする。
実施例2 親水性高分子が固定された吸着剤B1の作製
実施例2では、担体として調製例1で作製したDEX40トヨパールHW−40ECを用い、実施例1で作製した担体固定化用システインタグを付加したレクチンを固定化するための官能基(マレイミド基)の導入およびレクチン固定化を行うことにより、細胞の吸着剤B1を製造した。
100mL容のテフロン(登録商標)製容器に5.0gのDEX40トヨパールHW−40ECと、予め調製した10.0mLのテトラエチレングリコールジグリシジルエーテル水溶液(ナガセケムテックス製デナコールEX−821から調製、濃度100mg/mL)を添加したのち、30℃の振盪機内で30分間振盪したのち、反応容器に104μL(156mg、1.87mmol)の48%NaOH水溶液を添加し、30℃の振盪機内で8時間振盪することによりDEX40トヨパールHW−40ECのエポキシ化を行なった。反応終了後、反応液をグラスフィルター上でろ液が中性になるまで水で洗浄した。次に、エポキシ化DEX40トヨパールHW−40EC全量を100mL容のテフロン(登録商標)製容器に添加し、10.0mLの0.5M エチレンジアミン水溶液(東京化成製エチレンジアミンから調製)を添加したのち、50℃の振盪機内で3時間振盪することによりエポキシ化DEX40トヨパールHW−40ECのアミノ化を行なった。反応終了後、反応液をグラスフィルター上でろ液が中性になるまで水で洗浄した。次に、アミノ化DEX40トヨパールHW−40EC全量を100mL容のテフロン(登録商標)製容器に添加し、10.0mLの3−マレイミドプロピオン酸 N−スクシンイミジル/DMSO溶液(和光純薬製3−マレイミドプロピオン酸 N−スクシンイミジルから調製、濃度10mg/mL)を添加したのち、35℃の振盪機内で4時間振盪することによりアミノ化DEX40トヨパールHW−40ECのマレイミド化を行なった。反応終了後、反応液をグラスフィルター上で20mLのDMSOで3回、30mLの水で5回洗浄することにより、目的のマレイミド化DEX40トヨパールHW−40ECを調製した。
次に、マレイミド化DEX40トヨパールHW−40ECへのレクチン固定化を行なった。レクチン固定化には、実施例1で作製したレクチンのD−PBS(−)溶液を濃縮したものを使用した。また、マレイミド化DEX40トヨパールHW−40ECは水で懸濁したものをグラスフィルターでろ過したものを使用した。
920μLのレクチン溶液(濃度9.75mg/mL)に、5.02mLのD−PBS(−)と60μLの0.1Mトリス(2−カルボキシエチル)ホスフィン塩酸塩(TCEP、和光純薬製)水溶液を添加して、担体固定化用レクチン溶液を調製した。
100 mL容のテフロン(登録商標)製容器に4.5gのマレイミド化DEX40トヨパールHW−40EC(6.0mL相当)を添加したのち、6.0mLの固定化用緩衝液(0.2Mリン酸ナトリウム、0.5M塩化ナトリウム、20mM EDTA、pH7.4)を添加した。次に、6.0mLの担体固定化用レクチン溶液(レクチン仕込み濃度:1.5mg/mL−担体)を添加し、35℃で15時間振盪することによりマレイミド化DEX40トヨパールHW−40ECへのレクチン固定化を行い、吸着剤B1を作製した。レクチン固定化終了後、吸着剤B1をD−PBS(−)で洗浄し、Micro BCA Protein Assay Kit(サーモフィッシャーサイエンティフィック製)を用いて洗浄液中のレクチン量を測定し、固定化反応前のレクチン仕込み量から回収レクチン量を差し引くことにより、1mL当りの吸着剤B1のレクチン固定化量を算出した結果、固定化量は0.25mg/mL−吸着剤であった。
調製例2 親水性高分子が固定されたトヨパールHW−40ECの作製−2
調製例1において、40重量%デキストラン水溶液(分子量40,000、東京化成製)の代わりに、30重量%デキストラン水溶液(分子量450,000〜650,000、シグマアルドリッチ製)を用いた以外は調製例1と同様の方法でデキストランを固定することにより、目的のデキストラン修飾トヨパールHW−40EC(DEX550トヨパールHW−40EC)を調製した。以下、調製例2で作製したDEX550トヨパールHW−40ECを吸着剤として評価する場合は、吸着剤C0とする。
実施例3 親水性高分子が固定された吸着剤C1、C2、C3の作製
調製例2で作製したDEX550トヨパールHW−40ECを用い、実施例2と同様の方法で担体へのマレイミド基の導入およびレクチン固定化を行うことにより、吸着剤C1を作製した。実施例2に記載の方法により1mL当りの吸着剤C1のレクチン固定化量を算出した結果、固定化量は0.41mg/mL−吸着剤であった。
また、実施例2で用いた固定化用緩衝液および担体固定化用レクチン溶液の量を、0.75倍に減量して35℃で15時間振盪反応させ、吸着剤C2を作製した。実施例2に記載の方法により1mL当りの吸着剤C2のレクチン固定化量を算出した結果、固定化量は0.31mg/mL−吸着剤であった。さらに、実施例2で用いた固定化用緩衝液および担体固定化用レクチン溶液の量を、1.5倍に増量して35℃で15時間振盪反応させ、吸着剤C3を作製した。実施例2に記載の方法により1mL当りの吸着剤C3のレクチン固定化量を算出した結果、固定化量は0.68mg/mL−吸着剤であった。
実施例4 吸着剤C1への201B7細胞とK562細胞の吸着・剥離実験
「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有さないヒト慢性骨髄性白血病細胞であるK562細胞(JCRB0019)を浮遊培養用シャーレ(住友ベークライト製)にてGIT培地(日本製薬製)で5%CO2雰囲気下、37℃で培養を行った。
また、「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有するヒトiPS細胞である201B7株(特許実施許諾契約およびMTA契約を締結後、京都大学CiRAより分譲、以下、201B7細胞とする)を接着細胞培養用シャーレ(コーニング製)にて、以下の手順によりフィーダーフリー培養を行った。
まずiMatrix−511(ニッピ製)をD−PBS(−)に3μg/mLで希釈した溶液を調製し、シャーレに導入して4℃で一晩以上放置することで、シャーレ培養面へのiMatrix−511のコーティングを行った。コーティングを行ったシャーレのiMatrix−511溶液を廃棄した後、iPS細胞培養用培地であるStemFit AK02N培地(味の素製)を導入しリンス後、凍結バイアルより解凍した201B7細胞をロックインヒビター Y27362(和光純薬製)を10μM添加した同培地に懸濁して播種した。一晩培養後、Y27362を含むStemFit AK02N培地を廃棄し、Y27362を含まないStemFit AK02N培地へと培地交換を行った。その後、シャーレは毎日StemFit AK02N培地にて培地交換を行い、適当な細胞密度になったところで、細胞回収と継代を行った。細胞回収については以下のようにして行った。まず、シャーレにD−PBS(−)を導入し細胞をリンスした後、D−PBS(−)を廃棄する操作を2回繰り返して細胞を洗浄後、CTS TrypLE Select Enzyme(サーモフィッシャーサイエンティフィック製)とVersene Solution(サーモフィッシャーサイエンティフィック製)を1:1で混合した溶液を導入して5%CO2雰囲気下、37℃で1分間放置した。細胞が丸く剥がれつつあるのを確認した後、剥離液を廃棄、10μM Y27362を含むStemFit AK02N培地を導入し、セルスクレ―バーで細胞を剥離し、50mLチューブ中に回収した。回収した細胞の細胞数は血球計算盤でカウントし、Y27362を含むStemFit AK02N培地にて、104〜105個/mLの濃度で播種し、適当な細胞密度になるまで培養を継続した。
次に、201B7細胞を以下の手順でCell Tracker Orange(Invitrogen製)で蛍光染色した。まず、シャーレ中の培地を廃棄後、D−PBS(−)を導入して細胞をリンス後、D−PBS(−)を吸引廃棄した。次にCell Tracker Orangeを無血清RPMI培地に終濃度20μMで溶解した液を導入し、5%CO2雰囲気下、37℃で1時間培養した。蛍光試薬液を廃棄後、StemFit AK02N培地を導入し、5%CO2雰囲気下、37℃で1時間培養した。培地を廃棄後、StemFit AK02N培地を導入し、5%CO2雰囲気下、37℃で一晩培養した。
次にそれぞれの細胞の回収と調製を以下の方法で行った。K562細胞についてはシャーレから直接50mLチューブへと回収を行った。また、201B7細胞については、まず、シャーレにD−PBS(−)を導入し細胞をリンスした後、D−PBS(−)を廃棄する操作を2回繰り返して細胞を洗浄後、CTS TrypLE Select Enzyme(サーモフィッシャーサイエンティフィック製)とVersene Solution(サーモフィッシャーサイエンティフィック製)を1:1で混合した溶液を導入して5%CO2雰囲気下で37℃で1分間放置した。細胞が丸く剥がれつつあるのを確認した後、剥離液を廃棄、StemFit AK02N培地を導入し、セルスクレ―バーで細胞を剥離し、50mLチューブ中に回収した。それぞれの細胞を遠心分離して沈降後、細胞ペレットをMACSバッファ(PBSに0.5%BSAと2mM EDTAを添加したもの)にて懸濁し、再度遠心分離して上清を廃棄することで細胞を洗浄した。細胞洗浄操作を2回繰り返した後、最終的に、数mLのMACSバッファに懸濁したK562細胞と201B7細胞をそれぞれセルストレーナーで濾過することで凝集塊を除去し、9.0x107個/mLのK562細胞と7.0x106個/mLの201B7細胞の細胞懸濁液を得た。
次に、50mL容ファルコンピペット(コーニング製、Falcon)と1mLピペットチップの間に目開き100μmメッシュのナイロンネットフィルター(ミリポア製)を装着したカラムを作製した。実施例3で作製した吸着剤C1(5mL)を前述のMACSバッファ(10mL)で懸濁したのち、懸濁液を50mLチューブ中に添加し、静置して吸着剤C1を沈降させた。吸着剤C1が沈降した懸濁液の上清を廃棄したのち、新たにMACSバッファ(10mL)を添加して吸着剤C1を懸濁し、静置して吸着剤C1を沈降させた。その後、上清の廃棄、MACSバッファ添加による吸着剤C1の懸濁、吸着剤C1の沈降からなる一連の操作を4回繰り返すことにより、吸着剤C1をMACSバッファで置換した。上清を廃棄したあとの吸着剤C1(5mL)が入った50mLチューブ中にMACSバッファ(5mL)を添加して懸濁することにより、吸着剤C1の50%懸濁液(10mL)を調製し、作製したカラムに添加することにより、吸着剤をカラムに充填した。
次に、前述の9.0x107個/mLのK562細胞を7mLと7.0x106個/mLの201B7細胞を2.5mL混合した細胞混合液(合計量9.5mL)を調製し、このうち4.5mLを分取してMACSバッファ0.5mLを加えて5mLとした後、この5mLの細胞混合液、すなわち3.0x108個のK562細胞と8.3x106個の201B7細胞を、カラム中に充填した吸着剤上部にアプライした。次に、表2に示す条件で順次キャリア液の導入を行った。すなわち、5mLずつ7回(細胞懸濁液と合計で40mL)のMACSバッファ導入の後、0.5Mマンニトールと0.2Mフコースと10mM EDTAを含む剥離液を5mLずつ2回(合計で10mL)、および再びMACSバッファを5mLずつ2回(合計で10mL)導入した。
カラム下部のピペットチップ先端より流出した細胞液は、それぞれ5mLずつのフラクションとして、12フラクション(合計で60mL)をそれぞれファルコンチューブ(コーニング製)に回収した。回収した流出細胞液フラクションのうち、フラクション1と2はMACSバッファで10倍に希釈した。MACSバッファで10倍に希釈したフラクション1と2、フラクション3から12はそれぞれ原液を血球計算盤に導入し、蛍光顕微鏡の明視野+オレンジ蛍光、およびオレンジ蛍光で細胞カウントを行った。明視野+オレンジ蛍光でカウントされた細胞数をK562細胞数と201B7細胞数の合計、オレンジ蛍光でカウントされた細胞を201B7細胞数とし、K562細胞数は両者の差分として、各フラクション中のK562細胞数と201B7細胞数の定量を行った。
蛍光顕微鏡で観察した明視野+オレンジ蛍光、およびオレンジ蛍光の各視野の写真を図1に示す。また、横軸を流出液量、縦軸を細胞流出率とした場合の細胞分離クロマトグラムを図3に示す。各細胞の細胞流出率は「カウントにより算出した細胞数/カラムにアプライした細胞数」として算出した。また、1−8フラクション流出分(40mL)のそれぞれの細胞流出率(%)合計値と9フラクション以降の流出分(45−60mLmL)のそれぞれの細胞流出率(%)合計値、全フラクションのそれぞれの細胞流出率(%)合計値を表3に示す。
図1と図3と表3の結果から、吸着剤C1にK562細胞と201B7細胞の細胞混合物を通液した場合、MACSバッファを導入して得られた細胞流出液である1から8フラクションまでの画分では、K562細胞の流出率が63.4%と多く、201B7細胞の流出は0.6%と僅かであった。また、0.5M マンニトールと0.2M フコースおよび10mM EDTAを含む剥離液を導入した後のフラクションである9フラクション以降ではK562細胞の流出率が6.5%、201B7細胞の流出が103.7%と顕著な201B7細胞の流出が認められ、剥離液処理による吸着剤からの201B7細胞剥離効果が確認された。これらの結果から、トヨパールHW−40ECにBC2LCNレクチンを固定化した吸着剤である吸着剤C1にK562細胞と201B7細胞の混合細胞液を導入し、MACSバッファおよび0.5Mマンニトールと0.2Mフコースおよび10mM EDTAを含む剥離液を順次導入しフラクションとして得ることで、K562細胞と201B7細胞をそれぞれ分離し選択的に得ることが出来た。
比較例1 吸着剤A0への201B7細胞とK562細胞の吸着・剥離実験
BC2LCNレクチンを固定化していない担体であるトヨパールHW−40EC(以下、吸着剤A0)を用い、その他の方法については実施例4と同様の方法で細胞の吸着実験を行った。
蛍光顕微鏡で観察した明視野+オレンジ蛍光、およびオレンジ蛍光の各視野の写真を図2に示す。また、横軸を流出液量、縦軸を細胞流出率とした場合の細胞分離クロマトグラムを図4に示す。各細胞の細胞流出率は「カウントにより算出した細胞数/カラムにアプライした細胞数」として算出した。また、1−8フラクション流出分(40mL)のそれぞれの細胞流出率(%)合計値と9フラクション以降の流出分(45−60mLmL)のそれぞれの細胞流出率(%)合計値、全フラクションのそれぞれの細胞流出率(%)合計値を表3に示す。
図2と図4と表3の結果から、吸着剤A0にK562細胞と201B7細胞の細胞混合物を通液した場合、MACSバッファを導入して得られた細胞流出液である1から8フラクションまでの画分では、K562細胞の流出率が75.0%、201B7細胞の流出は89.3%であり、また、0.5M マンニトールと0.2M フコースおよび10mM EDTAを含む剥離液を導入した後のフラクションである9フラクション以降ではK562細胞の流出率が3.9%、201B7細胞の流出が6.0%であり、いずれのフラクションにおいても細胞選択性は認められなかった。
これらの結果から、市販トヨパールHW−40ECである吸着剤A0にK562細胞と201B7細胞の混合細胞液を導入し、MACSバッファおよび0.5M マンニトールと0.2M フコースおよび10mM EDTAを含む剥離液を順次導入しフラクションとして得た場合、それぞれの細胞を選択的に分離することが出来ないことが確認された。
実施例5 吸着剤B1への2102Ep細胞の吸着・剥離実験とFACS解析
「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有するEmbryonal Carcinoma Cells Cl.4/D3細胞(コスモバイオ製、以下2102Ep細胞と記載)を接着細胞培養用フラスコ(コーニング製)にて、10%FBS(Biological Industries製)と抗生物質溶液(ペニシリン−ストレプトマイシン溶液、和光純薬製)を添加したD−MEM培地(High Glucose、和光純薬製)で5%CO2雰囲気下、37℃で培養を行った。
カラム通液試験実施日より1日前、2日前、3日前、4日前にそれぞれ継代した2102Ep細胞を準備しておき、カラム通液試験当日、それぞれの細胞をAccutaseで剥離回収することで、培養期間がそれぞれ1日目、2日目、3日目、4日目となる2102Ep細胞を用意した。
次に、それぞれの培養日数で準備した2102Ep細胞の回収と調製を以下の方法で行った。まず培養フラスコにD−PBS(−)を導入した後、細胞をリンスしてD−PBS(−)液を廃棄した。次に、適当量のAccutase製を導入し、数分間放置することで2102Ep細胞を剥離させ、50mLチューブへと回収した。それぞれの細胞を1500rpm、5分間遠心分離して沈降後、細胞ペレットを前述のMACSバッファに懸濁し、再び遠心後上清を廃棄することで細胞洗浄を行った。MACSバッファに懸濁した2102Ep細胞をセルストレーナーで濾過することで、凝集塊の無い均一な2102Ep細胞懸濁液を得た。それぞれの細胞懸濁液は血球計算盤で細胞数をカウントした後、MACSバッファで希釈することで、各細胞懸濁液濃度を3.0x107個/mLに調整した。
次に、2.5mL容シリンジ(テルモ製)と注射針(テルモ製、22G)の間に目開き40μmのメッシュフィルター(日本BD製 セルストレーナチューブ蓋のメンブレンを取り出して使用)を装着したカラムを作製した。実施例2で作製した吸着剤B1(500μL)をMACSバッファ(1.0mL)で懸濁したのち、懸濁液を5mLチューブ中に添加し、静置して吸着剤B1を沈降させた。吸着剤B1が沈降した懸濁液の上清を廃棄したのち、新たにMACSバッファ(1.0mL)を添加して吸着剤B1を懸濁し、静置して吸着剤B1を沈降させた。その後、上清の廃棄、MACSバッファ添加による吸着剤B1の懸濁、吸着剤B1の沈降からなる一連の操作を4回繰り返すことにより、吸着剤B1をMACSバッファで置換した。上清を廃棄したあとの吸着剤B1(500μL)が入った5mLチューブ中にMACSバッファ(500μL)を添加して懸濁することにより、吸着剤B1の50%懸濁液(1.0mL)を調製し、作製したカラムに添加することにより、吸着剤をカラムに充填した。
次にそれぞれのカラムを垂直に立てた状態で、上記の方法で調製した3.0x107個/mLの2102Ep細胞懸濁液をそれぞれ100μL、すなわち6.0x106個/mL−吸着剤の条件で2102Ep細胞をカラム上部にアプライした。
次に、カラム上部よりMACSバッファを1mL導入し、針部から流出した約1mLの細胞液を別容器に回収した(以下、この回収液を流出細胞液と記載する)。次に、さらにカラム上部より0.5Mマンニトールと0.2M フコース、10mM EDTAを含む剥離液を1mL導入し、針部から流出した約1mLの細胞液を別容器に回収した。その後、吸着剤が0.5Mマンニトールと0.2M フコース、10mM EDTAを含む剥離液に浸漬した状態で30分室温放置し、さらにカラム上部よりMACSバッファを2mL導入することで、針部から流出した約2mLの細胞液を別容器に回収した。これらの0.5Mマンニトールと0.2M フコース、10mM EDTAを含む剥離液の導入による1mLの流出液、MACSバッファの導入による2mLの流出液は混合して3mLとした(以下、この回収液を剥離細胞液と記載する)。回収した流出細胞液と剥離細胞液は血球計算盤で細胞数をカウントし、「細胞流出率(%)=カラムあたりの流出細胞数/導入細胞数」「細胞剥離率(%)=カラムあたりの剥離細胞数/導入細胞数」として、アプライした細胞数に対する比率である流出率と剥離率をそれぞれ算出した。細胞流出率と細胞剥離率を表4、グラフを図5に示す。
吸着剤B1を充填したカラムでは2102Ep細胞の流出率は7%(培養日数1日の細胞)、12%(培養日数2日の細胞)、10%(培養日数3日の細胞)、17%(培養日数4日の細胞)と低く、吸着剤に2102Ep細胞が強く吸着されるために流出率が低いことが明らかとなった。一方、2102Ep細胞の剥離率は60%(培養日数1日の細胞)、60%(培養日数2日の細胞)、29%(培養日数3日の細胞)、45%(培養日数4日の細胞)と、吸着剤に結合した多くの2102Ep細胞が剥離することが明らかとなった。
次に、以下の方法でフローサイトメトリー(日本BD製 BD FACSAria IIu、以下FACSと記載)により、各アプライ細胞液、流出細胞液、剥離細胞液のTRA−1−60陽性率、およびBC2LCNレクチン陽性率を測定した。まず各細胞液を遠心分離して細胞を沈降後、上清を廃棄して細胞ペレットをMACSバッファにて懸濁することで細胞の洗浄を行った。再び遠心分離して細胞を沈降した後、上清を廃棄して、細胞ペレットをMACSバッファ1mLに再懸濁した。Anti−TRA−1−60 PE(ノバスバイオロジカル製)を5μLおよびrBC2LCN−FITC(和光純薬製)を5μL添加し、室温で1時間反応した。蛍光試薬反応後、遠心分離して細胞を沈降した後、上清を廃棄して、細胞ペレットをMACSバッファ1mLに懸濁した。再び遠心分離して細胞を沈降した後、上清を廃棄して、細胞ペレットをMACSバッファ1mLに再懸濁することで、FACS測定用細胞サンプルとした。
各アプライ細胞液、流出細胞液、剥離細胞液をFACSで解析したドットプロットを図6に示す。横軸をFITCの蛍光強度、縦軸をPEの蛍光強度として解析を行った。図6中のQ1とQ2をTRA−1−60陽性の細胞集団、Q2とQ3をBC2LCNレクチン陽性の細胞集団とし、TRA−1−60陽性率(%)=(Q1+Q2)/(Q1+Q2+Q3+Q4)、BC2LCNレクチン陽性率(%)=(Q2+Q3)/(Q1+Q2+Q3+Q4)として、それぞれ陽性率の算出を行った。
TRA−1−60陽性率およびBC2LCNレクチン陽性率解析結果を表5、TRA−1−60陽性率のグラフを図7、BC2LCNレクチン陽性率のグラフを図8、に示す。TRA−1−60陽性率は培養日数によるアプライ時の陽性率、流出細胞の陽性率、剥離細胞の陽性率による違いは見られず、全ての細胞集団で99%以上の高い値を示し、2102Ep細胞がAnti−TRA−1−60抗体と強い結合性を元々有するためであることが明らかとなった。また、カラムにアプライした2102Ep細胞のBC2LCNレクチン陽性率はそれぞれ75%(培養日数1日の細胞)、60%(培養日数2日の細胞)、68%(培養日数3日の細胞)、59%(培養日数4日の細胞)、流出細胞液のBC2LCNレクチン陽性率はそれぞれ57%(培養日数1日の細胞)、45%(培養日数2日の細胞)、47%(培養日数3日の細胞)、39%(培養日数4日の細胞)、剥離細胞液のBC2LCNレクチン陽性率はそれぞれ76%(培養日数1日の細胞)、71%(培養日数2日の細胞)、81%(培養日数3日の細胞)、74%(培養日数4日の細胞)であり、流出細胞液ではBC2LCNレクチン陽性率が他の細胞集団と比べ1〜2割低下すること、および剥離細胞液ではアプライ細胞液に比べBC2LCNレクチン陽性率が最大で約15ポイント高いことが明らかとなった。これらの結果から、レクチンを固定化した吸着剤B1に2102Ep細胞を通液した場合、吸着剤に結合した2102Ep細胞を剥離液で処理することで生細胞として剥離回収し、FACSにて表面マーカーの発現解析をすることができ、カラムからの流出細胞はBC2LCNレクチン反応性の低い細胞集団、吸着剤に結合した細胞(すなわち剥離細胞)はBC2LCNレクチン反応性の高い細胞集団であることが明らかとなった。
比較例2 吸着剤B0への2102Ep細胞の吸着・剥離実験とFACS解析
調製例1で作製した吸着剤B0を用い、その他の方法については実施例5と同様の方法で細胞の吸着実験を行った。2102Ep細胞の培養日数は3日間とした。細胞流出率と細胞剥離率を表4、グラフを図5に示す。トヨパールHW−40ECにBC2LCNレクチンを固定化していない吸着剤である吸着剤B0を用いた場合、細胞流出率は59%、細胞剥離率は1%であり、2102Ep細胞が吸着剤に結合せず流出するため、剥離処理による細胞剥離率が低いことが明らかとなった。また、アプライ細胞液、流出細胞液、剥離細胞液をFACSで解析したドットプロットを図6、TRA−1−60陽性率およびBC2LCNレクチン陽性率解析結果を表5、TRA−1−60陽性率のグラフを図7、BC2LCNレクチン陽性率のグラフを図8に示す。FACS解析の結果、TRA−1−60陽性率はアプライ細胞液で99%、流出細胞液で99%、剥離細胞液で100%であり、BC2LCNレクチン陽性率はアプライ細胞液で68%、流出細胞液で67%、剥離細胞液で67%であったことから、それぞれの細胞集団における陽性率に違いは見られず、アプライした細胞が吸着剤に結合せずにそのまま流出していることが明らかとなった。
実施例6 吸着剤B1への2102Ep細胞の吸着と剥離液による剥離実験
2102Ep細胞を接着細胞培養用フラスコ(コーニング製)にて、実施例5と同様の手順により、5%CO2雰囲気下、37℃で培養を行った。
次に、以下の手順により2102Ep細胞をCell Tracker Orange(Invitrogen製)で蛍光染色した。まずフラスコ中の培地を廃棄後、D−PBS(−)を導入して細胞をリンス後、D−PBS(−)を廃棄した。次にCell Tracker Orangeを無血清RPMI培地に終濃度10μMで溶解した液を導入し、5%CO2雰囲気下、37℃で1時間培養した。蛍光試薬液を廃棄後、10%FBS(Biological Industries製)と抗生物質溶液(ペニシリン−ストレプトマイシン溶液、和光純薬製)を添加したD−MEM培地(High Glucose、和光純薬製)を導入し、5%CO2雰囲気下、37℃で一晩培養した。
次に、2102Ep細胞を回収、洗浄、シングルセル化し、2.0x107個/mLの2102Ep細胞の細胞懸濁液を得た。
次に、2.5mL容シリンジ(テルモ製)と注射針(テルモ製、22G)の間に目開き40μmのメッシュフィルター(日本BD製 セルストレーナチューブ蓋のメンブレンを取り出して使用)を装着したカラムを作製した。実施例2で作製した吸着剤B1(500μL)を用い、実施例5に記載の方法により吸着剤B1の50%懸濁液を調製(1.0mL)したのち、作製したカラムに添加することにより、吸着剤をカラムに充填した。
次にそれぞれのカラムを垂直に立てた状態で、上記の方法で調製した2102Ep細胞の細胞懸濁液をカラム上部より100μLずつ、すなわち、4.0x106個/mL−吸着剤の条件でアプライした。
次に、カラム上部よりMACSバッファを1mL導入し、針部からの流出液を別容器に回収した(以下、この回収液を流出細胞液と記載する)。次に、カラム上部より吸着剤に結合した2102Ep細胞を剥離するため、表6に記載の条件の剥離液を1mL導入し、針部からの流出液を別容器に回収した。次にカラム上部よりMACSバッファを2mL導入し、細胞剥離液導入により得られた流出液1mLとMACSバッファ導入により得られた流出液2mLを混合し合計3mLとして別容器に回収した(以下、この回収液を剥離細胞液と記載する)。また、カラムに剥離液を導入してからの操作は、カラムNO.1−5とNO.11−14は37℃、NO.6−10は室温で処理を行った。
次に、回収した流出細胞液と剥離細胞液中の細胞数の定量を以下に示す96穴蛍光プレートリーダーによる蛍光測定法にて行った。
まず回収した各細胞液をフルオロヌンク96穴蛍光検出用プレート(サーモフィッシャーサイエンティフィック製)に100μLずつ分注し、プレートリーダーで励起波長541nmでの蛍光スキャンを行うことで、検出波長580nmでの蛍光強度をそれぞれ測定した。また同様に、Cell Tracker Orangeで染色した2.0x107個/mLの2102Ep細胞の希釈系列を作製し、フルオロヌンク96穴蛍光検出用プレートに100μLずつ分注してプレートリーダーで励起波長541nm、検出波長580nmでの蛍光スキャンを行うことで、Cell Tracker Orangeで染色した2102Ep細胞の細胞濃度と蛍光強度の検量線を作製した。このようにして得られた各フラクションの蛍光強度と検量線から、各カラムにおける流出率と剥離率を、「流出率(%)=カラムあたりの流出細胞数/導入細胞数」「剥離率(%)=カラムあたりの剥離細胞数/導入細胞数」として算出した。
2102Ep細胞の細胞流出率と細胞剥離率の数値を表6、グラフを図9に示す。細胞流出率はいずれのカラムも7%から13%であり、トヨパールHW−40ECにBC2LCNレクチンを固定化した吸着剤である吸着剤B1を用いることで、導入した2102Ep細胞のうち、約9割が吸着剤に結合していることが明らかとなった。また、細胞剥離率については、フコースとマンニトールを含む剥離液を37℃で作用させた場合の細胞剥離率は46%(カラムNO.1:0.3Mマンニトール+0.2Mフコース+10mM EDTA)、41%(カラムNO.2:0.5Mマンニトール+0.2Mフコース+10mM EDTA)、47%(カラムNO.3:0.7Mマンニトール+0.2Mフコース+10mM EDTA)、41%(カラムNO.4:0.3Mマンニトール+0.4Mフコース+10mM EDTA)、46%(カラムNO.5:0.5Mマンニトール+0.4Mフコース+10mM EDTA)、室温で作用させた場合の細胞剥離率は47%(カラムNO.6:0.3Mマンニトール+0.2Mフコース+10mM EDTA)、60%(カラムNO.7:0.5Mマンニトール+0.2Mフコース+10mM EDTA)、57%(カラムNO.8:0.7Mマンニトール+0.2Mフコース+10mM EDTA)、54%(カラムNO.9:0.3Mマンニトール+0.4Mフコース+10mM EDTA)、62%(カラムNO.10:0.5Mマンニトール+0.4Mフコース+10mM EDTA)と、フコースとマンニトールを含む剥離液で細胞剥離処理を行うことにより、アプライした2102Ep細胞のうち、約4割から6割を効率良く剥離回収できることが確認された。また、これらのフコースとマンニトールを含む剥離液で細胞剥離処理を行う場合は、室温での処理により37℃で処理する場合よりも高い細胞剥離率が得られることが明らかとなった。
比較例3 吸着剤B1への2102Ep細胞の吸着とフコースを含まない剥離液による剥離実験
細胞剥離液として、またはフコースを含まない剥離液(浸透圧調節剤であるマンニトールとEDTAを含む水溶液)を用いた以外は、実施例6と同様の方法で、細胞の吸着・剥離実験を行った。剥離液を導入する以降の操作は、すべて37℃で行った。2102Ep細胞の細胞流出率と細胞剥離率の数値を表6、グラフを図9に示す。細胞流出率はいずれのカラムも約10%であり、トヨパールHW−40ECにBC2LCNレクチンを固定化した吸着剤である吸着剤B1を用いることで、導入した2102Ep細胞のうち、約9割が吸着剤に結合していることが明らかとなった。また、細胞剥離率については、マンニトールとEDTAのみを含む剥離液を作用させた場合の剥離率は、0.3Mマンニトール+10mM EDTAの場合は14%(カラムNO.11)、0.5Mマンニトール+10mM EDTAの場合は22%(カラムNO.12)0.7Mマンニトール+10mM EDTAの場合は20%(カラムNO.13)であった。これらの結果から、フコースを含まない細胞剥離液を用いた場合は、十分な細胞の剥離回収効果が得られないことが明らかとなった。
実施例7 吸着剤C1への201B7細胞の吸着・剥離実験とFACS解析
201B7細胞を接着細胞培養用シャーレ(コーニング製)にて、実施例4と同様の手順によりフィーダーフリー培養を行った。
次に、実施例4と同様の方法により、細胞回収・洗浄を行い、最終的に2.0x107個/mLの201B7細胞のMACSバッファ細胞懸濁液を得た。
次に、2.5mL容シリンジ(テルモ製)と注射針(テルモ製、22G)の間に目開き40μmのメッシュフィルター(日本BD製 セルストレーナチューブ蓋のメンブレンを取り出して使用)を装着したカラムを作製した。実施例3で作製した吸着剤C1(500μL)を用い、実施例5に記載の方法により吸着剤C1の50%懸濁液(1.0mL)を調製したのち、作製したカラムに添加することにより、吸着剤をカラムに充填した。
次にカラムを垂直に立てた状態で、上記の方法で調製した201B7細胞の細胞懸濁液をカラム上部より100μL、すなわち、4.0x106個/mL−吸着剤の条件でアプライした。
次に、カラム上部よりMACSバッファを1mL導入し、針部からの流出液を別容器に回収した(以下、この回収液を流出細胞液と記載する)。次に、カラム上部より吸着剤に結合した201B7細胞を剥離するため、細胞剥離液(0.5Mマンニトール+0.2Mフコース+10mM EDTA)を1mL導入し、針部からの流出液を別容器に回収した。次にカラム上部よりMACSバッファを1mL導入し、回収した流出液1mLを細胞剥離液の導入により得られた流出液1mLと混合し、合計2mLとした(以下、この回収液を剥離細胞液と記載する)。
流出細胞液の細胞数については血球計算盤またはコールターカウンターZ2シリーズ(ベックマンコールター製)、また、剥離細胞液中の細胞数については血球計算盤で計測し、「流出率(%)=カラムあたりの流出細胞数/導入細胞数」、「剥離率(%)=カラムあたりの剥離細胞数/導入細胞数」としてそれぞれの値を算出した。
細胞流出率と細胞剥離率の数値を表7、グラフを図10に示す。細胞流出率は、1.2%(血球計算盤)、0.4%(コールターカウンター)であり、DEX550トヨパールHW−40ECにBC2LCNレクチンを固定化した吸着剤である吸着剤C1を用いることで、導入した201B7細胞のほとんどが吸着していることが明らかとなった。また細胞剥離率は50.0%(血球計算盤)であり、吸着剤に結合した201B7細胞が良好に回収されることが明らかとなった。
次に、以下の方法でフローサイトメトリー(日本BD製 BD FACSAria IIu、以下FACSと記載)により、アプライ細胞液、流出細胞液、剥離細胞液のBC2LCNレクチン陽性率を測定した。まず各細胞液を遠心分離して細胞を沈降後、上清を廃棄して細胞ペレットをMACSバッファにて懸濁することで細胞の洗浄を行った。再び遠心分離して細胞を沈降した後、上清を廃棄して、細胞ペレットをMACSバッファ1mLに再懸濁した。rBC2LCN−FITC(和光純薬製)を5μL添加し、室温で1時間反応した。蛍光試薬反応後、遠心分離して細胞を沈降した後、上清を廃棄して、細胞ペレットをMACSバッファ1mLに懸濁した。再び遠心分離して細胞を沈降した後、上清を廃棄して、細胞ペレットをMACSバッファ1mLに再懸濁することで、FACS測定用細胞サンプルとした。
各アプライ細胞液、流出細胞液、剥離細胞液をFACSで解析したドットプロットを図11、BC2LCNレクチン陽性率の値を表8、グラフを図12に示す。図11中の横軸をFITCの蛍光強度、縦軸をPEの蛍光強度として解析を行った。Q3をBC2LCNレクチン陰性の201B7細胞集団とし、Q4をBC2LCNレクチン陽性の201B7細胞集団とし、BC2LCNレクチン陽性率(%)=Q4/(Q3+Q4)として、陽性率の算出を行った。カラムにアプライした201B7細胞のBC2LCNレクチン陽性率は94.5%、流出細胞液では2.4%、剥離細胞液では83.0%であった。この結果から、DEX550トヨパールHW−40ECにBC2LCNレクチンを固定化した吸着剤である吸着剤C1を用いた場合、流出細胞液中に含まれる201B7細胞はアプライした201B7細胞のうち、極度にBC2LCNレクチン陽性率が低い細胞集団であることが確認できた。
これらの結果からトヨパールHW−40ECにBC2LCNレクチンを固定化した吸着剤である吸着剤C1を用いることで、201B7細胞を効率良く吸着剤に結合させ、剥離液で処理することでそれらを剥離し、特にBC2LCNレクチン陽性率が高い細胞を選択的に回収・精製できることが明らかとなった。
比較例4 吸着剤B0への201B7細胞の吸着・剥離実験とFACS解析
BC2LCNレクチンを固定化していない吸着剤B0を使用した以外は、実施例7と同様の方法で201B7細胞の吸着・剥離実験とFACS解析を行った。細胞流出率と細胞剥離率の数値を表7、グラフを図10に示す。細胞流出率は、それぞれ78.0%(血球計算盤)、81.0%(コールターカウンター)であり、DEX40トヨパールHW−40ECにBC2LCNレクチンを固定化していない吸着剤である吸着剤B0を用いた場合、導入した201B7細胞のうち約8割が流出、つまり201B7細胞がほとんど吸着されないことが明らかとなった。また細胞剥離率は4.0%(血球計算盤)であり、201B7細胞がほとんど吸着剤に結合されないために、細胞剥離率も低いことが確認された。
アプライ細胞液、流出細胞液、剥離細胞液をFACSで解析したドットプロットを図11、BC2LCNレクチン陽性率の値を表8、グラフを図12に示す。カラムにアプライした201B7細胞のBC2LCNレクチン陽性率は94.5%、流出細胞液では92.9%、剥離細胞液では86.4%であった。この結果から、DEX40トヨパールHW−40ECにBC2LCNレクチンを固定化していない吸着剤である吸着剤B0を用いた場合、ほとんどの201B7細胞が吸着剤に結合せずに素通りするため、アプライ細胞液、流出細胞液、剥離細胞液中の201B7細胞のBC2LCNレクチン陽性率がほぼ同じ値であることが確認できた。
これらの結果からDEX40トヨパールHW−40ECにBC2LCNを固定化していない吸着剤B0を用いた場合は、201B7細胞を吸着できず、回収および精製ができないことが明らかとなった。
実施例8 吸着剤C1、C2、C3への201B7細胞と2102Ep細胞の吸着・剥離実験
実施例4に記載の方法に従って201B7細胞を培養し、Cell Tracker Orangeでの染色、回収、洗浄を行い、最終的に3.0x107個/mLの201B7細胞のMACSバッファ細胞懸濁液を得た。また、同様に実施例6に記載の方法に従って2102Ep細胞を培養し、Cell Tracker Orangeでの染色、回収、洗浄を行い、最終的に4.3x106個/mLの2102Ep細胞のMACSバッファ細胞懸濁液を得た。
次に、2.5mL容シリンジ(テルモ製)と注射針(テルモ製、22G)の間に目開き40μmのメッシュフィルター(日本BD製 セルストレーナチューブ蓋のメンブレンを取り出して使用)を装着したカラムを作製した。実施例3で作製したBC2LCNレクチン固定化量が0.31mg/mL−吸着剤である吸着剤C2(500μL)、BC2LCNレクチン固定化量が0.41mg/mL−吸着剤である吸着剤C1(500μL)、BC2LCNレクチン固定化量が0.68mg/mL−吸着剤である吸着剤C3(500μL)を用い、実施例5に記載の方法により吸着剤C2、C1、C3の50%懸濁液(各1.0mL)を調製したのち、作製したカラムに添加することにより、各吸着剤を充填したカラムを作製した。
次にそれぞれのカラムを垂直に立てた状態で、上記の方法で調製した201B7細胞または2102Ep細胞の細胞懸濁液をカラム上部より100μLずつ、すなわち、201B7細胞は6.0x106個/mL−吸着剤の条件、2102Ep細胞は8.6x105個/mL−吸着剤の条件でアプライした。201B7細胞については、吸着剤C1、吸着剤C3を充填したカラム、2102Ep細胞については、吸着剤C2、吸着剤C1、吸着剤C3C4を充填したカラムを用いて細胞通液試験を実施した。
次に、カラム上部よりMACSバッファを1mL導入し、針部からの流出液を別容器に回収した(以下、この回収液を流出細胞液と記載する)。次に、吸着剤に結合した細胞を剥離するため、細胞剥離液として、0.5Mマンニトール+0.2Mフコース+10mM EDTAの組成の剥離液をそれぞれ1mLカラム上部より導入し、針部からの流出液を別容器に回収した(以下、この回収液を剥離細胞液と記載する)。
次に、実施例6の方法に従い、回収した流出細胞液と剥離細胞液中の細胞数の定量を96穴蛍光プレートリーダーによる蛍光測定法にて行った。細胞流出率と細胞剥離率の数値を表9、201B7細胞の細胞流出率と細胞剥離率のグラフを図13、2102Ep細胞の細胞流出率と細胞剥離率のグラフを図14に示す。DEX550トヨパールHW−40ECにBC2LCNレクチンを固定化した吸着剤C1、C2、C3を充填したカラムに、「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有する細胞である201B7細胞、または2102Ep細胞を通液した結果、吸着剤のBC2LCNレクチン固定化量の増大に伴い、細胞流出率が低下し、細胞剥離率は増大することが確認できた。
このことから、DEX550トヨパールHW−40ECにBC2LCNレクチンを固定化した吸着剤である吸着剤C1、C2、C3を用いることで、「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有する細胞である201B7細胞および2102Ep細胞を、吸着剤のBC2LCNレクチン固定化量依存的に結合させ、剥離回収することが可能であることが明らかとなった。
比較例5 吸着剤C1、C2、C3へのK562細胞の吸着・剥離実験
実施例4の方法に従い培養したK562細胞を50mLチューブに回収後、1500rpm、5分間遠心し、上清を廃棄した。次に、細胞ペレットをD−PBS(−)に懸濁し、再び、1500rpm、5分間遠心し、上清を廃棄することで細胞を洗浄した。Cell Tracker Green(Invitrogen製)を無血清RPMI培地に終濃度20μMで溶解した液に細胞ペレットを懸濁し、培養シャーレに移し替え、5%CO2雰囲気下、37℃で1時間培養した。次にこの細胞を50mLチューブに回収し、1500rpm、5分間遠心し、上清を廃棄した。その後、GIT培地に懸濁し、培養シャーレに移し替え、5%CO2雰囲気下、37℃でさらに1時間培養した。再び、細胞を50mLチューブに回収し、1500rpm、5分間遠心後、上清を廃棄した。細胞ペレットをGIT培地に再懸濁し、培養シャーレに移し替え、5%CO2雰囲気下、37℃で一晩培養を行った。次に、実施例4の方法に従い細胞の回収、洗浄を行い、最終的に1.5x107個/mL−吸着剤のK562細胞のMACSバッファ細胞懸濁液を得た。
次に、細胞としてK562細胞を用いた以外は実施例8と同様の方法で、細胞の吸着・剥離実験を行った。吸着剤はBC2LCNレクチン固定化量が異なる吸着剤C2、吸着剤C1、吸着剤C3について、それぞれ細胞通液試験を実施した。上記の方法で調製したK562細胞の細胞懸濁液をカラム上部より100μLずつ、すなわち、3.0x106個/mL−吸着剤の条件でアプライした。
次に、回収した流出細胞液と剥離細胞液中の細胞数の定量を、以下に示す96穴蛍光プレートリーダーによる蛍光測定法にて行った。
まず回収した各細胞液をフルオロヌンク96穴蛍光検出用プレート(サーモフィッシャーサイエンティフィック製)に100μLずつ分注し、プレートリーダーで励起波長492nmでの蛍光スキャンを行うことで、検出波長530nmでの蛍光強度をそれぞれ測定した。また同様に、Cell Tracker Greenで染色した1.5x107個/mLのK562細胞の希釈系列を作製し、フルオロヌンク96穴蛍光検出用プレートに100μLずつ分注してプレートリーダーで励起波長492nm、検出波長530nmでの蛍光スキャンを行うことで、Cell Tracker Greenで染色したK562細胞の細胞濃度と蛍光強度の検量線を作製した。このようにして得られた各細胞流出液と細胞剥離液の蛍光強度と検量線から、各カラムにおける流出率と剥離率を、「流出率(%)=カラムあたりの流出細胞数/導入細胞数」「剥離率(%)=カラムあたりの剥離細胞数/導入細胞数」として算出した。細胞流出率と細胞剥離率の数値を表9、K562細胞の細胞流出率と細胞剥離率のグラフを図15に示す。
DEX550トヨパールHW−40ECにBC2LCNレクチンを固定化した吸着剤C1、C2、C3に、「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有さない細胞である、K562細胞を通液した結果、吸着剤へのBC2LCNレクチン固定化量に関わらず、K562細胞の流出率と剥離率はほぼ一定であることが確認できた。
このことから、DEX550トヨパールHW−40ECにBC2LCNレクチンを固定化した吸着剤C1、C2、C3を用いた場合、「Fucα1−2Galβ1−3GlcNAcおよび/またはFucα1−2Galβ1−3GalNAcからなる構造を含む糖鎖」を有さない細胞であるK562細胞は吸着剤にほとんど結合しないことが明らかとなった。