つぎに、この発明の実施例を図面に基づいて説明する。この発明を適用することのできる車両は、エンジンが出力する動力を変速して駆動輪に伝達することが可能な自動変速機を搭載した車両である。この発明における自動変速機は、例えばベルト式無段変速機やトロイダル式無段変速機のように、変速比を連続的に変化させることが可能な無段変速機であってもよい。また、エンジンおよびモータが出力する動力を合成・分割する動力分割機構を備えたハイブリッド車両にもこの発明を適用することができる。すなわち、そのようなハイブリッド車両における動力分割機構は、いわゆる電気式無段変速機構として機能するため、そのような電気式無段変速機構もこの発明における自動変速機に含めることができる。
この発明を適用することのできる車両の一例として、エンジンの出力側に自動変速機を搭載した車両の構成および制御系統を図1に示してある。この図1に示す車両Veは、前輪1および後輪2を有している。この図1に示す例では、車両Veは、エンジン(ENG)3が出力する動力を自動変速機(AT)4およびデファレンシャルギヤ5を介して後輪2に伝達して駆動力を発生させる後輪駆動車として構成されている。なお、この発明を適用することのできる車両Veは、エンジン3が出力する動力を前輪2に伝達して駆動力を発生させる前輪駆動車であってもよい。あるいは、エンジン3が出力する動力を前輪1および後輪2にそれぞれ伝達して駆動力を発生させる四輪駆動車であってもよい。
エンジン3には、例えば電子制御式のスロットルバルブあるいは電子制御式の燃料噴射装置、および、吸入空気の流量を検出するエアフローセンサが備えられている。この図1に示す例では、電子スロットルバルブ6およびエアフローセンサ7が備えられている。したがって、例えば後述のアクセルセンサ9の検出データを基に電子スロットルバルブ6の動作を電気的に制御することにより、エンジン3の出力を自動制御することができる。
エンジン3の出力側に、エンジン3の出力トルクを変速して駆動輪側へ伝達する自動変速機4が設けられている。自動変速機4は、例えば、遊星歯車機構およびクラッチ・ブレーキ機構から構成される従来一般的な有段式の自動変速機であり、クラッチ機構やブレーキ機構の動作を制御することにより、自動変速機4で設定する変速段(もしくは変速比)を自動制御することができるように構成されている。
エンジン3の出力および自動変速機4の変速動作を制御するためのコントローラ(ECU)8が備えられている。コントローラ8は、例えばマイクロコンピュータを主体にして構成される電子制御装置である。このコントローラ8に、制御のための通信が可能なように、エンジン1が接続されている。また、このコントローラ8に、制御のための通信が可能なように、油圧制御装置(図示せず)を介して自動変速機4が接続されている。なお、図1では1つのコントローラ8が設けられた例を示しているが、コントローラ8は、例えば制御する装置や機器毎に、あるいは制御内容毎に、複数設けられていてもよい。
上記のコントローラ8には、車両Ve各部の各種センサ類からの検出信号や各種車載装置からの情報信号などが入力されるように構成されている。例えば、前述のエアフローセンサ7、アクセル開度を検出するアクセルセンサ9、ブレーキペダルの踏み込み量を検出するブレーキセンサ(もしくはブレーキスイッチ)10、エンジン3の出力軸3aの回転数を検出するエンジン回転数センサ11、自動変速機4の出力軸4aの回転数を検出するアウトプット回転数センサ12、および、各車輪1,2の回転速度をそれぞれ検出して車速を求める車速センサ13などからの検出信号がコントローラ8に入力されるように構成されている。そして、それら入力されたデータおよび予め記憶させられているデータ等を使用して演算を行い、その演算結果を基に制御指令信号を出力するように構成されている。
上記のよう構成された車両Veでは、前述したように、車両Veが減速走行した後に再加速走行する際に、運転者がアクセルペダルを踏み込むことによってダウンシフトが行われる場合がある。減速走行時に実施されるダウンシフトが適切でないと、再加速走行時に駆動力が不足し、再加速走行を開始する際に更に変速段を下げる(変速比を大きくする)ダウンシフトが行われることになる。その結果、運転者が違和感を覚えたり、加速フィーリングがよくないと感じてしまったりする場合がある。また、運転者の意図や運転志向は、運転者の個人差や走行環境などによっても変化する。それに対して上記のような減速走行時のダウンシフトが一律に実行されると、再加速走行を開始する際に、運転者が意図する駆動力や加速度を得られない可能性がある。
そこで、コントローラ8は、運転者の意図や運転志向を制御に反映させて車両Veの駆動力制御を実行することにより、適切に車両Veを再加速走行させることができるように構成されている。具体的には、コントローラ8は、車両Veが減速走行した後に再加速走行する際の制御指標とする「再加速時加速度」を求め、再加速走行を開始する前に、求めた「再加速時加速度」を実現可能な自動変速機4の変速比を設定するように構成されている。「再加速時加速度」は、減速走行後の再加速走行時に制御指標となるものであって、再加速走行時に運転者が所望する加速度、あるいは運転者が期待する加速度を推定したものである。この「再加速時加速度」は、加速特性、および、車両Veの走行データに基づいて求められる。加速特性は、「再加速時加速度」と車速との関係性を定めたものであって、例えば演算式やマップなどの形で予め記憶されている。車両Veの走行データは、例えば、車速、加速度、自動変速機4の変速比、あるいはエンジン回転数など、車両Veの走行状態を表す物理量であって、現在の減速走行以前の走行履歴から抽出される。現在の減速走行以前の走行履歴とは、例えば、コントローラ8が、イグニションスイッチ(もしくは、メインスイッチ)がOFFにされる際に走行データをクリアする構成であれば、現在の走行のために最後に車両VeのイグニションスイッチがONにされ、以下の図2に説明する制御が最初に開始された時点から、現在に至るまでに取得された走行データの履歴である。
コントローラ8によって実行されるより具体的な制御内容を以下に示してある。図2は、基本となる制御の一例を説明するためのフローチャートである。先ず、車両Veの加速走行が終了したか否かが判断される(ステップS1)。例えば、車速センサ13あるいは前後加速度センサ(図示せず)の検出値を基に、加速走行が終了したか否かを判断することができる。なお、このステップS1で「車両Veの加速走行が終了した」と判断されるのは、一旦、車両Veが加速走行していると判定された後に、車両Veの加速度が0になった場合、もしくは、車両Veの加速度が0以下となる減速走行へ移行した場合である。あるいは、ブレーキスイッチ10がONになった場合などである。したがって、それら以外の場合は、全て、このステップS1で否定的に判断される。例えば、この制御の開始以降に未だ車両Veの加速走行が行われていない場合、車両Veが減速走行中である場合、車両Veが加速走行中である場合、あるいは、車両Veが定常走行中である場合には、このステップS1で否定的に判断される。
車両Veの加速走行が終了したことにより、このステップS1で肯定的に判断された場合は、ステップS2へ進む。ステップS2では、期待車速Vexpおよび勾配係数Kが算出されて更新される。具体的には、ステップS1で終了が判定された加速走行中に記憶された車両Veの走行データ(例えば、加速開始時の車速、加速走行中の最大加速度等)が読み込まれ、その走行データに基づいて、期待車速Vexpおよび勾配係数Kが更新される。運転者が車両Veを運転操作する際には、運転者は常に所定の車速を狙いながら運転していると仮定できる。このコントローラ8による制御では、上記のような運転者が目標とする車速、あるいは運転者が所望すると推定される車速を「期待車速」と定義している。例えば、同一の走行環境の下では、運転者の運転志向が、通常よりも動力性能や運動性能を重視する走行志向(スポーツ走行志向)になれば、「期待車速」は高くなる。反対に、運転者の運転志向が、通常よりも燃費や効率を重視する走行志向(燃費走行志向)になれば、「期待車速」は低くなる。この期待車速Vexpは、例えば、車速、前後加速度、横加速度、操舵角、路面勾配、車両姿勢などのデータを記録した車両Veの走行履歴を基に求めることができる。勾配係数Kは、後述するように、「期待車速」を求める際に用いる相関線の傾きを表している。これら期待車速Vexpおよび勾配係数Kの詳細については後述する。
一方、上記のステップS1で否定的に判断された場合には、ステップS3へ進む。ステップS3では、期待車速Vexpおよび勾配係数Kの各前回値が保持される。すなわち、前回の加速走行が終了した際に算出されて記憶されている期待車速Vexpおよび勾配係数Kが、それぞれ、今回の加速走行が終了するまで保持される。なお、この制御の開始以降に未だ加速走行が行われていない場合は、例えば、イグニションスイッチがONにされ、今回の制御が最初に開始された時点に記憶されている期待車速Vexpおよび勾配係数Kが、引き続き保持される。イグニションスイッチがOFFにされる際に期待車速Vexpおよび勾配係数Kがクリアされる構成では、予め設定されたそれぞれの初期値がイグニションスイッチがONにされる際に読み込まれ、期待車速Vexpおよび勾配係数Kとして記憶される。したがって、上記のようにこの制御の開始以降に未だ加速走行が行われていない場合は、期待車速Vexpおよび勾配係数Kのそれぞれの初期値が保持される。また、イグニションスイッチがOFFにされる際にその時点の期待車速Vexpおよび勾配係数Kが記憶される構成では、上記のようにこの制御の開始以降に未だ加速走行が行われていない場合は、最後にイグニションスイッチがOFFにされた際に記憶された期待車速Vexpおよび勾配係数Kが読み込まれ、引き続き保持される。
上記のステップS2で期待車速Vexpおよび勾配係数Kが更新されると、もしくは、上記のステップS3で期待車速Vexpおよび勾配係数Kの各前回値が保持されると、ステップS4へ進む。ステップS4では、再加速時加速度Gexpが求められる。車両Veが停止することなく減速走行する場合は、その減速走行を終えた後に再加速走行する状態に移行する。例えば、車両Veがコーナーを旋回走行する場合、一般に、車両Veは、コーナー手前から減速走行しながらコーナーに進入する。コーナー内では減速しながら、あるいは一定速度で、旋回走行する。そして、コーナーを脱出する際に再加速走行する。このように車両Veが減速走行後に再加速走行する場合、運転者は、期待車速Vexpに向けて車両Veを加速させると仮定できる。したがって、期待車速Vexpと現在車速Vcurとの車速差ΔV(ΔV=Vexp−Vcur)が大きければ、運転者は、その車速差ΔVを縮めるために大きな加速度を要求して車両Veを再加速走行させるものと推測できる。
上記のような仮定により、このステップS4では、期待車速Vexpと現在車速Vcurとの車速差ΔVから、再加速走行時に運転者が期待する加速度として、再加速時加速度Gexpが求められる。例えば、図3および図4に示すように、走行実験やシミュレーション等の結果から、上記のような「再加速時加速度」と車速との間には負の相関があることが分かっている。再加速走行を開始する時点の車速をx軸にし、その際の加速度(最大対地加速度)をy軸にすると、図4において「y=a・x+b」で示すような一次関数の相関線(近似直線)を求めることができる。この相関線は、図3に破線f1,f2,f3で示すように、運転者の運転志向毎に求めておくこともできる。
上述したように、「期待車速」は、加速走行時に運転者が目標とする車速として定義されたものである。そのため、車速がこの「期待車速」に到達した場合は、それ以上車両Veを加速させる必要がなくなり、その結果、加速度は0になると推測できる。したがって、図4に示すような一次関数の相関線において、y軸の加速度が0になるx切片(−a/b)を算出することにより、「期待車速」を求めることができる。
なお、上記の対地加速度は、例えばアウトプット回転数センサ12あるいは車速センサ13の検出データの微分値として求めることのできる加速度である。車両Veに搭載した加速度センサによって加速度を求めることもできるが、その場合は、車両Veの姿勢や路面勾配の影響を受けて加速度の検出データにノイズが入る可能性がある。そのため、この制御では、上記のような回転数センサから求めた対地加速度を用いている。
上記のような「再加速時加速度」と車速との間の相関関係を用いて、予め「再加速時加速度」と車速との関係性を車両Veの加速特性として定め、コントローラ8に記憶しておくことができる。そのような加速特性を車速の関数として定めておくことにより、上記のような「期待車速」および「現在車速」に対応する「再加速時加速度」を算出することができる。
また、「期待車速」および「現在車速」に対応する「再加速時加速度」は、例えば図5に示すような制御マップから求めることができる。すなわち、以前の加速走行時の走行履歴あるいは走行情報から求めた上記のような「再加速時加速度」と車速との間の相関関係を用いて、予め「再加速時加速度」と車速との関係性を車両Veの加速特性として定め、それを図5に示すような制御マップとしてコントローラ8に記憶しておくことができる。
図5で、直線fは、上述の相関線「y=a・x+b」に相当していて、「再加速時加速度」と車速との関係性を定めた加速特性を示している。この直線fの傾きが、勾配係数Kを示している。直線fにおいて、対地加速度が0になる車速、すなわち直線fのx切片が「期待車速」である。したがって、図5において、前述のステップS2で求めた期待車速Vexpを通る直線fに対して、その直線fおよび勾配係数Kで示される関係式に現在車速Vcurを当てはめることにより、再加速時加速度Gexpを求めることができる。
また、直線fは、例えば図5において直線fsおよび直線fmで示すように、上記のような「期待車速」毎に、あるいは、運転志向に応じて、複数設定しておくこともできる。その場合、以前の加速走行時における走行履歴から、その相関線として、複数設定された中から所定の直線fが決定される。それと共に、その直線fのx切片として「期待車速」が求められる。このようにして以前の加速走行時の履歴に基づいて求められる「期待車速」は、以前の加速走行時に現れていた運転志向が反映されたものとなっている。そして、上記のようにして求められた「期待車速」、および、例えば車速センサ13の検出値として求められた「現在車速」に基づいて、「再加速時加速度」が求められる。図5に示すように、「期待車速」と「現在車速」との差が大きいほど、「再加速時加速度」は大きくなる。また、運転志向としてスポーツ走行志向が強いほど、「期待車速」が大きい直線fsが選択され、それによって求められる「再加速時加速度」も大きくなる。反対に、運転志向として燃費走行志向が強いほど、「期待車速」が小さい直線fmが選択され、それによって求められる「再加速時加速度」も小さくなる。
上記のようにして、ステップS4で再加速時加速度Gexpが求められると、その再加速時加速度Gexpを実現可能な自動変速機4の変速段が求められる(ステップS5)。すなわち、車両Veが再加速時加速度Gexpで加速走行するために自動変速機4で設定する最適な変速段が求められる。そのような変速段を求める手法の一例を図6に示してある。先ず、出力可能加速度Gablが設定される。出力可能加速度Gablは、エンジン3の出力トルクの最大値をTemax、走行抵抗をR、車両重量をW、ギヤ比をgとすると、
Gabl=(Temax・g−R)/W
の計算式から算出することができる。図6に示すように、出力可能加速度Gablは、自動変速機4の各変速段毎に算出されている。
図6には、自動変速機4が前進8速の有段変速機である例を示してある。この図6に示す例では、「期待車速」および「現在車速」から求められた「再加速時加速度」に対して、その「再加速時加速度」を達成することが可能な変速段(この図6の例では、第2速、第3速、第4速、第5速)の内の最も高速段(この図6の例では、第5速)が選択される。すなわち、図6において、期待車速Vexpを通る相関線と現在車速Vcurを示す直線との交点として、再加速時加速度Gexpが表されている。この再加速時加速度Gexpを示す点は、第5速の出力可能加速度Gablと第6速の出力可能加速度Gablとの間に位置している。これは、エンジン3で最大トルクを出力した場合に、自動変速機4で第6速以上の変速段(第6速、第7速、第8速)が設定されていると、再加速時加速度Gexpを達成できないことを表している。したがって、この図6に示す例では、再加速時加速度Gexpを達成可能な自動変速機4の第5速以下の変速段(第5速から第1速)の中の最高速段である第5速が選択される。
ステップS5で再加速時加速度Gexpを実現可能な自動変速機4の変速段(変速比)が算出されると、車両Veが減速走行中であるか否かが判断される(ステップS6)。例えば、車速センサ13あるいは前後加速度センサ(図示せず)の検出値や、ブレーキスイッチ10の動作信号などを基に、車両Veが減速走行中である否かを判断することができる。車両Veが減速走行中でないことにより、このステップS6で否定的に判断された場合は、以降の制御を実行することなく、このルーチンを一旦終了する。
これに対して、車両Veが減速走行中であることにより、ステップS6で肯定的に判断された場合には、ステップS7へ進む。ステップS7では、現在、自動変速機4で設定されている変速段が、上記のステップS5で算出された変速段よりも高速段であるか否か、すなわち、現在の変速段の変速比が算出された変速段の変速比よりも小さいか否かが判断される。現在の変速段が算出された変速段よりも低速段であることにより、このステップS7で否定的に判断された場合は、以降の制御を実行することなく、このルーチンを一旦終了する。
これに対して、現在の変速段が算出された変速段よりも高速段であることにより、ステップS7で肯定的に判断された場合には、ステップS8へ進み、算出された変速段に向けて自動変速機4でダウンシフトが実施される。そしてその後、このルーチンを一旦終了する。
上記のような減速走行時の制御を実行するコントローラ8の具体的な構成を、図7のブロック図に示してある。このコントローラ8は、一例として、加速度算出部B1、期待車速算出部B2、再加速時加速度算出部B3、出力可能加速度算出部B4、目標変速段算出部B5、および、変速出力判断部B6から構成されている。
加速度算出部B1は、アウトプット回転数センサ12の検出データを基に車両Veの加速度を算出する。車速センサ13の検出データから車両Veの加速度を算出することもできる。期待車速算出部B2は、上記の加速度算出部B1で算出された加速度データおよび車速センサ13の検出データを基に期待車速Vexpを算出する。再加速時加速度算出部B3は、上記の期待車速算出部B2で算出された期待車速Vexpと車速センサ13の検出データから求まる現在車速Vcurとの車速差ΔVを基に再加速時加速度Gexpを算出する。一方、出力可能加速度算出部B4は、エアフローセンサ7の検出データを基に自動変速機4の各変速段(もしくは、変速比)毎の出力可能加速度Gablを算出する。目標変速段算出部B5は、上記の再加速時加速度算出部B3で算出された再加速時加速度Gexpおよび出力可能加速度算出部B4で算出された出力可能加速度Gablを基に自動変速機4に対する目標変速段(もしくは、目標変速比)を算出する。そして、変速出力判断部B6は、上記の目標変速段算出部B5で算出された目標変速段ならびにアクセルセンサ9の検出データおよびブレーキスイッチ10の検出データを基に自動変速機4に対する変速指令に関する判断を行う。具体的には、自動変速機4に対するダウンシフトの実行の要否を判断する。
前述の図6では、自動変速機4が前進8速の有段変速機である例を示しているが、この発明の自動変速機4は、ベルト式やトロイダル式の無段変速機、あるいはハイブリッド車両における電気式の無段変速機構を対象にすることもできる。自動変速機4が上記のような無段変速機あるいはハイブリッド車両の電気式無段変速機構である場合には、「再加速時加速度」を実現可能な自動変速機4の変速比が算出され、その算出された変速比に基づいて自動変速機4が制御される。例えば、図8の(a)に示すように、「現在車速」および「期待車速」から「再加速時加速度」を実現可能な変速比γが求められ、その変速比γに基づいて自動変速機4が制御される。その場合のエンジン回転数の挙動を図8の(b)に示してある。
上述した実施例では、例えば図4に示すような相関線、あるいは図5に示すような制御マップから「期待車速」が求められる。それら図4に示す相関線や図5に示す制御マップは、過去の加速走行時の走行データを基に設定される。その場合に使用する過去の走行データを単純に蓄積していくと、データ量が膨大になってしまう。また、過去の走行データを過度に重視すると、走行環境や運転志向が変化した場合であっても、その変化以前の走行データが適用されてしまい、その結果、「期待車速」や「再加速時加速度」の推定精度が低下してしまう場合がある。そこで、このコントローラ8による駆動力制御では、「期待車速」を求めるために使用される走行データに対して重み付けが行われる。
上記のような走行データの重み付けは、過去の走行データに対して所定の重み係数を乗じることにより実施される。あるいは、全ての走行データの履歴の中から所定の走行データを選択して「期待車速」の算出に用いることにより実施される。例えば、図4に示す相関線や図5に示す制御マップを設定するために用いられる過去の走行データに対して重み係数w(w<1)を乗じることにより、走行データの重み付けを行うことができる。あるいは、最新から所定の回数分遡った直近の走行データのみを用いて、図4に示す相関線を設定することにより、走行データの重み付けを行うことができる。
例えば、図9のグラフに示すように、所定の走行データをグラフ上にプロットしたデータを点(x
0,y
0)とし、走行データの履歴から得られる近似直線を「y=a・x+b」とすると、点(x
0,y
0)の誤差dは、
d=(y
0−a・x
0−b)
となる。これに重み付けのための重み係数wを考慮した二乗誤差(w)・d
2は、
(w)・d
2=(w)・(y
0−a・x
0−b)
2
となる。したがって、この二乗誤差(w)・d
2が最小となる係数aおよび係数bを算出することにより、近似直線「y=a・x+b」を求めることができる。そのような二乗誤差(w)・d
2が最小となる係数aおよび係数bは、それぞれ、次の(1)式および(2)式で示す漸化式によって算出される。
上記の(1)式および(2)式において、x2の総和の項をAnとすると、An−1およびAnは、それぞれ、次の(3)式および(4)式のような漸化式で表される。
上記の(1)式および(2)式の漸化式におけるx2の総和の項に関して、総和の前回値(An−1)にx2の今回値(xn 2)を加え、その和に重み係数wを乗じることにより、総和の今回値(An)を求めることができる。このことは、上記の(1)式および(2)式の漸化式における他の総和の項についても同様に当てはまる。そのため、上記の(1)式および(2)式で表される係数aおよび係数bについては、総和の前回値が分かっていれば、今回値も求めることができる。したがって、過去の走行データの履歴が全て記憶されていなくとも、総和の前回値が記憶されていれば、その総和の前回値と今回値とから、重み係数wによって重み付けされた近似直線「y=a・x+b」を求めることができる。
上記のような重み係数wを、例えば「w=0.7」として走行データの重み付けを行った場合、図10に示すように、直近の4回分のデータだけで全体の約75%の情報量を占めることになる。このように、上記のような重み付けを行うことにより、直近のデータに対する重要度を高めることができ、例えば、重要度が低くなった過去のデータをクリアすることもできる。また、重み係数wを一定値とすることにより、上記のような漸化式における1回毎の変化が一定となり、その結果、上記のような漸化式の計算によって近似直線「y=a・x+b」を容易に求めることができる。したがって、上記のように走行データに対して重み付けを行うことにより、「期待車速」や「再加速時加速度」の一定の推定精度を確保しつつ、データを記憶するメモリの負荷および演算処理の際の負荷を軽減することができる。
このように、コントローラ8による駆動力制御では、減速走行後の再加速走行時に、その再加速走行が開始される以前に、「再加速時加速度」で加速走行することが可能な変速比を設定する自動変速機4の変速制御を完了させておくことができる。また、上記のような「期待車速」に基づいて「再加速時加速度」を求めることにより、その「再加速時加速度」を、運転者の意図や運転志向等を反映した変速制御の制御指標とすることができる。そのため、減速走行後の再加速走行の開始時点では、事前に、再加速のために必要な駆動力を得ることが可能な変速比を自動変速機4で設定しておくことができる。また、その際に設定されている変速比は、運転者が意図する加速度、あるいは運転者が要求する加速度で車両を加速させることが可能であると推定される変速比となっている。
例えば、車両Veがコーナーを旋回走行する場合には、コーナーへの進入段階からコーナー内での旋回走行段階における車両Veの減速走行中に、予め、コーナーからの脱出段階における車両Veの再加速走行時に適した変速比、すなわち「再加速時加速度」を実現可能な変速比へ、自動変速機4をダウンシフトさせておくことができる。したがって、車両Veがコーナーに進入して旋回走行する場合に、大きな駆動力を得ることが可能な状態を維持しつつ、車両Veを適切に減速させて安定した旋回走行を行うことができる。そして、車両Veがコーナーから脱出して再加速走行を開始する際には、上記のように、既に、十分な駆動力を得ることが可能な状態にまでダウンシフトが完了されている。
したがって、コントローラ8による駆動力制御によれば、減速走行時のダウンシフトが不十分なために、その減速走行後の再加速走行時に駆動力の不足を補うために更にダウンシフトが行われるようなことを回避して、適切に車両を加速走行させることができる。そのため、運転者に違和感やショックを与えてしまうようなことを抑制し、車両Veの加速性能および加速フィーリングを向上させることができる。
また、コントローラ8による駆動力制御において、「期待車速」は、加速走行が行われる度に更新される。そのように「期待車速」が更新されることにより、運転者の最新の運転志向を制御に反映させることができる。例えば、運転者の運転志向が燃費走行志向からスポーツ走行志向へ変化した場合には、「期待車速」が増大する側に更新され、その結果、自動変速機4では、より低速段側の大きな変速比が設定され易い状態になる。そのため、その後の再加速走行の際には、より大きな駆動力を発生させて力強い加速走行が可能になり、上記のようなスポーツ走行志向への運転志向の変化を反映させて、車両Veを適切に加速走行させることができる。
ところで、このコントローラ8による駆動力制御では、上述のように、運転者の運転志向を反映させるために、過去の加速走行時の走行履歴、特に加速走行時の複数の走行データを用いて「期待車速」および「再加速時加速度」を推定している。したがって、走行データのサンプル数が十分でない場合は、「期待車速」および「再加速時加速度」の推定精度が低下してしまう可能性がある。例えば、前述の図9に示した走行データの履歴から得られる近似直線が、図11に示すように、本来、運転者の運転志向を適切に反映した(精度良く推定された)近似直線Lr1に対して傾きが大きく異なった近似直線Lw1として求められてしまう可能性がある。仮に、そのような傾きが適切でない近似直線Lw1に基づいてダウンシフトが行われると、図12の各ダウンシフト線上において「ダウンシフト点および車速毎のエンジン回転数領域」(太実線)で示すように、ダウンシフト後のエンジン回転数が車速によって大きく変動してしまう。
また、運転者の運転志向が変化した直後も、「期待車速」および「再加速時加速度」の推定精度が低下してしまう可能性がある。例えば、図13に示すように、運転者の運転志向が変化すると、運転志向が変化する前の走行データのサンプル群PGに対して、運転志向が変化したことによってサンプル群PGから掛け離れた位置に走行データがプロットされる(サンプルP1)。そのため、運転志向の変化直後は、サンプル群PG内の走行データとサンプルP1で示す走行データとに基づいて近似直線を求めると、本来、運転者の運転志向を適切に反映した(精度良く推定された)近似直線Lr2に対して傾きが大きく異なった近似直線Lw2として求められてしまう可能性がある。また、図13に示す例では、本来の近似直線Lr2は傾きが負の直線であるのに対して、近似直線Lw2は傾きが正の直線となっている。近似直線の傾きが正であると、前述の図6や図8に示したように出力可能加速度を表す曲線(MAXG線)と近似直線との交点からダウンシフト点を求める際に、出力可能加速度曲線と近似直線との交点が得られなくなり、適切なダウンシフト点を求めることができなくなってしまう。
そこで、このコントローラ8は、上記のように走行データのサンプル数が少ない場合や、運転者の運転志向が変化した直後であっても、「期待車速」および「再加速時加速度」を精度良く推定し、運転者の意図や運転志向を適切に反映した駆動力制御を実行することができるように構成されている。
上記のような走行データのサンプル数が少ない場合や運転志向が変化した状況に対応するためにコントローラ8で実行される制御の一例を、図14に示してある。この図14のフローチャートに示す制御は、前述の図2のフローチャートにおけるステップS2に代わる他の制御形態として実行することができる。先ず、近似直線L0が更新されるとともに、その近似直線L0とMAXG線との交点からダウンシフト点が算出される。また、車速毎のエンジン回転数領域が算出される(ステップS101)。すなわち、前述の図12に太実線で示すようなダウンシフト点および車速毎のエンジン回転数領域の線図が求められる。近似直線L0は、前述の図2のフローチャートにおけるステップS2で更新される勾配係数Kおよび期待車速Vexpを求めるための相関線である。したがって、近似直線L0は、前述した内容と同様にして算出し、更新することができる。
次いで、ステップS101で算出された車速毎のエンジン回転数領域が揃っているか否かが判断される(ステップS102)。具体的には、図15に示すような車速毎のエンジン回転数領域における最大値Nemaxと最小値Neminとの差分Dが所定値α以下であるか否かが判断される。差分Dが所定値α以下である場合に、車速毎のエンジン回転数領域が揃っていると判断される。所定値αは、走行実験やシミュレーション等の結果を基に予め設定することができる。
車速毎のエンジン回転数領域が揃っていることにより、このステップS102で肯定的に判断された場合は、ステップS103へ進む。ステップS103では、上記のステップS101で更新された近似直線LOが保持される。この場合は、車速毎のエンジン回転数領域が揃っていると判断されたことにより、ステップS101で更新された近似直線LOは適正であると判断される。
ステップS104では、上記のステップS103で保持された近似直線L0から、期待車速Vexpおよび勾配係数Kが算出されて更新される。すなわち、この場合は、近似直線L0から求められる期待車速Vexpおよび再加速時加速度Gexpに基づいてダウンシフトを実行することにより、いずれの変速段におけるダウンシフトであっても、ダウンシフト後のエンジン回転数が、車速にかかわらず、ほぼ一定になると判断できる。したがって、このステップS104では、上記のステップS101で更新され、ステップS103で保持された近似直線L0に対して、特に変更や修正等を行うことなく、その近似直線L0をそのまま用いて期待車速Vexpおよび勾配係数Kが算出される。
上記のようにして、ステップS104で期待車速Vexpが算出されて更新されると、その後、図2のフローチャートにおけるステップS4へ進み、前述した内容と同様の制御が実行される。
これに対して、車速毎のエンジン回転数領域が揃っていないこと、すなわち、上記の差分Dが所定値αよりも大きいことにより、ステップS102で否定的に判断された場合には、ステップS105へ進む。この場合は、近似直線L0から求められる期待車速Vexpおよび再加速時加速度Gexpに基づいてダウンシフトを実行すると、前述の図12に示したように、ダウンシフト後のエンジン回転数が、車速によって大きく異なってばらついてしまうと判断できる。そのため、このステップS105以降の制御では、既に算出されている近似直線L0に対し、その傾きの大きさに応じて変更が加えられる。
具体的には、先ず、ステップS105で、近似直線L0の傾きが所定値βよりも小さいか否かが判断される。所定値βは、走行実験やシミュレーション等の結果を基に予め設定することができる。例えば、図16,図17に示すように、所定値βは、所定の近似直線を算出するために用いる走行データの複数のプロットの重心Pmを回転中心として近似直線を回転させ、その傾きを大小に変化させた場合に、車速毎のエンジン回転数領域が揃う最適な近似直線Laの傾きとして求めることができる。すなわち、所定値βは、前述の差分Dが、所定値α以下でかつ最小となる場合の近似直線の傾きある、したがって、所定値βが、この発明における中央値に相当している。
また、図17に示すように、最適な近似直線Laの傾きをβとすると、傾きβよりも小さい傾きβ1の近似直線Lb、および、傾きβよりも大きい傾きβ2の近似直線Lcは、近似直線Laに基づいて求められる車速毎のエンジン回転数領域の差分D0に対して、差分D1および差分D2がいずれも大きくなる。なお、傾きβ、傾きβ1、および、傾きβ2は、いずれも負の値である。したがって、各傾きβ,β1,β2の大小関係は、「傾きβ2>傾きβ>傾きβ1」となっている。
近似直線L0の傾きが所定値βよりも小さいことにより、このステップS105で肯定的に判断された場合は、ステップS106へ進む。ステップS106では、重心Pmを通り、かつ、回転数条件を満たす直線のうち、傾きが最小となる直線が近似直線L1として算出される。
上記の回転数条件とは、例えば、車速毎のエンジン回転数領域における差分Dが、運転者に違和感を与えない程度に許容できる範囲内の値となっていることである。その場合の許容範囲は、例えば、図18に示すような、一次関数の切片を縦軸にとり、傾きを横軸とったグラフ上で、ハッチングを付けた領域ARとして表すことができる。また、重心Pmを通る直線群は、図18に示すグラフ上で、直線Lg(破線)として表すことができる。そのため、上記のような最適な近似直線Laは、直線Lg上で傾きがβである点Paとなり、領域ARは、この点Paを含む所定の領域となる。この領域ARは、走行実験やシミュレーション等の結果を基に予め設定することができる。したがって、このステップS106において近似直線L1として設定される直線は、直線Lg上かつ領域AR内で、傾きが最小となる点Pbとして求めることができる。
上記のようにして、ステップS106で近似直線L1が求められると、前述のステップS104へ進み、その近似直線L1から期待車速Vexpおよび勾配係数Kが算出されて更新される。そして、ステップS104で期待車速Vexpおよび勾配係数Kが更新されると、その後、図2のフローチャートにおけるステップS4へ進み、前述した内容と同様の制御が実行される。
一方、近似直線L0の傾きが所定値β以上であることにより、ステップS105で否定的に判断された場合には、ステップS107へ進む。ステップS107では、重心Pmを通り、かつ、回転数条件を満たす直線のうち、傾きが最大となる直線が近似直線L1として算出される。したがって、このステップS107において近似直線L1として設定される直線は、直線Lg上かつ領域AR内で、傾きが最大となる点Pcとして求めることができる。
ステップS107で近似直線L1が求められると、前述のステップS104へ進み、その近似直線L1から期待車速Vexpおよび勾配係数Kが算出されて更新される。そして、ステップS104で期待車速Vexpおよび勾配係数Kが更新されると、その後、図2のフローチャートにおけるステップS4へ進み、前述した内容と同様の制御が実行される。
例えば、前述の図11に示した例で、走行データのサンプル数が少ない場合に、運転志向を適切に反映した近似直線Lr1に対して傾きが小さく(負側の傾きが大きく)なる近似直線Lw1は、図18の直線Lg上で、点Pdとして表される。したがって、その場合に設定される近似直線L1は、図18の直線Lg上で点Pbとして表される直線となり、図19に示すように、近似直線Lw1(すなわち近似直線L0)が、近似直線Ld(すなわち、点Pbとして求められる近似直線L1)に変更される。その結果、図17の(b)に示すように、車速毎のエンジン回転数領域が揃う状態になる。
また、前述の図13に示した例で、運転志向が変化した直後に、変化後の運転志向を適切に反映した近似直線Lr2に対して傾きが大きくなる(正の傾きになる)近似直線Lw2は、図18の直線Lg上で、点Peとして表される。したがって、その場合に設定される近似直線L1は、図18の直線Lg上で点Pcとして表される直線となり、図20に示すように、近似直線Lw2(すなわち近似直線L0)が、近似直線Le(すなわち、点Pcとして求められる近似直線L1)に変更される。その結果、図17の(b)に示すように、車速毎のエンジン回転数領域が揃う状態になる。なお、この図20に示す例では、変化後の運転志向を適切に反映した近似直線Lr2に対して、近似直線Leが若干乖離しているが、この場合は、運転志向が変化する過渡状態として扱うことができる。そのため、上記のような乖離の影響は少ない。
このように、図14のフローチャートで示す制御を実行することにより、例えば、走行データのサンプル数が少ない場合や、運転者の運転志向が変化した直後であっても、車速毎のエンジン回転数領域における差分Dが所定値α以下となるような近似直線が求められる。そして、その近似直線に基づいて期待車速Vexpおよび勾配係数Kが算出される。そのため、期待車速Vexpおよび再加速時加速度Gexpの推定精度が低下してしまうことを抑制し、運転者の意図や運転志向を適切に反映した駆動力制御を実行することができる。
なお、前述したように、図14のフローチャートで示す制御は、特に、走行データのサンプル数が少ない場合にその効果を発揮する。したがって、図14のフローチャートで示す制御は、例えば、車両Veのイグニションスイッチ(もしくは、メインスイッチ)がONにされてから現在に至るまでの間の加速走行が所定回数未満であることを前提条件として実行してもよい。そのような加速走行が所定回数未満である場合に図14のフローチャートで示す制御を実行するように構成することにより、制御の実行回数や実行頻度を抑制し、コントローラ8の演算負荷を低減することができる。
また、上述した具体例では、「近似直線」を、グラフ上に示された線図として説明しているが、「近似直線」、および、車速と加速度との相関線(直線f)等は、線図を表す関数、方程式、あるいは、相関式などの形で用いることもできる。