シリコンカーバイド(SiC)は、絶縁破壊電界がシリコンの約10倍、熱伝導率がシリコンの約3倍、電子の飽和速度がシリコンの約2倍と大きいことから、シリコンを用いたパワーデバイスと比較して、デバイスの高耐圧化が容易であり、更に、デバイス能動層を薄層かつ高濃度化することによって低損失パワーデバイスを実現できる材料として着目されている。特に、SiCショットキーバリアダイオードは、2000年代初頭に、SiCデバイスの中で最も早く実用化され、スイッチング回路に搭載した場合に、同性能の耐圧を持つシリコンバイポーラ型のファーストリカバリーダイオードと比較して、逆回復時間と回復電流が小さいために、回路の低損失化が実現できるデバイスとなっている。
一方SiCの物性を活かして、高い耐圧特性を示すショットキーバリアダイオードを実現するためには、逆方向バイアス動作時にシリコンパワーデバイスと同様にショットキー接合終端部に集中する電界を緩和する必要がある(非特許文献1参照)。
図5に従来のこの種のSiCショットキーバリアダイオードの構造を示す。高不純物濃度のn型六方晶SiCからなるn+型SiC基板1上に、n+型SiC基板1よりも不純物濃度の低いn−型SiCエピタキシャル層2が形成されている。n−型SiCエピタキシャル層2上には、n−型SiCエピタキシャル層2にショットキー接触するショットキー電極3が形成され、n+型SiC基板1の裏面側にはオーミック電極4が形成されている。そして、ショットキー電極3の外周部に、一部が重なるように、ガードリング層5が形成されている。なお、6はパッド電極、7はパッシベーション膜である。
一般的にSiCショットキーバリアダイオードでは、JTE(Junction Termination Extension)のようなP型のイオン注入層(P型ガードリング層)を用いたガードリング構造が形成されている。このようなガードリング構造は、SiCに対してP型の不純物となるホウ素やアルミニウムを、500℃程度の高温でイオン注入し、その後、注入した不純物イオンを十分に活性化させるため1500℃以上の熱処理を行うことで形成されるのが一般的である(非特許文献2参照)。
また、ガードリング構造の別の例として、アルゴンイオンを注入することにより結晶欠陥領域(高抵抗ガードリング層)を形成して高抵抗ガードリング構造を形成する方法も知られている。アルゴンは、SiCに対してP型やN型の不純物とならないため、イオン注入によって結晶構造を崩し、SiCのバンドギャップ内で、伝導帯から深いエネルギー準位にアクセプター型トラップを形成することによって、電界が緩和される。このような高抵抗ガードリング構造は、逆方向動作におけるリーク電流が大きいという課題があることも知られている(非特許文献3参照)。
これに対し本願出願人は、低温の熱処理でガードリング層を形成することができ、かつ所望の特性を得ることができるSiCショットキーバリアダイオードとその製造方法を提案している(特許文献1)。具体的には、ガードリング層形成領域に不純物イオンを注入して結晶欠陥を生じさせた後、このイオン注入領域を再結晶化すると共に注入したイオンの一部を活性化させるため、900℃〜1300℃程度の比較的低温の熱処理を行い、ガードリング層を形成するもので、従来の高抵抗ガードリング層とは異なる特性を有するガードリング構造を形成することができる。
本願出願人が先に提案したガードリング構造では、1500℃程度の高温処理を必要とする従来方法より比較的低温の熱処理のみでガードリング層を形成することができた。しかしながら、本願出願人が提案したガードリング構造を備えたSiCショットキーバリアダイオードであっても、急峻な電圧あるいは電流が印加されたときに、アバランシェ降伏が生じ、素子が破壊してしまうという問題が生じていた。
例えば、図6に従来のSiCショットキーバリアダイオードの逆方向電流特性を示す。図6において、従来例1は本願出願人が先に提案した方法によりガードリング層を形成する際の不純物イオンの注入量を1×1014cm-2とした場合、従来例2は不純物イオンの注入量を1×1015cm-2とした場合で、その他の注入条件やガードリング層を形成する際の熱処理条件等は同一として形成し、それぞれの素子のブレークダウン特性を示している。両者を比較した場合、従来例1は耐圧が低く、一方従来例2は耐圧は高いことがわかる。しかし従来例2に示す素子の方がアバランシェ耐量が低く、アバランシェ降伏が生じると素子の破壊に至ってしまう。
一般的にアバランシェ耐量を高くするためには、図6の従来例1に示すような所定の電圧でブレークダウンする特性とする必要があることが知られている。しかしながら、本願出願人が先に提案したガードリング構造では、注入量の調整のみでブレークダウン電圧を所定の値に調整することは困難であった。本発明はこのような問題点を解消し、所望の高い耐圧を持ちながらアバランシェ耐量が高いSiCショットキーバリアダイオードを提供することを目的とする。
上記目的を達成するため、本願請求項1に係る発明は、第1の導電型のシリコンカーバイド層表面にショットキー電極を備え、該ショットキー電極の周囲に一部が重畳するようにガードリング層を備えたシリコンカーバイドショットキーバリアダイオードにおいて、前記ガードリング層は、前記第1の導電型のシリコンカーバイド層に第2の導電型となる不純物イオンが注入された領域が再結晶化し、かつ注入された前記不純物イオンの一部が活性化されて第2の導電型を示す領域からなる第1のガードリング層および第2のガードリング層により構成され、前記第1のガードリング層は、前記ショットキー電極の周囲に一部が重畳するように配置され、前記第2のガードリング層は、前記第1のガードリング層の下部あるいは外周側面に接触し、前記ショットキー電極の周囲に重畳しないように配置され、前記第2のガードリング領域の不純物濃度は、前記第1のガードリング領域の不純物濃度より低いことを特徴とする。
本願請求項2に係る発明は、請求項1記載のシリコンカーバイドショットキーバリアダイオードにおいて、前記第1のガードリング層および前記第2のガードリング層は、N型のシリコンカーバイド層にP型となる不純物イオンが注入された領域が再結晶化した領域からなり、かつ注入された前記P型となる不純物イオンの一部が活性化されてP型の導電型を示す領域であることを特徴とする。
本発明のSiCショットキーバリアダイオードは、本願出願人が先に提案したガードリング層に相当する第1のガードリング層の下部あるいは外周側面に不純物濃度の低い第2のガードリング層を備える構造とすることで、第1のガードリング層により所望の電圧範囲の逆方向耐圧を保ちながら、所定の電圧を超えると第2のガードリング層により所望の電圧でブレークダウンする構成とすることで、アバランシェ耐量を保つことを可能とした。ブレークダウン電圧は、第1および第2のガードリング層の不純物濃度や形成深さにより、適宜設定することが可能で、制御性良く形成することができる。
本発明に係るSiCショットキーバリアダイオードは、本願出願人が先に提案したガードリング層に相当する第1のガードリング層の下部あるいは外周側面に、それより不純物濃度の低い第2のガードリング層を備える構造となっている。本発明の第1および第2のガードリング層は、イオン注入によって生じた結晶欠陥が熱処理によって回復(再結晶化)しており、さらにイオン注入された不純物イオンの活性化率は、1%以下程度となっている。従って、本発明の第1および第2のガードリング層は、不純物イオンの注入量をそれぞれ低く設定すると共に、注入した不純物イオンの活性化率を高くして形成した不純物イオン濃度の低い領域、即ち、注入量が少ないためイオン注入によって結晶欠陥がほとんど発生しない領域に、活性化したイオン種が低濃度で存在する領域とは異なり、逆方向リーク電流を低減することができる。第1のガードリング層を形成する際の不純物イオンの注入量は、第2のガードリング層を形成する際の不純物イオンの注入量と比較して高く設定することで、第1のガードリング層の不純物イオン濃度は、第2のガードリング層の不純物イオン濃度より高くすることが可能である。
図1は、本発明の第1の実施例のSiCショットキーバリアダイオードの断面図である。高不純物濃度のn型六方晶SiCからなるn+SiC基板1上に、n+SiC基板より不純物濃度の低いn−型SiCエピタキシャル層2が形成されている。n−型SiCエピタキシャル層2にはn−型SiCエピタキシャル層にショットキー接触するショットキー電極3が形成されている。そして、ショットキー電極3の外周部に、一部が重なるように本発明の第1のガードリング層8が形成され、さらに第1のガードリング層8の外周側面部に第2のガードリング層9が形成されている。ショットキー電極3上には、パッド電極6が形成されており、さらにn−型SiCエピタキシャル層2の露出する表面、ショットキー電極3、パッド電極6を覆うようにパッシベーション膜7が形成されている。このパッシベーション膜7は、本発明のSiCショットキーバリアダイオードをパッケージに組立てる際に、パッド電極6上にワイヤーボンディングを行うため開口が形成されている。また、n+SiC基板1の裏面側にはオーミック電極4が形成されている。
第1のガードリング層8および第2のガードリング層9は、通常の半導体装置の製造方法に従い、例えば、n−型SiCエピタキシャル層2にフォトレジストやCVD酸化膜等からなるイオン注入マスクをパターニングすることにより選択イオン注入を行い、その後、イオン注入によって生じた結晶欠陥を回復するため、窒素やアルゴン等の不活性ガス雰囲気で熱処理を行って結晶欠陥が生じた部分を再結晶化すると共に、注入されたイオンの一部を活性化して形成する。
一例として、第1のガードリング層8は、第1のガードリング層形成予定領域を開口するようにイオン注入マスクを形成し、ホウ素イオンを注入エネルギー30keV、注入量1×1015cm-2を室温でイオン注入する。また、第2のガードリング層9は、第2のガードリング層形成予定領域を開口するように別のイオン注入マスクを形成し、ホウ素イオンを注入エネルギー30keV、注入量1×1014cm-2、室温でイオン注入する。その後、1050℃で90分程度の熱処理を行う。このように通常のイオン注入後の熱処理温度としては比較的低温の熱処理を行うことで、注入されたイオンの活性化率は1%程度とすることができ、p型の導電型を示す不純物濃度の低い領域を形成することができる。本実施例では、第1のガードリング層8と第2のガードリング層9とを形成する際、イオン注入条件の注入量に差を設けることで、形成されるガードリング層の不純物イオン濃度に差を設けている。
図2は、本発明のガードリング層を備えたSiCショットキーバリアダイオードの逆方向電流特性を示す。比較のため、図5で説明した従来例の逆方向電流特性も図示している。図2に示すように、本発明の逆方向電流特性は、従来例1に比べて耐圧が高く、従来例2と700V程度までは同等の耐圧が得られることがわかる。一方、700Vを越えると、ブレークダウン特性を示している。これは、本発明の第1のガードリング層8により700V程度まで電流が抑制され、700V程度を越えると第2のガードリング層9でブレークダウン特性を持たせることができたことを示している。このように形成したSiCショットキーバリアダイオードに対し、急峻な電圧あるいは電流を印加した結果、破壊に至ることはなく、アバランシェ耐量が向上したことが確認できた。
次に、第2の実施例について説明する。図3は本発明の第2の実施例のSiCショットキーバリアダイオードの断面図である。先に説明した第1の実施例とは、第2のガードリング層9の配置が相違している。即ち、第1のガードリング層8はショットキー電極3と一部が重なるように形成され、この第1のガードリング層8の下部に第2のガードリング層9を形成している。ここで、第2のガードリング層9は、ショットキー電極3には接触しない構造とすることで、高い耐圧を保持することが可能となる。
第1のガードリング層8および第2のガードリング層9は、実施例1同様、選択イオン注入により形成する。その際、同一のイオン注入マスクを使用し、2回のイオン注入を行うことになる。まず第2のガードリング層9を形成するため、ホウ素イオンを注入エネルギー100keV、注入量1×1014cm-2、室温でイオン注入する。同じイオン注入マスクを使用し、第1のガードリング層8を形成するため、ホウ素イオンを注入エネルギー30keV、注入量1×1015cm-2を室温でイオン注入する。その後、1050℃で90分程度の熱処理を行う。このように通常のイオン注入後の熱処理温度としては比較的低温の熱処理を行うことで、注入されイオンの活性化率は1%程度とすることができ、p型の導電型を示す不純物濃度の低い領域を形成することができる。本実施例でも、第1のガードリング層8と第2のガードリング層9は、注入エネルギーおよび注入量に差を設けることで、形成されるガードリング層の形成深さと不純物イオン濃度に差を設けている。
このように形成したガードリング層を備えたSiCショットキーバリアダイオードの逆方向電流特性は、前述の第1の実施例同様、従来例1に比べて耐圧が高く、従来例2に比べてアバランシェ耐量を向上させることができる。
なお、実施例1と比較して、ショットキー電極3と第2のガードリング層9との間の寸法が短くなるため、ブレークダウン電圧は700Vより低くなるが、ガードリング層を形成する際の注入条件等を適宜変更することで、形成深さ、不純物濃度を適宜設定し、所望の耐圧とブレークダウン電圧を設定することが可能となる。
次に、第3の実施例について説明する。図4は本発明の第3の実施例のSiCショットキーバリアダイオードの断面図である。先に説明した第1の実施例、第2の実施例とは、第2のガードリング層9の配置が相違している。図4に示すように第1の実施例と第2の実施例を組み合わせた構造とすることも可能である。
この場合、逆方向電流特性は前述の第2の実施例同様、従来例1に比べて耐圧が高く、従来例2に比べてアバランシェ耐量を向上させることができる。また、実施例1と比較して、ショットキー電極3と第2のガードリング層9との間の寸法が短くなるため、ブレークダウン電圧は700Vより低くなるが、ガードリング層を形成する際の注入条件等を適宜変更することで、形成深さ、不純物濃度を適宜設定し、所望の耐圧とブレークダウン電圧を設定することが可能となる。
以上本発明の実施例について説明したが、本発明のガードリング層を形成するためには、上記実施例に限定されず、SiCショットキーバリアダイオードの所望の特性が得られる範囲で、以下の条件を適宜設定すればよい。まず、注入するイオン種はホウ素あるいはアルミニウムとし、注入エネルギーは30〜180keV、注入量は5×1013cm-2〜5×1015cm-2の範囲に設定する。注入エネルギーを一定として注入量を増加させると、不純物イオンが注入された領域のアモルファス化の度合いが強まり、熱処理による結晶性の回復が悪くなる傾向となる。そこで、本発明では、以下に説明する熱処理条件で所望の再結晶化が生じるように、上記の注入量に設定すればよい。注入エネルギーは、注入深さを決めるために設定している。
次に熱処理温度範囲は、イオン注入によって結晶に欠陥を生じさせた後、再結晶化させると共に、注入した不純物イオンの活性化率の低い温度範囲に設定している。イオン注入後の熱処理温度の下限は、再結晶化するといわれている800℃より高い温度である900℃に設定することにより、確実に再結晶化させている。さらに、熱処理温度の上限は、注入した不純物イオンがアクセプターとして活性化する活性化率が1%程度となる1500℃より低い1300℃に設定することで、注入した不純物イオンのほとんどがアクセプターとして活性化しないことになる。従って本発明では、熱処理温度を900℃〜1300℃の温度範囲としている。