以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
光情報媒体の耐指紋性の試験方法
光情報媒体、特に、カートリッジ、シェル、キャディ等の、媒体表面を手指の接触から保護する機構をもたない光情報媒体の、指紋をはじめとする油脂成分の付着性および/または除去性を評価するためには、光情報媒体表面に、擬似的な指紋パターンを定量的に付着させ、その拭取り性を所定の条件下で評価してやればよい。そのためには、実際の指紋に可能な限り近い性状を有する擬似指紋成分を調製し、これを光情報媒体の透光性基体表面に所定の方法によって定量的に付着させることが要求される。また、擬似指紋成分を構成する材料が容易に入手でき、かつ、簡便に調製できることが好ましい。具体的には、以下の指針にしたがって調製された擬似指紋成分を用いることが好ましい。
この際、液体のみからなる均一成分系を用いたのでは、実際の指紋の除去性を近似したことにならない。例えば、均一系として、皮脂構成成分のひとつであるトリオレインを用いた場合、トリオレインの25℃における表面張力は34mN/mであるから、臨界表面張力が18mN/m程度であるポリテトラフルオロエチレン(PTFE)表面であればトリオレインに濡れることはなく、完全に弾く。しかしながら、実際の指紋は、たとえPTFE表面であっても、定着しないということはあり得ない。これは、主として、指紋が液体物質のみからなっておらず、不溶物および粘性物質を含む不均一系からなっていることによる。したがって、適当な不溶成分を、実際の指紋に含有される液状成分および/またはこれに類似する液体からなる分散媒に添加した不均一系を構成してやれば、本発明の目的を満足する擬似指紋成分を得ることができる。
ここで、臨界表面張力について説明する。撥水性および撥油性は、その物質の表面自由エネルギーの目安である臨界表面張力(γC /mNm-1)によって一義的に表すことができる。臨界表面張力は接触角の実測値から求めることができる。具体的には、特定の物質からなる平滑表面における接触角(θ/rad )を、表面張力既知の数種の飽和炭化水素液体(表面張力:γ1 /mNm-1)について測定し、 cosθとγ1 とのプロットにおいて cosθ=1に外挿した値が前記特定の物質の臨界表面張力γC である。ある物質が液体を弾くためには、その物質の臨界表面張力γC が液体の表面張力γ1 を下回っている必要がある。例えば、表面組成がメチレン鎖(-CH2-CH2-)からなっている物質のγC は31mNm-1であり、したがって、その物質は、温度20℃における表面張力γ1 が73mNm-1である水は弾くが、表面張力γ1 が28mNm-1であるn−ヘキサデカンに対しては完全に濡れ、接触角は0度になる。
指紋に含まれる固体成分の大半は、ケラチンと呼ばれる蛋白質である。したがって、最も単純には、ケラチンの微粉末を適当な分散媒に添加、混合することにより、本発明の目的に合致した擬似指紋成分を調製できる。実際、水、オレイン酸、スクアレン、トリオレイン等の分散媒にケラチン微粉末を適当な比率で混合したものは、本発明の擬似指紋成分として有効に用いうる。しかしながら、一般的に入手可能なケラチンは著しく高価であり、容易に大量に入手できるものではない。さらに、市販されているケラチンは、実際の指紋に含まれるケラチンと粒度分布が異なるため、必要に応じ前もって粒度分布を揃えておく必要がある。したがって、市販のケラチンを使う方法は、簡便さの点でも測定精度およびその再現性の点でも必ずしも好ましい方法とはいえない。
このような問題点を解消するため、ケラチンの替わりに用いることができる粒子状物質を本発明者らが探索した結果、人間の汗や皮脂を構成する液体および/またはそれに近い性状を有する液体、例えば高級脂肪酸、そのエステル誘導体、またはこれらの水溶液など、に対して良好な濡れ性を有し、かつ、実際の指紋成分に含まれるケラチンに近い粒子サイズを有する微粒子であれば、擬似指紋成分に添加する粒子状物質として好適であることを見いだした。
疑似指紋成分に用いる粒子状物質としては、例えば、無機成分を含む、平均粒子径(または中位径)100μm以下、より好ましくは50μm以下の粒子状物質が好ましい。無機成分を含む平均粒径100μm以下の粒子状物質としては、例えば、JIS Z8901 試験用粉体1および2、ISO 試験粉体12103-1 、あるいは(社)日本粉体工業技術協会(APPIE )標準粉体などが挙げられる。上記いずれの試験用粉体も、粒径が揃っており、比較的安価に入手できることから、本発明の目的を達成するために好適である。また、上記各試験用粉体そのものに限らず、上記各試験用粉体が含有する無機粒子の少なくとも1種、例えばSiO2 、Fe2 O3 、Al2 O3 等の各種酸化物粒子などから少なくとも1種を選択して用いてもよい。なお、上記粒子状物質の平均粒子径(または中位径)は、好ましくは0.05μm以上、より好ましくは0.5μm以上である。上記粒子状物質が大きすぎても小さすぎても、実際の指紋に含有されるケラチンの代替品としての十分な機能を発揮できにくくなる。
無機成分を含む粒子状物質は、疑似指紋の構成成分としてケラチン粒子と同等の効果を示し、かつ、ケラチン粒子より安価である。そのため、無機成分を含む粒子状物質は、疑似指紋成分が含有する粒子状物質の100質量%を占めることが好ましい。ただし、必要に応じ、ケラチン粒子など、有機成分を含有する粒子状物質を併用してもよい。ただし、コスト低減および性能の安定化のためには、無機成分を含む粒子状物質は、全粒子状物質の好ましくは50質量%以上、より好ましくは80質量%以上を占めることが望ましい。
一方、上記の粒子状物質を分散させるための分散媒としては、人間の汗や皮脂を構成する液体および/またはそれに近い性状を有する液体であれば、特に限定されることなく用いることができる。具体的には、高級脂肪酸(例えばオレイン酸)およびそのエステル誘導体(例えばジグリセリドおよびトリグリセリド(例えばトリオレイン))ならびにテルペン類(例えばスクアレン)から選択される液体、または、これらの少なくとも1種を含む水溶液、または、これらの少なくとも2種を含む混合液が好ましい。また、これらの液体に類似の性状を有している液体であれば、上記に限定されることなく用いることができる。例えば、上記の液体に、エタノールや流動パラフィン等を適宜添加しても差し支えない。
また、これら常温で液体の成分に、ワックス、すなわち高級脂肪酸と一価アルコールとのエステルを添加し、増粘しておくことがより好ましい。ワックスとしては、例えば、キャンデリラワックス、カルナウバワックス、オウリキュリーワックス、ライスワックス、砂糖ロウ、木ロウ、蜜ロウ、鯨ロウ、シナ昆虫ロウ、セラックロウ、モンタンロウ等の天然ワックスのほか、ステアリン酸コレステリル、ミリスチン酸ミリスチル、パルミチン酸セチル等の合成ワックスを用いることができる。上記の各種ワックスの添加比率は、評価対象の光情報媒体の記録/再生光学系の特性や、評価の目的等に応じて適宜定めればよい。
なお、本明細書において人間の汗や皮脂を構成する液体に近い性状を有する液体とは、表面張力、沸点および粘度が、人間の汗や皮脂を構成する液体に近い液体を意味する。具体的には、20〜30℃における表面張力が好ましくは20〜50mN/m、より好ましくは20〜40mN/mであり、沸点が好ましくは80℃以上、より好ましくは100℃以上、さらに好ましくは150℃以上、最も好ましくは200℃以上であり、20〜30℃における粘度が好ましくは500cP以下、より好ましくは0.5〜300cP、さらに好ましくは5〜250cPであることが望ましい。
また、疑似指紋成分に用いる前記粒子状物質は、20〜30℃における臨界表面張力が、疑似指紋成分に用いる分散媒の20〜30℃における表面張力よりも大きいことが好ましく、かつ、前記臨界表面張力が好ましくは40mN/m以上、より好ましくは50mN/m以上であることが望ましい。無機成分を含む粒子状物質として例示した前記各粒子状物質はいずれも、臨界表面張力に関しこのような望ましい性質を備える。
粒子状物質と分散媒との適当な混合比率は、後述の、擬似指紋成分を媒体表面に付着させる方法などに強く依存するため、一概に規定することはできない。しかしながら、一般的には、質量比で、分散媒1に対し、粒子状物質を0.1〜5.0添加することが好ましく、0.1〜3.0添加することがより好ましい。分散媒に対する粒子状物質の混合比が低すぎても高すぎても、疑似指紋成分として有効に機能しにくくなる。ただし、ここでいう分散媒は、擬似指紋成分の転写性等を向上させるために添加する希釈剤とは異なる。たとえば、トリオレイン、スクアレン等の分散媒と粒子状物質との混合物に対し、擬似指紋転写性の向上などのためにイソプロピルアルコール、メチルエチルケトン等の希釈剤を添加した場合、これらの希釈剤は本明細書においては分散媒と呼ばない。すなわち、試験片に転写したのちに、擬似指紋成分として残留する成分のみを分散媒と呼び、最終的に留去される希釈剤とは区別する。
擬似指紋成分を媒体表面に付着させるに際しては、エラストマーからなる擬似指紋転写材を用いることが好ましい。具体的には、シリコーンゴム、ブタジエンゴム、ウレタンゴム等からなる擬似指紋転写材を作製し、これを用いることが好ましい。前記擬似指紋転写材は、実際に人の指から型をとり、正確に指紋パターンを模した形状としてもよいが、より簡便には、JIS K2246-1994で規定される人工指紋液プリント用のゴム栓を用いることが好ましい。すなわち、No. 10のゴム栓の小さい方の円面(直径約26mm)を、JIS R6251 またはJIS R6252 に規定するAA240 の研磨材またはそれと同等性能を有する研磨剤でこすって粗面化したものを擬似指紋転写材として用いることができる。ただし、実質的に上記と同等の指紋転写性が得られるものであれば、特に前掲の材料に限定されず好適に用いることができる。また、現実の指紋に近い寸法とするためには上述のゴム栓よりも径の小さいもの、具体的には直径8〜25mmのゴム栓を用いることが好ましく、直径8〜20mmのゴム栓を用いることがより好ましい。
このような擬似指紋転写材を用いて、前記の擬似指紋成分を光ディスク表面に擬似指紋として転写させる方法は、評価目的に応じて適宜定めることができる。例えば、擬似指紋パターン転写用の原版をあらかじめ作製しておき、この原版から、評価対象である光情報媒体表面に、前記ゴム栓を用いて擬似指紋を転写することができる。具体的には、上記の擬似指紋成分を、ガラスや樹脂からなる剛性基板上に、均一に塗布する。この際の塗布方法としては、スピンコート法やディップコート法などの種々の塗布方法の中から適切な手法を用いればよい。擬似指紋成分を基板上に塗布する際には、良好な塗布性を得るために、イソプロピルアルコールやメチルエチルケトンなどの適当な有機溶媒で希釈しても差し支えない。これらの希釈剤は、塗布ののちに、風乾もしくは加熱乾燥などによって留去すればよい。このようにして作製された、擬似指紋成分が均一に塗布された基板を、本明細書においては、擬似指紋転写用の原版と呼ぶ。
この原版の、擬似指紋成分が塗布された表面に、前記の擬似指紋転写材を一定荷重で押し当て、擬似指紋成分を転写材に移行させる。その後、擬似指紋成分が移行した転写材を、試験対象である光情報媒体の表面に一定荷重で押し当て、擬似指紋パターンを媒体表面に転写する。
以上に述べた方法を用いることにより、媒体のレーザービーム入射側表面に定量的に、かつ現実の指紋付着を極めて良好に模した形で人工的な指紋を付着させることができる。したがって、指紋の付着しにくさや拭取りやすさ等を再現性よく定量化することが可能となる。
指紋除去性の改善された光情報媒体
一方、上記の、擬似指紋成分による指紋除去性試験方法を用いたときの指紋除去性が良好な光情報媒体を実現するために、本発明者らが種々検討を行ったところ、以下に詳述する特徴を有する光情報媒体が望ましいことが明らかになった。
本発明の光情報媒体の構成例を、図1に示す。この光情報媒体は記録媒体であり、比較的剛性の高い支持基体20上に、情報記録層としての記録層4を有し、この記録層4上に、比較的薄い、好ましくは厚さ30〜300μmの透光性基体2を有する。
指紋付着による記録/再生特性への影響は、媒体のレーザービーム入射側表面におけるレーザービームの直径(ビーム断面が楕円の場合は最小径)に依存し、この直径が小さいと、エラー訂正が不可能な連続エラーが生じるなど、影響が大きくなる。本発明者らの研究によれば、媒体の入射側表面におけるレーザービームの直径が500μm以下、特に300μm以下であると、媒体の取り扱いの際に指紋が付着したときの記録/再生特性への悪影響が顕著となることがわかった。なお、媒体のレーザービーム入射側表面におけるレーザービームの直径は、図1における透光性基体の厚さをtとし、レーザービームの波長における透光性基体の屈折率をnとし、記録/再生光学系の対物レンズの開口数をNAとしたとき、
2t・tan [sin-1(NA/n)]
で表される。
本発明は、記録層の種類によらず適用できる。すなわち、例えば、相変化型記録媒体であっても、ピット形成タイプの記録媒体であっても、光磁気記録媒体であっても適用できる。なお、通常は、記録層の少なくとも一方の側に、記録層の保護や光学的効果を目的として誘電体層や反射層が設けられるが、図1では図示を省略してある。また、本発明は、図示するような記録可能タイプに限らず、再生専用タイプにも適用可能である。その場合、支持基体20と一体的にピット列が形成され、そのピット列を被覆する反射層(金属層や誘電体多層膜)が、情報記録層を構成することになる。
また、本発明は、図2に示す構造の光情報媒体にも適用できる。図2に示す媒体は、透光性基体2上に、記録層4および保護層6をこの順で有する。この構造では、剛性の比較的高い透光性基体2を用いている。なお、それぞれ図1または図2に示す構造をもつ2つの媒体を、透光性基体2が外側となるように貼りあわせて、両面記録タイプの媒体とすることもできる。
なお、図1および図2のいずれにおいても、透光性基体2表面が媒体のレーザービーム入射側表面を構成し、記録または再生のためのレーザービームは透光性基体2を通して記録層4に入射する。
所望の性能を達成するために、透光性基体2を、2層以上の異なる層からなる態様としてもよい。図1および図2には、ひとつの例として、透光性基体2が、内部層2iと表面層2sとの2層からなる構成について図示してある。
本発明の媒体では、透光性基体2のレーザービーム入射側表面に対する水の接触角が、温度20℃、相対湿度60%環境下において75°以上であることが好ましく、90°以上であることがより好ましい。前記接触角の上限は特にないが、一般的には150°程度である。また、接触角を100°以上に高めても、指紋の拭き取り性が顕著に向上することはない。
ところで、90°以上、さらには100°前後の接触角を達成する手段としては、例えば、前記した特開平10−110118号公報および特開平11−293159号公報で示されているように、ハードコート剤中に非架橋型のフッ素系界面活性剤を練り込んだり、特開2000−082236号公報で開示されているようなパーフルオロポリエーテルをはじめとするフッ素系ポリマーを透光性基体表面に塗布したりする手法が挙げられる。また、フッ素系化合物に限定されず、例えばシリコーン系ポリマー等を用いる方法も知られている。
しかしながら、ハードコート中に、撥水・撥油性に優れるフッ素系またはシリコーン系の界面活性剤を練り込む方法の場合、ハードコート表面に染み出す界面活性剤によって撥水・撥油性を発現させるので、染み出している界面活性剤が、指紋を拭き取る際にハードコート表面から除去されてしまうため、指紋の拭き取りによってハードコート表面の撥水性が大きく劣化してしまう。また、染み出した界面活性剤はハードコート表面に固定されていないために流動性を有しており、そのため、ハードコート表面に付着した指紋成分と前記界面活性剤とが混和する。そして、指紋の拭き取り作業によって、前記界面活性剤と指紋成分との混合がさらに助長される。したがって、拭き取り作業による指紋の除去がかえって困難になってしまう。同様の問題は、フッ素系ポリマーやシリコーン系ポリマーを透光性基体表面に塗布する方法においても生じる。
なお、前記特開平11−293159号公報では、ハードコートに含有させる界面活性剤として、容易に拭き取られてしまう非架橋型フッ素系界面活性剤と、拭き取り耐久性の良好な架橋型フッ素系界面活性剤とを併用している。ただし、同公報記載の発明は、同公報の段落0021〜0023に記載されているように、非架橋型フッ素系界面活性剤が拭き取られた後の防汚性を架橋型フッ素系界面活性剤が補うというものである。すなわち、同公報記載の発明は、指紋の拭き取り作業によって界面活性剤と指紋成分との混合が助長されることを解決するものではない。
このような致命的な問題点が従来指摘されてこなかったのは、先に述べたように、実際の指紋の付着を良好に模したものであって、かつ、定量的な指紋除去性の試験方法が存在しなかったためである。
したがって、本発明の光情報媒体においては、透光性基体表面に存在する流動性成分と、付着した指紋成分との混合が生じないよう、特に注意しなければならない。透光性基体表面に、指紋成分と混和しうる流動性成分が存在するかどうかは、以下の方法によって容易に確認可能である。
潤滑性をもつ化合物を前記流動性成分が含有する場合、ウェスにより透光性基体表面を拭き取る操作を行い、拭き取り操作の前後における動摩擦係数の変化を調べることにより、前記流動性成分の存在を確認することができる。具体的には、疑似指紋成分をウェス(例えば旭化成工業(株)製ベンコットリントフリーCT−8など)に含浸させ、透光性基体表面を1.0〜10N/cm2 の荷重で6〜400回、好ましくは10〜200回擦る。その後、メタノール、エタノール、メチルエチルケトン、アセトン等の揮発性の有機溶剤を用いて、前記透光性基体表面に残った疑似指紋成分を除去する操作を行ったうえで、前記表面の動摩擦係数を測定する。揮発性の有機溶剤で疑似指紋成分を除去するかわりに、前記光情報媒体を加熱することにより、疑似指紋成分の留去操作を行ってもよい。
疑似指紋成分のウェスによる拭き取りを行った後の動摩擦係数が、初期(拭き取り前)の動摩擦係数に比べて0.1以上増大していれば、透光性基体表面に、無視できない量の流動性成分が存在するものとみなしてよい。逆に、動摩擦係数の増大量が0.1未満であれば、仮に微量の流動性成分が存在していたとしても、指紋除去性にほとんど悪影響は及ぼさない。動摩擦係数は、先端部の曲率半径5mmのナイロン製チップを光情報媒体の透光性基体表面に荷重20mNで接触させ、光情報媒体を線速度1.4m/sで回転させて測定する。
また、撥水性を有する化合物を前記流動性成分が含有する場合、前記拭き取り操作の前後における水の接触角(温度20℃、相対湿度60%環境下)の変化を調べることにより、前記流動性成分の存在を確認することができる。この場合、拭き取り操作後の接触角が初期(拭き取り前)の接触角に対し15%以上低下していれば、透光性基体表面に、無視できない量の流動性成分が存在するものとみなしてよい。逆に、接触角の低下量が15%未満であれば、仮に微量の流動性成分が存在していたとしても、指紋除去性にほとんど悪影響は及ぼさない。
なお、動摩擦係数変化の測定において動摩擦係数の増大量が0.1未満となるか、接触角変化の測定において接触角低下量が15%未満となるためには、前記流動性成分の量、すなわち、透光性基体表面に化学結合などによって固定されていない化合物の量(透光性基体の単位面積あたりの存在量)を、好ましくは20mg/m2 以下、より好ましくは10mg/m2 以下、さらに好ましくは5mg/m2 以下とすることが望ましい。また、透光性基体表面における前記流動性成分からなる層の厚さを、好ましくは10nm以下、より好ましくは5nm以下、さらに好ましくは2nm以下とすることが望ましい。
さらに、本発明の光情報媒体では、指紋が付着した際の拭き取り作業を繰り返しても、透光性基体表面に擦過傷などが発生しないよう、表面の耐摩耗性および耐擦傷性を高めておくことが望ましい。具体的には、JIS K5600-5-4:1999(ISO/DIS 15184:1996)に準拠した方法で測定された鉛筆硬度が、B以上であることが好ましく、HB以上であることがより好ましい。
また、ISO 9352:1995 に基づく、摩耗輪による摩耗試験方法において、以下の条件で測定されたΔHaze(曇価/%)が、15%以下であることが好ましく、7%以下であることがより好ましい。すなわち、摩耗輪としてCS−10Fを用い、荷重4.9Nにて100回転摩耗させた後の曇価を、ヘーズメーターによって測定する。この際、試験用のサンプルとしては、反射膜や相変化膜などの情報記録層が設けられていない透光性基体を用いる。また、図1に示すような、樹脂層や樹脂シートからなる剛性の低い透光性基体2の場合、支持基体20上に、情報記録層を形成せずに透光性基体2を直接形成したものを試験用サンプルとして用いる。なお、実際の媒体において支持基体20が透明でない場合は、実際の支持基体20に替えて、ポリカーボネートやメタクリル酸メチル、アモルファスポリオレフィン等の透明樹脂からなる支持基体を用いる。
上記したような、水の接触角が75°以上であり、かつ、疑似指紋成分を付着させて除去操作を行った後に、水の接触角の低下および動摩擦係数の増大が初期に比してそれぞれ15%未満および0.1未満にとどまっており、かつ、鉛筆硬度がB以上、かつ、前記摩耗試験後の曇価が15%以下である透光性基体を用いることにより、付着した指紋の除去性に優れる光情報媒体を実現することができる。
ただし、このように指紋の除去性に優れる光情報媒体であっても、ユーザーが実際に汚れの拭取り作業を行った際に、拭取りが容易に感じられない場合がある。また、実際には指紋の除去性が優れていない光情報媒体であっても、汚れを容易に拭取れるように感じられるケースがある。このような、実際の指紋除去性とユーザーの拭き取り容易感との乖離は、ほとんどの場合、透光性基体表面の動摩擦係数の大小に依存することがわかった。すなわち、透光性基体表面の動摩擦係数が低ければ、実際の指紋除去性が劣っていても、拭取りが容易に感ぜられる。逆に、実際の指紋除去性に優れていても、表面の動摩擦係数が高ければ、拭取りの際に、例えばウェスの引っ掛かりを感じるなどの理由から、拭取りが困難であるかのように感じられてしまうことになる。
原則としては、感覚的な指紋拭き取り性よりも実際の指紋拭取り性がより重視されるが、実際にユーザーの手で拭き取り作業が行われる以上、このような、人間が感じる感覚的な指紋拭取り性と、定量的に測定された実際の指紋拭取り性との間の乖離はないことが望ましい。
動摩擦係数の大小と、上記の感覚的な指紋除去性との相関について、本発明者らが検討を重ねた結果、透光性基体表面の動摩擦係数が0.4以下、好ましくは0.3以下であれば、表面硬度、撥水・撥油性等の、他の特性の優劣にかかわらず、指紋拭取り性が良好であると認識できることが判明した。
なお、動摩擦係数は、ISO 8295:1995 に規定された試験方法にしたがって測定することが好ましい。ただし、測定値に著しい相違が生じないのであれば、他の試験方法を利用してもよい。ただし、いずれの試験方法を利用する場合でも、滑り片には、透光性基体表面との接触面積が4.0cm2 以下の矩形または円形のものを用いることが好ましい。また、上記滑り片は、透光性基体表面との接触面積が実質的にゼロ、すなわち点接触であっても差し支えない。滑り片を点接触とする場合は、前記滑り片の曲率半径を0.1〜10mmの範囲とすることが好ましい。なお、滑り片が試験片に対して加える荷重は、その接触面積によらず、1.0×10-3〜9.8×10-1Nの範囲内の一定値となるように制御する。上記ISO 8295:1995 に規定された試験方法では、同一材料からなる試験片2つを1組とし、これらの試験片同士を接触させて試験を行うことが通常であるが、これとほぼ同等の結果が得られることが明らかである場合には、滑り片を載せる側の試験片を、動摩擦係数を測定したい材料とは異なるものに変更しても差し支えない。例えば、滑り片を載せる側の試験片として、平滑なガラス板またはプラスチック材料を用いることができる。プラスチック材料の具体例としては、ナイロン、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリイミド、ポリアリレート、ポリアセタール等の各種樹脂が挙げられる。また、滑り片と、滑り片を載せる側の試験片とを別個に用意するのではなく、滑り片自体が試験片の一方を兼ねていても差し支えない。
上記に詳述した全ての要請を満たす光情報媒体は、例えば以下の方法によって実現できる。すなわち、透光性基体2における内部層2iを熱可塑性樹脂や放射線硬化型樹脂からなる層とし、これに接して設けられる表面層2sを、内部層2iよりも耐摩耗性、耐擦傷性に優れる透明材料で構成し、さらに、表面層2sの表面に対し、撥水性、撥油性および潤滑性を付与する処理を施す。本明細書において放射線とは、紫外線等の電磁波および電子線等の粒子線の両者を含む概念である。
なお、透光性基体2の全体を耐摩耗性、耐擦傷性に優れる透明材料で構成してもよいが、硬度の高い樹脂からなる透光性基体は大きな反りが発生しやすいため、上述したように内部層2iと表面層2sとに分離する構成とすることが好ましい。
前記内部層2iとしては、例えば、ポリカーボネート、ポリメタクリル酸メチル、アモルファスポリオレフィン等の熱可塑性樹脂からなる基板ないしシート、または、アクリル系紫外線硬化型樹脂をはじめとする放射線硬化型樹脂からなる塗膜が好ましい。
一方、表面層2sの材料としては、例えば、アクリル系紫外線硬化型樹脂やエポキシ系紫外線硬化型樹脂等の放射線硬化型樹脂を用いることができる。ただし、硬化後の樹脂の引張り弾性率ないしヤング率が、内部層2i材料として用いる樹脂よりも高くなるように材料を選定する必要がある。なお、透光性基体表面の耐摩耗性、耐擦傷性を十分なものとするためには、前記樹脂材料中に、あらかじめコロイダルシリカ等の、無機物微粒子を添加しておき、硬化後の被膜中に前記無機物微粒子が分散された状態とすることがより好ましい。具体的には、放射線硬化型樹脂マトリックス中に、シリカ、アルミナ、チタニア、ジルコニア、窒化チタン、窒化アルミニウム、シリコンカーバイド、カルシウムカーバイド等の無機物微粒子を、硬化後の膜中に占める割合が、質量百分率で表して5〜80%、より好ましくは10〜60%となるように添加し、必要に応じて非反応性の有機溶剤で希釈した上で、前記内部層2i表面に塗布して硬化させる。添加する無機物微粒子の平均粒径は、100nm以下であることが好ましく、50nm以下であることがより好ましい。無機物微粒子が分散された放射線硬化型樹脂としては、市販品として例えばデソライトZ7503(JSR(株)製)がある。
放射線硬化型樹脂によって構成される表面層2sの厚さは、0.2〜10μmとすることが好ましく、0.5〜5.0μmとすることがより好ましい。表面層2sが薄すぎると、表面層2sを設けることによる効果が十分に実現しない。一方、表面層2sが厚すぎると、媒体に反りが生じやすくなる。
なお、放射線硬化型樹脂からなる樹脂層上に無機系の薄膜を積層して、表面層2sを形成してもよい。
一方、透光性基体2全体の厚さは、媒体に適用される記録/再生波長および記録/再生光学系の要請によって決まるため、表面層2sと内部層2iとの合計厚さが前記要請を満たすように、内部層2iの厚さを決定すればよい。
表面層2s構成材料は、非架橋型等の非反応性の潤滑剤、撥水・撥油剤、帯電防止剤、レベリング剤、可塑剤等を含有していても差し支えないが、上述の疑似指紋成分による摺動試験前後での接触角の変化率が±10%未満の範囲内に収まるよう、その添加量を適宜調整することが要求される。その適切な添加量は、添加剤および表面層2s材料の種類、表面層2sの形成条件等に強く依存するため、一概に決定することはできないが、一般的には、硬化後の膜中に占める前記の各種添加剤の割合を、質量百分率で表して3%以下とすることが好ましく、1%以下とすることがより好ましい。
媒体のレーザービーム入射側表面に対し、撥水・撥油・潤滑性を付与する方法としては、例えば、表面層2sを成膜した後に、撥水・撥油・潤滑性を表面層2sの表面に付与する方法が好ましい。表面層2sの表面に撥水・撥油・潤滑性を付与するためには、前記表面にフッ素原子を存在させることが好ましい。
具体的には、下記式(1)で表されるシランカップリング剤を用いることが好ましい。
R1 −Si(X)(Y)(Z) (1)
上記式(1)において、R1 は撥水・撥油・潤滑性を有する置換基であり、X、YおよびZはそれぞれ一価基であり、X、YおよびZの少なくとも1つは、シランカップリング剤層が形成される下地(表面層2s)表面に存在する水酸基との間で重縮合反応を起こして化学結合を形成しうる置換基である。
R1 で表される撥水・撥油・潤滑性基を有する置換基は、この置換基を導入することによって、その化合物に撥水・撥油・潤滑性を発現させるものを指す。撥水性および撥油性は、その物質の表面自由エネルギーの目安である前記臨界表面張力(γC /mNm-1)によって一義的に表すことができる。
R1 で表される撥水・撥油・潤滑性基としては、フッ素化炭化水素基を有する基が好ましく、フッ素化アルキル基、フッ素化アルキレンオキシ基を含むフッ素化アルキル基などが挙げられる。これらの総炭素数は1〜5000、特に1〜1000が好ましい。また、直鎖状であっても分岐を有するものであってもよいが、直鎖状が好ましい。
このようなフッ素化炭化水素基の具体例としては、下記の式(2)、(3)で示されるフッ素化ポリオレフィンセグメントや、式(4)、(5)で表されるフッ素化ポリエーテルセグメントを挙げることができる。
CF3 (CF2 )x CH2 CH2 − (2)
(CF3)2 CF(CF2 )x CH2 CH2 − (3)
CF3 〔OCF(CF3 )CF2 〕x (OCF2)y − (4)
CF3 (OC2 F4 )x (OCF2)y − (5)
式(2)〜(5)中のx、yは正の整数であり、これらはいずれも0〜200の範囲にあることが好ましい。
これらは優れた撥水・撥油・潤滑性を有するが、特に炭素鎖としては、長く、分岐構造をもたない直鎖状のものの方がより良好な撥水・撥油・潤滑性を示す。
一方、前記シランカップリング剤中の反応性基、すなわち式(1)中のSi(X)(Y)(Z) におけるX、Y、Zは、水酸基との重縮合によって化学結合を形成しうる置換基、特にシラノール基が有する水酸基との重縮合によってSi−O−Siを形成しうる置換基であることが好ましい。このような置換基としては、例えば、ハロゲン、−OH(ヒドロキシ)、−OR2 (アルコキシ)、−OC(O)CH3 (アセトキシ)、−NH2 (アミノ)、−N=C=O(イソシアン酸)等が好ましく選択できる。なお、R2 はアルキル基である。ハロゲンとしては、例えばClおよびBrが好ましい。また、−OR2 中のアルキル基R2 の総炭素数は1〜5であり、直鎖状であっても分岐を有するものであってもよい。また、化学吸着反応を阻害しない置換基は有していてもかまわないが、例えばハロゲンはこの理由から好ましくない。−OR2 の具体例としては、メトキシ、エトキシ、プロポキシ、イソプロポキシ、ブトキシ、イソブトキシ、t−ブトキシ等が挙げられる。
X、Y、Zは同一であっても各々異なっていてもよく、異なる場合は、例えばハロゲン同士あるいはアルコキシ同士で異なるものであってもよいし、ハロゲン、ヒドロキシ、アルコキシ、アセトキシ、アミノおよびイソシアン酸の2種または3種が混在する形であってもよい。また、X、Y、Zの全てが反応性の置換基である必要はなく、それらの少なくとも1つが、例えば上述のハロゲン、アルコキシ、ヒドロキシ、アセトキシ、アミノまたはイソシアン酸の加水分解基であればよいが、強固なシロキサン結合ネットワークを形成させるためには、X、Y、Zの全てが前述の反応性基であることが好ましい。X、Y、Zが前述の反応性基でない場合の一価の基としては、水素原子、炭素数1〜5のアルキル基などが挙げられる。
このようなシランカップリング剤としては、例えばDSX(ダイキン工業(株)製)の商品名で市販されているものがある。
シランカップリング剤層の形成方法は特に限定されず、例えばスピンコート法、ディップコート法、スプレーコート法などの通常の塗布法を用いることができる。塗布に際しては、シランカップリング剤を適宜溶剤で希釈して差し支えない。
シランカップリング剤層は、単分子膜またはそれに近い超薄膜に匹敵する厚さであり、その厚さは1〜20nm程度である。
なお、シランカップリング剤と表面層2sとの化学吸着反応を良好に行わせるためには、前もって、表面層2sの表面をプラズマ照射、コロナ放電処理、電子線照射等の方法によって親水化しておくことが好ましい。
また、光情報媒体表面に撥水・撥油・潤滑性を付与する方法としては、フッ素化合物を用いたプラズマ処理によって、表面層2sの表面をフッ素化する手法も好ましく用いることができる。本法は、テトラフルオロメタンをはじめとするフッ素化合物のプラズマによって表面層2sを表面処理するものであり、この処理においては、表面層2s自体のフッ素化、および/または、表面層2s表面における前記フッ素化合物の重合体の析出が、進行する。用いるフッ素化合物としては、例えば、テトラフルオロメタン(CF4 )、テトラフルオロエチレン(C2 F4 )をはじめとする有機フッ素化合物や、SF6 、NF3 等の無機フッ素化合物が好ましい。
このほか、パーフルオロポリエーテル等のフッ素系ポリマー、ポリジメチルシロキサン等のシリコーン系ポリマー、前記シランカップリング剤などから構成される潤滑剤層を表面層2sの表面に塗布により形成し、その後、プラズマ放電処理を行うことにより、表面層2sと潤滑剤層との界面に強固な化学結合を形成する方法も用いることができる。プラズマ放電処理の際のプラズマ供給源としては、前記した各種フッ素系化合物のほか、フッ素原子を含まない化合物、例えばメタン(CH4 )、アンモニア(NH3 )、ジボラン(B2 H6 )などを用いてもよい。なお、フッ素系ポリマー、シリコーン系ポリマーなどの潤滑剤層構成材料に関し、カルボキシル基、イソシアネート基、アクリロイル基等の反応性末端基の有無は特に限定されない。フッ素系ポリマーの市販品としては、例えばアウジモント(株)のフォンブリンZ60があり、シリコーン系ポリマーの市販品としては例えば信越化学工業(株)のKF−96がある。
一方、前記表面層2s自体が撥水・撥油・潤滑性を有している場合は、上記の表面処理は行わなくてもよい。表面層2s自体が撥水・撥油・潤滑性を有している場合とは、例えば、以下に示すような材料を用いて表面層2sを形成した場合である。
自体が撥水・撥油・潤滑性をもつ表面層2sとしては、高分子主鎖を有する化合物を含有し、前記高分子主鎖および/または側鎖が撥水・撥油・潤滑性を発現するものが挙げられる。具体的には、例えば、ポリメタクリル酸メチル、ポリカーボネート、アモルファスポリオレフィン等の高分子化合物の側鎖に、パーフルオロアルキル基等の撥水・撥油・潤滑性基を導入したものが好ましい。また、表面層2s形成のために紫外線硬化型樹脂等の放射線硬化型樹脂を用い、この樹脂中に、無機物または樹脂からなる微粒子を分散させておき、かつ、この微粒子の表面を、フッ素化炭化水素等の撥水・撥油・潤滑性置換基を含む物質で修飾しておいてもよい。このような放射線硬化型樹脂を塗布して硬化することにより、撥水・撥油・潤滑性をもつ表面層2sが形成できる。この場合において、微粒子の好ましい粒径および表面層2s中における微粒子の好ましい比率は、上記した、コロイダルシリカ等の無機物微粒子を表面層2sに分散させる場合と同様である。
透光性基体を、以上述べたような態様とすることにより、指紋の除去性に優れ、かつ、実用上十分な耐摩耗性を有する光情報媒体とすることができる。
実施例1(指紋除去性の改善された光情報媒体の作製)
以下の手順で、図1に示す構造を有する光記録ディスクサンプルを作製した。ただし、サンプルNo. 0では、透光性基体2を単層構造とした。
サンプルNo. 0
グルーブを形成したディスク状支持基体20(ポリカーボネート製、直径120mm、厚さ1.2mm)の表面に、Al98Pd1 Cu1 (原子比)からなる反射層をスパッタ法により形成した。グルーブ深さは、波長λ=405nmにおける光路長で表してλ/6とした。ランド・グルーブ記録方式における記録トラックピッチは、0.3μmとした。
次いで、反射層表面に、Al2 O3 ターゲットを用いてスパッタ法により厚さ20nmの第2誘電体層を形成した。
次いで、第2誘電体層表面に、相変化材料からなる合金ターゲットを用い、スパッタ法により厚さ12nmの記録層4を形成した。記録層4の組成(原子比)は、Sb74Te18(Ge7 In1 )とした。
次いで、記録層4表面に、ZnS(80モル%)−SiO2 (20モル%)ターゲットを用いてスパッタ法により厚さ130nmの第1誘電体層を形成した。
次いで、第1誘電体層表面に、ラジカル重合系の紫外線硬化型樹脂溶液(三菱レイヨン社製の4X108E、溶媒は酢酸ブチル)をスピンコート法により塗布して樹脂層を形成した。
次いで、真空中(0.1気圧以下)において、透光性基体2としてポリカボネートシート(厚さ100μm)を樹脂層上に載置した。前記ポリカーボネートシートとしては、流延法によって製造された、帝人社製のピュアエースを用いた。次いで、空気中に戻した後、紫外線を照射して上記樹脂層を硬化することにより光透過性シートを接着し、光記録ディスクサンプルとした。
サンプルNo. 1
図1に示す構造を有する光記録ディスクサンプルを以下の手順で作製した。
上記サンプルNo. 0のポリカーボネートシートを内部層2iとし、この内部層2i上に、紫外線硬化型樹脂(日本化薬社製のSD318)をスピンコート法により塗布し、紫外線を照射することにより硬化させてハードコート層とした。ハードコート層の厚さは2.0μmとした。
次いで、ハードコート層の表面に、SiO2 ターゲットを用いてスパッタ法により厚さ100nmのSiO2 層を形成した。なお、SiO2 層を形成する前に、プラズマエッチングによるハードコート層表面の活性化処理を行った。このサンプルでは、上記ハードコート層と上記SiO2 層とが表面層2sを構成することになる。
さらに、SiO2 層表面にシランカップリング剤を化学吸着させ、光記録ディスクサンプルとした。シランカップリング剤としては、フッ素化炭化水素系の撥水・撥油性基を有するDSX(ダイキン工業社製)を用い、その0.1%(質量百分率)パーフルオロヘキサン溶液をスピンコート法により塗布し、空気中60℃にて10時間加熱することにより上記SiO2 層に化学吸着させた。
サンプルNo. 2
上記サンプルNo. 0のポリカーボネートシートを内部層2iとし、この内部層2i上に、コロイダルシリカが分散された紫外線硬化型樹脂として、デソライトZ7503(JSR(株)製)を、スピンコート法により塗布し、60℃で3分間乾燥して希釈溶剤を除去したのち、紫外線を照射することにより硬化させ、表面層2sを形成した。硬化後の膜厚は3.0μmであった。
次いで、表面層2sの表面にフッ素プラズマ処理を施した。フッ素化合物としてはテトラフルオロメタン(CF4 )を用いた。プラズマ処理装置のチャンバー内部を脱気後、CF4 ガスを導入し、圧力を0.5Paに調整した。次いで、RF電界を印加し、出力100Wにてプラズマ処理を行った。処理時間は3分間とした。プラズマ処理終了後、チャンバー内を常圧に戻してディスクを取出した。
サンプルNo. 3
上記サンプルNo. 0のポリカーボネートシートを内部層2iとし、この内部層2i上に、プライマーとして紫外線硬化型樹脂(日本化薬社製のHOD3200)を塗布し、紫外線照射により硬化させた。硬化後の膜厚は0.5μmであった。
次いで、プライマー層の上に、熱硬化型シリコーン系コーティング剤(松下電工社製のフレッセラD)をスピンコート法により塗布し、80℃で2時間加熱することにより乾燥および硬化を行って、表面層2sを形成した。表面層2sの厚さは1.0μmであった。
なお、上記シリコーン系コーティング剤は、モノマー成分である有機ケイ素化合物のケイ素原子に、潤滑および撥水・撥油性基が導入された構造を有しており、硬化後の被膜は、ポリシロキサン結合のケイ素原子に潤滑および撥水・撥油性基が化学結合を介して固定された構造を有する。
サンプルNo. 4
上記サンプルNo. 0のポリカーボネートシートを内部層2iとし、この内部層2i上に、プラズマCVD法により厚さ360nmのDLC薄膜を形成して表面層2sとした。プロセスガスとしてはエチレン(C2 H4 )を用いた。プラズマ処理装置のチャンバー内部を脱気後、エチレンガスを導入し、圧力を0.5Paに調整した。次いで、RF電界を印加し、出力100WにてCVDによる成膜を行った。処理時間は3分間とした。成膜終了後、チャンバー内を常圧に戻してディスクを取り出した。
サンプルNo. 5
上記SiO2 層表面にシランカップリング剤層を設けなかったほかはサンプルNo. 1と同様にして光記録ディスクサンプルを作製した。
サンプルNo. 6
上記サンプルNo. 0のポリカーボネートシートを内部層2iとし、この内部層2i上に、紫外線硬化型樹脂(日本化薬社製のSD318)をスピンコート法により塗布し、紫外線照射により硬化させて、厚さ2.0μmの表面層2sを形成した。
次いで、シリコーンオイル(信越シリコーン社製のKF96、粘度10000cP)を酢酸ブチルで希釈した溶液を、表面層2sの表面にスピンコート法により塗布して撥水・撥油・潤滑性をもつ層を形成し、光記録ディスクサンプルとした。なお、シリコーンオイルの塗布量は32mg/m2 であり、形成された層の厚さは33nmであった。
サンプルNo. 7
上記サンプルNo. 0のポリカーボネートシートを内部層2iとし、この内部層2i上に、紫外線硬化型樹脂(日本化薬社製のSD318)をスピンコート法により塗布し、紫外線照射により硬化させて厚さ2.0μmの表面層2sを形成した。
次いで、パーフルオロポリエーテル誘導体(アウジモント社製のフォンブリンZDOL)をフッ素系溶剤(アウジモント社のH-GALDEN ZV100)で希釈した溶液をハードコート層表面にスピンコート法により塗布して撥水・撥油・潤滑性をもつ層を形成し、光記録ディスクサンプルとした。なお、パーフルオロポリエーテル誘導体の塗布量は35mg/m2 であり、形成された層の厚さは19nmであった。
サンプルNo. 8
フッ素プラズマ処理を施さなかったほかはサンプルNo. 2と同様にして、光記録ディスクサンプルを作製した。
サンプルNo. 9
サンプルNo. 1で用いたシランカップリング剤DSXに替えて、トリフルオロメチルトリメトキシシラン(CF3 Si(OCH3)3 )を用いた。なお、塗布液は、トリフルオロメチルトリメトキシシランをm−キシレンヘキサフルオライドに0.1質量%となるように溶解して調製した。このほかはサンプルNo. 1と同様にして光記録ディスクサンプルを作製した。
評価
上記各光ディスクサンプルについて、それらの透光性基体表面に対する水の接触角およびその変化率(劣化度)を、以下の手順で測定した。
まず、端面の直径が16mmであるシリコーンゴム栓を、乾燥したウェス(旭化成工業社製ベンコットリントフリーCT−8)で被覆し、ウェスのシリコーンゴム栓端面付近を覆う部分に、疑似指紋成分2.0mLを含浸させた。この疑似指紋成分は、トリオレイン10gに、JIS Z8901 に定められた試験用粉体1第11種の関東ロームを4.0g加え、よく攪拌したものである。なお、前記関東ロームは、主成分としてSiO2 、Fe2 O3 、Al2 O3 等を含み、その中位径は1.6〜2.3μmである。次いで、疑似指紋成分を含浸したウェスを挟んでシリコーンゴム栓の端面を各サンプルの透光性基体表面に荷重4.9N/cm2 で垂直に押し当て、サンプルの半径方向に50往復摺動させた。
次いで、上記シリコーンゴム栓および上記ウェスをそれぞれ新たに用意し、上記と同様にして、ウェスにエタノール2.0mLを含浸させた。その後、先にトリオレインを含むウェスで擦った箇所に、エタノールが含浸したウェスを挟んでシリコーンゴム栓の端面を荷重2.5N/cm2 で押し当て、サンプルの半径方向に20回摺動させた。
次いで、ウェスを新しいものと交換し、上記と同様にエタノールを含浸させ、再び同じ箇所を20回摺動した。エタノールを完全に乾燥させ、除電ブローにて静電気を除去した後、接触角の測定を行った。なお、接触角の測定は、協和界面科学社製接触角計CA−Dを用い、温度20℃、相対湿度60%の環境下で行った。結果を表1に示す。表1には、接触角の変化率も併せて示してある。この変化率は、初期の接触角と、疑似指紋成分を付着させて拭き取った後における接触角(表1では摺動後の接触角)とを用い、
(摺動後−初期)/初期
により算出した値の百分率である。
また、透光性基体表面の動摩擦係数を、以下の手順で測定した。先端部の曲率半径が5mmのナイロン製のチップを作製し、これを、各サンプルの透光性基体表面に一定荷重で接触させ、そのままサンプルを一定速度で回転させた。その際の荷重とトルクとから動摩擦係数を求めた。測定には光ディスク駆動装置を改造して用い、駆動装置の光ヘッド部分に、前記ナイロンチップを取り付けた。また、トルクメーターにより、ナイロンチップがサンプル表面を摺動した際に前記チップにかかるトルク、すなわち摩擦力Fdが測定できるようにした。なお、この測定において、前記ナイロンチップをサンプル表面に接触させる際の荷重(法線力Fp)は20mNとし、サンプルを回転させる際の線速度は1.4m/s とした。動摩擦係数μはFd/Fpより求められる。
動摩擦係数の測定は、接触角の測定と同様に、初期と、疑似指紋成分を付着させて拭き取った後(摺動後)とに行った。初期および摺動後の動摩擦係数と、両者の差(変化量)とを、表1に併せて示す。
表1から明らかなように、サンプルNo. 1およびNo. 2では、撥水・撥油・潤滑性置換基が、表面層2sに固定されている(または、表面層2s自体が撥水・撥油・潤滑性を有している)ため、トリオレインを含浸したウェスで擦っても接触角はほとんど劣化せず、また、動摩擦係数もほとんど変化していない。一方、サンプルNo. 6およびNo. 7では、表面に設けられた流動性の潤滑剤層によって撥水・撥油・潤滑性をもたせているため、トリオレイン含浸ウェスによる摺動によって容易に接触角が低下し、また、動摩擦係数が増大してしまっている。この結果から、指紋が付着した際には、指紋成分と前記潤滑剤との混和が起こり、指紋の拭き取りが困難になるものと予想される。なお、サンプルNo. 5では、透光性基体表面がガラス成分からなっているため、初期の接触角が極めて小さくなっている。
実施例2(光情報媒体の指紋除去性の評価方法)
上記実施例および比較例で作製したサンプルNo. 0〜No. 9の、透光性基体表面の指紋除去性を、以下に示す方法により評価した。
メトキシプロパノール10gにトリオレイン1.0gを添加し、さらにJIS Z8901 に定められた試験用粉体1第11種の関東ロームを400mg加えて攪拌することにより、疑似指紋成分を調製した。これを疑似指紋成分1とした。また、比較のために、前記関東ロームを添加しない擬似指紋成分も調製し、これを擬似指紋成分2とした。さらに、比較のために、メトキシプロパノール5gにトリオレイン200mgを添加し、さらに、ケラチン(ヒト上皮由来、和光純薬工業(株)製)200mgを加え、激しく振盪した後、10秒間静置し、ついで、粒径の大きなケラチンの存在しない上澄み部分を静かに採取し、これを疑似指紋成分3とした。
次いで、上記各擬似指紋成分について、マグネティックスターラーでよく攪拌しながら約1mL採取し、ポリカーボネート製基板(直径120mm、厚さ1.2mm)上にスピンコート法により塗布した。この基板を60℃で3分間加熱することにより、不要な希釈剤であるメトキシプロパノールを完全に除去した。これを擬似指紋転写用の原版とした。
続いて、No. 1のシリコーンゴム栓の、小さい方の端面(直径12mm)を、#240の研磨紙で一様に研磨したものを擬似指紋転写材とし、この研磨した端面を、上記原版に荷重29Nで10秒間押し当てて擬似指紋成分を転写材の端面に移行させた。次いで、上記各サンプルの透光性基体表面に、上記転写材端面を荷重29Nで10秒間押し当てて擬似指紋成分を転写した。なお、指紋パターンは、媒体の半径40mm近傍の位置に転写した。
次いで、各サンプルに付着した擬似指紋を、以下の手順で拭き取った。市販のティッシュペーパー((株)クレシア製)を8組重ねたものを、No. 1のゴム栓の大きい方の端面(直径16mm)と、擬似指紋の付着した透光性基体表面との間に挟み、4.9Nの力で押圧した。この状態で、サンプルの中央から外周にかけてゆっくりと移動させることにより擬似指紋の拭き取りを行った。
各サンプルについて、擬似指紋付着前(初期)、擬似指紋付着後、および擬似指紋拭き取り2回後、5回後、10回後、15回後のそれぞれの時点で、記録済み信号のジッタを測定した。これらの結果を表2を示す。また、疑似指紋成分1を用いたときの結果を図3に示す。
なお、信号の記録および再生に使用した光情報媒体評価装置の光学系の各種パラメータおよび記録・再生条件は以下の通りである。
レーザー波長:405nm、
対物レンズ開口数NA:0.85、
線速度:6.5m/s 、
記録信号:1−7変調信号(最短信号長2T)、
記録領域:ランドおよびグルーブ(表2にはグルーブ部の測定結果のみを示してある)
一方、感覚的な指紋除去容易性の評価(官能試験)も併せて行った。まず、各サンプルの表面に、上記条件で各擬似指紋成分を付着させた。次いで、これらのサンプルについて、任意に選んだ5人の被験者が拭取り試験を行い、3段階で拭き取り容易性を評価した。結果を表3に示す。表3に示す評価の基準は、
A:指紋拭取りが非常に容易、
B:指紋拭き取りが容易、
C:指紋拭き取りが困難、
である。なお、拭き取りには、市販のティッシュペーパー((株)クレシア製)を用い、拭き取り回数および荷重は特に指定しなかった。
表1において透光性基体2表面の接触角およびその変化率が所定の範囲内にあるサンプルNo. 1〜No. 4では、表2および図3に示されるように、擬似指紋拭き取り2回ないし5回で直ちに、記録済み信号ジッタが指紋付着前とほぼ同等レベルまで回復している。これに対し、それ以外のサンプル、特にサンプルNo. 6およびNo. 7では、高い撥水・撥油・潤滑性を有しているにもかかわらず、15回の拭取り動作によっても、初期値まではジッタが回復していない。これらのことから、指紋除去性は、単純に撥水・撥油性、すなわち表面エネルギーの大小のみに依存するのではないことが明らかである。すなわち、たとえ撥水・撥油性が高くても、その撥水・撥油性が、表面に設けられた潤滑剤層や、透光性基体材料にあらかじめ添加された撥水・撥油剤が表面に染み出した層などの、流動性の物質によって実現されている場合、指紋除去性はかえって悪化してしまう。
これに対し、関東ロームを含まない均一系の擬似指紋成分2を用いて評価を行った場合、表2に示される結果から明らかなように、疑似指紋成分が透光性基体2表面に定着せず、いずれのサンプルにおいても拭き取り性がほぼ同じとなってしまう。すなわち、この場合、実際の指紋の付着性および除去性を再現、定量化することができておらず、光情報媒体の試験方法としては明らかに不適切である。
なお、サンプルNo. 0では、表1において初期の接触角が所定の範囲内にあり、かつ、疑似指紋成分による摺動後の接触角の劣化もほとんどない。しかしながら、透光性基体表面の硬度が低いため、拭き取り動作によって表面に擦過傷が生じる。このため、10回を超える回数の拭き取りを行ったときに、かえってジッタが悪化してしまっている。
一方、表3に示したように、使用者が感覚的に判断する指紋除去性は、表2に示される序列と必ずしも一致していない。例えば、サンプルNo. 1とNo. 9とを比較すると、両者とも撥水・撥油性に優れ、かつ、透光性基体の表面硬度も高い。しかしながら、表3においては、サンプルNo. 1は指紋拭き取りが非常に容易と判断されるのに対し、サンプルNo. 9では指紋拭き取りが必ずしも容易とは判断されていない。これは、サンプルNo. 9の透光性基体2表面の動摩擦係数が高いためである。したがって、使用者が感覚的に判断する指紋除去性を優れたものとするためには、撥水・撥油性および硬度のみならず、動摩擦係数を低減しなければならないことが、この結果からも明らかである。
無機系の粒子状物質の替わりにケラチンを含有する疑似指紋成分3を用いた場合、疑似指紋成分1を用いた場合とほぼ同じ結果が得られている。この結果から、無機系の粒子状物質を含有する疑似指紋成分を用いる本発明は、実際の指紋の付着による影響を、定量的かつ再現性よくシミュレート可能であることが明らかである。