JP2004229547A - アシル化ホモセリンラクトン阻害物質をスクリーニングする方法 - Google Patents
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Abstract
Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、微生物における病原因子の発現及びバイオフィルムの生成などの生物活性を阻害する物質をスクリーニングする方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
自然界において、微生物は様々な環境下で生存しなければならない。貧栄養、低・高温、pHの変化はもちろんのこと、生体内においては貪食細胞又は抗菌性液性因子(補体、抗体、リゾチーム等)が存在する環境での生存を余儀なくされる。このような状況下で、細菌は自らの存在環境の変化を敏感に感知する機構を獲得してきた。そのような機構の1つとして、微生物は特異的な情報伝達物質を介して環境における自らの濃度を感知し、その濃度に応じて自らの様々な生物活性を巧妙に制御していることが明らかとなっている。このような細胞間の情報伝達機構は、クオラムセンシング(Quorum sensing)システムと称される。
【0003】
クオラムセンシングシステムは、基本的にI−遺伝子、R−遺伝子及び標的遺伝子の3つの遺伝子が担っており、I−遺伝子はオートインデューサー(AI)合成酵素をコードし、R−遺伝子は転写活性化因子をコードしている(非特許文献1参照)。AI合成酵素により、オートインデューサー、すなわちアシル化ホモセリンラクトンと称される一群の物質が合成される。アシル化ホモセリンラクトンは細菌の外膜を自由に通過できる分子であり、環境中の細菌濃度が低い場合には希釈され生物活性を示さないが、細菌の増殖が進み環境中での菌密度が高まるに従って菌内外のアシル化ホモセリンラクトン濃度も高まり一定の閾値に達すると、アシル化ホモセリンラクトンとR−遺伝子産物(転写活性化因子)の結合が加速する。この複合体が標的遺伝子の転写制御領域に結合し、標的遺伝子の発現を促進することにより様々な生物活性物質が発現される。
【0004】
これまでに、ビブリオ属細菌、緑膿菌、セラチア、エンテロバクターなど臨床上重要な細菌において、アシル化ホモセリンラクトンが上記のクオラムセンシングシステムを介して病原因子の発現を促しているという事実が報告されている。さらには、アシル化ホモセリンラクトンが微生物によるバイオフィルムの生成
に関与していることも明らかとなっている(特許文献1参照)。
【0005】
バイオフィルムは水のある環境、特に産業設備の導管材料の内側壁面や家庭の配管システムの内側壁面、医療用移植片上の界面に生じ、又は慢性感染症の病巣として生じ、かつ存続する生物の膜である。バイオフィルムは、その定住微生物の分泌した基質ポリマーから構成される有機質のゲル状構造とそれに埋め込まれた微生物とから成っている。バイオフィルムの形成は、配管システムの流れを制限したり又は完全に遮断する場合があり、また、埋め込まれた細菌による腐食作用により材料の寿命を低下させる場合もある。パイブ及び導管表面からのバイオフィルムの調節及び除去は、従来、塩素又は強いアルカリ溶液などの腐食性化学薬品、又は機械的手段を通じて行なわれてきた。このような処置は一般には配管システムと環境の双方にとって苛酷である。微生物の抗菌剤への耐性は、バイオフィルム基質ポリマーの持つ防御特性が大きな原因となっている。医療では、バイオフィルムが関与していると考えられる場合の治療には高用量の抗生物質の利用が必要とされてきた。これは、細胞外の基質ポリマーによりバイオフィルム細菌の防御性が高くなっていることが原因の1つであると考えられている。従って、医療、環境及び産業分野においてバイオフィルム形成を制御する必要ある。
【0006】
以上に述べたように、病原因子の発現及びバイオフィルムの生成は重大な問題となっており、微生物におけるこれらの生物活性に関与するアシル化ホモセリンラクトンを阻害する物質をスクリーニングする方法が望まれていた。アシル化ホモセリンラクトンは微生物における様々な活性を制御していることから、微生物の生存等を指標としてアシル化ホモセリンラクトン阻害物質をスクリーニングすることも考えられる。しかし、微生物自体がアシル化ホモセリンラクトンを産生しているためバイアスが生じ、スクリーニング方法として好ましくない。従って、アシル化ホモセリンラクトン阻害物質をスクリーニングするためのより有効な方法が望まれていた。
【0007】
一方、アシル化ホモセリンラクトン分子が動物細胞に与える影響については、N−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトンがヒト肺胞上皮細胞におけるIL−8産生を刺激すること(非特許文献2参照)、本物質がマウスマクロファージ培養系においてTNF−α及びIL−12の産生を促進すること(非特許文献3参照)が報告されているに過ぎず、いずれの報告も炎症・免疫応答に関する報告であり、アシル化ホモセリンラクトンが動物細胞におけるAktの活性化を阻害すること、さらにはアシル化ホモセリンラクトンが動物細胞のアポトーシスを誘導することについては全く知られていなかった。
【0008】
【特許文献1】
特表2002−514092
【非特許文献1】
Marvin Whiteloy et al., Proc. Natl. Acad. Sci., 96, 13904−13909,(1996)
【非特許文献2】
Richard P. Phipps, J. Immunol., 167, 366−374, (2001)
【非特許文献3】
Gary Telford et al., Infect. Immun., 66, 36−42, (1998)
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の課題は、アシル化ホモセリンラクトンの生物活性を阻害する物質をスクリーニングする方法を提供することである。
【0010】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、前記課題を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、下記の式Iで表されるアシル化ホモセリンラクトンが、動物細胞におけるAktの活性を阻害し、それによって動物細胞におけるアポトーシスを誘導することを見出した。そして、アシル化ホモセリンラクトンの存在下、被検物質とともに動物細胞を培養して該細胞におけるAkt活性の阻害又はAktが関与する生存シグナル伝達経路の阻害を検出することにより上記課題が解決できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
即ち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)式I:
【化3】
〔式中、Rは、炭素数4〜30の直鎖状又は分枝状の置換されていてもよいアシル基である〕
で表されるアシル化ホモセリンラクトンの存在下、被検物質とともに動物細胞を培養し、該細胞におけるAkt活性の阻害又はAktが関与する生存シグナル伝達経路の阻害を検出することにより、アシル化ホモセリンラクトン阻害物質をスクリーニングする方法。
(2)アポトーシスを検出することによって、Aktが関与する生存シグナル伝達経路の阻害を検出する(1)に記載の方法。
(3)(1)又は(2)に記載のスクリーニング方法により同定されたアシル化ホモセリンラクトン阻害物質。
(4)(1)又は(2)に記載のスクリーニング方法により同定されたアシル化ホモセリンラクトン阻害剤。
(5)(1)又は(2)に記載のスクリーニング方法に使用するための、以下の要素を含むキット。
a)式I:
【化4】
〔式中、Rは上記と同義である〕
で表されるアシル化ホモセリンラクトン、
b)動物細胞、及び
c)Akt活性測定手段
【0012】
【発明の実施の形態】
本発明において、アシル化ホモセリンラクトンとは、式I:
【化5】
で表される化合物を意味する。
【0013】
式Iにおける、Rは、炭素数4〜30、好ましくは8〜20、より好ましくは10〜14の直鎖状又は分枝状の置換されていてもよいアシル基であり、置換基としては、ヒドロキシル基、オキソ基、メチル基等が挙げられる。非置換の飽和脂肪族アシル基、及び3位にオキソ基を有する飽和脂肪族アシル基が好ましい。また、直鎖状であることが好ましい。
【0014】
Rの具体例としては、特に限定されないが、例えば、ブチリル基、3−オキソブチリル基、3−ヒドロキシブチリル基、イソブチリル基、バレリル基、3−オキソバレリル基、イソバレリル基、3−オキソイソバレリル基、ピバロイル基、ヘキサノイル基、3−オキソヘキサノイル基、ヘプタノイル基、3−オキソヘプタノイル基、オクタノイル基、3−オキソオクタノイル基、ノナノイル基、3−オキソノナノイル基、デカノイル基、3−オキソデカノイル基、ウンデカノイル基、3−オキソウンデカノイル基、ラウロイル基、3−オキソドデカノイル基、トリデカノイル基、3−オキソトリデカノイル基、テトラデカノイル基、3−オキソテトラデカノイル基、ペンタデカノイル基、3−オキソペンタデカノイル基、パルミトイル基、3−オキソパルミトイル基、ヘプタデカノイル基、3−オキソヘプタデカノイル基、ステアロイル基、3−オキソステアロイル基、ノナデカノイル基、3−オキソノナデカノイル基、イコサノイル基、3−オキソイコサノイル基、トリアコンタノイル基、3−オキソトリアコンタノイル基、ミリストイル基、3−オキソミリストイル基及びピルボイル基等が挙げられる。
【0015】
式Iで表されるアシル化ホモセリンラクトンの具体例としては、特に限定されないが、例えば、N−ブチリル−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソブチリル)−L−ホモセリンラクトン、N−(3−ヒドロキシブチリル)−L−ホモセリンラクトン、N−イソブチリル−L−ホモセリンラクトン、N−バレリル−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソバレリル)−L−ホモセリンラクトン、N−イソバレリル−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソイソバレリル)−L−ホモセリンラクトン、N−ピバロイル−L−ホモセリンラクトン、N−ヘキサノイル−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソヘキサノイル)−L−ホモセリンラクトン、N−ヘプタノイル−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソヘプタノイル)−L−ホモセリンラクトン、N−オクタノイル−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソオクタノイル)−L−ホモセリンラクトン、N−ノナノイル−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソノナノイル)−L−ホモセリンラクトン、N−デカノイル−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソデカノイル)−L−ホモセリンラクトン、N−ウンデカノイル−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソウンデカノイル)−L−ホモセリンラクトン、N−ラウロイル−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトン、N−トリデカノイル−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソトリデカノイル)−L−ホモセリンラクトン、N−テトラデカノイル−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソテトラデカノイル)−L−ホモセリンラクトン、N−ペンタデカノイル−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソペンタデカノイル)−L−ホモセリンラクトン、N−パルミトイル−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソパルミトイル)−L−ホモセリンラクトン、N−ヘプタデカノイル−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソヘプタデカノイル)−L−ホモセリンラクトン、N−ステアロイル−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソステアロイル)−L−ホモセリンラクトン、N−ノナデカノイル−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソノナデカノイル)−L−ホモセリンラクトン、N−イコサノイル−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソイコサノイル)−L−ホモセリンラクトン、N−トリアコンタノイル−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソトリアコンタノイル)−L−ホモセリンラクトン、N−ミリストイル−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソミリストイル)−L−ホモセリンラクトン及びN−ピルボイル−L−ホモセリンラクトン等が挙げられる。
【0016】
特に、N−(3−オキソデカノイル)−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソウンデカノイル)−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトン、N−(3−オキソトリデカノイル)−L−ホモセリンラクトン及びN−(3−オキソテトラデカノイル)−L−ホモセリンラクトンが好ましい。
【0017】
本発明のアシル化ホモセリンラクトンは、例えば、脂肪族カルボン酸又はそのエステルと環状アミノ酸との間にアミド結合を形成させることによって合成することができる。また、アシル化ホモセリンラクトンは、例えば、Chhabra, S. R., P. Stead, N. J. Bainton, G. P. C. Salmond, G. S. A. B. Stewart, P. Williams, and B. W. Bycroft, J. Antibiot., 46, 441−454, 1993、Zhang, L., P.J. Murphy,A. Kerr, and M. E. Tate, Nature, 362, 446−448, 1993、SchaeferA.L., B. L. Hanzelka, A. Eberhard, and E. P. Greenberg, J. Bacteriol., 178, 2897−2901, 1996、Gao, J. G. and E. A. Meighen. J. Bacteriol., 175, 3856−3862, 1993などに記載された方法によって合成できる。
【0018】
また、本発明のアシル化ホモセリンラクトンは微生物によって生合成されるため、微生物を培養した培養物から当技術分野において通常用いられる方法によって分離精製することもできる。
【0019】
本発明は、アシル化ホモセリンラクトンが動物細胞におけるAkt活性を阻害するという知見に基づくものである。
【0020】
従って、本発明の一実施形態では、アシル化ホモセリンラクトンの存在下、被検物質とともに動物細胞を培養し、該細胞におけるAkt活性の阻害を検出することによりアシル化ホモセリンラクトン阻害物質をスクリーニングする。すなわち、アシル化ホモセリンラクトンの存在下、被検物質とともに動物細胞を培養した場合に、被検物質なしで培養したときに見られたアシル化ホモセリンラクトンのAkt活性阻害効果が見られなくなれるかあるいは減少すれば、当該被検物質はアシル化ホモセリンラクトン阻害物質であると同定できる。
【0021】
Akt活性の検出は、当技術分野で通常用いられる方法を用いて実施することができ、例えば、抗−リン酸化Akt抗体(例えば、Baumann CA et al., Nature, 407, 202−207, (2000)、Holland EC et al., Nat. Genet., 25, 55−57, (2000)を参照されたい)、すなわち抗−活性化Akt抗体を用いるウェスタンブロットにより検出することができる。この抗体は、抗原であるリン酸化Aktに対する反応性及び特異性が高いことから、これを用いることにより非常に効果的にリン酸化Aktを検出することができる。
【0022】
Aktは、PI3K(ホスファチジルイノシチド3−OHキナーゼ)の下流で活性化され、生存シグナル伝達経路において重要な役割を担っている。細胞の生死は、アポトーシスシグナル伝達と生存シグナル伝達との拮抗によって制御されている。Aktはリン酸化されることにより活性型となり、活性型Aktが細胞におけるアポトーシスを阻害することが報告されている(特表2002−528390参照)。
【0023】
活性型Aktは、様々な基質を介して細胞の生存を促進することが知られている(実験医学 Vol 19、No.13(増刊)、p.116、2001年、羊土社)。また、Aktによる生存促進メカニズムには、1)アポトーシス誘導にかかわる分子を直接リン酸化してアポトーシス誘導能を抑制する経路と、2)転写因子を直接又は間接のターゲットとして、アポトーシス促進分子又は抑制分子の転写を調節することにより生存促進に働く経路とがあることが明らかとなってきている。Aktは様々な基質を介してアポトーシスを阻害しているため、Akt活性の阻害は、Aktが関与する生存シグナル伝達経路を担うその他の分子にも影響を及ぼし、最終的に細胞のアポトーシスをもたらすこととなる。
【0024】
従って、本発明の別の実施形態では、アシル化ホモセリンラクトンの存在下、被検物質とともに動物細胞を培養し、Aktが関与する生存シグナル伝達経路の阻害を検出することにより、アシル化ホモセリンラクトン阻害物質をスクリーニングすることもできる。Aktが関与する生存シグナル伝達経路の阻害は、この経路に関与する分子、その活性及び構造、又はその他の分子との結合等を検出することによって行いうる。Aktが関与する生存シグナル伝達経路に関与する分子は、Akt活性の阻害によって何らかの影響を受ける分子であれば特に制限されないが、例えば、caspase、Bad、Forkhead trascription factor、GSK−3等が挙げられる。
【0025】
caspaseとは、アポトーシスの誘導、決定、実行に決定的な働きをする一群のシステインプロテアーゼファミリーである。caspaseの不活性型前駆体が限定分解により活性化されることで、細胞内においてプロテアーゼのカスケードが形成され、アポトーシスのシグナル伝達が行われる。すなわち、caspaseの活性化はアポトーシスをもたらす。従って、caspaseの活性化は、Aktによる生存シグナル伝達経路の阻害を意味する。すなわち、アシル化ホモセリンラクトンの存在下、被検物質とともに動物細胞を培養した場合に、被検物質なしで培養したときに見られたアシル化ホモセリンラクトンのcaspase活性化効果が見られなくなるかあるいは減少すれば、当該被検物質はアシル化ホモセリンラクトン阻害物質であると同定できる。
【0026】
caspaseのうちcaspase−3は最も高い酵素活性をもち、DNA断片化因子のほか、細胞を構築する様々なタンパク質を基質としてアポトーシスを実行する。caspase−9は、アポトーシス誘導刺激により障害を受けたミトコンドリアからチトクロームcが放出されApaf−1・チトクロームc・pro caspase−9の多量体化が促されることにより活性化される。caspase−9がAktによって直接リン酸化され、その活性化が阻害されることも報告されている。caspase活性は、当技術分野で通常用いられる方法によって測定でき、例えば、ウェスタンブロットにより測定することができる。
【0027】
また、MAPキナーゼスーパーファミリーメンバーのうちJNK及びp38は、アポトーシスを誘導する様々な物理化学的ストレスによって活性化されることが明らかとなっており、MAPキナーゼがアポトーシスに関与することが示唆されている。MAPキナーゼとは、細胞が細胞増殖因子などの外界刺激を受けたとき、トレオニン残基とチロシン残基の両アミノ酸残基のリン酸化によって活性化されるセリン−トレオニンキナーゼの一群であり、酵母から高等動物まで真核生物に普遍的に存在する。本酵素は、単量体の触媒サブユニットからなるタンパク質キナーゼ分子である。そのアミノ酸配列は進化的に高度に保存されており、細胞増殖及び分子を制御する細胞内シグナル伝達の中枢の一翼を担っている。本発明者らは、アシル化ホモセリンラクトンによってMAPキナーゼの活性化、すなわちリン酸化が促進されることを見出した。従って、本発明の一実施形態では、アシル化ホモセリンラクトンの存在下、被検物質とともに動物細胞を培養し、該細胞におけるMAPキナーゼの活性を測定することにより、アシル化ホモセリンラクトン阻害物質をスクリーニングすることもできる。本発明においては、MAPキナーゼスーパーファミリーのうち、ERK、p38及びJNKの活性を検出するのが好ましい。MAPキナーゼの活性は、例えば、Aktと同様に活性化MAPキナーゼ(リン酸化MAPキナーゼ)をウェスタンブロット等で測定することによって検出できる。すなわち、アシル化ホモセリンラクトンの存在下、被検物質とともに動物細胞を培養した場合に、被検物質なしで培養したときに見られたアシル化ホモセリンラクトンのMAPキナーゼ活性化効果が見られなくなるかあるいは減少すれば、当該被検物質はアシル化ホモセリンラクトン阻害物質であると同定できる。
【0028】
Akt活性の阻害は、最終的にアポトーシスをもたらすことから、本発明において「Aktが関与する生存シグナル伝達経路の阻害の検出」には、アポトーシスの検出も包含される。
【0029】
本発明において、アポトーシスとは当技術分野で通常用いられる意味を有し、すなわち、生理的条件下で細胞自らが積極的に引き起こす細胞死を意味する。アポトーシスの形態は、細胞核の染色体凝集、DNAの断片化、細胞表層微絨毛の消失、クロマチンの凝縮を特徴とする。細胞は萎縮し、細胞の内容物が細胞外に放出されずにマクロファージなどの周囲の細胞にすみやかに取り込まれるので、炎症が引き起こされず、周囲の細胞に影響を与えない。一方、環境の悪化から引き起こされるネクローシス(壊死)は、細胞の内容物が放出される点でアポトーシスとは大きく異なる。
【0030】
本発明において動物細胞におけるアポトーシスを検出する方法としては、当技術分野で通常用いられるものを使用することができ、特に制限されないが、例えば、DNA結合性蛍光色素アミノベンズイミド(ヘキスト33342、33582及び333258など)などによる染色後に蛍光顕微鏡でクロマチン凝縮を観察する方法、断片化したDNAを遠心などにより抽出分離してアガロースゲル電気泳動及び比色法などによって定量する方法、断片化したDNAを組織化学的に検出するTUNEL(Terminaldeoxynucleotidyl Transferase Biotin−dUTP Nick End Labeling)法、並びにTrypan Blue染色により細胞生存率を測定する方法などが挙げられる。
【0031】
本発明において、アシル化ホモセリンラクトン阻害物質とは、アシル化ホモセリンラクトンの各種細胞、特に動物細胞及び微生物に対する作用を阻害する物質、該作用に対する拮抗物質、アシル化ホモセリンラクトンの分泌を阻害する物質及びアシル化ホモセリンラクトンを分解する物質のいずれをも意味する。アシル化ホモセリンラクトンの各種細胞に対する作用としては、特に限定されないが、例えば、Akt活性を阻害する作用、アポトーシスを誘導する作用、細胞による病原因子の発現を誘導する作用及び微生物によるバイオフィルムの生成を誘導する作用などが含まれる。
【0032】
本発明はまた、動物細胞を用いてアシル化ホモセリンラクトン阻害物質をスクリーニングすることを特徴とする。細菌などの微生物を用いてアシル化ホモセリンラクトン阻害物質をスクリーニングする場合は、細菌自体がアシル化ホモセリンラクトンを産生するためバイアスがかかるが、動物細胞はアシル化ホモセリンラクトンを産生しないため、信頼性の高いスクリーニングを実施できる。本発明において用いることができる動物細胞は、特に限定されないが、例えば、哺乳動物、鳥類由来の細胞を使用することができ、哺乳動物、特にヒト由来の細胞を使用するのが好ましい。また、上皮組織、特に腸管粘膜上皮組織由来の細胞(例えば、CaCo−2:ヒト大腸癌カルチノーマ細胞)、内皮細胞、特に血管内皮細胞(例えば、PEC:ブタ胸部大動脈由来内皮細胞)及び線維芽細胞(例えば、NIH3T3:マウス胎児由来線維芽細胞)を使用するのが好ましい。また、パイエル板をはじめとする腸管関連リンパ組織(GALT)を覆う腸管粘膜上皮層には、特殊に分化したM細胞と呼ばれる粘膜上皮細胞が点在し、食餌性抗原や腸内細菌などを積極的に取り込んで免疫組織に提供することにより、腸管局所及び全身の免疫応答調節に重要な役割を果たしている。従って、腸上皮は微生物産生物質との接触が想定される場であり、腸管粘膜上皮組織由来細胞を用いてアシル化ホモセリンラクトンの直接的作用を検討することは、実際の動物生体内で起こりうる現象として捉えることができる。また、動物細胞のなかでも癌細胞を用いるのが好ましい。
【0033】
本発明のスクリーニング方法では、アシル化ホモセリンラクトンの存在下、動物細胞を被検物質とともに培養することにより、アシル化ホモセリンラクトンによる刺激を行う。刺激のための培養時間は、アシル化ホモセリンラクトンの濃度、使用する検出方法及び動物細胞の種類に依存するが、通常、2分〜72時間程度である。
【0034】
Akt活性を測定することによってスクリーニングを行う実施形態では、アシル化ホモセリンラクトンの存在下で動物細胞を培養すると、Akt活性は、培養開始から数時間減少するが、その後基底レベルまで戻ることが示されている(実施例1(3)参照)。従って、本発明のスクリーニング方法においては、予め対照として被検物質の不在下でアシル化ホモセリンラクトンとともに動物細胞を培養し、活性型Aktが減少を示す培養時間を測定し、続いて、該時間の範囲内で、被検物質の存在下アシル化ホモセリンラクトンとともに動物細胞を培養することが好ましい。この場合の培養時間もアシル化ホモセリンラクトンの濃度及び使用する動物細胞の種類に依存するが、通常、2分〜2時間時間程度である。
【0035】
caspase活性を測定することによってスクリーニングを行う実施形態においても、アシル化ホモセリンラクトンの存在下で動物細胞を培養すると、caspase活性は培養開始から数時間増加するが、その後基底レベルまで戻ることが示されている(実施例5参照)。従って、この場合も同様に、予め対照として被検物質の不在下でアシル化ホモセリンラクトンとともに動物細胞を培養し、活性型caspaseが減少を示す培養時間を測定することが好ましい。この場合の培養時間もアシル化ホモセリンラクトンの濃度及び使用する動物細胞の種類に依存するが、通常、1〜8時間程度である。
【0036】
アシル化ホモセリンラクトンによるMAPキナーゼの活性化においても同様に、アシル化ホモセリンラクトンの存在下で培養を行うと、MAPキナーゼは一度活性化された後で時間の経過とともに基底レベルに戻る。この場合の培養時間もアシル化ホモセリンラクトンの濃度及び使用する動物細胞の種類に依存するが、通常、2分〜6時間程度である。
【0037】
アポトーシスを検出することによってスクリーニングを行う場合の培養時間は、通常、6〜72時間程度である。
【0038】
本発明のスクリーニング方法において、共存させるアシル化ホモセリンラクトンの濃度は、通常、1〜500μM、好ましくは20〜200μM、より好ましくは30〜100μMである。
【0039】
より具体的には、ヒト由来腸管粘膜上皮細胞を用い、Akt活性を指標にしてアシル化ホモセリンラクトン阻害物質をスクリーニングする場合は、10μM以上、好ましくは30〜200μMのアシル化ホモセリンラクトンの存在下、被検物質とともに動物細胞を2分〜2時間、好ましくは2〜60分程度培養するのが好ましいと考えられる。そして、この培養時間の範囲内で本来見られるはずのAkt活性阻害がみられなかったときあるいはその活性阻害が減少したときは、その被検物質はアシル化ホモセリンラクトン阻害物質であると同定できる。
【0040】
ヒト由来腸管粘膜上皮細胞を用い、ERK活性を指標にしてアシル化ホモセリンラクトン阻害物質をスクリーニングする場合は、10μM以上、好ましくは30〜200μMのアシル化ホモセリンラクトンの存在下、被検物質とともに動物細胞を2〜30分、好ましくは5〜15分程度培養するのが好ましいと考えられる。ヒト由来腸管粘膜上皮細胞を用い、p38活性を指標にしてアシル化ホモセリンラクトン阻害物質をスクリーニングする場合は、10μM以上、好ましくは30〜200μMのアシル化ホモセリンラクトンの存在下、被検物質とともに動物細胞を5分〜6時間、好ましくは5〜60分程度培養するのが好ましいと考えられる。
【0041】
本発明のスクリーニング方法においては、動物細胞の培養において通常用いられる培地を使用することができ、特に制限されない。例えば、DMEM培地、BME培地等があげられる。その他の培養条件も、動物細胞の培養において通常用いられる条件を使用することができる。
【0042】
本発明では、上記時間にわたって動物細胞を培養した後、例えば培養細胞を急冷することによって反応を停止する。その後、上記のような方法により動物細胞におけるAkt活性、caspase活性及びアポトーシス等を検出する。反応をすぐに停止するために、溶媒を除去してもよい。
【0043】
本発明によってスクリーニングされる被検物質が含まれうる試料としては、特に限定されないが、動物(カビ、放射菌等の微生物を含む)及び植物の抽出物、並びに人工合成物が挙げられる。
【0044】
本発明はまた、上記のようなスクリーニング方法によって同定されたアシル化ホモセリンラクトン阻害物質に関する。このような物質としては、特に限定されず、天然物及び合成物の双方が含まれる。本発明のアシル化ホモセリンラクトン阻害物質は、単独で、又は従来の抗菌剤とともに抗菌剤として使用することができる。本発明のアシル化ホモセリンラクトン阻害物質は、バイオフィルムの生成を阻害できることから、薬剤耐性を獲得した細菌に対しても、抗菌作用を増強できる点において有利である。本発明のアシル化ホモセリンラクトン阻害物質とともに用いることができる公知の抗菌剤としては、特に限定されないが、例えば、ペニシリン(ペナム)系抗生物質、セファロスポリン(セフェム)系抗生物質、オキサセフェム系抗生物質、ペネム系抗生物質、カルバペネム系抗生物質、モノバクタム系抗生物質、アミノグリコシド系抗生物質、マクロライド系抗生物質、クロラムフェニコール系抗生物質、テトラサイクリン系抗生物質、グリコペプチド系抗生物質、ホスホマイシン系抗生物質、リンコマイシン系抗生物質、サルファ剤、パラアミノサリチル酸製剤、イソニコチン酸ヒドラジド製剤及びキノロン系合成抗菌剤などを挙げることができる。
【0045】
本発明の方法によってスクリーニングされたアシル化ホモセリンラクトン阻害剤は、バイオフィルム阻害剤、並びにフィルター及びパイプにおける目詰まり防止剤として使用できる。また、本発明のアシル化ホモセリンラクトン阻害剤は、微生物における病原因子の発現を阻害することから、感染症治療剤として使用することもできる。
【0046】
本発明はまた、上記のようなスクリーニング方法に用いるためのキットに関する。該キットは、例えば、式Iで表されるアシル化ホモセリンラクトン、動物細胞及び該動物細胞におけるAkt活性測定手段を含む。Akt活性測定手段とは、例えば、抗−リン酸化Akt抗体と該抗体に対する標識2次抗体などである。標識2次抗体としては、当技術分野で通常用いられるもの、例えば、HRP標識抗−ウサギIgG抗体、HRP標識抗−マウスIgG抗体などを使用できる。
【0047】
【実施例】
以下の実施例において実験材料は、特に他に記載がない限り、以下に記載のものを使用した。
【0048】
細胞培養に用いたダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、ウシ胎児血清(FCS)、非必須アミノ酸(NEAA)、ペニシリン/ストレプトマイシン(P/S)はSIGMA社から購入した。N−アシル−L−ホモセリンラクトン(AHL)の溶媒として用いたジメチルスルホキシド(DMSO)は和光純薬工業株式会社のものを使用した。キナーゼ阻害剤であるPD98059、SB203580はCALBIOCHEM社から購入した。タンパク質の定量には、PIERCE社のBCA Protein Assay Reagentを使用した。抗体については以下の会社のものを使用した。抗−リン酸化−p44/42 MAPキナーゼ抗体、抗−リン酸化−p38 MAPキナーゼ抗体、抗−リン酸化−SAPK/JNK 抗体、抗−リン酸化−Akt(Ser473) 抗体、抗−Cleaved型caspase−3 抗体、抗−Cleaved型caspase−9(D330)抗体、抗−Cleaved型PARP(D214)抗体、HRP標識抗−ウサギIgG抗体はCell Signaling社。c−Mycマウスモノクローナル抗体、HRP標識抗−マウスIgG抗体はSANTA CRUZ BIOTECHNOLOGY社。抗−α−チューブリン抗体(Ab−1)はCALBIOCHEM社。
【0049】
実施例1 Akt 活性のウェスタンブロットによる解析
(1)CaCo−2細胞におけるN−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトン刺激によるMAPキナーゼ活性及びAkt活性の変化
ヒト大腸癌カルチノーマ細胞株CaCo−2はAmerican Type Culture Collection(ATCC)より購入し、10% FCS、1% NEAA、1% P/S(100 units/ml ペニシリン、100μg/ml ストレプトマイシン)を含むDMEM培地を用いて37℃、5% CO2存在下で培養した。
【0050】
6cm ディッシュ(NUNC社)を用いて、1 ディッシュ当たりCaCo−2細胞を6×105個まき、リン酸緩衝化食塩水(PBS)(−)で2回洗浄後、1% NEAAを含む無血清DMEM培地で24時間培養した。その後、終濃度100μMでホモセリンラクトン塩酸塩、N−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトンをそれぞれ添加し、10分間反応させた。なお、精製されたアシル化ホモセリンラクトンは、目的とする終濃度の400倍になるようDMSOに溶解し、フィルター滅菌(φ0.22μm)を行ったものを使用した。対照として終濃度0.25 %のDMSOを使用した。また、内部標準としてα−チューブリンを用いた。
【0051】
反応後、冷PBS(−)で2回洗浄し、−80℃で凍結させた。氷上で細胞を融解し、溶解バッファー(50 mM HEPES、pH7.5、50 mM NaCl、1mM EDTA、1.5 mM MgCl2、1% Triton X−100、10% グリセリン、10 mM ピロリン酸ナトリウム、1mM Na3VO4、100 mM NaF、1mM PMSF、10μg/ml アプロチニン、10μg/ml ロイペプチン)を200μl加え、スクレーパーで細胞を剥ぎ取った。これを氷上で20分間静置し、その後14000 rpm、4℃で15分間遠心分離し、上清を回収した。回収したタンパク質の濃度を測定し、50μg相当をSDS−PAGEに供した。泳動後PVDFメンブレンにブロットした。リン酸化ERK、JNK、p38、Aktを測定する場合は、0.1% Tween 20(TBS−T)を含む5% スキムミルク/Tris緩衝化食塩水でブロッキングを行い、1次抗体にそれぞれ、抗−リン酸化−p44/42 MAPキナーゼ抗体、抗−リン酸化−SAPK/JNK抗体、抗−リン酸化−p38MAPキナーゼ抗体、抗−リン酸化−Akt (Ser437) 抗体を、2次抗体にはHRP標識抗−ウサギIgG抗体を用いた。内部標準として使用したα−チューブリンは、ブロッキングを5% ウシ血清アルブミン(BSA)/TBS−Tで行い、1次抗体は抗−α−チューブリン(Ab−1)、2次抗体にはHRP標識抗−マウスIgG抗体を用いた。バンドの検出にはRenaissanceTM Western Blot Chemiluminescence 255861 Reagent Plus(NEN社)又は、Western Blotting Luminol Reagent(SANTA CRUZ BIOTECHNOLOGY社)を使用した。結果を図1に示す。なお以下で言及する図中において、3−oxo−C12−HSLとは、N−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトンを意味する。
【0052】
MAPキナーゼ活性に関しては、N−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトンを添加した場合のみ、ERK、p38、JNKの活性化が促進された。一方、CaCo−2細胞においてAktは通常リン酸化(活性化)された状態にあるが、N−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトンによりAktのリン酸化レベルが著しく低下した。
【0053】
以上から、アシル化ホモセリンラクトンがERK、p38、JNKの活性化を促進し、一方、Aktの活性化を阻害することが明らかとなった。
【0054】
(2)CaCo−2細胞におけるN−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトン濃度依存的なMAPキナーゼ及びAkt活性の変化
細胞培養後、終濃度0μM(0.25% DMSO)、1μM、10μM、30μM、100μMのN−(3−オキソ−ドデカノイル)−L−ホモセリンラクトンをそれぞれ添加して、10分間反応させること以外は、(1)と同様にして、MAPキナーゼ活性及びAkt活性をウェスタンブロットにより解析した(図2)。
【0055】
図2のバンドの強度をLAS−1000により定量、数値化した結果をそれぞれ図3、図4に示す。10μM以上の濃度でERK、p38のリン酸化レベルが有意に増大した。10μM、30μM、100μMでは、それぞれERK活性が1.5、7.7、9.8倍に、p38活性が3.2、4.4、5.4倍になった。JNK活性については濃度依存的な有意差が認められなかった。Aktの活性阻害についても同様に10μMから起こり、10μM、30μM、100μMではそれぞれ無刺激時の79%、31%、14%にまで活性が低下した。
【0056】
以上から、CaCo−2細胞では、アシル化ホモセリンラクトン10μM以上で、Aktの活性が有意に阻害されることがわかる。また、アシル化ホモセリンラクトン10μM以上でERK、p38及びJNKが活性化されることがわかる。
【0057】
(3)CaCo−2細胞におけるN−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトン刺激によるMAPキナーゼ活性及びAkt活性の経時変化
細胞培養後、終濃度30μM及び100μMのN−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトンを添加し、それぞれアシル化ホモセリンラクトンによる刺激時間を0、5、10、30、60分の短いタイムコース(図5)、0、10分、60分、2時間、4時間、6時間、8時間、10時間の長いタイムコース(図6)で行った他は、(1)と同様にして、ウェスタンブロットによりMAPキナーゼ活性及びAkt活性を測定した。30μM刺激ではERK、p38活性はともに10分をピークに上昇したが、ERK活性が30分で基底レベルに戻ったのに対し、p38は4時間までその活性が持続した。30μM刺激時のAktの活性阻害は5分をピークに60分まで持続し、2時間で基底レベルに戻った。100μM刺激ではERK活性化が2段階で起こった。すなわち、1段階目は5分をピークにして2時間で基底レベルに戻り、2段階目は4時間から活性が上昇しはじめ、8時間をピークにして10時間で基底レベルに戻るというものであった。この2段階目のERK活性化はDNA損傷後のものと考えられる。一方、100μM刺激時のp38活性化は、5分をピークにしてその活性が8時間まで持続し、Akt活性阻害は5分をピークにして6時間まで持続した。
【0058】
実施例2 Trypan blue 染色による生存率の評価
3.5cm ディッシュ(NUNC社)に、CaCo−2細胞を2×105 個まき、PBS(−)で2回洗浄後、1% NEAAを含む無血清DMEM培地で24時間培養した。各種薬剤 [終濃度1〜100μMのN−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトンを添加し、12時間培養した。対照として0.25% DMSOを使用した。その後、上清及びトリプシン−EDTA(TE)でディッシュから剥がした細胞を、室温、800 rpmで5分間遠心後、上清を取り除き、200μlのDMEMにて希釈した。うち50μlをエッペンチューブにとり、等量のTrypan blue染色液を加え、細胞数を血球計測盤にて測定した。このとき、測定対象とする死細胞数と生細胞数の合計を200個以上とした。
【0059】
N−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトン濃度依存的に生存率の有意な低下が認められた。10μM、30μM、100μMのN−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトンにより、生存率がそれぞれ90%、55%、51%にまで低下した(図7)。この30μM以上の濃度において有意に生存率を低下させるという結果は、ウェスタンブロット解析においてMAPキナーゼ活性増加及びAkt活性阻害が30μM前後で顕著に見られたこととも一致する。また対照及び0.25% DMSO添加時の生存率はともに94%であり、1μM N−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトン刺激時の生存率が94 %であることからDMSOの生存率への影響は無視できるものと考えられる。
【0060】
実施例3 Hoechst33342 染色によるクロマチン凝縮の観察とアポトーシスの判定
実施例2で観察されたCaCo−2の細胞死がアポトーシス又はネクローシスであるかを判定すべく、クロマチン染色の蛍光色素Hoechst33342を用いて形態学的に評価した。
【0061】
8ウェル培養スライド(Collagen I cell ware biocoat Becton Dickson)に、CaCo−2細胞を2×104個まき、PBS(−)で2回洗浄後、1% NEAAを含む無血清DMEM培地で24時間培養した。3−オキソ−ドデカノイルホモセリンラクトンを各濃度(1〜100μM)にて添加し12時間培養後、細胞を4% パラホルムアルデヒド−3% スクロース/PBSにて固定し、蛍光色素ヘキスト33342を用いてクロマチン染色を行い、蛍光顕微鏡下で観察した。倍率400倍にて5視野をランダムに選び、アポトーシス細胞と正常細胞を計数、アポトーシス細胞の割合を算出し、これをn=1として3回以上試行した。
【0062】
N−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトン10μM以上の濃度で、クロマチン凝縮を起こしたアポトーシス細胞が観察された。しかし0.25% DMSO、1μM N−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトンでは正常細胞のみが観察された(図8)。クロマチン凝縮が観察されたアポトーシス細胞の計数によりアポトーシスの定量を行った結果を図9に示す。全細胞数に対するアポトーシス細胞の割合は、10μM、30μM、100μMのN−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトンでそれぞれ15%、39%、50%であった。この値は生存低下率とも一致する。したがって、N−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトンによるCaCo−2の細胞死はアポトーシスによるものと判定された。
【0063】
実施例4 DNA 断片化によるアポトーシスの評価
実施例2で観察されたCaCo−2の細胞死がアポトーシス又はネクローシスであるかを判定するための別法として、DNAの断片化を評価した。
【0064】
CaCo−2細胞を5×106個/15 cm ディッシュ(NUNC社)にまき、PBS(−)で2回洗浄後、1% NEAAを含む無血清DMEM培地で24時間培養し、N−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトンを1μM〜100μMの各濃度で添加後12時間培養した。その後、上清及びTEでディッシュから剥がした細胞を、室温、800 rpmで5分間遠心し、上清を取り除いた。細胞を300 μlのPBS(−)で懸濁し再度4℃、2500 rpmで5分間遠心して上清を取り除いた。細胞を細胞溶解バッファー [10 mM Tris−HCl (pH 7.4)、10 mM EDTA (pH 8.0)、0.5% Triton X−100] 300μlを加えて細胞溶解させ、氷上に10分置いてDNA断片を抽出した。これを4℃、14000rpmで、10分間遠心し、上清にRNase Aを加え、37℃で1時間温置した。さらにプロテイナーゼKを加え、50℃で30分間温置した。DNA断片抽出液をエタノール沈澱によって濃縮し、2%アガロースゲルで電気泳動を行った。ゲルをエチジウムブロミドで染色後、UVトランスイルミネーター下でDNA断片化を検出した。
【0065】
それぞれ0μM、1μM、10μM、30μM、100μMのN−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトン存在下で12時間培養したCaCo−2細胞において、DNAラダーを検出したところ、30μM以上の濃度にてラダーが確認された(図10)。
【0066】
この結果からも、CaCo−2細胞においては、アシル化ホモセリンラクトン30μM以上の濃度でスクリーニングを行うのが好ましいと考えられる。
【0067】
実施例5 caspase 活性の測定
caspase(caspase−3、caspase−9)、PARP(poly−ADP ribose polymerase)の活性を、ウェスタンブロット解析により抗−活性型(Claved型)caspase抗体すなわち、抗−Cleaved型caspase−3抗体、抗−Cleaved型caspase−9抗体(D330)、抗−Cleaved型PARP 抗体 (D214)をそれぞれ用いて、実施例1と同様に測定した。
【0068】
培養したCaCo−2細胞に、終濃度30μM、100μMのN−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトンをそれぞれ添加し、経時的に0時間、1時間、2時間、4時間、6時間、8時間、10時間培養後のcaspase−3、caspase−9、PARP活性をウェスタンブロットにより解析した。結果を図11に示す。30μMでは活性型caspase−3は刺激1時間後から検出され、その活性が4時間まで持続したのに対し、100μMでは活性が刺激6時間後をピークにして10時間まで持続した。各メンブレンをリプローブしてCleaved型caspase−9、Cleaved型PARPを検出した。caspase−9活性は30μM刺激では1、2、4時間で活性が強く、微弱な活性が8時間まで持続したのに対し、100μM刺激では強い活性が8時間まで持続した。Cleaved型PARPに関してもCleaved型caspase−9と同様の挙動を示した。
【0069】
次に、N−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトンとの3時間の反応を、0、1、10、30、100μMの各濃度にて行い、caspase、PARP活性を測定した。図12に示すように、30μM、100μMの濃度においてのみCleaved型caspase、Cleaved型PARPが検出された。この結果はウェスタンブロット解析によるMAPキナーゼ活性化、Akt活性阻害、生存率低下やアポトーシス細胞出現が30μM以上で顕著に起こったこととも一致した。
【0070】
実施例6 CaCo−2 細胞における N−(3− オキソドデカノイル )−L− ホモセリンラクトン依存的なアポトーシスに対する各種キナーゼ阻害剤( PD98059 、 SB203580 )の効果
CaCo−2細胞を3.5cm ディッシュ当たり2×105個まいて10%血清存在下で12時間培養後、PBS(−)にて2回洗浄し、無血清培地にて24時間同調培養を行った。各種阻害剤(50μM PD98059、20μM SB203580)又はDMSOによる前処理を30分間行い、30μM N−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトン又はDMSOを添加して12時間培養後、Trypan blue染色により生存率を測定した。結果を図13に示す。
【0071】
N−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトン(30μM)により生存率が96%から49%にまで低下した。ERK経路の阻害剤であるPD98059(MEK阻害剤)の前処理では、N−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトンを単独で添加した場合の生存率とほぼ同じ値を示し、PD98059の前処理による生存率への影響は認められなかった。一方、p38活性阻害剤であるSB203580の前処理で、生存率がさらに35%にまで減少した。
【0072】
以上の結果より、N−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトン依存的な生存率の低下には、ERK、p38のいずれの経路も関与しないといえる。またp38に関してはむしろ、アポトーシスを誘導するN−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトンという負の因子に対抗するシグナルとして働くことが示唆された。
【0073】
【発明の効果】
本発明のスクリーニング方法によって、アシル化ホモセリンラクトンが各種細胞に与える作用を阻害する物質、及び微生物によるバイオフィルムの生成を阻害する物質をスクリーニングすることができる。また、同定されたアシル化ホモセリンラクトン阻害物質を従来の抗菌剤と同時に使えば、バイオフィルムの生成を阻害することにより抗菌剤の効果を数倍〜数十倍高められるため、薬剤耐性を有する細菌に対する抗菌効果を高めることができる。さらにそれによって、難治性感染症をも効果的に治療することができる。また、アシル化ホモセリンラクトン阻害剤により微生物による病原因子の発現をも阻害することができるため、強力な治療効果が期待できる。一方、工業用途においても、本発明の方法によってスクリーニングされたアシル化ホモセリンラクトン阻害剤によって、フィルターパイプの目詰まりを防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】CaCo−2細胞におけるDMSO、ホモセリンラクトン塩酸塩及びN−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトン刺激によるMAPキナーゼ活性及びAkt活性の変化を表す図である。
【図2】CaCo−2細胞におけるN−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトン濃度依存的なMAPキナーゼ及びAkt活性の変化を表す図である。
【図3】図2のMAPキナーゼのバンドの強度をLAS−1000により定量、数値化した結果を表す図である。
【図4】図2のAktのバンド強度をLAS−1000により定量、数値化した結果を表す図である。
【図5】CaCo−2細胞におけるN−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトン刺激によるMAPキナーゼ活性及びAkt活性の経時変化を表す図である。
【図6】CaCo−2細胞におけるN−(3−オキソドデカノイル)−L−ホモセリンラクトン刺激によるMAPキナーゼ活性及びAkt活性の経時変化を表す図である。
【図7】アシル化ホモセリンラクトン存在下における細胞生存率をTrypan blue染色によって評価した結果である。
【図8】アシル化ホモセリンラクトン存在下における細胞のアポトーシスをHoechst 33342染色によるクロマチン凝縮で判定した結果である。
【図9】クロマチン凝縮が観察されたアポトーシス細胞の計数によりアポトーシスの定量を行った結果である。
【図10】CaCo−2の細胞死がアポトーシス又はネクローシスであるかを判定するために、DNAの断片化を評価した結果である。
【図11】アシル化ホモセリンラクトン存在下におけるcaspase活性の培養時間依存性を、ウェスタンブロットによって測定した結果である。
【図12】caspase活性のアシル化ホモセリンラクトン濃度依存性を、ウェスタンブロットによって測定した結果である。
【図13】CaCo−2細胞におけるアシル化ホモセリンラクトン依存的なアポトーシスに対する各種キナーゼ阻害剤(PD98059、SB203580)の効果を表す図である。
Claims (5)
- アポトーシスを検出することによって、Aktが関与する生存シグナル伝達経路の阻害を検出する請求項1に記載の方法。
- 請求項1又は2に記載のスクリーニング方法により同定されたアシル化ホモセリンラクトン阻害物質。
- 請求項1又は2に記載のスクリーニング方法により同定されたアシル化ホモセリンラクトン阻害剤。
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